東方殺意書   作:sru307

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 最後に幻想郷へ来たのは、手ほどきも受けず迷い込んだ客。
 だがそれは、別の招かれざる客も受け入れることとなっていた―――



第64話「最後の客と招かれざる客(前編)」

第64話「最後の客と招かれざる客(前編)」

 

 

 

―博麗神社―

 

 博麗神社。朝早起きの博麗霊夢は、さらに早起きになっていた。その理由は―――

 

 

 

「はっ! せいっ!」

 

 霊夢の体全体を使った体裁きが空を切り続ける。リュウの修行に行く前に、できる限り体を動かしておく。彼の修行は全て全力投球、これぐらい激しくしないと体がついていかない。今まで修行に身を投じることとは無縁だった霊夢の天性の体力だけでは、リュウの修行についていくだけのものはなかった。霊夢は、わずかに感じた焦りをなくそうとこの準備運動を始めた。

 

「ふっ!…」

 霊夢は足刀蹴りの体勢で体を静止させた。その時―――

 

 

「ほう。いい動きをしておるわ」

 

 

 霊夢は声のした方を見る。そこには老人が立っていた。霊夢は一瞬びっくりした。この人の気配を察知できなかったのである。老人といっても杖をつくようなよぼよぼの老人ではない。むしろその逆、直立不動の如く背筋が伸び、着ている道着の右半分は袈裟懸けに破け、そこから見える筋肉は見事なものだ。

 

 霊夢が体勢を元に戻し、じっと老人を観察している。老人は突然謝ってきた。

 

「すまぬのう突然押しかけたように来て邪魔をして。お主の良い動きに、儂の血がうずいてしまい見入っておった」

 

 老人は温厚な話し方をする。だが霊夢はその裏に隠れた威厳を見逃さなかった。この人、相当な拳の達人だ。

 

「…あまり人様の修行はのぞき見するもんじゃないわよ?」

 

 霊夢は老人から感じるただならぬオーラを肌に受けながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。老人から感じるものが、だんだんと強くなっている気がする。

 

「いやはや、申し訳ない。何せ儂は弟子を持っている身、誰かの修行を見ていると脇が甘いとか言いたくなってしまうのじゃ」

 

 老人は笑顔になった。霊夢はおおらかな老人の表情と隠された肌がぴりぴりするオーラとのギャップを真に受けて、だんだんと老人が恐ろしい存在に見えてきた。ただ破壊と殺害を望む狂オシキ鬼とは違う、別の恐ろしい存在として。

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

 2人はお互いに顔を見ながら黙り込む。

 

「もういいのか? あの動きはなかなかのもの、常に意識して続けておかねば、あっという間に錆がついてしまうぞ」

 

 老人は霊夢の動きを気にしていたらしい。

 

「大丈夫よ。それで、本当に私の修行を見に来ただけ? それなら、立ち去ってもらう方が私的にはいいのだけれど」

 

 リュウの修行まで時間も余裕がない今、あまりこの老人の話に時間を使いたくなかった。

 

「…そうと言わなければ、どうする?」

 

 老人は明らかに霊夢を試す言葉を交わしてきた。やはり、と霊夢は思った。

 

「…ちょっと痛い目に遭わすわよ」

 

 霊夢は構えた。老人の言葉で、闘争心に火がついた。

 

「ふむ。確かにそれは理にかなった行為じゃな。良かろう、受けて立とう。久方ぶりじゃ、この拳を見知らぬ誰かに振るうのは」

 

 

 老人は構えた。その構えはどこか狂オシキ鬼に似た、独特の構え。その瞬間に、隠されたオーラが一気に表に出た。霊夢は体1つでそのオーラを受けた途端、即座にこう思った。

 

 

(この感覚…! この人、とんでもなく強い!!)

 

 

 構えただけでこの緊張感。人間が出せる気迫だというのか。霊夢の頬に流れるものが一筋あった。

 

(何を出してくるのかしら…)

 

 霊夢はまず観察と、老人の出方をうかがう。老人は、霊夢が動いてこないとみたか、こちらから行動に出た。

 

 

「波動拳!」

 

 

 何と老人は、片手で波動拳を撃ってきた。

 

 

「っ!!?」

 

 面食らった霊夢だが、横に転がって波動拳を避ける。こ、この人、もしかして―――

 

「…あんた、まさか…」

 

 霊夢が言いかけたのを聞き取ったか、老人は静かに明かした。

 

 

「…知っておるか。そう、儂の名は剛拳。リュウにこの拳を師として教えた者」

 

 

 リュウの師匠。霊夢は直感的にこう感じた。これだけの威圧感を持った人が師匠ならば、リュウがあのような強い精神力を持っているのもうなずける。そして何より、まさかリュウの師匠と手合わせをするとは。これはおそらく、ほとんど来ないであろうチャンス。今の全力をぶつけるべき相手。

 

「波動拳!」

 霊夢が波動拳を撃ってけん制する。が、剛拳はそれを読んでいた。

 

「甘いわっ!」

 剛拳は真正面から突進し、片手で力強く掌底を繰り出した。その突進中、何と剛拳の体が波動拳をすり抜けた。霊夢は掌底をすんでの所でガードしたが、波動拳をすり抜けた剛拳の動きに見覚えがあった。

 

(この移動…阿修羅閃空と同じ…!?)

 

 だが剛拳から殺意の波動なんて微塵も感じられない。むしろ感じ取られてはならない。だが彼には、何か強大な力を持っていることは分かった。

 

「波動拳!」

 剛拳は片手で波動拳を撃ちまくる。弾幕慣れしている霊夢は避けるのは容易でも、接近ができない。片手で波動拳を出せる分、回転率がいいのだ。

 

 だが回転率の良さに巻き込まれながらも、霊夢は早々に弱点を見抜いていた。剛拳は灼熱波動拳や轟雷波動拳を使ってこないということ。つまり遠距離戦になれば、波動拳に攻撃の全てを依存させざるを得ない。それが封じられたときが、接近のチャンス。

 

「灼熱!」

 霊夢は灼熱波動拳を撃つ。剛拳の波動拳を燃やして突き進む。剛拳は波動拳を撃つ手を止めてガードを固める。いくら炎といえどこれは波動、腕でガードされる事は実戦でもう学んでいる。だがそれでいい。波動拳の回転が一旦止まれば、接近できる。

 思惑通り、霊夢は剛拳に接近する。

 

(ここからは一瞬の読み間違いが命取り…!)

 霊夢は集中力を高め、剛拳の腕、足の動きを探る。今は動かない。霊夢の攻撃に対する対応の構えか。

 

(攻めるしかない! あの攻撃を通されかけた以上、攻めないわけにはいかない!)

 

 霊夢は細かく攻撃を刻み始めた。剛拳はじっと守りを固め、霊夢の細かい攻撃を防ぐ。やはり対応の構えだ。ここは剛拳の焦りを誘って―――

 

 その考えが頭に浮かんだ瞬間、剛拳が動き出した。それは焦りからではなく。一瞬の隙を突いた行動だった。『切り返し』だ。

 

「竜巻剛螺旋!」

 

 剛拳は回し蹴りを霊夢の顔めがけ放つ。そのまま垂直に飛び上がり、回し蹴りを連続で霊夢の体に浴びせ、最後の一撃を頂点で当ててフィニッシュした。霊夢は剛拳と共に垂直に飛び上がり、蹴りを食らって落下していった。

 

 

(何よ…ホントにこの人、リュウの師匠だって言うの…!?)

 

 

 使う技の特徴が、明らかにリュウと違いすぎる。技の出し方には似た点が多いが、使い方も用法も全てリュウと違う。リュウのようにじっくりと相手の手を潰すのではなく、一瞬のワンチャンスから全てのペースを自分に持ってこさせる戦い方。故にワンチャンスあれば完璧に近い戦いになる代わり、なければ完膚なきにたたきのめされやすい。剛拳の戦い方は、かなり危険な綱渡りだ。それを平然とやる辺りは、流石の師匠といったところか。

 

 

 霊夢は受け身を取って地面との衝突を避ける。だが肉体のダメージが激しい。一発一発がリュウより重い。体力差をつけられている。正面からは無理だ、ならば上から。リュウの師匠である以上、昇龍拳で返される可能性があるが、それは相手が反応できたらの話だ。

 

 霊夢は迷うことなく剛拳の頭上めざしジャンプした。剛拳の目線はまだ霊夢がいた地面に向いている。霊夢は右足を前に出した。

 

(反応できていない! いける!)

 

 そう思った瞬間、剛拳が見たことのない構えを取り、霊夢の右足を受け止めた。瞬間、剛拳が待ってましたとばかりに両腕を振り下ろした。

 

「ぬうおっ!」

 

 両腕を振り下ろした途端、強烈な空気の振動が大地を一瞬揺るがした。霊夢は振り下ろした右腕を体で受ける形になり、大きく吹き飛ばされた。

 

「うぐ…っ!」

 霊夢は受け身も取れず地面に落ち、ごろごろと転がった。

 

(今のは…)

 霊夢は始めて実感した。あれは、当て身。リュウから聞いたことがある。

 

 

「時折相手の中には、攻撃の勢いを利用して力を流し、攻撃した相手に衝撃をぶつける『当て身』というものを使う奴もいる。その人と戦うなら、読み合いには十分万全を期せるようにするんだ」

 

 

 リュウの言葉を思い出す。だが戦いが始まった今になっては、それはもう遅い。読みで勝つのは、自分の勘があろうと彼に対しては不可能だ。ならば、相手が勝負に出たときに、こちらも勝負を仕掛けるしかない。

 

 霊夢はあちこち痛む体をじっと動かぬように押さえつけた。そして、ゆっくりと波動拳の構えを取った。

 

「電刃…」

 霊夢はじっくりと電刃波動拳を溜め始める。

 

「それがお主の勝負技か…ならば!」

 

 剛拳はそれを見て動き出す。霊夢の勝負に乗って出た。

 

「行くぞ! 電刃!!」

 

 剛拳は両手を構える。手と手の間に一筋の雷光が見えたかと思うと、線が一気に球体となり電気を帯び始めた。間違いない、自分も使う電刃波動拳だ。こうなれば、単純なる力比べ―――

 

 

「波動拳!!」

 

 

 霊夢は焦ってしまった。剛拳の電刃波動拳の溜め時間が短く、さらに弾速が速かったが故に、溜めきれずに未完成のまま電刃波動拳を撃ってしまったのだ。

 

「波動拳!!」

 

 霊夢の未完成の電刃波動拳と剛拳の電刃波動拳はぶつかり合う。が、あっという間に霊夢の電刃波動拳が消え去った。

 

「なっ…うあああっ!!」

 

 剛拳の電刃波動拳が霊夢に激しく当たり、霊夢は吹っ飛ばされた。森の木に背中を打ち付けてしまう。霊夢はズズズとずり落ち、尻餅をついた。体が、感電したことでしびれている。戦いの続行は不可能だった。

 

「まだまだ修行が足りんのう。波動を溜める速度はもっと速くするものじゃ」

 

 剛拳はゆっくりと霊夢に歩み寄る。いつの間にか、剛拳から出ていた緊張感は消え去っていた。剛拳は霊夢の手を取り、立たせてあげた。剛拳の手のぬくもりは、厳しさと優しさを兼ね備えた不思議な暖かみがあった。これも、剛拳の強さが出せるものだろうか。

 

「…完敗ね」

 

 霊夢は負けを認めた。ため息をついたが、これは納得のため息だった。

 

 

「しかし参ったわね。昇龍拳や竜巻旋風脚もできずに負けるなんて…」

 

 

 霊夢は頭をポリポリとかきながら言った。実はこれ、何気なく言うようにして剛拳の様子を見ようとしたものである。波動拳を剛拳に見せている以上、剛拳が聞かないはずはないと思ってのことだった。だが剛拳は

 

 

「考えなしに波動拳を使っても、それを避けながらの急襲が使える者は多い。それは頭に入れておくべきじゃ」

 

 

 と言ってきた。霊夢はその返答に「!?」と心の中で動揺した。だから、直接聞いた。

 

「…どうして?」

 

 霊夢の言葉は一度途切れてから紡ぎ出された。

 

 

「どうして、私が波動拳を使っていることに言及しないの? 私はこの拳は暗殺拳が源流だってことまで知っているのよ?」

 

 

 霊夢は強気に出た。

 

 

「それは簡単じゃ。もう儂は知っておるからな。お主がなぜ、波動拳を使えたり、昇龍拳や竜巻旋風脚の事を知っているかを。その話をするのはお主にとっても辛かろう。無理をして話す必要はない」

 

 

 何と剛拳は、霊夢の素性を知っていたというのだ。そう、殺意リュウに殺意の波動を与えられ、望みたくもなく妖精や妖怪を殺し、苦しんだ上に手に入れた暗殺拳の事を。

 

「…話をしなければ、なんで私があんたの技を使えるのか分からないわよ? それに話は長くなるもの、伝えるには時間も要するわ」

 

 それでも霊夢は、納得のいく答えを剛拳に求めた。不思議なことに、木に体を打ち付けた痛みはいつの間にか引いていた。

 

 

「何を言っておる。お主が伝えたい事は、既に儂に伝わっておる」

 

 

 剛拳は髭をいじりながら目をつぶり言う。まさか…

 

 

「まだ断片的なのは修行が足りぬとしか言いようがない。だがお主の拳は短期間で習得したもの。良くここまで昇華できたものよ。驚いたぞ、あの戦いの中、良く伝える意志があったのは」

 

 

 霊夢は目を見開いた。『拳で語る』事を極めた者は、拳の歴史すら読み取る事が可能だというのか。そして何より、認めてもらえた。リュウの師匠に、一回の立合いだけで。さらに、無意識に『拳で語る』事ができた。

 

 

 霊夢は、喜びよりも安堵の息をつきたくなった。私は、成長している。

 

 

「さて、お主の拳から分かったことじゃが…リュウが師匠だとはのう。あやつは『師なんてガラじゃない』の一点張りだったはずじゃが」

 

 

 剛拳はリュウの事をよく知っているからこその発言をした。

 

 

「剛拳…どうやってここに?」

 

 

 霊夢はストレートに質問した。自然と彼に対して霊夢はいつもの『あんた』と呼べなくなっていた。

 

 

「む? 1人森を歩いていたら、この神社に着いたというだけじゃが?」

 

 

 この人、結界を超えてきたというの? どうやって…

 

「…残念だけど、それは普通ならあり得ないはずよ」

 

 霊夢は説明した。この幻想郷に自分から入るなんて、普通ではあり得ない事だと。

 

 

 

「ふむ…儂はどうやら見知らぬうちに迷い込んだ、という所か」

 

 

 剛拳は何も驚かず霊夢の説明を受け入れた。この点は、リュウと共通している。

 

「剛拳…って言ったわね。念を押して聞くけど、殺意の波動は…」

 

 霊夢が全て言う前に、剛拳は答えていた。

 

 

「持っておらんぞ。もしそうなら、師としてリュウやケンに教える資格を儂の師が許すはずがなかろうからな」

 

 

 霊夢は今の剛拳の言葉を深く心に刻み込んだ。『儂の師』。ならば、豪鬼のことも何かしら知っているはず。後でしっかり聞かなくては。

 

「さて、リュウに会いに行こうかのう」

 剛拳は博麗神社を降りる階段を見た。

 

「歩いて行くのは結構遠いわよ。私があんたを空に飛ばせてあげる」

 

 今度は霊夢が手を差し出した。厳格ではあるが優しさを併せ持つ剛拳には、手をさしのべることをためらってはいけないと思った。

 

「おお、ではお願いするとしよう」

 剛拳は霊夢の手を借り、空へと体を舞い上がらせた。

 

「う~む、空をこのような形で飛ぶのは初めてじゃ」

 

 剛拳は空の旅を満喫している。このような形という事は、技を使えば空を飛ぶだろうと容易に想像できた。もう驚いてはいけない。

 

「離れないでよ。私の能力が及ぶのはごく限られた範囲だから」

「もちろんじゃよ。さあ、リュウの元へ案内してやってくれい」

 

 

 幻想郷に、1人の師が訪れた。幻想郷は、大きな動きを見せようとしている―――

 

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