第33話「意志」
リュウの話が終わり、この日は再び仮治療室で睡眠を取る事になった―――はずが、そうもいかない事態が起こり始めた。
「…何か、外が騒がしくないか?」
まず気づいたのはリュウだった。狂オシキ鬼の気配ではないことは言い方からすぐに分かった。
「…確かに、誰かいるわね」
レミリアも気配を感じ取る。どうやら玄関にいるようだが…
「見に行った方が速そうね」
霊夢が玄関へと歩き出す。リュウもそれが気になったか、霊夢についていった。リュウの動きを監視するように紫達も後に続き、結局全員が外に出ることになった。
夜風が涼しく感じる外に出てみると、足をやや引きずっている2人の鬼が目の前にいた。
「! あんたは萃香!?」
萃香が、普段なら軽々と扱っているはずの分銅3つを重たそうに引きずっている。
「お、博麗の巫女がいたかい。ちょいと手を貸してくれないかい?」
萃香は勇儀と互いに肩を貸しており、足を少しだけ引きずっているようだ。体力のある鬼が疲れていて足を引きずるということはよほど目に遭っているのだろう。だが萃香は平気そうに霊夢に笑顔を向ける。
「む…知り合いか? 霊夢」
リュウが萃香の言葉から推測してくる。
「ええ。といっても、一応、って感じの知り合いみたいな関係よ」
霊夢はすっかりリュウを信用仕切っているらしい。今にも敵対関係になり得る危険な人物をここまで信用して良いのかという疑問が、紫にはわき上がってきた。
「ん? 見慣れない顔だね。何者だい?」
リュウは簡単な自己紹介をした。もちろん、幻想郷の者ではないことも込みである。
「なるほど、リュウか。覚えておくよ」
勇儀が疲れている中でも笑顔を見せる。リュウもそれにつられて少しだけほほえんだ。
「とりあえず中に入れましょう。話はそれからよ」
うどんげがせかす。わずか十数分の間でも夜風が肌寒く感じるようになってきており、このままでは風邪を引いてしまうのを懸念しての事だった。
「それで、こんな夜中に一体どうしてここに?」
2人の部屋の中に入れた後に霊夢が聞くと、勇儀が突然背を向けた。
「論より証拠、見てもらった方が早いよ」
そう言って勇儀は上着を脱ぎ、背中を見せた。そこには、包帯が痛々しく斜めがけに巻かれていた。
「その包帯…まさか!?」
勇儀が一同に背を向けたまま見ると、第三の目を持つさとりがじっと見ていることに気がついた。
「…さとり妖怪がいるからすぐに言うよ。あのOniに地底で襲われたんだ」
その言葉にさとりがやはり、という顔をした。
「…私たちが逃げる前、襲われていたということね」
さとりはまた地底の状況が気にかかってきた。狂オシキ鬼による被害範囲がとんでもない事は覚悟しているが。
「しかしどうなっているんだい? 何だか、物々しい雰囲気がそこらの建物中から出ているんだが」
2人はここまでたどり着くのに里を結構な時間巡っていたらしく、里の異様な空気を感じ取っていた。
「話をするなら必然的に長くなるわ。それでもというのなら…」
2人は霊夢の言葉に同意してうなずいた。
「…なるほどな。あのOniが出てくる以前から、地上は大変な騒ぎになってたってわけかい…」
勇儀は頭を抱えていた。霊夢やフランが殺意の波動に飲まれた事も聞いたため、人ごとで済まされるものではないとすぐに判断できた。
「そういえば新聞は、地底には届けていませんでした…あのOniが出てくることを分かっていたら、すぐ作って出しに行ったのですが…」
はたてが思い出したように言った。今後悔しても仕方がないが、この事態を呼び込んだ以上何とかするべきだった。
「しかもその原因は殺意の波動っていう同じ力によるものとはね…」
萃香が考える仕草をする。狂オシキ鬼と初めて会ったときに感じたとんでもない殺気はこれが原因か、と思っているようだった。
「…なあ、明日は月に行くって、言ったよな?」
勇儀が一同の話した事を確認する。
「ええ。あのOniが月に行ったという明確な証拠が見つかった以上、野ざらしにしたら幻想郷どころか、外の世界も危ないわ」
紫は時間がないことも込みで告げる。その言葉を聞いた2人は、決めた。
「なら、リベンジだ。私と萃香も連れて行ってくれ」
勇儀は顔を上げ、お願いした。鬼のプライドも関係なく、狂オシキ鬼に勝つという目的だけでお願いした。
「…いいでしょう」
その想いが通じたか、紫はあっさりと了承した。
「いいのですか紫様? 2人は、一度あのOniと戦って負けているのですよ?」
藍が心配するのは、殺意リュウと戦ったときに最後の最後まで無力だった自分たちの例がある事だった。
「藍、ここは質より量よ。殺意の波動に対抗できるのは、最悪の場合3人しかいない。残りは必然的に援護を担当することになる。多いに越したことはないでしょう?」
紫の説明に藍は納得したか、押し黙った。その時―――
ガラガラガラ…
戸の開く音がした。聞こえてくるのは―――
「…今度は何かしら?」
霊夢が少しいらついたように言う。また玄関の方からだ。今度はこちらに近づいてくる足音が大きくなっていく。部屋の戸が開き、姿を見せたのは―――
「ぜぇ…ぜぇ…やっと見つけましたよ…霊夢…リュウ…」
息切れを起こしている茨木華扇だった。急いでここまで来たらしい。
「しかし、異変が起きているって事が分かっているのに、なんでこの夜遅くに?」
華扇はうどんげの質問に、息を整えてから話し始めた。
「この混乱に乗じて泥棒をしようとする輩を成敗していたんです。それが1人じゃなくて、時間を食ってしまいまして…」
華扇は頭をかきむしりながら言った。その様子から、複数人という表現では数えられないほどの相手になっていたようだった。
「あら、ご苦労様」
幽々子が他人事のようにつぶやく。
「すまない。私がもう少し、里の事を気にかけていれば良かったな…」
慧音が華扇を気遣う。確かに異変に関わってから里の事のほとんどを身内に頼ってばかりだった。鬼の居ぬ間に、とは意味が違うが、警備をおろそかにしたのは紛れもなく事実、異変の事ばかり考えていてそのことを考える暇もなかった。
「いえいえ、慧音先生の事を考えれば、どう行動するかは予想がつきます。里の建物が被害に遭わされているのなら、なおさらです」
華扇は慧音の思いやりを受け止めた上で、大丈夫というように答えた。
「さて…里の人の話を小耳に挟んだ程度ですが、どうやら本当の事らしいですね」
華扇はリュウに鋭い視線を向けていた。気にしているのはやはりリュウの事だ。
「…ふむ、写真で見たときと明らかに印象が違うと言っていたのは、伊達ではないようですね。まがまがしい雰囲気も感じない…それに、とにかくおかしい事に腹にぽっかりと空いていたはずの風穴が完璧に塞がっている…」
華扇はリュウをじっと見つめながら、自らの目で見たリュウをゆっくりと分析し始めた。
「リュウはもう、殺意の波動を暴走させる事はないよ。もし暴走することがあっても、私が止めるから」
フランが華扇にそう言う。フランには、華扇がリュウの殺意の波動が暴走する事を懸念しているように思えてならなかったのだ。
「いえ、その心配はしなくていいのです。問題はリュウ、あなたを快く思わない輩が少なからずいるという事なのです」
華扇はリュウにそう告げると、新聞紙の1面をリュウに突きつけた。そこには、はたてが書いた記事、殺意リュウの事が書かれていた。リュウが渡された新聞を両手で持ち、文字の一文字一文字をしっかりと見ていく。
「リュウ、あなたはそちらの天狗の新聞記者によって書かれた新聞記事によって、あなたを悪者だと思っている里の者がいるのです」
リュウは何も言わずにその新聞記事を食い入るように見ている。
「あなたにその気がないというのはもちろん分かります。しかし今のままでは、それを証明する手立てもないのが事実」
リュウは新聞から目線を華扇の顔に移した。彼女の目が真剣である事は百も承知だったが、その目はリュウが思った以上に真剣だった。
「…つまり…」
リュウは言いかけた。華扇が自分に求めている事は―――
「リュウ、明日の朝、私と戦いなさい。そこであなたが本当にその心を持っているのか、確かめさせてもらいます」
華扇の周りの空気が、一気に変わった。
「…な…」
紫が驚いた声を出す。残りも目を見開いたが、その挑戦を受けたリュウだけは違った。
「望む所だ」
リュウは拳を華扇に突き出してきた。華扇はその拳と自分の拳を合わせて約束の契りを交わした。
「…では」
華扇はそこから何も言わずに、なぜか一同の前をそのまま去ってしまった。
一同は華扇を止める事も、リュウに対して聞く事もなく、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。
「…分かっているな、彼女は」
リュウは感心していた。何に感心していたかというと―――
「俺の職業は言うまでもなく格闘家。その本業は、『拳で語る』ことだ」
(『拳で語る』…?)
一同は、華扇の思惑も、リュウが同意したことも理解できなかった。
だが霊夢とフランは、その中でリュウの言葉を気にかけていた。
全員が眠りにつく中、リュウとともに4人も同じ部屋で眠ることになった。リュウは先ほど一同に言った、別世界での出来事を聞かせてくれた。どの話も信じられない出来事に彩られた驚きの連続だった。
「すごい…絵本でしか見たことのない世界に、リュウは行っているんだ…」
フランの目が、キラキラと輝いていた。
「確かに絵本の中みたいな世界だな…って、こっちも大概か」
魔理沙が布団の中で笑顔を見せる。
「暗殺拳を学ぶ時点でそうだけど、リュウは非常識を平気で歩いているわね…」
レミリアがリュウの度胸に一歩後ろに引きながらも言った。
「そうか? 俺にとっては、それぐらいのことは常識的なんだが…」
リュウは考え事をするように目線を上にした。
「外の世界じゃどっちの常識も通じないわよ」
霊夢が聞いてあきれるように言う。
「しかし大丈夫なのか、リュウ。華扇はあの見た目によらず、鬼なんだ。かなり強いぞ?」
魔理沙が布団の中で目を細めた。
「見た目によらない奴なんてあきれるほど見てきた。それに思い知らされてもいる。さらにあの目だ。戦う側からすれば、すぐに分かることさ。華扇は強いと」
リュウは笑った顔を崩さずに答えた。彼には、どうも勝敗を気にしているようには思えない。
「…勝つことにこだわらないのね」
レミリアがそう聞くと、リュウの顔が急に曇った。レミリアはまずいことを言ったかしら、とばかりに口を手で塞いだ。
「君たちに救われた今の俺が、勝つことができる自信がはっきり言ってないからな…」
4人には、リュウの言葉が重くのしかかってきた。これから狂オシキ鬼と戦わなくてはならないのもあるからだろう。
「やっぱり実力が足りないって分かったからか?」
魔理沙が理由を聞いてみると、リュウは首を横に振った。
「…いや、実力とか、そんなものじゃない」
リュウは静かにそう言い、言葉を続けた。それは―――
「俺にはまだ『勝つために戦う事ができる拳を持っているか』が心配なんだ」
リュウの言葉に、4人は目を見開いた。そこには、リュウにだけ分かる境地が見て取れたからだ―――