その動力は、精神力が全てとなる―――
今回は短めにお送りします。
第40話「精神」
お互いに被弾なしのいいぶんで幕を開けた最終決戦は、我慢比べに近い膠着が始まっていた。狂オシキ鬼のプレッシャーを利用した指歩きを警戒して少しずつ後ろに下がる。月の土地は広く、追い詰められる事はまずないが、後退するということは背後を見ないまま動くということ、何も見ることができないまま後ろに下がり続ければ、何かの拍子に狂オシキ鬼が動き出すことも考えられる。
華扇はこの状況を傾ける術を見つけるため思考を巡らしていた。
(攻め込むきっかけが欲しい! このままじゃ待たされるだけ…何かこちらが攻めに転じられる策を探さなくては…! そのためにできるのは、あのOniに癖がないか探すこと…!)
華扇は既に1つの答えを見いだしていた。勝機は、狂オシキ鬼の癖にあると―――
狂オシキ鬼は自信が有利である事を知っているはずなのに、即座に襲いかかってこない。時間はあるから、ゆっくりとなぶり殺しにしようとでも考えているのか。その恐怖の顔から伺う事はできない。一同の目には、狂オシキ鬼が見た目以上に大きく見えていた。集中力を途切らしたら、距離感がつかめなさそうになる。
無言のまま戦いの場は流れる。すると、狂オシキ鬼の微妙な動きが止まった。小さく動いていては何もできないと考えたか。
狂オシキ鬼は独特の構えを解かずに止まったままだ。そして次の瞬間、狂オシキ鬼の足にとんでもない力が加わった。ぐいっと体を前傾姿勢にして、飛びかかるように前へステップを踏む。このスピードは瞬間的な速度ならこの場にいる者一だろう。
狂オシキ鬼がその標的にしたのは、一同の集団の中でも前にいた布都だった。
「くっ…来い!」
布都は狂オシキ鬼を迎え入れる形で対抗する。狂オシキ鬼の腕が届く距離まで差が詰められる。ここまで差が詰まれば、弾幕は使えない。撃つ瞬間を攻撃されるのがオチだからだ。
狂オシキ鬼は突然しゃがむように体勢を地面につけて下段蹴りを繰り出す。
「ぐうっ!」
布都はすんでの所でガードする。―――が、その瞬間だった。狂オシキ鬼の体勢が一気に持ち上がり、前へ飛び込んできた。布都はその鋭い踏み込みを眼前で見たが、反応できない。
狂オシキ鬼は真上に飛び上がり、布都の頭を正拳で叩き潰した。
「のごはっ!?」
「ふん!!」
布都の体はうつ伏せに倒れ、頭が拳と地面のサンドイッチになった。
「布都!」
屠自古が叫ぶが、狂オシキ鬼の拳が上がった布都には届かず、反応しない。
「な…まさか、セビキャン!?」
藍が狂オシキ鬼の一連の動作を見て気づいた。あの即座に立ち上がるから出たステップは、セビキャンそのものだ。だがガードされた攻撃から移行するのは、逆に反撃をくらうリスクも高い。それを使ってまで布都に攻撃した理由は、紫がすぐに気づいた。
「連続攻撃になっていないからこそ利用したんだわ! セビキャンが、連続攻撃用だと思っている私たちに動揺を与えるために!!」
狂オシキ鬼の特徴は、やはり火力の高さだ。だがその特徴は、狂オシキ鬼のテクニカルな部分を隠すことができる盾にもなる。それを見せることで、紫達をさらに焦らせようとしたのだ。
「まずいわ、早く布都を助けないと―――」
その焦りにつられてしまったのは青娥だ。どうにか狂オシキ鬼を後退させて、布都を救おうとする考えが生まれてしまった。狂オシキ鬼は青娥の顔が変わったのを見逃さず、一直線に青娥に突っ込んできた。もう布都の事は気にかけていないようだった。
芳香が青娥をかばうが、狂オシキ鬼は容赦なく芳香の腹を爪で切り裂いた。何も言う間もなく、青娥は狂オシキ鬼の射程距離に襲われる。腹に丸太を打ち込まれるような一撃から、顔面への手のひらの押し出し、体勢が縮こまったところに突き刺すは―――
「豪昇龍!!」
腹に右拳をぶち込み、左拳で顎を吹っ飛ばすこれまた独特の昇龍拳だ。青娥は何も抵抗なく真上に吹き飛ばされた。青娥が地面に落ちた瞬間、青娥の口から血が吹き出た。まさにワンチャンスで勝負が決まる瞬間だ。青娥が動く気配がないのを確認すると、狂オシキ鬼は次の標的を定めた。わずか0.5秒もかからぬうちに決めたのは、偶然にも屠自古だった。屠自古は狂オシキ鬼が顔を向けてきた時から、うすうす自分が狙われているのは覚悟していた。だから弾幕を撃つ準備をしていた。
だが、弾幕を撃つよりも狂オシキ鬼の行動が速かった。一瞬にして前屈みの体勢になり、屠自古の目の前に行って切り裂き攻撃を放ってきた。しかもそのタイミングは、屠自古が弾幕を撃つ前の隙にどんぴしゃりだ。右腕が切り裂かれる。そこからセビキャン、しゃがんで下段に右拳、立ち上がり丸太うちのごとき右、顔面へ強打、締めに出すは―――
「斬空!」
竜巻旋風脚とあまりにも酷似した回し蹴りだ。霊夢の竜巻旋風脚とは違い、屠自古の体はあまり吹き飛ばされず連続で狂オシキ鬼の回し蹴りをくらった。
布都が動かなくなるほどの攻撃以上の連撃をくらって無事に済むはずもなく、屠自古もノックアウトされてしまった。
「屠自古!」
神子が呼びかけるが、やはり反応がない。
(一瞬過ぎる…! これじゃあっという間に負ける…! 早く打開策を見つけなくては!!)
華扇は焦る気持ちを内心で抑えて狂オシキ鬼の様子を探る。それはリュウも霊夢もフランも同じだった。
(豪鬼にはこれがある…! あの時と同じ目に遭わないためには俺が見たことのない隙を見つけなくては…!)
(無駄がない…ならその中で癖があれば…)
(どこから向かっても駄目…何かないの、チャンスは…)
仲間が次々と返り討ちに遭っても、この4人は慌てていない。今までの修羅場をくぐり抜けてきた肉体的な力もさることながら、精神力も相当なものだ。
「こうなったら…こっちから接近してやるわ!」
幽香がいらだったか、前へ出始める。しかし狂オシキ鬼は一歩踏み込む切り裂き攻撃を幽香の進行方向に向け振ってきた。幽香は足を止めた。これがあると、まともに正面から向かえば返り討ちだ。
「自分は好き勝手接近させてもらって、こっちの接近は許さないってか…! なら、これにさらしてやるしかないな!恋符『ノンディレクショナルレーザー』!!」
魔理沙は効くわけがないとは思いながらもスペルカードを宣言する。予想通り狂オシキ鬼は弾幕を両腕ではじいていく。悔しいことに蟻の一歩にも及ばない。
だが霊夢は狂オシキ鬼の動作に『これではない』という違和感を覚えた。突然不意に浮かんできたので、なぜかと言われれば明確な理由が返せない。
(! 待って、どうして私、これじゃないって思ったの…?)
霊夢は己の思考を疑う。駄目だ、これだけじゃ分からない。確かめなくては。
「くそっ、やっぱり駄目か…!」
魔理沙のスペルカードの時間が切れる。十分承知していたが、狂オシキ鬼に効くものではない。
「夢符『退魔符乱舞』!!」
そこに霊夢が退魔のお札を乱射するスペルカードを宣言する。狂オシキ鬼はやはり腕でお札をさばいていく。
(やっぱり違う…この違和感は、偶然の産物じゃない!)
霊夢はひたすらに退魔のお札を投げつける。動く暇を与えないためには、スペルカードの時間いっぱいまで出し続けなければ。
そしてスペルカードの時間が切れる。狂オシキ鬼は一歩も動かずに、全てのお札をさばききった。そうしても、息が荒れた様子が見当たらない。
だがその動きがついに狂オシキ鬼のある特徴に霊夢が気づくことになった。狂オシキ鬼は今―――自分たちが使った弾幕回避に役立つ『あの移動』ができない。
霊夢はリュウにささやくように行った。
「リュウ、あいつ…あのつま先立ちの変な移動はできないみたいだわ!」
リュウは霊夢の言葉を聞き、はっとしたように目を見開いた。
「…!! まさか、今の豪鬼は阿修羅閃空ができないというのか!」
リュウの言葉には聞き慣れない言葉があったが、霊夢は構わず言葉を続けた。
「あの移動に名前があるとはね…まあいいわ。あれができないという事は、あいつを弾幕地獄にさらせば必然的に動きは止まる!」
そう、大きく動き、その間何ものも受け付けない阿修羅閃空がないのなら、弾幕地獄にさらせば足が止まる。その終わりに自分たちが突っ込めば、接近戦にならざるを得なくなる。そうなると最大の鍵は接近戦になった時の狂オシキ鬼の癖。それが分かれば、チャンスが生まれる。プランの手順が生まれたのだ。
狂オシキ鬼は弾幕地獄で考え直したか、突っ込む足を止め、再び指歩きを始めた。霊夢が阿修羅閃空を使えない事を見破った事を知られたかどうかは分からない。しかし次のワンチャンスを狙っているのは間違いない。
狂オシキ鬼は指歩きを止めたかと思うと、突然両足でしっかりと踏ん張って両手に電気を帯び始めた。
「!? 電撃まで使うのか!?」
慧音が驚く。普通生き物の大半が感電する電気を操るのは至難の業であるが、狂オシキ鬼は平気のようだ。狂オシキ鬼が両手から轟雷波動拳を放ってくる。電気を纏っているだけあり、弾速が速い。一同は簡単に避けるが、もし不意打ちで出されたら危ないほど速い。
狂オシキ鬼はまたもや指歩きを始めた。
(くっ…あのプレッシャーを持っていながら、攻めてこないのはもどかしい…!)
一輪が狂オシキ鬼の行動を見てそう思う。狂オシキ鬼は堅実だ。数人倒した程度では勢いに乗らずに、相手が動くのを待つ。ここまで精神的優位を活かして、心理戦を優位にしていた。
だがその優位が一瞬にして消滅したのは、3人の見抜く目が狂オシキ鬼の次の行動を捕らえた時だった―――