東方(咲夜中心)短編集   作:鬼灯@東方愛!

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初出:2012/01/14
シリアス。


最低な生き物についてのお話

 夜の王様が私に微笑みかけた。

 真っ黒な翼に包まれて、辿り着いたのは、真っ赤なお館。

 大きな門の前に立っていた女の人は、「ようこそ、紅魔館へ」と微笑んで迎え入れてくれた。

 高い天井、長い廊下、地下に続く階段。

 手を引かれて下った先の、大きな扉。

 開けば、屹立する本の山脈。

 その中心で咳き込む、紫色。

 

「……っ」

 

 アメジストの瞳が、私の中心を捉えて。

 

「……誰?」

 

 砂音のような声が、捉えて捕らえたそれを深いところに沈めていった。

 

「……さくや。いざよい、さくや、です」

 

 貰ったばかりの名を、つっかえながら口にすれば。

 紫色のその人は、わずかに目を細めた。

 ――これが不器用な笑顔だったのだと知るのは、ずいぶんと経ってからのことなのだけど。

 

 

「そう。私はパチュリー。パチュリー、ノーレッジ。魔女よ。……こんばんは、人間のお嬢さん」

 

 

 

 

 ++++++++++

 

 

 

 

 ――……恋とは落ちるものだと聞いたことがあったのに。

 私の初恋は、どうしようもなく暗い場所へと沈んで、澱んでいく。

 

 

 これは、最低な生き物についてのお話。

 

 

 

 

 ++++++++++

 

 

 

 

 目の前で交わされる会話。

 

「それでレミィ、どうしたの? この子。非常食って感じではなさそうだし」

「気に入ったから拾った。可愛いでしょう?」

「……それには、同意するけれど。どうするつもり?」

「任せた」

「は?」

「後は任せたっ!」

「はああああ!?」

 

 丸投げしようとする王様に、魔女は大きく非難の声を上げた。

 でも王様はそんなのちっとも気にしない。

 私の背を押して、魔女の方へと突き出した。

 

「見て。パチェ」

「なによ。……可愛いと思うのと、世話をするのは別だわ」

「そうじゃなくて」

「?」

「細いでしょう?」

 

 私の身体。

 痩せ細った、今にも折れそうな。

 情けない、小さな身体。

 

「私が世話したんじゃ、気を抜いた瞬間に壊してしまいそうじゃない?」

 

 王様の言葉に、小さく息を呑む魔女。

 

「お願い。……貴女だから、任せるの」

 

 追撃のように放たれたその言葉に。

 観念した魔女は、溜息と一緒に言葉を吐いた。

 

「……拾った者がキッチリ世話をする。出来ないのなら、もと居た場所に返してくる。それが道理だわ。……犬猫なら、そう言って突き放せたのだけど」

 

 魔女は。

 私の頭に、そっと手を置いて。

 

「仕方ないわね」

 

 そう言いながら、優しく撫でてくれた。

 その手付きは、壊れ物を扱うように繊細で。

 そんな触れられ方など、一度もしたことがなかったから。

 なんだか、泣きそうになった。

 そんな私を見て、魔女が眉を下げる。

 困ってる、のかな。

 

「ごめんなさい」

 

 謝れば。

 下がっていた眉は寄せられて、眉間に皺が生まれた。

 どうしよう。

 怒ってしまったのかな。

 

「ごめんなさ、」

 

 唇にあてられた、人差し指。

 

「約束をしましょう」

 

 静かな声で、魔女は言った。

 

「ごめんなさい、は、禁止」

 

 すみませんも、失礼しましたも、一緒よ、なんて。

 貰った言葉に、息がうまく出来なくなって。

 ただ。

 

 よろしくおねがいします、パチュリーさま、と、それだけ、震える声で。

 

 

 

 

 ++++++++++

 

 

 

 

 ――時間が積み重なるごとに思い知った。

 パチュリー様は、優しい。

 

 初日。

 

 ばっちぃからと、お風呂に入れられた。

 あったかいお湯なんて触れる機会はなかったから、馬鹿みたいだけど怖かった。

 でも、洗ってくれる手付きが本当に気遣わしげで、固まっていた身体からも次第に力が抜けた。

 

 用意された食事は、私にとって夢にさえ視たことのないご馳走だった。

 湯気がたっているだけでも、ありえないくらいの出来事。

 しかし、はやる気持ちとは裏腹に、口へはなかなか運べない。

 手掴みで食べることが当たり前だった私にとって、ナイフとフォークは強敵だった。

 少し疲れてしまったところで、気付く。

 パチュリー様の皿には、私と同じ量の食べ物が乗っていた。

 私が遅々とした手付きで食べるのにあわせて、パチュリー様も食べてくれているのだ、と。

 その事実が頭に沁みこんだ瞬間、ご馳走の味がわからなくなった。

 

 二日目。

 

 読み書きが出来ないのだと告げると、パチュリー様は私を膝の上に乗せた。

 そして、童話を朗読してくれた。

 語り終えた後に、少し得意げな顔で言う。

 

「どう? 文字が読めなくては、こんなにも素敵な物語にも出会えないのよ」

 

 正直な話。

 心臓の鼓動がうるさくて、お話はちっとも耳に入ってこなかったのだけど。

 その顔は、聞けなかったお話以上に素敵な物だろうと、そう思ったから。

 私は大きく頷いた。

 

 翌日から、パチュリー様は読み書きだけでなく、色々な知識を私に授けてくれるようになった。

 

 ――時間が積み重なるごとに思い知った。

 パチュリー様は、優しい。

 

 

 私とは、違って。

 

 

 

 

 ++++++++++

 

 

 

 

 最低な生き物とはなんだろう、と考えれば。

 私にとって、それは人間以外にありえなかった。

 人間は、冷たい。

 飢えて凍える隣人を、簡単に捨て置ける。

 人間は、汚い。

 持たない人から、さらに毟り取ろうとする。

 

 そして。

 人間は、欲深い。

 温かい寝床と、腹を満たせる食料を手に入れても。

 さらに、新たな物を求めて。

 

 手を、伸ばす。

 

 

 

 

 ++++++++++

 

 

 

 

 袖を引けば。

 足を止めて、振り返ってくれることを憶えたから。

 

「どうしたの? 咲夜」

 

 貴女が私に背を向けて去ろうとするたびに、繰り返す。

 

「もっと、いっしょにいたいです」

 

 眉を下げて。

 溜息と一緒におりてくる、やわらかな手。

 温もりに、頭を擦り付けて。

 

「もう、寝る時間でしょう?」

 

 なんて。

 そんな言葉にも。

 

「なら、いっしょにねたいです」

 

 仕方ない子ね、って言いながら、受け入れてくれるの。

 優しいから。

 ――……その優しさにつけこむことにも、すぐに慣れて。

 

「しかたなくて、いいです」

 

 

 醜い自分にも、慣れていった。

 

 

 

 

 ++++++++++

 

 

 

 

 私の背が伸びるほどに。

 不器用な笑みさえ、浮べなくなった貴女に。

 気付いていた、のに。

 離れることが、正解なのだと。

 それを悟れる賢さも、貴女が与えてくれたのに。

 私は。

 醜い、私、は。

 

 

 

 

 ++++++++++

 

 

 

 

「パチュリー様」

 

 私の頭を撫でようと伸ばされた手は、頭の上まで届かなくて。

 額にぺちり、と軽い音をたててぶつかった。

 パチュリー様の眉が下がる。

 口が小さく引き結ばれて、ああ。

 泣きそうなのだな、と。

 そう思ったから。

 

「パチュリー様」

 

 名前を呼んで。

 抱き締めた。

 

「……ッ」

 

 声にならない声で喉をひくつかせたパチュリー様は腕を伸ばして私と距離をとろうとする。

 それに従うべきなのだ。

 離れる、べきなのだ。

 わかっているのに。

 

「パチュリー様」

 

 また、名前を呼んだ。

 パチュリー様は動きを止めて、力を抜いていく。

 もたれかかってきた身体をさらに深く抱き寄せると、乾いた笑い声が漏れた。

 

「……咲夜」

「はい」

「貴女、言ったわね。一緒にいたい、って」

「はい」

「私も、一緒にいたいの」

 

 でも、と。

 声は、発されるごとに、震えて、掠れて。

 

「私を置いて逝くのは、貴女でしょう?」

 

 

 最低の生き物とは、なんだろう。

 

 

「ずっと、一緒にいては、くれないのでしょう?」

「……」

「なら、今、この手を離して」

「いや、です」

「なんで……っ」

「今。私は貴女と一緒にいたいから」

 

 人間は、冷たくて、汚くて、欲深い。

 だけど。

 

「パチュリー様」

 

 優しい魔女の頬を掴んで、視線をあわせる。

 濡れて光ったその瞳を、美しいと思いながら。

 

「私が死ぬまで、一緒にいてください」

 

 醜くて利己的な感情をぶつけているのは、誰だ?

 

 

「貴女が好きです」

 

 

 せめて。

 心に刻め。

 

 

 ――……世界でもっとも最低な生き物は、私だ。




 沈んでしまったとしても。
 それが恋情であることに、変わりはしないのに。
 罰せられない罪を抱えることを愛だと錯覚した。

 恋は人を愚かにする。

 ご読了ありがとうございました。
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