師走を過ぎると、夜が太陽を覆い隠すのが早い。
慣れ親しんだ道のりと言えども、昼間とは違った貌を見せ、道行く者達の心を惑わせている。
痛みを感じるほどの冷たさは空気を澄ませ、天上に星々の煌めきをくっきりと映し出していた。
「すっかり遅くなっちゃったね」
手に息を吹きかけながら、桜色の少女は語りかける。
身を切る寒気で傍らを歩く紫の女性の眼鏡にも、白い曇りができていた。
「そうですね。
ですが、帰宅するのは私達が一番早いのではないでしょうか。
ここ数日、士郎もセイバーもリンも、夜の巡回に勤しんでいます」
洋風の家が建ち並ぶ住宅地を、間桐桜とライダーは歩いていた。
桜は時折、今日のように衛宮邸に帰宅する時間が遅くなる事がある。
実家である間桐邸に寄っている為だ。
遠坂凛も実家と衛宮邸を往復する生活を送っているが、遠坂邸には凛以外の住人はいない。
桜には、間桐邸に待っている家族がいた。
以前は家政婦を雇って屋敷を管理させていたが、現在の間桐家の家事の大部分は、桜の手によって引き受けられているのだ。
故に今日も愛する家族のために、腕によりをかけて夕食を作り、なかなか帰って来ない兄を心配し(○月×日 晴レ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 今日の兄。夕食作って待ってろと言っていたのに音沙汰なし。許せない)、『チンせぬレトルトの方がましじゃのう』と微笑ましい冗談を言う祖父を笑って抱き締め(終末の老人介護。首をぎゅっとね)、家を出る頃には、すっかり夜も更けてしまったのである。
「……大丈夫かな、先輩も姉さんもセイバーさんも。
危ない事をしてなければいいんだけど。
ねえライダー。
先輩の家に着いたら、みんなの様子を見に行ってくれませんか?」
「それはできません、サクラ。
私は主の安全を優先します。
目立った異常が見当たらないとは言え、現在の冬木市の様子はやはりどこかおかしい。
マスターを一人で残しておく事はできません」
長い髪をくゆらせながら、ライダーはきっぱりと返答した。
「もう、心配性なんだから。
ライダーがちょっとみんなを見て来てくれる間くらい、わたし一人でも大丈夫。
衛宮邸には結界もあるし、危なくなったら令呪でライダーを呼びます。
それにわたしだって、ライダーに教えてもらって魔術の腕を上げてるんだから」
「サクラ、確かに貴女は強くなった。
ですが基本的に、マスターは戦闘でサーヴァントに及ばないという事を忘れてはいけません。
衛宮邸の結界に侵入者を迎撃する効果はありませんし、すり抜けられる者とていないわけではない。
奇襲を受けてからでは、令呪でも間に合いません」
衛宮邸の結界は侵入した敵の悪意に反応して警告音を鳴らす物だが、結界に反応されずにすり抜けたサーヴァントもいないわけではない。
『白き髑髏面の暗殺者』や『神代の魔女』は、結界に反応されず、サーヴァントにさえ気付かれないままで、結界内にいた衛宮士郎と接触してみせた。
「士郎にはセイバーがついていますし、リンにはアーチャーがついています。
滅多な事で彼らが後れを取る事はありません。
それに、士郎にはハクノというマスターとそのサーヴァントも付いて行ったのでしょう?
ならば大丈夫。
どんな異常があったとしても、切り抜けられます」
そこまで言って、ライダーは言葉を切った。
――もっとも。
それは、キシナミ ハクノが士郎を背後から狙わないという前提があれば、ですが――
岸波白野と騎士王によく似た外見の赤いサーヴァント。
衛宮邸の新しい滞在者達は、灰色の存在である。
昨夜、士郎達に襲いかかったとも聞いている。
今の所は士郎が味方しているから、ライダーも一応は不確定要素を容認していた。
二人が敵か味方かの判断は、取りあえず保留にしているのだ。
だがもしも士郎の、否、桜の敵になれば。
危険に撒き込む可能性をちらりとでも見せたら。
すぐにでも黒き騎兵は獲物を喰らう大蛇となりて、二人の異物を呑み込もうと決めていた。
交差点が見えて来た。
隣町に通じる大橋、柳洞寺、商店街、そして穂群原学園といった様々な場所へと続くルートの中継地点である。
目的地の衛宮邸は、交差点を挟んだ反対側の住宅地にあった。
「まだ十時にもなっていないのに、静かね」
「聖杯戦争中だからでしょうか。
奇妙に街の住人の活気がありません。
今はキャスターが街の人々の魔力を集めているわけではないのですが。
サクラ、やはり今後はもう少し早めに帰る事にしま――っ!」
言いかけたライダーの目が、大きく開かれた。
同時に、深山町全体に響くかと思われるほどの轟音が、桜の耳に飛び込んでくる。
「――――!
ライダー、これって」
「爆発音……いえ、これは砲撃音でしょうか。
いずれにせよ、こんな住宅街にまで届いていい音ではありません」
「砲撃……。
近くでサーヴァントが戦ってるの、ライダー?」
「おそらくは。
大橋のあたりからでしょうか。
まともな
「――――っ!
先輩や姉さんと戦ってるのかも!」
この時、ほぼ同時刻の士郎とセイバーは、穂群原学園で巨獣ジャバウォックやユリウス・アサシン主従と交戦している。
例え砲撃音が聞こえても駆けつける事は不可能なのだが、この時点の桜にそれを知る術はない。
「行きましょう、ライダー!」
「サクラ。
戦っている相手が、士郎やリンだと決まったわけでは……」
「ううん、あれだけ大きな音だったもの。
戦ってるのが別の誰かでも、姉さんや先輩にも聞こえた筈です。
だとしたら二人とも、この戦いをほっとかないと思う」
少女の内側で決意が固まっていく。
脳裏をよぎるは彼女の大切な人達。
彼らはいつも彼女を安全な場所に置き、自分達は危険な場所へと赴くのだ。
「手伝わなきゃ。
わたしだって、いつまでもあの人達の後ろに隠れているだけじゃない!」
守られているだけじゃない。
真摯な瞳がライダーを見る。
彼女は、自分から聖杯戦争に参戦しようとする性格ではない。
ない筈なのだが……。
「お願い、ライダー!」
「……分かりました、サクラ。
貴女の望むままに」
主の安全を優先するなら、このまま衛宮邸に帰宅するべきだ。
だが、傷つく事も傷つける事も恐れていた主が、それでも行きたい、と願ったのならば。
頷きと共に、ライダーの着ていた衣服が変わる。
トレーナーとジーンズが消え、露出の多い黒い戦闘服と鎖が、彼女の蟲惑的な身体を覆っていく。
魔眼殺しの眼鏡が外れ、この世ならざる者の魔性の両瞳は、彼女の『宝具』たる眼帯の下に隠されていく。
温かな表情の姉役が消え、桜の眼前に、第五次聖杯戦争の一際暗い闇の中を闘い抜いた『
「つかまっていてください、マスター。
三分あれば到着します」
黒き蛇姫が主を抱き上げ、地を蹴る。
紫の長髪が風に引かれて、地上に箒星が流れるような軌跡が描かれた。
ステータス情報が更新されました
【クラス】ライダー
【マスター】間桐 桜
【性別】女性
【真名】
【筋力】B 【耐久】D 【敏捷】A 【魔力】B 【幸運】E 【宝具】A+
【クラス別能力】対魔力:B 騎乗:A+
【保有スキル】魔眼:A+ 単独行動:C 怪力:B 神性:E-
【宝具】