そのきっかけは、意外なところから得る者もいた―――
第57話「悔しさ」
―魔法の森―
殺意異変中、殺意リュウの住処と化していた魔法の森。今になってはそれもすっかり忘れ去られたように妖精と妖怪が住み着く元の魔法の森と戻っていた。
ただ、気分が晴れ晴れとしない妖精・妖怪も多く、ストレスをため込んでしまう者もいた。その中には、あの氷の妖精も入っていた…
「この! この! この!!」
チルノは凍らせた蛙を何体も用意し、八つ当たりのように砕いていた。そんなことをしても自分が強くなることはないのはいくら⑨でも分かっている。だがどうしようもなくいらついた気持ちが、蛙への八つ当たりに至っている。
「チルノちゃん…」
その様子を大妖精は悲しげに見ていた。自分も殺意リュウに拒否権がないとはいえ負けた身、かける言葉がなかった。
「大ちゃん、チルノちゃんは今日もあんな感じ?」
そんな大妖精に寄り添うのはリグル・ナイトバグ、虫の妖精である。彼女はチルノと大妖精の親友でありながら、この2人とは魔法の森の違う場所に住んでいる。時折このように会いに来るのだが、ここ数日はチルノを心配して1日に何度も来ていたが、チルノはずっとあんな感じだ。大妖精はため息をリグルに見せた。
「どうにかチルノちゃんを元気づけたいんだけどな…」
そう口では言う大妖精だが、打つ手がない。八方ふさがりだ。今日もこのまま時が流れるだけ、そう思えていた。
一方、妖精3人から離れた場所では―――
「はあ…参ったぜ、何だってこんな森の中に何にも持ってねえ俺を迷い込ませたんだ、あの女」
茶髪の長髪を触覚1本だけ残しオールバックにした男―――火引弾はとぼとぼと歩いていた。彼も八雲紫に誘われた者、しかし否応なしに紫に連れ去られる形で幻想郷の地に降り立つことになり、何も準備なしに魔法の森に迷い込んでしまったのだ。
そしてその巻き添えを食らった『獣』に近い『人間』がいた。
「ウウ…ココはジャングルっぽくないな…こんなにスズしくないぞ、ジャングルは…」
緑色の肌にオレンジの髪、鋭い牙と爪。見た瞬間人間のものではないとくってかかるであろうこの人間の名はブランカ、ダンとはある時に会ってから親友となった者である。元はブラジルのジャングルを故郷としている。幻想郷の秋は、ブランカには寒く感じているようだ。
そんな2人を、ある妖精が見つけていた。そして何やら作戦を立てていた。
「ねえねえ、皆であの人を驚かそうよ!」
作戦の立案者はリーダー格であるサニーミルク。
「いいね~、やろうやろう!」
それに乗り気なのはルナチャイルド。
「じゃあ、私の能力で…っと。作戦開始!」
能力で2人を追跡するスターサファイヤ、3人まとめて『三妖精』と呼ばれる者達だった。
この三妖精、普段は博麗神社の後ろにある大木に住んでいるのだが、今日は自分たちの元の家、魔法の森に遊びに来ていた。ダンとブランカを見たのはたまたまである。
三妖精は2人の目線に入らないように注意を払いながら、背後をつけていった。
光を屈折させる程度の能力―――サニーミルクの能力。光を屈折させて光学迷彩のように姿を消したり虚像を作って化かしたりできる能力。しかし雨の日には屈折現象が目に見えてしまうため、役立たなくなってしまう―――
周りの音を消す程度の能力―――ルナチャイルドの能力。この能力を持てば周りの音は無音となる。逃げるときに音の痕跡が残らないという大変便利な能力。ただし、相手がこの能力を持っていることを知っていた場合、『音が鳴らない場所にいる』と疑われて逆に見つかりやすいらしい―――
動く物の気配を探る程度の能力―――スターサファイヤの能力。これも名前の通り、動く物の気配を察する事ができる。かくれんぼで使えば無敵に近い能力だが、それ故に鬼役に彼女がなることはないらしい―――
そんな三妖精に尾行されているとはつゆ知らず、2人は森の中を当てもなく進んでいた。
「ん? ダン、ニオいがするぞ!」
ブランカはジャングルで鍛えられた嗅覚で何者かの匂いを嗅ぎ取る。
「お! こんなへんぴなところに人が住んでいるのか?」
ここまで人間はもちろん、妖精や動物、さらに言えば昆虫や虫にすら会ったことがない2人にとって朗報だった。現実味を与えてくれる上、もし話が通じるのなら、なおさらだ。
ブランカが匂いを辿っていくと、次第に森はうっそうとした所からまばらに木が生えて視界が良くなってきた。すると―――
「あ…」
偶然の遭遇だった。歩いていた方向がチルノ達のいる方向だったのが大きな理由だ。ブランカの匂いだけでは道も整備されていない魔法の森を抜け出す自体が無理がある。
「ん? 人間?」
チルノは凍らせた蛙を壊す手を止めて、ダンをまじまじと見た。
「ひっ!? こ、この獣は…まさか、妖怪!?」
大妖精がブランカを一目見た瞬間、怖がる。
「ヨーカイ? よくワかんないけど、オレはヨーカイじゃないぞ!」
ブランカは大妖精に反論する。動物とか言われるのは慣れているが、聞き慣れない生き物だと思われるのは憤慨だ。
「人間…じゃなさそうだな、その羽が生えているって事は」
ダンは『あ、これはヤバイかも』という空気を醸し出すしゃべり方をした。
「ダン、この3ニンだ。さっきカいだのは、この3ニンのニオいだ」
ブランカは3人を指さした。彼の鼻に感じる匂いは、この3人から出ている。
「えっ、私達の匂いを嗅いで?」
リグルが思わず自分の服の匂いを嗅ぐ。そんなに異臭がしただろうか、と疑問に思ったのだろう。
「ああ。ジ…ブランカの鼻の良さは犬よりもすごいぜ? 俺じゃ分からない違いまで分かるからな!」
ダンは一瞬ブランカの本名を言いかけて口を止めた。ブランカの本名は、知る人にしか知ってはならない名前だ。下手に見知らぬ人に名乗る名ではない。
「とりあえず、名前を名乗るのがマナーって奴じゃないの?」
チルノは堂々とした態度で腕を組んでいる。いつでも臨戦態勢にはしておきながらも、相手の様子をうかがおうとする姿勢が見て取れた。
「大丈夫なのチルノちゃん? この人たちを信用して?」
いきなり遭遇した人をここまで簡単に信用していいものか、リグルは心配だった。
「大丈夫、大丈夫! いざとなったら、凍らせちゃえばいいから」
さらりと怖いことを言ったチルノにダンはおびえた。そして、もしそうなったときはとんずらするしかないと腹に決めた。
「…どうする?」
ルナは2人に聞く。ここに来て相手が増えてしまった。これでは驚かそうにも危険がつきまとう。
「うむむ…作戦変更! 驚かすんじゃなくて、このまま透明人間みたいにいたずらしちゃおう!」
サニーが作戦変更を2人に伝える。
「いいね~、じゃあ、手始めにその辺にある石ころが勝手に浮いたりするのを…」
スターが辺りを見回して悪戯道具を探す。三妖精の存在はまだ気づかれていない。完全に三妖精は図に乗っていた。
そこに能力が通用しない人間がいるのを知らずに。
その間に、自己紹介は途中で中断されることなく終わった。
「しかしごめんな、3人で遊んでいるところを邪魔する形になってしまって」
ダンは謝る。
「気にしてないよ。というか、なんでここに?」
ダンはすぐに説明した。説明の仕方には余裕がなかった。それだけ自分たちが切羽詰まった状況に置かれているのを表していた。
「八雲紫に連れられた!? あの人、妖怪の賢者と呼ばれているって本に書いてあったのを読んだけど…」
リグルの言う『本』とは、おそらく阿求を著者とする『幻想郷縁起』だろう。
「妖怪の賢者!? あんなきれーな奴が?」
ダンが驚く。どう考えてもあの見た目は美人以外の何ものでもない。
「うん。普通なら会うことすら困難な話なのに…」
リグルが話している間、ブランカはあさっての方向に顔を向けていた。どうも違和感を覚えているようだ。
(ん?)
ブランカはさっきまで嗅いでいた3人の匂いとは違う匂いを鼻で感じていた。そしてその匂いがブランカの本能に警告した。狙われていると。
「…ダン、ミンナをヒナンさせろ、このアタりからチガうニオいがする…」
ブランカはさっきより匂いを強く嗅ぎ取ろうとする。そして―――
「そこか!」
ブランカは匂いから近くにいたのを見破った。そして腹太鼓を始めた。ダンはそれを見た瞬間、自分の身が危険にさらされていることに気がついた。
「皆、地面から離れろ!」
ダンはブランカの事をよく知っていたため、慌てて木に登った。一方チルノと大妖精、リグルの3人は知らないため、訳が分からないまま飛んで地面から足を離した。
「ウォオオオ!!」
するとブランカの体が電気を帯び始めた。チルノ達は思わず目を疑った。自分で電気を起こせる妖精とか妖怪はいるが、今まで聞いたことも見たこともなかったからだ。
ブランカは溜めた電気を両手に集約し、強烈に地面を殴った。その瞬間、円上に電気が放電される。ブランカが言った『避難』とはこれの事だ。この時地上にいれば、当然その者に待っているのは感電だ。
見事その餌食となったのは、能力で自分たちの姿が見えていないからと高をくくり、近くに寄っていた三妖精だ。
「「「あばばばばばば!!!」」」
三妖精はレントゲンを撮られたように骨格が透けて見えるほど電気を流された。この電気、相当電圧も高いようだ。
「ダン、イマだ!」
ブランカが叫ぶ。
「お、おう!!」
ダンは地面に電気が流れきっているのを確認してから木から飛び降りた。三妖精の目の前に着地し、思い切って突っ込んだ。
「必勝!」
その勢いのまま、ダンは三妖精をまとめてタコ殴りにする。
「おらおらおらおらおら!!」
乱舞に見えなくもないタコ殴りのフィニッシュは――――
「無頼拳―――!!!」
体全体を飛び上がらせる、昇龍拳っぽいアッパーカットだった。三妖精はバラバラに吹っ飛び、背中からドスンと地面に落っこちた。全員全身真っ黒焦げで、見ただけでは誰なのか判別できないほどだった。
「こいつら…! また懲りずに私を迷わそうとしてきたのね!」
それでもチルノはどこで判別がついたのか、三妖精だと気づいた。一度、彼女らを倒したことがある。
「ぜぇ、ぜぇ…何だ、知り合いか?」
息の荒れたダンが聞く。
「うん。というか、こいつら博麗神社付近に引っ越したって聞いたけど…まさかここに遊びに来ていたとはね…」
チルノはそう言って改めてダンとブランカに顔を向けた。
「ありがと、あんた達がいなかったら、全然気づかなかったわ、こいつらが近づいていたことに」
チルノはそう言うが、ダンは手を横に振った。
「おいおい、礼ならこいつに言ってくれよ。これはこいつのお手柄だ。俺も姿が見えていなかったら倒せないぜ?」
ダンはブランカの頭をなでた。ブランカは嫌がらずにじっとしている。2人の仲はかなり良好のようだ。
しかしそう言った後のダンは、チルノの悔しそうな顔を見た。そして疑問を持って迷わずに聞いた。
「ん? どうした、なんか悔しそうだな」
チルノは説明したくなかった。今さっきあった人に説明しても分からないだろう。だが言えば少しは軽くなるか、そんな気持ちで語り出した。
「…なるほどな。そりゃあ、あんな顔をするわけだ」
話を聞いたダンは何か考え込み始めた。そして思いついたように言った。
「よし分かった、お前…チルノって言ったっけ? 今日から俺とジミーと一緒の場所で住もう!」
チルノは「へ?」というあっけに取られた顔になった。
「今回はジミーと俺がいたから…なんて言われたら返す言葉がないだろ? 遠慮すんな! むしろそんな能力があるなら、俺がお前から教わることだってあるだろうからよ!」
ダンはキュピーンと光る歯と親指を立てた手をチルノに見せた。チルノは、天性のノリの良さか、はたまたダンと同じおバカであったためか、気に入ってしまった。その証拠に、目がキラキラと輝いていた。
「チ、チルノちゃん!?」
大妖精が止めようとするが、乗り気のチルノはこの場にいる者では止められない。リグルも戸惑うばかりで何も言えない。
「んじゃあ、これからあたいとあんたは友達!」
チルノがビシッと親指を立てたが、ダンは思わずずっこけそうになった。
「おっとっと、こういう関係はダチって言葉じゃ表さないんだぜ!」
ダンはチルノを『友達』として見ていない。それはひどい言葉で表そうという事ではない。
「じゃあ、何なのよ? それ以外の言葉は、知らないわよ?」
チルノは別の言葉を考えたが、何も頭に浮かんでこなかった。
「『師匠』と『弟子』だよ!」
ダンはビシッと親指を立てた。チルノの真似でも何でもなく、自然と立てていた。
「『シショー』と『デシ』? よく分かんないけど、なんかかっこいいからいいね!」
チルノはここもノリの良さか、機嫌を良くした。
「よ―し! サイキョー流、修行開始だ!」
「お―!!」
「ウォ―!」
「「お、お―…??」」
乗り気の3人に乗せられ、大妖精とリグルも弟子になることになった。
こうしてサイキョー流は、火引弾を師、魔法の森の妖精達(?)を弟子として幻想郷でも発足したのだった―――のだろうか? 真偽のほどは未来を見なければ分からないだろう―――