散る桜、残る桜も、散る桜   作:みなみきずな

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二章

 

     二、

 

 いつもよりかなり遅れた桜の花が咲いている。

 魂魄妖夢は、庭の草木の手入れが一段落したところで額の汗を拭う。太陽も随分昇り、朝から手をつけ始めた片付けが昼まで掛かってしまった。

 冬とは一変して、枝から花を付けだした大樹を見上げると春を精一杯吐き出して、壮大な姿を見せている。

  自分が白玉楼の庭師になってから、幾度も「もうそろそろ、この辺りも全部野菜や果物農園にしたいわ」と幽々子に駄々をこねられたが、幸い、毎年辺りの幽霊が総出で散歩や花見に来たがるほど美しい場所のお陰で、未だに庭では観葉に相応しい樹木が植わっている。主人の願いは叶えるのが従者の鏡ではあるものの、桜を切り倒して畑にするなどという、先代に申し訳が立たないことは出来なかった。

 恐らく、幽々子もある程度は戯れで言っていることだ。本気だったら、とうに冥界は集まった亡霊で養分たっぷりの土壌として、幻想郷一の立派な畑になっているだろう。

「もし幽々子様に今の季節、旬の食材を召し上がって頂くのなら、何が良いかな……」

 妖夢は一瞬、せっせと農作業と料理をしている自分を想像し、特に違和感がないことに気付くと、想像を消し去るように頭を左右に振って頭のリボンを揺らした。

 自分は確か、剣の指南役と庭師のはずだ。身の周りの手伝いと、たまに幽霊がどこかに言ってしまった時に食事も作っているが、畑仕事までしてしまうと、ただでさえ足りない剣術修行が減ってしまう。

 幽々子を守るためにも、白玉畑の計画はこれからも断らなければいけない。そして「こんなに奇麗な桜が咲くなら、しばらくこのままお庭にしときましょう」とずっと言ってもらえるようにするのだ。

「――これで、片付けも完了、と」

 本来の春の気配を取り戻し、草木を含め白玉楼はこれから忙しさを増して行く。

 庭園は変動する美だ。毎回違った春を過ごせることに、常に妖夢は感謝している。そしていつの季節も、最高になるように、努力を惜しまないのだ。

 もちろん、理由はそれだけではない。

 幽々子への思いもさることながら、妖夢はこの庭には深い思い入れがある。

 小さい頃から屋敷にいた自分にとって、この樹木は共に成長してきた仲間であり、庭を創り上げる一員なのだ。

 庭から色が鮮やかに溢れ出す、桜が咲き誇る今が一番だとは思うが、他の季節も甲乙付けがたい白玉楼の景色は、この世の物ではなし得ない美しさだ。

 そして、それらは日々の自分の鍛錬を見つめている、と妖夢は思う。

 だから庭師の仕事が一段落したら、剣術の修行をする。それが終われば炊事洗濯、、また最初に戻って同じことを前よりも丁寧に繰り返す。そして幽々子に尽くす一日を過ごすのだ。そして彼女が笑顔を浮かべてくれれば、疲れなどすぐに吹っ飛ぶ。

 単純なのかもしれないが、幸せだった。これからもずっとそうしていこうと誓っている。

「――よし」

 妖夢は大きく頷くと、二振りの剣を下げ、修行場所へと一目散に駆け出して行った。

 

     *

 

 昔々、というほどではない。

 でも妖夢にとっては、随分と昔のように感じる。

 庭師として学び始めた頃、こんなことがあった。

 あれも、春の話だ。

「妖夢、どうした」

「何故、切るのですか」

 恐らく自分の声は泣きそうに聞こえたのだろう。振り向いた彼の瞳が、突然駆け寄った孫であり、弟子でもある相手に向けるにしては、妙だった。

「――どうして、せっかく良く育った桜のを落としてしまおうとするのですか。自然を保ち、木を育みながら庭を造るのが正しいと思っていました」

 随分小さい頃の自分の問いだ。

 呆れた顔もせず、幼い子供の話を聞いてくれた祖父の魂魄妖忌には今でも感謝している。もっと教えてもらいたいことはあったが、幽々子が一番思い入れがある桜については、剣術よりも妖夢に伝えてくれた。

 もちろん、手取り足取りなどという甘さは無かったが、言葉を噛み砕き、目を皿のようにしていれば自ずと見える物があったように思う。

「うむ、何故そう思う?」

「書籍か、伝聞か、記憶に無いのですが。桜を切るのは馬鹿のすること、と」

「馬鹿、とあったのだな」

「師匠に間違いがあるとは思ってはおりません、ですが気になってしまい――」

 妖忌は妖夢が発した言葉を聞くと、うむと頷きながらたくわえたひげを指先で捏ね、思考しながら眉間に皺を寄せた。

「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿か」

「そうです! 古い諺には間違いもあると聞きますが、これもそうなのですか」

「あの諺が間違っている訳ではないのだ。ただ、お前は素人とは違う。だからして、答えも当然変わる」

 純粋に言葉を投げかける妖夢に、妖忌は少し口の端を笑みにかたどる。すぐに教えるのは簡単だが、それでは強くなっても考えない従者になる。思考させ、自らの技も考えも継いでこそ、魂魄家の剣士だ。

「ならば、問いだ」

 いつものことではあるが、問いには問いを返す。

「は、はいっ!」

「狐の手袋、は分かるか」

「分かります。赤紫の花を咲かす、毒草です。季節は確か初夏頃のものです」

 庭師として、樹木や草花の書物は幼い頃から幾度も読んでいる。名も無い雑草と呼ばれる辺りの草花でも、大抵のものなら妖夢には名が分かる。

 しかも、今回問われたのは生物に害をなす類いの物だ。知らないはずがない。

 自信満々に答える妖夢に、妖忌の反応は意外だった。彼女が答えるやいなや首を捻り、じっと視線を止めたまま、ぷつりと言葉も動きも止めてしまう。その様子に言い切った妖夢も自信を少し無くし、慌てたように手を握っては開いてを繰り返してから、申し訳なさそうに言った。

「……もし間違っていたのなら、どうか答えを教えて頂けませんか」

「何も儂は間違っているなどと言っておらん」

「では、何故黙っていらっしゃるのでしょうか」

「狐の手袋は、薬草だ。知らぬのか?」

「――……未熟者で、申し訳ありません」

 間違いを指摘された妖夢は、目に見えるほどがっくりと肩を落として地面を見つめた。しかし、彼女を見ながら妖忌は続ける。

「毒草だが、薬草だ。この意味が分かるか?」

 妖夢が顔を起こすと、妖忌はうっすら笑みを浮かべていた。弟子の答えに期待しているのだ。

 頭を動かす。

 妖忌が言った言葉を思い出し、脳内で復唱して、気付く。

 毒でもあり、薬でもある。草花でなくとも、良くあることだ。

 この二つは、相反しているが、正しい。

 つまり――。

「知らぬ者が用量を知らず無闇に使えば、毒になる。しかし、」

 妖夢の言葉に、妖忌が続ける。

「そうだ。草花に熟知し、使いこなせる者が適量を用いれば狐の手袋は心臓に対しての薬になるのだ」

「――理解しました」

「少しは学びになったか」

「もちろんです」

「では、桜を剪定するぞ」

「あ、」

 深く例をした後の妖夢が、地面に向かって呟く。真剣に考える時に、前後の話を忘れてしまうのは時々あることだが、今回に関しては納得のあまり、つい妖忌の話に流されていた。自分でも気付いている短所を繰り返すのは悪い癖だ。気をつけないといけない。

 下げていた頭がリボンごとひょこりと跳ね戻り、まだ幼い瞳が疑問に飢えてきらきらと光る。

「あの、どうして桜を切るのかは――」

「わしの話を聞いていたのか」

「聞いていました」

「ならば考えろ。いちいち同じような事を何度も繰り返して、弟子を導くなど阿呆なことをしていたら手入れが終わる前に桜が咲いてしまう」

 そう言うと、妖忌は遠慮なく桜の枝へと向かった。妖夢の方など、もう全く向いていない。再度尋ねる野暮はしないつもりだったが、ここまで放任主義の師匠では自分以外の弟子は困ってしまうのではないか、と思う。

 昔から祖父はこんな調子だった。自由気侭で、妙なところが頑固者で、ただ、自分はそんな祖父が好きだった。知識も実力もある、いつかは祖父のような立派な剣術を使い、庭師として誰かの元で完璧に仕えたい、と子供心に思っていた。

 そして、その願いは思いもよらぬ中途半端な形でなしえることになる。

 

 分かりやすい言葉を使えば、祖父は失踪した。

 それだけが原因ではないとは思ったが、理由は今でも分からないままだ。これからも恐らく明かされることはないだろう。祖父は失踪するまで、白玉楼にて剣術指南役、兼庭師としてその身を捧げていた。そして妖夢はその孫だ。姿を消す直前、いくつかの言葉を受けた。

 ただし、どれもが非常に不明確で、なおかつ暗喩を含んでいて、当時の妖夢には理解できない事だらけだった。その中で唯一明確だったのが、

「西行寺幽々子様に、お前は仕えるのだ」

 その言葉だ。

 ひとまず向かった屋敷で、彼女を見た瞬間、心は決まっていた。

 美しさも気品も備え、縁側で佇む姿に、恐らく自分は――。

 

「よーうむっ!」

「ううわぁああ」

 突如、背中に柔らかい突撃を食らった。

 無心に剣を振るっていたつもりが、思考が遥か彼方に旅立っていたらしい。

「うふふ。捕まえたわよー、もう逃がさないわ」

 誰かは分かっていても、自分は剣を振るっていたのだ。気配を消して近づくのは卑怯だ。何かあったらこの方は一体どうするつもりなのだろうか。

 妖夢は取り落としそうになった剣を握りなおすと、首を捻って自分の主人に声を掛ける。

「幽々子様っ、修行中にはそういうことをしないで下さいと以前お伝えしたはずですっ」

「だってぜーんぜん気付かないから、つい」

 物事は何度も経験すれば慣れる、なんて嘘だ。

 未だに不意打ちを食らい、剣が手からすっぱ抜けて森に旅立たせたり、振り回した手で半妖にチョップを入れたりと慌しい反応しか出来ていない。

 いつかは後ろを取って「幽々子さま、お背中が開いてますよ」なんてやってみたいのだが、今のままでは無理そうだ。第一彼女の背中を含め全てをお守りするのが自分の役目なのに、色々と本末転倒だ。

「気付かないのは私が悪いのですが。でも、うーん」

「ほらほら、そんな変な顔しないの。せっかく素敵なことを教えにきたのよ」

 心底幸せそうな笑みで、幽々子は言う。もう笑顔がこぼれて辺り一面、一気に春になりそうなほどうきうきしている様子に、毎回、妖夢は毒を抜かれてしまう。ただでさえ、常に幽々子はのほほんとした空気を纏っている。それが辺りの人間もぼんやりさせて何となく幸せにしてしまうのを意識して欲しい、と妖夢は思う。もちろんそれで自分もめいっぱい幸せになるから、困っているのだ。幸福な悩みだが、実に切実だった。

「あのね、美味しい食べ物がたくさんあるんだって」

「はあ」

「それで、誘われたの。食べにこないかって」

「どなたにですか?」

 大体予測はついていたが、念の為に妖夢は尋ねる。

「もちろん、紫よ」

 やはり、と妖夢は納得する。幽々子が話をする時は大抵、八雲紫の名が出てくる。良く彼女は白玉楼に来て、茶菓子と、時には厄介事も添えて幽々子と話しにくる。

 そういえば、最近は八雲紫の姿を見かけなかったが、やはり《あの事件》の後に何事か面倒でもあったのだろうか。

「紫様ですか。行くのでしたら、ご一緒しますが一体どちらでしょうか」

「えっとねえ、博麗神社らしいわ」

 それを、何故紫が幽々子に言うのだろうか。

 大勢の集まりならば、本人から言ってくるのが筋であるはず。

「――少しお聞きして宜しいでしょうか」

「何かしら」

「それは博麗霊夢からの直々の誘いでしょうか」

「分からないわー」

「ええっ」

「ただ、美味しいものやお酒が出そうだし、ようやく春になったんだから、皆で宴会しちゃいましょうってことらしいわよ」

「あの巫女も、良くわからない人間ですね。この間は遠慮なく攻撃を仕掛けてきたというのに、今度は仲良しこよしですか」

 敗北の思い出が蘇り、妖夢は表情を翳らす。自分の修行時間は、あの敗北のお陰で大幅に増強された。更に強くなる切っ掛けを与えたのは確かに霊夢だが、彼女は自分だけでなく幽々子にも攻撃した。守れなかったことを未だに悔やんでいる。

「ねえ、妖夢」

 優しい声が妖夢に降る。いつでもその声は冷静さを欠く響きだ。失いたくない、声だ。

「はい」

「あの、紅白のお嬢さんのこと嫌い?」

 話の流れに沿っているものの、直接的な問いに妖夢は戸惑う。

「え、いや――あの、そんな……」

「まあ、私の前で別に嘘なんてつかなくても良いのよ。別に言い付ける訳じゃないし、今だったらきっと野次馬も神社に向かってるから、誰も聞いてないわ」

「で、でも――」

「今は敵味方って訳じゃあないわ。西行妖を咲かせられなかったのは残念だけど、あそこまでこてんぱんにされちゃったしね。――それに、」

 幽々子は一呼吸置いた。視線が一瞬、合う。妖夢は糸で吊られるように、姿勢をぴんとさせる。

「それに、何でしょうか」

 幽々子はやはり、自分の主人に相応しい。相対した相手にすら、しっかりと慈悲を向けているのだ。改めて聞く幽々子の本音に、胸が熱くなり、

「――だって、美味しいものを食べさせててくれる人に、悪い人なんている訳が無いじゃない。今から凄く楽しみよ。宴会」

 そのままの姿勢で、妖夢は固まった。

「どうしたの?」

「……幽々子様」

「どうしたの妖夢、神妙な顔して」

「先ほどの答えですが、私はあの巫女のことを嫌ってはいません」

「良かったあ、それならせっかくの宴会だから妖夢も一緒に行きましょう? ね?」

 ふわりと妖夢に向かって抱きつく幽々子。妖夢は納めた剣の柄に手を掛けて、告げる。

「ただし、好いてもいません。勝負はいつか、付けようと思っていました。つまり、宴の前に決着を、」

 しかし、その手は幽々子の手によってあっさりと制された。幽々子は頬を膨らませ、

「ああもう――妖夢は真面目なのが長所だけど、短所だわ。弾幕ごっこなんてしたら、宴会が楽しめないでしょう」

「ならば、私の剣はいつ振えるのでしょうか」

「私を守る時に、精一杯振って欲しいわ。楽しみにしてるわよ」

 幽々子の手がそのまま、妖夢の頭にぽん、と乗せられた。自分よりも少し暖かい手が、頭をわしゃりと撫でる。されるがままに、妖夢は身を委ねる。

「――幽々子様が望むなら、いつまでも私は側にお仕えします」

 声に出すと、決意は何て弱々しくなるのだろう。

 もっと、どこまでも強くなりたいと、いつも思う。幽々子にずっとこうして子供のようにあやしてもらいたい気持ちも、もちろんある。ただしその気持ちは弱い気持ちだ。自分はもっと強くならなければならない。

「ありがとう、妖夢――それじゃあ」

「はい、何をなさるのでしょうか」

 妖夢は次の言葉を待つ。

 自分は魂魄妖夢であるが、それ以上に西行寺幽々子の剣なのだ。躊躇は、消していこう。

「とりあえず、博麗神社に向かいましょうか」

 幽々子が、ふわりと妖夢に背を向けて言った。

 

    *

 

 博麗神社は大盛況だった。

 かつて神社が出来てから、これほどの人間が参拝客として同時に訪れたことは、恐らく一度も無いだろう。合計すれば大した人数ではないかも知れないが、神社のあちらこちらでは茣蓙が広げられ、もう盛大に出来上がっている者もいるようだった。

「ようやく来たのね」

 神社の敷地に入った瞬間、後ろから声が聞こえる。

「ごめんね、遅くなったかしら」

「いいえ、まだご飯もお酒もちゃんと残ってるわよ、幽々子」

「良かった。せっかく来たのに何も残ってなかったら大変だから、急いできたの」

「あら、スキマで一緒にくれば良かったわね。私は先に一杯頂いちゃったわ」

 八雲紫だ。二人が来るまでにも随分と酒を飲んでいたのだろう。恐らくは一杯どころの話ではなく。夕暮れの中でも彼女の頬が染まっているのが分かる。

「こんばんは、妖夢も来たのね」

「幽々子様が宴会だと教えて下さったので」

「分かってる。ただ、ここの子たちみーんなお酒が入ってるから気をつけて。無理して強いお酒を飲んで倒れたりしないのよ?」

 随分と紫は機嫌が良さそうだ。彼女は常に気分屋のような節があるが、今日はまた格別だ。最近面白い事でもあったのだろうか。

 三人は神社の敷地を歩む。辺りの木々もはしゃいでいるのか、幹も葉も随分と生き生きしている。それにも負けじと、歩むごとに少女たちの声が大きくなって行く。

 どこかで見た顔がちらほらと視界に入ってきた。鬼や天狗、妖精に、魔法使いもいる。メイド服の従者が差すの傘の下で羽をはためかせているのは、吸血鬼だろうか。皆思い思いに広がって、今夜ばかりは弾幕無しの楽しい時間を過ごしている。

 神社の中でも、空が切り取られてよく見える奥まで歩むと、一つの木の下に二人が座っていた。暗がりの中でも意外に目立つ帽子と、巫女装束。

「あ! 紫、どこいってたんだよ。お前が探してもいないって霊夢がさっきから五月蝿かったぜ」

「下らない事言ってないで、お酒持ってきなさいよ魔理沙」

 相当飲んでいるのだろう。早速、博麗霊夢と霧雨魔理沙が凄いテンポで会話を繰り広げる。

「お前、人に頼み事ばっかりしてるぜ?」

「良いのよ私は。今日は神社開放してるのよ? 全く、道楽だって沢山あるって言うのに、どこからか色んなモノがこんなに集まってるし」

「ひとえにお前の人徳だな」

「今言われても全然嬉しくない」

 戦った相手がここまで盛り上がっている姿を見て、妖夢が思っていた敵対心は脆くも融けてしまう。二人のやり取りを幽々子の隣で傍観しながら、博麗神社の巫女であるが彼女も妖夢と同じ一人の少女なのだと、妙なところで実感してしまった。

「我侭ばっかり言ってるから、紫は幽々子と飲むって顔してるぜ」

 寄りかかろうとする霊夢を、ぐいぐいと揺すりながら魔理沙はにやにやと笑っている。この二人もなんだかんだ言って仲が良い。

「何よ、せっかく戻ってきたと思ったのに。他は酒に弱くて、てんで張合いが無いわ。ねえ、紫」

「張合う以前に、霊夢。いつ巫女から茹蛸に転職したのかと思ったわ」

「そういう紫だって――」

「なに?」

 紫がつかつかと茣蓙の上を歩み、霊夢の額をつつく。大した刺激でもないのに、霊夢の頭がぐらりと後ろに揺れた。

「う、……何でもないわ」

「分かってるならよろしい。私は飲んではいても飲まれてはいないの」

 くるりと向きを変える紫の後ろで、まだ霊夢は何やらごちゃごちゃと言っているが、質の悪い絡みはもうしてこないようだ。

「紫、また後で」

「じゃあな。こいつは私がひとまず落ち着かせとくぜ」

「分かったわ。戻ってきたらお酌でもしてね」

「ああ、戻ってきたらな」

 魔理沙が答える。霊夢は何故か恨めしそうな顔でこちらを見ているが、妖夢はぺこりと一応頭を下げて幽々子の方に向き直った。

「幽々子様、場所の用意を致しますか」

「うーん、紫は?」

「もう少し行ったところの奥で、藍と橙がいるわ。食事も取ってくるように行ったから、そこにしましょう」

「ええ。それならそこで。――妖夢、ありがと」

「席があるならば良かったです。随分と良い席は早く来た者に取られているようですから」

 妖夢は念のため、食事が配られている場所を探す。持ち込んでいる物もあるが、どうやら妖精や召使いの格好をした物がどこかで調理しているようだった。どうりでずっと食事の匂いがしている。

「そろそろ行きましょうか」

 紫が先頭に、続けて幽々子、そして妖夢。

 どんどん歩み、神社の桜がまばらになってくる。いったいどこに向かうのだろうか。

 地面を踏みしめる度に、季節の訪れを感じる。冬の土は頑固だが、春になると草木を許すように少し柔らかくなるのだ。四季は温度や、景色だけでなく、足下からも動きを感じさせてくれる。博麗神社はそう広い訳ではない。だからそれほど歩くつもりではなかったのだが、紫の後に付いて歩くとかなり歩いているようにに感じる。

 周りの桜が無くなりはじめた。花見の宴会をするとは思えない、開けた場所が見えてくる。

「――紫様、随分と歩くのですね」

「スキマを使わないと少し遠いけど、もうすぐよ。でもせっかくの花見酒だし、行くまでの楽しさもあるでしょう」

「奇麗なのも良いけれど、私はお腹が減っちゃった。そういえば、今日はおやつも食べてないの」

 幽々子のいつもの調子に、紫はきっと喜んでいるのだろう。ほろ酔いは彼女の心を常よりも少し、明らかに示している。

「全く食いしん坊なんだから。でも安心して。そろそろ桜が来る頃よ」

「来る? 歩いてくるの?」

 幽々子が紫の言葉に首を傾げる。

 突然、紫がどこかから猪口を取り出した。

 気が早いな、と妖夢が思った途端、くるりと舞うように、その身を幽々子と妖夢に向けた。

 そして何も無いところに突然腰掛ける。

「藍、橙。もういいわよ」

「――はい」

 ここにはいない式の声が、響いた。

 その姿を脳裏に描く前に、突然地面に茣蓙が現れる。

 紫が座ったところには、今までなかった敷物が敷いてある。

「境符『喧噪と静寂の結界』とでもしましょうか。他にこんな良い場所取られたくなかったから、バレないようにスキマに入れちゃった」

 二人に対して、目を細めながら笑む。

「あっ!」

 気付く。

 現れたのは茣蓙だけではなかった。辺り四方にはどこかに隠されていた桜が咲いている。食事もある。その近くで、式が到着した三人に向けて礼をした。

「紫様、全て準備は出来ております」

「ごはんも取ってきておきました!」

 光の加減か、八雲藍と橙の服まで桜色がほのかに写り込んでいる。

 そこは、ただひたすらに春だった。

 紫の満足そうな顔にも、今は純粋に感謝できる。

「さあ、夜までたっぷり花見酒と洒落込みましょうか!」

 

 

 

     *

 

 「景色が美しくて、食事もおいしい。これで酒を飲まないなんて一生の大半を損しているわ」

「そうよー。飲めないのはしょうがないけど、ちょっとだけなら良いと思うの。ね? 一口あげるから」

 紫と幽々子、そして妖夢。少し離れて藍と橙が一緒に座っている。

「で、でも私は従者ですから――」

「宴会についてきたんだから、お酌以外にも付き合うのもまた人生修行よ。ね、幽々子」

「妖夢も一緒に飲んだらきーっと楽しいわよ」

 そして、魂魄妖夢は、予想通り絡まれていた。

 自分は本格的に酒に弱い。アルコールを分解するあれやそれやが、恐らく少ないか無いのだろう。だが、ここ幻想郷にいる者はほとんどが酒を嗜み、時には飲み飲まれ行事の他にも酒を飲む。興味はあって、一度飲んだ。その時は幻想郷が滅亡するんじゃないかというくらい、世界がぐわんぐわんと回りだし挙句の果てに打ち掛けを引きずって、それに包まって寝たらしい。

 幽々子に大笑いしながら教えられた時は、本気で切腹しようと思ったくらいだ。

 「私が酒に弱いのは、幽々子様が一番ご存知のはずです!」

「そうだけど、これは前のとは違うもの。もーっと果汁みたいなものよ」

 そうはいうが、どう見ても日本酒だ。恐らくかなり上質の物なのだろうが、その香りだけでも妖夢は血がふつふつと暖まるのを感じる。飲んだら、前回の非でない失態をしそうだ。次こそは本気で切腹ものになる。

 それにしても、いつもは幽々子はここまで絡み酒ではない。不思議ではあったが、それだけ楽しんでいてくれるのだろう。

 だが、それとこれとは話を区別しなければならない。自ら切腹したいようなことに己を飛び込ませるのは、馬鹿だ。自分には別に切腹の趣味はない。

「普通の顔でおっしゃっても、これは酒ですっ!」

「なによお、妖夢は私のお酌が嫌なのー?」

 酔いも最高潮の二人に迫られ、いよいよその液体が目の前に差し出され、いよいよかと思った瞬間、妖夢は後ろに気配を感じた。

「――紫様」

「あら。藍、どうしたの」

 そこにはすらりと風情に様になる姿で藍が立っていた。

「そろそろ新しく食事と、飲み物を取ってこようかと思います」

「あんなにあったのに、もう無くなっちゃったのね。それならお願いするわ」

「ですので、人手として彼女を少しお借りしても良いでしょうか」

 妖夢は、瞳を藍に向ける。彼女は尻尾をふわりと動かしながら、僅かにこちらを向けて笑む。

「一人で持てる量で構わないわよ?」

 紫が返しながら、ふっと瞳を細める。酔いの中でも強い視線が妖夢と藍を交互する。

 そして一呼吸おいて、不思議な笑みを浮かべた。

「――そうね、藍も酔っているし、そこらで盆を持ってを転ばれちゃ困るわ」

「分かりました。――ほら、紫様もそうおっしゃているし、行こうか」

「え、あ……あの」

 状況が理解できないまま、妖夢は頭を二人に交互に向ける。

「さあ、戻る前に食べ物や酒が無くなっては大事だ。さっさと取りに行こう」

 ぐい、と手を引かれる。足下がよろめく。

 妖夢が幽々子の方を見ると「いってらっしゃーい」と、にこやかに手を振られた。

「は、はい! 幽々子様、少々お待ちください!」

 しっかりと答えて、引かれるままに歩みだす。

「……あ、あの」

 藍は答えない。

「もしかして、」

 声を掛けるが全く反応がない。わざとだろう。これ以上繰り返してもしょうがなさそうなので、ただ歩み続ける事にした。

 坂を下る。登る。また下る。

 今日は歩いてばかりだ。

「君が、」

 桜を見上げながら歩いていると、ふいに藍が言う。

「――君が、幽々子様といつ頃からの付き合いかは知っている。だから、分かるよ」

「……何がでしょうか」

 未だ、手は繋がれている。話していなければ、特に意識をしていなかったのに、今になって妙に気になってくる。だからといって自分から解くのもどうだろうか。

「今日の宴会、――いや、桜は特別なんだ。二人がいつもより調子が良いように見えただろう?」

「はい。随分お二方とも酔っていらっしゃるようで」

「……酔っていないとしたら、あれは何だろうね」

「えっ」

 妖夢は立ち止まる。勢いで、藍の引いていた手と自分の手が離れた。

 春の風が、少し汗ばんだ手のひらを過ぎる。

 体が、春なのにひんやりと冷える感触。

 藍の表情は、丁度木陰に隠れてよく見えない。だから、妖夢は更に不安になる。

「君が分からないのはしょうがない。罪は無い。でも、出来ればあの二人をそっとしておいて欲しい」

 楽しいはずの宴会だ。二人は度々、会っている。もちろん花見も初めてではない。それなのに何故、藍はこんな事を言うのだろう。

 藍は続ける。

「君がいると、幽々子様は強がるみたいでね。それに紫様もそれを紛らわす為にちょっかいを加えだすようだ」

 言葉が頭を素通りした後、意味を持ってどこかから入り込む。

「つまりは、お二方を二人きりにさせたいということでしょうか」

「最終目的はそうだよ」

 太陽が翳る。

 やっと藍の顔がはっきりと見える。

 何て悲しそうな目をしているのだろう。

「あのお二方が出会ってから長いこと経つのは、従者である君が知っているだろう。でも西行妖がぎりぎりまで満開に近づいたことで、紫様にとっては何かが変わったようだ」

「どうしてですか」

 妖夢は尋ねる。自分は幽々子を知らなければならない。彼女を悲しませることから守るのが、自分の役目なのだ。

 切実に発した言葉に、藍は顔を背ける。

 そして、藍がこちらを向いた時には、そこには冷えた表情があった。

 ぞく、と身の毛が逆立つ。

「――聞く必要が無いし、紫様以外の誰も分かる訳が無いだろう」

「そんな」

「従者だからといって主人のすべてを理解しようとするのはやめた方が良いよ。第一、従者だからこそ全てを知るべきではない。相手のすべてを知れるなど厚かましいにも程がある。君は腕も立つし、賢い。だから言っているんだ」

 何故、とまた問いたくなった。だが喉の奥で堪える。

 答えを教えてもらえなくとも良い。

 道を示されれば、自ら探すのは祖父とのやりとりで学んだ事だ。考えれば良い。

 今は言葉を続ける事が大切だ。

「だから、私を連れ出したのですか」

「もちろん、あの場にいれば酒を飲まされて、後が大変になるからというのもあるよ。だけど、それ以上にあの方たちをそっとしておいて欲しい。式としてなす事もいくつかあるしね。別に君をいじめたい訳じゃないんだ。安心して欲しい」

 藍は、すまないね、と最後に告げる。

 気付けば、彼女の纏う空気はいつもの物に戻っている。毅然としつつも辺りを想う空気だ。

 「気を遣って頂いたのは、感謝しています。ただ私は、従者は尽くす為にいると思っていました。だから先ほどの言葉は……」

 藍に言おうとした言葉は尻切れになってしまい、最後まで発せない。胸から込み上げるのは、恐らくは従者としての気持ちだけではない。

 藍の言葉で気付いてしまった、雑多な、それこそ従者には相応しくない感情たちだ。

「私は紫様の事も、自分の事も完璧に分からないさ。心を全て知るなら、それこそ心が読める奴でもつれてこなければならない。だけど、分かる」

 藍が妖夢の手を取る。妖夢は、自分よりも背の丈がある藍を見上げる。

「君より少し長く生きて、これまでには今の君と近い気持ちは持った事がある。だから、言ったんだ。それ以上、その気持ちのまま側にいたら辛くなるだろう?」

 見ない振りをしていた言葉は、きっと溢れてどこかで破裂する。

 魂魄妖夢が自らに言い聞かせる「自分は西行寺幽々子の従者」という言葉には二つの意味がある。一つは、言葉そのままだ。あと一つは、誰にも言うつもりは無い。

 知られるつもりも、なかった。

「辛くは、――ありません」

「強いね」

「強くないから、強くありたいのです」

「それを強いというんだよ。若さは可能性だね、君の成長が楽しみだ」

 藍は笑う。本当に期待していてくれるのだろう。ありがたい事だ。半人半妖の自分には、時折風当たりが強いこともあるが、藍は種族など関係と思っているのだろう。

「期待に沿えるように日々精進します」

「そうだね。――それじゃあ、雑談はここまでにして、本来の目的に移ろうか。早くしないと日が暮れる」

「えっと、それならば神社に戻って食事を――」

「ふふ、実はそれ以外にもいくつかしないといけないことがあるのだよ。さあ、おいで」

 藍が更に歩き出す。

 だが、確かこの先はすでに博麗神社の敷地外だ。

「一体どこに行くのでしょうか」

「――秘密だよ」

「それは、困ります。幽々子様のところにすぐ戻れる場所でないのなら、申し訳ありませんが……」

「大丈夫さ、そこを見てごらん」

 促されるまま、藍の指差すほうを見る。木陰に、空間が揺らいでいるところがあった。

 世界の、裂け目だ。

 これを作れる妖怪など、妖夢は一人しか知らない。

「――スキマが、」

「紫様が準備しておいて下さった。私たちは少し行って、準備をして、戻ればいい。今頃橙もこっちに向かっているだろう。早く向こうに行って、早くお二方の元にお互い戻ろうじゃないか」

 ぱちり、と固目を瞑って藍がウインクをする。だが要旨のせいで、本来よりも妙に妖艶に見えた。悪戯心のある、気紛れな狐の表情だ。

「――分かりました、私に出来ることならば」

 言葉に出さないことは、妖夢にはたくさんある。純粋に思うためには、不言実行も必要だ。

 ただ、少しだけ思う。

 幽々子、紫どちらの従者は、

どちらも翻弄され遠慮なく使われ、それでも主人を敬愛してならない、とんだ幸せ者なのだと。

 

     *

 

「綺麗ねえ」

「ええ」

「ほーんと、綺麗」

「そうね」

 幽々子はただ、ぼうっと辺りを見回している。食事に向かう手が少し緩んだと思ったら、今度は気持ちまで緩んだのだろう。

 藍と妖夢が席を離れ、続けて橙もいなくなった。他の者たちから離れたこの場所には、紫と幽々子の二人きりだ。他のざわめきも、ここでは聞こえない。

 春の静寂に、時折、木の揺れる音がする。

「私の庭も、結構綺麗に桜が咲いたわ」

「そうなのね、今度はまた白玉楼でお花見する?」

 紫が言うと、幽々子は首を振った。

「きっと楽しいと思うわ。でも今年は、いい」

「どうしてかしら」

「今のここの桜も、紫が見繕った場所なだけあって、どれも綺麗。でもね」

 紫には、彼女が続ける言葉が一字一句違わず分かる。彼女が望んだからこそ、起きた春雪異変を知っている。

 ――でも、今年私が見たかったのは満開の西行妖だったの。

 幽々子の言葉はそこでぷっつり切れた。

「あのね、紫」

「うん」

「誰もに平等に四季は来るわ。でもね、私は」

 笑顔が、胸に痛い。

 紫の目の前にいるのは、流れる四季の元で死期から切り離された亡霊だ。

「まだ、自分が本当に見たい季節を見れていない気がするわ」

 過去や前世の記憶が残ることは、実際ある。世界の気紛れで、それは稀に起こる。

 でも、幽々子にはそれはなかった。出会いに行った日から、記憶の名残を探したことはあったが、以前よりも少し楽観的になったことしか、彼女は変わっていなかった。

 だから、好きな物から、季節から全てを語り合いなおした。まるで自分だけが世界を二回生きているように、同じ事を話した。

「――まあ、我侭なのね」

「でも、手に入れたり見たいものは紫もあるでしょう?」

「そうねえ、それなりには」

 我侭は自分も同じだ。自分が欲しいものは一体何なんだ? 紫は自問自答する。昔が帰ってこない今、自分は何を望んでいる?

 今、幽々子のためを思って自分が伝えたことを、彼女の従者や自分の式がなしている。でも、それは結局自分のためだ。

 富士見の娘と八雲紫。二人の春は、ずっと前に終わっている。今は、どれだけ願っても戻らない春を気の遠くなるほど繰り返しているに過ぎない。

 だから、もうそこから抜け出せなくてはならない。

 囚われている自分も、このまま西行妖を求め続けようとする幽々子も。

 桜は無情に花開いては、その花弁を揺らす。二人の周りに圧倒的な淡い色が広がる。

「もしかして、このまま一生西行妖も満開にならないのかしらね。またいつか、春を集めちゃおうかしら」

「同じ事を二回やったら、恐らく巫女が黙っちゃいないわよ。今度は冥界ごとごっそりと潰されちゃうかもね」

「それは嫌だわ、うふふ。意外とあのお嬢さんは見かけによらず物騒なのね」

 幽々子が、まだ少し残っていた盃を手にする。残りはもうすでに僅かになっている。

「そうね。今までも、これからもあの巫女は幻想郷に何かがあったら、ああだこうだ言いながらもしっかり粛正を掛けにくるはず」

「それなら、出来ないものね。ここ、結構暮らしやすいから、住む場所が無くなるのは嫌だわ」

 唇に当てられた盃が傾き、幽々子の喉がこくりと動いた。最後の一口を体に送り込む。

 そして、彼女が言う。

 ――私だけの春は一生手に入らないのかしら?

 紫に向かってではなく、辺りのぼんやりとした空気に幽々子の声が広がっていく。

 紫は、答えなくてはならない。彼女とこれからは違った春を過ごせるように。

「――あのね、幽々子に、実はとっておきの春を用意してあるのよ」

 紫は、幽々子に視線を向ける。

 彼女は、不思議そうな顔をしているが、続ける。

「明日、もう一度会いましょう。夕方からで良いわ、今日と同じくらいの時間、白玉楼に行くから待ってて?」

 紫らしくない誘いだった。しかし幽々子は、それに乗ってきた。

 確かに、食物も飲物のない状態でこれ以上話すのも、宴会らしくない。

「いいわよー。じゃあ、今日は区切りの良いところでお開きにしちゃいましょう。妖夢も戻ってこないし。あの子、私の事忘れて何してるのかしら」

 困った顔で尋ねられたが「うちの藍も橙とどこかで騒いでるのかもね」と笑顔で返した。

 幻想郷の夕暮れが、暮れる。

 幽々子と紫が立ち上がると、すぐに宴会の残骸がスキマの中に飲み込まれる。

「片付けは、他の者に任せましょう」

「戻ってこないお仕置きね。妖夢には美味しいものたーっぷり食べたって自慢してやるわ」

 すっと紫に背を向け、身八ツ口をすっと直してから幽々子が笑った。

 いつもよりも食べ過ぎてはいない。

 それでも幽々子のような格好で食事をすると、色々と緩んだりきつくなる部分もある。

「幽々子は美味しい物は良く食べるものね。伊達締め、少し緩めたらどう?」

「そこまでお腹は出てないわ!」

 お互いで、笑い合う。

 まだ、二人の本当の春までは、もう少し。

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