水汲みに始まり、妖怪の山まで走り込んだ一同に待っていた修行とは―――
第50話「過酷なる修行 ~中編~」
―妖怪の山―
「かなり落差のある滝だな。これは良いところを聞いた」
リュウはあっという間に妖怪の山―――文とはたてが(半分強制的に)案内した(された)滝を見ていた。ちなみに文とはたてに、妖怪の山の入山許可はもらっておいている。
その滝は予想以上に落差のある滝だった。かなりの轟音が響き渡っていることから、推測だが40メートルは超えているだろう。流れ落ちてくる水の量も半端なものではない。厳しい滝行をするにはうってつけだ。
しかし滝行する以前に問題点があった。まずそもそも滝行を受けられない、あるいは受けるのが望ましくない者がいること。式神の藍と橙、吸血鬼のレミリアとフランだ。式神2人の場合は式神自体が外れるだけで命を脅かすことはないが、吸血鬼にとって流水は最大の凶器、滝行なんてもってのほかだ。必然的に2人は受けられない。
次にリュウをどうにか追ってきた幻想郷の有力者一同の疲労だ。人里から30分、霧の湖まで20分、霧の湖では復路で水汲みをしたせいで余計に足に負担がかかり、足全体が悲鳴を上げている。
「ははは…空を飛ばないと、妖怪の山がこんなに遠く感じるなんて…な…」
慧音がうつ伏せにバタ…と力なく倒れた。もちろん死んではいない。経験したことのない疲労が足だけにしかかからず、立つだけでも苦しいのだ。
「おや、そこにいるのはあの外来人ですか?」
そこに椛がやってきた。彼女は頭に白い鉢巻きを巻いている。また自分を磨き直そうとしているのだろう。
「ああ。文とはたてから聞いたこの滝で滝行をお願いしたくてな」
椛はすぐさま背後にある滝を指さした。本当か、とリュウを見たが、リュウはやる気の感じる目を向けているのに気づき、すぐ言葉を続けた。
「構いませんが…この滝での滝行は地獄ですよ? しかも今の季節、体が一気に冷える上、時折丸太が落ちてくることもあります。滝行に集中するあまり、頭に丸太が直撃して気絶、そのまま滝にうたれ続けて風邪を引いたり、気づいた頃には下流まで流されていたりとまともな目に遭いません」
椛の言葉には、耳を疑うものがあった。『丸太が流れてくる』とは一体…
「この妖怪の山は文字通り妖怪も住みます。そしてその妖怪の誰かが悪戯心で丸太を流すという訳です。私もその丸太に幾度となくやられました。何せこの轟音です、丸太が流れてくる音すら聞こえなくしてしまいますからね」
椛はそう言いながら滝のてっぺんを見る。するとそこから、まさしく丸太が流れ落ちようとしていた。丸太が落ちる水と共に落ちてきて―――
ザブン!!
丸太は滝の轟音ほどではないが音を立て、一度水の中に沈んでから浮かび、そのまま下流へと流れていった。確かにあの勢いで落ちてきた丸太の下に頭があったら…考えただけで寒気がした。
「ちょうどあんな感じです。それでもやりますか? ちなみに、自慢ではありませんがこの滝行を10分以上できたのは私だけです」
椛がそう言うのは、おそらく丸太が途中で落ちてきて中断されずに続けられた最高記録だろう。それでも10分の滝行は地獄に近いが。
「寒さは当然だとして、上から丸太かよ…止めようぜ? 下手すりゃ命が危ないぞこの滝行」
魔理沙がそう言ってリュウを止めようとするが、リュウは既に歩き出していた。それも上半身裸のそのままの格好で。
(あの人話全然聞いていない!?)
アリスは即座に心の中でツッコミを入れる。だがリュウに通じるはずもなく、リュウは躊躇なしに滝の真ん中まで堂々と歩いて行った。そして腕を組み、目を閉じて頭から滝の水を浴び始めた。しかも川の底でしっかりと仁王立ちだ。ということは、足に負担がかかるようにわざとそうしている。今までさんざん走った足で、川の流れと滝の水から耐える、この体力はどこから生まれているのだろうか。
「あの―、リュウさん?」
美鈴が滝の轟音に負けじと声を張ってリュウを呼ぶ。リュウはちゃんと聞こえたらしく、目を開けた。
「レミリアお嬢様とフランお嬢様は吸血鬼という種族の都合上、滝行は受けられないんですけどどうしたら―?」
リュウは目だけを動かして周りを見る。すると何かが目に止まったらしく、一点を見つめてからこう言った。
「ああ…そうだな、あの岩を持ち上げ続けてくれ。俺たち全員の滝行が終わるまで」
リュウが滝にうたれながら指さした方向にあったのは、自分たちより一回り、では表現できないほど大きい岩だった。
「はあ!?」
レミリアがふざけるな、という声を出しそうな勢いで声を荒げた。その間にも、リュウは滝を受け続ける。が、一分も経たないうちに―――丸太が落ちてきた。それもリュウの頭ど真ん中に。華扇が思わず叫ぼうとする。
「リュウ、危な―――」
が、リュウは既に目を開いていた。そう、彼は華扇の声に頼らず、自分の感覚だけで落ちてきた丸太に反応したのだ。
バコーン!!
滝の水が落ちる音は轟音、当然丸太の流れてくる音を遮る。だからいつ丸太が流れ落ちてくるかは目視に頼るしかない。その目視も美鈴に向けている以上使えないにも関わらず、リュウは頭に落ちてきた丸太を拳一つで跳ね飛ばしたのだ。
それよりも驚くべきは、リュウが拳一つではね飛ばした丸太が地面に落ちても、丸太には一切のひび割れがない事だ。彼の拳は、丸太を破壊するのではなく追い払うためだけに振るったという紛れもない証拠だ。丸太が落ちてくる衝撃に打ち勝つには、少なからず丸太を傷つけるほどの力でなければ跳ね返せないと誰もが考えるだろう。だがリュウはそれを覆した。彼は成長している。今の時を使って、確実に。ならば、そう考えて動いたのは―――
「…こうなったら腹をくくるわよ」
静かにそう言った霊夢は赤袖を脱ぎ捨て、そのまま川へと飛び込んだ。
「霊夢!」
紫が手を伸ばすが、霊夢は無視してリュウの隣まで歩いていく。冷たい水が足先に浸透していく中、ゆっくりと確実にリュウの元へ向かう。霊夢は歯を食いしばっている。食いしばらない方がおかしいが。
「ううう…!」
霊夢はリュウの真似をして仁王立ちになり、滝を受け始めた。リュウと違い体はもう震えている。だがリュウに負けぬように、体が震えぬように身を縮こませる。
この様子を見た紫もゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「藍、橙。覚悟を決めなさい。式神の件は私がすぐ貼り直して上げるから、行くわよ!」
そう言って紫は躊躇なく川へそのまま飛び込んだ。着ている服がぐっしょり濡れるのもお構いなしだ。慌てて藍と橙も飛び込む。
「ひゃあああ!! やっぱり冷たーい!!」
橙が情けない声を上げる。すぐに空へ逃れたくなるが、リュウが禁止している事項なのでできない。
「ぐっ…予想以上だな、この冷たさは…!」
藍も考えていた以上の冷たさに飛び上がりそうになる。だが耐えて、主の元へ向かう。
「仕方ありません…はっ!」
次に妖夢が飛び込む。彼女は半人半霊、多少の寒さはものともしないが、流石に秋の水の冷たさは体が答えた。
「こ、これずっと浸かっている方が地獄よ、早く滝行する方が遙かにマシだわ!!」
その次に飛び込んだ幽々子ががちがちと震えている。彼女は幽霊なので、温度は感じないはずだが、今までの仲間達の様子を見ているだけで寒気がするようだ。
「は、早く終わってくれ、霊夢、リュウ~!!」
妹紅がせかすが、リュウはいつの間にか目を閉じ、滝行に集中している。一方の霊夢は体が震えながらも耐えている。すぐに終わる気配がない。
終わったのは、それから数分後―――
「よし、スクワット300回!」
いきなり目を見開いたリュウはそう言い、腰ほどの深さがある所まで川を下っていきスクワットを始めた。
「はいぃ!!?」
ぬえが聞いていないよ、と言いたげに驚きの表情をする。
「ちょっと待って、私達まさかスクワットの時間まで!?」
レミリアは聞こえないであろう場所から、リュウの言葉を聞き取っていた。言われたとおり、巨大な岩をフランと共に地面すれすれに上がる程度に持ち上げ続けている。リュウは聞こえていなかったのか、はたまた無視したのか、こちらを見なかった。だがそれはスカーレット姉妹に『もちろんだろう』と言っているのと同じだった。
「みんな早くして~! もう持たないよ!!」
フランの腕が震えている。ここまで上げるのすら苦戦したのに、これをキープするなんてさらに大変だ。
「みんなも急ぐわよ! 水の中のスクワットは、かなり負担がかかるわ!!」
霊夢はリュウの言葉を聞いて慌てて滝行を止めた。それでも、数分耐えたのなら上出来だ。
結局、皆が滝行とスクワット300回を終えるまでの50分間、スカーレット姉妹はものの15分ほどしか耐えられず、半分気絶状態と化したのだった―――
「………(ガチガチガチ)」
滝にうたれたせいで全員の体が寒さで震えた。運良く丸太はリュウの時に落ちてきたもの1本だけで済んだが、秋は冷え込みの激しい季節、水の冷たさも余計に身にしみる。妹紅が即席の焚き火を作ってくれたおかげで、何とか暖は取れた。だがそれでも鳥肌はすぐになくならなかった。
「は…ははは…自分で起こせるはずのこの私が、火を恋しく思ったのは今までで初めてかもな…」
焚き火を作ってくれた妹紅がそう言っている。幾千年も生きてきたはずの妹紅がこう言うのだから、よっぽどだ。
皆が焚き火で暖まっている間にもリュウは身支度を終えていた。それを見た一同の中には、勘弁してくれ、という懇願の目を向ける者もいた。だがリュウはそれに一切気づく事なく、無情の言葉を述べた。
「さて、戻るぞ。もちろん走ってな!」
リュウの声は衰えを感じなかった。あれだけやればいくら何でも疲れていそうだが、あの声はやせ我慢でも空元気でもない。
「く、くそ…あいつ、回復まで早いとは…」
屠自古が文句のような言葉を漏らす。確かに走って、滝行を受けて、スクワットをして、まだ20分ほどしか経っていない。彼はスタミナがすごいのもあるが、回復も早い。『孤高の探求者』が探求をし続けた結果自然と得た特権だろうか。
「ま゛、ま゛っでぐれ゛~…」
ナズーリンが半泣きで走り出す。足がぱんぱんで、まともに歩けすらしない状態で走っている皆についていくのはほとんど拷問に等しかった。だが行かなければ、置いてけぼりで帰るのすら困難と化す。何度も自分の足にむち打ち、ようやく走り出した。
「リュウ…恐ろしい人…」
ただただ修行風景を見ていただけの椛はこれまた呆然とリュウが去って行く後ろ姿を見ているだけだった。彼には、妖怪の山の天狗が束になってもかなわないかもしれない、そんなことまで脳裏によぎっていた。
―人里―
どうにか人里に戻ってきた一同に待っていたのは、昼食。だが今は栄養補給より、足への激痛回復が最優先だった。
「は、早くも筋肉痛だぜ…」
魔理沙が地面にへばっている。今までの戦いで殴り合いなんてまともにしたことのない幻想郷の有力者達がそれに対応するという難題は、早々に解決できるものではない。
「よく考えれば…今まで私達のしてきたスペルカード戦って、時間制限ありましたよね…」
スペルカード戦においては、よほど強力なスペルでない限り時間制限が少なからず制約としてかけられる。しかしリュウの世界で行われているストリートファイトは、最悪どちらかが負けを認めるまで終わらない可能性があり得る。時間制限の制約という概念自体がないのだ。リュウの修行というのは、まず長期戦にも耐えうる持久力。これが最初のステップのようだ。
足の疲労の回復がほとんど進まない中、誰かが空から舞い降りてきた。
「ようやく降りられたわよ~、地上に!」
その声には一部の者に聞き覚えがあった。特に紫は、その声を聞いて嫌そうな顔をした。その名は比那名居天子、天界に住む『天人』という種族である。
「総領娘様~。一人孤立しないでくださいよ~?」
続けて空から降りてきたのは天子のお目付役、妖怪の永江衣玖だ。
「む? 君たちは見たことのない顔だな」
リュウは興味深そうに二人に顔を向ける。
「あら、都合が良いわね。異変に関わっているらしい外来人がすぐそばにいるなんて。私は比那名居天子。天人の中で代々伝わる比那名居一族の者よ」
天子は半信半疑にリュウの顔をのぞき込む。何か言いたいの、という態度はお嬢様気取りだ。
「私は永江衣玖。総領娘様のお目付役です。以後、お見知りおきを」
一方の衣玖は礼儀正しいお辞儀をした。
「俺はリュウ。もう知っているとは思うが、しばらくここに世話になる外来人だ」
リュウの挨拶の後、天子はじっとリュウの顔を見始めた。彼女は、どうもリュウが気にかかるようだ。
「ていうか、なんであんたらがここに?」
霊夢が聞くと、天子は腰に手を当ててから話し始めた。
「地上の噴火が天界にも届いて建物がやられてね。修復がようやく終わって地上の様子を見に来たって訳。突然噴煙が天界の家を爆発させたように崩壊したから、修復も大変ったらありゃしなくて」
どうやら自分たちが知らないうちに、彼女らも狂オシキ鬼の被害者となっていたようだ。そこですぐ地上に赴かないのは天人らしい、そう思った紫は一層天子に対する嫌悪を心の中で渦巻かせた。
「その原因が異形の者だって事、その異形の者はいなくなって関わりの深い外来人がいるって事だけしか情報がなくてね。確認を取るために降りてきたって訳」
天人は地上の新聞すら取らず、ただ身の回りに起きた物事だけ目を向け続けていたらしい。
「それなら、私から説明しますね」
文が一から分かるように二人に説明した。
「へえ…つまりこいつは、異変の渦にいながら異変を止めたって事…ややこしいわね」
天子はリュウを見ている。まだ半信半疑の気持ちが抜けていないのか、にらむような目つきをリュウから離さない。
「…俺を疑っても何も出ないが?」
リュウは天子の目を察してか、真剣になった。
「へえ…この天子様に対して結構な態度ね。やるってのなら受けて立つわよ?」
天子は不良の喧嘩のように意地の張り合いを仕掛けてくる。
「ほう。自信家のようだな、彼女は」
リュウは鼻で笑うような天子の態度を見て、笑顔になった。彼にとっては態度の気にくわなさより、強者である喜びの方が勝っている。この受け止め方の違いも、彼の特徴だ。
「あれが悩みの種でもあるんですけどね…」
どうも衣玖はこの天子の正確に手を焼いているようだ。言葉から苦労がにじみ出ている。
「…よし、その話、望む所だ」
リュウは構えた。天子と戦う気だ。そして―――
どうもリュウは、午後の修行について何をするか既に浮かんでいるようだ―――