東方(咲夜中心)短編集   作:鬼灯@東方愛!

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初出:2013/05/31
ほのぼの?


意地悪な悪魔

 人外ひしめく紅い館――紅魔館。

 しかし、私は知っている。

 この場所で暮らす方々は、皆とても優しいのだということを。

 

 

 

 

 まず、この館を総べる主、吸血鬼のレミリア・スカーレットお嬢様。

 血に濡れた銀のナイフ以外なんにも持っていなかった私に、『十六夜咲夜』という名前と居場所を与えてくださった、優しいご主人様。

 次に、お嬢様に仕える最古参の従者であり、門番を務めている紅美鈴。

 私がこの館に初めて迎え入れていただいた日から、変わらない微笑みを向けてくれる、優しい同僚。

 それと、本に埋もれた知識の魔女、パチュリー・ノーレッジ様。

 教養のきの字もなかった私に、様々な知識を与えてくださった、優しい先生。

 そして――……レミリアお嬢様の妹様であらせられる、フランドール・スカーレット様。

 たまに憎まれ口を叩きながらも、抑えきれない力で誰かを傷つけぬようにと地下にこもる、もう一人の優しいご主人様。

 

 

 

 

だけど。

 

「うっわ、どうしたんですか? 今日のさっきゅん、ちょーブス! ……いや、失礼。酷い顔してますねー?」

 

 廊下で出くわすなり、遠慮もなく距離を詰めて私の顔を覗き込み、口角を片方だけ釣り上げた厭味ったらしい笑みを浮かべて、そんな台詞を吐いた、こいつは。

 

「……ごきげんよう、小悪魔。もう何度もお願いしているけれど、さっきゅんと呼ぶのはやめてくださるかしら?」

「えー? さっきゅんって響きがキュートじゃないですかー! 犬っころみたいで」

 

 ――……頭が、痛い。

 

「お仕事があるから、もう行くわ」

 

 朝っぱらから時間の無駄だと溜息を吐き、紅い髪の悪魔を置いて歩き出す。

 

「待ってください」

 

 呼び止められたので振り向くと、小さな物を投げつけられる。

 反射的にキャッチしたそれは、丸っこい包み紙だった。

 

「生憎、喉飴は持ち合わせていないので、普通の飴玉ですが。あ、さっきゅんはお子様だから、喉飴は好きじゃないんでしたっけ?」

 

 呆気にとられている私に、彼女はひらりとひとつ手を振ってから、足早に立ち去ってしまった。

 

「……」

 

 手の中に残された包み紙を開封して、白っぽい飴玉を口の中へと放る。

 甘い林檎味が口内にじんわりと広がった。

 

 

 

 

「――今日は、部屋で大人しくしているから。貴女も適当に仕事は切り上げて、休みなさい」

 私の淹れた紅茶を一口お飲みになった途端、お嬢様はそうおっしゃられた。

 

 

 

 

 己の不甲斐なさと、いよいよ悪化してきた頭痛に頭を抱えながら自室に戻ろうとしていると、大きな破砕音が響いた。

 溜息を吐きながら音の発生地点へ向かうと、茫然と立ち尽くす人影がある。

 

「すみませんでしたっ!」

 

 新米の妖精メイドは、私に気付くなり顔を真っ青にして、切羽詰った声で叫びながら頭を下げた。

 

「次から、気をつけなさい」

 

 割れた花瓶、水浸しの廊下。

 散らばった赤い薔薇が、なんだか死体みたいに感じた、けど。

 けして、責める気はなかったのに。

 妖精メイドは瞳をどんどん潤ませて、ついには大粒の涙を零し始めてしまった。

 そういえば、前に小悪魔に言われたな、と思い出す。

 

 ――さっきゅんは、親しくない人にはおっかなく見えるんですよ。隙がなさすぎて。可愛くないですねえ。

 

 結局、泣いている妖精メイドに片付けを言い付ける気にはなれなくて、代わりに掃除することにした。

 一人、床に這いつくばって片付けをしていると、そのまま床に突っ伏しそうになる。

 体が怠くて、しょうがなかった。

 

「甘すぎじゃーないですか? 自分のしたことの後始末さえさせないなんて」

 

 少し、苛立ちの混じった声が、頭上から降ってきた。

 顔を上げる気にはなれなくて、黙々と片付ける。

 

「甘さと優しさは違うものらしいですよー、私は悪魔なのでどっちも関係ないですけど」

 

 霞む視界の中で、彼女の足が薔薇の花弁を踏み潰した。

 

「ホント、馬鹿な子ですね」

 

 意識が、遠退く。

 固い床にぶつかる前に、温かい腕に抱きとめられた。

 

 

 

 

「殺風景な部屋ですねー、まるで心の貧しさがそのまま現れた感じ」

 

 目が覚めたら、自室のベッドの上だった。

 窓から差し込む陽射しの赤さで、夕刻なのだと悟る。

 目が合うなり皮肉を口にして笑う小悪魔に、なんでいるの、と問いかけようとしてやめた。

 どうせ、棘だらけの言葉しか返ってはこない。

 

「この部屋にある物で可愛らしいのはこれくらいですねえ」

 

 彼女はそう言って、枕元に鎮座する犬のぬいぐるみを撫でた。

 

「……貴女が、昔。クリスマスプレゼントだって、くれた物じゃない」

 

 宿敵を祝う日に、便乗して遊べるなんて、流石私! 器が大きい、なんて。

 自画自賛しながら、投げつけてきた。

 哀れな目元が貴女そっくりです、なんて言葉を忘れずに添えて。

 

「じゃあ、そろそろ仕事に戻りますかねえ。パチュリー様、私がいないと貧弱なくせに限界も考えずに読書し続けますから」

 

 そう言って、座っていた椅子から腰を上げる彼女に、お礼を言おうと口を開く。

 

「今日は、ありが」

「ああ、そうそう、さっきゅん、さっきよだれ垂れてましたよ。ばっちぃですね。大型わんこみたい」

 

 慌てて、袖で口元を拭う。

 その間に、彼女は私に背を向けて歩き出した。

 

「……いじわる」

 

 去っていく背中を見詰めながら私がこぼした小さな悪態を、ご自慢の地獄耳で聞き取った彼女の漏らした笑い声も、扉の向こうへと消えた後。

 憎たらしい彼女の代わりに、犬のぬいぐるみの頬をつねった。

 その後、つねった頬を撫でて、ぎゅうっと抱きしめる。

 ぬいぐるみには、意識を失う前に感じた腕の温もりはない。

 ああ、彼女は、本当に酷い。

 

 ありがとうさえ、言わせてくれない――……意地悪な悪魔。




 廊下を歩きながら。
 顔を俯けて、紅い前髪の向こうに隠した目を細めた悪魔が呟く。

「聞かないし、言いませんよ……でも」

 全部、憶えています。
 貴女が、いなくなってしまっても、きっと。

「それで、いいじゃないですか」

 ねえ? ――……愛しい、人間。



 ご読了、ありがとうございました。
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