東方殺意書   作:sru307

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第68話「求めるもの」

第68話「求めるもの」

 

 

―紅魔館―

 

 

「すいません、春麗師匠。一緒に門番をやらせてしまって」

 

 紅魔館の門前。修繕作業は春麗とダッドリーの助力もあって終了し、元の生活を取り戻していた。変わったのは、フランの部屋だった地下室が訓練室に変わり、フランの部屋はレミリアの部屋の隣に移されたことだけだ。

 

「いいわよ。張り込みだと思えば慣れたものだわ」

 

 この日、美鈴と春麗の中国師弟関係は修行の手を休め、いつ異変が起きてもいいようにずっと外を監視していた。

 

「2人とも、紅茶を持ってきたわよ」

 咲夜がいつの間にか湯気が立ちたての紅茶を持ってきていた。そばでダッドリーが既に紅茶をごちそうになっている。

 

「やはり落ち着かないものだ、何かが来ると分かっていると」

 ダッドリーは紅茶を飲みつつも周りの警戒を怠らない。本人は落ち着きたいのだろうが、予言を言われていると落ち着かないのは致し方ない。

 

 4人の警備を始めて数分後、突然の出来事だった。目の前に謎の扉ができたのは。

 

(この感覚…殺意の波動ではない、邪悪な感覚は…!)

 

 咲夜の脳が危険を教えてくれた。ここから先、油断は即座に死を招く。

 

 謎の扉から出てきたのは、ボクサーらしき男だった。

 

「! こいつは…」

 春麗が知っていた。この男、見覚えがある。

 

「へっ、こりゃいいもんが置いていそうだ」

 

 男はにやりと笑い、紅魔館を見る。

 

「失礼な物言いね」

 

 咲夜が男に吐き気を催すような声を漏らす。メイド長たる者、あまり汚いことに手を染めるのは避けるべきだが、思わず吐露していた。

 

「ダッドリー、あなたならこいつの事を知っているんじゃないの?」

 

 春麗が聞くとダッドリーはうなずいた。同じボクシングをする者同士、知らないはずがないだろうが。

 

「あいつはマイク・バイソン。ボクシング界では一時期チャンピオンになったこともある者だが…今は裏社会で生きている奴だ。理由は相手が倒れていようがお構いなしに攻撃する、平気で反則の頭突きをする…などのあまりにも危険な行為で追放されたのだ」

 

 ダッドリーが誰にも見せたことがないほど眉間にしわを寄せる。彼に対しては、どうもボクシングの名を汚しているのだという意識でしか見ていない。

 

「何用ですか? 泥棒ならお引き取り願いますが?」

 

 美鈴が一応交渉の真似事をしてみる。言葉を話せる以上、支離滅裂な者ではない。

 

「あいにくだが泥棒だ。ちょっと金品を寄越してもらうぜ」

 

 バイソンはにやりと笑って見せた。従わないなら力ずくだと言いたげだ。

 

 

「おあいにく様。あなたのような狂犬には手をかまれるわけにはいかないのよ。しかも泥をかぶった下品な口でかまれるなんてもってのほかだわ」

 

 

 咲夜がビシッとバイソンの言い分を否定した。

 

「この女…ぶっ殺してやる!!」

 

 バイソンは怒りに燃えたか、バンバンとボクシンググローブを合わせた。その音からして、かなりの剛腕の持ち主である事は間違いなかった。

 

「ここは私が相手になるわ。この手の相手には、私が適任でしょうし」

 咲夜がバイソンの前に立つ。

 

「無理しないでよ。いざというときはプロである私に任せればいいのだから」

 春麗がそう言うと、咲夜は振り向き「大丈夫」という顔を向けた。

 

 

「彼は私的にボクサーを名乗るに値しない人間だと思っているのでね。全力で相手になってくれたまえ」

 

 

 ダッドリーはどこからか取り出したバラの匂いを嗅ぎながら言い放つ。自分は手出ししないが、私の想いは君が全てぶつけてくれと言っているのと変わりない。

 

 咲夜とバイソンは中距離で互いの顔を見る。

 

「ストレート!」

 バイソンが踏み込んで右ストレートを撃つ。空を切るがごとくパンチを咲夜は避ける。食らったら大変だ。

 

(相当な爆発力ね…でも当たらなければいい!)

 

 咲夜はひょいひょいとバイソンの猛牛の如きパンチを避けていく。避ける際に無駄な動きはするなということはダッドリーから教わっている。ロケットのようなパンチをかわしながら、咲夜は攻撃の態勢に移る。ここでの弾幕は隙もあるためパンチの餌食になるだけ、体術だけが頼りだ。

 

 咲夜は素手で素早く攻撃を刻む。バイソンは暴れていいところと我慢するべき所は熟知しているか、ガードを固め始めた。

 

(割とガードは堅い方ね…殴り合いをする競技だから、当然といえば当然だけど…)

 

 咲夜はガードに強いつかみを狙う。だがやり方が露骨すぎたか、バイソンは後ろに下がる。

 

(読み合いもある程度できる…暴れ牛のように突っ込むだけの脳筋ではないようね)

 

 咲夜はバイソンのパンチをかわし続ける。それにしびれを切らしたか、バイソンが中距離から近づいてきた。近距離になるとボクサーは連打が武器になる。咲夜はそれを警戒する。

 

 しかしバイソンは、咲夜に接近すると頭を後ろに反らした。咲夜は「?」と頭に疑問符を浮かべた。

 

 

「避けろ!」

 

 

 ダッドリーが思わず叫んでいた。だが咲夜は反応できず、勢いをつけたバイソンの頭突きが咲夜のおでこを直撃した。咲夜は後ろにのけぞり、体勢を崩して尻餅をついた。

 

「っ…!」

 咲夜が顔をしかめる。致命的なダメージには至らなかったようだが、痛みは感じた。

 

「咲夜さん!」

 美鈴が駆け寄るが、咲夜は平気そうだ。

 

「大丈夫。ちょっと面食らっただけだわ」

 

 咲夜は起き上がり、ぱんぱんとメイド服についた汚れを払う。頭突きをされたおでこは痛がっていない。むしろ目が鋭くなった。

 

「面食らった? まさか怖くなったとか言わねえよな」

 

 バイソンがニヤリと笑みを浮かべる。もし怖くなったと答えたなら、この勝負はもらったも同然だ。そこにパンチをぶち込むのが、自分にとって最高にうれしいことなのだから。

 

 

「いいえ。あなたが、人間の隅にも置けない下郎だとね」

 

 

 咲夜は冷静だ。両肩をぐるぐると回し、ほぐし始めた。まだ体がなまっていたまま戦っていたらしい。

 

「吹っ切れたわ。ちょっと戦い方を考えながら、と思ったけど手早く終わらせるわ」

 

 咲夜はここまで戦い方を考えていたというのだ。おそらくその原因はダッドリーに敗北した事からだろう。戦い方のスタイルがまだ確立していないため、色々と試したかったのだろう。だがバイソンの態度を目の当たりにして、それを続けたら逆に精神が持たないと判断した。

 

(目つきが変わった…この咲夜さんは、もう誰にも止められない!)

 

 美鈴は咲夜の目の鋭さを知っていた。いつも自分の居眠りの制裁に来るとき、機嫌が悪いと目が鋭いのだ。その時の咲夜は地獄と言えるほどナイフを投げてくる。一切のためらいも情もなく。

 

 バイソンに向けてこの目ということは、もう彼に慈悲を与える気なんぞないという表現だ。さっきまで全く読めなかった戦いの流れは一変したと美鈴は確信した。こうなれば、おそらく勝つのは―――咲夜の方。

 

「今すぐ後悔させてやるよ。その高慢な態度が、お前の命の終わりだってな!」

 

 バイソンがそう言い放ち、右腕を目一杯伸ばしてストレートを撃ってくる。次の瞬間。

 

 

 バチンッ!

 

 

「うおっ!?」

 

 バイソンの右腕が横にはじき飛ばされ、ピーンと伸びる。その反動でバイソンの体勢が一瞬崩れた。

 

「ふっ!」

 

 すかさず咲夜が左フックを顔面にぶつけて吹き飛ばす。バイソンも左フックをお返ししようとするが、再びはじき飛ばされ、パンチを当てられる。

 

「どうしたの? 自分から喧嘩を振っておいてその程度かしら?」

 

 咲夜はバイソンを冷ややかな目で見る。もう彼を見る目は決めている。

 

「こんの野郎…!! 死ねえ!!」

 

 バイソンは逆上してストレートを伸ばすがまた腕をはじかれ、その隙にパンチを食らい、また伸ばすがはじかれてパンチを食らい…。徐々にバイソンは思い始めていた。

 

 

(おかしい…おかしい! 何で俺のパンチが一発も当たらねえんだ!?)

 

 

 自分は咲夜を殺すためにパンチを急所とか避けにくい場所に撃っているはずだ、なのになぜ自分が咲夜のパンチを一方的に受ける形になっている。

 その理由は春麗が見破っていた。

 

 

(相手がパンチしようと伸ばした腕にパンチを当てることではじき飛ばし、体勢が崩れた所に攻撃を入れる…相当集中していなければできないことよ…)

 

 

 バイソンがパンチを入れようとして腕を伸ばした所に咲夜がパンチを当て、腕を吹っ飛ばして体勢を崩す。隙だらけのバイソンを、二つ目の拳で殴る。やっていることは単純明快だ。だが技術的には困難を極める。

 

(あれは…もしかして見てから反応して…?)

 

 この行為、咲夜なら能力を使えば簡単にできることだ。だが連続してできるかといえば無理である。だが今の咲夜はバイソンの伸びてきた拳全てに対してはじき飛ばしている。つまり完全にバイソンの拳に反応できていることになる。能力に頼らず、己の反射神経のみで。

 

「いつも以上に集中力が高まっています。咲夜さんの気の流れで分かる…今咲夜さんは目の前の相手の動きを全て見透かしています!」

 

 美鈴が咲夜の気の流れから読み取る。今の咲夜は、一種のゾーン状態だ。

 

「なるほど。確かに彼の手数の少なさを考えれば、最も攻め手を欠かせる手段だろう。それを数発かわした所で見抜くとは、見事な観察眼だ」

 

 ダッドリーは咲夜のしていることに納得した。しかもこのやり方、使うのは己の拳のみ、練習すれば自分のボクシングにも使える。

 

「あの腕力はガードしてもいずれは崩される…避ければどうということはないけど、あんな避け方は始めて見たわ…。確かにリターンも大きいからできるものなら他の相手にも通ずるから強いけど…相当よ」

 

 自分の避け方は当然パンチを正面から食らわぬように動き続けること、そればかりを考えていた。こんな間違えば直撃の行動はリスクがありすぎて自分にはできなかった。咲夜の度胸が据わっている。

 

「しかも攻撃をはじき飛ばされ続けて彼が焦っているな。これは彼女の独壇場を築きつつあるぞ」

 

 ダッドリーはバイソンの呼吸と汗から余裕のないことを見抜いていた。これはおそらく、勝負ありだろう。

 

(もう私は能力に頼りはしない…それがお嬢様の期待に答える第一歩!)

 

 咲夜はレミリアのあの言葉を思い返していた。フラン様とともにお嬢様のストッパーになるのは、この私だ。

 

「あなたが反則を使うのなら、こちらも反則を使わせてもらうわよ。ここは戦いの場、ボクシングではないのだしね」

 

 咲夜はそうバイソンに耳打ちし、両手で突き飛ばして距離を離す。

 

 

(大きく体を振って勢いをつけろ! 筋力はなくても振り子の勢いを活かせば強烈な打撃を与えることができる!)

 

 

 ダッドリーの教えを思い返しながら体を大きく左右に振り、往復パンチをバイソンの顔にたたき込む。バイソンが顔を上に向けた瞬間、足払いをかけてバイソンの体を一瞬宙に浮かせる。

 

「アッパーカット!」

 

 咲夜がわずかに浮いたバイソンの背中にアッパーカットをねじ込み、自分と一緒に大きく飛び上がる。頂点付近で咲夜の体がバイソンの体の上を越す。その瞬間、咲夜がバイソンの腹に強烈な蹴りを入れた。

 

「はが…」

 

 バイソンが次に見たのは、眼前に迫る咲夜の左拳だった。

 

 

「チェックメイト!」

 

 

 咲夜はそう言い放ち、重力と伸ばした腕の勢いそのままにバイソンを殴り飛ばした。

 蹴りと顔面への振り下ろし、下への勢いをモロに食らったバイソンは勢いよく落下、地面に大きくバウンドして倒れた。咲夜は手を使いながらもしっかり着地した。

 

「お見事だ。まさかの手で手玉に取って見せたか」

 

 ダッドリーが咲夜を賞賛する。その瞬間

 

 

「ふう…」

 

 

 咲夜が緊張を緩める。咲夜の目が一瞬うつろになる。その目を美鈴は見逃さなかった。

 

 

(咲夜さんの疲れた顔…それだけ、あのはじき返しは集中を高めていたって事ですか…)

 

 

 咲夜の疲れた顔を見るのは美鈴にとっては珍しい。仕事中の咲夜に疲れの色はほとんどない。それは戦いの場においても同じだが、これだけ分かりやすく疲れている顔を見せるのは珍しい。

 

「こいつは私が責任持って監視しておくわ。元の世界に帰ったら、たっぷり取り調べをする必要もあるから」

 

 春麗が気絶したバイソンを見る。

 

「やりすぎてしまいましたか? せっかくの情報源を…」

 

 咲夜が気絶したバイソンの様子を見に行こうとする。だが春麗が静止した。

 

「大丈夫よ。咲夜、バケツか何か大量の水を汲めるものはない?」

 

 春麗が聞く。もう策はあるようだ。

 

「少々お待ちください」

 咲夜はそう言って、バケツを持ってきた。もちろん、時を止める能力を使って。あの跳ね返しを能力でやっていたら、走って取りに行っていただろう。

 

 

 

 バシャーッ!!

 

 

「ぶは!? 何だってんだよ!!」

 

 バイソンはブルルッと顔にかかった水を払い飛ばし、顔を上げる。どうやら目の前にいる春麗が自分のバケツたっぷりの水を頭にかけてきたようだ。

 

「あっ!? お前は…!」

 

 バイソンが襲いかかろうとするがそこは対策済み、腕がきっちりと縛られていて動かせない。

 

「その縄はパチュリー様の魔力入りの縄よ。魔法に詳しくない者は力任せに解くしかないけど、そんな簡単には解けないわ」

 

 咲夜がそう言うが、バイソンはもがき続ける。

 

「大人しくていた方が賢明ではないかね? よく周りを見てみるといい。ここが、君が見たことのない場所である事が分かるはず」

 

 ダッドリーがそう言うと、バイソンは横目で辺りを見た。

 

「…よく見たらここはどこだ? 俺はさっきまで、薄暗い控え室で試合の準備中だったはずだぜ?」

 

 バイソンがとぼけた顔をする。そのとぼけた顔には、戸惑いが感じ取れた春麗が問い詰める。

 

「記憶がないのかしら? もしや、つい最近の事も?」

 

 バイソンは春麗に聞かれるのがしゃくに触りつつも頭を叩いて記憶を思い起こそうとする。

 

「いや、待て…そうだ、覚えてるぞ…お前だな、俺をぶちのめしたのは」

 

 バイソンは顔を咲夜に向ける。咲夜は冷ややかな目を変えない。バイソンは覚えてろよ、と言いそうな顔で咲夜をにらんだ。

 

「どうやら彼、とぼけているようではないらしいな」

 

 ダッドリーも知った。彼、どうもさっきまで自分の意志で動いていなかったようだ。

 

「ええ。誰か、見慣れない奴に会ったとか、変わったことは?」

 

 春麗が変わらぬ強めの言葉で揺さぶる。バイソンはそれに動じず、すぐ答えた。

 

「けっ、知らねえな」

 

 バイソンは顔を背けた。美鈴がその態度は何だと言いたげに歩み寄るが、春麗が止めて耳打ちする。

 

「シャドルーの幹部はボスのベガという男の命令を受けず、単独で行動するのが分かっているわ。彼の言い分は、信用ならないようで信用できるのよ。彼は嘘をついていないわ」

 

 春麗の言葉に美鈴は足を止めた。彼のことをよく知るのは同じ世界に住む師匠達だけ。自分が入る余地はないと頭に刻んだ。

 

「くそっ、よく思い出せねえ…何だ? 薄暗い控え室にいて…そっから分からねえ…」

 

 バイソンはうめくように独り言を言っている。彼の記憶に、ここに来るまでの記憶が存在していないようだ。

 

「記憶がないというのがどうも気にかかるな。この世界に送られる前に、何かされたのだろうか」

 

 ダッドリーが考え込む。バイソンの言葉を全て信じるとなれば、肝心の黒幕が分からない事になる。まだ幻想郷の第3者の介入も分かっていないのも不安材料だ。

 

「でもシャドルーの幹部が来たということは…」

 

 美鈴が察した。これまで不透明だったが、これではっきりした。

 

「ええ。シャドルーが関わっていることは間違いないわ」

 

 春麗が断定した。だが―――

 

 

(でも分からないわ…奴らの目的が…何を企んで、彼らをここに引き寄せているの?)

 

 

 春麗は同時に、頭を悩ませ始めていた。この事件、一筋縄ではいかないと―――

 

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