東方(咲夜中心)短編集   作:鬼灯@東方愛!

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初出:2012/01/01
ほのぼの。


あったか雪だるま

 雪の日。

 平時よりもグッと下がった気温が熱を奪っていく。

 地下の図書館は氷室と化し、とても読書の出来る環境ではない。

 

「うえっくしょいっ! ……うう」

 

 七曜の魔女パチュリー・ノーレッジは豪快なくしゃみを飛ばした後、鼻を啜りながら本を手に立ち上がった。

 広間にある大きな暖炉の前を陣取り、有意義な読書タイムを取り戻そうと考えて。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 静かな日だった。

 寒さにやられたのはパチュリーだけではなかったらしく、いつも賑やかな、むしろ賑やかしの為に雇われている妖精メイド達まで活動を自粛したらしい。

 広間を目指して廊下を進んでいると、小さな背中を見つけた。

 癖っ毛の銀髪が、窓越しの鈍い陽光を受けて仄かに輝いている。

 

「……」

 

 呼び掛けようとして言葉に詰まった。

 幼子の背中越しに見える空は、雲間から細く陽を覗かせながらもいまだ雪を降らせ続けていて、この館を白く彩っているというのに。

 

 ――犬と子供は、庭を駆け回るものではなかったかしら。

 

 前に美鈴が口ずさんでいた歌では、そう語っていたのだけれど、と。

 そう考えながら、その背中を眺めていたら。

 

 パチュリーは、なんとなく。

 本当になんとなく、嫌な気持ちになってきて。

 

「なにをしているの? ……咲夜」

 

 気付くと、声を掛けていた。

 幼子――十六夜咲夜は、振り返ることもなく呟くような声で返答する。

 

「雪を、見ています」

 

 綺麗な声だ、と。

 中身の入っていないワイングラスが響いて鳴った時のような。

 重いのに、軽くて。

 空っぽな声だ、と。

 吸血鬼のお嬢様に初めて引き合わされた時から、そう思っていた。

 

「雪が好きなの?」

 

 好きな物。

 パチュリーなら書物と静かな空間。ぬるめの紅茶と、甘さ控えめのクッキー。

 

「いいえ、好きではありません」

 

 否定。

 咲夜の好きな物を、パチュリーは知らない。

 吸血鬼のお嬢様については好意の次元ではない。

 好き嫌いで語れる物ではないのだろうと、それくらいはわかる。

 だから、パチュリーは知らない。

 咲夜の好きな物も。

 

「じゃあ、嫌いなの?」

 

 嫌いな物も、知らないから。

 なんにも、知らないから。

 だから、問い掛けたのだけど。

 

「……すみません」

 

 ようやくパチュリーに視線を向けた咲夜は、ほんの少し眉を下げて。

 

「よく、わかりません」

 

 不明瞭な答えに、視線で続きを促せば。

 たどたどしく、紡がれる言葉。

 

「嫌いだった、はずなのです。……雪が降るたび、体を丸めて。凍えて死ぬのではないか、と。そう思っていましたから。だけど」

 

 咲夜の視線が下がり、頼りない肩が僅かに震えて。

 それでも、やはり。

 

「よくわからないのです。こうやって、窓越しに見る雪は」

 

 

 ――とても、綺麗で。

 

 

「……咲夜」

「はい、パチュリー様」

 

 ぐいっ、と。

 細い腕を引いたまま。

 きょとん、と目を丸くした咲夜から視線を逸らして歩き出す。

 

「パチュリー、様?」

「マフラーと、手袋」

「え?」

「ろくに使っていないのが、いくつかあるから。あげるわ」

「なに、を」

「咲夜」

 

 顔だけ、振り向いて。

 一瞬だけ視線をあわせて。

 

 

 雪遊び、しましょう。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 戸惑う咲夜に真っ赤な手袋とマフラーを押し付けて。

 踏みしめた雪は、やわらかかった。

 

「……さむ」

 

 思わず漏らした呟きは、白い吐息になって空気に溶けて。

 それを追うように視線を上げれば、空から降った粉雪が鼻っ柱に止まった。

 右手で拭いつつ、視線を落とせば。

 困ったように立ち尽くす、小さな女の子。

 

「……」

 

 パチュリーは考えるように視線を一周させて。

 腰を落とし、手を伸ばす。

 手袋越しにひんやりと。

 冷たい雪を掻き集める。

 丸めて、ころころ、ころころ、転がして。

 少しずつ、大きくしていく。

 それが大人の頭程の大きさになった所で呼びかけた。

 

「手伝って、咲夜」

 

 弾かれたように駆けてきた咲夜は、三歩離れた所で立ち止まって。

 何故だか、なんだか、泣きそうな顔で。

 

「……っ」

 

 息を、詰まらせた。

 

「咲夜」

 

 真っ直ぐに。

 見詰めて。

 

「咲夜、おいで」

 

 

 ――そうして出来上がったのは、形のイビツな雪だるま。

 

 

「……咲夜」

「はい、パチュリー様」

「寒いわね」

「はい」

 

 赤く染まった、咲夜の鼻を。

 人差し指と親指で摘んで、パチュリーは笑った。

 

「ホットミルク、淹れてあげる」

 

 きっと、すぐにあったまるわ。

 そう言って、銀髪に積もった雪を優しく払い落とした。

 

「私は」

 

 手を引いて。

 館へ歩き出しながら、

 

「私は、今日、雪が好きになった、気がするけど」

 

 貴女は、どうかしら?

 

 語尾が掠れた問い掛けに。

 

「……はい」

 

 

 私も、好きです。

 

 

 答えた声は、

 綺麗だった。

 本当に、綺麗だった。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

「――……でもやっぱり、寒いのは嫌いです」

 

 そう言って、少しほつれた真っ赤なマフラーに顔を埋めて、咲夜は笑う。

 

「今日は、貴女が淹れる番よ」

 

 パチュリーは追い抜かされた背丈分背伸びをして、その頭に積もった雪を払ってやって。

 二人の前には、やっぱり少しイビツな、雪だるま。

 

「ぬるめの紅茶、ですか?」

「ううん、今日はホットミルク」

「好きに、なりましたか?」

「ええ、好き」

「……」

「大好き」




「……私も、好きです」



 ご読了ありがとうございました。
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