いよいよ互いの意志が交差し、しのぎを削り合う―――
第38話「真意」
そして迎えた次の日―――
「…行くんだな」
依姫が静かに皆に言う。昨日の大半を泣き続けたせいか、顔は汚れているようだった。まだ悔しい気持ちはあるのだろう。でも自分は戦いの舞台に立つことは許されない。それをわきまえているようだ。
「今まで1番長い異変になった上、月まで巻き込むほどになるとはね。でも…終わりがもう近いわ。勝つにせよ、負けるにせよ」
紫が小さくため息を吐く。もちろん、その言葉の結果は勝つ事だけを考えているだろうが、終わりを迎えるのは明らかだ。
「というより、私も念を押してここで待つしかないとは…」
うどんげも元とはいえ月の民、狂オシキ鬼に会わせては暴走の危険を示唆され、最後の戦いには不参加とする事を昨夜に決めていた。反論しようにも綿月姉妹の話を聞いているのだから、どう考えても聞き入れてもらえないのはすぐ分かるため、うどんげは何も言わなかった。
「私たちが行けばあのOniは確実に力を増してしまう。それだけはせめて抑えなければ、本当に生き残る者はいなくなるわ」
この異変は余計な事を考えた瞬間に最悪の結果に落ちるという、今にも切れそうな綱を渡らなければ解決には向かわない。その綱を切らさないためのできる限りの努力はしなくてはならない。その策は月の民が月に帰らない事だけだ。
「さあ、そろそろつながるわよ。空間を隔てて離れたはずの月の海と、この土地の山が」
豊姫は能力の展開に集中している。あれこれ議論するより、今はあのOniに対抗できる戦力に頼ろうと腹をくくったようだ。
豊姫はなにやら呪術をするかのようにゆっくりと両手を動かしている。そして一瞬手を止め、空間を開くように両手を左右同時に動かした。すると空間が歪み、紫のスキマのように裂け目ができた。その先は真っ暗で、底が知れない。
「この先は月の海に直通よ。月の都は、そのまま真っ直ぐ道なりに歩けばたどり着けるわ」
豊姫は一同の身を案じる事なく淡々と話した。いきなり穢れを持つ彼女らを信じる事は流石に叶わなかったが、態度は変えられたようだ。
「この先に、この異変の元凶が…」
早苗はお祓い棒をギュッと両手で握った。ここから先はもう進むしかない。逃げたら、後悔してもしきれない念にさらされる。そんな考えが、頭の四隅によぎっていた。
「出発しましょう! 幻想郷のために、ここにいる月の民のために…!」
聖が意気込んで裂け目向けて歩き出す。その後を何も言わずに裂け目に目を向けてついていく。
「幸運を祈るわ!」
豊姫の声を最後に聞きながら、一同は能力によって空間に開かれた裂け目の中に入っていった。
あまり時間も経たないうちに、一同は月の土地をその目に焼き付けた。
「へえ…ここが、月の土地かい」
萃香が地面に足を下ろした直後に辺りを見渡す。背後には海があり、それが月の都の状況を何も知らせずに波を浜辺で打ち続けている。
「まさか二度も、ここに来ることになるとはな…あの時はここまでだったが」
魔理沙は頭をかきながらあの時の苦い記憶を思い出す。
「まずは月の都とやらに行ってみようじゃないか。あまり希望はないが、何かしらの情報が得られるかもしれないぞ?」
神奈子の言うとおりだ。狂オシキ鬼の実力をある程度はかれると言っては何だが、幻想郷にいたときと明らかに狂オシキ鬼の身体が変わっている事が分かっている以上、何かしらの情報が欲しい。
「行ってみましょうか。私たちの事を、厄介払いしてくれなければいいのだけれど…」
幽々子が月の都を訪れた時の事を思い浮かべる。彼女は既に幽霊、いわば浄土の住人なので穢れを持たない。それでも部外者としてあまり(玉兎には別だったが)いい待遇はされなかったのだ。
「………」
一方、狂オシキ鬼と最も関係の深いリュウは集中を高めているのか、黙りこくっていた。
―月の都―
「……………」
一同には分かっていた。分かってはいたが、残酷だった。そこにあったのは都の『み』の一画目すらない月の荒れ地だった。散らばった建材と思われる何かが所々山積みになっているだけ。家の地盤らしきものがあり、それがさらにむなしくあり続ける。都の象徴だった宮殿はその形すら忘れ去られたようにどこにも見当たらなくなっていた。
所々にはまだ火がついたままの場所がある。狂オシキ鬼の存在のせいか、月の民は消火活動すらまともにできていないようだ。
「ここまでとは…これをあの姉妹に見せていたら、いくら何でも立ち直れなかったでしょうね…」
星が細目でそう言う。これでは復興も何も、足りないものが多すぎる。物資も、人手も、費用も。
月の都の惨状を目の当たりにし続けていると、リュウが感づいた。
「…誰かこっちにくるぞ? 豪鬼ではないが…武器を構えているな」
見ると、一人の男がよたよたとこちらに近づいてくるのが見えた。
「…あなたたちは、何者ですか?」
男はリュウの言うとおり、武器を構えている。だがその構え方はいかにも力なさそうで、すぐに手から武器がこぼれ落ちそうだ。相当疲弊しているのは言うまでもなく分かるが、ここまで追い詰めるのは身体的なものが原因ではないとも教えてくれた。
「この状況でも、私たちが月の民ではないって事はすぐ分かるのね」
紫がそう言い、説明をしようとしたその時。
「おっと、ここからは私が説明に応じるわ」
何と、どこからか先ほど地上で見送ってくれたはずの豊姫の声が聞こえた。その声を聞きつけた霊夢がポケットの中をまさぐる。すると中から通信機が出てきた。ここから声が聞こえてきたようだ。
「…あんた、いつの間に私のポケットの中にこんなものを?」
通信機からは豊姫の声が聞こえてくる。間違いなくこの通信は永遠亭(今は移転しているが)とつながっている。
「昨日の夜に、サグメ様がこっそりあなたのポケットに忍び込ませておいたのよ。私たちの無事を皆に知らせるために、そしてあなたたちが、あのOniを倒した事を報告できるように…」
豊姫の声を聞いた兵士の男が、通信機に口を近づける。
「豊姫様…ご無事なんですね!?」
男は必死に通信機の向こうの声を聞こうとする。
「ええ。今はサグメ様とともに、地上の八意様の所にいるわ。もちろん妹の依姫も一緒にね」
豊姫は冷静に言っている。やはり精神的にきついものがあるのを悟られたくないのだろう。
「地上に!? そうですか…」
兵士の男はほっとしたように息を吐いた。おそらく今さっきまで綿月姉妹の消息を追っていたのだろう。
「そちらの状況はどうなのかしら? 苦しいのは分かるから、無理に全部答えなくて良いわ」
男はいつの間にか構えを解き、顔を下げながらいった。
「…すみませんが、仲間があのOniにおびえているせいで外にすら出ない者が多くて、情報が入手できないのが現状です。被害状況も分からず、私1人では八方ふさがりです」
男はこの場に綿月姉妹がいれば、すぐにでも頭を下げそうだった。
「そう…ところで、今はあなたしかいないの?」
豊姫は他の月の民の安否を心配しているようだ。
「外に出ているのはおそらく。今一般市民は穴を掘ってその中に避難しています。しかしこのままでは、市民のストレスがたまってしまう上、あのOniに見つかるのも時間の問題です。今私たちは、奇跡を信じるしか…」
男が言葉に詰まりかけたとき、豊姫がすぐに励ます。
「その奇跡を起こしてくれるのが今、あなたの目の前にいるわ。彼女たちを信じなさい」
男はじっと地上の一同を見た。
「しかし、彼女たちは…」
この言い方は、やはり穢れの事を懸念しているのだろう。だが信用しろと言ってきたのは同じ月の民の上司、男は決めかねていた。
「色々説明したいけど、今は一刻を争うとき。あなたも、逃げ遅れた人の捜索が終わったらその穴に戻りなさい」
豊姫の言葉は気丈に聞こえるが、そこにわずかな震えがあるのを霊夢は逃さなかった。
「後、この通信機はそこにいるあなたに預けるわ。今から24時間後、地上の者があなたの元に戻らなかったら、その時は―――」
豊姫の言いたいことを、男は察した。
「…覚悟しなさい、という事ですね」
霊夢はポケットから出した通信機を兵士の男に渡した。男は通信機を手にした途端、ギュッとその通信機を両手で握り、祈るような目を一同に向けてから去って行った。そこには、全ての月の民がわらにもすがる思いで助けを欲しがっているのが分かった。
男が一同の視線からいなくなった、その時―――
「…!」
突然リュウは、一同が見ている方向の真東に顔を向けた。
「豪鬼が呼んでいる…あっちからだ!」
リュウはその真東にかけだした。すぐに霊夢とフランがその後を追う。まるで霊夢とフランも、豪鬼に呼ばれているかのように。
「ちょ、ちょっと! 何か訳とか言ってからにしてよ~!」
ナズーリンがそう言いながら慌てて追いかけるが、その言葉には誰も言葉を返さなかった。狂オシキ鬼の事にすぐ目が行ってしまっているのだろう。
かけだしたリュウが足を止めたのは、月の都を出て数分経った時だった。
「ここが、最終決戦の場所…?」
月の土地にしてはクレーターがほとんどなく、起伏がない。障害物になりそうな岩も転がっていない。まさに逃げ場はなし、最後にはふさわしい所だろう。
「でも、あのOniがいないよ! ホントにここなの?」
空が辺りを見渡す。そう言うとおり、狂オシキ鬼の姿がどこにも見当たらない。
「豪鬼、いるんだろう!?」
リュウが豪鬼を呼び覚ますような大声を出す。俺は逃げも隠れもしないという意志が、その声に出ている。
リュウの声は何もない空間に響くだけで、残響も何も返ってこない。だが数秒後―――
「波動に喰われし身から戻ってきたか…」
突然不気味な濁った声が聞こえてきたかと思うと、一同の目の前に複数の雷が落ちてきた。雷の落ちたところに雷のバリアのようなものができたかと思うと、その中にいつの間にか狂オシキ鬼が立っている。狂オシキ鬼の周りには超能力で操られているかのようにばらばらになった数珠がいくつも回っている。狂オシキ鬼が白い吐息を吐いた。すると狂オシキ鬼は左足をずんと地面に下ろし、仁王立ちをした。数珠がどこかに吹き飛び、とんでもない殺意の波動が体から吹き出る。
狂オシキ鬼はカッと目を開き、一同をにらみつけた。そして再び左足を下ろし、戦いの時と同じ構えを見せた。
(…!! 間違いない…)
一同が確信する。
(変わっている…この、今までに感じたことのない威圧感…! おそらく、人生に一度会えるか会えないか分からないくらい…)
レミリアが構えながらそう思う。これを本当に元人間が出しているというのか。
狂オシキ鬼が降臨し、すぐに戦闘になる―――かと思いきや、狂オシキ鬼は一同をじっくりと見定めるように様子を見ている。それでもこの威圧感を出し続けるのは流石だ。
「…来ぬのか」
狂オシキ鬼が静かに語る。既に戦いに集中していたらしく、飛び込んでこない一同に不信感を抱いていたようだ。
「…あんたに聞きたい事があるわ」
今が会話のチャンスと踏んだか、霊夢が勇気を持って言った。
「なんであの都をあそこまで滅ぼしたの?」
霊夢は明確に言った。長々と話していたら、その間にやられる可能性が高いからだ。
「我に慢心を持って挑んだ者として、当然の報いなり」
狂オシキ鬼は首を横に振った。悪いのは完全に綿月姉妹だと言いたいようだ。霊夢は返事を返さなかった。狂オシキ鬼の思うところは、やはり自分たちとはどこまで行っても平行線で交わらないようだ。
「しかし、汝ら2人が小童の波動を喰うとはな…」
どうやら狂オシキ鬼は殺意霊夢、殺意フランと会っていなくともその存在に気づいていたようだ。
「なぜ人を越えた力を身につけなかった?」
狂オシキ鬼は殺意の波動に身を委ねた方が良かったのではないか、と言いたいようだ。その問いには、その力でなければ自分を殺すことは叶わぬという考えが隠れていた。
「それは…! 人を越えた力じゃないわ!」
霊夢はきっぱりと言い切った。
「人を捨てた力!! そんなものに身を委ねたくない!!」
フランはギュッと自分の拳を握った。そして首を横に振り、殺意の波動を真っ向から否定した。
狂オシキ鬼は2人の返答を聞いてか、リュウを見た。リュウは表情を変えない。
「…小童から聞いたか。我の道を…」
狂オシキ鬼は全員に目を向けながら、構えを崩さずに言葉を紡ぐ。彼女らの目を見ただけで、そこまで判断できるようだ。
「なぜ…なぜ、人を捨ててまで!」
華扇が感情的になる。狂オシキ鬼は右足をずんと地面に下ろした。
「笑止。鬼たらんと願ったのは我。真の死合い、それを求めるためならば、行き着く先が人外とて構わぬ」
狂オシキ鬼はとんでもないことを言ってきた。己の求める道が、たとえ人を外れようとも、真の死合いさえ得られるのなら本望というのだ。
「…!!」
華扇は衝撃に駆られた。己を捨ててまで、得たいものがある人間の欲深さを。それを知った瞬間、腕がプルプルと震え出した。
「…あなたは人を…人をなんだと思っているんですか!!!」
華扇が怒りで声を荒げた。この狂オシキ鬼には、自分の全身全霊を持って渇を浴びせなければ。
「こやつ…っ!」
神子が明らかな敵意を感じ取れる声を出した。狂オシキ鬼のとんでもない欲望に、腕が怒りで震える。自分が今まで見てきた者の中で、こいつは最も悪い欲を持つ者だ、と決定づける瞬間でもあった。
「そんな力じゃ望みは1つも叶わない! それを証明してみせる!!」
霊夢は強く言い切った。
「ならば示してみせよ、その強さは事実無根のものか、戯れ言かを」
狂オシキ鬼はいくら言っても己の道を変える事はしないようだ。
「行くぞ、小童ども!!」
最後の戦い、ここに火ぶたは切って落とされた―――