東方殺意書   作:sru307

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 それぞれが道を見つけつつある幻想郷。
 道を見つけられるのは、『当たり前』を知っている者―――


第62話「当たり前をこなせ」

第62話「当たり前をこなせ」

 

―白玉楼―

 殺意リュウが一時期姿を現わしていた白玉楼。殺意異変が終わり、こちらも平穏な日々が戻ってきた。唯一違う事は、屋敷が留守になる回数が多くなったこと、幽々子も妖夢も、リュウの所へ行くようになったためだ。

 そんな白玉楼も、時には2人ともいるときがある。この日がまさにその日だった。妖夢は庭師としての仕事、白玉楼自慢の庭の手入れに奔走している。幽々子は人里の饅頭に舌鼓するだけ。

 その日々も、外来人2人の手によってなくなることになった。

 

「それでは幽々子様、警備に当たります」

 妖夢が幽々子に礼をし、白玉楼へ続く階段に向かう。幽々子はそんな妖夢に手を振りながら饅頭をほおばる。

 妖夢はそんなのんきな幽々子を見ないで階段へ向かう。階段を降り始め、階段の始まりが見える中間まで降りると、耳が反応した。コツコツという音だ。

 誰かが登ってくる。女性だ。金髪を三つ編みにした、スレンダーな女性。だが赤い軍隊らしき帽子と鍛え上げられた肉体から、美しさより強さが表に出ているように妖夢は感じた。

「…誰です?」

 妖夢は彼女の鋭い目に一目置いた。この目、相当な戦闘をこなしていなければ手に入れられない目だ。

「私はキャミィ。お前が、魂魄妖夢か?」

 キャミィは刀を持つ妖夢に対し怖じけずに話しかけてきた。

「…いかにもそうですが、何か用ですか? その真剣な目、私を試そうという感覚を覚えますが」

 妖夢は刀の柄を握った。いつでも抜けるように構えつつじっと見る。

「紫という奴から聞いた。私と同じ、守りたい者がいる奴がいると」

 キャミィはじっと妖夢を見ている。彼女が言った、『守りたい者がいる奴』ってもしかして―――

「…私ですか」

キャミィの言い方から確信した。私は試されている。妖夢は刀を抜いた。いつの間にか、キャミィの目に闘志が宿っているのが見えた。そしてここから、言葉はいらないと直感が告げた。

「お前の守る意志の強さ、見せてもらう!」

 キャミィは構えた。その姿を妖夢が見るのは、これが二度中の1度目だった。

 

 

 

「はむはむ…」

 

 一方の幽々子、饅頭をほおばり続け、あっという間に最後の一つ。躊躇なく手に取り、口の中へ運ぼうとしたその時。目の前に広がる庭の空間にスキマができあがる。幽々子の饅頭を食べようとする手が止まる。紫が来るような話は聞いていない。となると―――

 

 スキマに影が見える。出てきたのは―――

 

「よっと!」

 

 リュウと同じ白い鉢巻き、服装は―――それには似つかわしくない制服だ。

 

「あ…」

 目が合った。女子高生が足元を見る。庭石を思いっきり踏みつけている。

 

「ご、ごめんなさい! 勝手に人の庭に上がっちゃって…」

 

 女子高生は謝ってきた。わざとではないことはもちろん分かる。だから笑って見せた。

 

「いいのよ。私は西行寺幽々子。あなたの名前は?」

 

 幽々子は扇子で女子高生を指す。

 

「春日野さくらです!」

 

 さくらは元気に挨拶してきた。その笑顔には名前通り、桜が開花するような華々しい印象が浮かぶ。

 

「こっちまで来なさい。今用意できるものはないけど、話し相手ならいくらでも付き合うわ」

 

 幽々子は手招きしてみせる。実際、彼女とは話をしてみたかった。一瞬で惹かれるものを感じたのだ。そう、リュウと同じようなものを。

 

「あっすいません! じゃあ…失礼します!」

 

 

 

「リュウの追っかけ?」

 

 

 幽々子は扇子を開き、口元を隠す。確かに、鉢巻きや手にはめたグローブ等を見れば分かる気はする。しかしこの女の子までもがリュウに惹かれるとは…。

 

 

「はい! リュウさんがやっているストリートファイトにはまっちゃって」

 

 

 さくらは明るく言ってきた。普通の人なら、こんな危ない戦いに身を投じることすらある世界には怖くて足を踏み入れないだろう。幽々子はそう思っていた。狂オシキ鬼の存在を知ってしまった今になるとなおさら。

 

「それで、ここにはどうやって?」

 

 幽々子が聞くと、さくらは思い出すように目線を上に上げながら言った。

 

「紫さんから聞いたんです。『あなたのあこがれの人は、今私の世界にいるわ。良かったらついてくる?』って」

 

 スキマが出た瞬間からでも分かったが、やっぱり紫の仕業だ。

 

「紫…まだまだ呼ぶ気でいるわね」

 

 幽々子は察した。ケンを呼び、そしてこちらにさくらを呼び寄せるということは、おそらく他の場所にも誰かが来ているのだろう。リュウと深い関係を持つ誰かが。そして各々の目的は違えど、ストリートファイトに身を投じているだろう。

 

「そうなのね…なら…」

 

 幽々子は試したかった。こんな女の子でも、ストリートファイトに足を入れることができる世界、それがリュウの世界。いかなる実力か計るには実戦しかない。

 

 

「あなた、私にその拳を振るってみなさい」

 

 

 幽々子はゆっくりと立ち上がり、さくらに体を向けた。

 

「えっ!?」

 さくらはびっくりして口を手で塞ぐ。こんなどこかの令嬢みたいな人と拳を交えていいのだろうか。そう考えたが、幽々子はそんなこと関係ないと言いたげな目を向けてきた。

 

 

「一つの試練だと思いなさい。私は攻撃しないから、どんどん攻撃してきなさい」

 

 

 幽々子はゆったりとした自分だけの構えをしてさくらを迎え撃つ。

 

「そ、そんな! 幽々子さんが戦えたとしても…」

 

 さくらは幽々子を静止させようとする。だが幽々子は止めない。

 

 

「いいえ、リュウは『拳で語る』事をうたっていたわ。追っかけなら、それと似たこともできるんじゃないの?」

 

 

 幽々子は不敵な笑みになる。追っかけを名乗るのならそれ相応の実力は見せてもらわねばならない。

 

 

「は、はいっ! 行きますよ…!」

 

 

 さくらは緊張の面持ちを見せながらも、思いっきり幽々子向け蹴りを放つ。が、その足は幽々子に当たる寸前で止められた。

 

「へっ!?」

 さくらは足が寸止めされたのに驚いた。何か、足が固い壁か何かにはじかれたような…。よく見ると、幽々子の周りに薄い壁のようなものが球状に張られている。

 

「これは結界と呼ばれるもの、いわば私を守るシールドの役割を持つわ。さあ、これを前にあなたはどうするのかしら?」

 

 幽々子はさくらを試していた。リュウを追いかけている者の、心はいかなるものかを見ようとしている。

 

「…攻めるしかないです!」

 さくらは自分に言い聞かせるように言って幽々子へと向かっていく。

 

「春風脚!」

 さくらがまず出したのは竜巻旋風脚に似た回し蹴り、だが幽々子の結界は頑なに攻撃を拒む。

 

「その程度じゃないわよね?」

 幽々子は扇子を広げたまま、不敵に笑みを浮かべる。焦りの色は一つとして見れない。

 

「もちろんです!」

 さくらは次の攻撃に移る。両手に気を込め、大きくしていく。

 

「波動拳!」

 さくらが放つ波動拳は、大きさこそリュウが出すものと同じだが、速度が異常なほど遅かった。それでも幽々子に密着して出しているのだから、当たる。だが結界はそれも受け止める。

 

 さくらは次々と攻撃を出すが、全て結界が防いでいく。少しずつでも攻撃を与え続ければ綻びは見せ始めるものだが、幽々子の結界にひび割れは一つもできない。

 

「はぁ―っ…はぁ―っ…」

 

 さくらの息が荒れる。これだけ堅いものを殴ったり、蹴り続けたのは初めてだ。しかもそのどれも通じていないのだから、なおさら疲労が表にでる。

 

「どうしたの? もう降参?」

 幽々子が勝負あったかと油断したような顔になる。

 

「いえ…これが、最後の攻撃です!!」

 さくらがギュッと拳を握る。諦めの色はみじんもその顔に染みていない。

 

「す―っ…」

 

 さくらは背を低くして深呼吸する。次の瞬間!

 

 

「おおおおおっ!!」

 

 

 駒の如く体を回転させて突進した。強烈な下段の回し蹴りが、次々と結界に直撃する。幽々子は傷つかないが、吹き飛ぶ衝撃は抑えられず後ろに下がる。

 

「…っ!」

 幽々子は一瞬表情を揺るがせた。この闘志、並大抵の人が出せるものではない。

 

 

「だ―っ!!」

 

 

 最後の蹴りは中段、つまり幽々子の腹向けて放たれた。その足は―――

 

 

 届いていなかった。

 

 

 

「っ…! これ以上の攻撃はありません…」

 

 さくらはお手上げの言葉を述べる。この勝負、幽々子の結界の勝ちだ。

 

「なるほど…リュウに憧れているというだけの事はあるわね。攻め方に懸命なものを感じる。あなた、惜しかったわね。もうちょっと攻撃が続いたら結界が破られていたわ」

 

 だが幽々子はさくらを認めた。余裕の表情は崩さなかったが、表情ほど心の余裕はなかったのだ。

 

 

「えっ、そうだったんですか!?」

 

 

 さくらは気づいていなかった。幽々子の結界の足元に、実はヒビが入っていたことに。おそらく最後の攻撃、特に下段の回し蹴り連発が効いていたのだろう。

 

 

「あら、気づいていなかったの?」

 

 幽々子は目を見開く。弾幕勝負なら結界の様子をうかがうのは定石だ。ストリートファイトでも気にしないはずがないと思っていた幽々子には衝撃的なさくらの言葉だった。

 

 

「え、えへへ…戦いに夢中になっちゃってて…」

 

 

 その言葉を聞いた幽々子は「プッ…」と吹き出してしまった。そんな答えが返ってくるとは思ってもみなかった。もしかしたら彼女は、結界の内側にいる自分しか見ていなかったのかもしれない。それより何より、あの笑顔には、完全に『楽しかった』という感情が入り込んでいた。念のため幽々子は聞いた。

 

 

「楽しかった? 私に自分の持っている力をぶつけられて」

 

 

 その質問にさくらは笑顔で答えた。

 

 

「はい! とっても楽しかったです!」

 

 

 嘘ではない事を確認した幽々子は思い切って聞いた。

 

「楽しい、ね…。誰かを傷つけそうだと思ったことはなかったの?」

 

 幽々子は気になっていた。あれだけ戦っていて、怪我をさせないのは無理があるのでは、と考えたのだ。だがさくらの答えは違った。

 

 

「え? 思ったことありませんよ? 多少の怪我をしたことはありましたけど、相手にさせたことはないです」

 

 

 さくらは首をかしげる。それが当たり前なのだ。命の取り合いのはずの戦いを楽しむ。これがリュウの世界にとっての『当たり前』。

 

 

 幽々子は思い知らされた。自分の能力の都合と冥界の管理も相まって、死を間近に感じていた。ましてや戦いなんて命の取り合いだとしか考えなかった。だがさくらもリュウも、目的を持って行うことで自分だけが見つけた道を極めることにつなげた。

 

 

 これも幻想郷の有力者とリュウの世界の有力者の違いだ、そう幽々子は痛感した。そして私がリュウに惹かれているのはこれが原因だ。『当たり前』の違いが次々分かるから、面白いのだ。

 

 

「ふふ…やっぱり面白いわ…リュウという男は…」

 

 幽々子は静かで、穏やかな笑みを浮かべていた。さくらはその笑みを見て「?」と首をかしげるばかりだった。

 

 

 

 その頃、妖夢とキャミィの戦いは―――

 

(速い…! 弾幕で捕らえようにもその隙を突かれたら終わりだ…!)

 

 妖夢は階段の至る所を猿の如く飛び回るキャミィを捕らえられずにいた。常に妖夢の視界にキャミィが入ってこない。圧倒的な速度に、翻弄されるばかりだ。

 

(動き回る私に対して反応できてないな…ならば)

 

 キャミィは既にどう妖夢にとどめを刺そうか素早く移動しながら考えていた。これだけのスピードで翻弄し続けるのは流石のキャミィといえどいずれ限界が来る。だから―――

 突然、キャミィが妖夢の眼前で止まった。

 

(止まった! 最初で最後のチャンス!!)

 

 妖夢はチャンスと見るやいなや、スペルカードを発動した。

 

「人鬼『未来永劫斬』!!」

 

 斬撃とともに弾幕が飛ぶ。だがキャミィはそれすらも想定内だった。しゃがんで体勢を低くし、弾幕の下を伺う。そして自分の体が入りそうな場所を見つけた瞬間、飛び出した。

 

「スピンドライブ…」

 

 地面すれすれを錐もみ回転を加え両足蹴りで突進した。弾幕の下をくぐり抜け、妖夢の足を直撃した。当然妖夢は転ぶまいと足に力を入れる。だがそれは、別の力を足だけに集中させてしまうことである。キャミィはそれを待ってましたとばかりに妖夢の顔を蹴り上げ、高く飛び上がった。

 

 

「スマッシャー!!」

 

 

 天へ突き刺すが如くキャミィの右足が高く上がる。妖夢の体もはるか高く飛び上がり、活動を停止した。抵抗せずそのまま地面まで真っ逆さまに落っこちていった。

 

 

 

「私の勝ちだな」

 

 キャミィは仰向けになって動かなくなった妖夢の手を取り、引っ張って手助けする。

 

「ありがとうございます…」

 

 妖夢は痛がりながらもキャミィの手助けで立ち上がる事ができた。鼻血が出たが、キャミィが応急処置で止めてくれていた。

 

「身軽なのは大体分かっていましたが…ここまでの速さとは思いませんでした」

 

 妖夢は刀を鞘に収めながらキャミィを見つめる。それ以上に、かなりの破壊力もあった。あの速度が、そのまま凶器のように強打を与えてきたのだ。

 

「速さは私にとって大切な武器だ。相手を翻弄するだけじゃない。速度を速めて一点集中させることで破壊力を増させるんだ」

 

 キャミィは踊るような足裁きをしながら言った。あれだけ素早く移動しておいてこの足裁き、まだまだ底が知れない体力だ。

 

「速さが武器になる…ですか」

 

 刀とか、剣ももちろん武器、リュウのように鍛え上げた技と拳も武器、そして速さすらも武器。この事実は、妖夢の考えを大きく変えた。

 

 

「いくら鍛えるといってもいずれは限界が来る。お前だってそうだろう? リュウみたいな肉体をつけようと思ったら、肉体を酷使するハメになる。そうしたら肝心の実戦で100%の力が出せないからな」

 

 

 そう、いくらリュウの修行を続けたからと言って、あの体を手に入れられる訳ではない。それにリュウはこうも言っていた、『強靱な精神を持つ者は、強靱な肉体をも有す』と。リュウの修行は、精神を強める面も強く併せ持っている。

 

「お前はまだ、この戦闘形式には不慣れなんだろう? 焦らなくていい、戦いを続けて学んでいけ」

 

 キャミィは言い残すように言って階段を上がっていく。おそらくこの先にある幽々子に会いに行くつもりなのだろう。今の彼女は、誰にも止められないような気がした。それは、妖夢にとっては遙か遠くの境地―――

 

 

「……ください」

 

 

 妖夢はキャミィに聞こえるようにつぶやいた。キャミィは振り向いた。

 

 

「教えてください。 どうしてあなたは、守る者がいてそれだけの力を持てるのですか?」

 

 

 あの狂オシキ鬼を倒してからというもの、妖夢は主の幽々子を守る力を欲した。あの異変では決して無力だったという訳ではない。だが主を守れた感覚は得られなかった。まだ、自分には力が足りない。そうも考えたが、幽々子の存在自体が自分に何か枷をはめているような気がしてならなかった。主に刃を向ける気持ちはないはずなのに、これ以上の成長はその枷がなくならければあり得ない、いずれは刃を向けなくてはならない、そんな気までしていた。

 

 

「そんな事か。それも当たり前の事をすればいい。その守ろうとする心を捨てるな」

 

 

 キャミィの誰でも当たり前にできそうな事に、妖夢は顔を上げた。どうして、そんな事を簡単に言えるのか。

 

 

「大丈夫。仲間や、家族が枷になる事はない。私が保証する」

 

 

 理由なんて聞かなくても、説得力がある言葉だった。キャミィが言うからこその事もあるだろうが、それを差し置いてもすごい説得力を感じた。説得力で気圧されるなんて初めてだ。

 

「先に行っているぞ。 お前の主が、私の親友と共に待っているはずだからな」

 

 キャミィの言葉ではっと我に帰った妖夢は、急いで階段を上がっていった。

 

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