東方(咲夜中心)短編集   作:鬼灯@東方愛!

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初出:2013/02/08
ラブストーリー。


こあ咲
悪魔の約束


 

「はじめまして。私は小悪魔。見ての通り、しがない悪魔です」

 

 初冬の寒い夜に、私と契約を結ぶ魔女の親友で、館の主でもある吸血鬼が、どこからか突然拾ってきた、人間の幼子。

 小さくて、か弱い、ちっぽけな生き物。

 その存在に対して、私が仄かな優越感と共に、消え入りそうに微かではあるが哀れみの感情を抱いたのは、銀色の髪がランプの灯で照らされた時に、新雪の持つ儚さにも似た美しさで煌めいたのを見て、目が眩んでしまったからだ。

 だから、床に膝をつき、小さな彼女と視線の高さを合わせて。

 

「これから、よろしくお願いします」

 

 笑顔のオマケ付きでそんな台詞を口にして、頭を撫でてやったのだって、ほんの些細な気の迷いに過ぎなかった。

 

 

 

 

 実際のところ。

 数週間、悪ければ数日のうちに、気紛れな館の主は人間の幼子になど飽いてしまうと考えていた。

 そうすれば、捨て置かれるか、運が悪ければ深夜3時のおやつにでもされてしまう運命なのだろう、と。

 しかし、結果はといえば――……。

 

 

 

 

「目に良い紅茶を淹れてみました。一時おやすみになられては如何でしょうか」

 

 気遣いの言葉と共に。

 優雅な仕草で音をたてることもなくカップを置く、白い指先。

 穏やかに細められた蒼い瞳には、気品が溢れている。

 

「……そうね。ありがとう《咲夜》」

 

 抗うことを躊躇わせるやわらかな声音に、常に知識ばかりを貪り続けている魔女も、ほんの刹那の逡巡を挟んだ後で素直に頷いて、分厚い魔導書をパタンと閉じた。

 

「……」

 

 その姿を、整理中の書物を手に眺めながら。

 

「……どうしてこうなった」

 

 私は独り呟くと、本棚に背を預け、溜息を吐き出した。

 

 

 

 

 初冬の寒い夜に突然拾われてきた、人間の幼子。

 小さくてか弱い、ちっぽけな生き物。

 そんな存在だったはずの《十六夜 咲夜》は。

 信じられないことに、たった数年で《完全で瀟洒な従者》と呼ばれる存在へと変貌を遂げたのだ。

 今では、館の誰からも愛され、重宝されている。

 

 ――……名乗る名前さえも持ち合わせていない私などより、余程。

 

「小悪魔」

 

 綺麗な声で、私を識別する《記号》を呼ばれて、俯かせていた顔をあげる。

 

「……なんですか?」

 

 透き通った彼女の声とは対照的に、抑えきれない苛立ちで醜くざらついた自分の声が鼓膜を震わせ、頭の奥が鈍く疼いた。

 要するに――嫉妬しているのだ、私は。

 積み重ねてきた歳月だけならば、人外ひしめくこの館にあっても頭一つ抜けているにも関わらず、いまだ未成熟な人間の小娘に、ありとあらゆる面で日々追い越され、完敗し続けて、ちっぽけなプライドはすでに粉々に砕かれている。

 その結果、憎しみに近い感情を、抱き始めているのだ。

 ただ、その怒りの矛先は、全てが彼女に向いているわけではない。

 

 どんなに優秀で、美しくとも。

 あっという間に使用期限を迎える、消耗品に過ぎないのに。

 なぜ、館の主である吸血鬼も、契約主の魔女も、皆が皆、彼女のことを宝物のように扱うのか。

 

 そんな、理解しがたい周囲の価値観との相違も、どうしようもなく癪に障った。

 

 

「――パチュリー様は、お茶を飲んで落ち着かれたら、ご自分で思われていたよりも身体に疲労がたまっていたことに気付かれたそうで、久しぶりにゆっくりお休みになるとおっしゃられて、お部屋に戻られたわ」

 

 私が抱いているそんな感情にまったく気付かないわけでもないのだろうに。

 彼女は気にする様子もなく、言葉を続けた。

 

「そうですか」

 

 仕方なく一言だけ返事を返すと、彼女に背中を向けて、手に持ったままだった本を書棚に納める。

 

「……」

 

 なぜか、立ち去ろうとしない彼女。

 後頭部に突き刺さる視線に負け、嫌々振り向いて話しかける。

 

「……まだ、なにか?」

 

 彼女は、数瞬、迷うそぶりを見せた後。

 自らが着用しているエプロンドレスを飾るフリルの端を、指先でいじりながら、口を開いた。

 

「パチュリー様も、いらっしゃらないのだし。貴女も少し休憩してはどうかしら」

 

 なにを言うかと思えば、そんなことかと拍子抜けし、小さく溜息。

 

「……そうですね。じゃあ、私も自室に戻ります」

 

 しかし、この場から去る良い口実が出来たと思い、あらためて彼女に背を向け、足を踏み出した、瞬間。

 

「ふゃっ!?」

 

 なぜか、背中の羽根の先っぽをつかまれた。

 

「なにするんですかっ!」

 

 羽根を震わせて彼女の手から素早く逃れると、数歩離れた距離で向き合い、裏返った声で怒鳴りつけた。

 だって、いきなり羽根をつかまれる、とか。

 

 羽根の生えている奴なら、どんな気持ちになるかわかるはずだ、うん。

 

 

「……ごめんなさい、ただ、待って欲しくて」

 

 戸惑ったように眉を下げ、小さく肩をすくませる彼女。

 そんな姿さえ絵になるなんて、神様はいったいどれ程時間をかけて彼女を造形したのだろうか。

 不公平である。

 心の底から、そう思った。

 

「……大きな声を出して、すみません。驚いたもので」

「いえ……」

「……」

「……」

 

 ――沈黙。

 気まずさに、汗がひとすじ頬を伝った。

 小者らしく、小心者なのだ、私は。

 

「……あの、それで、用件は?」

 

 耐えかねて、そう問いかけた。

 彼女は、ホッとしたように表情を緩めて、答える。

 

 

「私も、手が空いているの。お茶でも一緒にどうかしら。新しい茶葉が手に入ったから、試飲に付き合って欲しいわ」

 

 

 

 

 勢いに流され、どうしてだか私の自室で、彼女と二人向き合って、ティータイムを過ごす。

 気を紛らわせる為に、紅茶を喉へと流し込んだ。

 

「上達したでしょう?」

 

 期待するような顔で、彼女が感想を求めてくる。

 

「……ええ、美味しいです」

 

 お世辞ではなく、本当に美味しかったから、仕方なく素直に告げた。

 それを聞いた彼女は、嬉しそうな笑みと一緒に言葉を漏らす。

 

「貴女に教えてもらってから、練習したもの。いっぱい」

 

 ――思い出す。

 幼い彼女に、スカートの裾を引かれて。

 皆にお世話になっているから、お礼がしたいの。でも、どうすればいいのかな、なんて、相談されたこと。

 

『美味しいお茶でも振舞えば、皆様喜んでくださるんじゃないですか』

 

 そんなふうに答えた自分が、彼女を連れて、台所へと向かったこと。

 

「……私が初めて淹れた紅茶を飲んで、貴女が『美味しい』って言ってくれたのが、本当に嬉しかったから」

 

 別に。

 相談されて、なにも答えられないようなつまらない奴だと思われるのが、嫌だっただけだ。

 教えた物事が上手くいかないと、自分の指導が下手なのが原因みたいだから、それも不快だった。

 それだけだ。

 

「美味しい、ですよ」

 

 もう一度、小さな声でそう言ったのだって、他意はない。

 ――……だから、そんな顔で、微笑まないでほしい。

 

 

 

 

 もう、何杯目の紅茶だろうか。

 飲み終わりそうになった次の瞬間には、カップに温かい液体が満たされている。

 時を止め、淹れなおしているのだろう。

 ポットの中身が底を尽く気配はない。

 対面の彼女は、ずっと笑顔で話し続けている。

 

「――そういえば、この前薦めてくれた小説、本当に素敵だったわ」

 

 普段の彼女からは考えられないほど、たわいないことを延々と聞かされ続けた為、途中からは適当に聞き流していたら、話題が先日紹介した本のことに及んだ。

 なぜ、そのようなことをしたかというと、暇な時間を潰すのに良い書物を教えて欲しいと、彼女に請われたからだ。

 本に囲まれて生活しているのに、優れた作品ひとつ教えられないのでは、自分と主人である魔女の沽券に関わると思い、かなり真剣に選んだ一冊だった。

 

「まさに、恋物語、という感じで。主人公の女の子に、少し憧れた」

 

 正直、薦めた本人は、作品としての完成度は認めるものの、文章の間から伝わってくる甘ったるい雰囲気が、どうにもうけつけなかったのだけど。

 ただ、まあ、悩みながら選んだのは事実だから、気に入ったというのなら悪い気はしない。

 ――……そこで、ふと思いついて口にする。

 

「恋、といえば。貴女も年頃でしょう。恋心のひとつやふたつ、覚えても良いと思うのですが」

 

 それであわよくば、人里にでも嫁入りしてしまえばいいのだ。

 祝儀くらいはくれてやるから。

 

「相手がいないわ」

 

 微笑んだまま、そんな言葉を返してきたので、鼻で笑い、言ってやった。

 

「いるでしょう、いくらでも。少しお洒落でもして、人里を小一時間歩きながら、目が合った人間には笑みのひとつも向けてやれば、花束を抱えた行列が出来ますよ、きっと」

 

 半ば以上本気の台詞に、彼女は。

 少し眉を寄せ、目を細めて、困ったような顔で。

 

「いいえ、いないの。……私は、人間を信じられない。多分、きっと。これから先も、ずっと」

 

 そう溢して、溢したそれを飲み込むように、紅茶を啜った。

 

 

 ――記憶が蘇る。

 拾われてきた当初、彼女はとても痩せ細っていて、まともに誰かと話をしたことがなかったのか、日常会話の発音さえ曖昧だった。

 

 

「……なら、人間から選ばなければいい」

 

 考えて発した内容ではない。

 自然と口を衝いて出た言葉だった。

 

「え……?」

 

 突拍子もない案に驚いたのか、疑問符を浮べた彼女に対し、少し気まずくなり、目を逸らしながら続ける。

 

「この館の中でだって、貴女なら選り取り見取りでしょう? きっと、誰も拒みはしない」

 

 宝物のように扱われている彼女。

 ――たかだか、百年足らずの時を共に重ねることくらい、誰もが受け入れるだろう。

 

「……そうね、みんな、優しいもの」

 

 彼女は微笑んで、でも、と言葉を続ける。

 

「駄目だわ。私、いい女だから」

 

「は……?」

 

 言葉の意図が理解出来ず、硬直した私に向けて。

 

「忘れられなくなってしまうわよ、きっと」

 

 悪戯っぽく、口の端を吊り上げて。

 

「そうしたら……私が、いなくなった後。ずっと泣いて過ごすことになってしまうわ。みんな、優しいもの」

 

 切なげに眦を下げながら、彼女は語った。

 その姿は、やはり――……とても、綺麗だった。

 きっとそれは、持って生まれたものだけではなくて、この館で様々な温もりに触れ、育まれた美しさなのだろう。

 

「……へえ」

 

 私は。

 それが、どうしようもなく。

 

「それなら」

 

 どうしようもなく――癪に障った。

 だから。

 

 

「私なんて、どうですか」

 

 

 そんな言葉を、言い放った。

 

「……」

 

 目を見開き、笑みを消した彼女に、自分を売り込む文句を並べたてていく。

 

「なかなか優良物件ですよ。人間じゃないし、容姿は良い方だし、頭も悪くない。それに」

 

 ニヤリ、と。

 悪魔らしく微笑んで、告げる。

 

 

「私は、貴女が死んでも泣いたりしない」

 

 

 涙の一滴たりとも、溢すものか、と。

 胸を張って、主張した。

 

 そんな私に対して、彼女は。

 

「……そう」

 

 また、綺麗に――……笑う。

 そして。

 

 

「それは、素敵ね」

 

 そう言って、受け入れた。

 

 

 ボロボロにされた自尊心の復讐。

 綺麗な宝物を、誰も気付かないうちに手に入れて――汚してやろうと、思った。

 汚いこの手で触れて、じわじわと、汚染していくのだ。

 

 

 こうして、私と彼女は《恋人》になった。

 ――……どちらも恋に堕ちてなどいないのに、恋人と称するなんて、おかしいけれど。

 

 

 

 

 しかし、数日経過して。

 私は頭を悩ませていた。

 正直に言おう。

 

 実は、私には――特定の相手との交際経験が、皆無なのだ。

 

 汚したいという、不純な動機で始めた関係だとしても、強制力がない以上、いきなり彼女に不快感を与えては、関係は即解消されてしまうだろう。

 それでは意味がないので、慎重に行動するべきだ。

 そう考えたのだが――……その結果、なにも出来ないまま、時間だけが過ぎている。

 そもそも、二人きりになれるような時間の確保が難しいのだ。

 気紛れに行動する住民達のおかげで、昼も夜もないようなこの館で、私は魔女の行使している魔法で勝手に日々増え続けていく蔵書の整理に追われているし、彼女も館の管理と吸血鬼の相手で忙しい。

 オマケに、二人の関係は周囲には秘密である(バレたら私がただでは済まないだろうから黙っていることにした)。

 

 これはもしかしたら、なにかが始まる前に、名ばかりの恋人関係自体、自然消滅するのではないだろうか?

 

 すでに、そういった諦観が生まれ始めていたその日。

 彼女の方から、声をかけてきた。

 

「人里に、買出しに行くから。荷物持ち、してくれない?」

 

 エプロンドレスを飾るフリルの端を指先でいじりながら、視線を少し逸らして、そう囁いてきた彼女に。

 なぜか、喉が詰まって声が出せなかったので、無言で頷いて返事をした。

 

 

 

 

 八百屋、肉屋、魚屋と。

 店から店へと移動して、買い物を重ねた。

 お互いの背負ったリュックと手提げ袋は、すでに戦利品でパンパンの状態だ。

 

 ――……色気の欠片も、ありはしない。

 

 これでは本当に、ただの買出しである。

 肩に食い込んだショルダーベルトが、痛い。

 やはり、これは――自然消滅コース、だろうか。

 まあ、おかしなことをたくらんだのが間違っていたのだ、と。

 そう考えて、ひっそりと溜息を吐いた時。

 

「ねえ、少し、寄っていきましょうか」

 

 彼女はそう言って――古びた餡蜜屋を指差した。

 

 

 

 

 古くて小さいが、清潔な店内。

 従業員は、老いた夫婦の二人だけ。

 しかし、とても愛想が良く、丁寧な対応だった。

 注文してほどなく、二つの餡蜜が運ばれてくる。

 口に含むと、甘さが舌の上に広がった。

 

 ――うん、美味しい。

 

 自然と、頬が緩む。

 その時、対面に座っている彼女が、くすくすと小さな笑い声を溢した。

 

「……どうしたんですか?」

 

 問い掛けると、何故だか少し照れくさそうに口を開いた。

 

「いえ、少し……思い出したの」

 

 首を傾げて見せると、彼女は匙で白玉をつつきながら続ける。

 

「……憶えていない? このお店、前にも来たことがあるのよ。貴女と私の、二人で」

 

 ――そこまで聞いて、やっと。

 記憶が脳裏の底から蘇った。

 ああ、そうだ。

 確かに、私は――彼女と、この餡蜜を食べたことがある。

 

「私がお嬢様に拾われてから少し経った頃。お嬢様に、人里への買出しを命令された。……とは言っても、ホントは買出しなんてただの名目で、毎日人外ばかりに囲まれて生活している人間の私への、お嬢様なりの気遣いだったのでしょうけれど」

 

 そうだ、それで、私は。

 

「貴女は、その付添い。幼い私の代わりに、重い荷物を持ってくれた」

 

 なんで、自分がこんな役回りなのだ、と。

 内心は不満でいっぱいだったのだけれど。

 

「そんな買出しの、帰り。お嬢様には、お釣りはお駄賃にして、何か買うか遊ぶかしてきなさいと言われていたけど……私は、その使い道がまったく思い浮かばなかった」

 

 あの時。

 がまぐち財布を手に、深刻そうな顔で立ち尽くす幼子の横で。

 いい加減、面倒臭くて仕方がなくて。

 じれったくて、しょうがなかったのだ。

 ――……だから。

 

「そしたら、貴女が言ったのよ。餡蜜が食べたいから、付き合ってください、って」

 

 彼女は、懐かしそうに目を細めると。

 

「正直、戸惑っていたのだけど。貴女ったら、運ばれてきた餡蜜を一口食べるなり、さっきみたいに笑うから。気が抜けて……とても、楽になったの」

 

 そう言って、また綺麗に笑った後、掬った白玉と餡子を口に入れた。

 咀嚼して、飲み込んで、呟く。

 

「うん、やっぱり、美味しい」

 

 

 ――……何故だか。

 餡子の甘さが、増した気がした。

 

 

 

 

 夕暮れの帰り道。

 並んで歩く私と彼女の指先が触れたから。

 そのまま引き寄せて、手を繋いだ。

 驚いた顔をした彼女を見詰めて、囁く。

 

「――……あの時も、帰りは足元が見え辛くて、危ないからと、手を繋ぎましたね」

 

 夕陽の赤い光の中で。

 彼女の頬の赤みが、増したような気がした。

 

 

 

 

 ――それから。

 お互いの休憩時間を合わせたり、仕事の合間に抜け出したりしながら……逢瀬を重ねるようになった。

 とはいっても、大体はお茶をしながら仕事や本の話をするくらいだったのだけど。

 でも、たまに。

 

 

 

 

「あっ」

 

 お茶請けに出されていた、彼女お手製のクッキー。

 偶然、同時に伸ばされた指先が触れ合えば、どちらからともなく、指を絡めて。

 

「ん……っ」

 

 引き寄せられるように、唇を重ねた。

 

 その後、至近距離で見詰め合うと、彼女はふにゃりと柔らかな笑みを浮べる。

 綺麗というよりは、可愛い。

 おそらく、私にしか見せていないだろう、その顔を見て。

 速まる心臓の鼓動を感じながら、思うのだ。

 

 ああ、こんなはずじゃ、なかったのに。

 

 この関係を始めた日。

 彼女に言った言葉を、思い出す。

 

 

『私は、貴女が死んでも泣いたりしない』

 

 

 ――……もう、そんな自信は、欠片もなかった。

 

 

 

 

 そして。

 私達は、転機の日を迎える。

 館の主である吸血鬼――尊大で強大な夜の王が広げた、紅い霧。

 

 

 紅霧異変。

 

 

 この事件の解決をきっかけに、紅魔館は外部との親交を深めていくことになった。

 私は、蔵書を狙う人間の魔法使いの対応に悩まされ。

 彼女は――……その魔法使いと、友人になった。

 そう、彼女に、人間の友人が出来たのだ。

 人間を信じられないと言っていた、彼女に。

 

 私は――これが、最後のチャンスだと思った。

 

 

 

 

「別れましょう」

 

 私の台詞に、彼女の顔から表情が消えた。

 

「……どうして、と。聞いてもいい?」

 

 静かな声で、そう問い返してくる。

 私はそれに、素直に答えた。

 

「嘘吐きになってしまいそうだからです」

 

 彼女の足が、追い縋るように、半歩前へと出された。

 私はそれから目を逸らして、背中を向ける。

 

「……大丈夫。貴女なら、消去法で選んだ私なんかいなくても、きっと幸せになれるから。遺していくことを悔やまなくてもいい。同じ時を生きて、同じお墓に入れる、相応しい人間と」

 

 そんなふうに言葉を残して、歩き出す。

 ――足音は、ついてこない。

 

「……」

 

 

 唇を噛み締める。

 絶対に――泣かないと、決めたのだ。

 最初とは、違う理由で。

 

 

 

 

 咥内に鉄の味が広がったところで、自室に辿り着いた。

 何故か、ベッドに契約主の魔女が腰掛けていて。

 魔女は、私が入室したのに気が付くと、話し出す。

 

「ああ、小悪魔。探している本があるのだけど、場所がわからなくて――……!」

 

 そして。

 視線を上げ、私の顔を見るなり、目を見開いて立ち上がった。

 

「どうしたの!?」

 

 返事を返すことは出来ない。

 口を開くと、嗚咽に変わってしまいそうだからだ。

 魔女は、黙ったままの私を前に、焦った様子で意味もなく手足をばたつかせた後。

 

「……っ」

 

 なんにも知らないくせに、慰めるように私の身体を抱き寄せた。

 体温の低い魔女の、頼りない温もりが、妙に優しくて。

 

 呼吸が少し、楽になった気がした。

 

 

 

 

 別れを告げて、一週間経った。

 彼女と二人きりにならなくなったことをのぞけば、なにも変らない毎日が続いている。

 このまま、日々を重ね、それが年月となって、ゆるやかに本当の別れを迎えられるなら。

 なんとか、約束を果たすことも出来るだろう。

 でも。

 

「……今頃、なにしてるのかなあ」

 

 今はまだ、達観には程遠くて。

 友人と共に人里へ向かった彼女のことばかりが頭に浮かんで、それだけでも涙腺が緩みかける。

 

「かっこわる……」

 

 呟いて、ベッドの上で、芋虫みたいに身体を丸めた。

 今日は魔女と吸血鬼の姿が見えないので(たまに二人そろって消える。なにをしているのかは知らない)一日中寝て過ごすことにした。

 気が滅入っている時は不貞寝にかぎると、異変後に初めて顔を合わせた吸血鬼の妹君も言っていたし。

 門番も、それに同意していた。

 それで――……彼女が、貴女はいつも寝ているじゃない、って、門番にツッコミをいれたのだっけ。

 

「……はやく、寝よ」

 

 思考を無理矢理打ち切り、瞼を閉じて、暗闇に逃げ込んだ。

 ――その時。

 

 

 がっしゃあぁぁあん!

 

 

 ……と、漫画にするならそんな擬音が大きく書き込まれそうな勢いで、窓ガラスが割れた。

 

「え、えええっ!?」

 

 驚き、悲鳴を上げて飛び起きる。

 

「あ……ッ」

 

 目に飛び込んできたのは、銀色の輝き。

 

「……小悪魔」

 

 窓枠に、足を掛けて。

 彼女が、部屋へと入ってきた。

 

「な、んで……」

 

 問いかけにもならない呻き声を漏らす。

 だって、わけがわからない。

 なんで、わざわざ窓ガラスを割って入ってくるのか。

 どうして……彼女が、此処にいるのか。

 困惑しながら、ベッドの上で尻餅をついたまま、後ずさりする。

 だけど、その距離を縮めるように――彼女は、足を踏み出した。

 

「――……魔理沙と、餡蜜を食べに行ったの」

 

 俯いて話し出す。

 声は、掠れていた。

 

「あのお店の餡蜜、好きだから。でも」

 

 倒れこむみたいに、私の腕の中へ飛び込んできた彼女を、反射的に抱きとめる。

 上げられた顔、交わる視線。

 零れる、涙。

 

「……何故か、ちっとも。甘く感じなかったのよ」

 

 

 ――ああ。

 泣かない、って決めたのは。

 泣かせたくなかったから、なのに。

 

 

「ねえ、小悪魔。私が死ぬ時がきたら、魂をあげるわ」

 

 一瞬、頭が真っ白になった後。

 かあっと目の奥が熱くなった。

 

「なにを言って――……っ!」

 

 怒鳴り声を上げようとして。

 

「だから、お願い」

 

 祈るような声に、遮られた。

 

「私が死んだら、泣いて」

 

 弱い力で、しがみついてくる彼女の身体。

 細い肩が、壊れそうなほど、震えている。

 

 

「それとね――……その時までは、隣で笑っていて欲しいの」

 

 

 ごめんね、と。

 消え入りそうな声で、耳元で囁かれた。

 私は、そんな彼女の身体を、宝物みたいに抱き寄せて。

 最初に出会った日のように、笑顔のオマケ付きで、頭を撫でながら、言ってやる。

 

 

「これからも、よろしくお願いします――……咲夜ちゃん」

 

 

 声が震えたのは、大目に見ていただきたい。




 古びた店で。

「ねえ、レミィ」

 餡蜜を掬いながら、魔女が言葉を零す。

「もぎゅもぎゅ……ん、なあに、パチェ」

 白玉と餡子を口に放り込みながら、吸血鬼が促した。

「あの二人、あんだけイチャついといて、隠せているつもりなのかしら」

 吸血鬼は、咥内の物を飲み込んで、笑った。


 ――うん、今日も、甘い。


 ご読了ありがとうございました。
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