狂オシキ鬼の恐怖を一番最初に受けた地底。
それを忘れさせる事が、3人の手で起ころうとしている―――
第59話「盛り上げ上手の3人」
―地底・旧都―
狂オシキ鬼によって噴火の起きた山の地下にある地底・旧都。噴火は地底に巨大地震をもたらし、多くの建物を半壊、全壊させた。幸いなのは地震による死者、けが人がいなかったことであった。故にすぐ復興に着手できたことだ。
殺意異変から1ヶ月経たないうちに、商店の連なる街道は復活し、一部では営業再開した店まであった。といっても、店の商品も紛失した状態だったので、満足な営業はできていなかったが。
また、それとは別の問題も浮上し始めてきた。住人達のストレスである。何しろ、住む場所を個人的なもので巻き添えを食らったのに等しい今回の地震は、人間と同じ感情を持った鬼や妖怪の頭を悩ませるように残り続けていた。休む間はほぼなく、作業を続けるだけのため、ストレスがたまるのは致し方ない。
―地霊殿―
一方、地霊殿。こちらも地震の被害が寛大で、勇儀や萃香の手を借りてようやく作業が進むといったほどまで崩壊が進んでいた。ただ、その中でも朗報はあった。
「復興の費用は何とかなりそうね。資材も順調に調達できているし…。後は時間の問題ね。やっぱりもう少し人手が欲しいわ」
さとりが地霊殿修繕の計画書を見ながらつぶやく。今自分がいる部屋も仮部屋、どうも落ち着かないのか、頭を抱えている。
「さとり様、お茶が入りましたよ~」
お燐が湯気立ち立ての緑茶を持ってくる。カップは4人分、もちろん地霊殿の家族皆の分だ。
「それじゃ、一度休憩にしましょうか」
さとりは計画書から目を離してお燐に笑顔を向ける。心なしかお燐には、この状況にもかかわらずさとりの笑顔がよく見ると感じるようになった。
「さとり様、終わりましたよ。とりあえず応急になるけど…」
空が頭に巻いたねじり鉢巻きを気にしながらさとりの元へ帰ってきた。
「お空、ちょうど良かったわ。お茶が入ったから、休憩にしましょう。ところで、こいしを見なかった?」
空は首を横に振った。こいしはその能力の都合上、いつの間にか地上に出ていることがよくある。それでも、必ず地霊殿に帰ってくる辺りはちゃっかりしているというべきか。
「お姉ちゃ~ん、お客様だよ」
と思っていた矢先、こいしが無意識を解いて現れた。
「あらこいし…ってお客様?」
さとりはこいしを視認すると同時に、こいしの言葉を疑った。
「うん。なんか3人とも道に迷っているみたいだったけど」
こいしがそう言いきった瞬間、4人の耳に足音が届いた。
「あ…今来たみたい」
この言い方、これはもしかしてとさとりが思った。
(というかこいし、自分で誘ったんじゃ…)
能力が通じないこいしがどうしたかは分からないが、そう思わざるを得なかった。そう考えている内に、足音が近づいてくる。
「ん? もしや、この館の主か?」
まず入ってきたのは傷だらけの体に赤パンツ一張羅のモヒカン姿の大男。
「む、今まで人間らしい奴がおらんかったが、ここは…いや、違ったかのう」
次に入ってきたのはちょんまげ姿の、これまた上半身裸の男。
「おお! こんなかわいい子がこの家の主なんか? ごっつ大っきい所に住んどるんやなあ!」
関西弁を話す赤い体の男だ。赤い体と書いたが、この人も上半身裸である。だから分かったのだ。
3人の巨体を見た3人(こいしは見慣れてしまった)は思わず後ろに引いた。全員常人とは思えない鍛え方をした筋肉を露出している。ただ唯一の救いは、普通に暴れに来た者ではないことと、言葉が通じることだ。
「…ようこそ、地霊殿へ。あなたたちの名前を聞いても?」
さとりは口元を腕で隠して表情を悟られないように言った。3人には不審がられていないようだ。
「私は赤きサイクロン、ザンギエフだ!!」
ザンギエフはマッスルポーズらしき両腕を上げて挨拶した。
「儂はエドモンド本田って申す。以後、よろしくお願いするでごわす」
本田は手を前に出した。
「ワイはハカンや。紫っちゅう奴に誘われて気がついたらこんなとこに本田はんと一緒におった」
紫。そうか、この3人もリュウと同じ世界に生きている者。それならこれだけの肉体を持つ理由も分かる。彼らも、ストリートファイトの道を進んだ者。ならば。
さとりは皆を紹介した。
皆の能力を悟られることなく、自己紹介は終わった。
「ふう…ようやっと、話を聞いてくれる人がおった…」
ハカンは一息ついた。どうやら迷っていたというのは事実のようだ。道を聞こうにも相手にされなかったのだろう。
するとザンギエフが、当然とも言える質問をさとりにぶつけてきた。
「何だか全員陰気くさい顔をしているな。まるで元気がないぞ? それに相手にされないほど忙しそうだ。何があったか聞かせてくれるか?」
ザンギエフの言葉は本心だ、さとりは能力をフル活用してそれを読み取った。ここはこじらせても何の得もないだろう。
さとりは話し始めた。狂オシキ鬼のことは念のため隠しておいて―――
「なるほど、今は皆この都の復旧で忙しいのだな」
ザンギエフは感心するようにうんうんとうなずいた。さとりは能力で、3人が納得しているのを読み取った。とりあえず、話が通じる相手である事は確認できた。暴漢の類いだったら、それこそ暴れられたら危険極まりない。あの肉体だ、どんなものでも壊しかねない。
(ん、待って、もしかしたら…)
さとりは一つの案が浮かんだ。そして、すぐに言葉にして話した。
「行く当てがないのなら、ここの復興を手伝ってくれると助かるのですが…」
さとりが3人の機嫌を損ねないよう静かに言ったが、3人の回答は早かった。
「いいぞ! 私の祖国も、復興を頼まれたら飛んで行くからな!」
ザンギエフはあっけなく了承した。
「人助けっちゅうもんはやると気持ちがいいもんじゃ! 儂も喜んでやるでごわす!」
本田も了承した。
「ええで! ここの盛り上がりようなら、油作りも販売も捗るっちゅーもんや!」
乗せられてではなく、完全に自分の意志でハカンも乗ってきた。この間、わずか2秒ほど。本当に一瞬だった。さとりはその勢いにびくっとした。
「お姉ちゃん、大丈夫なの? いきなり来た人を信用しちゃって」
こいしは心配だった。名を名乗ってくれたのはいいものの、異世界の人間をそんなに信用していいものだろうか、と不安だった。何せ(ほぼ化け物とはいえ)狂オシキ鬼の事があるから、なおさらだ。
「あの人達はどうも別の目的があるみたいだわ。それなら、その目的を達成させるステップに地底の復興を入れてしまえば良いのよ。彼らにも善意はあるようだし、此処はその善意を受け取るように振る舞いましょう」
さとりはこいしにそう言い、さらに3人のやる気が高まる言葉を続けた。
「ああ、言い忘れましたが、それ相応の対価はできる限り提供します」
さとりの言葉に3人はすぐ考え込んだ。先に閃いたのはザンギエフだ。
「対価か…よし、ここで試合ができる場所を作ってもらうのはどうだ!?」
ザンギエフが人差し指一本を立てる。
「おお、それはええ! 是非とも此処に土俵を作るでごわす!!」
本田はノリノリでそれに乗る。子供のように目を輝かせる本田を見たさとりが、少し笑いそうになった。やはり彼らは、個々の目的を持ってこの地に足を下ろしている。
「その場所が確保できるかどうかは分かりませんが…作ることができるのは保証しましょう」
さとりの言葉で2人の興奮は収まることを知らなくなった。
「相変わらずやなあ、本田はん。そんじゃ儂は、ここで油を作る場所をもらうのを対価としてもらおうかのう!」
その様子を見ながら1人対価を残されたハカンはこんな要求をした。
「店ですか…家屋を借りるのは無理かもしれませんが、屋台ならすぐ出せると思いますよ」
さとりがそう言うと、ハカンも笑顔になる。
「屋台か! それでも十分や、儂も経験したことがあるからな!」
もう3人は、それぞれの目的が達成された後の事を考えて笑いが止まらないようだ。それが簡単にかなうはずがないのだけれど、とさとりは思った。
だがその思いは、完全なる間違いであったことをこの時知る由はなかった。
3人は旧都を案内され、被害状況を見て回った。大柄な3人は、一目を引きつけるには十分すぎる。そのため、気にして復興の手を休め一同についていく者まで出てきた。
その目線を気にしながらも、さとりは被害のひどかった旧都の片隅にたどり着いた。そこには勇儀と萃香がトンカチで釘を打っている。
さとりの目線を感じたか、勇儀がこちらを向いてきた。それにつられたか、萃香もこっちを向く。
「お、さとりじゃないか、その3人は?」
さとりはすぐに3人を紹介した。
「ふ~ん…確かに見た目的には頼りになりそうだねえ…」
勇儀は3人の体つきをじっと見ている。確かに体格的には文句のつけようがないだろう。
「なんならその実力とやらを見せてもらおうじゃないの。おい、誰か一人ずつ、この人達の相手をしてやりな!」
勇儀が指名したのはザンギエフ、相手はザンギエフより少し体格が小さめの鬼だ。
「へいっ!」
体格差程度ではびびりはしない鬼は、ザンギエフを殴ろうとする。
「行くぞ!!」
が、ザンギエフは鬼の腕が体に届く前にがっちり体を掴んでいた。
「うりぁあああ!!」
ザンギエフが気合いのかけ声とともに飛び上がる。
「た、高っ!!?」
お燐は驚いた。それもそのはず、ザンギエフとがっちり掴まれた鬼がはるか高く、推定10メートルまで飛び上がっていたのだ。誰かを掴んだままなら、当然腕にはそれ相応の重さがのしかかる。さらに飛び上がるとなれば、足には強靱なバネがなければ不可能な話である。しかしザンギエフにはそんなこと関係なしだ。
そのまま回転しながら落下し、掴まれた鬼は頭から地面に埋まり込んだ。それはまさにパイルドライバーに回転を加えた『スクリューパイルドライバー』だ。
「どおりゃあ!!」
ザンギエフは綺麗に鬼の頭を地面に埋め込んだ。着地の衝撃で一旦遠くの地面へと逃れる。鬼は地面から頭を抜こうとしない。気絶したようだ。
その恐ろしい一連の流れを見て驚く者がほとんどを占める中、ハカンと本田は落ち着いていた。しかもハカンが
「流石やなあ、レッドサイクロンちゅう名がついとるだけある」
と言うものだから、辺りが一気にざわつきだした。勇儀と萃香は酒を飲んだ。見慣れている(リュウの影響を受けている)のか、驚きを隠しているのか定かではない。
「やるねえ…じゃあ次はあんただ!」
勇儀は間髪入れず本田を指定した。
「へ、へいっ!」
本田の相手になるのは本田より小柄な妖怪。本田の体を掴もうと腕を広げる。だが相手は相撲の大関。その程度は簡単に見切っていた。
「脇が甘い!」
本田は一気に目を鋭くさせ、妖怪の頭を右手一本で掴み、そのまま地面にたたきつけた。
「どりゃあ!」
そこから大きくジャンプし、全体重をかけたヒップアタックで背中を押しつぶした。本田が妖怪から体をどかすと、妖怪はぴくぴくと手を動かすだけになった。頭を地面にたたきつけられた衝撃と、背中から一気に来た本田の全体重で思考が停止しかけているようだ。
「どんなもんじゃい!」
本田は塩をまくように右手を広げた。
「ほほう、この人も…じゃ、最後の人も頼むよ」
萃香が酒を飲んで陽気なおっさんのように軽く言ってくる。ハカンの相手はほぼ体格が同じの妖怪、ハカンも肉体は鍛え上げられているが、ザンギエフやホンダと比べると見劣りしている。どう戦うのだろうか、皆が注目する。
そんな事を気にせず、妖怪がパンチを繰り出す。
「おっと、儂はこれをしないとの!」
ハカンは一度妖怪のパンチを避けた。そして次に、とんでもない行動をとった。
「なっ…何しているんですかあの人!?」
お燐が驚くその行動とは、どこからかともなく取り出した瓶を逆さまにして、中にあったトロトロの液体を頭から全身にかけた。かけたものはどうやら油らしい。ハカンの赤い体が、つやつやの油でコーティングされる。
「行くで!!」
ハカンは助走をつけ、突っ込んできた妖怪をがっちりと掴んだ。そして自分の体に売られたオイルを活かして掴んだ妖怪ごと地面を滑っていき、近くの家屋の壁に妖怪をたたきつけた。これがハカンの戦闘スタイルらしい…奇抜にもほどがあるが。
その様子を見た者がまた騒ぎ出す。だが勇儀の採用の目がそれを静止させた。
「へえ…頼りになるじゃないか。よし、3人とも合格! 早速働いてもらうよ!」
こうして、3人は旧都の復興手伝いとして即採用となった。
(いや、勇儀さんも萃香さんもちょっとは突っ込まないの!?)
さとりとお燐が心の中でツッコむも、採用は揺るがなかった。そして数日後―――
「…さとり様、どうしてこうなったのでしょう?」
そこには、唖然とした様子で目の前の光景を見る地霊殿の家族4人がいた。見ているのは、いつの間にかできた特設リング、その上で―――
「アルティメット! アトミック!!」
ジャーマンスープレックス、バックブリーカーと連続で決め―――
「おうりゃっ!!」
真上に高く放り投げ、自分も大ジャンプ、空中でがっちりと相手を掴み回転を加えそのまま落下した。
「バスターァァァァァ!!!」
大きな衝撃が特設リングに響き渡り、スクリューパイルドライバーが決まった。
「勝負あり! 勝者、ザンギエフ!!」
相手の妖怪が動かないのを審判が確認し、ザンギエフの勝利を告げる。
「ザンギエフ! ザンギエフ! ザンギエフ!」
鳴り止まぬザンギエフコールが旧都中に響き渡る。ザンギエフはマッスルポーズで観客に答える。老若男女問わず、ザンギエフの虜になっている。
さらに隣では―――
「はっけよ~い…のこった!!」
行司が合図を出すと、本田と大柄な妖怪が立合いに挑む。鋭く飛び出したのは本田だ。
「どっせーい!!」
立合いで大きく妖怪を突き飛ばし、体勢を崩す。
「どりゃどりゃどりゃ!!」
そこからのマシンガンの如き張り手で追撃する。大柄な妖怪も張り手を繰り出して本田を追い返そうとするが、本田の張り手は手数も多く、追い返すどころか追い詰められてゆく。
「どーすこーい!!」
最後の張り手が、そのまま妖怪を土俵の外へ押し出した。
「押し出し!」
行司が本田の勝利を告げる。会場は一気に盛り上がり、完全にどこかのお祭りムードである。
「どんなもんじゃい!!」
さらにさらにリングと土俵の辺りでは―――
「出張屋台やで~。地底の米を使った『こめ油』! お一ついかがですか~」
ハカンがいつの間にか開発していたらしいこめ油を販売していた。しかも結構な行列を作り出している。売れ行きは好調のようだ。
そして肝心の雇った勇儀はというと―――
「はっはっは! いいねえいいねえ!」
と陽気に酒を飲んでいる。萃香も同じで
「ヒック、やっぱり酒はどんちゃん騒ぎで飲むに限るねえ…」
と言いながらひょうたんの中の酒を飲む。もはや3人を引き入れたことや復興の話はそっちのけだ。
こうして、地霊殿はどの世界でも例を見ないであろう空前の相撲、レスリングブームが巻き起こった。地底の鬼、妖怪達は旧都の復興の休憩中に、余興として2つの戦いにいそしむようになった。必然的に大きく体を動かすことになる2つの格闘技は、ストレス解消に持ってこいとなり、肝心の地底の復興は速度を速めたのだった。
また、ハカンのこめ油制作指導により、地底ではオリジナルの油を名産品にしようとする団体ができたとか。
3人の戦士は、幻想郷でも名を残すのだった。その様子をさとりは、良いような悪いような目で見るしかなかった―――