東方殺意書   作:sru307

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 リュウの世界の実力者が次々とやってくる。
 その中の一人は、限りなく人間ではない人間―――


第54話「恐怖(?)の『慣れ』」

第54話「恐怖(?)の『慣れ』」

 

 

―人里―

 

 

 ケンがやってきた、その翌日―――

 

 

 この日、華扇はのんびりと人里を歩いていた。ここまでリュウの修行に霊夢、フランと共に受け続けてきたが、修行から一度距離を置くのも大切だ、そう考えて人里の警備兼休養として人里を歩き回っていた。

 

 人里は殺意異変の事をまるで忘れたかのように賑やかだ。人々の生きる力強さを感じながら、華扇はのんびりと歩いていた。

 

 

 すると、なぜかは分からないが、華扇の辺りだけ人々がざわざわし始めた。華扇は少しだけ妙に思いながらも、気にしていないように装って歩き続けていた。ところがざわつきは時間が経つにつれだんだんと大きくなっていく。これは普通ではないなと思った華扇は辺りの警戒を強めた。そして、辺りがざわつき始めて数分後―――

 

 

 華扇は足を止めた。そして振り返った。振り返った理由は単純明快だ。地に足をつけず、あぐらのような体勢で宙に浮かぶ修行僧の格好をした男がいた。普通空を飛んでいる人程度なら振り返ることはしない。自分も空を飛べるのだから、特段気になってしまうことはないのだ。だが今回は違う。彼が浮いている理由には、自分では理解できない力が働いていると直感的に思ったのだ。初めて殺意の波動を知ったときの、驚きに似たものを。

 

 

 そして今、華扇はようやく理解した。辺りがざわついているのは自分がいるからでもなければ、何か事件が起きた訳でもない。この修行僧の男が、あまりにもおかしいであろう原理で浮いて動いているのが人々に見えているからなのだ。

 

 

 思わず修行僧の男の後ろまで向かい地面の間に手を入れてみる。何も当たらない。透明な動く物体があって、そこに修行僧の男が乗っているわけでもなく、本当に修行僧の男が浮いている。それを見ていた人がいたか、ざわつきが激しくなる。賑やかだった人里が、ひそひそ話の場へと急展開する。

 

 

「ま、待ってください!」

 

 

 華扇は修行僧の男を呼び止めた。男は前に進む体を止めた。体は浮いたままで、華扇の方に顔を向けてくる。彼の表情は無表情だ。その顔には、何事にも動じない強い精神力が感じられた。

 

 華扇が修行僧の男を呼び止めると、ざわついていたのがぴたりと止んだ。中には2人が話そうとするのを黙って必死に聞こうとする人もいた。その視線も気にせずに、華扇は言葉を続けた。

 

 

「あ、あなたの体が浮いているのは一体…?」

 

 

 微妙に言葉に詰まりながらも、伝えたい主旨は言い切った。修行僧の男はすぐに華扇が言いたいことを察し、話してくれた。彼の声には、どこか深みがある声だった。

 

 

「これは『ヨガ』…」

 

 

 修行僧の男の口からは、謎の言葉が出た。

 

 

「よ…よが??」

 

 

 当然華扇には聞いたこともない言葉だ。それでも、神秘的な何かを感じ取ることはできた。これが、おそらく自分には理解できない力の正体。

 

 修行僧の男はゆっくりと両足を地面に下ろした。面と見てみると、首に小さな頭蓋骨が3つかかっている。華扇はそれを見た瞬間びくっとした。こんな縁起でもないものをなぜ首飾りにするのだろうか。

 

 華扇が首飾りばかりに目を取られていたため、修行僧の男が説明した。

 

「この首飾りの頭蓋骨は私の国で貧困になり、死んでしまった子供達のもの…子供達に報いるために、首飾りにしていつも持ち歩いているのだ」

 

 華扇はそれを聞いてホッと安堵の息をついた。だがそれと同時に、彼の強い精神力の根源を見た気もした。

 

 

「自己紹介が遅れた。私はダルシム。八雲紫という者から幻想郷の存在を聞き、この地に足を下ろした者。そなたの名前は何と申す?」

 

 

 ダルシムの声は優しく、先ほどまで宙に浮いていた者とは到底思えない声を発した。

 

 

「茨木華扇です。親しい人からは『茨華仙』と呼ばれています」

 

 

 華扇の自己紹介を聞いたダルシムは、何か気に入ったように華扇の顔をまじまじと見た。気になる所でもあるのだろうか。

 

「紫殿から、『幻想郷は人外の生き物が数多く生きている』という話を聞いた。もしや、そなたも…」

 

 どうもダルシムは、華扇を既に人間ではないと疑ってかかっていたようだ。

 

「は、はい。私は仙人という種族です。と言っても、まだ修行中の身ですが…」

 

 華扇はじっとこちらを見るダルシムの目線に気圧される形で答えた。彼の目には黒目がない上、さっきの浮いた体もあるせいで宇宙人か何と思えるまでになっていた。それ故、華扇はいつになく脅されているように思えてならなかった。満足する答えがなければ、すぐに逆鱗に触れるのではないかと気が気でなかった。

 

「『仙人』を種族とするのか。なるほど、別の世界の考え方は、やはり似て非なるもののようだ」

 

 ダルシムは優しい声を変えずに言う。彼には華扇の心を読む力は有していないようだ。

 

「…あなたも八雲紫に連れられて?」

 

 華扇が気になっていたダルシムの居場所を聞くと、ダルシムは予想通りの答えを返してきた。

 

 

「うむ。私もリュウの住む世界の者…故にストリートファイトをする者でもある」

 

 

 この答え、つまり彼もリュウの事を知っている。そしてストリートファイトの世界に身を投じた戦士。その『ヨガ』というものを駆使して戦うというのか。だが宙に浮く程度では、あのストリートファイトには愚か、幻想郷のスペルカード戦にも到底ついて行けないのはすぐ分かる。となると、『ヨガ』にはまだ隠された力があるとみて間違いなさそうだ。

 

 華扇はダルシムの動きを監視するようにした。彼が言う『ヨガ』は、何か自分に驚きを与えてくるだろう覚悟を固めた。何が来ても驚かないように。

 

 

 だが、それは一瞬にして崩壊した。

 

 

「それで、なぜこの幻想郷へ? リュウと同じように、戦いに来たような者ではないようですが」

 

 華扇が理由を聞くと、ダルシムは笑みを浮かべた。

 

「この世界に悟りを開いた者はいないだろうか? その者と話がしたい…。私の世界とこの世界の考え方が違うなら、その考え方に近づいてみたい…」

 

 ダルシムが言い切ろうとしたその時。

 

 

「待て―!」

 

 

 男の声が、人里中に響き渡った。華扇とダルシムが声のした方向に顔を向けると―――

 

 

「どけぇ! どきやがれ!!」

 体格のいい身長185センチはあるであろう大男と

 

「へっへっへ、近づいたら兄貴が容赦しないぜ! 殺されたくなければどきな!!」

 細身ながら強面の男が誰かから強奪したであろうバックを持ってこっちに向かってくる。はたから見ても分かる、盗人だ。

 

「あの2人…! またですか!」

 

 華扇の言葉を聞いた途端、ダルシムの顔が一気に真剣になった。やはり同じ事を何度も行う輩に対して慈悲のない心を持つ点は人間の良識を有しているようだ。

 

「ナイフ持ちですか…少々面倒ですね…」

 

 華扇はこちらに向かってくる2人の男の内、大男が持っているナイフに目をつけた。刃渡りが広く、殺傷性が高い。下手な接近は命の危機に関わる。どうやって止めようかと考えていたとき―――

 

 

「仕方あるまい…茨華仙よ、ここは私に」

 

 

 ダルシムが華扇をかばうように前に出る。華扇はダルシムのやりたいことを察した。止めるつもりだ。だがどうやって止めるつもりなのか。ナイフを持っている大男に接近するのは危険すぎる。2人の体格を見る限り、身体能力は普通にありそうなので、接近を許せば素人では止められないどころか命を奪われてしまうだろう。どうするというのか―――

 

 

 華扇があれこれ考えていた次の瞬間、ダルシムの両腕がグイ~ンと伸び、大男の両足をがっちりと掴んだ。

 

 

「なっ!?」

 そのまま両足を引っ張り、大男は何も抵抗できずに転んだ。右手のナイフがこぼれ落ちる。それを見逃さないダルシムはナイフを伸びた腕のまま奪取し、腕を戻して自分の所へ引き寄せた。

 

「お、おい! 何だ今のは!?」

 

 一瞬の出来事とはいえ、目を疑う行為が起きて辺りが騒ぎ出す。中には物陰に隠れる者までいた。ダルシムを怖がったのだ。無論この事実を目の前で初めて見て、驚かない者がいるはずがない。華扇もそれを見た瞬間、腰が抜けて尻餅をついた。そして一気に、脳の思考が停止した。

 

「茨華仙よ、これは持っていてくれ。私は人を殺めることはしたくないのでな」

 

 ダルシムは奪い取ったナイフを尻餅をついたままの華扇に手渡した。華扇はナイフを受け取って万が一奪われないようにポケットに入れたが、あの衝撃で手がおぼつかずナイフを何度も落としていた。

 

 細身の男は兄貴と慕う大男が倒れたのを見て強行突破に入ろうとする。

 

「そ、そこをどけ!」

 男はダルシム向けて脅すが、ダルシムは引く気なんてさらさらない。

 

 

 ダルシムは息を大きく吸う。そして何と炎を吹いた。

 

 

「ヨガフレイム!」

 

 炎はあっという間に細身の男の全身を包んだ。

 

「あ、あちち!! 熱っつ、熱い!!!」

 細身の男は火だるまになって地面をのたうち回る。火はなかなか消えず、細身の男はただもだえ苦しむだけとなった。その間に奪われたバックをダルシムが取り返す。すぐに華扇に渡したが、華扇は腰が抜けたままだ。

 

「よし…後はあの男だけ…」

 ダルシムはすぐに転ばせた大男の方に顔を向けた。

 

「くっ、やべえ…ここはもう逃げるしかねえ!!」

 

 大男は仲間であるはずの細身の男を置いてけぼりにして後ろを向き、逃げ出した。彼の足は速く、ダルシムとの距離は結構ある。ダルシムの走るスピードが分からないとはいえ、このままでは誰もが逃げられると思うところである。

 

 

 しかし、それは完全なる思い込みであった。ダルシムは、一瞬だけ宙に浮き、こう言った。

 

 

「ヨガテレポート!」

 

 

 次の瞬間、ダルシムの姿が華扇の元から消えた。

 

 

「!!!?」

 

 

 華扇が大きく目を見開いた。あまりにも一瞬過ぎたため、瞬きをしたら分からなかったほど。そしてダルシムの姿は―――

 

 

 既に逃げようとして振り向いた大男の目の前の宙に浮いていた。

 

 

「少々痛い目を見てもらおう!」

 そう言ってダルシムは男の肩を掴み、男の真上に体を上げた。そして腕を伸ばし、天高く体が浮き上がった。

 

「ヨガ!」

 そのまま頭から真っ逆さまに落下して男に頭突きをたたき込む。

 

「ヨガ! ヨガ!!」

 そのままもう一度腕を伸ばし勢いをつけて頭突きを2度繰り返す。しかも腕がさらに長く伸びていく。

 

「ヨガ~…」

 

 最後にはおそらく高さ7メートル近くまで腕が伸びる。しかもその腕はねじられている。

 

 

「シャングリラ~!!」

 

 

 腕のねじりを戻す反動で回転しながら落下し、とどめの頭突きを見舞う。しばらくダルシムの頭は回転し続け、ぴたりと止まった瞬間にようやくダルシムが両手を肩から離して地面に着地した。男は白目を向いたままうつぶせに倒れた。気絶したらしい。それを確認したダルシムは、再びテレポートをして華扇の目の前に降り立った。

 

 

 華扇は腰が抜けたまま、ダルシムの奇行を見続けるだけだった。

 

 

 待って、この人の腕…え? の、伸びた、よね? 腕が…伸びたのよね? んで…炎…口から…吐いた…よね? それで…残った1人は…なんか…瞬間移動…した…の??

 

 

 半分思考が停止した脳で片言のように言葉がゆっくりと紡がれた。最後だけほぼ確信がないのは一瞬過ぎたからだ。さっき見たのは紛れもないこの現実で見たもの…のはず。

 

 

 華扇は何を思ったか、自分の頬をつねってみた。もし夢なら、この痛みですぐ覚めるはずだ。

 

 

「いてて…」

 

 

 痛みを感じる。これは夢ではない。現実だ。紛れもなく、現実だ。ということは―――

 

 

「……………」

 華扇は頬に流れる大量の汗を感じながら、言いたいことを口の中に溜め続けた。そしてようやくダルシムがこっちに顔を向けた瞬間にはき出した。

 

 

「あなた、宇宙人ですよね!?」

 

 

 華扇がビシッと指を差して言った。あの腕を伸ばす技、火を口から吹く技に加え瞬間移動、それを統合すれば、彼はどう考えても宇宙人だ。

 

 

「私は宇宙人ではない!」

 

 

 しかしダルシムは誰かを叱るようにきっぱりと言い切った。

 

 

「いや、あなたのような地球人はいないと思いますけど!!?」

 

 

 華扇がまさに正論といえるツッコミを入れるが、ダルシムは聞く耳を持たない。彼にとってはこれが普通だという証拠だ。

 

 

「残念だが、紛れもない人間だぜ? 宇宙人でも妖怪でも何でもなくな!」

 

 

 そこにケンとリュウがやってきた。ケンが大男の襟部分を掴んで引っ張っている。傍らには慧音もいる。

 

「こいつらの処理は私に任せてくれ。きつくお灸は据えておくからな」

 

 慧音はそう言って2人を引きずっていった。この後彼らに待っているのはおそらくダルシム以上に痛い慧音の頭突きだろう。

 

「確かにここなら、腕が伸びる程度じゃ驚かれないんじゃないかと思ったが…無理だったか」

 

 リュウが華扇の手を取り、持ち上げた。腰の抜けた華扇はリュウの手助けを持ってしてようやく立ち上がった。

 

「…説明をしてください。なぜ、こんな事が?」

 

 華扇は静かに言う。リュウは全て語ってくれた。

 

 

 

「………」

 リュウの説明が終わると、華扇はうつろな目でダルシムを見ていた。もう、リュウの世界はほとんど幻想郷と同じではないか、と訴えそうだ。

 

「こーいう奴がほいほいいるわけさ。理解できたかい?」

 ケンが華扇の心に矢をぐさりと刺すように笑いながら言った。完全に慣れきっているのだ。これだけの技を持った者がそばにいても平気にいられるのは。

 

「変な目で見られるのはもう慣れている…そこまで気にしている事ではない」

 ダルシムは微笑みをケンに向ける。ダルシムも慣れてしまっている。何という『慣れ』の連鎖である。

 

「リュウの世界って怖すぎる…」

 

 華扇は背筋に寒気を感じていたのだった。そして悟った。これからは、確実に私達が振り回される事になるだろうと。

 

 

 

「…我ながらとんでもない人を呼んだものね」

 その様子を、スキマを空に開けた紫が見ていた。紫は、彼を幻想郷に招いたことを一瞬後悔した―――

 


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