東方(咲夜中心)短編集   作:鬼灯@東方愛!

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初出:2014/02/02
『火曜日はオムライスの日』の続編。
現パロなので、苦手な方はご注意ください。


金曜日はラジオの日

 

 

 毎週、金曜日の夜9時になると、薄い壁越しに、ラジオの音が聞こえてくる。

 その音に重ねるようにして、パチュリー様が溜息を吐き出した。

 私はそんな姿を横目で見ながら、壁の向こうに意識を向ける。

 

 ――あの子は、今頃。

 どんな顔をして、この音に耳を傾けているのかな。

 

 

 

 

 

「――……というわけで、任せたわ、親友」

 

 輝く笑顔で言い放たれた台詞に、パチュリー様が怒りで肩を震わせながら怒鳴り返した。

 

「なにが、というわけで、なのよっ、親友!」

 

 レミリアお嬢様は、しばらく笑っていたけれど。

 ゆっくり息を吐いた後、真面目な顔になって、語り始めた。

 

「パチェ。パチュリー・ノーレッジ。この私が、心から信頼する友人。今回のことはね、本当に、貴女にしか頼めないのよ。……でも、だからこそ」

 

 背中を向け、ドアノブを回しながら、続ける。

 

「この話を受けるかは、貴女が自分の意志で決めて欲しい。……断られても、家賃を値上げしたり、咲夜を取り上げたりなんて、しないから」

 

 

 

 

 レミリアお嬢様を追い、部屋を出て。

 隣室の扉の前で、立ち止まる。

 ひとつ深呼吸をしてから、レミリアお嬢様は、パチュリー様と私に『忠告』した。

 

「開けるわよ……気を付けなさい」

 

 なにを、と。パチュリー様が訊ね返している途中で、開けられた扉。

 

 

 ――ドオオォォオオオンッ!

 

 

 大きな爆砕音が轟いた。

 それにあわせて、玄関に取り付けられていた電灯が割れ、破片の一つがパチュリー様のお顔めがけて飛んできた、から。

 

 

 ――止まれ!

 

 

 時間を止めて、その破片をそおっと指でつまんで除けた(私も怪我はしたくなかったから、そおっ、と)。

 他に危険な要素がないかを確認してから、体の力を抜く。

 再び動き出した世界で、パチュリー様は、腰を抜かしてへたりこんでしまった。

 

「……びっくりするでしょ、フラン。驚かさないで」

 

 レミリアお嬢様の視線の先。

 薄暗い部屋の中には、膝を抱えて座る、私と同い年くらいの女の子がいた。

 

「……」

 

 光がなくても、仄かに輝きを放っているようにも見える、金色の髪。

 拒絶の意志を持ってこちらに向けられた、宝石みたいな、紅い瞳。

 

「紹介するわ」

 

 レミリアお嬢様は、女の子を見詰めたまま、言葉を続ける。

 薄く笑みを浮かべたその横顔は――……なんだか、辛そうだった。

 

 

「彼女の名前は、フランドール・スカーレット――……『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を持った、私の妹」

 

 

 ――もう、知っているでしょう? この世界には、不思議な能力を持った者が、存在するということを。

 そう言いながら、レミリアお嬢様はへたり込んだままのパチュリー様へ視線を移した。

 

「フランも、その一人。感情の昂りを抑えきれずに、たまぁに暴発させるのが、玉に瑕」

 

 軽い口調で、そのように述べた後。

 声量を落として、続けた。

 

「その、たまぁにを、心底気に病んで。なんにも壊したくない、誰も、傷つけたくない、って。自分から独りぼっちになろうとする、『ひきこもり』よ」

 

 その時、私は。

 私とそんなに大きさの変わらないレミリアお嬢様の拳が、強く握りしめられて、震えていることに気が付いた。

 それでも、レミリアお嬢様の声音は、やわらかだった。

 

「ねえ、パチュリー・ノーレッジ先生。貴女なら、あの子の物語の結末を、どんなふうに描《えが》くのかしら」

 

 黙って話を聞いていたパチュリー様は。

 グッと眉間に皺を寄せると、へたりこんだまま、でも、ハッキリした口調で、告げた。

 

 

「――……お願いを、引き受けたわ。親友」

 

 

 レミリアお嬢様は、ホッとしたような顔で、笑った。

 

「ありがとう、親友」

 

 そして。

 迎えに来たリムジンと共に、レミリアお嬢様は去って行き。

 私とパチュリー様に、引きこもりの隣人が出来たのだった。

 

 

 

 

 ――正直なところ。

 このアパートは、引きこもるにはまったく向いていない環境だ。

 なんせ、トイレは共同だし、お風呂もない。

 排泄を行わない生き物はそうそういないと、前にパチュリー様が言っていた(アイドルだってホントは排泄するんだと聞いて、ビックリした。トイレになんか行かないって、女性アイドルがテレビで言っていたから、勘違いしていた。……でも、トイレに行かないのに、どこで排泄を行うのだろうか?)。

 まあ、だから。

 すぐに諦めて、ひきこもりなんてやめるんじゃないかなって、そう思っていたのだけれど。

 

 

 

 

「――……反則でしょう、あれは」

 

 パチュリー様が、疲れた顔で呟いた。

 フランドール・スカーレット様――《妹様》が、隣室で暮らすようになってから、2週間。

 なんと、妹様は、ただの一度も部屋の外に出ていないのだ。

 上述した通り、このアパートのトイレは共同だし、排泄を行わない生き物はそうそういない。

 では、妹様は、この2週間、いったいどうやって生活しているのか。

 その答えは、レミリアお嬢様が残していったメモ紙に記されていた。

 

 ――特記事項。スカーレット家は、ぶっちゃけると純粋な人間じゃないから、食事を長期に渡ってとらなくても、簡単には死なないし、食べなければその分排泄も行わない。汗もほとんどかかず、いつでもフローラルな香り。まさに貴族!

 

 ……そう。

 排泄を行わない生き物は、そうそういない。

 だが、まったくいないわけではないのだ(チューブワームとか)。

 パチュリー様は、メモ紙をグシャグシャに握りつぶして、ゴミ箱へと放り投げ――それがふちに当たって床に転がったのを見て、溜息と共に机へと突っ伏した。

 薄い壁越しに、明るい話し声が聞こえてくるけれど、最初の日に見たあの部屋には、テレビはなかったように思う。

 ――……ラジカセ、かな。きっと、ラジオ番組を聴いているのだろう。

 私はパチュリー様の頭を撫でながら、壁越しの音を聞き流しつつ――『前途多難』ってこういうことをいうのだろうなあと、考えた。

 

 

 

 

 翌日。

 学校が休みのチルノと、公園へ向かいながら。

 膠着状態に陥っている紅魔館の小さな戦いについて、話して聞かせた。

 

「そんなの、引きずり出しちゃえばいいのよ!」

 

 話を聞き終わるなり、隣を歩くチルノは、自信満々な顔でそう言った。

 その言葉に、私は少しだけ想像をめぐらしてから、首を横に振る。

 

「……難しいと思う。物理的に」

 

 正直、暴走されたら、命がいくつあっても足りない気がした(特に、パチュリー様のお命が)。

 しかし、チルノはなおも不満気に言い募る。

 

「だって、部屋から出てこないんでしょ。お話も、出来ないんでしょ。だったら、このままじゃ、なんにも変らないじゃん!」

 

 ――確かに。

 その意見は、正しいのかもしれない。

 

「んー……」

 

 でも。

 

「それじゃ、意味がない気も、するの」

「……どうして?」

 

 怪訝そうに眉を寄せたチルノに、自信がないながらも、自分の考えを伝える。

 

「無理矢理、外へ連れ出しても。心は、あの暗い部屋の中に、置いてきてしまうような気がする、から?」

 

 私の答えを聞いたチルノが、馬鹿にするみたいに溜息を吐いた。

 

「なんで、疑問形なの?」

 

 自分でもよくわかっていなくて、でもなんとなく、そう思ってしまうからです、なんて。

 ぼんやり考えながら、少しだけ、歩調を速めた。

 

 

 

 

「あれ? なにをしてるんだろう」

 

 公園に着くと、人だかりが出来ていた。

 好奇心旺盛なチルノが、真っ直ぐに駆けて行き、私もその後を追い駆ける。

 小さな体を上手く使い、人だかりの中心に辿り着いた私達は、揃って感嘆の声を上げた。

 

「……わあっ」

「すっげー!」

 

 人だかりの中心で行われていたのは『人形劇』だった。

 3体の美しい人形が、まるで本当に生きているかのような滑らかな動きで、物語を演じている。

 しばらく、夢中になってその光景に見入った後。

 ふと、人形を操る糸の先に視線を向けた私は。

 また、感歎の声を漏らさずにはいられなかった。

 

「わぁ……」

 

 透き通るようなプラチナブロンドの髪。

 真っ白い顔《かんばせ》に、秋空のような蒼い瞳。

 私の視線に気が付いたのか、一瞬だけこちらに目を向けた『彼女』は。

 口端をほころばせて、小さな笑みを浮かべた。

 

「っ!」

 

 心臓が、ひとつ大きな音をたてる。

 

 

 ――……彼女は、本当に美しいお姉さんだった。

 

 

 その後。

 初めて観た高クオリティの人形劇に、興奮冷めやらぬチルノと共に、そのお姉さんに話しかけた。

 名前は『アリス・マーガトロイド』というらしい。

 本職は人形師だそうで、数年間フランスに修行へ行っていたが、つい先日帰国したそうだ。

 工房で人形制作の依頼をこなしながら毎日過ごしていたけれど、そればかりでは体が鈍ってしまうから、散歩ついでに趣味の人形劇を行うことにしたと語った彼女に、「また観たい」とお願いした。

 彼女は快く了承してくれたので、「ありがとう、アリスさん」と心からのお礼を伝えたのだけど。

 

「アリスでいいわ。『さん』は付けなくていい」

 

 そう言って、頭を撫でてくれた。

 ――……でも、その撫で方が。

 

 何故か、パチュリー様の撫で方に、とてもよく似ている気がした。

 

 少し、不思議に思ったけれど。

 とても綺麗な微笑みを向けられたので、なんだかあったかい気持ちになって、考えるのをやめた。

 

 

 

「どうしたんですか?」

 

 夕刻も迫り、チルノと別れ、アパートへ帰宅する途中で。

 眉を顰めてキョロキョロと辺りを見回している見知らぬお姉さんに声をかけた。

 私の呼びかけに振り返った彼女の、紅葉のように紅く美しい髪が、風に靡く。

 

「……少し、道に迷ってしまったようでして」

 

 お姉さんは、プライドの高い人なのか、とても言い辛そうにしながら、そう答えた。

 

「どこに行きたいか、教えてくれませんか。この近所なら、案内できると思います」

 

 私の提案に、俯いて、数瞬考えるそぶりを見せた後。

 

「……それでは、お願いできますか」

 

 苦笑しながら、口を開いた。

 

「紅魔館、ってアパート、知りませんか?」

 

 

 

 

「ごめんなさい!」

 

 パチュリー様の悲鳴のような謝罪が、狭い部屋に反響して。

 

「ごめんなさいで済んだら、締め切りはいらないんですよ!」

 

 小悪魔さんの叱責が、それを一刀両断した。

 

「違うの、色々あったの、色々!」

「ええ、そうですか、そうでしょうね。私も色々ありましたよ。どっかの作家先生の原稿を待って貰うために、編集長に頭を下げまくったりね!」

「ごめんなさいぃぃいいいっ!」

 

 ――……偶然にも。

 私が声をかけた紅い髪のお姉さんは、パチュリー様の『担当編集者さん』だった。

 妹様のことで頭がいっぱいだったせいで、締め切りをすっかり忘れていたパチュリー様の原稿を、取りにきたらしい。

 さっきから、パチュリー様は体が折れそうなくらい頭を下げて、謝りっぱなしだ。

 見ていて、あまり気分が良くなかった。

 ――……道案内、しなきゃよかった、かな。

 そんなことを、頭の隅で考えていると。

 

 ――ドオオォォオオオンッ!

 

 薄い壁越しに轟音が響いて、辺りが揺れた。

 

「きゃあ……っ!?」

 

 ――……驚いたのか。

 小悪魔さんの口から、妙に可愛らしい悲鳴が上がった。

 

「……」

 

 沈黙。

 轟音は一度きりで、静寂が部屋を支配した。

 ……なんだか、その静けさは『痛』かった。

 

「……っ」

 

 小悪魔さんの頬が、ほんのり、赤い。

 

「そ、そうだわ!」

 

 間が持たなかったのか。

 それとも、見ていられなかったのか。

 パチュリー様が、わざとらしく声を張り上げた。

 

「お詫びに、夕食を御馳走するわ!」

 

 小悪魔さんは。

 

「……」

 

 無言のまま、ただ、頷いた。

 

 

 

 

「ヒッ、いい、御身分じゃないですかぁ。人に夕食を振る舞うなんて。少し前まで、自分の三食を用意することも、難しかったくせに……ヒッ、ク!」

 

 合間合間に、しゃっくりを繰り返しながら。

 真っ赤な顔で、小悪魔さんがそう言った。

 

「ふふん、すごいでしょー……ひっ、く」

 

 パチュリー様も、お顔が真っ赤だし、妙ににこやかだ。

 そして、現在、二人の手には、盃が握られている。

 つまりは――……酔っ払いだ。

 私は、オレンジジュースを飲みながら、おでんをつまみつつ、その様子を眺めている。

 パチュリー様のこんな状態は初めて見たから、少しだけ、面白い。

 

「はぁいはい、すごいですねえ。私も鼻が高いですよー、っと。……あれ?」

 

 小悪魔さんが、視線を一か所に留めて、動きを止めた。

 なにを見ているのだろうかと思い、視線の先を追うと、本棚だった。

 

「……へえ」

 

 小悪魔さんは、目を細めて。

 腕を伸ばすと、一冊の本を手に取った。

 

「書きたかった物とは、違っても。……ちゃんと、手元には置いているんですね」

 

 そう言って、なんだか少し、切なそうな顔をする。

 本の表紙を撫でる手の動きは、大切な物を慈しむそれだった。

 

「……その作品は、私の『過ち』だから。手放す気はないわ」

 

 パチュリー様は、眉を下げて。

 申し訳なさそうに、でも、確かな口調で、そう答えた。

 さっきまでの、ふにゃふにゃした感じは、どこへ行ったのか。

 静かな声音で、語り出す。

 

「焦っていたのよ」

 

 何かを思い出すように、瞼を閉じて。

 

「当時。世間からまったく認めて貰えなかった私は、自分自身を見失った」

 

 馬鹿みたいね、と。

 自嘲するように口端を吊り上げて、続ける。

 

「一人だけ。一人だけ、いつだって私の作品を愛してくれた人がいたの。……それなのに」

 

 瞼を上げたパチュリー様の瞳には。

 隠しきれない後悔が、ありありと滲んでいた。

 

 

「その人が信じてくれた私自身を、信じることも出来ずに……――なにより大切だった、そのたった一人を失った」

 

 

 ――……そう、吐き出すように口にした後。

 パチュリー様は、みるみる顔色を青ざめさせて。

 口元を、手で押さえた。

 

 

「おえぇぇえええ……」

 

 

 ――……その後悔は。

 今回の失態で得た物よりも、深い後悔ですか、パチュリー様。

 

 

 

 

「……」

 

 ――……今日も、隣室の扉は開かない。

 実を言うと私は、妹様の件に関しては、どうしようもないのかもしれないなあと、そう思っている。

 だって、私はよく知っているのだ。

 他人《ひと》にはない能力が、持ち主本人にとってもどれ程厄介で、逃れようのない災難を引き寄せる物なのか、を。

 私は、本当に良く知っている。

 

「……」

 

 言いしれない後ろめたさから背を向けて、公園へと向かった。

 

 

 

 

「――……あら、咲夜」

「アリス……」

 

 公園でアリスに会った私は、話したら問題のありそうな箇所を誤魔化しつつ、彼女にも話を聞いてもらった。

 彼女は、私が話している間、一言も口を開かずに、黙って耳を傾けてくれた。

 そして、すべて聞き終わった後、溢すように口にした。

 

「……待っているのかも、しれないわね」

 

 その言葉の意味を咀嚼できず、私は首を傾げた。

 そんな私を見て、アリスが再び口を開いた瞬間。

 

 ――いしや~きいもー、おいもっ!

 

 メガホンで拡張された焼芋屋さんの声が、辺りに反響した。

 

「……ッ!」

 

 アリスは、過剰なくらいにその声に反応し、目を見開いて。

 次の瞬間、何故だか、泣きそうに顔を歪めた。

 

「アリス……?」

 

 声をかけると、俯く。

 数拍経過した後、上げられた顔には、苦笑が浮かんでいた。

 

「……お芋、買ってくるわ」

 

 アリスはそう言うと、焼芋の屋台へ向けて、歩き出した。

 その背中が、すごく寂しそうだったから、私も少しだけ、悲しくなったのだった。

 

 

 

 

「……驚いたわ。あの姉妹、まだ焼芋屋を続けていたのね」

 

 アリスは、お芋を半分に割りながら、そう溢した。

 

「もう、何年も前……フランスへ発つ前に、あの屋台で焼き芋を買ったのよ。姉妹で運営している焼芋屋なんて珍しいから、よく憶えているわ」

 

 半分個に割ったそれの片方を私に手渡しながら、また口を開く。

 

「昔もね、よくここで人形劇をしていたの。……人形師として伸び悩んでいた時期だったから、気晴らしの意味が大きかった」

 

 自分のお芋に、ふー、ふー、と息を吹きかけた後。

 少しだけ咳き込んでから、小さく笑ったアリスは、静かに昔話を語り始めた――……。

 

 

 

 

 ――……頭の中には、素敵な物が詰まっていた。

 少なくとも、私自身はそう信じていた。

 それなのに、未熟な私の手は、それを現実の物として形作ることが出来なかった。

 焦りがあった。

 常に、余裕を持って物事に当たる。

 それが一番大事なことなのだと、そう考えていたのに。

 せめて、苛立ちに思考を曇らせることを避ける為、趣味の人形劇に力を注いだ。

 

「……そんな時だった。あの人に出会ったのは」

 

 いつも、お昼時にこの公園へ現れては、ベンチに腰掛けて溜息を吐いている女性がいた。

 ――貴女も、何か辛いことがあるのね、なんて。

 勝手に自分と重ねて、共感を覚えていた。

 だけど、話しかけたりはしなかった。

 きっかけもなかった。

 そんな、ある日。

 

「いしや~きいもー、おいもっ、って。……さっきの屋台が、現れた」

 

 ――……彼女は、ベンチから腰を浮かせて。

 石焼芋の屋台を、穴が開くほど見詰めていた。

 

「お腹の鳴る音が、聞こえたような気がしたわ……」

 

 だけど、彼女は屋台に近付こうとはしなかった。

 それを見ていた私は――……。

 

「焼き芋を買って、彼女に差し出したの」

 

 しかし、彼女は、目の前の芋へ視線を釘付けにしながらも、すぐには受け取ろうとしなかった。

 どうしようかと考えた私は、「食べきれないから」と一言添えて、半分個にして差し出した。

 すると、彼女は数瞬悩んでから、消え入りそうなほど小さな声で『ありがとう』と口にして――……芋に齧り付いた。

 そこからは、凄まじかった。

 

「飢えた獣のような食べっぷりだったわ……」

 

 食べ終わって我に返り、顔を真っ赤に染めた彼女に、話を聞いてみたところ。

 売れない小説家である彼女は、あまりの金欠に、短期契約で副業に就いたものの、昼食を用意するお金もないので、昼休憩になるたび、空きっ腹をかかえながら、この公園で時間を潰していたらしい。

 

「勝手に感じていた共感が、中身のある物に変わった瞬間だった」

 

 ――……彼女と私は、様々な心の内を語り合った。

 人形師と、小説家。

 違う業種ではあるけれど、自分の理想を形にしていく『職人同士』だったから、お互いの気持ちが、手に取るようにわかった。

 

「――……特別な関係になるまで、そう時間はかからなかったわ」

 

 彼女と語り合うことで、悩みが解決したわけではなかったけれど。

 それでも、私は――……幸福を感じていた。

 

「思ってしまったのよ。もう『このまま』でいいんじゃないか、って」

 

 微温湯のような幸福に首まで浸かって、理想を語り続けながらも――下を向き始めていた。

 

「そんな時だった――……彼女が、あの作品を発表したのは」

 

 彼女が書き上げたその小説は。

 涙を誘う感動大作として、一時ではあるが、世間を騒がせて。

 それ以前の彼女の著作とは、比べ物にならないほどの売れ行きをみせた。

 ――……だけど。

 

「私は、彼女を責めたてたわ……何故、こんな物を作ったのか、と」

 

 それは、彼女の『理想』とは、程遠い作品だった。

 私には、いや、私だからこそ――それが、わかってしまった。

 

「彼女は、泣きながら答えたわ。『誰にも認めて貰えない理想に、価値はあるのか』って」

 

 

 ――……その言葉が。

 ふたたび、私に顔を上げさせたのだ。

 

 

「私は、貴女の理想が詰まった作品を、愛していたわ! ……って。そう叫んで。一週間後には、フランスへ渡っていた」

 

 そして、自分なりに理想を追い求め続けて――……。

 

 

 

 

「――……あの頃の自分より、理想の自分に近付けているって、胸を張って言えるわ」

 

 アリスは、自信に満ちた瞳で、そう語った後。

 眉を落として、笑った。

 

「きっと、待っていたのよ」

 

 お芋を一口齧り、咀嚼して、飲み込んで。

 また、口を開く。

 

「勇気を出す為のきっかけを、待っていたの」

 

 ひとつ、大きく深呼吸をしてから。

 アリスは、私の頭を撫でた。

 その、撫で方は。

 

 

パチュリー様の撫で方に、とてもよく似ていた。

 

 

「引きこもりの、その子も――……待っているのかもしれない、わね」

 

 

 

 

「……ねえ、お腹空かない? 晩御飯、ハンバーグなのよ」

 

 紅魔館へ帰ると。

 隣室の扉の前に、パチュリー様がいた。

 

「ケチャップと、デミグラスソースと。和風が好きだった場合も考慮して、大根おろしだって用意してあるの」

 

 語りかける顔は、とても真剣で。

 でも、眉はすでに、八の字になっていて。

 

「だから――……お願い、出てきて……」

 

 語尾を掠れさせた、パチュリー様は。

 開かない扉に額をつけて、俯いた。

 

「……」

 

『――……待っているのかもしれない、わね』

 

 アリスの言葉が、脳裏をよぎる。

 だけど。

 

 私とパチュリー様には、上手な手の差し出し方が、わからないままだった。

 その時は、まだ――……。

 

 

 

 

 ――……後日。

 

「……あ」

 

 薄い壁越しに聞こえてきたラジオの音に、ふと溢した。

 

「妹様は、気に入っているラジオ番組があるのでしょうか」

「え……?」

 

 怪訝そうな顔をしたパチュリー様に、説明をする。

 

「いえ、毎週金曜日の夜9時頃から、ラジオの音が聞こえてくるので。かかさずに聴いている番組があるのかなあ、と」

 

 ――……すると。

 パチュリー様の目の色が、変わった。

 

「……確か、ラジオなら、家《うち》にもあったはずだわ」

 

 そう呟くなり、押し入れの扉を開けて、ごそごそと探し始める。

 その拍子に埃が舞って、盛大に咳き込んでいたが、探す手は止めない。

 

「……あった!」

 

 しばらくして、嬉しそうにそう叫んだパチュリー様は、埃だらけのラジオを軽く雑巾で拭いてから、コンセントを差して、電源を入れた。

 薄い壁越しに聞こえてくる音と。

 目の前のラジオから聞こえる音が、重なって響いた。

 

『プリズムリバー三姉妹のプリズムラジオー! 次のコーナーは、毎度お馴染み、《愛の告白》です!』

 

 陽気すぎる声が、企画名を紹介し。

 

『このコーナーは、仲良くなりたい人や、普段お世話になっている人に、想いを告白しちゃおうというコーナーですっ』

 

 適度に明るい声が、補足説明をして。

 

『……なお、実名での葉書き投稿のみ受け付けておりますので、告白した結果、気まずくなっても自己責任でお願いします』

 

 陰気な声が、それを締め括った。

 

 ――……幾枚かの葉書きが読み上げられるのを、黙って聴いた後。

パチュリー様は、勢いよく立ち上がり、私に言った。

 

「葉書きを買いに行くから、手伝ってくれるかしら」

 

 口調には、一切の迷いがなかった。

 

 

 

 

 近所のコンビニを、何件も回って。

 買えるだけの葉書きを、全て買い占めたパチュリー様は。

 紅魔館に帰り着くなり、愛用の万年筆を握って、机にかじりついた。

 

 

 

 

 翌週の金曜、夜9時。

 薄い壁越しに聞こえてくる音と。

 目の前のラジオから聞こえる音が、重なって響く。

 正座して、真剣な顔でラジオを見詰めるパチュリー様。

 

『プリズムリバー三姉妹のプリズムラジオー! 次のコーナーは《愛の告白》です!』

 

 パチュリー様の喉が、ごくりと鳴る音が聞こえた。

 

『まず、1枚目のお葉書は、秋田県にお住いの公務員、小野塚小町さんから!』

『上司である四季映姫さんに対する《愛の告白》です!』

『――いつも不真面目なあたいですが、貴女に対する想いだけは真面目です』

『映姫様はあたいの嫁!』

 

『次は、長野県にお住いの女子高生巫女、東風谷早苗さんから!』

『保護者である八坂神奈子さんと洩矢諏訪子さんに対する《愛の告白》です!』

『――お二人には、幼い頃から、本当に沢山の物を授かりました。今の私があるのは、すべて、時に優しく、時に厳しく……厳しくされた憶え、あまりないですが。教え導いてくださった、お二人のおかげです』

『私は、お二人のことが、大好きです』

『色んな意味で』

 

 ――……葉書きが、次々と読み上げられていく。

 しかし、結局。

 パチュリー様の葉書きが読み上げられることは、なかった。

 

「……」

 

 しばらくして。

 パチュリー様は、勢いよく立ち上がり、私に言った。

 

「葉書きを、買いに行くから、手伝ってくれるかしら!」

 

 ――……涙目だったけれど。

 口調には、一切の迷いが、なかった。

 

 

 

 

 机と、床と。

 すべてを埋め尽くす、葉書きの山の中。

 パチュリー様は、一心不乱に、想いを綴った。

 

「……」

 

 私は、未使用の葉書きの中から、1枚だけ失敬して、色鉛筆に手を伸ばした。

 最初の日に見た、紅い瞳を、思い出しながら。

 赤い色鉛筆を、走らせた。

 

 

 

 

 ――……その、翌週。夜9時。

 薄い壁越しに聞こえてくる音と。

 目の前のラジオから聞こえる音が、重なって響く。

 正座して、真剣な顔でラジオを見詰めるパチュリー様の隣に。

 私も、同じように正座した。

 

『プリズムリバー三姉妹のプリズムラジオー! 次のコーナーは《愛の告白》です!』

 

 パチュリー様の細い顎から、汗が滴り落ちた。

 そして――……。

 

『1枚目のお葉書は、東京都にお住いの小説家、パチュリー・ノーレッジさんから!』

『え……っ、《紅い館と銀時計》のっ!?』

『ルナ姉、あの本、好きだったよねえ』

 

「――ッ!」

 

 パチュリー様が、拳をグッと握りしめた。

 私は、薄い壁に、目を向ける。

 

『脱線しましたが! 東京都にお住いの小説家、パチュリー・ノーレッジさんから、《ひきこもり》であるフランドール・スカーレットさんに対する《愛の告白》です!』

 

 

 ――ドオオォォオオオンッ!

 

 

 薄い壁越しに轟音が響いて、辺りが揺れた。

 

『――貴女は、きっと、優しい子です。でも、同時に、臆病なのだとも思います』

 

 ラジオから、パチュリー様の想いが、言葉になって流れる。

 

『傷付けることで、傷付くことを、恐れないでください』

『そんなことは、特別な何かがなくたって、誰だって、繰り返していることです』

『その繰り返しの中で、色んな事を学んで、お互いを知っていくものです』

『出てきてください』

 

 ――ねえ、妹様。

 貴女は今頃、どんな顔をして、この音に耳を傾けておられますか?

 

『私は、貴女を好きになりたいから!』

 

 

 ――ドゴオオォォオオオンッ!!

 

 

 今までで一番の轟音が、紅魔館全体を揺らした。

 

「……っ」

 

 薄い壁には、大きな穴が開いて。

 その穴の向こうには、スカートの裾を握りしめて立ち尽くす、小さな女の子がいた。

 

「な、んで……ッ」

 

 紅い瞳には、涙の膜が張っていて、今にも零れ落ちそうだった。

 

「すごく、痛い思い、するかもしれない……下手したら、死んじゃうかも、しれないのに――……ッ」

 

 心を締め付けて。

 絞り出したような、その言葉に。

 パチュリー様は、とても優しい笑みを返して。

 

 

「――おいで」

 

 

 ただ、一言。

 そう言って、両腕を広げて見せた。

 

「……~~っ!」

 

 その瞬間。

 妹様の涙腺が、完全に決壊した。

 

 

「うわあぁぁあああああんっ!」

 

 

 鼓膜を破壊しそうな、大きな泣き声。

 それは、産まれたばかりの赤ん坊の、産声のようでもあった。

 

『――次は、同じく東京都にお住いの、年齢的には小学生、十六夜咲夜さんから!』

『隣人であるフランドール・スカーレットさん……あれ、またフランドールさん? ……まあ、いっか。フランドール・スカーレットさんに対する《愛の告白》です!』

 

 ――パチュリー様に抱かれたまま、涙を零し続ける妹様。

 私は、その隣に歩み寄って。

 

『――貴女と』

 

 パチュリー様と、アリスに撫でて貰った時の感触を、思い出しながら。

 精一杯の優しさを詰め込んで、ゆっくりと、その頭を撫でた。

 

 

『貴女と、友達になりたいです』

 

 

 ラジオから流れた、私の『想い』は。

 残念ながら、泣き声に埋もれて、聞こえてはいないと思うので。

 後で、直接伝えようと決めた。

 

 

 

 

 それから。

 パチュリー様と、私と、妹様の毎日がスタートした。

 たまに、爆砕音が混じるけれど。

 そんな物は、笑い声で掻き消してしまおう、って。

 そう言って、無理やりにでも笑うことにした。

 だけど、紅魔館で繰り広げられた、小さな戦いについての戦勝報告を、国際電話で伝えたら。

 レミリアお嬢様は、自家用ジェット機を飛ばして、愛しの妹様を抱きしめに舞い戻ってこられたので。

 私とパチュリー様は顔を見合わせて、大きな声で、心の底から笑ったのだった。

 

 

 

 

 パチュリー様は、今回の出来事の記念として、一冊の小説を書き上げた。

 

 作品のタイトルは、『紅い館の核爆弾』。

 ありとあらゆる物を壊してしまう女の子が、自分の弱さをぶっ壊して、未来を創るお話だ。

 

 この作品が、また話題を呼んで。

 なんと、ミリオンセラーを叩きだしたのだった。

 

 

 

 

 ――……人生で、二度目のサイン会。

 前回とは異なり、斜め後ろには小悪魔が控えている。

 

「先生も、それなりに人気者になりましたからね。過激なファンがいないとも、限りませんから」

 

 ――……ようするに、心配してくれているらしい。

 お礼を言おうとしたら、凄い目で睨まれたけれど。

 妹様もついてきたいと言ったので、咲夜と一緒に連れてきたけれど、もう飽きてしまったようだ。

 さっきから、椅子に座ったまま、退屈そうに足をブラブラさせている。

 咲夜は、その隣でおとなしく本を読んでいた。

 横目でその様子を眺めて、微笑ましい気持ちになっていると、次のお客様が目の前に立った。

 

 ――いけない。せっかく、私なんかのサインを貰いに来てくれたのだから、真剣に対応しないと。

 

 そう思い、顔を向けて――……。

 

「アリ、ス……?」

「……ひさしぶり、パチュリー」

 

 眼前にある人の姿に、一瞬心臓が止まった。

 

「そん、な……どうして」

 

 あまりの驚愕に、言葉が上手く出てこない。

 そんな私の様子を見て、苦笑しながら、アリスは手に持った本を横に振ってみせた。

 

「新作、読んだわ。――……とても、貴女らしい作品だった」

 

 そして。

 真剣な顔で、続ける。

 

「私の愛した、貴女の理想が詰まった作品だった」

 

「――ッ!」

 

 動き出した、心臓が。

 鼓動を、加速させていく。

 

「私は」

 

 アリスは、熱い眼差しで、私を見据えて。

 桜色の唇から、想いを紡ぎ出す。

 

「私は、今でもやっぱり、貴女のことを――……」

 

 

「ちょっとまったぁッ!!!!」

 

 

 それを、複数の、大きな声が掻き消した。

 

 

「……え?」




 ――……彼女たちの物語は、まだ始まったばかりだ!

 でも、ひとまず。
 ご読了、ありがとうございました。
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