さらばIS学園   作:さと~きはち

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 戦争だって? そんなものはとっくに始まってるさ。
 問題なのはいかにけりをつけるか。それだけだ。

 ―― 荒川茂樹 ――

  『機動警察パトレイバー2 the Movie』




怒りのブレイクスルー

 気分よく目覚めた俺を待っていたのは一週間ぶりのおりむーブートキャンプだった。スマホの着信を確認する暇もなく学園の島を一周し、ジムでヒーヒー言わされてシャワーを浴びに戻ると、昨晩から何度も着信していた政府関係者からの電話がまたかかってきた。

 面倒くさいのを我慢して出ると、何でさっさと出なかった掛け直さなかったとガンガン怒鳴り声が響き、俺が気のない声で何があったのかを尋ねると、早口でおおよその事情を教えられた。

 何でも昨日の夕方から英大使館や英IS関連企業の日本支社から、日本の関係省庁や政府筋に様々な形で問い合わせが殺到しているのだとか。未確認の情報ではIS学園から英大使館へ強い抗議があったというが、その発端が誰あろう我らがブリュンヒルデで、なぜか相当頭に来ているらしい。

 何か知らないか、彼女は君の担任だろう? というのが電話の理由だった。

「さあね、駐日英大使に直接問い合わせたらいかがです?」

 俺はそれだけ言って切った。

 大方の想像はつく。己のデタラメさを俺にボロクソ言われた織斑先生が、元凶たる学園干渉の主である英大使館に猛抗議という所か。あの人は天災篠ノ之博士の親友だと言うし、最悪の結果を恐れた英大使が事態の収拾を図るべく詳細を知る者とコンタクトを取ろうと焦ったのかも知れない。たぶん日本政府が絡んでいると勘違いしたんだろう。

 だいたい国際条約で定められたIS学園への不干渉を破ったのがこの騒ぎの原因なのに、その条約が有名無実化しているから、それこそが原因だと素直に思い当たらないのだろう。

「自業自得だ」

 俺のつぶやきに一夏がこっちを向いた。牛乳の入ったコップを手渡してくる。

「なにが自業自得なんだ?」

 俺はそれを噛み砕くようにして飲んだ。こうやって飲むと体が消化吸収しやすいらしい。というかそうして飲まないと一夏が怒るのだ。やはり一夏はオカン属性か。

「イギリスの連中が織斑先生に怒られたらしい」

 一夏は顔色をなくした。やはり弟でも相当怖いのだろう。何べんも殴られてるし。

 その時俺は大変な事に気がついた。

「セシリアだ!」

 あいつの所にも当然連絡は殺到しているだろう。しかし彼女の非はIS学園の人間に対してであって、もう決着もついている。英大使館のゴタゴタはあくまで連中とIS学園教職員の問題だ。しかし大使館に事の責任を押し付けられて何らかの処分を受ける可能性がある。今さらセシリアが詰め腹を切らされるいわれはない。

「一夏! セシリアの携帯に掛けられるか?」

 状況が分からず目を白黒させている一夏を急かしてセシリアに電話させた。

 先方は1コールぐらいですぐに出た。一夏が話しかける間もなく一方的にセシリアがしゃべりまくっているのが聞こえて一瞬呆れたが、すぐに一夏にセシリアには英大使館から連絡がなかったかを尋ねさせた。

 セシリアによると、何度か連絡はあったものの、ブリュンヒルデの怒りを収めるにはどうすべきかという内容ばかりで咎められる事はなかったらしい。どうやら大使館側は生徒を国や組織のメンツのために利用した事を厳しく追及されたようで、セシリア本人に対する責任転嫁などはないようだった。

「取り越し苦労か……」

 やれやれと息をついて身支度を整えカバンを持ち、ふと頭に引っ掛かりを覚えた。

 

 『怒りを納める』とは?

 

 IS学園なり織斑先生なりが英大使館に抗議をしたのは確実だろう。その結果英IS関係者が日本で大騒ぎし、関わっていると見られる俺とセシリアに電話があった、そこまではいい。今回は事が事だし、あの織斑先生だから感情的になり先方へ怒りをぶつけた可能性もないではない。だが織斑先生が怒りを見せ、その矛先となった英大使館や関係者は怒りを納めるのに必死……。

 

 織斑先生は一体何をしたのか?

 

 少し考えたが情報がなさ過ぎてまるで結論が出ない。ふと一夏を見ると、話の止まらないセシリアに電話を切れないまま登校の準備もできず、弱った目でこちらを見た。

「食堂で落ち合うと言え!」

 それぐらい自分で考えろよと言うと、一夏は慌てて言われた通り伝えてスマホを切り、大急ぎで制服の上着とカバンを引っ掴んで付いて来た。

 考えすぎても仕方がない。どうせ教室に行けば本人に会えるだろうし、セシリアと情報交換すれば何か分かるかも知れない。すぐに分かる事を悩むのはもうやめにした。

 寮を出ると登校中の女子たちがそこかしこから歓声を上げて飛んできた。昨日の決闘の結果がクラスの女子たちから拡散されたらしい。

「じゃ、俺は先行くから」

 昨日の放課後以上の勢いで女子たちに囲まれた一夏は、餌を求めるひな鳥みたいな連中のおしくらまんじゅうに身動きが取れなくなり、その前に素早く離れた俺は昨日と同じく一夏を置いてテクテク校舎を目指した。

「三治ぃーっ!! 置いていくなよおーっ!?」

 女子たちの喧騒からかすかに一夏の声を背後に聞いたが無視した。

「また後でな」

 朝陽を浴びる通学路は夕方と違い街路樹の緑があざやかだ。いまだに黒い制服の俺を(いぶか)しげに見る一部の生徒の視線に気づかない振りをして、朝の空気を胸いっぱい吸い込む。かすかに潮の味がした。

 とにかく、嵐は終わったのだ。いずれまた何かあるとしても、今はこの開放感を手放す気はなかった。

 教室の前に食堂へ寄ると、端のテーブルで鷹月さんたちと着ぐるみが手を振った。

「本音のやつ、トーストのジャム口に付いてんぞ」

 一夏が勧めていた和風朝食のセットを受け取りテーブルに向かうと、いつの間にか本音たちの向かい側に箒とセシリアが座っていた。皆に挨拶すると、二人は噛み付くように俺に詰問した。

「一夏はどこだ!? 一緒じゃないのか?」

「一夏さんは何処ですの!? 今朝はご一緒では?」

 二人とも一夏を登校時に捕まえられないもんだから、一緒に登校する俺が来る場所に張っていたんだな。

 実際おりむーブートキャンプはその日その日でジョギングコースやジムのトレーニングが変わるので、俺と一夏の登校時間はまちまちなのだ。セシリアとの模擬戦に備えての一週間はやっていなかったが、その時は二人揃ってギリギリまで寝ていたから朝は食堂に行かず購買のパンなどをSHR後に食っていた。

「あいつならさっき通学路で女子たちに捕まってたぞ」

 本音の向かいに座りながら答えると、ジャムが口に付いたのを本音に教えてやった。ティッシュで口をぬぐう姿はまるで小動物だ。実際動物みたいな格好だが。

 箒とセシリアは悲鳴とも怒りともつかぬ声を上げて、いつも一夏がやってくる方の廊下へと走り出して行った。

「凄い勢いだよねえあの二人」

 谷本さんが感心するように言った。本音と鷹月さんも大きくうなずく。

「二人とも織斑くんと朝食を摂るってすっごい揉めてたんだよ?」

「ここにいればおとーさんと一緒におりむーが来るって、どっちがおりむーの横に座るかで大変だったんだから~」

「朝からそんなに飛ばしてたら、二人ともこの先大変だな」

 俺は鮭の塩焼きを口に運んだ。なるほど主夫がほめるだけあって美味い。

 よく見ると、俺が座る本音の向かいのイスの両側が二つずつ空けてある。近くに何人も生徒たちがいるのに。俺の左右どちらに一夏が座ってもいいようにだろうか? だとしたらあいつらの執念がちょっと怖い。

「三治! 置いていくなって言ったろ!?」

 振り返ると一夏がいつもと反対側の廊下から現れた。

「よう遅かったな。何でそっちから来たんだ?」

 一夏はカバンを俺の左側の席に置いて席取りすると、ポケットから財布を出しながら答えた。

「やっとの事で囲みを抜けたんだけど、入口で待ち伏せされてもコワいから今日は裏門から入ったんだ」

 すぐ戻るから席取っといてくれよと言い残し、一夏は食券を買いに走っていったが、その直後戻ってきた箒とセシリアに捕まり、二人同時に大声でまくし立てられタジタジする羽目になっていた。

 視線を正面に戻し、本音たちと談笑しつつ朝食を平らげた頃になって、ようやく朝食のトレイを持った三人がテーブルに戻ってきた。

「やっと朝メシにありつけるよ」

 ようやくだと苦笑いする一夏が座ると、その横にだん! と音を立てて箒が座った。

「ちょっと箒さん! 何で私でなくあなたが一夏さんの隣に座るんですの!?」

「私は一夏の幼馴染で剣道の鍛錬の役もある。そばにいるのは当然だ」

「でしたら私はエリートとして一夏さんのIS指南役であるべき立場ですわ! そこを代わってくださいまし」

「断る。一夏も私と並んで朝食を摂りたいだろうしな」

 どっちを選ぶんだ? 端正な顔の二人が突き刺す視線にしかし一夏は気づいていなかった。

「どうだ三治! この定食うまいだろ?」

「一夏が勧めるだけの事はあるよな。すぐ食べ終えちまった」

 本音たちもだいたい食べ終えたようだ。俺が立ち上がると本音もジュースの残りを飲み干し後に続いた。高野さん達は興味深そうに一夏たち三人を観察して動かない。

「え、三治もう行くのか? もうちょっと付き合えよ」

「今までならそうするが、もうお前の隣は独占しにくいんだよ」

「?」

 首をかしげる一夏の空いた右側に、ここぞとばかりにセシリアが滑り込んだ。さっきまでの箒とのやりとりはどこへやら、満面の笑みで一夏との間隔をさりげなく詰める。

 箒は結果的セシリアに席を譲った俺が面白くないようだ。

「三治さんたちの邪魔をするのは無粋でしてよ? さ、一夏さん、時間もありませんしご一緒に朝食を済ませてしまいましょう」

「さっさと食べるぞ一夏」

 そもそも一夏の朝食時間を減らしたのは君たちでしょ?

「またねおりむー、セッシーにしののんもね」

 セッシーがセシリアでしののんが箒か。本音のネーミングセンスは相変わらずだ。一夏だけ微妙な顔をしている。おとーさんよりマシだろ。

「後でなみんな。仲良く食べろよ」

 それだけ言って俺は本音と教室へ向かった。背後ではいつか聞いた喧騒がパワーアップして轟いていたが、学習能力のない者たちに忍耐力のない誰かの拳がめり込んで静かになった。

 

 

 

「それではクラス代表は織斑とする! 異論は無いな?」

「はい!」

 クラス全員の返事で織斑先生の発言は担保された。

「それと、先日の件だが」

 クラス全員が息を飲んだ。具体的にどうなるかは俺にも分からない。俺の背後にいる話が分かっているのか怪しい奴も、頭を押さえた二人も真剣な目で織斑先生を見ている事だろう。

「職員会議の結果、校内放送で学園長が今回の騒動の発端を全校生徒に説明し謝罪する事になった。なお、その際国際条約に抵触するとみられる干渉を行った英国関係者の謝罪文も読み上げるとの事だ」

 クラス中でわあっと声が上がった。たかが一生徒の指摘と追及が、限定的にしろかのブリュンヒルデを、そして世界に冠たるIS学園の中枢を動かし、さらに有名無実化しているとはいえ、IS学園に明らかな条約違反の介入をした先進国の外交関係者からも文書とはいえ謝罪を勝ち取ったのだ。自分でもここまで行くとは思ってもみなかった。せいぜい一時的な騒ぎで終わるのが関の山で、織斑先生が己の無神経と無責任を自覚してくれれば満足すべきとさえ思っていた。それがまさか責任者全員から謝罪を勝ち取るとは。

 俺は改めて織斑先生の顔を見た。

 さっきまで神妙な表情をしていたはずの顔は見事なドヤ顔に変わっていた。

 

 それを見て、俺は一つの疑念にとらわれた。

 

 よくよく考えると、織斑先生は話し合いが苦手だ。言葉で相手に理解させるより実力行使の方がずっと得意だろう。普段の指導や一夏のIS特訓を見ても良く分かる。それがどうやってこの決着を勝ち取ったのか?

 

 ひょっとしてこの人、職員会議や英大使館に対し、一夏にやるように暴力を背景にした怒りを爆発させたのではないか? だから学園長はあっさり謝罪を受け入れ、英IS関係者は恐怖し事態を穏便に済ませるべくなりふり構わぬ行動を?

 

 俺は思わず山田先生の方を見た。俺と目が合うと、一瞬跳び上がりそうな引きつった顔を見せ、さらにその上に無理やり被せたような苦しい笑顔を見せた。それだけで俺は、ブリュンヒルデと呼ばれる女性がどんな『交渉』をしたのか分かった気がした。

 

 ようやく英国関係筋が必死になってこの状況を打破してくれる相手を探していた理由が分かった。彼らは政治スキャンダルを恐れた訳でもなければ、IS学園との関係悪化を恐れた訳でもない。

 ブリュンヒルデの怒りを恐れたのだ。彼らは世界最強の怒りを静めるすべを求め夜を日に継いで奔走したのだろう。セシリアに掛かってきた電話もそれだ。責任転嫁してどうにかなる状況ではなかったのだ。

 

 なんてこった。一時的とはいえ俺はドラゴンを繋ぐ鎖を外してしまったらしい。

 

 SHRが終わり、俺は先生たちが教室から出ようとする所を呼び止めた。

「なんだ音羽、今は急ぐから授業の質問なら山田先生にしろ」

 疑惑の本人は引き止められず逃げられてしまった。仕方なく山田先生に話しかけた。

「な、何ですか?」

 何も言わない内から無力な小動物のように怯えきっている。そんな様子を見ると、昨日職員会議で何があったのかと尋ねるのははばかられた。

「……済みません、何でもないんです」

 泣きそうな山田先生に頭を下げると、俺は急ぎスマホで英大使館の番号を調べ掛けてみた。

 応対の女性の態度は冷たかった。現在大使館は急な人事異動で慌しい為、喫緊の用以外は一週間後に掛けなおすようにと冷たくあしらわれた。

 俺は食い下がり、誰が異動するのかをしつこく聞いた。

 

 大使です。それだけ答えて電話は切れた。

 

 教室に向き直ると、箒とセシリアの二人が朝飯時の騒動を蒸し返して一夏を左右から引っ張っていた。

 大岡裁きかお前ら。

「三治、見てないで助けてくれよ! ……どうしたんだ?」

「……何でもない」

 ここは平和だ。……平和。(さい)は投げられケリはついたのだ。

 俺たちはIS学園の生徒、それ以外の何者でもない。今さら学園の内外で起こる大人の事情を悩んでも仕方ないと自分に言い聞かせた。

 

 

 

「話がある」

 次の休み時間になってすぐ箒に教室の外へ引っ張られると、鋭い剣幕で問い詰められた。

「私と一夏の、その、あれはどうなったのだ?」

 最初は何の事か分からなかったが、入学した日に寮でゴニョゴニョと言われやっと思い出した。

「ああ! 日曜のあの埋め合わせか」

 そういえばすっかり忘れていた。箒を怒らせたお詫びとして提案した一夏とのデートがまだなのだ。その日の内に織斑先生に知れて詰問された上、セシリアとの決闘で特訓の日々が続いた為うやむやになりそのまま忘れていたのだ。

「そうだなあ、後でセシリアのいない時に一夏に言っとくか。次の日曜でいいか?」

「よ、よし、それでいい」

 とりあえず箒は納得してくれたので教室に戻ると、セシリアが一夏によりによって週末の予定を聞き込んでいる所だった。

「わりぃ、週末は三治と出かけるつもりなんだ。中学の時からつるんでる友達を紹介しようと思ってさ」

 あっさりお断りした一夏にセシリアの笑顔が引きつり、その歪んだ笑みが俺を捉えて暗いオーラを放った。同時に背中に鋭い視線が突き刺さる感触がした。

 前門の虎、後門の狼。

「あら、三治さん。少しお話がありますの」

「奇遇だな、私もだ。じっくりどういう事か説明してもらおう」

 嫌な汗が止まらない。美人に睨まれるってこんなに辛いのか。それとも武道やISやってる奴は〝気〟とかいうのが凄いのか? 一夏が悲鳴を上げる気持ちがやっと分かった。

「どうした三治? なんか顔色悪いぞ?」

 お前のせいだお前の! いらんこと言いやがって。

「とっとにかく一夏に関してなら、もう予鈴も鳴るし次の休み時間に話をつけるから」

 俺は前後から圧迫してくる殺気につぶれそうになりながら、慌ててそれだけ言った。

 SHRからこっち休み時間に休めない。まったく、先の学園と英大使館がらみの騒ぎといい、ここに入学して以来織斑姉弟がらみのトラブルが続きっぱなしだ!

 

 ん? よく考えたら、一夏が高校受験の時立ち入り禁止の場所に入ってホイホイIS触ったのが、全国でIS適性検査が行われた原因だし、俺のIS学園にまつわる問題の全ては、元をたどれば全部織斑家のせいか?

 

 暴力による解決を必死で否定してきた俺だが、俺には一夏を殴る権利があるように思えてならない……。

 

 

 

 新聞部のインタビューと記念撮影が終わり、一段落した一夏のクラス代表就任パーティーで、俺はぐったりと扇形のソファに体を預けた。

 そもそも俺は後ろに控えて一夏が困ったときだけ助け舟を出す以外何もしないつもりだったのが、一夏が無理に俺を隣に座らせるもんだから、せっかくデート(という名のお出かけ)の確約を取り付け上機嫌だった箒とセシリアの機嫌がまた悪くなりかけた。次の土曜は午前の授業が終わった後箒と出かけ、日曜に出遅れたセシリアは代わりに丸一日一夏を連れ回せるという事でどうにか手打ちとなったのに、昼休みに凄い剣幕で二人がやりあう所を特等席で見せられた一夏は相変わらず全然理解してない。

「おつかれさまー」

 一夏と反対側に座る本音だけが今の俺の癒しだ。さっきの写真撮影は対決した一夏とセシリアの二人で取るはずが、シャッターの瞬間クラスのみんなが写り込んだばかりか、一夏とセシリアの間に箒がちゃっかり入り込んで写ったもんだから、目の前でまた恋敵同士の口論が始まっている。ちなみに俺も本音に引っ張られて一緒に写ってしまった。

「さっきはまいったよ、いきなり新聞部の先輩が『今後の抱負は?』とか聞くんだもんな」

 目に入らんのか、眼前の女の争いが。それともそれが眼中にない一夏ってわりと大物なのか?

「そんなん適当に答えろよ。どうせあの先輩適当にウケのいい内容でっち上げるだけだぞ」

 セシリアのインタビューの時、露骨に捏造すればいいとか言ってたしな。何言ったところで同じだろう。まったくどこ行ってもマスコミってやつは。

「マジで!? だから三治はノーコメントしか言わなかったのか」

「単に嫌いなんだよ」

 実際あんなのが取材に来るとは思わず、無意識に睨んでしまった。

「三治のあんな顔初めて見たよな。ちょっと恐かったぞ。千冬姉と言い合った時でも、大人が子供を叱る時みたいな表情だったし。」

 織斑先生やセシリアとやりあった経験から、精神的に強くなったような気はするが、まさか一睨みで女子とはいえ先輩が(ひる)んで逃げ腰になるとは思わなかった。

 それから慌てて先輩は取材を記念写真に切り替え、何枚か撮るとそそくさ逃げるようにその場を去った。周りの女子は引くかと思ったが、俺が家族ぐるみでマスコミに酷い目に合わされたのを思い出したのか何も言わなかった。

「気にしちゃ駄目だよ~」

 本音がハイ、とコーヒーのカップを渡してくれた。

「校内新聞に何が書かれたって、私はほんとのおとーさんを知ってるもん」

 ちょっとどきりとする事を言い、にっこりとした笑顔を見せた。考えてみれば俺は幾度となくこの笑顔に救われてきたように思う。

 そうだ、今日こそ、ちゃんと日頃の礼というかなんというか、言わないと。

「ほ、本音、その」

「んー? なに~?」

 いつもの眠たげな顔を近づけてくる。かすかにいい香りがした。

「い、いつもありがとう! な……なんてな」

 本音相手に素直にというだけの事が、俺にとってはえらく難題だった。やっぱりこう、女子に免疫がないというか、一夏みたいに男女関係なく同じように接する奴みたいにはなれないな。……いや一夏は例外か。

「ふふ、いいよー私もしたくてしてるんだし」

 その返事だけで心の中でガッツポーズしてしまう。後で冷静になれば意識しすぎだし深い意味はないと分かるのに、どうしても心のどこかで特別な何かを期待してしまう。

 冷静なふりしても中身はこれだからクールなキャラには程遠い。俺はカップのコーヒーに口をつけ――

「うわっ!?」

 ほとんど目と鼻の先にクラスの女子たちが顔を寄せていた。

「なーんだ告白かと思って期待したのに」

「ホント、音羽くんってここ一番って所でヘタレよねー」

「まぁほら、織斑くんと違ってジゴロのタイプじゃないのよ、女子に対して不器用っていうかさ」

「そうそう、団長はきっとストイックなのよ。織斑くんみたいに次々に女を落とすみたいなのとは正反対の」

「お前らなぁ……」

 といつもこいつも人のことを面白おかしく喋りやがって。……まぁ、今しがた気にするなと言われたばかりだし、な。

 一夏は〝じごろ〟ってなんだ? と聞いている。スマホで調べろ!

 ふと本音を見ると、うつむいてケーキを食べている。こんな時も食い気か。

「本音ちゃ~ん? 顔赤いわよ~?」

 やれやれとコーヒーをもう一口飲んだ途端、聞き覚えのある声が聞こえた。

 目の前に、『青春模様』と書かれた扇子を広げた会長が立っていた。

「お嬢さま!? なんでここに?」

 珍しく驚いた様子の本音が顔を上げた。確かにほんのり赤みが差している。

 ……えっ、もしかして。

「もちろん代表就任のお祝いによ? 本音ちゃんと音羽くんがどうしてるか見に来た訳じゃないわよぉ?」

 とっつぁんは面白そうに俺と本音を見比べている。この人忙しいはずだろ? 何しに来てんだよ。

「も、もう! お嬢様のばか! 私知らないもん!」

 本音がまた昨日のように袖で顔を隠してしまった。

「御免ね、ちょっと言い過ぎちゃったかな。でも今日はもう一つ用事があって来たの」

「用事?」

 本音が少し顔を隠した袖をずらし、目だけを覗かせた。

「そっ。そうそう織斑くんクラス代表就任おめでとう。今後生徒会のクラス合同会議なんかでもよろしくね」

「え? あっはい、よろしくお願いします!」

 急に真面目な事を言われた一夏が驚いて慌ててあいさつした。

「はいよろしく。それでね、音羽くんちょっと借りていい? 大事な話があるの」

「そうなんですか? わかりました」

 承諾した一夏は何の用かさっぱり分からない様子だ。周りのクラスメートたちもきょとんとしている。そりゃそうだろう俺がそもそも分からんのだし。

 とはいえ心当たりはある。例の英大使館の件だ。しかしそれにしては会長の表情が柔らかい。

「それじゃ行きましょうか音羽くん、本音ちゃんもね」

 俺ばかりでなく本音まで? 意外な申し出に俺たちは事情が飲み込めぬまま立ち上がった。

「早く行きましょう、織斑先生たちも待っているわ」

 ますます腑に落ちない。それは本音も同じようで、どうやら話の内容を知っているのはこの場では会長だけであるらしかった。

 俺たち二人はその場を辞し、会長に続いて生徒会室へと向かった。

 

 

 

「それでどうなの!? 本音ちゃんとAまでいったの? お姉さんに白状なさい!」

「ええ加減にせいやとっつぁん! サボってるって虚先輩にチクるぞ!?」

 女子とはいえ会長まで恋バナ好き過ぎだろ。

 

 

 




千冬はどうあがいても千冬。
一夏はどうあがいても一夏。
女はいつでも恋バナ好き。

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