迷う紫の元にやってくる手助けの手。それを見た紫の迷いはどうなる…?
第15話「迷いを消す存在」
―人里・稗田の屋敷―
場所を戻して、人里―――火山岩の落下をどうにか防ぎきった八雲紫一同は、避難所から阿求と使用人を連れて稗田の屋敷に入った。その理由は至極単純、阿求にも意見を求めるためだった。
「…なるほど、博麗の巫女が殺意の波動に目覚めた今、幻想郷を救える者はもういない。だから、この決断をしたのですね」
阿求は全てを紫の口から聞いた。そして、紫が考えていた大きな決断も聞いた。それを踏まえた上で、阿求は紫に鋭く質問した。
「しかしそれは…紫さん、あなたが里の人々から嫌われる可能性も考えての事ですか?」
紫はそれに反応してか、ぎゅっと自分の両手を握りしめた。
「…里の人たちにどう伝えるべきか、はっきりしていないけど、どう説明しても、あなたの言うとおり、私を嫌う人が出るでしょう…それはもちろん覚悟しているわ」
紫は静かに言った。できることなら、自分の事を嫌う人がいないようにしたい。だがその願いが叶う可能性はゼロだった。
紫の決断とは、レミリアが言っていた通りのものだった。そう、幻想郷を捨てるという手段である。博麗大結界を管理する博麗の巫女、霊夢が完全に敵対する事態になった今、この幻想郷が突然崩壊しても珍しくない。
さらに問題なのが殺意霊夢を加えた殺意リュウ、殺意フラン、狂オシキ鬼の存在だ。殺意リュウは紅魔館を倒壊させた力、殺意フランは『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』が暴発する可能性、殺意霊夢は結界に詳しい霊夢の力を有しており、不意に博麗大結界を消してしまう可能性、狂オシキ鬼は噴火を起こすほどの力を持つ。この4人個々に動いても恐ろしいが、もしも4人が同時に衝突したとすれば、たちまち幻想郷は滅ぶ。しかも殺意の波動に目覚めた直後の霊夢の言葉使いを考えれば、残りの3人が考えていることは容易に想像できた。そこから考察すれば、4人が同時に衝突する可能性は十分に、いや大いにある。
問題の4人がどこにいるかも分かっていない今、幻想郷を捨てるという判断を下せるのはここしかなかった。最悪の可能性、4人の同時衝突はいつ起きてもおかしくない。それを幻想郷に住む人々に伝えず滅ぶのを待つだけなんて誰もが望みたくないことだ。
しかし人々に伝えたところで、果たしてどれだけの人が分かってくれるだろうか。あるいは賛同してくれるだろうか。いずれにせよ、私は嫌われる。絶対に快く思わない人が出るだろう。でも………
紫はいつの間にか、自分の唇をかみしめていた。もう自分の手でできること、思いつくことがないことに悔しさを感じてのことだった。
その様子を、藍、橙、幽々子、妖夢、はたての5人が沈んだ表情で見ていた。一刻を争う事態なのに、決断を思いとどまる紫の心情は、5人の心にも深く刻まれていた。幻想郷の賢者として、必死に幻想郷の管理をし続けてきた汗と涙の結晶を、捨てねばならぬ心の持ちようを…
長らく沈黙が続いていると、阿求の使用人がその場に入ってきた。
「阿求様。慧音先生がお待ちです」
その使用人の言葉に6人全員が驚いた。異変解決する気満々だったはずの慧音が、異変が解決おろかさらに悪化する中この場に戻ってきたのだから。
「わ、分かりました。すぐに行きます」
阿求は立ち上がり、玄関に向かった。5人も後に続く。
阿求が玄関前に行くと、慧音が上がろうとしていた。
「慧音先生! 一体どうして…」
その言葉に、慧音の後ろで戸が開き、出てきた妹紅が声をかけた。
「おっと阿求、私もいるぜ?」
妹紅が軽い挨拶をかけてくる。
「妹紅さんも!?」
慧音と妹紅の息は荒れていた。どうやら急いで来たらしい。
「やっぱり紫もここに来ていたんだな。それに、白玉楼の亡霊と半霊も…」
慧音は紫と、その付き添いでやってきた幽々子と妖夢を見ながら言った。
「その様子だと、何か伝えたい事があるようね。言ってみなさいな」
幽々子が慧音の様子を見て言う。慧音は一息ついてから話し始めた。
「魔理沙達が霊夢を助けに行った!? そんな無謀な…」
はたてが慧音の話したことを聞いて驚く。
「確かに無謀な事だが、あいつらはもう腹をくくったみたいだったから、行かせたんだ。その点は、あの吸血鬼の家族も一緒だったな」
妹紅があの決断をした魔理沙達の事を思い浮かべながら言った。紫は何も言わず、黙っていた。
その時、幻想郷の今後について知らないはずの慧音から普通ならあり得ない言葉が出た。
「その点を受けて、提案なんだが…紫、幻想郷を捨てるのをやめてくれないか?」
「! どうして分かったの…?」
紫が珍しく動揺する。稗田の屋敷にいた6人だけしか、その考えを伝えていないはずなのに。
「そういえば永遠亭にいるときから言っていたけど、なんか分かった理由があるのか?」
妹紅が言う。移動中に慧音からその理由は聞かされていなかったのである。
「この状況なら紫がどうするかはだいたい想像がつくさ。最も、それに一番早く気づいていたのはレミリアだろうけどな…」
慧音はレミリアの即決の中で言っていた言葉を思い浮かべた。
『…いいわ! 早く行きましょう! あの賢者様が、幻想郷を捨てる決断をする前にね!!』
レミリアの言葉は思い出すたびに慧音の中で反響していた。彼女の中で、その言葉がこの状況にもめげない力をくれたのだ。その言葉を胸に慧音が紫に詰め寄った。
「魔理沙には、私たちには絶対に分からない霊夢への想いがあるんだ。レミリアもそのはず。だからあの決断をした。私はそう思っている。だから信じたんだ。魔理沙が、霊夢を取り戻してくれるってな。紫、お前も信じてみたらどうだ?」
妹紅も紫に迫る。
「あいつらは幻想郷の崩壊なんて後の祭りみたいにしか考えていなかった。この状況であれだけの判断を下せるのは、霊夢やフランのそばにいるからこそだと思うぜ。紫、あんたはそれを踏みにじるのか?」
紫は2人の言葉に思わず泣きそうになった。賢者と呼ばれているはずの自分が、幻想郷の事だけしか考えられていなくなっていただなんて。人々に嫌われる前に、そばにいるはずの人の事を考えていなかったではないか。
紫は全身が震えていた。そしてついに―――涙が頬を伝った。
(! 紫様…)
藍が驚く。紫の泣く姿なんて式神として仕えてから一度あったかどうか覚えていないぐらい珍しい姿だ。
紫の涙は、すすり泣くぐらいにまで流れ始めた。今まで泣かなかった分の涙を、一度にゆっくりと流すかのような感じだった。
その状態の紫に声をかけたのは、意外にも橙だった。
「紫様、私は信じてみます。やっぱり、幻想郷を捨てるのは…嫌ですから!」
橙のはっきりとした主張に紫は思わず成長の喜びで橙を抱きそうになった。しかしこの状況でそれをやれば橙が嫌がるだけなので、代わりに自分の膝をギュッと握った。
「…そうね、陰気くさい事ばかり考えていたら、信じていいものも信じられないわよね!」
はたても遠回しに信じる事を決めた。
「…幽々子様、私も魔理沙やレミリアさんを信用します。人1人信用できなかったら、剣士としての私の名が腐りますから…!」
妖夢の手は震えていた。その震えは殺意の波動の恐ろしき力に勝てるかという不安だろう。だがやるしかない。何もせずに黙って幻想郷を捨てるより、最後まで抗う方がいいと決めたのだ。
一方、すぐに賛同した3人とは違い、藍と幽々子は少し慎重だった。
「…紫様、はっきり言ってください。幻想郷をどうするか…はっきり言ってくれれば、私は素直に従います。ですが、もしこの場で決めないのなら、私は独自に動かせてもらいます…!」
藍は紫の意見を尊重した。だがその裏には、3人と同じく信じる事を選ぶ意思が流れていた。
「…私もその式神さんと同じね。まずは紫、あなたの意見を求めるわ。でも今決めなかったなら、私は妖夢側につく。…いいわね?」
幽々子も紫の意見を仰ぐ。答えられなければ、紫とは離反するという条件付きで。
紫はすすり泣きを止め、目をつぶった。一呼吸置いて、目を開いた。その目は、もう迷わないという決心をした目だった。
「…ありがとう、慧音。やっと、私の中で決着がついたわ」
紫は慧音に感謝してから、言葉を続けた。
「今は信じましょう。あの魔法使いと、吸血鬼に…! そして、今できることを私たちはやりましょう!!」
紫は今まで思い悩んだことをすっぱりと切るように大声を出した。すると―――
「話はまとまったようじゃな」
突然、妹紅の後ろで声がした。一同が見ると、狸の妖怪、二ツ岩マミゾウと―――
「! 聖さんと神子さんじゃないですか!? どうして一緒に…」
妖夢が驚く。その2人は命蓮寺のお坊さんである聖白蓮と、それとは敵対関係にある神霊廟に住む聖人、豊聡耳神子だった。敵対関係のはずの2人が同じ場にいることは、少なからず一同に衝撃を与えた。
「マミゾウがいてくれて助かりました。おかげでこの異変に関しての事はある程度知ることができました。ここからは私たちも異変解決に協力します」
神子が思い出すように言う。
「神霊廟で地震を感じ取ってから地上に出たら、まさかここまで深刻な事態になっていたとはな。マミゾウから話を聞いた時は、もっと驚いたが…」
神子でさえ、殺意の波動のことは信じがたかったようだ。
「無理もあるまい。博麗の巫女でさえ、その波動には抗えぬと言っている訳じゃからな」
マミゾウがそう言うが、そこに疑問を持ったはたてが質問する。
「どこでその話を? 私の新聞には、リュウの事だけしか…」
マミゾウは人差し指を立て、語り始めた。
「実は噴火が起こる前、妖怪の山に出向いていたのじゃ。それも、お主とは違う新聞記者が診療所にいた時にな」
~回想~
儂が異様な空気を察したのは、妖怪の山に入って間もなくじゃった。そして脇道にある木に寄りかかったり、寝ていたりする天狗を見て儂は分かった。何か異変が起きているとな。考えて見れば普通じゃ。儂の能力を使わなければ、妖怪の山は入るのさえ困難な話じゃからな。
警戒が薄い中、儂はある建物にたどり着いた。たくさんの天狗がいたが、よそ者の儂には見向きもせず怪我をした者の治療に専念していたのう。
その様子を見ていると、儂に近づく刀を持った天狗がいた。
「あなたは…何者ですか?」
その天狗は憔悴しているようじゃった。彼女についていたしっぽの動きも、なんだか元気がなさそうだった事を覚えているぞい。
「一体どうしたのじゃ。何があったか聞かせてくれぬか?」
その天狗が事細かに話してくれたおかげで、儂はこの異変の全容を知ることができた訳なのじゃ…
回想終わり
「その天狗って、たぶん椛ね」
はたてがそう言う。
「おっ、やはり知っておったか。まあともかく、儂は異変に関して全ての事を知り、すぐに命蓮寺に戻ったのじゃが…」
藍がマミゾウの言いたいことを言う。
「そこに例の噴火が起こってしまったという訳ですか」
マミゾウはうなずいて言葉を続けた。
「うむ。儂の目にもはっきり見えたぞい、あのOniの姿はのう…」
マミゾウであっても、あのOniの事は信じられなかったようだ。神子が話を続ける。
「ここからは我の立場で話そう。その噴火が起こった際、神霊廟では地響きが起きたかのように大きく揺れた。我らはたまらず地上に飛び出したのだが、そこで敵対する命蓮寺の面々と会ってしまったのだ…」
神子は頭をかきながら言った。その仕草から我らしくない、という面を出してしまったという後悔が感じ取れた。
「その時私たちはマミゾウから全てを聞いていた時でした。最初は驚きましたが、この状況下で戦うのは得策ではないと思い、思い切って話を聞いたのです。するとこの噴火で慌てていたと言ったのです」
聖がその続きを語る。
「それで、どうやって和解を?」
橙が質問する。マミゾウはいやいや、と手を振って話した。
「和解ではないぞい。今回の異変限りの同盟じゃ。どうやって納得させたのかは簡単なことじゃよ。どちらの事を信仰するにしろ、それを信仰する人々がいなくなったらお前達の力は衰退するばかりじゃ、とな。たとえ外の世界に行ったって、信仰を集められる保証なんてどこにもないからのう…」
マミゾウがさりげなく理にかなった言葉を出したところでここまでの話は終わった。するとその時―――マミゾウの背に、黒い羽が落ちてきた。
「? 何でしょうか?」
妖夢が気づき、一同が外に出る。見上げると―――
「な、なんとか人がいるところについたよ、さとり様!」
空がさとりを背負って上空に飛んできていた。
「! あれは地底にいる…」
藍が紫に言う。紫もその姿には覚えがあった。
「ええ。おそらくあの噴火で地上に出てこざるを得なかったのね」
空の後には、お燐とこいしもついていた。
「! あそこにいるのは八雲紫!? どうしてここに…」
お燐が驚くが、こいしがすぐにお燐を落ち着かせる。
「お燐、今はそんな事より、あの事について伝えよう!」
空はゆっくりと一同の目の前に降りてきた。するとさとりが、空の背中からゆっくりと足をつけて降りた。
「八雲紫…なぜあなたがここに…」
さとりがうつろな目で言うが、紫がその言葉を払いのける。
「残念だけど、今の事態じゃ話をしても長くなるだけだわ。それでもというなら、簡潔に、今の状況を話すわ」
紫は地上での出来事をさとり達に話した。
「…ということは、あのOniは地底で生まれたということね」
さとりが結論づける。話を聞くうちに、さとりのうつろな目もしっかりとした目に戻っていった。あの恐怖からようやく解放されて安堵したのだろう。紫がさらに言う。
「そう考えるしかないわ。地上に出向く鬼なんて、萃香辺りしか考えられないしね。…そういえば萃香はどうしたのかしら」
紫はおろか、さとりも気づいていなかった。萃香は、勇儀とともにあのOniに破れたことを―――
「お姉ちゃん、これからどうするの?」
こいしがさとりの様子を心配しながら言う。するとさとりが答える前に、聖がこいしに声をかけた。
「あなたは…もしかして、ぬえが友達と言っていた、白髪の少女ですか?」
聖が知っているある妖怪が、そんな事を言っていたのを思い出したのだ。こいしはそれに反応した。
「え? ぬえちゃんを知っているの!?」
聖はすぐに答えた。
「やはりそうでしたか。もしよければ、私たちの手助けをしていただきたいのですが…」
こいしは迷ってしまった。紫が話した事をしっかりと聞いていたので、またあの恐ろしい力と戦わなければならない事になる。
とりあえず3人の意見を聞いてみよう、そう思い3人の顔を見ると―――
―――!
こいしは気づいた。3人の目が、本気になっていることを。
「こいし、私は手助けするわ。だって、あんな理不尽な力で、私たちの家を壊すなんて、許せないから…!」
さとりはこいしの肩をつかみ、お願いするように言ってきた。
「さとり様、私もついていきます!」
お燐もその後ろから賛同する。そして空も
「あの時は4人だけだったから勝てなかった…今このチャンスを逃したら、後悔が残る! ね、こいし様もいいでしょ?」
こいしは皆の決意を聞き、笑顔になった。それ迷いを吹っ飛ばしてくれた家族のみんなへの感謝だった。
「うん! 行こう!」
こいしは元気よく言った。全て丸く収まったと判断した神子が号令をかける。
「よし! まずは命蓮寺に行って待たせている皆と合流するぞ。リュウとかいう人間と
Oniを探すのはその後だ!」
その言葉にさとりが待ったをかける。
「待ってください! 1つ情報があります。あのOniは私たちが噴火から逃げる途中、ひまわり畑の近辺で見かけました!」
紫にはひまわり畑と聞いて思い浮かぶ場所があった。
「ひまわり…太陽の畑ね!?」
紫がスキマを開けるか確かめる。
「開けない…少なくとも、殺意の波動はそこにあるわ! 急ぎましょう!!」
紫は命蓮寺へのスキマを開き、頭から突っ込んで入っていった。次々とその場にいた者が続き、全員入ったところでスキマが閉じた。
異変解決の包囲網が、ついに完成したのであった―――