「キュウ…キュウ…」
俺の近くで何かが聞こえる。
「フォウ…フー、フォーウ…」
頬に何かが触れる感触がした。
「……が…ん…、…ん……」
さっきとは別の何かが聞こえ、誰かにゆすられている感じがする。少しずつ、意識が覚醒していく。
「星河さん、先輩。起きてください」
やっと声が聞こえて来た。この声はマシュさんのようだ。
とてつもなく体がだるいが、俺はなんとか目を開ける。
「良かった。目が覚めましたね、星河さん、先輩。無事でなによりです」
どうやら立香さんの方も起きたようだ。
「こ…これは…」
「なに…これ…?」
周りを見渡すとそこはこの世のものとは思えない光景が広がっていた。しかも悪い意味でだ。
崩れているビル群、道路のアスファルトはひび割れ、あちらこちらから火の手が上がっている。一言でこの現状を表すのなら、きっと【地獄】と表すのだろう。
「星河さん、先輩!気をしっかり!」
あまりにも酷い景色に眩暈がしたが、マシュさんの声に意識をなんとか戻す。
「そういえばマシュさん、その恰好は?」
マシュさんの今の姿は、ひと昔前の甲冑のような姿だった。
「それについては後ほど説明します。今は緊急事態ですので」
今気付いたが、マシュさんは俺たちを起こす前から何かから目線を外さないようしている。
マシュさんの目線の先を追うと、そこには剣を持った骸骨が歩いてこっちに来ていた。
そいつは俺たちを見つけたのかこっちに襲い掛かって来たが、それをマシュさんが持っていた大きな盾で受け止める。
「言語による意思の疎通は不可能、敵性生物と判断し、迎撃します」
マシュさんは盾でそいつを押しのけ、バランスを崩した骸骨の懐に入り盾を横から振って骸骨に攻撃する。あっけなく骸骨は腰のあたりから折れ、それっきり動かなくなる。
「ふう、なんとかなりました」
大きく息を吐きだした後、マシュさんはこちらへ振り返る。
「お怪我はありませんか、星河さん、先輩?お腹が痛かったり腹部が重かったりしませんか?」
「あ…ああ、俺は大丈夫だけど…」
「私も大丈夫だよ、それよりも…」
俺たちは動かなくなった骸骨を見る。
まるで映画に出てくるゾンビのようだ。それだけに、動いていたというのが信じられない。
「ええ、この時代はおろか、わたしたちの時代にも存在しないものでした」
なら、これはどこから来たのだろうか。
「もしかしたら、これが特異点の原因なのかもしれません」
「特異点?」
「なにそれ?」
俺と立香はマシュに尋ねた。たぶん所長が説明してくれていたと思うが、うっかり寝てしまった二人組なのだ。
「特異点とは、説明会を開いていた部屋にあった【カルデアス】というものが観測した、大小様々な本来は存在しないはずの過去のことです。人類史の消失の原因とされ、放置しておくと人類が滅ぶと言われています」
なるほど、ようは過去になにかイレギュラーが混じったってことか。
マシュの説明が終わると同時に、何かの電子音が聞こえた。音の発生源は俺と立香の腕に付いている通信機からだ。
立香が通信をつなげると画面にはミス・ロマンが映っていた。
『ああ、やっとつながった!二人とも無事なようね!』
画面に映る俺たちを見て、ミス・ロマンは安心から強張っていた表情を崩した。
『どうやら二人とも、レイシフトに巻き込まれたみたいね…コフィンなしでよく意味消失に耐えてくれたわ』
なにか知らないけど、どうやら普通はコフィンとかいう何かを使わないといけないのか。それに【意味消失】というなにやら不穏な言葉から察するに、下手をすれば俺達は消えていたかもしれないらしい。
『それとマシュ、あなたも無事なのは嬉しいけど、なにやらカッコいい姿になってるわね』
「ええ、カルデアの制服では星河さんや立香さんを守れないと思い、変身したのです」
「へ、変身!?」
まさかマシュさんはそんなステキ能力を持っていたのか。
『変身?あなたにはそんな能力はなかったはずだけど?』
「ミス・ロマン、わたしの状態をチェックしてください。それで状況は理解していただけるかと」
『身体状況を?ちょっと待ってね……これはっ』
マシュに言われて何かの端末を操作したミス・ロマンはなにかに驚いているようだ。
『マシュ、これは……』
「はい、経緯は覚えていませんが、わたしはサーヴァントと融合したことで一命を取り留めたようです」
『英霊と人間の融合体、【デミ・サーヴァント】ね…英霊の意識は?』
「わたしに力を託して消滅しました。わたしに力を託すから、この特異点を解決してくれと。なので、わたしに力を託してくれた英霊が誰なのか分かりません」
『そう……他に何かない?他にレイシフトできた人とか』
「いえ、他にレイシフトできた人物は確認できません」
『そう…星河さん、藤丸さん、こんな事態になってゴメン。あなたたちに事情を説明しないままこんなことになっちゃって』
マシュさんと話し終えたミス・ロマンが私たちに頭を下げて謝る。
「いや、ミス・ロマンのせいじゃないんだろ?なら、いいよ」
「うん、私も」
『ありがとう。こちらでも最大限サポートするから安心してね。それじゃあ、早速で悪いけど2キロくらい移動した所に霊脈の強いポイントがあるわ。そこへ向かってくれる?続きはそこで話すわ』
「了解しました」
そう返事を返すと通信が切れた。きっとあの爆発のせいで通信が安定しないのだろう。
「行きましょう、星河さん、先輩」
「ああ、行こう」
「うん」
こうして、俺たちの初めてのレイシフトは、なんとか無事に始まったのであった。