その暗闇に光が差したとき、全てが見えてくる―――
第74話「全てがつながる」
―妖怪の山・中腹―
天狗の群れに誘われるまま、妖怪の山に入った霊夢、魔理沙、リュウ、ケン、レミリア、フランの6人は道なりに歩いていた。天狗が戦うところをするすると抜けて進んでいき、あっという間に妖怪の山の中腹まで登ってきた。
「天狗の警備役は全員この事態で出動か。普通ならこの時点で私ら全員指名手配犯並みに追われているぜ」
魔理沙が後ろを見ながら山を登っている。戦っているところに水を差す感じになってしまったが、今は事態が事態、気にしてはいられない。
「全員が洗脳されていなくてよかったわ。全員だったら、手間も時間もかかることこの上ないし、体力も持たないわ」
霊夢が気にするのは異変の規模だ。これだけ大きく影響が出ているのなら、あちこちを回らなければいけなくなる。いくらリュウの修行をひたすらこなしてきていても、1日中戦い続けるのは疲労がたまる。
「この事態でもここは変わっていないな。自然まで手をつける奴らではないようだが…
」
リュウが修行で見慣れた道の変わりなさに目をつける。まだ洗脳の目的が分かっていない以上、何に手をつけているかも分からないのだ。
「しかし来てみたはいいが、天狗の様子以外まだ何も変わったところがないぜ。このまま何もなかったら、ここに何かあるっていうのは間違いの可能性まで出てくるぜ」
ケンが変わらぬ景色に飽き飽きしながらも一同についていく。ここまで天狗の様子の急変だけで妖怪の山に突撃したが、収穫はなしだ。
何も収穫がないまま、一同は川の流れる場所まで歩いていた。
「川まで来たか。河童がいつもならいるんだけど…この事態じゃ留守だろうな」
魔理沙が辺りを見渡す。この川を上っていけば、修行場所である滝にたどり着く。もちろん今はそんなことをしている場合ではないが。
川は妖怪の山の異様さを無視するかのように静かに流れ続ける。その川を上流に向かって見ていくと―――
「! ねえみんな、あれ…」
フランが指さしたのは洞窟だ。早苗も見つけていた、あの洞窟だ。
「この洞窟…明らかに自然にできた形ではないわね」
レミリアも気づいていた。この洞窟は、人工のものだ。誰かが何かを隠すためか、はたまた住むために、自力で掘った洞窟。
「人の気配がしない…留守だろうか?」
リュウが洞窟の中からの気配を探ろうとするが、何も感じ取れない。監視カメラの類いやトラップも見当たらない。かなり無防備な入口だ。
「留守? てっきり親玉がいるもんじゃないのか?」
ケンがポリポリと頭をかく。どうも今回は王道の展開にはならなさそうだ。
「とにかく入ってみようよ。じっとしていても何も分からないし」
フランがせかした。確かにここであれこれ想像するより、さっさと中に入って様子を探る方が早い。一同はそこから何も言葉なく洞窟の中へと入っていった。
「見事に一本道が続いているだけだな。秘密基地にしてはなんか粗末な気がするぜ」
魔理沙がトラップに警戒しつつ先頭で洞窟の中を進む。ちなみに明かりはミニ八卦路から発する火だ。
「真っ暗すぎるわね。敵の拠点にしてはもうちょっと整備が効いていてもいいところ…」
レミリアが洞窟の湿気を嫌いつつも歩を進める。確かに誰かが潜んでいるにしてはもう少し人工物か何かがあっていいと思うが、ここまでそれらしきものが全くない。
「…む? あそこに明かりが見えるぞ」
リュウが目をこらして遠くを見ると、洞窟の奥に確かに明かりが見える。一同は迷いなくその明かりに導かれていった。明かりは近づいてくるにつれ、かなりの輝きを放っている。6人が一斉に明かりに足を踏み入れた。開けた場所には―――
「な、何だこりゃあ!?」
魔理沙が目を見開いた。そこに広がっていたのは床も壁一面も全て高価そうな金品だらけの部屋だった。
「おいおい、これら全部本物か!? だとしたらとんでもないぜ!」
ケンもこの部屋のものには驚きを隠せない。美術品から高価そうな陶器の壺、そのままぽんと札束まで置いてある。開けてみるまでもなく、いかにも大金が詰まっていそうなスーツケースもある。世界中の高級品を1つの部屋に集めたような、人によっては夢の空間。
「こりゃあとんでもないわね。下手すればこの金品だけで幻想郷の経済が回りそうだわ」
霊夢もこの高級品の数々には驚くばかりだった。これだけあれば、幻想郷でなら一生の贅沢は約束されるだろう。残念な事に、異変があるので長く続かない可能性が常につきまとう訳だが。
「奥にも部屋があるわね。ちょっとフランと一緒に行ってみるわ」
レミリアは早々に奥に部屋が続いていることに目をつけ、フランと一緒に奥へと進んでいった。金品にはまるで興味を示さない。紅魔館のお嬢様として、この手のものは見慣れているといったところか。
「しかしすげえ金の量だな…どこから調達してきたんだ?」
ケンが数々の高級品を見て回り始めた。素人目でも分かる見事なデザインの壺、いかにも著名人が描いたであろう絵画。値段のつけようがないが、どれも百万、下手すれば千万単位はくだらないものばかりだ。
「一万円札…こっちじゃ全く見ないものまであるわ」
霊夢が札束を丁寧に見てみる。偽札でも何でもなく、本物の札束。幻想郷全土からかき集めたとしてもこれだけの札束の量にはならないだろう。
「ドル紙幣、ユーロ紙幣まであるぜ。世界各国から集めてきたみたいだな」
ケンが次々とお札に目を通す。ドル紙幣はいつも世話になっているので見覚えがありすぎた。世界各国を渡り歩いていたこともあるので、大体のお札は自分の目で見てきた。
「…記念コインもある。ここにあるもの全部が珍しいものだというのは間違いなさそうだ」
お金に無頓着なリュウでさえもここにあるものは全部珍しいものだと分かる。
「奥まで足を踏み入れてみたけど、本当に誰もいないみたいだわ。こんなに良いものを、何の警備もなしに放置するなんておかしすぎるわ」
そこにレミリアとフランが戻ってきた。
「でも今さっきまで人がいたみたいだよ。ほら」
フランが手に持っていたものを見せた。それは誰かの日記帳らしかった。開いてみると、1ページ1ページがびっしりと文字で埋め尽くされていた。半分走り書きで文字が崩れていたが、読むことはできた。
『この洞窟を掘り、ここに我々の資金を集めること数日。ここまで誰にも気づかれることなく資金は集まってきた。あの姉妹は確実に使える。特に妹は、洗脳の元となる能力をいかんなく発揮してくれる。彼女ら自身の目的も相まって、我々の計画はここまで滞りなく進んでいる。後の問題はやはりこの幻想郷の守護者である博麗の巫女だ。これを無力化、あるいは始末するとなると4人の一致団結が必須だろう。だがそこに仲間の介入があれば、それも水泡に帰す。そのため、欲望に深い有力者をできる限り洗脳に陥れなければならない。欲望が条件なので、もちろん全員をこの洗脳に屈服させることは不可能であろう。もしもの話になるが、博麗の巫女がこの洗脳に落ちるのならばこの幻想郷はもらったも同然だ。それだけあの姉妹の力は偉大だ。憑依能力を活かしたこの洗脳は誰にも解くことは不可能だろう。しかも彼らは何も記憶を残さずに負け続け、お金を巻き上げていくのだから可笑しいことこの上ない。』
この文字を書いている主は、相当な悪巧みをしているようだ。
「肝心の名前が書いていないのがもどかしいわね。姉妹って誰かしら」
レミリアはいらついた口調になる。もちろん自分たちの事ではない。だがそれ以外に、自分が知っている中で姉妹関係にある人物って…? 頭の中にすっきりしない靄が立ちこめてしまった。
「誰かは分からないけど、その姉妹と命令している人が元凶なんだね」
フランがレミリアの持つ日記帳をのぞき込んでいる。
「『4人』って書いてあるところを見る限り、姉妹2人と2人の命令役…結構な人数ね」
日記帳の文字は、まだ続いていた。
『このまま順調にいき、幻想郷征服計画が完成したならばこの場所はすぐに破棄し、基地の建設はまず里の制圧が完了後に行うものとする。材料等はこれらの金品を売りさばけば容易に手に入る上、幻想郷の征服は資源の独り占めが可能なのだから、むしろ有り余るほどになるだろう。今これを書いているだけであれこれ想像が浮かぶ。我々が兄を越える日が一気に近くなるのだから。兄を殺し、真の世界の支配者は我々になる。この夢はもうすぐ叶う。そこまで油断せずに計画を進めるぞ。』
文字は此処で終わっていた。日付は書かれていなかったが、異変が起きる前日に書かれているのは明らかだった。
「…なるほど。この金品は、新兵器と新基地か何かを作るための資金ってわけね。この書物を読む限り、ここは一時的な倉庫だったと」
この金品が盗まれることは考えもしなかったのだろう。確かに異変を起こしていれば一般人の生活は混乱するから、こんな辺境の地にわざわざ立ち入って盗むなんて事はない。そう考えてここを留守にしてもいいと思ったらしいが、運の尽きだ。金目のものではなく、元凶の目的が欲しかった一同にはその考えは通じなかった。
「無銭飲食をしてまで、金を巻き上げさせるように洗脳していたのか」
リュウがルーファスの言動を思い出す。無銭飲食をさせてまで、金を表に出させようとしているようだ。それだけお金が欲しいのだろう。
「あの新聞記者2人も『スクープ』っていう金目のものには目がなかったから、洗脳されてしまった訳ね。2人そろって情けないわね」
レミリアがはあ、とため息一つ吐く。
「それで自分の身内に対する復讐のために幻想郷(ここ)を狙った、と」
霊夢が単純明快に異変の真実をまとめる。これが表すのは、幻想郷の有力者達をあの感情に震わせることだ。
「…なめられたものね」
レミリアがギロリと目を変えた。静かな怒りが、心を震わす。幻想郷の妖怪や妖精、自分たち吸血鬼を、完全に馬鹿にしている。幻想郷は征服を簡単に許すほど甘いところではない。
「お姉様、早くとっちめてやろうよ。そんな自分勝手な事で幻想郷(ここ)を巻き込むんじゃないって言ってやろうよ」
フランがレミリアの肩を叩いた。レミリアの言うことにフランも大賛成だという証拠だ。
「全くだぜ。なあ霊夢」
魔理沙は帽子を目深にかぶり直した。そこには皆も同じだよなという気持ちがあふれていた。
「ええ。断じて許せないわね」
霊夢はお祓い棒を肩に乗せた。怒りの感情が込みあがってくる。
「俺は金には興味がない…が、そんな勝手な行為は許すわけにはいかない。その道は自分を破滅に追いやる道だ」
リュウの目は鋭くなった。自分がこうなってはならない事は師匠から痛いほど教わっている。その道に進んだ者は、自分としても許せない。
「俗に言う『慢心を生む道』だな。俺はよく分かるぜ、この立場に立っているとな」
ケンは笑みを浮かべながらも、言葉には真剣が混じっていた。全米格闘王として、挑戦者を迎え撃つ立場の自分が一番立ってはいけない道だ。
「人里へとんぼ返りするわよ。入れ違いになってしまった以上、こちらから迎えに行ってやりましょう」
霊夢が手をパンと叩き、気合いを入れ直す。ようやく目標が定まり、やる気が戻ってきた。
一同は洞窟の中の宝物部屋を後にし、出口を急いでいた。皆歩みから小走りになり、時間の猶予はあまり残されていないながらも焦らないという足取りだった。
出口から漏れる外の明かりが近づいてくる。あと一歩でそこにたどり着くと思われたその時、出口に何者かが立ちふさがった。
「どこに行かれるのですか、皆さん?」
早苗だった。一同は構えていた。早苗の目が洗脳された目だ。この言葉は本来の意志ではなく、洗脳によって言わされている。
「…なるほど。修行をしていても、信仰を欲する気持ちは抑えられていなかったと」
レミリアが異変解決直後の早苗の言動を思い出す。妖怪の山の連中はこうもそろって情けない連中ばかりなのだろうか、と疑わしさが増した瞬間だった。
「…すまん。俺がそれに気づいていれば…」
師匠としてリュウが申し訳ない顔になる。もう少し弟子の素性を知っておくべきだった。戦っただけで判断してしまった故の過ちに、リュウは後悔した。
「いいよ。それに気づいて直すのは自分がしなくちゃダメだから。誰かに言われて直すようじゃ手遅れだよ」
フランが笑顔でリュウに顔を向ける。リュウは少しだけ心が軽くなった。
「それより、誰が行く? 誰か1人はここで別れなくちゃいけないぜ」
ケンは誰がここにとどまるかを聞く。早苗を止めるのは容易だとしても、確実にここは1人早苗の相手になる必要がある。
「ここは私達に任せてもらおうじゃないか」
その矢先、神奈子と諏訪子が降りてきた。神奈子が御柱を出して早苗の視界を塞ぐ。早苗はすぐ2人のいる空に顔を向けた。
「…大丈夫なのか? 守矢神社の方は」
魔理沙が気にかける。ガイルとアベルがいるとはいえ、天狗の軍勢相手には多勢に無勢があり得る。
「その心配はご無用さ。ようやく天狗の軍勢が片付いたから、早苗を探しに行ったら案の定…申し訳ないねえ。私達は、迷惑をかけっぱなしだ」
神奈子は笑みを崩さなかったが、内心は悔しかった。家族の一員が、洗脳に屈してしまったのだから。
「ここは私達が責任持って早苗を戻しておくから、先を急いで異変を止めてきてよ」
諏訪子がわずかに顔を向ける。ここは大丈夫だから、という自信が表情からにじみ出ていた。だがリュウはわずかにためらいを見せた。
「この怒りをぶつけるのは彼女(さなえ)ではないわ。早く人里へ行きましょう」
霊夢は守矢神社の面々の横を早々に抜けて出口を目指した。これは反論しても無駄だなと感じた魔理沙がすぐ後に続き、その次にレミリアとフラン、ケンが遅れてその後、最後にリュウだけは神奈子と諏訪子を気にしながら続いていった。
「さあ早苗。久しぶりの家族喧嘩といこうじゃないか」
神奈子が御柱を消す。早苗の体勢は元に戻っている。
「神奈子様、諏訪子様。信仰が欲しいのではないのですか?」
早苗は残念そうだ。それもそのはず、信仰という目的で幻想郷にやってきたのに、ここに来て裏切られたのだ。最も洗脳されているからなのだが。
「そんな無理矢理な信仰はいらないの。悪いけど手加減しないよ、早苗」
諏訪子は応じなかった。ここまで早苗を見てきた者として、きっちりけじめをつけなければならない事は異変で神社が倒壊してから覚悟していた。今がその時だ。
異変の元凶の正体は絞られた。決戦の時は近い―――