そして始まる宴会。だがそこで迫られているのは、別れの選択―――
第80話「静かなる選択」
その夜―――
人里では、いつもよりも明かりが煌々と灯っていた。辺りはいつも騒がない人たちが騒いでいる。そう、宴会だ。
あの後、つまり紫苑と4人の戦いは4人に軍配が上がった。4人という人数の差と実力の差の二重苦に押しつぶされ、あっさり轟沈したのだった。
なお、女苑はあの後6人が吹っ飛ばされた瓦礫の中から引きずり出され、姉妹仲良く野放しにされた。おそらくどこに行こうと嫌われてしまうだけだろう。一時の贅沢者だった彼女たちは、お金では買えないものを永久に失う羽目になったのだった。
また、神奈子と諏訪子が妖怪の山の天狗達の行為に対する責任を取るということで、宴会には不参加とした。早苗もこの異変に屈服したのだから、当然といえば当然である。
こうして一部の弟子が不在の中、宴会は始まった。
「おお、この酒のつまみはうまいな!」
アベルが喜んで酒のつまみをほおばる。妖怪の山でずっと守矢神社を守ってくれた礼として神奈子と諏訪子がねぎらってくれたのだ。お金も全て出してくれた。
「…飲み過ぎるなよ? 俺たちの世界ではまだシャドルーが暗躍しているんだからな」
ガイルが思い出させるようにアベルに言う。酒はほどほどに、つまみだけ食べている。そこには日本酒が苦手そうな事情もあるようだった。
「いいじゃない。つかの間の休息ですら私達にとっては貴重なんだから」
春麗がそう言う。ずっと戦いの日々だった自分たちにとってはこうやってゆっくり食事の暇すら取れなかった。
「ふむ。初めて食べたがこれはなかなか…」
キャミィ酒のつまみを次々と味見している。味見だけにしているのは体型維持のためだ。食べ過ぎは体に悪いのもあると同時に、自分の戦い方に枷をかける可能性が高くなる。
「普段はワインしか飲まないがたまには日本酒もいいものだ」
ダッドリーがゆっくりと盃の日本酒に口をつける。ちなみにバイソンは紅魔館で結界を貼って閉じ込めておいた。物が壊されている可能性も、物を全て片付けることで解決した。バイソンがいくら暴れようとも、これなら安心だ。
「おお、ごっつい料理やのう! これならちゃんこ鍋にも引けを取らんわい!」
「うむ! この料理はロシア料理に負けず劣らずうまいな! ぜひとも食べ比べをしたいものだ!」
一方の地底組は地上に進出していた。といっても、ザンギエフと本田は美味しい料理に舌鼓するばかりで本業はどこかに投げ捨てていた。唯一本業を続けていたのはハカン。
「まいどまいど、地上出張版やで~。はいはい順番に!」
ハカンは油売りに精を出している。宴会の酒やつまみよりも自分の油が最優先なのは相変わらずだ。
「はあ…今回は殺意異変の延長戦でどっと疲れが押し寄せたわ」
永琳が永遠亭の中でも見せない疲れ顔を見せた。殺意異変は月までその影響が及び、弟子が傷つけられた。喜ばしくない再会の後にひたすら勝利を祈り、弟子に別れを告げてようやく元の生活に戻れると思った矢先にこれだったから、休む暇もなかった。
「お疲れ様、永琳。それとあなたは相変わらずねえ…でも私達の所に世話になっている以上、私達にだけは付き合ってもらうわよ」
輝夜はにやにやしながらコーディーを見ている。彼女、彼に対してだいぶ興味を抱いてしまったようだ。
「ちっ…まあ牢の中でじっとしたり、そこで提供される飯を食っているよりはずっといいがな」
コーディーは不機嫌そうにつまみをむさぼる。人と群れるのは苦手なんだよ、という態度が露骨に出ている。だが輝夜達永遠亭の仲とは付き合っても悪くない、そんな気持ちも見える。
「やはり平穏とはいいものでござる。平穏だからこそ時折こんなことも大目に見られるというもの」
ガイが笑みを浮かべて宴会を見守っている。当の本人はつまみをちょこちょこ食べているだけで酒は一切飲んでいない。流石の武神流、ここでも粗食は欠かさない。
「いやあすまねえな、なんかタダ飯を食っているような気がするんだが」
ダンが次々と料理を平らげていく。
「うう…ジャングルのクイモノはないのか?」
一方のブランカは残念そうにダンの食べる料理を見ていた。どうも味のついた料理は自分にとってまともに食べられるものがないようだ。
「ここの人たちはたくましい者だ…あの異変なんてなかったかのように楽しんでいる」
「俺の村を思い起こさせるな。子供達が元気よくはしゃぎ回る俺の村を…」
以前から親交のあったダルシムとサガットが話をしている。この宴会の前はここを大きく巻き込んだ異変が起きていたはずなのに人々が騒いでいる。
そして異変解決の主役となった6人は騒がしい人里の中心を傍観できる少し離れた所に集まっていた。
「今回の宴会は何だか落ち着かないわねえ」
霊夢は不満げにそう言い、盃の日本酒を口に含んだ。顔は赤かったが、まだ酔いに支配されてはいないようだ。
「そういえば殺意異変の時は宴会なんてやらなかったもんな。ようやっと落ち着けたって感じがするぜ」
魔理沙はもうある程度酔いが回っているようで、目がとろんとしていた。でもろれつが回らないほどではない。
「フラン、どうかしら? 初めての日本酒は」
「う~ん、私の口にはちょっと合わないかな…」
吸血鬼姉妹はフランが宴会に初参加ということもありレミリアが寄り添っていた。フランが酒に酔い、暴れてしまったら洒落にならない。ある意味で狂気や殺意の波動以上の強敵になり得る。
「…そういや、あいつはどこに行ったの? あなたと共闘したなら、行き先は知っているはずでしょ?」
霊夢が何気なく聞くと、剛拳はそこを聞くか、と思わせぶりに目をつぶった。
「豪鬼なら儂と一緒に天狗2匹を抑えた後に帰って行ったぞ。『続きはここではなく向こうだ』と残してな」
剛拳は髭をいじりながらそう言った。顔や様子を見る限り、酒はここまで全く飲んでいないらしい。流石の師匠という所か。
リュウは師匠の話を聞いてすぐにある事を思い浮かべた。豪鬼が帰った、つまり俺も…
リュウがそれを思い浮かべ言葉を出そうとしたが、魔理沙が酒を進めてきた。
「リュウは…似合わないか、酒は」
魔理沙は酔った勢いで酒を勧めたが、リュウは酒を飲むぐらいなら修行がいいとすぐ思い立ち、気まずくしてしまったかとリュウの様子をうかがった。
「酒は飲む方じゃなくてな。申し訳ないが遠慮する」
それに対しリュウは大人の対応で返した。魔理沙の不安はすぐに消え失せ、ほっとした。
だから「そうだよな」と簡単に返した。
そこに盃を持った紫がスキマから現れた。
「本当にありがとう、リュウ。あなたのおかげで幻想郷はまた平和を保つことができたわ」
紫は素直に感謝してきた。リュウはこの流れに、一度経験したある事を思い出した。
「…また英雄扱いする気なのか?」
リュウは少しだけ笑みを浮かべながら、紫を見ていた。言われるのにはある程度慣れたが、
「まさか。今回は皆の協力なしでは解決なんて無理な話だったわ。たった1人の英雄ではどうしようもなかった」
紫はそう言って後ろにチラッと目をやった。ここに騒いでいる皆が人里で戦ってくれた。そうでなければ、人里への被害は甚大なものだっただろう。
「それであなたに、いえケンにも話したい事があるの」
紫は一瞬、本当に一瞬だけためらってから言葉を続けた。
「あなたの世界へ戻る話よ」
紫は静かなる選択を口にした。
「あなたは元々幻想になる者としては人々の記憶には忘れ去られていない。むしろ逆、記憶に残っている人の方が多い。あなたの幻想入りの理由があのOniによる死なのだとしても、あなたは元の世界に戻る資格がある。ケンに関しては私が誘ったことによるもの、権利はあなたにある」
紫は真剣だった。普段の宴会なら、そんな事は気にしないで飲んだりするものだが、この話だけはすぐこの場で話さなければ気が済まなかった。
「もちろん幻想に選ばれた者として、ここで生きていく決断をしてもいい。あなたの意志を尊重するわ」
紫は笑っている。その笑みは普段の気味悪い笑みではなく、リュウが残るというのなら大歓迎よという意味に取れた。だがリュウはその笑みに惑わされず冷静に考えた。
「…俺がここで成すべき事は成した…とは言えないか。ここでは本当の意味で成せないから、か」
リュウはゆっくりとここでも思い出を頭に浮かべながら、自分の行き先を追っていった。 己の道を進めるには、行動することだ。その行動の元は、元の世界に戻るところから始まる。ならば。
「名残惜しいが…これでお別れになるな。皆はどう思っているだろうか?」
リュウは静かに言った。その顔は別れを惜しんではいなかった。
その言葉は4人の耳に届いた後、夜の暗闇へと溶けていった。4人は無情にも哀しくとも思わずリュウの顔を見るだけだった。
「…何でだろうな、寂しいなんて思わないのは」
魔理沙は日本酒を飲む手を止めた。リュウが今言った言葉は、普通ならその場をしんみりさせてしまう力がある言葉だ。だがリュウが言うと、また意味は違ってくる。特に強い師弟関係を築いた4人に対しては、なおさら。これも『成長』と言えるのだろうか。
「…これも誰にも邪魔されない自分だけの道を見つけたから、かもね。何でだか、その言葉を待っていたようにすら思えたわ」
霊夢は物寂しげな表情を見せた。さっきまで酔いで顔が赤かったのが一気に元の肌色に戻っている。そんな都合よく酔いが吹き飛ぶ機能は人間にはついているはずがないが、その時の霊夢の顔は本当に酔いが吹き飛んだ顔だった。
「…そうかもな。だが俺たちがこの地で会ったのは、紛れもなく記憶に残っている。幻想でも何でもなく」
リュウはここでの出来事を思い浮かべてみた。自分に聞けば分かる、そして成長を見れば時間が経ち、経験が積まれている。これは間違いなく現実なのだ。幻想郷という世界で起きた、幻想の反対である現実で。
「どんなに離れて生きようとも絆は幻想にはならない…これも一種の『運命』なのかもしれないわね」
レミリアが酒を飲む手を止めた。
「うまくは言えないけど…家族みたいなものなのかな」
フランは照れていた。顔が赤い理由は酒ではなくこれが原因だ。
「家族か…そろそろ俺もイライザが気になってきたな」
ケンが頭をポリポリとかいた。ずっと妻一人で家に滞在させるのは流石に不安だ。何より必ず戻るところ、その場所の安心の確保は絶対条件だ。それを確認するのは自分の目だけが頼りだ。
「リュウ、私達なら大丈夫。もう私達は自分で決めた道を進めることができる。だからリュウ、あなただけの道を進めて」
霊夢は静かに宣言した。リュウは4人を見たが、その目はもう自分と一緒にいなくてもいいといういい目をしていた。この目になった者に寄り添って何か言うのは野暮というもの、それはリュウがよく分かっていた。
「…分かった。これで師匠としての関係は終わりだな。次に会うときはお互いライバルだ」
リュウは暗黙の別れを告げるのだった。まだ少しはいられるが、もう言葉はいらなかった。
「決まりね。明日、リュウ達を元の世界へ帰すわ」
紫は手をぽんと叩いた。迷って気が変わる前に、即決しようという判断だった。
夜空の星の瞬きは別れを悲しむかのようだった。だがそれとは裏腹に別れる者達はそれを思わせなかった―――