東方殺意書   作:sru307

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 リュウの修行が続く日常が始まった。
 そして幻想郷は、新たな人を巻き込んでいく―――


第52話「互いの道」

第52話「互いの道」

 

 

―迷いの竹林・妹紅の家―

 

 

 リュウの修行が始まって数日後。まともにリュウの修行について行けるようにやっとなった頃の事だった。

 

「く…う~~~ん…」

 朝の日差しを浴びながら、妹紅が背伸びをする。実のことを言えば、あの修行の翌日無茶をしたせいで筋肉痛に襲われたのは内緒の話である。

 

 しかしその筋肉痛も、数日経って体が慣れてきたおかげか起こさなくなり、これだけでも生長している気がする。

 

 妹紅は首を左右に振りながら、出かける支度をする。今日もリュウの所で修行しようと考えていたところだった。迷いの竹林の警備ばかりでは、体がなまってしまう。その意味でも、リュウの修行は有意義だった。

 

 準備を続けていると、外から竹藪が動くガサッ、という音がした。

 

「ん…?」

 

 妹紅はすぐさま音のした方向に振り向いた。風もないのに一カ所だけ揺れるのはあまりにも不自然だからである。

 

「お!」

 

 竹藪の中からぽんと出てきたのは赤色の胴着を着た、金髪の男。筋肉質な腕は、一瞬リュウを想像させた。だが見た目と彼から受ける印象がまるで違う。だがどうも、リュウと親近感を覚える妹紅は彼がすぐに気になった。

 

「………」

 

 しかし何と言葉をかけて良いか分からず、妹紅は黙って男を見ているだけだった。少しの場の静寂が訪れた後、男が自分から妹紅に近づいてきた。

 

 

「お嬢さん、口はあるようだが、人の言葉は分かるかい?」

 

 

 男の声は明るかった。そして軽~いノリで言ってきた。

 

 

「お、お嬢さん!?」

 

 

 妹紅は顔を赤らめて慌てた。自分の事をこんな風に呼ぶ人は初めてだ。初対面なのもあるが、いきなりでこの呼び方は予想外だ。

 

「お、分かるみたいだな。それなら助かるぜ、ここまで生き物すら会えずに困り切っていた所だったんでな!」

 

 男にとって、妹紅の存在はありがたかったみたいだ。事実、迷いの竹林の道案内役でもある妹紅を見つけたのは幸運でもある。彼女の案内なしでは、迷いの竹林は抜け出すことすら不可能と化す可能性が高い。

 

 それをつゆ知らずの男は、妹紅が顔を赤くして何も言えていないことに気がついた。

 

「『お嬢さん』じゃ悪かったかい? なら名前を教えてくれ、これからはその名前で呼ばせてもらうからよ」

 

 男は妹紅の名を聞いてきた。自己紹介を要求するところを見ると、彼は妹紅の世話になる気満々のようだ。

 

「私は藤原妹紅。あんたは? ここら辺じゃ見かけない顔だが」

 妹紅は男のもくろみに乗りながらも答えた。

 

 

「俺はケン・マスターズ。紫って奴に誘われて来たんだが…どうも道に迷っちまってな」

 

 

 妹紅はケンの言葉を食い入るように聞いた。紫に誘われた、ということは、もしや…

 

「お前…まさかリュウの知り合いか?」

 

 考えればすぐ聞くべき事だが、ケンの押しが分からない以上、後出しになった。

 

「お、リュウを知っているのかい。知り合いも何も、俺はお互いに修行をした仲だからな」

 

 妹紅はケンの言葉を頭の中で復唱した。お互いに修行した仲。つまり、リュウの事をよく知っている者だということ。彼がどんな道を歩んできたかを、そばで見てきたであろう人。

 

「それでちょっとお願いしたいんだが…リュウのいる場所に案内してくれないか?」

 

 

 予想通りの言葉だ。道に迷っていた人間の決まり文句。妹紅にとってはうんざりするほど聞いてきた文句だ。だが今回ばかりは、『必ず案内しなくては』という使命感がいらないおまけつきのようにのしかかってくる。

 

 

 そう考えたとき、妹紅は提案していた。

「案内するのはいいが…少し話をしないか?」

 

 

 

「へえ、リュウがあんたを弟子にねえ!」

 

 ケンは笑いながら妹紅の話を聞いた。そばには湯飲みを置いておき、気楽に話せる場を作った。できる限りリュウの事を聞き出すための妹紅の作戦だ。

 

「ただ、あいつはどうも向いていないっていろんな人に言われているけどな…それを知っていながらついてくる私達もどうかと思うが」

 妹紅は頭をかきながらそう言う。

 

 

「はは、リュウらしいな! でもそれを邪魔しないようにしてくれ、あいつの取り柄はそこにあるからな」

 

 

 ケンは笑いながらそう言ったが、その言葉の裏にはリュウを見守る意志が眠っているように妹紅は感じた。彼は心のどこかで、リュウを心配しているように。

 

「…なあ、ケンから見て、リュウはどんな奴だと思うんだ?」

 

 話を伸ばせばケンにはぐらかされる。ケンの言葉からそう考えた妹紅は即座に聞いた。

 

「そうだな…」

 

 ケンは少し考え込んだ。妹紅にしたら、そんな簡単に答えてくれるのかと思ってしまった。てっきり、黙り込んだりするのかと…

 

 

「一言で済ますなら、『純粋』だ」

 

 

 ケンは虚空を見ている。その目には、この場にいないはずのリュウが見えているようだった。

 

 

「あいつはどんなことも真っ直ぐに受け止める。でも曲がったことが嫌いだとかじゃない。曲がったことを真っ直ぐなことにしてしまうのさ。俺から見たリュウの姿は、これに限る」

 

 

 ケンはきっぱりと言った。それ以上の答えを求めても駄目なようだ。

 

「…本当にそれだけなのか?」

 

 だが妹紅は、聞かずにはいられなかった。殺意の波動という、心につけいる隙がわずかに眠るリュウには、少しだけ休みたいと思うときはないのだろうか。

 

「俺から見た限りじゃな。あいつはどこで会っても同じ目をしている。疲れとかを感じさせないんだ。笑っちまうぐらいおかしいだろ? 世界各地を転々としているのに、疲れていないように見えるってことだから」

 

 確かにおかしい事だ。疲れより欲求が勝つというのか。考えるだけで「変」の漢字一文字が浮かんでくる。妹紅も考えた途端、笑顔になった。

 

「リュウがそう見えるのか…確かにあの修行で全然疲れていないところを見ると…」

 

 妹紅は一瞬体が震えた。あの修行は、今思い出しても恐ろしく過酷だ。

 

「それがあいつの底知れぬ強さの根源さ。俺、いや誰にも分からない、リュウだけが知る力の源」

 

 ケンはそう言って、お茶を飲む。彼の表情に曇りは見られない。しかも、リュウの事についてここまで簡単に話してくれるなんて思ってもみなかった妹紅は、思い切ってこんな事も聞いてみた。

 

 

「平気なのか、そんな人を一人にして。修行を一緒にしてきたなら、少しは心配してもいいんじゃないのか?」

 

 

 妹紅の言葉に、ケンは人差し指を立て横に振った。

 

 

「俺は、あいつとは違う道を歩んでいる以上、何も口出しすることができないのさ…俺は、家族を守るための力があればそれでいいと思ったからな」

 

 

 同じ拳を持った者でも、考え方が違えば道は違う。リュウの場合、その道が特異過ぎるのだ。だがその根本は同じ道から枝分かれした道。ケンはそう考え、リュウを別の道から見守る事を選んでいる。妹紅はそう感じた。自分たちは、ただリュウの生き様に圧倒されるばかりだったから。

 

 改めて思う。リュウは、とんでもない男だ。

 

「ごちそうさん。美味しかったぜ、このお茶」

 ケンは湯飲みを床に置いた。中のお茶は少しの残りもなく全て飲み干されている。

 

「それじゃあ、案内するよ。人里でいいんだよな?」

 妹紅はすっぱりとリュウの事を聞き出そうとする心にけじめをつけ、ケンに言った。

 

「ああ、頼むぜ!」

 ケンは了解した。

 

 

―人里―

 

 

「ここがリュウのいる所か? だいぶ古めかしいな、紫って奴が言っていた通りだが…」

 ケンは辺りの建物に視線を泳がせる。彼にとって、人里の光景は新鮮なものらしい。

 

「ケン。あんたの住む世界ってどんな所なんだ?」

 妹紅が何気なく聞いた。

 

「この世界…幻想郷って言ったか? こことは建物の作りも、交通も、何もかもが違うぜ。俺らがいきなりここに住め、っていわれたら、不満が爆発しそうなぐらいにな」

 

 本当か、と妹紅は言いたげな顔をしたが、流石にこれ以上の言及は避けた。今の暮らしが当たり前な自分に、ケンの世界の生活は想像できなかったからである。

 

「しかし、この環境は確かに修行時代を思い出させるな。修行時代も、こんな自然豊かな所でやってたもんなあ…リュウが気に入っているのが目に浮かんでくるぜ」

 

 ケンは懐かしさを感じながら人里を歩いている。時折深呼吸をして、空気のおいしさを感じている。

 

「どうしたんだ? なんか、緊張でもしているのか?」

 妹紅が聞くが、ケンはまた人差し指を立てて横に振った。

 

「俺はアメリカに住んでいるからね。この空気は新鮮なんだ」

 妹紅はケンの言葉に疑問を持った。その疑問とは、訳の分からない単語にだった。

 

「あめりか??」

 全世界の人が知っていることでも、妹紅にとっては訳の分からない単語だ。いくら数千年生きていても、少なくとも日本から出たことがないのだから、無理もないが。

 

「おっと、分からないか。俺の世界に来れば、すぐ分かる事だぜ」

 ケンは妹紅に向けて親指を立てた。彼もリュウと同じく、色々な世界を知っているらしい。

 

「さて、この家にいないだろうか…」

 妹紅は先日にも来ていた元治療室のあった家にたどり着いた。こういうのは朝に水汲みに行く修行があるからだ。今まさに行っているかもしれない。

 

 その予想通りだった。こちらに向けて歩いてくる3人がいたのだ。

 

「う…やっぱりまだ重たい…」

 フランの体がプルプルと震えている。まだバケツ2杯をつるした天秤棒のバランス保ちに苦戦中だ。

 

「おっと…」

 霊夢は静かにしながらも、天秤棒のバランスを保ち続ける。

 

「…」

 リュウは無言でひょいひょいと天秤棒を肩に担いでいる。歩くスピードも2人より早い。あっという間にその姿が大きくなっていく。

 

「ん?」

 リュウは妹紅のそばにいる男の顔を二度見した。

 

 

「相変わらずだな!」

 

 

 ケンは笑顔で手を広げた。

 

 

「ケン!」

 

 

 リュウは天秤棒を置き、駆け足でケンの元に向かった。ようやく、自分が知っている人物に会えた喜びが、少しだけ顔ににじみ出ている。

 

「待てなくてな! 紫って奴に誘われて、こんな異世界に来ちまったよ」

 2人は腕をくみ交わした。これが2人なりの挨拶らしい。

 

「妹紅、こいつはリュウの知り合い?」

 水を置きながら霊夢が聞くと、妹紅はすぐに答えた。

 

「ああ。リュウと一緒に修行していたらしい」

 妹紅がそう言うとフランの羽が興奮したようにパタパタと動いた。

 

「リュウと修行していた!? って事は、この人も…?」

 妹紅はフランが興奮するわけを察した。

 

「ああ。おそらくだけど、リュウと同じ技を使えるだろうな…」

 妹紅が2人にそう言っている間に、ケンは重要なことを話していた。

 

 

「…聞いたぜ、あんたがここでやっていたことも…」

 

 

 やはりケンは、紫から幻想郷で起きた事を聞かされていたらしい。今まで笑顔だったケンの顔が、急に悲しげな顔になった。

 

「…どうなんだ?」

 ケンは心配そうだった。友としての心を持っている以上、互いの道を歩んだとはいえ心配しないはずはなかった。

 

 

「…確かに、間違った道に歩を進めてしまったのは事実だ。だがこの2人が、その歩数をゼロに戻してくれた」

 

 

 リュウは横目で霊夢とフランを見た。

 

 

「そして、ようやく踏み出せそうだ。『真の格闘家』への道を。そして、その視界も良好だと!」

 

 

 リュウは確信の表情になった。ケンがこの表情を見るのは久しぶりだった。彼に似合う顔は、これしかないと分かっていたから。

 

「はっ! それでこそお前だよ! じゃあ…やるかい?」

 

 ケンは笑顔で構えた。リュウも笑みを浮かべて構える。

 

 

「もちろんだ!!」

 

 

 2人の似たようで少し異なる構えを見た瞬間、霊夢は行った。

 

「…戦う気ね。この2人は、拳で語るってことしか頭にないわ!」

 

 霊夢は2人から離れる。この2人の戦いには近寄ったら危険だ。一般人はもちろん、片足を突っ込んだ程度の自分たちでさえも。

 

「ちょっとみんなに伝えてくる!」

 フランはかけ出した。皆に、2人の戦いが始まる事を。

 

 

 いよいよ本場のストリートファイト、ここに開幕―――

 


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