「……聖杯戦争は続いてるっていうのに、静かなものね」
新都のセンタービル屋上。
眼下に広がる闇を見通し、お気に入りの赤いコートをたなびかせながら、遠坂凛は呟いた。
見下ろした先にあるオフィス街は閑散としており、活気に溢れる昼間とは、似ても似つかない。
「それだけ、事態が我々の見えない所で進行しているという証でもある。
目につく異常に気を取られている間に後ろから狙い撃たれる、というのは勘弁願いたい所だが……」
傍らに立つ従者が皮肉げに応じた。
赤い外套はビル風に吹かれて、主を守るようにはためいている。
「あの白野って娘の事を言ってるの、アーチャー?」
「さて、特定のマスターの名前を出したつもりはないが。
そう聞こえたのなら、君の方に何か思う所があるのではないか、凛?」
「確かに彼女には気になる所が多いけど……。
でも、アーチャーも見たでしょ?
あの娘の魔術師としての適性、士郎どころじゃなく低いわよ?」
「凛。
以前にも言ったと思うが、君は他者を過小評価してしまう傾向がある。
あの岸波白野というマスターは、確かに今まで会った中でも、最弱のマスターと言えるだろう。
だが、弱さが時に恐ろしい強みになる事もある。
「そしてアンタは、あの白野って娘がそういう侮れないマスターだって、よく分かってるワケね?」
狙いすましたような凛の返しに、アーチャーが沈黙した。
そのまま畳み掛けるように、凛の言葉は続いていく。
「ううん。
多分、貴方っていうより、貴方と同じ『錬鉄の英雄』のサーヴァントが、かな。
わたしのサーヴァントである貴方に、その記憶があるってのも妙な話だけど」
「……記憶というより
君の言う通り、どういうわけか、あのマスター達の姿には覚えがある。
おそらくは、その辺りが今回の事件の本当の異常なのだろうよ」
諦めたようにアーチャーは息を吐いた。
彼が黙っておくつもりだった事実の多くを、聡明な彼女はかなり深くまで洞察している。
このまま下手に隠し事をした所で益はなく、彼の主の怒りを買うだけだ、と。
「冬木市以外で起きた聖杯戦争。
ラニや白野を含めた128人で争ったトーナメント、か。
当然、アンタにもわたし以外のマスターがいた筈よね?」
「そのようだな。
まぁ、私には関わりのない話だが」
「あら?
ヤケに強調するじゃない、アーチャー。
何?
もしかしてラニが言ってた、『密室で身体を重ねた』とか『わたしに乗り換える』とか『フラフラし過ぎるのもどうかと』とかいうのは……」
「私にはっ!
全くっ!
関わりのない話だがっ!」
「……まぁ、そういう事にしといてあげるわ」
言って凛は軽く笑う。
いつも冷静で皮肉屋で余裕をもって接してくる従者が、珍しくムキになって反論してくるのが可笑しかった。
「それで、アーチャーの浮気疑惑は、ひとまず置いとくとして」
「だからそれは誤解だと言っている!
二股とか元カノとか二重契約だとか
「……置いとくとして。
トーナメント戦っていうのなら、対戦相手とかも決められてたんでしょ?」
従者の不満を無視して話を続ける凛。
主の横暴さに憮然としながら、アーチャーは質問に答えていく。
「……ああ。
決まった相手との一対一での戦闘を七回繰り返し、勝ち残った最後の一人が勝者となったよ」
「そこの所は冬木との一番大きな違いね。
勝者と敗者が明確で、敗者復活戦はなし、と。
サーヴァントを失ったマスターはどうなったの?」
「全員が死亡した。
ああいや、一人だけ例外もいたか。
ともかく、サーヴァントを失った時点で令呪が消え、資格を失ったマスターは電脳死するのがルールだった。
最終的に、生きて聖杯戦争を終えられたのは一人だけだ」
なるほどね、と凛は頷いた。
岸波白野から同じ話を聞きはしたものの、どこまで信用していいか、凛にも判断がついていなかった。
アーチャーの補足を聞いて、彼女の知らない聖杯戦争のおおよその粗筋が理解でき、現在起こっている異常の輪郭が見えてきたのだ。
凛が話を聞く限り、白野やラニの参加した聖杯戦争は、相当シビアなものである。
冬木市の聖杯戦争も厳しいものだったが、厳しさの性質が違う。
冬木市では、サーヴァントを失ったマスターは冬木教会に保護を求める事ができた。
聖堂教会から派遣された監督役にとって、マスターではなくなった魔術師を保護する事は、最優先事項であるという。
凛が参加した第五次聖杯戦争においても、マスターの権利を放棄して監督役だった彼女の兄弟子に願えば、聖杯戦争終了まで身の安全は保証された。
「勝ち残った一人以外は、必ず殺されるトーナメント。
ある意味、冬木の聖杯戦争よりタチが悪いのかもしれないわね」
言いながらアーチャーから目を切り、凛は天を仰いだ。
ざぁ、と吹いた夜風が、二房の黒髪をくゆらせる。
「でもさアーチャー。
勝った一人以外、全員が死んだって言うのなら――」
頭上には、蒼い月。
虚空に在りて、地上のいと小さき者どもを笑うかのように、熾天の玉座に鎮座している。
「ラニと白野。
あの娘達二人ともマスターなのに、何で両方生きてるの?」
CCCでは、複数が生存とか普通にありましたね。
あくまでEXTRAとのクロスという事で(苦しい言い訳)。