東方殺意書   作:sru307

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 月の都を守れなかった姉妹に突きつけられる敗因。
 月の民の威厳は、今ここに消滅する―――


第36話「認める」

第36話「認める」

 

 その夜になっても、綿月姉妹の泣き声は止まらなかった。体の水分が全てなくなっても構わないほど泣き続けた。いつの間にか永遠亭の者も治療室を去り、誰も慰める者はいなかった。サグメもレイセンも、そのまま何も言わずに石像のように固まったままだった。

 

 彼女たちは、戻ることのない時の流れを後悔していた。そんな事をしても何も変わることはないのは分かっている。だが今まで守り通せていたものが気づかぬうちにできた慢心で全て水の泡と化した。まるで現実だったものが、一気に幻想に変わるかのように…

 

「豊姫様、依姫様…」

 

 石像のように固まり続けたレイセンがようやく声をかけるが、姉妹の涙は止まることを知らなかった。綿月姉妹はまだ泣いている。

 レイセンが声をかけてから1分経った後だろうか、ようやく依姫が返事を返した。

 

「…何の用? レイセン」

 

 依姫の目はまだ涙が浮かんでいる。泣き疲れているのか、元気も何もかも気力が消失しているようだった。レイセンはそれを見てびくっとした。仕える者としてこんな依姫の顔は見たことがない。しかもその目がレイセンを蔑んでいるように鋭かった。レイセンはそれにおびえて言葉を続けられなかった。

 

 サグメはその様子を見ているだけだ。もう綿月姉妹の精神は、何もかも信じられないようだ。相手はもちろん、自分ですらも。そんな精神の彼女たちに、自分がかけられる言葉などなかった。

 

 その気まずい空気の中、戸が開く音がした。4人が顔を上げると、そこにはリュウの姿があった。

 

「あなたは…」

 豊姫が声をかける。リュウは綿月姉妹のそばまで歩き、正座した。

 

「あの時、名乗るような時間がなかったからな。俺はリュウ。この幻想郷に住む者いわく、『外の世界』から来た格闘家だ」

 

 リュウは名乗りを上げるが、それにも綿月姉妹はほとんど反応を示さない。

 

「…何の用だ?」

 依姫は相も変わらぬ蔑むような鋭い目をリュウに向ける。レイセンではおびえるその目を、リュウは表情を変えずに受け入れる。

 

「ああ。決断を迷っている君たちを見ていたら、どうしても放っておけなくてな」

 

 リュウは真剣そうだった。だが豊姫はそれを拒んだ。

 

「…出て行って!」

 

 豊姫にしては珍しく、声が張っていた。それは、今は自分だけで考えさせてという意志が流れていた。

 だがリュウはそれにも応じず、治療室を出て行こうとしない。そこにサグメが声をかけてきた。

 

「…すまない。元気づけようとしても、今じゃ無駄だ。そっとしておいて―――」

 

 サグメがあきらめの言葉をかけようとするが、リュウの立ち姿を見てそれを止めた。彼は、なんと戦いの構えを取っていたのだ。

 

「お、おい! 止めておけ、今の状態じゃまたあの時と同じ事になりかねない! そうなったら、今度こそ手に負えなくなるぞ!」

 

 サグメは慌ててリュウを止めようとして、リュウの構えた腕に手を置く。だがリュウの腕はその程度ではびくともしない。むしろいくら揺すっても石像のように固く絶対に動かないようだった。

 

「…まさか、意地でもここから出て行かない気?」

 依姫が聞くが、リュウは答えない。その目はまさしく『行動で示してみろ』と言わんばかりだ。

 

「なら、無理矢理でも出させてあげるわ!! 殺してでもね!!」

 豊姫は激昂し、傍らに置かれていた扇子を手に持ち、リュウに向け仰ごうとする。

 

 だが豊姫が扇子を仰ぐ事はなかった。リュウはこちらに扇子を向けた瞬間に、扇子を持つ右手の甲を叩いて扇子をはたき落とし、床に落ちた扇子を後ろに蹴飛ばした。

 

「しまっ…!」

 依姫が蹴りを入れて豊姫からリュウを離そうとするが、リュウは後ろに反れて避ける。リュウは扇子を拾って道着のポケットに入れ、そのまま外へ続く戸を開けて飛び出した。室内では思いっきり戦えないと判断しての事だろう。綿月姉妹は迷いなくその後を追う。人里の一本道で3人は相対した。

 

「そこまで1人、いや姉妹だけで考えるのなら、一つ語ろう。それは自分から逃げているだけだと!!」

 

 リュウの言葉は綿月姉妹を突き放すとともに、教えているようだった。

 

「…!! はああっ!」

 

 依姫が斬りかかる。だがリュウはひらりと身をかわす。顔は真剣だがその避け方には余裕が感じ取れた。

 

「本気を出せ! その程度じゃ、俺には当たりもしない!」

 リュウは足にグッと力を入れて綿月姉妹の本気を誘う。

 

「なめるなぁぁぁ!!」

 依姫が前に出てくる。傍らに豊姫が出てきて、同時攻撃する。だがこれも駄目、リュウにはかすりもしない。

 

 その後も綿月姉妹は次々に攻撃を繰り出していくが、どれも手応えはなし、リュウの皮膚にすら傷1つつけられない。リュウの顔色が変わることもなく、戦いは淡々と流れていった。

 

「愛宕様の火!!」

 依姫は刀を鞘に収めて、神の力で腕を火に包む。灼熱の温度がリュウを襲う―――はずだが、当たらないので意味がない。

 

「はっ!」

 扇子がなくとも、豊姫は服装からは想像できないほどの身のこなしで殴り合いに持ち込もうとする。もちろん当たらない。しかもリュウはなぜか綿月姉妹の攻撃を避け続けるだけで、攻撃してこない。何を狙っているのか、綿月姉妹には分かりようがなかった。

 

 リュウは一言も発さずに、ただひたすらに攻撃を避け続ける。その集中力は途切れることを知らない。

 

 それでも依姫は刀でリュウの首を狙い続ける。

 

ズバッ!

 

 手応えを感じた。依姫は心の中でほくそ笑む。切ったものを見ると―――

 

「…!!?」

 なんと依姫が切ったのは、豊姫の右腕の皮だった。そこから血があふれ出す。もし後数ミリずれていたら、豊姫の腕はなかっただろう。

 

「うぐっ…!!」

 当然豊姫は痛みで声を上げる。依姫は己の目を疑った。私は確かに、リュウを狙っていたはず―――

 

 あれこれ考えている内に、依姫の腹に激痛が走った。依姫は悶絶する。懐にリュウが潜り込んだのだ。刀が、手から離される。ガランと、刀が地面につく音がする。依姫は膝をついた。すぐ立とうとするが、激痛がそれを妨げる。

 

「…っ! この…」

 豊姫は妹が傷つけられたのにいても立ってもいられず、蹴りを繰り出したが、それがあまりにも無防備だった。リュウのボクシング選手顔負けのワンツーが顔面に決まる。たった3撃で、形勢は圧倒的にリュウになったのだ。

 

「うっ…! このぉぉぉ!!」

 依姫は腹の痛みから這い上がるように立ち上がり、右フックを入れるが、そこにリュウはいない。それを見通したリュウが、前もって真上にジャンプしていたのだ。

 真下に落下しながら、リュウは依姫の顔に跳び蹴りを喰らわす。依姫の顔が後ろにのけぞった瞬間、リュウは波動拳の構えをした。両手の中ではまたも今までとは違う波動が宿っていた。

 

「真空…波動拳!!」

 

 真空波動拳は綿月姉妹の体2人分をまとめて飲み込んだ。

 

「そんな…あああああっ!!」

 

 綿月姉妹は波動を体に受け続ける。この波動拳、何重にも波動が練られているようだ。最後の波動が炸裂し、2人は吹き飛ばされ、地面に背中を打ち付けた。

 リュウは波動拳の構えを解きながら、綿月姉妹が動かないのを確認すると、そばまで近づいていった。

 

 綿月姉妹は、呼吸をするだけで動かなかった。

 

「どうして…!!? どうして、負けるのよ!!!?」

 

 豊姫は残った力を振り絞るようにゆっくりと顔を上げる。だがそれも保つことができず、ガクッと顔が下がる。

 

「それが君達の弱さだ!!」

 

 リュウは強く言い切った。

 

「自分からは逃れることはどんな事をしてもできない。己の非を認めることも、時には大事なことだ。それをなくした戦いでは俺に勝つ事はできない!!」

 

「…!!」

 リュウに諭されて、依姫は悔し涙をにじませた。リュウはそれを見て、もう一度構えた。

 

「まだ力を出し切っていないだろう? 己から逃げる事を止める覚悟ができたなら、立つんだ!」

 

 リュウがそう言うも、綿月姉妹は立たない。2人の顔には、また涙が流れていた。

 

「すまないが、そこで止めだ」

 そこにサグメが止めに入る。リュウは構えを解き、サグメを綿月姉妹のそばに歩かせてやった。

 

「…もう、いいだろ」

 サグメはしゃがみ込んだ。

 

「皆の仇は、あの外来人に取らせよう。私たちは祈ろう。彼が、どうにかしてくれることを…」

 サグメの言葉に、綿月姉妹の涙は止まった。だがそれは、流れない努力をしているのがすぐに分かる演技に近いものだった。

 

「信じ切れなかったのだろう? 穢れを持った、俺たちの事を」

 リュウは静かに綿月姉妹に言う。

 

「…私もお前を信じ切れていなかった。これは月の民全体の反省だな」

 

 サグメが全面的に穢れを持つ者を認めると、すぐに綿月姉妹は反論した。

 

「サグメ様! 穢れを受けても良いというのですか!?」

 

 だがサグメはその意図で言った訳ではないようだった。

「そういう訳ではない。ただ単に、穢れを持つ者を見誤っていたという事だ」

 

 そこに、永琳がやってきた。

「強いでしょう? 彼は」

 

 永琳はリュウを見た。彼の体には汗一つ見当たらない。あれだけ避け続けて、余裕があるというのか。

 

「…驚いた。綿月姉妹を、冷静さを欠いた状態とはいえ、傷1つなく勝つとはな…」

 サグメがそう言うのは、本来の力、依姫の『神霊の依代となる程度の能力』はほとんど使われずの結果だからだ。もしそれが有効活用させていたなら、結果は真逆だったかもしれない。

 

「どうして…負けたのですか…師匠…」

 

 豊姫は涙を流しながら永琳に聞く。彼女は幼い頃に何度もお世話になった恩師だ。必ず自分たちが納得する答えを出してくれるはず。

 

 だが永琳の答えは、綿月姉妹の心にとどめをかけるものだった。

 

「リュウの言う通りよ。あなたたちに迷いがあるから。穢れを持つ者を穢ればかり気にして接して良いのか、という迷いにね」

 

 恩師も、リュウの言い分を肯定したのだ。綿月姉妹は全身が固まった。まるで恩師に裏切られたかのように、何もできなくなった。

 

「もちろん、彼自身の強さもあるわ。感謝しなさい、それを教えてくれたのは彼なのだから。もし彼がいなかったら、黙ってあのOniに殺されていたわよ、あなたたちが」

 

 永琳は豊姫の顔を見た。彼女がリュウの強さの秘密を知りたそうな顔を見た永琳は語り出した。

 

「…彼が強い理由、それは『穢れ』に対する考え方にあったわ」

 

 

~回想~

 

 

 彼があなたたちの部屋に入る前、私は彼を呼び止めて聞いたの。

 

「どうしてあなたはそこまで強いのかしら?」

 

 単純だけど、彼は答えてくれた。しかも私のことを考慮してか、『穢れ』と関連づけて話してくれたのよ。

 

「紫から聞いた話だが、君たちが言う『穢れ』とは生きるために生み出された死の事で良いんだよな?」

 

「そうよ」

 私は肯定し、さらに詳しく穢れの事を説明した。

 

「…地上の人間は、誰もが平等を望んでいるはず。なのに、生きるために強い者が弱い者を食料にして進化し続けている…まさに弱肉強食の世界。そんな生も死も混在した世界だなんて、汚れている。そんなのを排除しなければ、平等なんてないはずなのに、地上の人間達は気づかない…つまりは愚か過ぎる。だから人間は、寿命という罰を受けた。そんな解釈が月の都では取られているわ」

 

 彼は途中で反論もせず、私の説明を全部しっかりと聞いてくれたわ。時折うなずいたりするところを見ると、納得する部分もあったのでしょう。

 

 それが分かったのは、私の説明が終わった後だったわ。

 

「…確かにそれは納得できる。だが、それがあってこその人間だと俺は信じている」

 

 彼は自分の右拳を見ながら語り始めたわ。

 

「人間は生きることに限りがある。だからこそ人間は限りある命の中で一生懸命になる。その一生懸命にやって得られる力を持つことができるのは、穢れのある人間だけだ」

 

 私は正直、感銘を受けたわ。私は高寿命だから、ゆっくりと薬の研究をするのもあったから。

 

「強い者が弱い者を食べる…それは一生懸命に生きようとする人間の生き方だ。それを否定するなら、人間という種族はもう滅んでいるはずだ。君たちが、そんな事を言う前に…」

 

 彼は真っ直ぐな目で私を見てきたわ。私は、そこに反論する余地なんてなかったわ…

 

 

~回想終わり~

 

 

「私たちとは、明らかに考え方が違う。私たちが悪しきことと考えていたことは、人間の真の恐ろしさを知らないようにしてしまったのよ。そして今、私たちは思い知らされた。真の恐ろしさを手に入れた人間の力を。しかも、それを善と悪、方向が180度違う面で使う人間の強さを…」

 

 永琳は悲しげな目で月を見た。もう戻らない月の都は、まだ狂オシキ鬼の穢れを背負い続けている。できるのなら、そこから早く救ってやりたい、と。

 

「だから、今あなたたちが信じなくてはならないのは穢れを持つ地上の人間が持つ底力。そこに私たち月の民が今まで築いてきた考えは通じないわ」

 

 綿月姉妹はもう発する言葉もなかった。ただ己の弱さに、歯がゆさを感じ続けて涙を流すだけだった―――

 

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