そして語られる、リュウの信念―――
投稿が早いのは1日遅れたのが気になっていたからです。すいません。
第37話「力」
「いや~、すごいものを見させてもらったよ」
萃香が終わったところを見計らってか、声をかけてきた。いつの間にか、移転した永遠亭の建物からレイセンを含めた全員が出てきていた。レイセンは真っ先に倒れている綿月姉妹に駆け寄った。
「豊姫様、依姫様。その格好じゃ風邪を引きます。早く治療室に戻りましょう」
レイセンは変わらぬ顔を向けていた。その顔に綿月姉妹の心は少しだけ楽になったような気がした。
サグメとレイセンに手を貸されて、綿月姉妹が戻ろうとしたときだった。
「待ってくれ」
突然、リュウが呼び止めてきた。綿月姉妹は振り返らず、サグメとレイセンだけが振り返った。
「今さっき、俺は君たちにきつい言葉をかけたが…それを乗り越えられたときは、君たちは俺を越えられると思っている。だから、気を落とさないでくれ。そして…また戦おう」
綿月姉妹はわずかに目を見開いた。彼はあの叱責の中でも自分たちを認めてくれていたのだ。今までなら、穢れを持つ者の言葉には耳を傾けすらしなかっただろうが、考えを改めなければならない事を教えられたせいか、綿月姉妹は少しだけうれしい感情が芽生えた。
サグメは綿月姉妹がわずかに笑みをこぼしたのを横目で見て、振り戻って治療室に運んでいった。気のせいか、サグメの足取りが軽くなっているように思えた。
4人が治療室に戻っていくのを確認したリュウ達は、すぐさまリュウに顔を向けた。
「これで明日、月に行くことができますね。リュウ、感謝します」
華扇がほっと一息つく。これで、黙って狂オシキ鬼に殺される事はなくなった。一週間先を待つことなく、月に向かって狂オシキ鬼と相対できる。
「いや、むしろ感謝するのは俺の方だ。俺にはまだ、『拳で語る』資格が残っているのだと教えてくれたのは、君たちだ」
リュウは細目になり、手にはめたグローブを直した。殺意の波動でそれとは遠ざかった道を歩み進めてしまった以上、彼は元の道を歩み直せるか不安だったのだ。
「寿命あるからこそ人間は強くなる、か…リュウ、良いことを言うねえ」
勇儀が星熊杯に水を注ぎ、一気に飲み干す。
「寿命あるから、ね。そう考えれば、あの異変の時私たちが負けたのも致し方なしと言われてしまうかもね」
輝夜が月を隠した異変の事を思い浮かべる。あの時に自分たちを負かしたのも、霊夢達という『人間』達だった。
「それ以上に、暗殺拳を学べるリュウの世界の方が大きすぎる気がするけど…」
アリスがリュウの世界を想像する。リュウと同じ考えを持つ者が多いのかは検討もつかないが、こんな人間がそこら中にいる世界なんて幻想郷とほとんど変わりないように思えてならなかった。
「さて、さっさと休みましょう。今日も色々とありすぎだわ」
ぬえがそうせかす。この日、華扇とリュウの決闘を見る、綿月姉妹の暴走を止め、リュウとの戦いを見る、この3つだけだが、見ている側が緊張に襲われるという普通ならあり得ない体験をした。心が狭くなるような体験は、やはり何度も経験するものではない。
一同がまた部屋に戻ろうとすると、リュウが思い悩んだ顔をしていることに気がついた。
「…まだ何か、心残りがあるのかしら?」
永琳の鋭い質問に、リュウはサグメ達が休んでいるであろう治療室を見た。
「彼女たち、あの状態でも実力がにじみ出ていた。できるのなら、本気の彼女たちと戦いたかった、と思っていた」
リュウは残念そうだった。そこには、己の目的に対する執念がうかがえた。
「相当な戦い好きですね、リュウ…」
華扇はそう言って、何か思い出したように急に言葉を続けた。
「そういえば、まだ聞かなくてはならない事がありました」
リュウは疑問の顔を華扇に向けた。
「リュウ、あなたは私の決闘の申し出に、理由を問うことなく了承しましたね。その理由に関しては、私から感じ取ること、考えることはできませんでした。教えてもらえますか?」
リュウはこれまたすぐ答えようとしたが、レミリアが割って入る。
「それ、私からも似た質問で聞きたかったわ」
レミリアは身長差がありすぎるリュウに顔を近づけた。答えないのは許さないわよ、と言いたげだ。
「…リュウ、あなたはなぜ、戦い続けているの?」
リュウはレミリアの眼差しが真剣である事を受け止めた上で、その質問をしっかりと耳で聞いた。そして答えた。
「…単に言えば、求めるものがあるからだ」
華扇はその答えにやはり、という顔をした。
「求めるもの? それって―――」
ナズーリンが『一体何だい?』と続けようとするが、輝夜が閃いたように割り込んできた。
「名声じゃないの? 戦い好きなら、有名になれば自然と戦いを申し出てくる人も増えるだろうし。それにお金だって得られるし」
輝夜の推理は、確かに理にかなっている。だがそうではないとすぐ反論する者がいた。豊聡耳神子だ。
「いや、そんなものではないようだぞ?」
神子がリュウの顔を見ている。その目はいつになく真剣だ。
「彼から感じるものは、とんでもなく大きなものだ」
神子の言葉に答えるように、リュウは語り出した。己の求めているものを。
「俺が求めているもの…それは『真の格闘家』」
彼の具体的なようで抽象的な言葉に、一同は疑問の顔を向けた。
「『真の格闘家』? 何だそりゃ?」
魔理沙が聞いてくる。リュウはゆっくりと両目をつぶった。
「『真の格闘家』…その答えは俺にも分からない…」
リュウは目を閉じたままだ。
「…まさか、答えすらあるかどうかも分からないまま?」
はたては頬に流れるものを感じている。答えがないかもしれないのにそれを追い求めるのは、新聞記者である自分なら絶対にやらない行為だ。
「ああ。俺はそのために、この拳を今まで振るってきた…その存在すら分からぬままにな…」
リュウは再び思い悩んだ顔を見せる。彼も、流石に存在すら分からないものを求めるのは不安があるようだ。
「だがこれだけは分かる。戦いを終えたとき、俺が己自身に問いかける。『俺は真の格闘家に近づいているか?』と。そこに返ってくる答えはいつも『遠い』ということ…」
リュウの目が開き、真剣になっていた。この求めるものだけは、誰にも譲れないようだ。この譲れないものを聞いた一同は内心が大いに驚いていた。彼の戦う意味は、自分たちが考えているよりはるか異次元の考えのように思えた。
「リュウさんは、雲を掴むような目標をお持ちなのですね。しかも、誰も見たことも、考えた事もない雲を求めて…」
聖がリュウを気遣うように声をかける。自分が人間と妖怪の平等という遠い夢を求めるように、リュウも遠い、それ以前にその夢が実在するのかも分からないまま求めているのだ。
「…だが、そうだろうな。そうでなければ、不思議だと思っていたことが解決されない」
神子は静かにつぶやく。
「太子様、何を不思議に?」
布都が神子に聞く。
「彼と会ったときからだ。彼を一目見たとき、驚くべき事にその強くなるという欲以外感じ取れなかったのだ」
十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力―――豊聡耳神子の能力。かの有名な聖徳太子のように、一度に10人もの人間の声を同時に理解できる能力(聖徳太子の場合は12人だったという説が有力)。1人に対しても10の欲を感じ取って過去、さらには予知まで可能とする。ただし、欲のない、あるいは少ない人間には予知が失敗するという―――
神子は能力の都合でリュウの欲を感じ取っていた。だがその欲が、一般人なら普通に10あるはずなのに、リュウにはただ1つしかないというのだ。
「それからずっと彼を注視していたが、ずっと変わりなく彼からはその欲望以外何も感じ取れないのだ。獲得も、保持も、承認も、とにかく真っ白な紙のようにない。愚直なまでに、己の強さを求めている。かつてこれほどまでに、純粋な者がいただろうか…」
神子はリュウの心の強さを見抜いた。この男、人間の生き方の原点を歩いている。神子は直感的に彼を見習いたくなっていた。彼のような人間がいるなら、その周りにいる人間には必ずや良い影響を受けていると感じたからである。
「なるほど…どうりで、あのOniに真っ向勝負を挑む訳だわ」
幽々子が扇子を開き、口元を隠した。リュウを見る目が、いつの間にか変わっている。
「考えてみなさいよ。私たちが束になってもかなわないあのOniにたった1人で立ち向かうなんて無謀よ。でもリュウは無謀とかの問題じゃなくて、己の強さを求められる相手ならどんな相手だろうと戦っている。たとえ自分の命を狙っている相手だろうと、その戦いで命を落とそうともね」
敵すら引き入れる、とは違うが、リュウの心には戦った者に良くも悪くも感謝する気持ちが眠っている。己を知り、道に足を一歩踏み出せる事への感謝の気持ちが…
「…リュウ、その心を持って戦いを続けて、収穫はあったのですか?」
華扇が結果を聞いてくる。リュウは再び目をつぶった。
「『遠い』が続いているだけだ。そんな俺だが、『真の格闘家』に至る一つの答えはもう掴んでいる」
リュウは目を開き、拳を自分の目の前に上げた。
「『真の格闘家』とは相手を『倒す』のではなく、相手に『勝つ』事ができる者だと…。俺の力は『勝つ』ための力だと…」
『倒す』と『勝つ』。同じようでどこか違う2つの言葉にはリュウの意志にさらに深みを持たせていた。言葉の力とは、ここまで大きくなるものなのか。
「…殺意の波動に飲まれていた時とは真逆ね。リュウ、あの時のあんたは相手を『殺す』こと、つまりは『倒す』ことを言っていた…」
霊夢が指摘する。まさに真逆の道だ。リュウがあの時に言った『拳で語る』の心配事を考えるのもうなずける。
「『倒す』ですか…あのOniも、もしかして…」
妖夢がリュウの考えを予想する。どんなに一度負けたとはいえ―――
「ああ。必ず『勝つ』。『倒す』のでは駄目だ」
リュウの考えは、狂オシキ鬼に『勝つ』だけだった。恨みを持った拳なしに、勝つことだ。
「…なら、話は早いな」
勇儀が前に踏み出してきた。
「…勝つよ。あのOniに!」
勇儀がリュウの拳に手を置いた。
「…当然だな! あいつに勝てなかったら、平穏なんて言ってられないしな!」
その上に魔理沙の手が重なる。残った者もさらに上に手を重ねた。最後に霊夢が手を乗せ、強く言い切った。
「…行くわよ!!!」
「お――――っ!!!!!」
最後の団結が、幻想郷全体でそろった。いよいよ異変の終焉が始まる。それは『勝ち』か『負け』の2つだけに委ねられている―――