相当この話、難産でした…
第71話「誇りを守れ」
―命蓮寺―
こちらも異変が起きた日の朝の事―――
いつもの読経を終え、皆が各々に日常を過ごし始める。だが全員の顔はどこか冴えない。皆豪鬼の言葉を真に受けているという確かな理由がそれを如実に示していた。
星の指導に当たるサガットも例外ではなく、いつも表情をほとんど変えず厳しい目が余計に厳しくなっていた。これから起こるであろう異変に気を落ち着ける暇があってはならない。
そんなぴりぴりした空気の中、誰かが階段を登ってくる足音が聞こえてきた。
(お客さんか…?)
この時に限ってのお客は、あまり良いものではないのがお決まりだ。上がってきたのは―――
「ここにいやがったなサガット!」
逆立った赤い髪に顎がしゃくれた顔をした男だ。しかもこの言葉、サガットと関わりありがある事間違いなしだ。
「アドン…ここで面倒な…」
サガットの表情が歪む。ここに来て面倒な相手が来てしまった。それにもお構いなく、アドンは近づいてくる。
そこにナズーリンが立ちふさがった。
「…残念だけど、誰かを平気で傷つける奴はここではお断りなんだ、帰ってもらうよ」
ナズーリンが表情に怒りを見せる。誰かを傷つけることで得られる平等なんてない。
「おっと! オレ様の目的はサガットだけだ、部外者には何もしないぜ?」
アドンはストップと合図するように手を出した。
「私は部外者じゃない。この寺の立派な仲間だからね。そういういかにも人を見下した態度の輩は見ているだけでダメなんだ」
ナズーリンは全くぶれない。これもリュウの修行の成果か。
「そうかい…なら見せてやるよ、オレ様の最強のムエタイをな」
アドンは仕方ねえな、という感じになりながら構えた。ナズーリンはじっとアドンを見る。
「ジャガートゥース!!」
「うっ!?」
ナズーリンは見切れなかった。アドンがバック宙から命蓮寺の柱に足をつけ、壁キックで狙いをしっかりつけて急襲、ナズーリンのガードの上からお構いなく蹴りを入れた。ナズーリンはがーどをしているにも関わらず大きく吹っ飛ばされた。
「うおっ…!」
ナズーリンは受け身を取れず尻餅をついた。だがアドンは容赦しない。
「ジャガーキック!」
アドンはナズーリンがすぐ動けないのいいことにかかと落としを放ち、ナズーリンの腹を地面にめり込ませた。
「…っ…!」
ナズーリンは致命傷には至らなかったようだが、わずかに顔をゆがめた。
「ほう、体だけは丈夫なようだな」
アドンはクックックと笑って見せた。この笑顔はナズーリンがここにいる価値はないと言いたげだった。
「っ…! なんて態度…!」
聖が思わず突っかかりそうになる。もちろんその気持ちは皆同じだ。彼に対しては、ここに受け入れられてはならない。
「あいつは俺…リュウに負けた後の俺を憎むようになってから、あんな態度をとり続けている…すまぬ、俺が出て今すぐに止める」
サガットが立ち上がって前に出ようとした、その時。サガットの顔が、星に向いたときだった。突然に、星がサガットの進行を阻むように腕を伸ばしてサガットの前に立った。
「…星?」
星はサガットの言葉に応じず、サガットを静止し続ける。そしてそのまま、アドンに歩み出した。
「星! あの人は危険です! ここはサガットさんに任せた方が―――」
聖の言葉もよそに、星は歩みを止めなかった。
(いや…あいつは…)
サガットは見抜いていた。彼が戦う理由、それは勝てるからという理由ではない。おそらく、俺の―――
星はアドンの前に立った。
「何だ、お前は…?」
アドンは不審者を見るように怪しげになった。
「私は寅丸 星。お前が恨んでいるサガットの弟子だ」
星はアドンの鋭い目にも怖じけず堂々と言った。
「弟子だって? はっ、こんな動けなさそうな少女がか! サガット、お前の見る目も衰えたもんだな!」
アドンは高笑いしながら言った。完全に馬鹿にしている態度だ。
「…なぜ、そう思うのですか?」
それでも星は強気に出た。聖がさらに心配する。あれだけの事を言われ、精神的には来るものがあるはずなのに、まだ平常心を保てるというのか。
「簡単だ。動きをまねるだけなら猿にでもできる! そんな真似事の拳で強くなっているのは大間違い、貴様は猿以下だ! サガットから、教えを請う時点でな!」
アドンは言い放った。サガットの言うことなぞ、全て信じなくていい、そうサガットを憎む心が見えていた。
だがそんな態度が、星の怒りに火をつけていたというのは、この時知りもしなかった。
星が怒りに燃えていた。師匠の誇りであるこの拳、傷つけられた言葉を真に受けた今、黙っていられなかった。目はいつの間にか鋭くなり、下郎を見下す目に変わっていた。
「そんな冷静さを失った目で、この俺が倒せると思っていやがるのか?」
アドンがニヤリと笑っている。あの時以上にさらにやりやすそうだ、と思っているのだろう。
星は反応せず、黙ったままだ。そして『文句があるならこれだろう』と言わんばかりにサガットを彷彿とさせる構えを見せた。
「おやおや、やる気なのか。じゃあ見せてやるよ。オレ様の、神の戦いをな」
アドンは構え直した。そしてすぐにバック宙、命蓮寺の柱にぴたりと足の裏をくっつかせた。
(これで終わらせてやる!)
そこから何も細工せずに跳び蹴りを星にぶつけようと飛びかかった。
アドンの足は―――届いていなかった。星の顔を足が届く前に、星が足首をがっちりと掴んでいたのだ。今まで誰も見切れていなかったのに、突然見切りをつけられるようになっていた。まるで、何かの魔法をかけられたように…
星はアドンの足を掴んだまま、その足を地面にたたきつけた。
「ぐおわっ!?」
足を引っ張られ、アドンは背中から地面にたたきつけられた。アドンは後ろに転がって星との距離を一度離した。
(こいつ…まさか見切っていやがったのか!? あり得ねえ…オレ様の蹴りは、何度も戦った相手じゃない限り見切れないはずだぜ!?)
アドンがそう考えていると星が猛然と突っ込んできた。
「どりゃあ!」
「ごはっ!?」
走った勢いそのままに飛び膝蹴りをかます。アドンは避けられずにへそ部分に食らった。
「おおおおおっ!!」
星の猛虎の如き連続膝蹴りにアドンが反応できない。星の目が、本物の虎が獲物に狙いを定めるかの如く鋭く、人間が下郎を見下すが如く怒りに満ちていた。
(何だ、こいつは!? 長い冬眠から目覚めた熊みたいに、覚醒していやがる!!)
アドンはようやく自分の身に起きていることを理解した。完全に勝てると踏んでいた命蓮寺一同とサガットの中にいた、星がここまでとは全くもって考えていなかった。
(ま、まずい…!! このままじゃ、俺の命が危ねえ…!!!)
アドンは星の攻撃を食らい続けて、とうとう命が悲鳴を上げていることを覚えた。と、とにかく逃げる事を考えろ! まずはジャンプ―――
「ぬん!!」
「がっ!!」
その瞬間、星が心を読んでいるかのように回し蹴りでアドンの左膝を蹴り飛ばした。アドンはガクッと顔を下げてしまう。このまま地面に―――
「うらあ!!」
「ぼごはっ…!!」
それを許さないとばかりに星がアッパーを顔面に当て、無理矢理アドンの顔をかち上げた。
「吹っ飛べ!」
さらに星はしゃがんでタイガーショット、気の弾がアドンの腹に直撃してアドンを吹き飛ばす。吹き飛ぶところに星は走って追いかける。
「な、何なのよ…あんな寅丸、始めて見たわ…」
ぬえの体が震えている。今の星が、ぬえには狂オシキ鬼に見えていた。息の根が止まるまで攻撃を止めない、負けて死ぬまで戦いを続けるあの狂オシキ鬼に。
聖が心配そうな表情を浮かべる。いくら何でもあれだけを見せてやるのはやり過ぎだ。どこかで歯止めが効けばいいが、今はそれすらなさそうだ。なら、止めるのは私しか―――
「聖…今のご主人様は、止めない方がいい…」
ナズーリンがいつの間にか起き上がって聖の腕を掴んでいた。それは力強く、聖が星を止めようとするのを拒んでいるのがすぐに分かる掴み方だった。
「あいつは覚醒させてしまったんだ…ご主人様の、妖怪としての本能を。サガットがここまで教え込んだ、帝王の誇りを傷つけられた怒りを」
ナズーリンは静かにそう言った。ここに、私達の考えが入り込む余地はない。入れるのは、星自身と師のサガット、ただ2人だけ。
「俺の誇りを守ろうとするがため、か…」
サガットは無意識のうちに胸の傷に手を当てていた。あの時の傷が、ずっと時が経った今になってうずくようになるのは初めての事だった。
そんな静かに見守る命蓮寺の面々と師とは裏腹に、戦いは星が押していく。アドンは今までの跳び蹴りをする暇すらなく星の攻撃の手を受け続けるだけだ。
「は…は…」
アドンは体に震えを感じていた。今目の前にいる星が完全に牙を向けている虎のように見えてならないのだ。
「おうわっ!」
「うぎゃっ!」
星の右ストレートが顔面に刺さる。思考は恐怖によってどこかに投げ捨ててしまい、ガード、避ける、カウンターの考えはどこか彼方に消えていた。残されているのは黙って食らうの1択だ。
「お、お願いだ、もう止めてくれ! オ、オレ様が悪かった―――」
アドンの命乞いは、星の耳に届いていなかった。星は膝蹴りをアドンの心臓部にぶち当てた。
「がばあっ!?」
アドンが耐えきれず、とうとう吐血した。
「まだまだぁ!!」
星は容赦なく膝蹴りを乱打の如くぶつけまくる。だが殺さぬよう、急所だけは外している。膝蹴りをこれでもかと食らわせた後、強烈なアッパーでアドンの体を吹き飛ばす。そして右手に気を一気に溜め始めた。炎のように燃え上がる気が、星の右手からあふれ出す。
「タイガー…」
星は吹き飛んだアドンのある部分に狙いを定め、地面を蹴り飛ばして飛び上がった。
「ランペイジ!!」
トドメのタイガーアッパーカットが、アドンの腰に直撃した。
ボギャッ!!!
その瞬間、日常生活で聞こえてはならない音がアドンの体から響いた。星の手に纏った気が、風の層を作り出すように辺りに広がった。一瞬、皆の耳に虎の咆哮が聞こえたような気がした。
星がそのまま着地する。アドンは遙か上空に吹っ飛んだため、落下するまで星は背を向けて聖の元へ歩みを進めた。この手の相手に、挨拶なぞいらない。アドンが強烈に地面にたたきつけられるのを見ることなく。
「ちょ、最後の攻撃、あいつからヤバイ音がしたわよ、大丈夫なの?」
ぬえが何気なく聞いた。他の皆、サガット以外は今の星に近寄りたくない雰囲気を作り出していた。
「大丈夫です、殺してはいません。腰の骨の1、2本は折れたかもしれませんが…」
星はさらりととんでもないことを言った。
「腰の骨って、まさか…」
腰の骨がないということは、そのそばにある神経に骨が刺さっている可能性がある。そうなればアドンは、二度と歩けない。
「ええ。もしその折れた骨が脊髄に刺さっていれば、彼は二度と戦いの道を歩むことはできなくなるでしょう」
星は倒れたアドンを鋭く見た。アドンは目をつぶっており、気を失っている。この後自分の身に起きたことを知れば、おそらく彼は落胆するだろう。それ相応の報いではあるが。
「戦いの道は険しく果てのないもの、それをあのような態度で終わったと勝手に決めつけ、神を勝手に名乗るなんて許せない。ただそれだけのことです」
星はこれだけの事をしたのはちゃんと訳がある、これは私が決めたことだから皆が気にする必要はないんだ、という明確な意志を持った言葉を皆に投げかけた。その目は、ひたむきに己の道を突き進むリュウの目と、誇りを持って戦うサガットの目が混じったような目になっていた。
この目で見られた命蓮寺一同は、何も言葉を返せなかった。
「見事な拳じゃ」
そこにいつの間にやって来たのか、入口に剛拳が立っていた。
「あなたは、リュウのお師匠様…」
聖が目を見開く。確か、人里に霊夢と一緒にいたという話だったはずだが…人里からここ命蓮寺までは結構な距離がある。ここまで走ってきたのか。それにしては全く息が荒れていない。
「お主の拳、初めて会ったときから注視しておったが、見事己の信ずる道に使えたようじゃな。怒りを力に変える者はそうそういない。普通なら怒りに身を任せてしまう者が多いからのう」
剛拳は褒め称える表情ではないものの、感心するように首を縦に振っていた。
「信ずる道が俺、か…」
サガットはゆっくりと立ち上がり、星の目の前に立った。
「し、師匠?」
星が身長差の大きいサガットを見上げる。
「…お前はまだそう言ってくるのか。まあ今になっては、そう呼ぶしかないだろうがな」
サガットは致し方ない、というようにわずかに顔を背けた。
「…え…」
星はその言葉の真意を確かめようとした。もしかして、いやもしかしなくても…
「寅丸 星。お前を、俺の第2の弟子として正式に認めよう」
サガットは笑顔こそ見せなかったが、しっかりと星を認める目をしていた。
「は、はいっ!!」
星は背筋をぴんと伸ばした。
「…やったじゃん、星」
ぬえは突然の発表に驚きを隠せないながらも言った。ぬえもサガットの拳には一目置いていたが、命蓮寺の誰も彼には永久に追いつけないと思いかけていたからだ。
「ええ、星が相応しいわ。私達じゃ、サガットさんの弟子なんてその名が腐れてしまうだけでしょうから」
一輪も納得の表情になる。
「星以外相応しい人なんてここにはいないでしょうからね。星、本当におめでとう」
聖も星の変わり様だと受け止めた。あの豹変が消えている以上、あれは感情を捨てているわけではない事がすぐ分かった。
「星、おめでとう」
こころがお面を変えずに言う。言葉は不器用だが、伝えたい事は分かる。
「星、良かったですね」
聖も星を褒め称える。
「良かったのう、星…」
マミゾウが笑みを浮かべる。
「さて、彼は自分の意志で動いていたようじゃ。この異変とは、残念ながら関わり合っていないのう」
剛拳はどうしたものかと悩むように髭をいじっていた。
「ですが、結界が揺らいでいるのは事実です。早く異変を解決しなければ、このような輩がどんどん幻想郷になだれ込んでくるのも事実です」
星は分かっていた。アドンは確実に誰かの命令ではなく、サガットの怨念だけでここに来たのだと。
「急ぎ異変を解決しましょう。あのような無茶は結果が分かっていてもさせるものではありませんから」
聖は改めて目を真剣にした。目指すは人里、人の多く集まるところだ―――