〝いつかは別れる時が来るさ〟
―― 鷹山 敏樹 ――
『さらば あぶない刑事』
とうとう、ISが起動しなくなった。
前々から兆候はあった。来るべき時が来たのだ。
「ついにお別れ、か……」
短い付き合いだったなと呟きながら訓練機の打鉄から降りると、目の前で暗い顔をした数人の女子たち、鷹月さん、谷本さん、のほほんさんの三人が気の毒そうな表情を向けてきた。
「なんだみんなして。今さらそんな顔しなさんな、こうなるのはとうに分かっていた事なんだし」
わざと軽い調子で言って笑って見せたりするが、彼女らは何も言わず曇り顔はまるで晴れない。
どうにも調子が狂う。心配してくれるのは有り難いけれど、彼女らがISを動かせなくなる訳じゃあるまいに。
「そろそろ誰か代わらないか? せっかく訓練機借り出した訳だしさ――」
周囲でISの訓練をする女子たちの喧騒の中、無言のままでは居心地が悪くてそう急かすと、言いにくそうに三人が口を開いた。
「おと――」
「あの――」
「えっと――」
三人はいっせいに喋ろうとして声が被り、またも気まずい沈黙が訪れる。
「あーもう! とりあえず鷹月さん、次――」
乗って、と言おうとした時、アリーナの反対側から大声をかけられた。
「三治! IS起動したか!? どうしたんだ降りちまって……まさか、ダメなのか!? もう!?」
叫びながらこちらに駆け寄ってくる。ここIS学園に……いや、世界に二人しか居ない男性IS適正者の一人、織斑一夏。もう一人は無論この俺だ。いや、〝だった〟と言うべきか。
「一夏! 心配なのは分かるが急に駆け出すな! 三治、ISの方は大丈夫か?」
「一夏っ! アンタあたしほっぽってどっか行かないでよね!? あ、三治どうなのよISは?」
「一夏さんっ! 私達を放って行かないで下さいまし! あっ三治さんIS起動に異常はなくて?」
「一夏! もうっ、いくら三治の事が心配でもいきなり大声上げて走り出したら周りの迷惑だよ!? 三治ISはどう?」
「嫁よ、普段からもう少し沈着冷静な判断と行動をだな……そうだ父よ、IS起動は問題ないか!?」
おそらく誰が最初に一夏の模擬戦相手になるかで揉めていたであろう一夏一筋の少女五人、箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラもすぐに一夏に追いつき、一夏への苦言のあと俺の以前からの懸念について心配してくれた。もっともつい今しがた手遅れになってしまったが。
「みんなありがとな。でも残念ながら――」
寿命が尽きたみたいだ、という言葉はスピーカーの大音声にかき消された。
『1年1組、
拡大された無機質な教員の声が俺への呼び出しを告げると、再び戻ってきた喧騒の中で何かを悟った一夏たちは、先の三人共々何とも言えない表情を俺に向けて言葉に困っているようだった。
この場に居る互いをよく知る面子の中で、自分一人だけが切り離されているように感じた。そうだ、今このIS学園のなかで、ISを起動すら出来ないのは俺一人だけだ。ここでこれ以上の疎外感はない。そう考えると当事者であるにも関わらず、なんだか自分が部外者で全てが他人事のように思えてきた。
生徒指導室へ向かう事を頭の隅で意識しつつ、そういえば初めてISを起動させた時もこんな感じだったかなと、俺は数ヶ月前のことを思い出していた。
日本が開発した女性にしか起動できない世界最強の兵器にして、核に代わり抑止力の要となった飛行パワードスーツ「インフィニット・ストラトス」、通称「IS」。その影響で急激に広がる女尊男卑思想に世間が揺れる中、世界で初めてISを動かした男――織斑一夏が突然現れて世界を驚かせた。
当然他にも男性適正者がいる可能性に期待して、一夏の出身国である日本の政府は全ての男子にIS適性検査を実施することになった。その実施スタッフは俺の地元にも訪れ、一夏と同い年で当時中学三年の春休みを迎えていた俺は花粉症に悩まされて自室に引きこもり、母に今日が検査最終日だから早く行けと怒鳴られてようやく重い腰を上げたのだった。
人でごった返す検査会場の市民体育館には、他にも面倒くさがってギリギリまで適性検査をほったらかしていた男子たちが既に大勢来ており、ずいぶん待たされた。やがて順番が回り、疲労の色が濃い女性検査員に顎でISに触れるよう指示された時には既に陽が落ち、肌寒さを感じる俺は何度もくしゃみを繰り返した。
「びぇっきしゅん!! 」
その瞬間だった。手で触れる前に鼻水飛んだわ、などという雑念はいきなり頭に飛び込み急激に増殖した〝情報の奔流〟とでも言うような何かにかき消され、脳内が知りもしない膨大な知識や理論に内側から圧迫されていくような感覚に視界が暗くなった。
「なんじゃあ、こりゃあ!?」
気持ち悪くて吐きそうだ! 頭がぐらつき、さっきまでのひどい鼻炎も忘れて倒れそうになった時、ようやく意識がハッキリと回復し、伸ばした手が触れたISごと白く白光しているのに気づいた。
頭を上げ周囲を見回すと、さっきまでざわめいていた館内が静まりかえり、まわりの瞳すべてが自分を向いて大きく見開かれているのが見て取れる。
ものも言わず、異様な何かを見る目つきの人、人、人……。とても気分のいいものではなかった。
「きっ君!? そこを動かないで! いいわね!?」
検査員に大声で指示され、突っ立ったまま責任者を呼び出す館内放送や関係各所への電話連絡等を聞きながら、俺はざわめきを取り戻した館内でまさかの結果に何も考えられずぼんやりとしていた。ただ、今後きっとろくでもない事になるだろうという予感だけは強く頭の中で警告を発していた。
無論その後はひどい騒ぎになった。さんざんスマホのカメラにパシャパシャされながら待機していた護送車に乗せられパトカーの護衛付きで急ぎ自宅へ送られると、そこには早くも情報を聞きつけた報道各社の人と車でごった返し、その囲みを警官が強引に排除して家に近づくと、県警機動隊が周囲にバリケードと土嚢で陣地を築き、家の前には放水銃を周囲に向けた機動隊車両がでんと居座っていた。唖然とした俺が護送車を降りて玄関に着くまではサブマシンガンを構えた重装備の警官隊に囲まれて移動する徹底ぶりだった。
修羅場は帰宅してからが本番だった。母と妹、自分と同じく警官の護衛付きで強制的に帰宅させられた父の三人が、これまで見たこともない表情をして詰め寄ってきた。一体これはどういうことか? 本当にISを動かしたのか? どうしてこんな事になったのか? 答えようもない詰問の嵐に、心身共に疲れ果てた俺はリビングのソファにへたり込み、もう考える気力も答える元気もなくなっていた。
翌日はさらに状況が悪化した。昨日は警察の規制もあり様子見だったマスコミの攻勢が一斉に始まったのだ。外出などとても出来る状態ではなく、買い物は待機中の警官が代行した。電話線は抜いて、スマホのSNSやメールは見る気にもならず、着信は全て拒否した。きっと警察の包囲と報道連中の外側には大勢の野次馬がいるのだろう。家族揃って引きこもる中、無遠慮な質問の嵐や取材の強要に母はノイローゼ気味になって寝込み、妹はキレて元凶の俺に怒りをぶちまけ、父は職場の評判と自身の評価の悪化、家のローンを恐れて家族に温和な対応をしろと怒鳴りちらした。
その後の連中には俺が応対した。強引に玄関から入ろうとしたレポーターに電気ポットの中身を見舞ってやると、それ以降誰も近づこうとはしなくなり、俺には監視と護衛の目的で私服のSPがついた。
さらに次の日には政府関係者と、防衛産業も手がける某大手企業の幹部が訪れた。両親と妹は要人保護プログラムが適用され、別の戸籍を用意されて他所へ引越し、俺は特例によりIS学園入学が決定したという。
拒否した所でどうにもならないのは誰の目にも明らかだった。疲弊しきった家族は言われるがまま続いて現れた業者と共に荷造りを始め、俺は全部他人の都合で書き換えられていく今後にイライラしている所へIS学園の参考書と制服を見せられた。
「こんな派手なもんみっともなくて着れるか!」
ストレスのせいか思わず本音が出た。白を基調にしたデザインの制服は、地味なツラの代表格といえる俺の目には苦痛でしかない鮮やかで派手なものに写った。こんな服が似合うのは相応のルックスの持ち主だけだろう。幸い、制服の改変がある程度認められているらしく、もっと地味で目立たない様にしてくれと頼んだ。
その後は聞く気にもならない政治的なお話が続いた。今後の家族の面倒は見てやるが、それには自分の協力的な態度が不可欠であること。入学後IS関連の成果と成績は定期的に報告すること。卒業後の進路は日本所属を強く希望すること。使用するISはレンタルできる訓練機を含め出来るだけ国産機を使用すること。国外の企業その他の団体からの勧誘は一切拒絶すること。汗や唾液など遺伝子が洩れるのはやむを得ないとしても、精子を他者に回収される事は厳に慎むこと、等々。
俺がろくに反応せず聞き流しているのを見て、ご家族の身の安全にかかわるぞ、などと言う者もいたが、〝そうかい〟と気のない言葉を返すと大仰にため息をついてみせ、0が8個並んだ小切手を見せてきた。興味無さげにふんと鼻を鳴らすと0が一つ書き足された。
「銀行振り込みにしろよ」
何もかもどうにもならない無力感と無気力にさいなまれ、せめて10億の振込みがタウンページ並みに分厚い参考書を読むモチベーションくらいにはなるだろうかと思った。多分なるだろう。なるんじゃないかな。もうなるようになれ。
暗澹たる表情で荷物を纏めてゆく家族を見ていると死にたくなり、今は法外な臨時収入の使い道だけ考えていようと思った。
こうしてめでたく、俺のくそったれな門出が決定した。
いつの間にか花粉症が治っていることに気づいたのは、それから何日もたってからだった。
初投稿ですが、割と緊張するもんですね。書いてるうちにちょいちょい内容も変わりました。
あと、主人公のキャラがイマイチ掴みづらくなってしまいました。次回でもう少しはっきりさせる予定です。