由々しき仲   作:tapi@shu

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第二話

 すずかが背中におぶられてかなりの時間が経った。男はその間をほとんど無言で歩き通し、不平不満の、ましておぶってからの疲れを匂わせる言葉さえもなかった。ただ淡々と歩くのみである。

 すずかをおぶった公園を出て、海鳴駅までの道のりを歩き、市街地に着く。幼い子供をおぶっていることからか、男は周りから視線を少しだけ集めるが、すぐに生温かい視線と微笑ましい表情となり、視線はまばらになっていく。

 海鳴商店街を抜け、駅を通りすぎて、再び住宅街に入ると、その一角にぽつりと周りから明らかに浮いている家があった。

 近づいていくとそれは家ではなく、

(お店……?)

 喫茶ナカガワと書かれている看板があるれっきとした喫茶店であった。

 外観におかしな所はなく、逆に遠目から見れば周囲の住宅街に一体化して、それがお店であることを気づかせないほど平凡なもの。周りの家々と比較して違う点といえば、入り口が自動ドアであったり、看板が掲げられているところである。

 すずかをおぶっている男は迷いなくそのお店の方向へ歩いて行き、『CLOSE』という標識をぶら下げている自動ドアの鍵を解除してから、『ただいま』と誰もいない喫茶店の中へと入って行く。

(この人の名前、ナカガワさんって言うのかな?)

 内装は、キッチンの中が直接見える小さなカウンター席と、たった2つしか無いテーブル席があるだけ。特にこれといった飾り気はなく、申し訳なさ程度に端っこにちょこんと置いてある観葉植物だけがあった。

 お店の中を興味深そうにすずかは見渡していると、男──ナカガワから『下ろすよ』と声をかけられ、『はい』と返して、優しく丁寧にすずかは男の背から降ろされた。

「好きなところ座っていいから」

 ナカガワはその言葉を残してから、店の奥へと歩を進めた。

 残されたすずかはもう一度キョロキョロと周囲を見てから、小首を傾げ、ナカガワの向かった先を眺める。

 向かった先はカウンター席の向こう側。カウンター席から仲は筒抜けなので、そこに座ればナカガワが見えるのではないかと一考し、直ぐに行動した。

 カウンター席は子供用には作られていないらしく、高めの地面に固定された椅子のため、幼稚園児の平均身長しかないすずかには、少し座るのが厳しそうに思われた。

 しかし、すずかはひょいっと軽やかにジャンプすると、楽々椅子へと着席する。この時ばかりは自身の持つ身体能力の高さ、吸血鬼の力にほんの少しだけ感謝しつつ、カウンターの奥のほうを見ようと試みるが、ここに更に壁が現れた。

 カウンターはカウンターの先のキッチンの手元、足元が見えないように設計されており、大人であればキッチンは見える高さなのだが、幼いすずかにはそれは壁として立ち塞がった。

 むっと少し頬を膨らませ壁に対して怒りを見せつけるも意味はなし。すずかはカウンターに手を置き、それを支えにして「うーん!」とうめき声に近い声を出しながら、一生懸命キッチンに居るだろうナカガワを見ようとするも、失敗に終わる。

 諦めずに何度も挑戦していると、頭をポンと軽く叩かれる。

 何が分からずすずかが上を見ると、そこには初めて見る男がいた。

(あ、顔を見るの初めてかも)

 襲ったときはほとんど記憶がなく、男の顔は覚えておらず。その後はずっと声と背中と後頭部しか見ていなかった。

 初めて見るナカガワの顔。

 程々に焼けている健康な肌。目は髪と同じく典型的な日本人といえる黒色。少しだけ目元がきついが、怖いの分類には入らない程度。女子にカッコイイかカッコ悪いかで聞かれれば、多分カッコイイ方、どちらかというとカッコイイ方に入るそこそこに整った顔だった。それでも大きく括ってしまえば、平凡の域はでない。

 どちらかというと目立つのはその容姿よりも、体格で。アメフトをやっているのではないかと推測させる肩幅と胸筋があった。

 すずかが初めて見るナカガワの全体像を、先ほどの一生懸命の体制のまま眺めていると、

「こら、危ないからテーブルの上に身体を乗せるな」

 少し厳しめの口調とは裏腹に、優しさの込もった言葉をすずかに投げかけた。

 すずかもその言葉に素直に、ごめんなさいと誤ってから、大人しく椅子に座った。

 子供には少し大きめの椅子のため、深く座ることは出来ず、前傾姿勢で足を宙に浮かした危なかっしい座り方だ。

 すずかの座り方を見て眉間を少し寄せ、

「あっちに座るか」

 すずかの安全を気遣うために出た言葉。

 すずかはナカガワが自分のためにテーブル席への移動を提案してくれたことが分かり、少しだけ嬉しくなるが、同時に子供扱いされていると思うとちょっとだけ反抗心が湧き出る。

 だから、次のすずかの行動は、『嫌』と言う拒絶の言葉と、ここを離れたくないと椅子を掴んでの意思表明。

 なんだか自分の今の行動のほうが、より子どもっぽい気がするすずかだったが、もう後には引けなくなってしまっていた。

 そのすずかの行動にナカガワはため息一つこぼさず、『しゃーないか』とすずかでもギリギリ聞こえる言葉を呟いてから、すずかの前に1つのティーカップを置いた。

 湯気が立ち良い匂いが香るそれは、すずかにとっても慣れ親しんだ飲み物。

「コーヒーか紅茶かで迷ったんだけど、子供だからな。紅茶のほうがいいだろ? と言っても、もう紅茶淹れちゃったんだけどさ」

 事後承諾の自己完結。

 すずかはナカガワの入れた紅茶の香りを嗅ぎ、それから紅茶を上から覗いた。

 濃い赤色は紅茶であることを間違いなく証明している。

「ん? あー、ミルクとか砂糖があったほうがいいか」

「大丈夫です。ちなみに、コーヒーも飲めます」

「ん? いやいや、嬢ちゃんにコーヒーは無理だろ」

 苦笑いしながら、やはりすずかを子供扱いするナカガワ。

 この扱いに、再びすずかはむっとする。

「大丈夫です! それに本当はコーヒーが良かったです!」

 怒っていることを相手に伝えるために語尾を強く言う。

 この行動は、普段は大人しく、あまり強く発言をしないすずかにはとても珍しい行動だった。

 すずかの一連の行動に、ナカガワは目を少し大きくさせて驚きながらも、次の瞬間にはニカッと清々しい笑みを浮かべる。

「それは済まなかったよ。でも、紅茶を淹れちゃったからそれで我慢してくれ」

 全くすまなさそうにせず、笑いながらナカガワ言った。

「はい、これで我慢します。なので、次はコーヒーをお願いしますね」

 ナカガワはすずかの発言も間も笑顔を絶やさず、オーケーオーケーとすずかの言葉に気軽に了承した。

 珍しく大きな声を出してしまい、喉が渇いたため、すずかは自然と紅茶に手が伸びた。

 カップを取って飲む。この流れる動作が美しく、あるいは可愛らしく見え、実に様になっていることからも、すずかがただの市民ではないことが伺えた。

 すずかはナカガワからの視線に気づくも、気づいていない振りをして紅茶を香ってから一口。ナカガワもそれに合わせて、自分で作ったコーヒーを飲み、

「……美味しくないです」

「うっ……」

 ナカガワは苦々しい苦渋の表情をした。

 

◆  ◆  ◆

 

「名前を教えてもらってないです」

 カウンターを挟んだ向こう側。小学生にも満たないのが身長で分かる幼い女の子が、歳相応とは思えない口調で言った。

 紫にも見えるほど輝いて見える艶のある髪、黄色人種にしてはいささか白すぎる肌を持ち、将来は美女になることが確定であろう容姿をしている可愛すぎる女の子。

 中川が公園で出会ったばかりの女の子である。

「教える必要はあるのか?」

 ここまでの全てが成り行き。言い換えるなら、女の子の我侭。それで中川の持つ、人の来ない喫茶店まで連れてきたが、結局は今だけの関係。

 最初、突然に女の子が自分の血を何故か求めてきた。この時、頭によぎったのは喫茶店の状況を打ち破れる方法。他人が欲しがってしまう程美味しそうな血を持つ、自分の体液にあるのではないかと中川は考えた。

 美少女がほしがるのだ、きっと美味いのに違いない。

(ああ、そう思ったさ。その時は。でもよく考えたら、問題だよな。他人に自分の血液を飲ますのって。法律的に問題だよな)

 あの時は、よほど自分は追い詰められていたに違いない。

 中川はそう思うことにして、一刻思った危険で、どう考えても変人な考えした自分を自衛した。

 少女をおぶっている間がずっと無言だったのは、自己防衛するための言い訳を自分にずっとしていたからであった。

 そうして、連れてきてしまった自分の喫茶店。

 いくら、少女自身がここに来ることを求めたとはいえ、これでは誘拐と変わらない。

 名前を言わないのは、無意味なのは分かっているがせめてもの反抗だった。

「私の名前は月村すずかと言います。すずかって呼んでもらって構いません。お世話になります。貴方のお名前は?」

(ああ、そんな純粋無垢な目で俺を見ないでくれ)

 罪がー! 罪の意識がー! と内心だけ悶える中川。

 すずかに見つめられ、苦しくなっていく状況。じーっとすずかは中川の目から目線を逸らさずに見てくる。

 もう、限界だった。

「はあ、分かった。降参だ。俺は中川。中川と呼んでくれ」

(勝った)

 苗字だけしか言わない。

 ここでもちょっとした反抗をするも、

「はい、看板を見たので苗字が中川なのは分かってます。なので、名前を教えて下さい」

 その反抗は虚しくも、賢い少女には通用しなかった。

 そればかりか、

「教えてもらえないのなら、お兄さんといいます。公衆の場でもお兄さんと呼ばせて貰います。お兄さん」

 反撃。否、返り討ちだった。

 美少女にお兄さんと言われる感覚は、やばく、やばかった。そして、やばすぎた。

(ぬぅ……おぉ!)

 一般的な性癖を持つ中川には、特殊な性癖はない。まして、実の妹でもない子供にお兄さんと言われて快感を覚える性癖などなかったはずだが、相手が悪かった。

 可愛かったのだ。

 可愛すぎたのだ。

 勝てるわけなど……なかった。

 このまま少女を誘拐した犯罪者としてマスコミに取り上げられては、死んでしまった父と母。今も支援してくれる自称世界を守る警察の中島さんに申し訳が立たない。

 犯罪者になるわけにはいかない中川は白旗を掲げる。

「中川朱鳥(アスカ)だ。好きな様に呼んでくれ」

「はい、では朱鳥お兄さん、と」

「……はあ」

 今度のお墓参りは高い花を持って行こう。

 天にいる父と母に謝罪報告を決めた朱鳥であった。

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