壷職人の朝は早い。
壷の材料となるのは青い油と土である。
前日までに石その他不要物を取り除き一定の粒まで細かく砕き滑らかにした土を、早朝から油と混ぜながら練りこむ為だ。
正午近くには軽く汗ばむこの季節、早朝の澄んだ空気が油の粘度を抑え土の粒がほどよくなじむ。
「うむ、これは良い壷ができそうだ」
職人は一人、土を練る手を動かしながら、口の端に笑みを浮かべ呟いた。
誰に聞かせるともない呟き。
それは依頼主への報告?職人としてのプライドからの宣言?
無論どちらも大事ではあるが、言葉の真意はどちらでもない。
彼は職人である前の一個人として壷が好きなのだ。
この世に「良い」壷という存在が生まれる。
それを予感させる事象自体が喜ばしい。
幸せな時間であった。
* * *
背負ってきた荷物を村の入り口で一度降ろし、腕と背中を伸ばしながら言った。
「一年ぶりのサンタローズだ。懐かしいな」
毎年訪問しているが、そこそこ長旅の末にたどり着いた村だ。
自分が生活の拠点としているルラフェンからは陸路もさることながら、何といってもポートセルミの港から船に乗りビスタまで渡らないといけないので訪れるのは大変なのだ。
そこまでして遠路はるばるこの小さな村まで毎年訪れる理由は…壷の材料を得るためである。
壷を作るための青い油の原料は、このサンタローズ界隈に生息するモンスター・スライムなのだ。
他の原料やスライム系他モンスターから採れる油でも壷を作るのは可能だが、モンスターでありつつも獰猛さが無く、人が狩るには大きさも手頃、体力もさほど無いスライムは装備さえ整えれば戦士でもない常人である自分でも狩猟可能であるので、こうして自ら機会を作って仕入れを行っているのだ。
スライムを利用しての壷作りの手法は、はるか昔伝説の大地にいた物作りの元祖であるビルダーなるものが作り上げたものの一つと言い伝えられている。
むしろそんな太古の時代からこのあまり強くも賢くも思えないスライムがそのままの姿で現代まで種を保っている事の方に驚きだ。
しかし当時は朱色をしたスライムベスなる種もいたようで、それから採れる赤い油なるものも同様に壷の材料となり得たらしいが、現代ではスライムベス自体確認されておらず、おそらく絶滅したであろうと思われる。
「赤い油で作った壷…見てみたかったな」
これまでの旅路と壷の歴史に思いを馳せていると、また独り言をこぼしてしまった。
自分の事ながら、長い移動で疲労がたまっているのだろうと実感する。
今日はこれから毎年滞在中に居候させてもらう知り合いの家へと向かう。
お礼は渡しているが肩身が狭い…しかしこの村は小さいので宿屋が無いのだ。
青い油集めは一週間ほどですませる予定で、あまり長居はするつもりはない。
いくらスライムが弱いといっても狩猟は体力勝負なので、明日からの狩りに備える為に早く飯を食って寝なければ。
荷物を背負いなおして目的地へと足を急がせた。
全五話くらいを予定しとります。