さらばIS学園   作:さと~きはち

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 あんだチミはってか?

 ―― へんなおじさん ――

   『志村けんのだいじょうぶだあ』



ハートに火をつけて

 毎朝一緒に食事をするのが、とにかく上手く行かない。

 ただそれだけの理由で、翌日からおりむーブートキャンプ、略しておりブーの参加者が二名も増えた。もちろん新メンバーは一夏の彼女候補生しののんとセッシーだ。二人とも剣道での全国優勝者と代表候補生だけあって体力的なポテンシャルは俺よりずっと上だった。魅力的なボディラインを堪能、などという余裕もなく、結局へばる寸前でついていくのがやっとの俺を置いて、一夏は好き勝手な話題をまくしたてる二人から逃げるようにペースを上げてどんどん先へ行ってしまった。俺は俺でこれ幸いと大幅に島内をショートカットしてジムにたどり着いた。

 おかげでランニングはだいぶ楽になったものの、その後のジムでも肉体美が丸分かりのいでたちでいる美少女二人にまるで反応しない一夏のせいで、日英代表がヒートアップするたびに間に割って入らなければならなかった。

 その後シャワーと着替えを済ませ、四人で食堂に向かい本音や谷本さんたちと合流するというのが、今後のフォーマットになるであろう起床後の流れだった。

 先日脳天に担任の熱い拳を受けた事もあってか、どうにか箒とセシリアの態度も周囲の迷惑にならない程度には大人しくなった。この程度で今後も推移してくれたら……などと思ってはいけない。

 そういうときに限って何かが起こるのだ。俺はこのIS学園という場所の特徴というか異常性に気づきつつあった。

「やはり横浜の赤レンガ倉庫前は風情がありますわ。ぜひ日曜は二人で神奈川まで足を伸ばして――」

「一夏! ま、まあ物は試しと言うかだな、この大観覧車に……いや! 別に一緒に乗りたい訳ではないが、もしお前が――」

 今日もあいつの気を引く為に、恋する二人は必死です。

「そういや三治、結局千冬姉の話ってなんだったんだ?」

 だが無意味だ。現実は非情である。

「IS学園島の外へ出る際の注意事項だよ。それより一夏両サイドの話聞いてるか?」

 嘘は言ってない。俺の事よりいつもの二人を気にしなければならないのも本当だ。

「ホントかよ? それだけであんな長くかかるなんておかしいぞ。怪しいなぁ~」

 こいつは本当にどうでもいい事ばっかり勘が良すぎるぞ。もっと自分の身に差し迫った事について頭を働かせろ。

「あのな、いい加減マジで懲りろよ。どんだけ痛い目見れば学習すんだ?」

 いかにも俺をからかいたそうなウザいニヤつきの一夏は、急にハトが豆鉄砲食らった顔になった。

「急になんだよ? 俺なんか変なこと言ったか?」

 俺はデザートのヨーグルトを食うスプーンで一夏の左右を指した。

「『両手に花』なのをまた忘れてるぞ」

 一夏が不思議そうに箒とセシリアを見やると、冷え切った態度に熱い怒りを内包した二人が暗い目で一夏を射抜いた。

「一夏……そんなに三治の事が気になって私はどうでもいいか」

「ホホホ……一夏さん、難聴が酷いご様子ですわね? 私とても心配ですわ」

 二人とも整った顔立ちで冷笑しながらどす黒さを漂わせる姿は恐ろしくて見ていられない。それは本音たちも同じようで、俺たち外野は大急ぎで朝食の残りをかき込みトレイを手に立ち上がった。

「じゃ後でな一夏」

「教室でね~」

「わ、私たちも先行くね」

 結局箒とセシリアの怨嗟(えんさ)と一夏の悲鳴を背中で聞くパターンは今後も続きそうだ。しかし二人とも大声で怒鳴り散らさなくなった方がさらに恐いとは。何も言わない方がよかったのか。

「な、なんだよ二人とも? なんか恐いぞ? なあ三治……って先行くなよ!?」

 なんで一夏は女子の感情にここまで鈍感なんだろう? しかしさすがにこれを放置すると、いずれ取り返しのつかない事になりかねない。いくら自業自得といっても、いい加減何か考えとくべきか。

 

 しかし一体どうすればいいってんだ? 女子に対してのみ異常な無関心と難聴って、医者が聞いたら呆れて追い返されるのがオチだ。いやまてよ、精神的な原因によるものとしたら……うーん。

 

 その場の思いつきで考えても分かるもんでもないか。俺は精神科医や心理学者じゃないし、そもそも本人が自分で意識しなけりゃならん問題だろ。一夏が自分で意識……根本的に精神を変化させんと無理じゃん。

「その根性はこの私が直々に叩き直してやるから安心しろ。放課後必ず道場に来い。逃げたら……その時は真剣を持って訪問するからな」

「一度耳掃除をして差し上げますわ。ホホホ、もう二度と私の声を聞き逃さぬよう大きく大きく広げましょう」

 既に女性陣の対応は始まっているようで頼もしい限りだ。一夏にゃ悪いが当分は彼女らに任せよう。

 まぁ何の解決にもならないだろうけどな。

「お、おい二人とも――三治! ちょっと助けてくれよ! なんでいつも俺を置いていくんだ!?」

「だから言ったろ。たまには自分で二人とよく話し合え」

「そんな!? 二人ともメチャクチャ怒ってんだぞ? 一人ぐらい引き受けてくれよ!?」

 トンチンカンなことを言う一夏が冷え切った空気に挟まれ朝食も忘れてあたふたしだす頃には、われらが織斑先生のジャージ姿が現れ、生徒たちを急かす所でひとまず矛を収めるだろう。

 でもその後は大変だ。いつにも増して大変だ。なにせ俺がうるさく言いブリュンヒルデが鉄拳食らわして、人前で感情をぶつけるのを押さえ込んだから、溜まった不満を爆発させたときはどえらい事になるだろう。

 

 一夏のSOSを聞き流しながら、そんときゃIS模擬戦で発散させるかと考えた。絶対防御があるんだから何やったって死にゃせんわ。

 少し価値感が織斑先生に毒されてきたかもしれない。

 

 

 

 放課後になり、本音に連れられ簪さんの部屋を訪れる段になって初めて、簪さんは本音と相部屋だと聞いて驚くと同時に緊張した。なにせ本音の部屋にいくのと同じ事なのだ。

 手ぶらで行くのもなんなので、一度寮に帰ってカバンを置いてから本音と近くの洋菓子店でショートケーキをいくつか見繕ってから取って返した。三人分のはずだが本音は10個近くを欲しがり、けっきょく6個入りの紙箱を2つぶら下げていく羽目になった。

 

「かんちゃーん、今日はお客さん連れてきたよ~」

「おっお邪魔します」

 本音がドアを開けると、両手が塞がっている俺は挨拶にちょっとどもりながら中へ入った。

 女子の部屋に入るのって初めてだ。妙にどきどきするし無駄に色々期待してしまう。一夏が箒の部屋に入った時とはえらい違いだな。

 中には会長と同じ青い髪にヘッドギアらしきものを着け眼鏡をかけた少女がいた。パソコンのディスプレイに向かいキーボードを叩き続けている。

「……誰?」

 その顔がこちらを振り向いた。会長と姉妹なのだと言うのも頷ける良く似た顔立ちだが、自信にあふれた態度でポジティブな印象の会長とは正反対の、どこか内気で自信なさげな雰囲気が感じられた。

「あ、どうも初めまして、音羽三治っていいます。えっと二人目の男性操縦者って言ったら分かるかな?」

 やっぱり初対面の相手と話すのは苦手だ。早くも来たことを後悔し始めている自分が情けない。

「黒い制服……あなたが、音羽くん?」

 向かい合った彼女は俺のことをまじまじと見た。まぁ珍しいのは分かる。ここIS学園じゃ男と言うだけで異端なのに、みんな白い制服の中で黒服の奴がいたら気にならない方がおかしい。

 でもこうもジロジロ見られるのはやはり慣れないというか困る。そろそろどこか座ってもいいかなぁ。

「そうだよ、今日は本音に誘われてさ。これケーキ、好きなの選んで……あの、簪さん? ……あっ更識さんと呼ぶべきかな?」

「駄目! ……名前でいい」

 いい加減突っ立ってるのも間抜けだが、かと言ってじっと見られている相手にどこか座っていいかと聞くのもためらってしまう。しかし名字で呼ぶのは即座に拒否された所をみると、姉と比べられる事以外にも実家のことでコンプレックスがあるのかも知れない。

「はーいおとーさんはここ座ってねー」

 本音が小さなイスをテーブル前に運んで来てくれたので、取り合えずテーブルにケーキの箱を置いて座った。

「かんちゃんも一緒に食べようよー」

 じっと座ったまま俺を見ていた簪さんがようやく立ち上がり、皿とフォークを用意していた本音と一緒にテーブルに着いた。

 二つの紙箱を開けるとクリームやフルーツの匂いが漂い、本音が飛びついた。

「わぁーどれにしようかな~私はこれとこれと――」

 スイーツの前だと本音は何にも増して食い気だ。なんか大事な事忘れてないか?

「本音、一度に食べ過ぎ。……ほんとに、もらって良いの?」

 簪さんは冷静だ。こうして見ると本当に会長とも本音とも対照的だよな。むしろ俺に近いのかもしれない。

「どうぞどうぞ。そのために買ってきたんだし好きなの食べてよ。俺も適当なやつ食べるかな」

 どうも彼女は俺を警戒しているようだ。本音の話だと、今までルームメイトの二人以外がこの部屋に入った事は無いらしい。

 そんな調子である日いきなり男子が入ってきたら、そりゃ気にするわな。俺は二人が選ぶのを待って、箱の端に残っていたモンブランを取ろうと手を伸ばし――

「あっ……」

 簪さんがかすかな声を上げたのを聞いて、思わず手を止めた。ちらと顔を見る。

「……気にしないで」

 言葉とは裏腹にすごく気にしている表情だった。いっぱいあるんだから欲しけりゃ取っとけばいいのに。

「いいよ、食べたいんでしょ? 12個もあるんだし、俺はやっぱこのチョコのやつにしようかな」

 選ぶふりをしつつまた簪さんをチラ見すると、案の定ホッとした顔をしている。

「あーそれ私が食べたいのに~」

 今度は本音が口を挟んできた。

「しゃあねえなあ、じゃあ俺はこれで」

「あっそっちのも置いといて~」

「いい加減にせい! どんだけ食う気だよ? 簪さんと俺の分も残しとけ!」

 食い気にもいい加減限度ってもんがある。俺がちょっと怒ったとき、簪さんが少し体を震わせたのが視界に入った。

「ふふっ」

 本音が驚きを示した。

「かんちゃん笑ってる……かんちゃんの笑顔、ほんとに久し振りだよねー」

 えっ? という顔で簪さんは本音を見返した。

「私、そんなに笑った事なかった?」

 本音はケーキを口に運ぶのを止めずに頷いた。

「うん、入学してから毎日パソコンとにらめっこで、ちゃんとしたもの食べずにカップラーメンとかで済ましちゃうし、ほとんど他の事しないしお喋りもあんまりしてないし」

 ここに来てずっとそうだったよー、そう答えてまた食べかけのタルトをフルーツがこぼれないように大口を開けて押し込んだ。

 簪さんはちょっと下を向いてしまった。本人は専用機を完成させるのに必死で、他の事はまるで目に入らない毎日を過ごしていたのだろうか。

「ケーキも良いけど、ここの食堂結構美味いって知ってる? 値段も高くないしお得だよ」

 栄養も大事だし、気が向いたら行ってみるといいよ。俺はなるべく穏やかな声を意識してそう言うと、甘栗の乗ったマロンを一口食べた。これ中々いけるな。

「あーそれ食べちゃった~」

 本音がまた情けない声を上げた。全部お前が食うつもりだったのか。

「その辺にしないとスイーツで友達なくすぞ」

 俺が残りをあっさり口に押し込むと、本音はぶうっとふくれた。フグかよ。

「ふふふ、本音も欲張りすぎ」

 簪さんがちょっと笑顔になって、本人もチーズケーキを切って食べた。

「あ……美味しい」

「でしょー? 布仏さんが腕によりをかけて選んだのだ~」

 本音がえっへんと胸をそらした。また口の端にタルトの欠片がついている。

「お前はあれ欲しいこれ欲しいって言ってただけだろ」

 俺の呆れ声に簪さんがこちらを見た。

「……迷惑、だった?」

「いや、そんな事ないよ。ただこんなスイーツ大食い魔人と一緒だと、簪さんも大変じゃない?」

 簪さんの不安そうな声に俺は慌てた。つい少し早口になってしまう。

「あー、おとーさんひどーい! 私は毎日かんちゃんのお世話してるのに~! お菓子好きでかんちゃん困らせた事ないもん」

 本音が抗議するものの、直後にイチゴショートをがっつり食べているものだから説得力がまるでない。

「ほんとかよ? 簪さんまだ一つくらいしか食べてないぞ、本音それ何個目だ?」

「ま、まだ三つ目だもん」

 その時、俺と本音のやりとりを見ていた簪さんが噴き出した。声を上げて笑う簪さんを見る本音はぽかんとしている。簪さんはずいぶん長いことふさぎこんでいたののかも知れない。

「ごめんなさい……音羽くんは本音が言ってた通りの人ね。『おとーさん』って呼ばれるの、分かる気がする」

 ようやく笑いが収まった簪さんは、俺と本音を見比べて言った。

「はあ……」

 別に笑われても構わないけれど、おとーさん呼ばわりが分かると言われるとちょっと複雑な気分だ。

 本音は急に恥ずかしげな表情で赤くなっている。

「まぁいいや、取りあえず二つくらい食べてしまおう。まだ夕飯までには時間もあるし」

 そう言って今度はショコラを取ると、それに続いて簪さんと本音もそれぞれ新しいケーキを一つ取った。

 

 本音はちょっと遠慮しろ!

 

 

 

「おいしかったー」

 本音は大満足の様子でイスにもたれかかっている。お前五つくらい食べただろ。

「そうだな、結構いい店が近くにあってよかった」

 俺は皿とフォークを片付けようとする簪さんを手伝おうとして、手が触れそうになった瞬間キッと睨まれた。

「ご、ごめん」

 慌てて手を引っ込めると、簪さんも自分の反応に戸惑っているようだった。

「……ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて……」

 なんだか、まだ警戒されているように見える。下心があるように見えたのか? だとしたらショックだ……。

「あの……音羽くんが嫌いとか……そうじゃないの……」

 簪さんも、上手く言えない何かがあるのかな。

「男子とかはちょっと、苦手とか?」

 彼女は大きく首を振った。

「得意じゃないけど、そんな……特別苦手とかじゃ……ない」

 なんだか申し訳無さそうにしている。簪さんが俺や男子自体は苦手じゃないけど、距離を置きたくなる事情……手を触れられるのが嫌ならそれを気にすればいいだけで、反射的に睨みつける事には多分ならない。

 

 ひょっとして、俺ではなく俺を通して他の誰かを警戒しているのか? そう考えれば確かに心当たりはあるが……。

 

「もしかして、俺が誰かに頼まれて来たんじゃないかと疑ってる?」

 簪さんは体をこわばらせて俺を見た。思い切って尋ねてみたが、どうやら図星のようだ。

「生徒会長に言われて来たんじゃないよ、本音に誘われたのは本当さ。会長は俺が簪さんと会ってる事すら知らないよ」

 心中を見透かされたように感じたのか、簪さんは俺を恐れるような顔で見つめた。

「どうして、それを……?」

 少しだけ体の力が抜けたようだが、疑惑の瞳は変わらなかった。やはり、仲違いしている姉が俺を送り込んだのではないかと警戒していたらしい。

「俺もIS学園に入る前は長いこと出来の良い妹と比べられて、いい思いはしてこなかったからな。同じ境遇の奴が一番同情されたくない相手は誰か、良く分かるからさ」

 入学以前を思い出して、俺は自然と苦い顔になった。簪さんは目を丸くしている。

「……妹さん……いるの?」

 興味がわいたようだった。同じような思いをしている人間はあまり身近にいなかったのだろうか。本音は生徒会の仕事をテキパキこなす姉と比べられても全然気にしないだろうし。そう考えるとあいつ結構図太いな。

「ああ。俺と違って要領良くて友達多くてさ、勉強も出来るしスポーツもそこそこ。顔は俺の妹だしまあ……減点対象にならない程度? 親も俺には失望してたからその分妹には期待してたよ」

 苦笑いしながら答えると、簪さんは俺を見ながらじっと耳を傾けていた。

「仲……良かったの?」

「全然! 笑っちゃうほど目の敵にされてたよ。俺みたいなダサいのが兄とか最悪だってさ。特に中2になって、IS適性検査を受けた後からが酷かったよ」

 ISと聞いて、簪さんの目つきが鋭くなった。

 

 まずかったかな……。

 

「妹さん……どうだったの?」

 うっかりした事を言って後悔したが、どうにも答えない訳にはいかない雰囲気だった。

「うん……圏外でさ、かすりもしなかったんだ。最低基準のCどころじゃなかった。あえて言うならFかGだろうって検査官に言われて、その後は滅茶苦茶荒れてたよ。本人はISなんて女なら誰でも動かせるって思ってたらしいから、よけいショックだったんだろう」

 話を聞いてなんらかの衝撃を受けたのは簪さんも同じだったようで、ぐっと顔つきが厳しくなった。

「……それで……どうしたの?」

 俺はどうにも息苦しくなってきた。

「……まぁ、IS学園は完全に駄目になったからね。第二志望の高校に向けて切り替えたんだけど、完全に吹っ切れた訳ではないみたいでさ。よく俺に憎まれ口を叩いてたよ、ISも動かせないくせにって」

「……そうなの?」

「ああ……俺も大人気なかったって言うか、それはお前もだろって言い返してさらに怒らせてさ。あいつもいきなり殴りかかってきて、それで力で負けるとそこらにあるもん投げつけては自分の部屋に閉じこもってたな」

「……そう」

 簪さんは遠い目になっていた。自分がIS学園に入学する前の姉との関係を思い出しているのかもしれない。

 と、また俺を見て尋ねた。

「入学前に……仲直りできた?」

 一瞬言葉に詰まった。入学以来、家族のことなんて今までほとんど気にも留めずに過ごしてきた。そんな余裕なんて無かったというのもある、しかし……。

 彼女に問われて、自分の家族に対する気持ちが恐ろしく希薄になっていることに気づかされた。

「……いや、俺がIS適正者と知って殺さんばかりの勢いで責められてさ。女の自分が動かせないのに、男の、それもよりによって出来の悪い兄が適正者だってんだから、やってられないってのもあっただろう。でもそれ以上に警察の警備とマスコミの攻勢、周囲の人間の好奇の視線や凄まじい野次馬を呼び寄せた事が許せなかったんだと思う」

 親も倒れたしね。そこまで喋って簪さんの顔を見ると、申し訳無さそうな様子でうつむいてしまった。俺が聞かれたくない事に答えているのを察したのだろう。

 

 実際簪さんの言葉に、俺は自分の内の一番嫌な所を突かれたようだった。ここに入って以来家族とは未だに連絡を取っていない。連絡先が一向に知らされないというのもあるが、知れた所で俺自身が家族の様子を知るのがなんとなく恐かった。

 離れた家族がすでに俺無しで成立していて、俺は赤の他人になっているような気がするのだ。

 

 

 

 もし卒業して誰も迎えに来なかったら、俺はいったいどこへ行くんだ?

 

 

 

 就職とか進学とか当たり前の進路が浮かんでくるはずなのに、すべてがあやふやで、実体のない雲の上に立っているような落ち着かない気持ちの悪さを感じた。

「おとーさん、大丈夫?」

 気づくと本音が俺のそばに立って、俺の背中に手を当ててさすっていた。

 そうしてもらうと、不安な気持ちが少し落ち着いたようだった。

「あ……ああ。別に大したことないって」

 無理に笑って見せたが、余計に心配させてしまったようだ。本音の顔が不安そうで少し辛い。

「ごめんなさい、私……よけいな事聞いちゃって」

 簪さんはすっかりしょげてしまった。彼女を元気づけようとして会いに来たはずなのに、これじゃあ本末転倒だ。

「謝る事なんかない、誰だって自慢できない過去ぐらいあるはずだろ。さっきは俺がたまたまそれを話しただけだよ」

 つい語気を強めて言ってしまった。これ以上簪さんが気に病まなければいいんだが。

「……それだったら、私だって……」

 急に垂れていた顔を上げて、言った。

「……以前、姉さんにこう言われたの……あなたは何もしなくていい、私が全部してあげる。だから、あなたは無能のままでいなさいって……私、それからずっと……姉さんのこと避けて……」

 苦渋(くじゅう)をにじませる表情でそれだけ言うと、簪さんは両手を握り締めたままうつむいた。

 心の傷の告白は、俺に辛い事を言わせた埋め合わせだろう。しかしそこには辛い過去のほかに彼女の姉への忌避感の原点があるようだった。

 俺の余分な一言が、長い間懸案だったという簪さんが会長に隔意を抱く理由を語らせるとは、人間何が幸いするか分からない。

「確かに会長がそう言ったの?」

 俺が聞くと、彼女は泣きそうな顔で頷いた。本音も悲しそうな表情だ。

 俺は驚くと同時に、にわかにはその話を信じられなかった。あれだけ生徒たちのありようを大事にしている会長が、自分よりいくらか能力が下と言うだけで妹にそんな言葉を――ちょっと待てよ。

 俺は簪さんが言われたという言葉をよくよく吟味してみた。何もしなくていい、全部してあげるから、無能のままでいろ……。

 会長の実家は、えーとなんだったか、そうだ対暗部用暗部とかいう対テロ等の秘密工作を生業(なりわい)とする家系だったはず。そんな所で有能で色々やってたら、むしろ大変な苦労をするのでは? なにせ命の危険があるだろうし。

 

 つまり会長は、簪さんがそんな苦労や危険を背負わずに済むようにそんな言葉を?

 

 本音を見ると、何かに気づいたような顔をしていた。同じ結論に達したのかな?

「……なるほどな。何も分からずにそんな事言われたら、誰だって腹立つよな。でも」

 俺は簪さんを正面から見て言った。

「多分会長は、簪さんを傷つける為にそんな事を言ったんじゃないと思う。どうやら事情があるらしいな」

 簪さんは驚いて俺を見返した。そんな事は考えもしなかったのだろう。

「どうして……どうしてそう思うの?」

 俺はふうと息をつくと、本音に向き直った。

「今の時間、会長は生徒会室か?」

 間髪を入れず本音は頷いた。

「簪さん。その質問に答える前に、会長に確認したいことがあるんだ。ちょっと生徒会室に行ってくる。すぐに話をつけて戻ってくるから、少しの間待っててくれないか?」

 簪さんは戸惑った表情だが、どうにか承諾してくれた。

「本音――」

 俺の言葉が終わらぬうちに本音が答えた。

「お嬢さまに会うんでしょー? 私も着いていくから~」

 むん、と拳を握っているのだろう両袖をぷらぷら揺らして、いつもより強い調子の声だ。

「じゃ、すぐに戻るから」

 俺は本音と共に部屋を出ると、並んで生徒会室を目指した。

 

 目的地への道すがら、俺は本音とそれぞれの胸の内を確認しあうと、おおむねお互いの心算は同じだった。

「まったくあのサボり魔は。俺たち相手には飄々(ひょうひょう)としてるくせに、実の妹相手には……」

 よく考えると、俺も人のことは言えなかった。自分の家族相手に素直だったことがどれだけあったろうか。

「気持ちは分かるけど、私はお嬢さまがああいう言い方になったのも分かるかなー」

 本音は不満そうな顔だが声音は同情的だった。

「姉妹だからこそ素直にゃなれんか」

「あっそれ今言おうと思ったのに~!」

 本音はいい所を取られたと言ってぷりぷりした。

 

 生徒会室のドアを開けるなり、本音が大声を出した。

「たのもう!」

 すぐに中にいた虚先輩がきつい目で睨んだ。

「ここは道場じゃありません。遊ぶなら他へ行きなさい」

 うにぃ~と小さくなる本音に続き、後から入った俺はすぐに言葉を引き継いだ。

「会長はおられますか? 少し話をうかがいたい」

 虚先輩の横を視線で()ぐと、会長がギョッとしてこちらを見た。

「とっ取調べっ? 取調べなのね団長!?」

 忙しいはずなのになんだかダラダラしている様子だ。虚先輩はいい顔をしないだろうが、少しの間連れ出しても影響はないだろう。

「仕事中済みませんが少々お時間を拝借します。本音、出るぞ」

 俺は部屋を出るよう会長に合図すると、もと来たドアに戻った。

「自分が連行されるってなんだか新鮮だわ! もうじき夕飯だしカツ丼が出るわね!」

「自腹でどうぞ」

 退屈していた所に事件が降ってわいたので、面倒な仕事から逃げられて嬉しいのだろう。ウザいくらいにハイテンションだ。

「お嬢さま! ……もう、今週中に終わらなきゃ徹夜ですからね!」

 虚先輩の抗議と会長の放言を聞き流し、本音と会長が出たところで後ろ手にドアを閉めた。

「で? 話って何かしら。取りあえず今はこれといって思い当たる件はないけど?」

「簪さんの件です」

 一瞬会長の顔が野獣のそれになった。すぐにいつもの表情に戻ったので、注意していなければ気づかなかっただろう。

「……一体何かしら? 事と次第によっては――」

 俺は会長の言葉をさえぎって言った。

「本人から話は聞きました。妹さんにこう言ったそうですね」

 俺が簪さんから聞いた言葉をそのままそっくり伝えると、会長は苦しげな表情で壁の一点を見つめた。

「あの子の……簪ちゃんの為だったのよ」

 深く重いため息一つ。その後会長は普段見せない顔で問題の言について語り始めた。

「あなたは詳しく知らないでしょうけど、うちの家系は表に出せない事が多くてね。人には言えない事情だらけなの。でも、そんな闇の部分に深く関わるのは私だけで充分……あの子にまでそんな苦労を背負わせたくない。ただそれだけを願って伝えた、私の胸の内の願いだった……」

 追い詰められたような会長の表情を見て、俺は必要以上に会長と簪さんのプライバシーに食い込んだ事を反省した。いくら放っておけないと感じたとはいえ、家庭の事情まで踏み込んでしまったのはやりすぎだったかもしれない。

 しかしここまで来た以上、逃げることもできない。

「俺と本音も薄々そうじゃないかと感じてはいました。会長は簪さんに暗部の世界に関わらせたくなかったんだろうと」

 俺は言葉を切って本音を見ると、唇を噛み締めた決意の表情を見せた。

「しかし、肝心の簪さんにはそれが伝わっていないんです。単純に全部姉がやるからお前は無能でいろという意味に捉えてショックを受け、会長に不信感を抱いている。かなり辛い思い出だという口ぶりでした」

 驚愕した会長は俺に掴みかかった。

「どういうことよ!? あなた一体簪ちゃんに何を吹き込んだの!?」

 まさか会長がこんなに狼狽(ろうばい)する姿を見るなど想像もできなかった。俺はどうにかなだめようとしたがまるで上手くいかない。

「お嬢さま!!」

 思いがけず凛とした声が響いた。会長は大人しくなり力なく手を放した。

 声の主は本音だった。あいつがこんな声を出せるとは。今日は知っているはずの人間の知らない面をいくつも見せられて驚くばかりだ。

「かんちゃんに謝って下さい。お嬢さまは良かれと思って伝えたかも知れないけど、かんちゃんは意味が伝わらなくてすごく辛かったんです。ちゃんと謝ったあとに、お嬢さまの本当の気持ちを教えてあげて下さい」

 長い付き合いであろう本音の言葉に、会長はやっと自分の立場と何をすべきかを理解したようだった。

「分かったわ……あの子にそんな苦しい思いをさせてたなんて……私は姉失格ね。簪ちゃんに見切りをつけられても仕方がないわ」

 魂が抜けたような会長に俺は首を振った。

「簪さんが本当に会長に見切りをつけていたなら、同じようにISを自力で完成させようなんてしないでしょう。会長と同じことをしようとしているのは、そうすることで会長に自分を認めて欲しいからじゃないですか?」

 会長は俺を見た。

「……そうかしら?」

「そうですよー。かんちゃんはきっと謝ったら許してくれるよー」

 本音のいつもの口調に、会長だけでなく俺も少し救われた気がした。

「そうね……愚痴を垂れるのは後でいいわ。とにかく簪ちゃんに謝りに行きましょう!」

 俺はほっとした。すったもんだの後だが、どうにか簪さんに顔向けできる結果になりそうだった。

 

 

 

「ごめんなさい簪ちゃん! あの時ああ言ったのはあなたを更識の闇で苦しませたくなかったからなの!!」

 寮に着くなり会長は土下座し、簪さんに涙ながらに謝った。簪さんも会長の真意を受けて、泣きながら会長を抱きしめて和解となった。

 本音も感動して泣いていたが、俺はそもそも部外者だしどうにも湿っぽいのは苦手な性質(たち)なので、事の顛末を見届けると水を差さないようそっとその場を離れた。

 

 

 

 色々あったが、どうやら収まるべき所に収まったようで何よりだ。緊張する場面の連続でこわばった体と神経をカフェで存分に緩ませていると、スマホに着信があった。会長からだ。

≪ちょっとどこにいるの? あなたがいないと仲直り記念のお祝いが出来ないでしょ?≫

 すぐに食堂に来なさいと言われて切れた。ちょうど近くにいるし、のんびり歩いて向かうと、大きな円形のテーブル一つを占領した会長たちが多くの料理を囲んで手招きしていた。

「おとーさんはやくはやく~」

「ほら、キミが来ないと始まらないでしょ!」

「今日は……ありがとう。せめてものお礼。私たちのおごりだから」

 俺はテーブルに歩み寄った。へたなレストランのコース料理なんかより遥かに豪勢だ。

「うおっ凄い! ……みんな大丈夫か? こんな豪華なもの頼んじゃって」

 ふふんと会長が立派な胸を反らした。

「ここの払いは更識で受けるから問題ないわよ! どんどん食べなさい」

「お、おおそうですか、それじゃご馳走になりますね」

 それって暗部の経費か? ……まぁこれぐらいは許されてもいいよ、な?

「いただきまーす!」

 言うが早いか本音はでかい七面鳥らしき肉にかぶりついている。ほんと食うときはいつも以上に元気だな。

「ふふ、頂きます」

 簪さんも料理に箸をつけ始めた。会長はそれを見て安心したのか、自分も同じものを皿に盛って食べ始めた。なんかこの人、よく見ると若干シスコンじゃないか?

 俺も遠慮なく頂くとしよう。しかし今日はいろいろと食ってばかりいるな。

 ……だが、ミートローフとローストビーフを取り皿に載せた時、ふとなにかを忘れている違和感に胸がつかえた。

 

 なにか、だれか忘れて――あっ!

 

「会長! 虚先輩はどうしたんですか!?」

 思わず上げた大声に、一同は料理を口に含んだまま凍りついた。

「あふぁあ、すっふぁりわふぅれふぇふぁふぁ」

「食べ終わってから喋って下さい」

 ようやく口の中身を飲み込んだ会長は、開き直った態度でさらりと言った。

「今から電話してあげましょ。虚もお腹空かしてるでしょうし」

 ほんとに変わり身早いな! 忍者だからか?

「別に良いですけど、会長があのあと仕事に戻らなかったのは俺たちのせいじゃないですからね」

 途端に会長は憤慨した。あんたが怒ってどうする!

「なんでそんなに冷たいのよ!? 連れ出したのは音羽くんでしょ? 一緒に叱られてくれても良いじゃない!」

「アホか! 俺は仕事までサボれとは言っとらんわ!!」

 喧々諤々の争いにも本音は一心不乱に料理をむさぼり、簪さんは驚きと呆れの表情で俺と会長の言い合いを見つめていた。

 

 会長のいい加減さにほとほと呆れた俺は、もうこの際虚先輩に了解を取って簪さんにも生徒会に入ってもらい、会長の仕事ぶりを監視してもらおうと思った。

 その背後に、分厚いファイルをいくつも抱えた虚先輩がゾンビのように忍び寄っている事も知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




私事が重なり、投稿が遅れてしまいました。
やっぱり四、五日ごとは厳しいかなあ。
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