だがそれは、勇気を持ったフランの意志―――
第44話「勇気」
フランは無言で狂オシキ鬼を見ている。狂オシキ鬼は負けじとにらみ返す。
「やはり既に人を捨てた者が選ぶ道は決まっていたか」
その中で、フランの目覚めを歓迎しているような発言をした。
「そんな…フランお嬢様…」
咲夜の声が震える。さっきまでずっと、殺意の波動を抑えることができていたフランをあの波動一発で元に戻すなんて、にわかには信じられなかった。
フランはじっと狂オシキ鬼を見たままで、レミリア達の方向にも、リュウや霊夢にも顔を向けない。今の狙いは狂オシキ鬼ただ1人のようだが、これではたとえ狂オシキ鬼に勝ったとしてもこの場にいる皆の命自体が危うくなるだけだ。生存報告をして初めて『異変解決』なのだから。
「……」
フランは黙りこくっている。じっと、獲物の隙を見定めているようだ。狂オシキ鬼は先ほどまで不利の立場に置かれたことを忘れてフランを見ていた。殺意の波動を否定する輩より、肯定する輩との死合いが一番自分の望んでいたこと、これは願ってもみないチャンスだった。
フランはそのまま、距離的に近かったリュウや霊夢、レミリア達でもなく、一直線に狂オシキ鬼の懐に飛び込む。その勢いのまま、正拳突きを繰り出すが、狂オシキ鬼は右の手のひらでがっちりと拳を掴む。
「ぐっ…」
フランは動けなくなった。狂オシキ鬼の掴む力が強すぎるのだ。
「その程度か。まだ殺意の波動に身を委ねる覚悟がないというのなら、ここで去ね」
狂オシキ鬼ががっくりとしたように言いながらも、心の中でほくそ笑んでいた。この手の輩には、まず全力を出させねば。そうなったとき、自分の望みは叶う。
狂オシキ鬼はそのままフランを投げ飛ばそうとした、その時だった。彼は見てしまったのだ。フランの顔を。
(…!?)
その瞬間、狂オシキ鬼の体が硬直した。それは、フランの目がその瞬間元に戻った事による驚きでだった。そしてその体の硬直が、握っていた手を緩める原因にもなった。フランの正拳突きが、狂オシキ鬼の手をはじいてそのまま体に突き刺さったのだ。
「ぬぐ…!?」
狂オシキ鬼の口がわずかに開く。一瞬だったが悶絶したようだ。
「うあああぁ!!」
フランはそこから一気に体を回転させ、竜巻旋風脚を繰り出す。狂オシキ鬼はすんでの所でガードするが、最後の一撃がガードの上から狂オシキ鬼の体を大きく吹き飛ばした。吹き飛んだ先で狂オシキ鬼はバランスを崩して右手を地面についた。フランは地面に降り立つやいなや、両手の中に波動を溜めた。その波動が熱を帯び、突然炎を吹き出した。
「灼熱!!」
業火の如く燃えさかる波動拳が狂オシキ鬼めがけ放たれる。狂オシキ鬼はスウェーするように横に移動する。フランは皆が倒れている元まで前線を下げた。狂オシキ鬼は体が硬直したときに見たフランの顔を思い返した。脳に浮かんだフランの顔と今の顔を照合する。同じだ。
「汝、まさか…」
狂オシキ鬼が聞こえない声でつぶやく。今狂オシキ鬼の頭の中に、普通ならあり得ない推測が浮かんでいた。だがこれがあり得ているのなら、自分の望みは叶っていない、ということになる。
レミリアは顔を必死に上げた。フランの背中が間近にある。体から吹き出る殺意の波動が、振り返ったとき残酷な形相を連想させていた。
レミリアはあきらめた。このまま、フランに殺されるのだと―――フランがこちらに振り返る。
(!?)
レミリアは知った。このフラン、私の知らないフランではない―――
ガン!!
フランは足元の地面を殴った。するとその衝撃で、今までうつ伏せに倒れていた幻想郷の有力者達の体が空中に浮かび上がった。
「のひゃあ!?」
橙が叫び声を上げる。このままでは地面と衝突する。そう思った瞬間、体が浮かんだ。そう、幻想郷の有力者達なら必ず有する空を飛ぶ力だ。反射的に使うことで、今まで地面にのり付けされたように動かなかった体が、無理矢理だが動いた。
レミリアはフランの起こした衝撃で羽に力を入れ、どうにか立てる体勢にした。そして目をフランの方に向けた。フランはレミリアの方に体を向けている。その目、間違いなく元のフランの目だ。体から出る殺意の波動とは相変わらず矛盾しているが。
「お姉様…そばにいて…」
フランの声は、明らかに元の声だ。あの支離滅裂な、いかにも暴走して理性のない声ではない。今にもこちらに抱きついてきそうな、優しい声だ。
「大丈夫…あのOniの言いなりにはならないから…」
フランの言葉が所々苦しそうになる。1人では抑え切れていない部分がどこかにあるのだろう。なら―――
レミリアはフランの肩を掴んだ。殺意の波動に自ら触れることは、もう気にも止めていなかった。
「フラン…私が分かるのね!?」
レミリアがそう言うと、フランが笑顔になった。その笑顔には、フランの面影がちゃんと残っていた。
「フラン…!!」
レミリアは思いっきりフランを抱きしめた。フランもレミリアを抱いた。姉妹の絆は、もう何ものにも切り離されることはないと証明された瞬間だった。
「フランお嬢様!!」
レミリアの後ろから咲夜が飛びついた。一気に不安に飲み込まれた心が、地の底から急激に這い上がるように高揚したのだから。
「心配させるんじゃないわよ…フラン」
パチュリーがわずかに笑みを浮かべてホッと一息吐く。
「「フラン様~!!」」
小悪魔と美鈴が咲夜の後に続く。2人ともその目には涙が浮かんでいた。その行為には、もう家族の中に思い違いはないというまさに『信頼』の漢字2文字がふさわしいものだった。
遠目にその様子を見ていたリュウは驚きを隠せなかった。彼には見覚えがあったのだ。今のフランの姿、あのOniの元の姿、豪鬼に似ている。
「まさか…今のフランは、豪鬼と同じように…!?」
霊夢も驚きを隠せずに何度も瞬きをしてから言った。今目の前で起きていることを、すぐに飲み込むのは無理だったようだ。
「ええ…! 信じられないけど、自我を保てているって事になるわ!!」
霊夢とリュウは紅魔館組の会話を聞き取れていないが、あの抱擁は確実に姉妹が望んでしたことだ。その説明には、フランが自我を持っているという前提がなければ話にならない。その前提があっても、フランの精神力の高さがあってこそ。そこに言葉が入る余地はない。フランはリュウですら達したことのない別の高みに立ったのだ。
一連の様子は、無理矢理体を起こされた紫達にも視線を注いでいた。
「…嘘でしょう…」
紫は今自分が見ているものが信じられなかった。霊夢ですら抗えなかった殺意の波動を己のものにするなんて考えもしなかった。
「…こんなことが…」
聖は驚きを越えて目を輝かせていた。
「奇跡だわ…」
はたてが携帯電話を取りだして必死に撮影する。その間は完全に体の痛みを忘れてしまった。
「お、お姉ちゃん。今のフランちゃんは…」
こいしがさとりに確認を取る。殺意の波動に飲まれているなら、心の中では何か殺意に関連するものがあるはず。だがさとりの答えは違った。
「…もう読んだわ。すごいわ…殺意の波動に飲まれているはずなのに、レミリアさんを信じているのが分かる…しかも考えから殺意を感じない…」
さとりの能力で聞いたフランの心は、今まで聞こえてきたフランの心の声そのままだ。
狂オシキ鬼は姉妹の抱擁を見て、声を上げた。
「汝、なぜその立場を貫ける!!? この力が求めるのはもはや死合いのみなのだぞ!!」
狂オシキ鬼が明らかに動揺している。今までにない狂オシキ鬼の態度に、霊夢は身構えた。今なら、さらに勝機がつかめる。
フランはすぐに狂オシキ鬼と向かい合い、堂々と言った。
「…確かにこの力は死合いを求める間違った力…でも、私はそうだとは思えない、いや思いたくない…誰も歩んだことのない道があるはず…!」
フランは細目になりながら、自分の右手を握りしめた。
「その道がなかったとしても私は…この力で、違う道を作ってみせる!!」
フランの心の中で葛藤となっていた狂気。その狂気と殺意の波動が融合し、一時は飲み込まれた。だが家族の想い、リュウの精神を受けて自分の意志を取り戻した。その形は、フランの勇気となって殺意の波動を制御する動力となった。
「残念だけど、もうフランは殺意の波動の奴隷にはならないわ!! その力をはっきりと否定する事を心に決めているフランに、その繰り返しはもう効かないわよ!!」
レミリアの堂々たる宣言に、狂オシキ鬼は顔をゆがめた。どうやらさっきまでの望んでいた存在から、忌々しい存在に変わったようだ。狂オシキ鬼が怒り狂ったように真正面から突っ込んできた。その構えは表裏を仕掛けるひっかき攻撃の体勢だ。
その体勢を見たフランは羽を一気に羽ばたかせて狂オシキ鬼の真上に飛翔し―――
「でえぇい!!」
フランは力強く狂オシキ鬼の頭を正拳で叩き潰した。狂オシキ鬼は受け身も取れずにうつ伏せに倒れた。
「!! あれはあのOniと同じ…!」
藍がそう言う。あの技は布都を一度ダウンに追い込んだ正拳つぶしに他ならない。殺意の波動が、フランの正しいと考えた道を歩ませる原動力となっている。
「汝…!!」
狂オシキ鬼が素早く起き上がり力強く回し蹴りをするが、フランは既にその間合いの外、回し蹴りの勢いが弱まった足をがっちり両腕で抑え、自分の体を軸に投げ回し始めた。ジャイアントスイングだ。
「みんな!!」
フランはレミリア達めがけ狂オシキ鬼を投げ飛ばす。そこに最初合わせるのは美鈴だ。
「気符『地龍天龍脚』!!」
美鈴は渾身の震脚で低い軌道を描いていた狂オシキ鬼を浮かせ、飛び蹴りを決めた。
「立て直す暇は与えない!! 時符『パーフェクトスクウェア』!!」
咲夜が吹っ飛んだ狂オシキ鬼の上から時を止め、持っているナイフをありったけ狂オシキ鬼に投げつける。
「解除!」
時止めを解除した瞬間、狂オシキ鬼は腕を上げてナイフの心臓への直撃は避けたが、多くの被弾からは免れられなかった。
「火符『アグニシャイン』!!」
パチュリーが狂オシキ鬼の落下地点を燃やす。狂オシキ鬼はそのまま火の海の中に背中から落っこち、業火の暑さに襲われた。反射的に体が飛び上がるが、3人から受けた攻撃の痛みが一気に体に響き、起き上がるだけで精一杯だ。
「はっ!!」
そこにレミリアが素手で鋭く突っ込んできた。狂オシキ鬼は反応できず、レミリアの左拳を腹で受けてしまった。
「うご……」
狂オシキ鬼がこれまで漏らしたことのない声を漏らし、腹を抑えながら後ろに下がった。いつの間にか火は収まり、フランが紅魔館一同の元に戻っていた。
「みんな、体の方は…」
フランが皆の体を気にかけるが、全員がフランの方を向かず狂オシキ鬼に集中している。心配はいらないようだ。
「…体の方は後でどうとでもなりますよ。生きていれば、ね」
美鈴が静かにそう言う。そこには、『大丈夫』という意味合いだけでなく『生きて勝つ』という精神も現れていた。
そして、ここまで驚きと急展開の連続を見てきた者達も動き出した。
「…そうだよな…こんな傷より、ずっと危険な力と共に歩かなくちゃ行けないんだよな!」
魔理沙は吹っ切れて笑顔を見せた。今自分はフランに諦めの悪いところを見せられた。浮いたままの体をゆっくりと立つように起き上がらせていく。
「こんな…ちょいと安静にしていれば治る傷で…寝ているわけにいかないよな!!」
体中にできた傷を見ながら、魔理沙は立った。諦めが悪いのは自分もだ。それが誰かに負けているなら、自分の取り柄がなくなってしまう。そして操るのすら不可能に近い殺意の波動を操っているのなら、その苦労はこの程度の痛みの比ではないはずだ。そう思えば、自然と闘志が湧いてきていた。
「魔理沙…全く、勝手なんだ…から!!」
アリスが気合いを入れて立ち上がる。
「…藍、橙、立てる?」
紫はそばにいた藍と橙の背に手を置いた。
「大丈夫ですよ…紫様」
藍は生き返ったような目を紫に向ける。
「紫しゃま、行きますよ…!」
式神2人が紫を支えながらゆっくりと起き上がった。
「ありがとう…後、もしかしたら最後になる命令をするわ」
紫の口から放たれる言葉は、2人には容易に想像できた。その想像通り、紫の口からはたった一言―――
「…勝つわよ」
妖怪の賢者としてこのまま寝ていては威厳なんてあったものではない。それだけは避けよう。フランの行動から触発された事だった。彼女らも、フランから勇気をもらったのだ。
「「はいっ!!」」
白玉楼の2人も立ち上がった。
「妖夢、最後の人仕上げよ! 最後くらい、ビシッと決めるわよ!」
「はいっ!!!」
命蓮寺組は、聖が号令をかけた。
「みんな、立ちましょう! もう負けるわけにはいきません! あの勇気ある吸血鬼を見習って…!!」
聖の言葉に訳を聞く者はいない。今はただ、あのOniに勝つ事だけを考えるのみだ。
神霊廟組も、神子が最後の戦旗を上げる。
「ここまで来たのだ、最後の仕上げをするぞ!! あの吸血鬼に負けぬ勇気を持って!!」
ここにも言葉はいらない。
「全く、後半まで驚きの連続だね、この異変は…なら、最後は我らの力でもう一つ驚きを作ってやろうじゃないか! 諏訪子、早苗!!」
「はい! 神奈子様!!」
「乗った! 神の意地を見せてやろうじゃないの!!」
守矢神社の3人も半分ノリで起き上がる。こんな事ができるのもフランからもらった勇気だ。
「慧音、もう無理はするな…」
妹紅が無理矢理にでも立とうとする慧音を引き止めるが、慧音は無視して起き上がった。
「…いや、行かせてくれ。1人の生徒から私は教えられたんだ、今度は『意地』というのを私が教えなくてはならないから!!」
妹紅は慧音の決意に口出ししなかった。
「お姉ちゃん! 私達もフランちゃんに負けていられないよ!!」
こいしがさとりを奮い立てる。
「ええ…お空、お燐、立てる?」
さとりがそう言い終わる前に、2人は立っていた。
「大丈夫だよ、さとり様!」
「ここで倒れていたら、あたい達の家に戻れないからね!!」
こうして、全員が再び立ち上がった。そして、その一同にさらなる朗報が舞い込んできた。
「!! あれを見てください!! あれを狙えたら…!!」
小悪魔が指さしたのは狂オシキ鬼の腹、そこに、ヒビが入っていたのだ―――