「っっあぐッ!」
重い衝撃が鎧の上から、セイバーの身体を突き抜ける。
膝を折りそうになるのをこらえ、セイバーは大きく剣を振るった。
不可視の剣が壁面を抉るも、暗殺者の身体を捉えない。
アサシンの打撃はセイバーを削り、セイバーの反撃はアサシンを掠める事すらない。
「くはははははっ!
我が拳を
さすがに最優たる『
これは、一撃必殺の看板も降ろさねばならぬな!」
心底愉快そうにアサシンは笑う。
反撃の動作・斬撃の爪痕から、彼はセイバーの武器が剣である事を見抜いていた。
臓腑を抉る苦痛を噛み殺して、セイバーは深く剣を握り直す。
(通常、いくら
このアサシンからは、攻撃を繰り出す瞬間の殺気すら、感じ取れない。
すでに三撃、セイバーはアサシンの攻撃をただ受けている。
(一撃一撃が重い。
しかも、予期しない方角から来る)
想定外の方角から来る攻撃は、肉体的にも精神的にも、通常より深いダメージを残す。
予知直感で致命打だけは避けているが、セイバーが一方的に拳打を浴びている事に変わりはない。
いかに最優たるセイバーであっても、いずれ受け切れなくなるだろう。
(状況は私に不利だ。
けれど――)
一見、セイバーはやられているだけに見える。
だが、
(決して最悪というわけではない!)
姿の見えないアサシンの攻撃に対して、セイバーが選んだのは、あえて『一撃』を受ける戦法である。
彼女の『直感』を以ってしても、アサシンの所在地は特定できない。
ならば、彼の敵の一撃を受ける。
予め来ると分かっているならば、攻撃に耐える事もできなくはない。
(そして白野のセイバーの言う通り、敵が霊体化していないのならば、私の剣も届かないわけではない!)
――体術使いとの戦闘は、第五次聖杯戦争で経験している。
魔術の手助けがあったとはいえ、その男は人間の身でありながら、肉弾戦で
初見でセイバーがアサシンの攻撃を『体術』と看破できたのも、この敗北の経験による所が大きい。
(相手の武器が拳脚ならば、
拳は剣よりもリーチが短い。
姿が視えようが視えまいが、関係ない。
攻撃を受けた瞬間ならば、アサシンは必ず、セイバーの剣の間合いの中にいる。
「――――ッ!」
衝撃がまた、セイバーの腹部から背中を貫いた。
たまらずたたらを踏みながら、腕の力だけで剣を振るう。
反撃の剣は変わらず届かず、大きく宙空だけを斬った。
「セイバーッッ!」
「来ないで下さい、シロウッ!」
たまらず飛び出そうとした主を、セイバーは目線で制止した。
「マスターは白野達を。
彼女達の側には今、まともに動けるサーヴァントがいません!」
士郎は一瞬言葉に詰まった後、セイバーを見返し、軽く頷いた。
言外に、セイバーの言わんとする事を悟ったのだ。
――アサシンのクラスは本来、サーヴァントよりもマスターにとっての天敵である。
今はセイバーが止めているが、この状況で危険なのは、むしろ衛宮士郎や岸波白野達マスターの方だ。
「大丈夫。
私は負けません」
強い意志を目に浮かべ、セイバーは主に微笑んだ。
頼む、と短く言って、士郎は従者に背を向けた。
「ほう、サーヴァントの死合に割り込もうとするとは。
先に小娘を庇った事と言い、おぬしの主もなかなか豪胆だな。
この時代、義侠の
「……無駄口はいい、アサシン。
早く終わらせろ」
アサシンの感心したような声と、敵マスターの冷たい声。
酔狂と合理、正反対な性格をした主従だ、とセイバーは思った。
――士郎とセイバーにとって幸運だったのは、このアサシンがセイバーとの『戦闘』を求めている事だろう。
冬木市の聖杯戦争で呼び出されるアサシンだったならば通常、真っ先に敵マスターを狙いに行く。
能力的に他のサーヴァントに劣るとされている彼らは、高い隠密能力を駆使して、背後から他の勢力の脱落を謀るのである。
このサーヴァントが隠密に徹し、マスター殺害だけを狙っていれば、おそらくセイバーにも打つ手がなかっただろう。
(あるいは本来、別のクラスで呼ばれる筈だったサーヴァントなのかもしれない)
第五次聖杯戦争でも、ルールを破って召喚されたアサシンがいた。
柳洞寺に住まう魔女が門番として呼び出した、長刀使いの侍である。
彼のアサシンはただ、強い敵を求め、戦う事を欲していた。
(このアサシンも、彼と同じ。
シロウを狙うより先に、私と戦う事を求めている)
ならば、セイバーが斃れない限り、先にマスターがアサシンに暗殺される事はない。
◇
完全なるワンサイドゲームだった。
拳は着実に青い剣士の身体に叩き込まれ、剣は虚しく空を斬る。
勝ちに至れない戦闘。
敗北するためだけの死合。
士郎のセイバーを待つのは、最後に膝を折る運命だけだ。
「岸波のサーヴァントは、立てるのか?」
倒れていたアリスを背負い、士郎が尋ねて来た。
傍らのありすは士郎に背負われたアリスとわたしを交互に見、戸惑っているようだ。
「たわけ!
余を侮るな下郎!
賊に少しくらい打たれた程度で、再起不能になる余ではない!」
剣を支えにして立ちあがり、昂然と胸を張るセイバー。
明らかに虚勢だった。
「よし、なら下の階に移動するぞ。
相手がアサシンなら、マスターの方が危ない。
ここはセイバーに任せて、俺達は怪我人を運ぼう」
言って士郎は踵を返した。
戦場に背を向け、元来た道を引き返そうとする。
「でも、士郎のセイバーは――」
「俺達を庇おうとしなければ、一対一でセイバーは負けない。
一階まで降りるより先に、アサシンと決着をつけてる」
盗み見た士郎の横顔は、唇を噛みしめていた。
強く断言する言葉の端には、何かを振り切ろうとする意思がある。
それで、本当はサーヴァントと共に戦いたいんだと分かってしまった。
――士郎は『俺達』と言ったが、実際にはわたしとありすの事だ。
サーヴァントが戦闘不能になった今、わたし達は足手纏いにしかならない。
わたし達の安全を優先する為に、士郎はサーヴァントと別れようとしているのだ。
「行こう、岸波」
「……分かった。
おいで、ありす」
セイバーに肩を貸しながら、ありすに手を差し出す。
砂糖菓子の少女は少し躊躇った後、おずおずとわたしの手を握ってくれた。
「……行かせると思うのか」
冷たい声が、わたしを後ろから貫いた。
ユリウスの殺気は目を合わせるまでもなく、わたしの足を止めようとする。
「もちろん、通してもらいます」
涼やかな声が廊下を通る。
見るまでもない。
青い剣士は最硬の盾となって、わたし達の背後を守っているのだ。
「ほう。
大きく出たな、セイバー。
これは愉しみだ」
笑う声に重なる、鈍い打撃音。
後ろ髪を引かれる思いを振り切り、階段へと向かう士郎の後に続いた――