まず出てきたのは―――
第67話「勘違い」
豪鬼から異変の予兆を告げられた翌日―――
―人里―
リュウの泊まる旧移設永遠亭の前に、霊夢、魔理沙、レミリア、フラン、リュウ、ケン、剛拳が集まり報告していた。
「あれから特段変わったことはなし…そっちは?」
霊夢は博麗神社に帰ってから何もなかった。
「いいや、何事もないな。夜中も念のため交代で警戒しておいたが」
あの日、魔理沙がリュウ、ケン、剛拳と一緒に泊まり、人里の警備をしておいたが、異常はなかった。
「紅魔館に戻ったけど、近辺に変わったことはなし。まだ目に映るような異変は感じ取れないわね」
レミリアも日傘を差しながら落ち着いている。まだ異変は起きていないのだろうか。そうなると、異変の首謀者はかなり用意周到な者かもしれない。
「しかしもどかしいもんだな。異変が来ると言われていると」
ケンが頭をポリポリとかく。これまで目的を持って戦いに備えることはほとんど経験したことがないからだ。ないといえば嘘になるが、それでもほぼ初体験だ。
「焦らずに待つ方が良かろう。下手に動けば、どこかの警備が薄くなるからのう」
剛拳が皆の沸き立つ気を抑える。今、幻想郷の有力者達は各々の居場所に戻り、異変に備えている。ここで動けば、どこかが確実に手薄になる。異変が起きればその場所に急行するのが定石だが、異変が起きていないためそれは使えない。今は待つしかないのだ。
報告の結果は空振り、これからどうしようかと皆が頭の中で考えていると―――
「食い逃げよ―!!」
女性の声が響き渡る。一同はすぐ声のした方向に顔を向ける。何者かが、こちらに向かって走ってくる。皆は身構えた。どんなに体を鍛えていようと人間の良識を持っている以上、犯罪を見過ごす事はできない。
猛ダッシュでこちらに向かってきたのは、大きな腹にどうしても目がいってしまうほどの巨漢の男だった。
(? こいつの目、どうもおかしいわ…)
レミリアは横目で皆の顔を見た。皆も気づいていた。この男の目、何かされていると。
巨漢の男は7人の壁に足を止めた。男は鋭い目を7人に一蹴するが、7人は全くひるまない。狂オシキ鬼の目で見られているのだから、これぐらいの威嚇は耐えられてないとおかしいのもあるが。
「お前は…ケン・マスターズ!!」
巨漢の男は大きな腹をたぷたぷと振るわせながら言う。指さしたのはケン…ではなくフランの方だった。
「…? ケンはこっちの人―――」
フランがそう答えようとしたが、巨漢の男は聞く耳を持たない。
「やっと見つけたぞケン・マスターズ! 知らないフリをしたってそうはいかねえぞ、オレ様を知らない奴なんてアメリカ中探しても…ってあれ、ここってどこだ? よく見たら建物はビルじゃないし、そもそも高い建物自体がないな。まさかお前が俺のキャンディと…」
ケンに対する対抗心を述べていたはずが、いつの間にか別世界の話になっている。この人、何を話したいんだ、というジト目で幻想郷の者が見つめる。
「…いや、んな訳ねえよな。やっぱりここは夢の世界って訳だ。そうそう夢って言えば、この間変な夢を見たんだぜ。…」
完全に話が脱線している。この人、一体全体何をしたいのだろうか。
「…こやつ、言葉の影に隠れようとしておるのか。戦いに言葉は不要。それが無駄話ならなおさらじゃ」
剛拳が巨漢の男を見定める。彼、いくら強い技を持とうとも精神力では誰にでも負けそうだ、と剛拳は見た。となれば、今この場にいる誰でもこの男には勝てる。
先ほどから指さす方向がフランばかりであるところを見ると、フランをケンだと勘違いしている。話し方からも分かるがこの男、かなり早とちりだ。
「…って訳で。それもこれもお前のせいだぜケン・マスターズ! お前のことを考えるたび、ずっとずっと対抗心が燃え上がるんだぜ。その責任をきっちり取ってもらうため…」
ここで話題がケン(人違い)の事に戻った。最終的には一周して話が元に戻ってくるらしい。そこまでが長過ぎだが。
「…色々言っているけど、戦う気らしいわよ、フラン」
霊夢が巨漢の男の話をまとめてくれた。正直、何が目的か忘れかけていたので、フランにとっては助かった。
「もてなしてあげなさい、フラン」
レミリアが落ち着きのある目でフランを見る。これは自分の言葉が入る余地はない、そう判断したフランは構えた。拳で語る事にためらいが生じれば、その理論は通じない。
「それに食い逃げは犯罪よ。さっさと気絶でもさせて、慧音に突きだしてあげましょ」
霊夢が元々の事を言ったおかげでフランはさらにやる気が出た。
「そういえば、名前…なんて言ったかしら?」
フランは分かってて言っていた。彼の名前を聞いたことは一度もないことを分かっていて。決して挑発ではない。彼が勘違いしているなら、普通に聞く方がおかしく思われてしまうだろうと考えての事だった。
「ああん? まさか忘れたとは言わせねえぞケン・マスターズ! オレ様は全米ナンバーワン、ルーファス様だ!」
ルーファスはそう言い、構えた。クンフーの構えらしいが、そこに我流が入っているらしく、見たことのない構えになっている。だが勘違いは変わっていない。変える気もないだろう。
「分かったよ。そんなに言うなら、ここでどっちが強いか決めようよ!」
フランは嫌な顔を見せてはいけないと考え、笑顔を向けた。彼を黙らせるのもそうだが、食い逃げを許すわけにもいかない。
「当たり前だ! お前なんか、ぐちゃぐちゃにして…ひとまとめにして…飲み込んでやる!」
一つ一つの言葉に動作をつけながらルーファスは言う。ケンに対する恨みは相当だ。
「お前のその態度がむかつくんだよ!」
ルーファスは上等だ、という態度でフランをにらんだ。フランは笑顔を崩さない。この戦い、かなりやりやすそうだ。
だがフランの思いとは裏腹に、1人だけやるせない顔の者がいた。
「…俺はどうしてこう間違われやすいんだ?」
ケンががっかりしながら、戦いの様子を見始めていた。
ルーファスはいきなりフランの真正面から突っ込んできた。
(あの巨体で前に突っ込んでくる…相当接近戦に自信がある!)
フランはそう見抜き、まずは距離を離す。無理矢理にでも接近する相手には当然遠距離の波動拳が有効な抑止力になる。だがあの移動、阿修羅閃空を知っている自分は、そこに考えを入れてストップさせる事が必要だ。強引に接近するという事は、多少の被弾を恐れないか、被弾を回避しつつ接近できる技があるか。前者は対処が容易だが、後者だと工夫が必要になる。これがあるかは、まず距離を離してみるに限る。
「とう!」
するとルーファスは、空中にジャンプし頂点付近で急降下キックを繰り出してきた。フランは飛んで逃げる。
「ほう!」
今度はその巨体からは想像できぬサマーソルトキック、しかしフランはひらりと華麗に回避する。空中制御は幻想郷の有力者達の十八番、これだけはどの世界の相手だろうと勝てる。
フランはそのまま距離を離し、遠距離で着地する。対するルーファスは空中から急降下のキックをせわしなく使って急襲する。フランがそれに付き合わないように離れ続けるが、ルーファスはその巨体に似合わず機敏にフランを追いかける。
「銀河トルネード!!」
地上に降り立つと、回転して無理矢理突っ込んでくる。どうもルーファスは接近したくて仕方がないようだ。それだけケン(人違いだが)に対する私怨の強さがうかがえる。
(思っている以上に動きが速い…でも、見た目で判断してはいけないことはもう学んでいる!)
剛拳と会ったとき、少しの間だがリュウの世界の者の体つきや、特徴はある程度観察していた。そこで見た目に合わない技を使う者も多くいたため、フランは学習していた。
(この手の相手は、逃げていても永遠に決着がつかない! 受けて立つのが定石!)
ルーファスが真正面から向かってくる以上、分からないうちに倒す手段は持っていないと判断したフランは足を止める。ルーファスは突っ込んでくる勢いを抑えられず、空中にジャンプして攻撃した。今まで空中に逃げていたが故の行為だが、深読みしすぎだ。フランは空中にいない。
「昇龍拳!」
フランは的確に昇龍拳をルーファスの足に当てて追い払う。ルーファスは受け身を取って立ち上がる。追い払う程度では負けを認めはしない。どんなに同じ手で追い払われようとも、心を折ることはない。精神力と体力は、おそらくこれまで戦った者の中で随一だ。
ルーファスは細かく刻んでくる。だがフランは落ち着いてガードを固める。その瞬間、ルーファスが足払いをかけてきた。しかしフランがそこに合わせたのは、セービング。いくら動きが機敏に見えても、攻撃の動作だけ見れば隙はいくらでもある。差し合いを学んでいる以上、それを見る目も育っている。
フランのセービングアタックがルーファスの腹に決まっていた。
「お見通しね。流石、私の妹だわ」
ルーファスは膝から崩れ落ちる。そこにフランは右手の乱打を浴びせる。ルーファスは腹にパンチがあたるたび苦しそうな顔をする。手応えもある事から察するに効いているのは間違いない。
「竜巻旋風脚!」
顔面めがけ回し蹴りをしてルーファスを巨大なピンボールの如く吹き飛ばす。だがルーファスは受け身を取る。まだ降参の白旗を上げる気がない。
(やっぱり体力も多い…それなら、この新しいスペルを!!)
フランはスペルカードの準備を始める。
「む…」
レミリアの目つきが変わったのを魔理沙は見逃さなかった。このスペル、おそらく2人が意見を出し合って作り上げた汗と涙(?)の結晶だ。
フランはいきなり無作為に弾幕を撃ちだした。ルーファスに当てるわけでもなく、移動制限をかけるのでもない、バラバラな弾。フランは十分な量の弾を撃ったと確認すると、右拳を握った。すると弾幕が、フランの右拳に集まり形作られていく。
「殺意の波動と私の魔力を合わせたスペルカード…」
フランは弾幕を固め、弓と矢を作り上げる。そのままつがえ、ルーファスをロックオンする。ルーファスはその姿に慌てたか、真正面から突っ込むという愚策に走ってしまった。
「禁符『スティングアロー』!!」
フランは矢を飛ばした。矢はルーファスの巨大な腹に突き刺さり、そのまま貫通した。
「う…お…」
ルーファスは何かを言いかけながら白目を向いて倒れた。フランは弾幕の弓矢を消し、構えを解いた。
「…死んではいないよな?」
リュウが念を押して確認する。ルーファスの体から流れるものはないようだが、あの見た目は衝撃的だ。
「あの矢は意識を破壊しただけ。だから体は貫けないよ。貫いたように見えたけど、それは体じゃなくて意識」
フランは白目のルーファスを指さした。おそらく、数時間はこのままだろう。魔理沙が脈を確認する。ちゃんとある。フランの言っていることが正しい証拠だ。
「私が慧音に言っておくわ。ちょっと持ち場を離れるけどよろしく」
霊夢がルーファスの巨体を引きずっていった。ルーファスは抵抗する事なくずりずりと引っ張られていくだけだった。
「ねえ、あの人がもしかして異変に関わっていたとしたら…」
フランがルーファスの目の違和感について語り出すと、皆が顔を寄せて考え出した。
「それで解決できたら楽なんだがな。そううまくはいかないだろうぜ」
ケンが浮かない顔をしている。異変がこの程度で終わるとは到底思えない。それにその目にした本人が表舞台に出ていない。まだ異変の真髄は見えていないと断定していいだろう。
「それに豪鬼は複数人いることを言っておった。あの者が主犯だとしても、仲間がどこかにいるはずじゃ」
剛拳があの時、辺りの雰囲気を感じ取っていたが敵対する視線等は感じられなかった。少なくともこの場にルーファスの仲間がいることはない。となると、ルーファスが主犯とは考えにくい。
「彼、どうも様子がおかしかった。ケンに恨みを持っているのは確かだが、それでも本来の彼のようには思えなかった」
リュウがフランとルーファスの戦いを見て気づいていた。ルーファスのケンに対する恨みは間違いなく本物だ。
「ええ。おそらく、というより確実に彼、何かに操られているようだったわ」
幻想郷で動き出す影は、用心深い者であることに間違いなかった。