由々しき仲   作:tapi@shu

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第四話

 すずかを拾ったことで忘れていたが、真剣に考えないといけない問題が朱鳥にはあった。

 高校を卒業してかれこれ一年でもあり、家業という名の喫茶店を親から継ぎ、コーヒーをそれなりに真面目に入れ続けてかも一年だ。

「一向にコーヒーが美味しくならない」

 一人になった店内でポツリと言葉を零した。

 コーヒーだけなら問題はないのだ。他に美味しいものがあるなら、それを主軸にして盛り上げて、繁盛する筋だってある。

 すずかに好意で入れた紅茶すら美味しくないと言われてしまった。

(コーヒーも紅茶も美味しくない喫茶店って終わってないか)

 これは朱鳥の勝手な想像ではあるが、喫茶店に来て飲み物を頼まないことはない。むしろ、食事をすることがサブとでも言える。

 言うなれば、喫茶店のドリンクは生命線であり、それが失われているのは命なき喫茶店といえるのではないだろうか。

 朱鳥の頭に致命的の三文字が浮かぶ。

 親の代から来てくれている常連客がいるので、全く収入がないわけではないが、ゼロに等しく、赤い数字が家計簿に並ぶのが日常風景となっている。

 いくら維持費はそれほど高くないと言っても、このままでは破産しか待っていない。この一年で、何かしなければと思い、考え、悩み。何も出来ずに終わってしまっている。

(修業が必要なのかもしれない……)

 金銭面の工面は遺産と今も顔こそ見せてくれないが、ちょっとした親戚がいるので数年家を空けるくらいはどうってことはない。

 このまま怠惰に生きても平気な環境だからこそ、朱鳥の中に焦りがあるのだ。

 自分という人間をよく知っている。だらけられる環境にいるとどんどんダメ人間になっていく性質であると。

(そういえば、月村家に協力してもらうのもいいかもしれない)

 かの家が大金持ちなのは、リムジンを見れば明白。後輩の忍も見知った中でははっちゃけたりする子だが、普段は深窓の令嬢然としている。

 そして何より、メイドがいる。

(これは案外いい事を思いついたかもしれない)

 月村家にバイトとして雇ってもらう。理想は執事だ。そうすれば執事の仕事としてお茶の淹れ方を教わることになるかもしれないし、ついでバイト代で稼ぎもでる。お金持ちだから、高収入の可能性だってある。

 修行とバイトが同時に出来る。お金持ちとの脈もより強いものに……

(なんだか、友人を利用しているように見えるな)

 そこがちょっと難点。あとは、友人とはいえ、使用人として雇ってくれるかどうか。

 同じような路線で考えるなら、この海鳴市にはライバル店がある。

 雑誌にも載ったことがあるような有名店だ。そのお店は、コーヒーはもちろんのこと、何よりもシュークリームが美味しい店として、ピックアップされていた。

 そして、これも驚くべきことに後輩の親が営業しているお店だ。

 朱鳥も訪れたことがある。その時には、シュークリームとコーヒーを頂いた。

(ああ、悔しいことに美味しかった。自分のコーヒーが泥水でしか無いことを実感させられた)

 差は比べることすら愚かしいと言える程のものだった。飲食をしている間も、涙を堪えるのに必死だった。その耐え忍んでいる姿を見られ、すずかくらいの幼い子供に大丈夫ですかと心配掛けられたのは黒歴史だ。

 まさか、自分の淹れたコーヒーとの差に泣いてたなんてことは言えるはずもなく、適当に母親の味を思い出してと、真実30%ほどの嘘をついてしまった。

 その後のことはよく覚えていない。気付けば公園で二人で泣いていた。

 高校卒業した成人間近の男性が、小学校にも通っていないような女の子と一緒に泣く姿はさぞおかしかっただろうに。今思うに、よく通報されなかったと逆に驚くくらいだ。

(嫌な過去は蓋をして、未来に生きなくてはならない)

 一人で何とか出来ると思った一年は棒に振ったも同然だった。

 ならば、この二年目は人を頼ることも視野に入れる。

 すずかはきっと、そのきっかけを作ろうと現れた御遣いなのかもしれない。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 もう一度、もう二度……これから先、自分が見つけた新しい居場所、自分のわがままも言える自由な楽園に行くには、一つ大きな大きな壁があることをすずかは理解していた。

 すずかとすずかの姉──月村忍とは、十歳近くもの年齢の差がある。勝つのは容易じゃない。勝てる相手ではないと考えるが普通だ。しかし、勝たねばならないのだ。

 すずかはリムジンに乗せられ、家へと連れ戻されようとするその瞬間も無駄にはせず、打倒姉の策略を練っていた。

 まずは自分の勝利条件を考える。

 これは簡単だ。

 またあの貧相な喫茶店に通えるようになればいい。出来ればいついかなる時も自分の意志で自由に。徒歩で行くには家からちょっと遠いので、車での送迎付きが理想。

 完璧だ。ここまで出来るようになれば文句なしだ。

 敗北条件はもう行けなくなることはもちろん、せっかく出会った兄と呼ぶ朱鳥の記憶を消されてしまうことだ。

 誠にすずかには理解し難いが、どうやら自分の中に流れる血は稀少らしく、その特性もまた異常らしい。昔からよく言われてたのは、人の血を飲むことはよくない。いや、悪いことではないのだが、他人の血を飲んではいけないと教わってきた。

 箱庭の中のすずかにとって他人は今まで存在しなかったから、考慮に値しない教えだったのだが、すずかは初めてその教えを破ってしまった。

 その掟を教わった時にすずかは姉に、血を吸ってしまったらどうするのかと聞いたことがある。

 姉はその仮定の話、とにかく吸ってはダメとすずかに言い聞かせたが、それでもせがむすずかに仕方ないとばっかしに話した。

「すずかは知らない人と結婚するのは嫌だよね?」

「けっこーん? んーわかんない」

 結婚って何? と首をひねるすずかに忍は微笑みながら、男の人と一緒にずっと暮らすことと説明した。

「お父さんといっしょならへいきだよ!」

「お父さん以外の人は?」

「んー、わかんなーい」

 当然といえば当然の反応で、当時のすずかには結婚の意味は分からなかった。それでも唯一つ理解したのは、知らない人と一緒にずっと暮らしていくことには多少の嫌悪感があって、この家の中で自分たち以外の人を招き入れたくないと思う気持ちだった。

(でも、今は違うから)

 掟だって、姉の優しい教えだって理解出来ている。

 それが本当の意味で正しく認識しているかまでは、正直分からないが、すずかの行動が露見することで、憩いの場所が遠ざかってしまうことは明白なのだ。

 それでも、例えば血を吸ったのがバレてしまったら?

(その時は……)

 その時は覚悟を決めるしかない。

「じゃあ、すずか。ちょっとお話しようか」

 いつもは姉の優しい笑みが、この時ばかりは恐ろしいものに見えてしまって仕方なかった。

 

 

「怖かったんですよ!」

 精一杯抱きついて、広くて安心できるどこか硬い胸に顔を擦り付ける。それからおそらくは涙目になりながら、自分の頑張った理由の人を眺める。

 よしよし、とすずかを撫でながら「怖かったか」と子供扱いしてくるが、撫でられる心地よさに文句は言えず、頭をさらにこすらせて甘えた。

 そうしないと達成感が得られなくて、手に入れた場所の実感が沸かなかったから。

 月村すずかは闘いぬき、勝ち取ったのだ!

「これからはここが私の家です!」

「いや、それは違うと思うぞ。ここは俺の家だし、すずかは暗くなる前に帰らないと」

「いいえ、ある意味合ってるので、それでいいんです」

 そう、将来的には間違っていない。

 吸血のことはバレていた。

 理屈はさておき、姉の目は誤魔化すことは出来ず、開口一番にかなり強い口調で咎められるように、『血吸ったよね?』と言われたのだ。

 吸って増えたはずの血が全て抜けたかのように、その時のすずかは顔を青くしたに違いない。その後は必死の懇願だった。

「月村の家のほうがいいと思うんだけどな。広いし」

「あんなの広いだけです」

 この人は本当に分かっているのだろうか。色々と不安になる。

「猫もいっぱいだし」

「猫さんが好きなんですか?」

「かなり好きだよ」

 お金ないから買えないけどな、と朱鳥は苦笑いする。

 確かに、あのまずいコーヒーではこの喫茶店が繁盛するわけもなく、すずかですらこの喫茶店がこのままで大丈夫なのか心配になるくらいだ。

 猫を買うどころか、明日の朱鳥の食事代すら危うそう。

「全くしょうがないですね」

「何がしょうがないんだ?」

 妙案、これ以上ないほど素晴らしい考えを思いついた。

 言うにはちょっとなんてレベルじゃないほど恥ずかしいけど。

「私が猫さんになってあげます」

「それってどういう……」

 女は度胸、恥じらいなど糞食らえ、である。

「にゃ~ん」

 しなを作りながら、頭をこすらせる。拳は軽く握り、縋りついた。

 その時の朱鳥の表情にすずかは癖になりそうだった。

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