二人が屋上に着いた時には、すでに感知した魔力の持ち主たるサーヴァントの姿はなかった。
ただ、かすかな魔力の残り香があるだけである。
「……すでにこの場にはいないようです」
周囲をじっくりと見回して、セイバーが言った。
屋上が無人である事を確認した後も、少しも警戒を緩めていない。
「柳洞寺のキャスターのように、空間転移のできるサーヴァントでなければ、そう遠くには行ってないと思います。
隠れてこちらの様子を窺っているのかもしれない。
私のそばから離れないで下さい、マスター」
「ああ、分かってる」
士郎も短く答え、魔術回路のスイッチを入れた。
――サーヴァントは他のサーヴァントの気配を感じ取る事ができるが、例外も存在する。
最も顕著な例は、
第五次聖杯戦争の中盤以降に参加した黒い暗殺者は、サーヴァントにも見破られずに、衛宮邸の結界を突破してみせた。
サーヴァントの戦闘面での強さだけでは、聖杯戦争には勝ち残れない。
戦力の劣るサーヴァントは、正面から向かって来るより、敵マスターの暗殺を狙うからである。
最優のサーヴァントたるセイバーが最も警戒する事は、マスターを狙われる事だった。
「教室を一つ一つ見て回るぞ、セイバー」
士郎は校舎の中に入る事を選択した。
屋上の入口に足を向け、扉に手をかけかけて――
「――!
待ってください、シロウ。
サーヴァントを捕捉しました!」
――足が止まる。
振り返った瞳の先で、セイバーが地面を睨んでいた。
強い視線はコンクリートをつき抜け、下に居るであろう標的を捉えている。
「向こうもこちらに気付いているようです。
ここに向かって来ています」
翠の瞳が主を見返る。
その視線は、どうするのだ、と士郎に決断を迫っていた。
「……ここで待とう。
戦闘になるようなら、迎え撃つ」
静かに言い終えると士郎は口を噤み、出てきた扉を凝視した。
屋上は静かな凪に入り、やがて訪れる嵐を待つ。
――そうして扉が開かれる。
「――えっ?」
「なッ?」
同時に二人の『マスター』から驚きの声が上がる。
「……ふむ。
こういう事もあるか」
赤い服の『セイバー』が感心したように頷き、青い服の『セイバー』は油断なく来訪者を見つめている。
「セイバーが、もう一人?」
呆然とした声で士郎が呟く。
瞬間、彼の脳裏に浮かんだのは、気高き理想を喪失して黒く染まってしまった――
「それは違います、シロウ。
どこの英霊かまでは分かりませんが、あれは私ではありません」
青き従者の言葉で、士郎は我に返った。
見ると赤いサーヴァントが独創的なデザインの剣を取り出し、すでに戦闘態勢に入っていた。
一方で、マスターであろう学生服の少女は何か不思議な物を見るかのように、ぼんやりとセイバーを見つめていた。
「マスター、命令を。
あの敵は、この場で倒します」
セイバーも迎撃態勢に入り、不可視の剣を構え、跳びかかるために脚に力を溜めている。
張りつめた空気が穂群原の屋上に蔓延した。
「待てセイバー、まだ戦うと決まったわけじゃな――」
「セイバー、わたし達の敵を倒して!」
慌てて制止する士郎の声をかき消して、学生服の
士郎が何か言うより早く、従者達は行動に移っていた。
「見てるがよい!」
赤い剣士が迫り来る。
「退がって下さい、マスター!」
青き騎士王が迎え撃つ。
赤と青のサーヴァントの視線が交錯し、互いの虚像を砕かんと剣を振り下ろした――