異変の主犯の居場所はいずこへ?
それはある者の調査が鍵を握っている―――
第73話「歯車」
―妖怪の山・守矢神社―
修繕作業がほとんど終わり、あと一歩の所まで来た守矢神社。しかし、再び倒壊の危機が迫っていた。その理由は言わずもがな、この異変の影響だった。しかもその本拠地がこの妖怪の山に存在するとなれば、危機となるのは必然的だ。
そしてこの妖怪の山が異変の元凶の本拠地だと一部の者が知ったのは、同じ日の事だった。
「はっ!」
天狗が空からアベルめがけ奇襲する。
「とりゃあ!」
しかしアベルは即座に反応、天狗の服の襟をがっちりと掴んで背負い投げした。
朝目覚めてすぐ、辺りが騒がしいと思ったら天狗の軍団が大量に守矢神社を襲撃してきたのだ。またもや訳を聞く事もできずに問答無用の急襲だった。
「サマーソルト!」
ガイルもサマーソルトキックで天狗を吹っ飛ばし続ける。皆同じ手を使って突っ込んでくるだけなので、無理に追わずに待っていれば迎撃の態勢で圧倒できる。だがいくら簡単でも、数の暴力に対してこれを続けるとなると身動きできない。
「次から次へとキリがないな。俺たちの手に余る相手なのが幸いだが…」
アベルが額の汗を腕で拭く。その背後には気絶した天狗がざっと30人、小さな山を形成していた。
「これでは身動きができない…これだけ激しいのなら、ここに元凶がいるのは間違いないのだが…」
ガイルがまだ飛び回っている天狗の軍勢を遠目で確認する。こちらもざっと50人倒してきた。しかしそれ以上に倒しているのは
「早苗がうまくやってくれるといいんだが…この人数だと進むのすら容易ではないか」
どっさり100人の神奈子と
「多人数戦はやったことないけど、弾幕なら広い範囲を巻き込めるから楽なものだね」
こちらも100人倒してきた諏訪子だ。天狗一人一人の実力は到底及ばない。しかも戦い方が無謀な突っ込みだけなので、簡単に弾幕の餌食にできる。
ある程度、天狗の軍勢は勢いが収まってきた。だが戦意の喪失にはまだ手が届かない。そこで唯一手が空いた、早苗を先に行かせた。2人は、もちろんながら彼女を信頼していた。
だがこの時、早苗の身に危険が迫っていたことは、誰も気づくことはなかった。
―妖怪の山・中腹―
妖怪の山の中腹では、犬走椛が天狗の対応に当たっていた。椛は洗脳されることはなかったらしく、その理由は何か、洗脳されなかった天狗達と推理を展開していた。戦える部隊は戦いを続けている。守矢神社の4人がいるおかげで、こちらの人手が足りないことがなくなるのが救いだった。
「…なるほど、洗脳されている天狗の皆さんは、昇格とかに貪欲だったと?」
椛は腕を組みながら、洗脳された天狗の履歴書にざっと目を通していた。
「ああ。言ってしまえば、もっとお金を得ようとか思っていた連中だな。天狗のプライドとかどうでもいい奴だ」
同期の天狗がそう語る。お互い長く妖怪の山の警備を務めているが、やはりまだこんな考えを持っている者がいるのだと思うと、頭を抱えるばかりだ。だがそれよりも、それが洗脳の理由となるなら―――
「…欲という弱みにつけ込む者ですか」
椛は想像した。元凶はおそらく幻想郷の有力者達誰もが知らない人物だろう。
一方の早苗は天狗の間をすり抜けて怪しいところをしらみつぶしに当たっていた。天狗の中にはこの妖怪の山が本拠地ではないかとにらむ者もいて、独自調査をしていた者もいた。最も、内乱が激しすぎて人数はたかがしれているのだが…
早苗もその天狗達に混じりながら独自調査を続けていた。早苗には元凶の本拠地がここ妖怪の山という確信があった。これだけの天狗を洗脳するとなると、能力だろうが機械の類いだろうが近辺にあるのは間違いないはず、というものだった。
こうして総当たりで調べていくこと10分後。早苗は妖怪の山の道から外れた山を流れる川の中流にいた。
(飲み水が確保できる場所…秘密基地の場所としてはもってこいですが…)
早苗は川の流れを目で追いつつ、辺りを散策する。すると、あるものに目がとまった。それは山の地層が見えている崖に立てかけてあるスコップだ。そのそばには、真っ暗な洞窟があった。早苗がその前に立ってみる。洞窟の入口にはスコップで掘ったような跡があった。そこから早苗は確信した。この洞窟は明らかに自然のものではない。誰かが掘ったものだ。
(怪しい気配は、ここから…)
早苗はいつでも投げられるようにお札を握りしめながら洞窟の中へと入っていった。洞窟の中は真っ暗で足元すら見えないため、早苗は明るい弾を一つだけ撃って代わりの明かりにした。
洞窟内は整備されたようにでこぼこのない一本道が続くばかりだ。それでもここは敵が何かを隠している場所、油断はならない。罠があるのがこの手のものだ。
早苗は警戒を解くことなく、どんどん洞窟の奥へと進んでいく。しばらく歩いて行くと、何かが弾の明かりを反射し、鈍く輝かせた。
「こ、これは―――」
早苗は信じられないものを眼前にしていた。そこに広がっていたのは―――
早苗は倒れた。眼前の光景に気を取られ後ろから誰かが接近していたことに気づかず、不意打ちを食らってしまったのだ。
「……こいつは、どうするの?」
倒れた早苗のそばで、少女の声が響いた。
「見たところ、こいつを洗脳することは容易だけど…」
もう1人の少女がそう言う。その少女は意識のない早苗の顔をのぞき込んでいる。
「操っておけ。こいつは結構な有力者、幻想郷掌握のための第一歩になる」
少女2人に命令したのは筋肉質な肉体を露わにし、へそに謎のエンジンをつける生き物だった。
「さあ、最後の仕上げだ。人里でこの幻想郷(せかい)の有り金全てを巻き上げるぞ」
それが、もう1人。この異変の元凶は、4人―――
―人里―
一方、妖怪の山の異様をつゆ知らずの6名は、霊夢がルーファスを慧音に突きだして戻ってきた頃だった。
「…というわけで、今頃あいつはこってり絞られていると思うわ」
ルーファスが慧音に訳も分からず説教を受ける姿を霊夢は見届けていた。
「何か情報になるようなことは言っていなかったのか? 見慣れない誰かに会ったとか」
魔理沙がルーファスを慧音が問い詰めていなかったか聞いてみた。
「いや全然。『記憶がない』の繰り返しだったから」
霊夢は腰に手を当て、そこから何も変わりなかった事を伝えた。
「情報なしか…こりゃあキツいぜ、どこか行く当てでも出てくれりゃ動けるんだがな…」
ケンは困った表情になる。こんな時、自分の世界ならネットや携帯等があるのだがここは幻想郷。電波愚か電気すら通っていない。情報がないのは死活問題だ。下手に動けば、肝心な所で体力切れを起こすハメにもなる。
自ら行動を起こす術が全くない6人が悩み、何気なくその中の1人、フランが空を見上げた。すると視界に2つの影が止まった。
「…ん? あれって…」
その影には羽が生えていた。そしてかぶっている帽子は天狗帽。間違いない、文とはたてだ。
「ちょうどいいところに来てくれるものね。…信用はイマイチかもだけれど」
レミリアが情報を聞くため、2人を迎え入れようと羽を羽ばたかせた。
「…!? 離れろ!」
しかしリュウがそれを止めた。レミリアは反射的に動きを止めていた。止めた理由はリュウの直感が告げていた。今の文とはたては、味方ではない。
「『無双風神』!!」
文が何の前触れもなくスペルカードを発動、そのまま弾幕を飛ばしてきた。
「うおっと!」
魔理沙は素早く箒にまたがり、弾幕を大きく旋回して回避した。弾幕を回避しきると、すぐ着地して2人を見る。文とはたて、2人の目が赤い。6人ともすぐに確信し、戦闘態勢に移行した。
「…残念ね。一緒に戦って分かっているはずなのに」
レミリアは本音を漏らした。さっきまでの態度は一気に消え失せていた。特にはたてはリュウの精神に触れているはずなのに、洗脳に屈してしまった。これはいかがなものだろうか、そうレミリアは思っていた。
「この2人の目…正気じゃないぜ」
魔理沙はミニ八卦路を2人に向けていた。元は仲間だったが、この状況なら容赦はできない。あの時の霊夢と同じなら、なおさらだ。
「霊夢さん。あなたを倒して、スクープをいただこうかと思いまして」
そのスクープというのは、おそらく霊夢を倒し、それをスクープとして自分の名声や富を得たいという所だろう。それは霊夢の命を頂戴することなので、霊夢にしてみれば当たり前だがお断りだ。
「文、報酬は山分けよ? それを忘れていないでしょうね?」
はたてが文に念を押すように言い放つ。だがその気持ちは文と同じようだ。狙うは霊夢の命。それだけのために。
「情けない記者ね。そんな欲だけで釣られるようじゃ、スクープ自身が意志を持っているかのように逃げていくだけなのに」
そんな2人を、レミリアは鼻であしらった。貪欲は時に自分の身を滅ぼす。殺意異変でレミリアがよく学んだことだ。
「お姉様の言うとおりだよ。しかもそんなスクープ、誰の得になるんだろう?」
フランは笑みを浮かべている。フランもかなり言うようになったわね、とレミリアが少し感心した。ここ最近のフランは、自分が感心させられっぱなしだ。
「スクープねえ…確かにお金儲けにはなるでしょうけど、その前に色々と問題があるのよ? 人権侵害とか」
霊夢が頭をポリポリとかいた。確かにいきなりの突撃取材ははた迷惑なことこの上ない。
しかもその内容が命のやりとりなら、取材内容としては取材される側は願い下げだ。たとえ自分の命に関係なかろうと、それを幻想郷(ここ)でやられたら異変になる。面倒な異変は私が疲れるのよ、だからできるのならない方がいいのよと、無駄なことを知っていながら目で訴えた。
「残念ですねえ…それでは、無理矢理にでもOKをいただきましょう!」
文が不敵に笑みを浮かべた。間違いない、ここでやる気だ。5人は構えた。もう仲間だとかという同情の心は微塵もない。取り戻すために、勝つ。
まず前に出てきたのははたて、狙いはレミリアだ。鋭く腕を伸ばし、レミリアの顔面を吹っ飛ばそうとする。
ガン!!
が、はたての拳はレミリアに届いていなかった。何と止めたのは、レミリアの目の前に降りてきた者の腕だった。
「あんた…!」
レミリアの目の前にいたのは、姿を消したはずの豪鬼だった。
「…なぜあんたがこいつらの援護をするのかしら?」
はたてが正気ではない目で豪鬼に聞く。
「笑止。援護ではなく我の意志。下らぬ欲望の洗脳に負けるうぬらに戦いの道を歩む資格なぞない事を伝えるためよ」
豪鬼ははたての蹴りを腕一本で止め続けながら、はたてに言い聞かせる。
「ぬん!」
そのまま腕を前に出してはたての体を押し出し、遠くに着地させた。
「…行けい。この程度の相手、我なら足止めは容易」
豪鬼は静かに6人に言い、文とはたてを見続ける。
「豪鬼…」
リュウが細目になる。豪鬼が何を思うか、それは定かではないが操り人形と化したこの2人に対して思う所は同じ所がある。
「ねえ皆! あれを見て!」
フランが指さす方向に、大量の天狗が空を旋回している。
「あれは天狗か…となると…!」
魔理沙が遠目に天狗の翼を確認する。しかもその下に広がるのは―――
「妖怪の山へ急ぐわよ!!」
霊夢がすぐにかけだした。魔理沙がすぐ箒を出し、霊夢を乗せて飛び立つ。霊夢がリュウとケンにお札を渡し、空へと飛び上がらせた。レミリアとフランは言わずもがな、羽で空へと舞い上がった。
「くっ…スクープが!」
文が6人を追いかけようとする。
「死合い中に他者に気をそらす行為、許し難し!」
豪鬼は吠えるように言い放ち、2人を逃がさまいと強引に攻撃を仕掛けた。狂オシキ鬼ほどではないが豪快な腕力は健在だ。むしろ手数が多くなり、長時間の火力なら狂オシキ鬼を上回るかもしれない。文は足を止めるしかない。
「離れなさい! 写真『フルパノラマショット』!!」
はたてがスペルカードを放つが豪鬼は竜巻斬空脚、弾を次々とはじき返してノーダメージにした。弾幕地獄はもう手慣れたものだ。
「やはり弾幕でダメージを与えるのは無理ですか…ならばこの速さに任せた一撃はいかがでしょうか!」
文は空高くジャンプし、天魔空刃脚の要領で足を伸ばしてきた。
しかし文はある事に気づき、慌てて足を引っ込め後ろに下がっていた。その理由は空を見れば一目瞭然、文を狙う1人の影だ。
ドウン!!
「1人では辛かろう、豪鬼」
地面にヒビを作り出しながら着地したのは剛拳。ここに来て兄弟がそろった。
「よもや邪魔に来たというわけではなかろうな、我が兄」
豪鬼は鼻であしらうように顔をわずかに上げた。
「まさか。儂の性格は分かっておろう」
剛拳は笑って見せた。相対する波動の持ち主なら、絶対に見せないであろう笑顔だ。これも剛拳の人柄がよく表れている。豪鬼は剛拳の笑みに嫌気が差しつつも、すぐ2人に向き直った。
「さあ、久方ぶりに兄弟の協同戦線といこうではないか、豪鬼」
剛拳は2人を鋭い目で見ながら豪鬼に対してはわずかに笑みを漏らす。
「…ふん!」
豪鬼はニヤリと笑い、文とはたてをじっと見た。そして剛拳と共に飛び出した。
異変の歯車が大きく動き始めた。その速さが加速するのは、意志の方か欲望の方か―――