由々しき仲   作:tapi@shu

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第三話

 これから先、重要なのはこれ以上の罪を犯さないことだ。

 少女をここまで連れていき、彼女の保護者に誘拐犯扱いされても現状はおかしくないシチュエーションだ。保護だ! と叫んだ所で、犯人は皆そう言うと言われればそこでおしまいだろう。

 ならば、今すぐ出来る予防策を施さなければ本気で朱鳥が正義の味方に逮捕されかねない。それは絶対に避けねばならない。社会的にも人道的にも。

 朱鳥の年齢は例え逮捕され報道されたとしても名前は出されない未成年者だ。不幸中の幸いとも言える。

(いや、それは甘えだ。てか、なんで俺は逮捕された場合のことなんて考えてるんだよ!)

 頭を抱えながら悩み打ちひしがれる。同時に、うがーと叫び声をあげたい衝動にかられるが、自制を自分に強いる。これ以上の醜態を晒す訳にはいかなかった。

 すずかを帰す策を考える。

 一番は親御さんを呼び出すかして、彼女を強制的に家に帰すことだ。最も平和的にして現実的な方法だ。ただ、この際のデメリットとして、朱鳥が親御さんに訝しげな視線を受け、あるはずもない罪を被せられる可能性がある。

 勘違いによる不幸の始まりだ。

(だけど、やむを得ぬか)

 避けては通れぬ道と、覚悟を決める。

 何、心配ない。すずかともその親とも今日かぎりの関係だ。どう思われようが知ったこっちゃないんだ。心にしっかりと保険をかけながら。

 朱鳥の先ほどの頭を抱える行動を、首を傾げながら不思議そうに見ていたすずかに、どこかキメ顔で朱鳥は言った。

「お家の電話番号か、お父さんかお母さんの携帯番号を教えてくれないかな?」

「どうして?」

「そりゃあ、君を家に──」

「い・や、です」

 そうだったー! この子は家出してきたんだったー!

 大失態だった。

 家を帰りたくないと思っている子に、家に強制的に帰らされるだろう家族を呼ぶ好意を知られれば、当然断られる。少し考えれば分かることなのに、些か早まったせいでとんだ失敗をおかしてしまう。

 直接連絡先を教えてもらい、親御さんを呼ぶ作戦は、自分自身の失敗で頓挫した。

(で、でもここで諦めることは許されない)

 犯罪者のレッテルだけ何としても回避をしなくてならないのだ。

 朱鳥が必死に、自己防衛と子供の安全のために、思考を張り巡らせるのだが、そんなのを知るよしもないすずかは思ったことを口にする。

「泊めてください」

 とめる? 何を? この思考をか?

 明後日の方向に思考が飛んでから、すずかのを眼を見ると、そこには何かを決意した真剣な瞳があった。

「泊めてください」

 二度目。二度目にしてようやく言葉を把握する。

 とめる、とはつまり泊めること。泊める──さんずいに白と書くその漢字は、小学生でも低学年の内に覚えられる簡単な漢字だ。泊めるの主に使われる意味は、宿泊。自宅以外の所に一時的に住まわすこと。寝場所を与えるといっても間違いではない。

 彼女はそれを望んだ。誰に? 朱鳥に。どこに? 朱鳥の家に。

 なるほど、家を飛び出した家出少女の考えそうなことだ。朱鳥の家に行きたいと願ったのはそのためであったのかと、今さらながらに勘付く。

「ダメだ」

 少女の意思や願いなど関係ない。

 朱鳥はすずかを家に泊めることを明確に即決で拒む。

「どうしてですか?」

 理由は必要か。必要なのだろう。

 朱鳥はまだほんの少ししかすずかと出会ってから経っていないが、彼女が年齢上に聡明であることは十分に理解していた。そんな彼女が、家出という子供の自己主張の象徴的なことをしているのは、例え本人がどんなに大人に振舞っていても、頭が良くても根本的なところはまだ子供なのだ。

 朱鳥だってまだ子供の範疇だ。

 成人式を迎えていない。高校は卒業したが、大学には通っていない。その代わりに自営業をしている。父と母が残したこの売れない喫茶店だ。

「すずかの面倒を見切れないからね。ほら、お店開かなくちゃいけないし」

 常に赤字運営といっても喫茶店経営がある。

 売れないなら売れるように努力し、研究する時間だって必要になる。

「人居ないですよ?」

「……あ、あれだよ。今はクローズにしてるから」

「オープンしてても、この紅茶の腕前なら、普段お客さんは居ないんじゃないですか?」

「…………君、毒舌だね」

 すずかの言う通りだった。例え、お店にお客さんが居ても、ほとんどがセルフサービスだったりする。朱鳥が作る飲み物よりも、自分で作ったほうが美味しいと彼らは言うのだ。

 朱鳥はそれに納得が出来ないでいた。

 自分とお客さんのコーヒーの煎れ方は、見た限りでは全く変わらないのに関わらず、評価がこうも違うのは全く納得出来ない。意味不明だ。

「まあ、今はそれはいい。子供はちゃんと自分の家に帰るべきだよ」

「私は帰りたくないです」

「いやいや、お父さんとお母さんが心配するよ?」

「いいです。どうせ、全然帰ってきませんから」

「そういうことか……」

 なんとなくだが事情を察する。よくある話だが、子供が親に構って欲しさに、家出したとか言う類のものであろう。

(これは真剣に、家族の人を呼ぶ必要があるな)

 正直、本当に最悪の場合は一晩くらいは泊めるのもやぶさかではなかった。子供の面倒を一日見るくらい訳もない(どうせ、一日や二日で上達するわけでもなければ、売上が大して伸びるわけもないので)。部屋は両親の寝室が家具が丸ごと残っているので、朱鳥側には何ら問題ない。

 しかし、すずかの家のことを考えれば、朱鳥が勝手に判断していいことでもない。泊めるなら泊めるで親御さんの許可が必要になってくる。

(それに、こういう家族間の問題は時間が経つほどしこりになるらしいし)

 つい最近卒業するまで通っていた高校の後輩のことを思い出す。今の世の中では珍しいほど実直で、生真面目すぎる可愛い後輩は、妹との距離感にいつも頭を悩ませていた。朱鳥は相談をちょくちょく受けるも、兄妹のいない朱鳥にはかなり理解しがたい状況で、いいアドバイスをすることが出来なかった記憶がある。

 そうじゃなくても、ただでさえ難しい話だと思う。

 腫れ物のようにきわどい話題だ。下手に触れば悪化する。

「よし、分かった! なら今夜は泊まっていくがいい」

「え、本当ですか!?」

 嘘を言う。

 本当は泊まらせる気はないが、ずっと拒否し続けても、話がこじれるだけだ。ならば、ここは少しでも素直になって貰うために、子供の要望に沿ったよう見せかける。

「いいよ。それじゃあご飯の支度を始めるから、そこら辺に座っててくれ」

 すずかの元気な「はーい」という言葉を聞いてから、すずかを一人フロアに残して、調理場に入る。

「さて、ケータイは、と」

 ケータイの電話帳の中には、月村の文字があった。

「ダメ元だが」

 妹がいるという話を聞いたことがない。

 ただ、同姓なのでもしかしたら親類ではあるかもしれない。

 全くの他人かもしれないが、ふと思い出した手がかりにすがらない理由はなかった。

 

◆  ◆  ◆

 

 自分だけの特等席と秘密基地を手に入れた感覚にすずかは歓喜していた。

 それは誰も知らない秘境の地で、自分だけが存在を許されているかのような気分を味あわせてくれる場所。

 あの家は箱庭だった。自由を限りなく許されているようで、本当の自由は存在しない箱の中の庭。ムダに広い庭だから、自由と勘違いしやすいけれど、この場所を知ってしまったら、あの庭は数字としては広いのかもしれないけど、やはり閉じられた狭い世界だったのだ。

 ここはそうじゃない。

 店の中は確かに狭い。自身の家の敷地とは比べるべくもなく、ヘタしたらすずか個人の部屋にも劣るかもしれない。

 それでもそうとは感じさせないのは、このお店のゆったりと落ち着いた雰囲気のせいか。それとも、背負ってくれた時に感じた背中のように、朱鳥の持つその心の広さのおかげか。兎に角、この空間を妙にすずかは気に入った。

 飲み物が美味しくないのがちょっと残念だけど、自分の居場所としては十分な場所だった。

 調理場が見えるテーブル席から窓の外を見る。

 気が付けば空は黒に染まり、電灯の灯りと月のみが道を照らしている。

 知らず、すずかは家のことを考え始めていた。

 発作的に飛び出してしまった家。無我夢中で駆け抜けて、全く知らない人に着いて来て、ここに来てしまった。ましてや、自分はその人の血を多少ながらに含んでしまったりと、今日一日で恐ろしいほどの失態を犯してしまっている。

 家を飛び出したのは自分の意志だ。だけど、それだけで月村の血から逃げれるはずがないのもすずか自身は分かっている。いつまでも、こんな時間が続かないのも分かっているのだから、これ以上の問題を起こす前に帰るべきだと、すずかの中の冷静な部分は警告する。

 今ならまだ姉も許してくれると。

 それでも嫌だ、と告げる自分もまた居た。

 なんだかんだで優しい姉のことだ。散々自分のために怒って叱り、挙句には笑顔で許してくれるとは思っていても、やっぱり怒られるのは嫌だった。

 それにここを離れるのもやっぱり嫌だった。

 この機会を失えば、またあの小さな世界での生活が始まり、二度とは出て来られないんじゃないかと考えてしまう。

 それだけじゃない。

 血を吸ってしまったことがバレれば、掟に従って、記憶の消去が行われるはずだ。そうなれば、すずかにとっての今日の出来事。失敗ばかりで、恥ずかしかったり、あまりにも子供っぽく振る舞ってしまって、顔を真っ赤にしてしまう事ばかりだったが、失うには惜しい陽だまりのような記憶は朱鳥だけ全て無かったことにされる。

(ダメ。そんなのは絶対ダメ!)

 自分だけが覚えている思い出がどれほど悲しくて、どれほど切なくて、どれほど辛いものかは、実際に身に起こらないと理解できないのかもしれない。だけど、今、思うだけで苦しくなっている心は嘘ではない。

 なれば、嫌だと思うのは正しい心だ。

(あ、今日の私わがまま言ってばかりだ)

 今まで全く言わなかった自分が、こんなにもわがままばかり言ってることに気付いた。

(……わがまま。うん、悪くないかも)

 ちょっと前。それこそ昨日までの自分なら、悪い子だなんて自分に自制を掛けていただろう。それが今や、言いたい放題やりたい放題に言って思って実行して。すごく悪い子になった気分だ。

 でも、悪くない気分でもある。清々しさがある分、これは良い気分かもしれない。

 椅子の背もたれをぎゅーっと力一杯に抱え込む。

 離れたくないという意思を一緒に抱いて。

「こら、危ないからちゃんと座れ」

 いつの間にか、調理場から戻ってきた朱鳥にひょいっと体を持ち上げられて、正しい位置に戻される。

 子供扱いされてると思うと、いちいち反対の行動をしたくなるのはしょうがないことだった。

 戻されたにも関わらず、すずかはもう一度背もたれを抱きしめ、こうしていたいんですと無言の圧力に出る。

 そうするとどうやらすずかには甘いらしく、朱鳥は困ったように髪を掻いてから、落ちるなよと忠告をした。

「落ちません。子供じゃないので」

「いや……ああ、分かった。分かったからそう睨むなって」

 子供だろと言おうとしたその口を塞ぐように、精一杯に眉間に皺を寄せて睨みつけてやる。

 しょうがないなと言いながらたははと苦笑交じりに朱鳥が笑う。

 この人はやっぱりすずかを子供としか見ていない。

 どんなに口や行動で子供じゃないことをアピールしても、彼はただ笑うだけで、すずかに対する態度を変えてはくれない。

 何と無しにその子供扱いが悔しくもあれが、どうしようもなく温かみを帯びているのも感じることが出来て、嬉しくもある。

 とてもじゃないが一言では形容しがたい複雑な感情に、すずかは不器用に拗ねてみせることでしか表現する事が出来なかった。

 一度は朱鳥へと向けた顔を再び窓の外にそっぽを向ける。

「んー、嫌われちゃったかな?」

 ちっともすずかの心情を察してくれず、呆れるほど見当違いな事を言う彼はきっと鈍感男だ。

 すずかはパッと振り返って、朱鳥に「嫌いです、だいっきらいです」と、出来る限りの感情を込めて言い放つと朱鳥はぽかーんと見てるだけど笑えてくる顔になった。そのままプイッと再びそっぽを向けてやる。

 ぷっと人知れず笑いがこぼれてしまった。必死に我慢しようとしたけど、笑い成分が口の中から溢れでしまったのだ。

 あの顔は傑作だった。これより三日間はふとした拍子に、瞳の裏に浮かんできては、笑ってしまいそうだ。

 清々した気分。

 すずかは復讐を無事にやり遂げ、傾き始めていた機嫌が逆方向に傾くと、さっきの言葉を否定するために「嘘ですよ」と言おうとした時、それが視界に写った。

 窓の外、店の前。黒く長いその乗り物を見てすずかは、「やっぱり、朱鳥お兄ちゃんは嫌いです」と呟いた。

 

◆  ◆  ◆

 

 朱鳥がそのリムジンを見るのは高校を卒業して以来、一年ぶりだった。

 「お久しぶりです、先輩」と言って出てきたのは、すずかの成長した姿がこれだと言わんばかりの美貌を誇る月村忍──高校時代の後輩だった。

 一年間会っていない間に、随分と容姿の印象を忘れてしまっていたのか、最初はもしかしたらすずかの親類かもという淡い期待だったものが、確信に変わる。

 まず間違いなく忍はすずかの姉だ。

 電話口では忍からすずかが妹だと言っていたが、何で自分は気付かなかったのか不思議に思うくらい本当に似ている。

「すみません、迷惑をかけちゃって」

「別にどーてことないよ。すずかは、店の中にいるから取り敢えず入りなよ」

「はい、じゃあ、ノエル……」

 忍はそう言うと運転してきたメイド服の人に、何やら指示を出した後に忍も朱鳥に後に続いて店の中へ入ると、指示を受けた車は走り出した。

 おそらく、どこかに車を停めに行ったのだろう。

「あれ、すずか?」

 さっきまで椅子の背もたれを大切そうに抱きしめていた少女の姿が、見えなくなっていることに気付く。朱鳥がどこに行ったのか店の中を見渡していると、忍が「すずかはどこに」と心配そうに聞いてくる。

 朱鳥はそれに「ちょっと待って」と返してから、すずかの座っていたテーブルの向こう側、調理場の方へ顔を覗かせると、膝を折って腕で抱きかかえて隠れているすずかを発見した。

 思わずため息が出てしまう。

 忍に連れてくるからそこで待っててと言ってから、調理場へと足を進め、すずかに駆け寄った。

「ほら、お姉ちゃんが来たぞ」

「うー帰りたくありません」

「そうはいかないだろ。かなり心配しているようだし」

「帰りたくないんです」

「……でもなあ、ああ見えて忍は怒ると怖いぞ」

「…………」

 いくら言っても聞かないすずかに、忍を使って脅すようなことを言うと、すずかはちょっと黙りこんでから、「……知ってます。でも帰りたくありません」とぼそっと朱鳥を見上げて言った。

 すずかの目には涙が浮かんで、目が赤くなっていた。

(そんなに忍に怒られるのが怖いのか)

 想像に絶す恐怖なのだろうか。

 温厚な人ほど怒ると怖いというが、忍もそれに当てはまることは知っていたが、すずかのような幼心には余計にそう感じるのかもしれない。

 再度ため息を吐いてから、すずかの脇を持って持ち上げ、先程まで座っていた椅子に座らせる。

 「朱鳥お兄ちゃん」というすずかの声と、「すずか!?」という忍の声が同時に耳に届いた。

「ほら、一緒に謝ってあげるからさ」

「…………やっぱり、分かってないです」

 すずかは顔だけを忍に向けて、腕を伸ばし、朱鳥の服の裾を強く握りしめてくる。

 いくら鈍い朱鳥でも、その行動の意味するところに感づいた。

 すずかはここを離れるのが嫌なのかもしれない。このお店のどこに魅力を感じたのか、店主たる朱鳥にも分からないが、どうやら少女は美味しくもない紅茶が出るお店を気に入ってくれたようだ。それ自体は非常に嬉しいことではある。

「すずか、家に帰ろ? ね、お姉ちゃんも怒ってないから」

 忍が妹だけに見せる愛に溢れた笑顔で、すずかを安心させ説得しようとする。力づくじゃないあたり、本当に妹が好きであることが表れているように思えた。

 それにすずかは静かに首を横に振るだけで、意思表示してみせた。対して、逆に困ってしまったのは忍で、どうすればいいか分からないと揺れる瞳を朱鳥に向けた。

 朱鳥にだってどうすればいいか分からないのだから、そんな目で見られても一緒に困るのが精一杯だった。

 その膠着状態を打ち破ったのは、

「それじゃあ、明日またここに来てから考えましょう!」

 元気印が取り柄ですを地で行きそうなメイドさんだった。

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