東方(咲夜中心)短編集   作:鬼灯@東方愛!

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初出:2014/01/28
ほのぼの。


そっくりさん

「ばか」

 

 妙に幼い口調で、そう言われたので。

 言葉を失って、ただ、瞬きを数回、繰り返した。

 

「……小悪魔の、ばか」

 

 彼女は、そんな言葉をまた一つ重ねて、俯いた。

 銀の髪が、サラリと硬質な音をたてた気がした。

 なんだか、いつもの彼女より、小さく感じて。

 彼女が本当に小さかった頃を、思い出した。

 

 

 

 

「――……あなたが、本物の、あくま?」

 

 

 

 

 見上げてくる青い瞳に浮かんでいたのは、純粋な疑問符だった。

 

「ええ、正真正銘の、悪魔さんですよ」

 

 私は、そう言葉を返しながら、背中の羽根を軽くはばたかせて見せた。

 すると、幼い彼女は、眉を下げて「おかしい」と口にした。

 私はその時、会話をするのが面倒臭いと思っていた。

 

 ――館の主の『お気に入り』のようだから、邪険には出来ないが。

 読書もしたことのないような浮浪児あがりにかまっていても、時間の無駄だ。

 そんな時間があれば、蔵書の整理を行うか、読書をしたい。

 

 本の虫の魔女と契約した、本の悪魔の私は、本気で、そんなふうに、思っていたので。

 投げやりな口調で、促したのだ。

 

「なにが、おかしいんですか」

 

 さっさと話を聞いて、手早く切り上げよう、そう考えていた。

 ――……だけど。

 

「だって、あなた、綺麗だもの」

 

 彼女は、そんなことを、真剣な顔で口にした。

 

「……は?」

 

 予想外の台詞に、固まった私に向けて、連ねられる言葉。

 

「お嬢さまは、赤いあくまって言われているらしいけど、吸血鬼だから。だから、綺麗なお顔をしているのだと、そう思っていたの。でも、おかしい。だって、あなた、とっても綺麗だもの。あくまなのに」

 

 そして、また、おかしい、おかしいと、繰り返す。

 

「……」

 

 私は、軽く眉間をもんでから、口を開いた。

 

「なんですか、貴女は、悪魔ってのは、そんなに醜いものだと思っていたんですか?」

「うん。――……だって」

 

 間髪入れず返事をした彼女は。

 

「わたし、色んな人から『醜い悪魔の子』って言われたもの。だから、きっと、わたしみたいに。汚い生き物だと、思っていたの」

 

 そう言って、小さな肩を落とした彼女を見て。

 

「……」

 

 意識せず、私は手を伸ばしていた。

 月光を束ねたみたいな銀髪を、クシャクシャと撫でまわす。

 

「……っ」

 

 息を詰まらせた彼女の、真ん丸になった青い目を見詰めながら、こぼすように口にした。

 

「綺麗でしょう、貴女みたいで」

 

 ――彼女は。

 眉を下げ、唇を震わせて、俯いた。

 そして、少し経ってから。

 

「……ううん、ぜんぜん、似てない」

 

 小さな声で、そう答えた。

 俯いていたので、顔は見えなかったが。

 耳が、赤く染まっていた。

 

 

 ――それから。

 最初に感じた忌避感は、なんだったのかと思う程。

 彼女は、自然に、私の世界に馴染んだ。

 

 

 きっと、彼女が幼く、小さかったからだろう。

 大抵の生き物は、幼くて小さい程、愛らしい物なのだ。

 悪魔である自分が、そのような物にほだされるとは、想像したこともなかったが。

 その愛らしさに、ほんの少し、目が眩んだのだと、思った。

 本を読んだことがないのなら、読ませればいい。

 文字が読めないのなら、教えればいい。

 考えてみれば、単純なことなのだし。

 ――なかなか、心地の良い日々だった気がする。

 

 

 しかし、生き物とは、個々の種族によって速度こそ異なるが、成長する物なので。

 数年経過した頃には、彼女もすっかり大きくなっていた。

 

 

 初夏、だったように思う。

 あてがわれた私室で寝ていると、下唇を噛んで嗚咽こそこらえているが、涙で顔をぐちゃぐちゃにした彼女に、いきなり叩き起こされた。

 なにごとかと思ったが、人間より優れた嗅覚で、鉄錆の臭いを嗅ぎ取ったので、彼女に詰め寄った。

 

「敵襲ですか!?」

 

 しかし、彼女は首を振るばかりで。

 問いを重ねているうちに、臭いの出所に気が付いて、溜息を吐いた。

 少々、言葉に悩んだが。

 

「……おめでとうございます」

 

 そう言葉を贈った。

 そして、タオルを用意するために、歩き出そうとして。

 

「……」

 

 寝巻の裾を握られて、動きを止められた。

 またひとつ、大きな溜息を吐き出した私は。

 仕方がなく、シーツを掴んで、タオルの代わりにした。

 なされるがままの彼女の足を上げさせて、汚れた下着を脱がせて、処理をしていく。

 一通りの作業が終っても、彼女は自室に戻ろうとはせず。

 

「……いい加減、泣き止んでください」

 

 そう言って、頭を撫でるほど、彼女は泣き続けて。

 結局、その日は眠ることが出来なかった。

 

 

 

 その出来事からだろうか。

 彼女は、私にあまり寄ってこなくなった。

 

 

 

 それ以前の彼女は、ことある毎に私の傍に寄ってきて、ねだるような顔をして、頭にのばされる手を今か今かと待っていた。

 

「……まあ、もう、撫で辛くもなっていたし」

 

 身長的に、と。

 誰に聞かせるでもなく、呟いた。

 以前は、軽く頭を撫でられたけれど。

 今は、腕を持ち上げないと撫でられないくらいの身長差だったから。

 これが、成長という物なのだろう、なんて。

 そんなふうに、受けとめることにした。

 

 

 贔屓目ではなく。

 彼女は、目を疑う程美しい生き物へと成長を遂げた。

 

 

 きっと、昔の私だったなら、言葉のあやなどではなく食欲の対象になっただろう。

 しかし、今の私は、契約主の魔女から十分な魔力《食事》を与えられているし、読書さえ出来れば概ね満足だし、彼女を可愛がっている館の主も恐ろしいし。

 なにより、今更彼女を食いたいとも思えなかったので。

 まあ、幸せになればいいのではないかな、と。

 そんな風に思っていた、から。

 

「いい加減、好い人でも作ったらどうですか」

 

 ――蔵書整理中に。

 本棚の影に隠れるようにして『恋愛小説』を読んでいる彼女を見つけた私は。

 自然と、そう声をかけたのだ。

 

 しかし。

 なにが、いけなかったのだろう。

 

「ばか」

 

 妙に幼い口調で、そう言われたので。

 言葉を失って、ただ、瞬きを数回、繰り返した。

 

「……小悪魔の、ばか」

 

 彼女は、そんな言葉をまた一つ重ねて、俯いた。

 銀の髪が、サラリと硬質な音をたてた気がした。

 なんだか、いつもの彼女より、小さく感じて。

 

 彼女が本当に小さかった頃を、思い出したからかもしれない。

 

 意識せず、伸ばした手で。

 いつかのあの日のように、月光を束ねたみたいな銀髪を、クシャクシャと撫でまわした。

 

 でも、やっぱり、昔とは違うので。

 

「……かがんでくれませんか、咲夜ちゃん」

 

 小さく溜息を吐き出して、続ける。

 

「腕が疲れます」

 

 彼女は、咲夜ちゃんは。

 なんにも答えずに。

 でも、言われたとおりに、頭を下げた。

 俯いていたので、顔は見えなかったが。

 耳が、赤く染まっていたので。

 

「――……綺麗な、紅葉色ですね」

 

 そう囁いたら、余計に赤く染めて。

 

 

「貴女の髪に、似ているでしょう」

 

 

 そんな風に、返してきたから。

 かあっと、熱が上がるのが、わかった。

 自分の顔は、見れないけれど。

 

 

 ――……きっと、ホントにそっくりな色に、染まっただろう。




 ご読了ありがとうございました。
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