「それでは、岸波白野を冬木市における今回の聖杯戦争の参加者マスターであると認めます。
聖杯はただ一人の勝者にのみ与えられる物。
己が望みを以て他者の望みを食らいつくし、マスターの数が残る一人になるまで、この街で存分に殺し合いなさい」
鈴の音を思わせる声が響き、銀髪の修道女は厳かにわたしの参戦を認めた。
既に戦いの火蓋は切って落とされており、この宣言に意味などない。
一人のマスターと一体のサーヴァントが、己の意思で冬木市での聖杯戦争に参加している事を確認しただけである。
「待てよ、カレン。
岸波を連れてきたのは、脱落した時に保護を頼みたかったからだ。
殺し合いを強要する為じゃない」
堅い表情のままで、士郎が割って入った。
彼の言い方はやはり、わたしを競争相手として見ていない節があるように思う。
「嬢ちゃんがその気ならいいじゃねぇか、坊主。
オレ達も基本中立ってトコだが、殺し合いをしたがってる奴がいりゃ、相手になるぜ。
サーヴァントなんざ、その為に呼び出された様なもんだ。
だろ、『暴君』」
野生動物を彷彿とさせる好戦的な表情で、槍兵は笑った。
一般人に融け込んでいる様で、根っこの部分は獰猛な戦士の貌である。
「ふむ、当然だな。
つまり我らが次に会う時は、貴様らの墓標に我が剣で華を添える時という事だ。
開幕の鐘などとうに鳴っていように、大仰な言い回しをするものよ。
だがまぁ良い。
どの戦でも、出陣の式典は士気に関わる故、盛大に行うもの。
我らの門出を祝う民が多すぎて困るという事もあるまい。
特に許すぞ。
なぁ奏者」
うむ、といつも通りの尊大な態度で、セイバーがカレンに頷いた。
確かに今更であるが、改めて宣言された事で、聖杯戦争に参加している事を再認識させられる。
全てを見通しているかの様な、金色の視線がわたしを射抜く。
シスターの姿が天上世界で見た神父に重なり、峻厳な雰囲気がこれからの戦いが一層苛烈なものになる事を予感させて――
「……うん、レンゲ片手じゃなければね」
香辛料の利きすぎた料理を見ながら、わたしは大きく息を吐いた。
皿を見ない様に会話していた士郎とランサーが、余計な事を思い出させるなと言わんばかりの目をわたしに向けてきた。
「そういうシリアスなのは、教会の大聖堂とか雰囲気のある場所でやって欲しかった」
「気持ちは分かるが、諦めな嬢ちゃん。
うちの性悪マスターは他人の傷を開いたり不幸を見たりするのが大好物でな。
シリアスを台無しにされて悔しがってるアンタを肴に、悦に入ったりしたいんだよ。
ったく誰に似たんだか……」
言ってランサーは頭を抱えていた。
彼の聖杯戦争には、どうやら強敵を倒すより難しい問題があるらしい。
「しかし、そなたも中立の立場とはな。
もっと好戦的な、戦士の英霊だと思っていたが。
衛宮邸の三サーヴァントといい、こちら側のサーヴァントには、どうも聖杯戦争に積極的な者がおらぬらしい。
その辺り、我ら
「別にいいんじゃねぇか。
オレ達が呼び出された聖杯戦争自体は、終わってるわけだしな。
それがマスターの意向でもあるし、現界してるうちは好きに過ごさせて貰うさ。
当然そっちから仕掛けてくれるなら、この場で殺し合うのもアリだがな」
スパイスの香りから顔を背けながら、ランサーが応じた。
わたし達が衛宮邸で会ったサーヴァントは二体だった筈だが、セイバーはいつの間にか、もう一体のサーヴァントとも会っていたらしい。
ともあれ、このままではせっかくの料理が冷めてしまう。
皿を無視して会話を続けている士郎達を尻目に、レンゲを取り上げ、グラグラ煮え滾った溶岩を連想させる麻婆を掬った。
――ああ、これだ。
月面での食事を思い出し、懐かしさに笑みがこぼれた。
ピリッとスパイシーな香りが鼻孔を刺激し、空腹でない筈のわたしの食欲をそそる。
わたし達の聖杯戦争でも、購買部に期間限定で麻婆豆腐が売られていた事があった。
向こうで監督役をやっていた神父が、特にリクエストしたモノだ。
あちらでは特に食事など摂る必要がなかったのだが、物珍しさもあって買っていくマスターも多かった。
レンゲを口に持っていく。
――ああ、やはり懐かしい。
かつて天上で食べた味、否、それ以上か。
この辛いっていうかもはや痛い灼熱の流動体が口に含んだ瞬間赤々と熱した千本の針になって一本一本舌に突き刺さって味覚と痛覚を破壊し受けた刺激が脳に伝わってわたしの存在そのものが生存の危機に達してからいカラい唐い辛いツラいつらいあついアツい熱い厚い暑い篤いいたいイタい痛いッ――――!
「#$%&¥+*――!」
「岸波?
ああ、バカッ!
目を離した隙にその麻婆を食っちまったのか!」
「何と!
奏者よ、気を確かに。
ええい、おのれ貴様!
一服盛ったか修道女!
あの神父といい黒髭殿といい、あの宗教には本当にロクな者がおらぬな!」
セイバーと士郎が何か言っているが、口の中が灼熱地獄と化して何も答えられない。
辛そうだと?
むろん辛いとも!
この世全ての辛さを具現したラー油と唐辛子を百年ぐらい煮込んで合体事故のあげくオレ外道マーボー今後トモヨロシクみたいな地獄の釜にも匹敵しそうな料理である。
肉体を持った事で得た五感は、苦痛をより克明に、イメージではなく実際のダメージとしてわたしの脳に伝えている。
ああ、そう言えば麻婆を食べた後、昇天するが如く散って逝ったマスターもいたんだっけ……。
銀のシスターのと目が合う。
無表情にすら思えた貌に、慈悲深い神、あるいは残虐な悪魔を思わせる不可思議な笑みが浮かび、彼女の可憐な口が開いた。
「ぽるかみぜーりあ」
意味は分からない。
だが、絶対にいい意味のはずがない、とわたしは確信した。