「……冬木の聖杯戦争における概要の報告は以上です。
入手したデータは、かなりの部分に改竄された形跡があります。
聖堂教会……いえ、おそらくは聖杯戦争の監督をした者達の手によるものでしょう。
冬木市聖杯戦争の、始まりの御三家の力も動いたと思われます」
ユリウスの感情を感じさせない声に頷きながら、レオナルドは先を促す。
新都にある、冬木ハイアットホテル。
四度目の聖杯戦争の際、あるマスターの拠点だった事で爆破され、ようやく再建を果たした最上階の一室にハーウェイ兄弟はいた。
「岸波は今、衛宮士郎というマスターに匿われているようです。
この人物について調べてみたのですが、どうにも情報が錯綜しています。
彼が最後まで勝ち抜いたという報告もあれば、マスター権を放棄して消されたという話もあります。
ルールを破った監督役を殺害したという噂もあり、こちら側の聖杯戦争でかなり目立った動きをしていたと思われますが、収集したデータからは明確な人物像が浮かび上がってきませんでした。
これは御三家が……あるいは監督する立場である教会も結託して、彼の存在を隠そうとしているのではないかと」
「衛宮士郎さんですか。
なるほど、そのマスターは白野さん達と共同戦線を張っているわけですね。
彼女達が敗北したマスターというのは、その人かもしれませんね。
プロフィール位は分かりますか、兄さん?」
直立したまま、ユリウスは手元のファイルをめくった。
紙媒体の資料など彼らにとっては前時代のものだが、そこまで不便なものでもない。
「前回最後まで残ったマスター・衛宮切嗣という男が、養子として引き取った孤児だったようです。
この衛宮切嗣はアインツベルンに婿養子だった様で、衛宮士郎はアインツベルンと血の繋がらない身内だと言えるでしょう。
魔術師として先代の魔術刻印を受け継いではいませんが、遠坂の今代当主・凛に師事しています。
また、マキリの者達との親交もあり、御三家全てに深く関わりのあるマスターと言えます」
「遠坂当主、凛?
もしかして僕達の聖杯戦争にも参加していた、あの遠坂さんですか?」
「いえ。
どこかで関係はあるのかもしれませんが、冬木市にいる遠坂凛は、我々の知る女と別人である事は確認済みです。
冬木の
ユリウスの説明を聞きながら、レオは湯気の立ち昇るカップを口に運ぶ。
程よい甘さとかぐわしい香りが口いっぱいに広がり、やや張っていた肩を弛緩させる。
ユリウスの隣で珍しく姿を現していたアサシンが、大笑した。
「呵呵呵呵!
なかなかに愉快な夜だったぞ。
アレだな、後日まで壮健であれ、と願いたくなるという奴か。
おぬしを含め、西欧の騎士とやらには剛の者が揃っているな、『太陽の騎士』」
「ほう。
兄さん達を退けたのは、騎士だったのですか」
「応とも。
『暴君』に瓜二つの容姿をしておったから、初めはあやつの身内かとも思うたが、アレは違うな。
在り方は支配者にも見えたが、アレはまごう事なき騎士の英霊。
西洋で名を馳せた剣客であろうよ」
愉快そうに笑うアサシンに好奇心を刺激され、レオは後ろに立つガウェインを見返った。
「白野さんのセイバーとよく似た容姿で、騎士のサーヴァントですか。
ならばそのサーヴァントはガウェイン、貴方と同じ『円卓の騎士』だったかもしれませんね。
自身を知る者から正体を隠す為に、セラフにいた少女のキャスターの様に、セイバーの姿を模していたとか。
名高いランスロット卿などは、正体を隠して武勲をたてた逸話がありますが」
「どうでしょうか。
西欧の騎士というのは、何も私達『円卓の騎士』だけではありません。
確かに彼の
それにそのサーヴァントが『暴君』に似た容姿をしていたというのなら、他者の姿を模していたというより、むしろ元々――」
言いかけてガウェインは言葉を切った。
涼やかだった騎士の貌に、かすかな驚きが浮かんでいる。
「ガウェイン?」
「――いえ、つまらない事を考えました。
どうあれ、道を譲る訳にはいかないでしょう、レオ。
王の行く手を遮るのならば、誰が相手でも斬り伏せるのみだ」
言い切った白騎士の貌は、すでにいつもの穏やかなモノに戻っている。
精神の葛藤を感じさせない、紳士の貌だった。
「仮にそのサーヴァントが『円卓の騎士』の誰かだったのならば、貴方にとっては、かつての仲間と戦うことになりますが」
「ご心配なく。
我らはこの時代の主の力になる為に呼ばれ、この時代の主君に剣を捧げたのです。
例え『円卓の騎士』同士の戦いになろうが、私情で主の戦いや騎士の誓いを妨げるならば、そちらの方が私達の信じた騎士道に対する裏切りとなるでしょう」
言ってガウェインは窓から空を見上げた。
赤く燃える王国。
私情で動いた騎士達が滅ぼしてしまった国。
二度と還らぬ人となってしまった王。
最期の願い、最後の誓い。
今わの際に、今度こそは、と願ったものは。
騎士の誓いは破れない。
鉄の忠誠心は主の為に。
どのような敵であれ、王道を遮るものを打ち倒して見せよう。
――そう。
例えその相手が、かつて仰ぎ見た『理想の体現』だったとしても。
全ての王の道は唯一無二にして尊いもの。
かつての理想の残照と敵として対峙する事になるならば、それはレオが本当の王になる為に乗り越えなければならない、最大の試練であるのだから――
まだ見ぬ敵に思いを巡らせる弟達を見ながら、ユリウスは一人、別の敵の事を考えていた。
天上で見たアバターと変わらぬ、軽くウェーブのかかったロングヘアの少女。
「……レオが敗北したという事は、奴らは聖杯戦争の勝者。
聖杯を手に入れたという事だ」
それはムーンセルに一時的に触れたユリウスだからこそ抱いた疑問。
『岸波白野』というマスター、否、NPCの特異性。
――あの女には、戻れる
「ムーンセルは地上で行われたあらゆる事象を記録しているという。
ならば地上で『魔法使い』達が至った奇跡の記録から、『魔法』を再現する事も可能、か。
噂に聞くアインツベルンの
再現できるのならば、例え『魂だけの存在』だろうが、肉を持った人間として地上を歩く事もできるだろう」
ユリウスには知り様がない事だが、ホムンクルスの
聖杯は万能の願望機。
白野が地上で人間として生きる事を望んだのならば、その願いを叶える方法をいく通りでも用意できるだろう。
出会う筈のないマスターが出会っている今の状況も、勝者の願いだと考えれば説明がつく。
「だが――」
かすかな違和感。
わずかな引っかかり。
――だとすれば今のこの状況は、あの女が作り出したという事なのか?