―― 大友 ――
『アウトレイジ』
「生徒会の人数を増やすって言っても、簡単に選ぶわけにはいかないのよ」
会長はデザートのパフェをスプーンですくいながら言った。
「IS学園生徒会は、教職員と協力して学園内の治安や発生した問題への対処、特定生徒の安全確保なども、仕事である生徒自治に入るの。そうなると学園内で仕事を任せられる信頼の置ける人はなかなか少ないのよ」
その『特定生徒』っていうのは男子の事よ? 貴重な男性IS操縦者だもんね。会長は俺の目を覗き込むようにしていたずらっぽく笑った。
どうも生徒会の異常な多忙さを改善する道は険しいようだ。俺は食後のコーヒーを飲みながら会長の言葉に耳を傾けていた。8時からお願いしてある山田先生の銃器講習と射撃訓練までまだ2時間近くある。
ちなみに貴重な男子のもう一人からは救援要請らしき着信が入りまくりだがマナーモードで無視している。たまにはお前も自力で頑張れ。
「……そんなに大事な仕事があるのが分かっていて戻ってこなかったんですね」
一方で虚先輩の声は氷よりも冷たい。怒って当然か。10分かそこらで戻る予定だったのに、あのまま簪さんや本音とくっちゃべった後、俺も呼んで仲直りパーティやって気がつきゃ2時間近く経っているんだから。
「待って! 怒らないで虚ちゃん! 簪ちゃんと久方ぶりの気の置けないひとときだったのよ? 今までの失われた時間を取り戻すにはこれでも全然足りないのよ!!」
相変わらずの言い訳だがいつもとは雰囲気が違う。単にサボりたいだけではなく、もっと大事な何かのために必死という感じだ。気持ちは分からんでもない。ずっと姉妹同士で抱え込んできたわだかまりがようやく氷解したのだから。が、ちょっと妹との時間に執着し過ぎじゃないか?
しかし俺からすれば多少敬意を感じるのも事実だった。考えてみれば物心ついて以来、妹と素直に接した事なんてあまり覚えがない。ましてや勇気を奮って自分から過失を謝りにいくのは……。
俺には一生出来ない事かも知れない。
しかしいい加減虚先輩が静かにキレそうだ。多分この人が仕事を投げ出したら、生徒会は機能停止してしまうだろう。というかこの人がほぼ一人で生徒会切り盛りしてんじゃないの?
「気持ちは分かりますが、簪さんとは和解したんだしこれからいくらでも機会はあるでしょ? あんまりサボってたら折角仲直りした簪さんに愛想尽かされますよ?」
俺は取りあえず仲裁に入ってみた。ちらりと簪さんを見ると、えっという表情の後に、おずおずと口を開いた。
「まさか! 簪ちゃんに限ってそんなこと――」
「ちゃ、ちゃんと生徒会の仕事……した方がいいと思う……虚さんも……困ってるし」
「ほら! ……えっ?」
会長のドヤ顔にひびが入った。
「そら見なさい。妹にカッコ悪いとこばっか見られてどうすんですか。少しは生徒会長らしい所を見せなきゃダサい事務員で終わっちゃいますよ?」
実は以前から会長の制服は何かのアニメで見たアイドル事務員みたいだと思っていた。
「誰がダサい事務員よ!? これはスーツをイメージしたベスト風なのよ!」
会長は襟を引っ張りながら抗議した。そうだったのか。どうでもいいけど。
「じゃあこの後はちゃんと仕事に戻りますよね? このままだらけてたら簪さんの見てる前で虚先輩にボロクソ言われますよ?」
「くっ、分かったわよ、もう!」
やっと生徒会の仕事も回りそうだ。会長は生徒会役員でもないのに生意気だわとかブツブツ言っている。肩をすくめて虚先輩を見ると、先輩はやれやれという感じでため息をついていたが、俺の視線に気づいて会釈した。
「……いいですね、お嬢さま? それを食べ終わったら一緒に生徒会室に戻りますよ。それから本音も」
急にお鉢が回ってきた本音がビクンと跳ねた。
「え、えー? 私はいいよ~」
「駄目、いい加減きちんと仕事を回せるようにしないと。私とお嬢さまが卒業したら、簪さまと本音が生徒会を引き継ぐ事も考えなければいけないのだから」
うにぃ~と縮む本音を厳しい目で見る虚先輩が、ふと俺の方を見た。
「そういえば私からのお礼はまだでしたね。お嬢さまと簪さまの和解を取り持って頂いて、誠に有難う御座いました。本音、あなたからもきちんとお礼は伝えたの?」
「あーもう
本音がまた縮んでしまうので、俺が適当に取り繕った。だいたい今さら水臭い話だ。
「そうですか。ふふ」
俺の方を向いた虚先輩は穏やかな笑顔を見せた。見抜かれたかな。
しかしすぐに真面目な顔で俺に質問した。
「そういえば急な質問で失礼ですが、音羽くんは交渉術や人心
虚先輩の目は本性を見透かそうとでもするように俺を捉えて放さない。言動からすると、どうも俺が人を上手く操っているのではないかと疑っているようだ。
「いや、あいにく学のある人間でもないんで」
事実その通りだ。俺に人を操るような知識や技術なぞない。そもそもそんなもんがあったら、入学以来こんなにトラブルに見舞われないよう周囲をコントロールできるわな。
「そうですか? しかしあなたの入学後の活躍を見ていると、何かあるように思えてなりませんが。……これまでの経験か何かで、音羽くんに大きな影響を与えたものはありませんか?」
そう言われて首をかしげた。言うほど活躍してるか俺? それに大きな影響のある事なんて、ISが動いてここに入学するまでのゴタゴタくらいしか浮かばない。
「多分それではないんですが……それ以前には?」
それ以前といえば、女尊男卑で世の中おかしくなって小中学時代校内で男女のトラブルが激増した事ぐらいだ。バカが増長し下らん事で罵声が飛び交い一ヶ月ごとに暴力沙汰があった。本当にろくなもんじゃなかった。
「……大変でしたね。その当時になさった苦労が、現在の音羽さんを形作ったのでしょうか?」
それはどうだろう? 確かに影響は大きいかもしれないが、それだけで今の自分が出来上がったとも思えない。もしそうなら、女性に強烈な不信感だけで接して今は孤立してそうだ。少なくとも義務教育当時も、まともな女子はまともだったし、度が過ぎる奴は大概オラついた男子にボコられて問題になっていた。ボコった奴は転校したが怪我した方も割に合わないだろう。
「うーん、それもあるかもしれません」
今のお前はどうやって出来た? 何に影響されてそうなった? そんな事を言われてハイこれですなんて言える奴がいたら見てみたい。……いや、一夏とかセシリアは案外サラッと答えそうだ。一夏はメッチャ短く単純で、セシリアはこないだの新聞部のインタビューみたいにダラダラと長くなりそう。
しかし今日はやたらと俺の過去を訊かれる一日だな。俺は少し冷めたコーヒーを飲み干した。
「ふっふっふ、私はちゃーんと知ってるわよ! 今の音羽くんがどうやって生み出されたかをね!」
いきなり会長が得意げに胸を反らした。あんた一体何をどうやって調べた?
「えー? お嬢さまほんとにわかるの~?」
「……お姉ちゃん……入学してから知り合ったばかりの人なのに……?」
「本当ですかお嬢さま?」
会長はドヤ顔のままテーブルに着く全員の顔を見回した。
「……それで、具体的に俺の何を知ってるんですか?」
会長はニヤニヤしながら俺を向いた。
「本人のプライバシーだから詳細は伏せるけど、音羽くんの好みは大体把握してるのよね~。入学以前の趣味
ゲッ!! おいこら暗部やって良い事と悪い事があんぞ!? ……って教職員もって、織斑先生とかも知ってるのかよ……まったくプライバシーも糞もねぇ……。
「しっかし映画とドラマのBDとかDVDだけでも結構な数よねぇ……本と漫画も多いけど。息抜きや趣味も良いけど、あんまりISの方も手を抜いちゃ駄目よ?」
……ムカつくなぁ。言ってる事は正しいけどさ、人の個人情報覗いといて何言ってんだこいつとしか思わん。
軽く仕返ししてやるか。
「簪さんや本音にも同じ事してるんですか?」
調子に乗っていた会長が突然フリーズした。
「えっ? いっいえそそんなことはななないわよ?」
急に目を逸らしどもり始めた。……これは完全にヤッてますな。
「お嬢さまー?」
「……姉さん、それ本当?」
会長を見る二人の目が途端に冷たくなった。ざまみろ。
「ちっ違うのよ簪ちゃん! これはあくまで当人の安全と健全さを保障するための措置で、決して興味本位とか心配でつい覗いたとかそんな事は決してないの!! ほんと、ほんとなのよ!?」
……ちょっと同情したけどやりすぎじゃバカタレ。
「お嬢さま、さすがに簪さまに対してそれはいかがなものかと」
虚先輩にまで言われてしまった。
「ちょっと! せっかく仲直りしたのに簪ちゃんから冷たい目で見られちゃったじゃないの! 音羽くんのせいよ!?」
会長が慌てて俺に絡んできた。知らんがな。
「あ、俺そろそろ山田先生の訓練があるんでこれで失礼しますね」
俺はコーヒーカップを置いて立ち上がった。本当はまだ1時間半も余裕があるが、必要とはいえ俺の個人情報を覗いてその上ネタにした会長にはしばらく針のムシロを体感してもらおう。簪さんもさすがにこれぐらいの事でまた会長との間に深い溝を作ったりはしないだろうし。
浅い溝は出来るかもしれないけどな!
「本日は有難う御座いました。よろしければまた生徒会室にいらして下さい。歓迎いたしますので」
「……今日は……ありがとう」
虚先輩と簪さんが声を掛けてくれた。いまだにこれだけの事で結構照れてしまう。
「ええ、じゃあまた」
まあ気の利いた返事も出来ないけれど。
「音羽くんまさかほんとにこのまま行かないわよね!? ねえお願いだから簪ちゃんたちに誤解を解いて! これじゃまた簪ちゃんに嫌われちゃうわよ!!」
会長があんまりうるさいので、テーブルを立ち去ろうとした動きを一旦止めた。
「誤解を解くもなにも、勝手にプライバシー覗いた事謝ったらいいじゃないですか。あとは簪さんたちにお詫びに何かしたらどうです? 高いもの
むうっとした表情の会長はかなり不満げだ。私は何も悪い事してないのにと顔に書いてある。
「音羽くんや簪ちゃんのことを思ってやむを得ずのことだったのに、もう!」
そうじゃねーだろ。やってる事自体は褒められたもんじゃねーっつうの!
俺が渋い顔をしていると、会長がどこか納得のいかない口調で話しかけてきた。
「……ねえ、なんだか音羽くんって私にだけ厳しくない?」
「気のせいですよ。それじゃあ」
理由を考えろ理由を。俺は会釈してその場を離れようとした。
「じゃあ私も一緒に訓練行くね~」
本音が自然と一緒について――来れなかった。しっかりと腰周りを虚先輩に掴まれている。
「駄目。さっき言ったでしょ。そろそろ生徒会の仕事を覚えなさい」
「やだー! 今日はおとーさんと一緒に行くの~!」
手足をバタバタさせている様は子供のようだ。いつだったか前にもこんなの見たな。
「本音、駄々っ子みたいなこと言っちゃ駄目……私も一緒に手伝うから」
簪さんが助け舟を出した。でも初めて会った時はかなり控えめで消極的な印象だったのに、姉に対する心のしこりが取れたら少し明るく行動的になったように見える。
「ほら本音、簪さまもこう言っているのだから」
「うー、分かったよお姉ちゃんにかんちゃん」
どうやらこっちも落ち着いたようだ……しかしこのまま俺だけ去るのもちょっと、なんかあれだよなあ。
ふと見ると、会長が滅茶苦茶期待のこもった目でこちらを見ている……すっごい見てる! 目ヂカラ全開だろあんた!?
「じゃあこれで」
俺が背を向けると会長の絶叫が背後に響いた。
「何でよ!? ここは一緒に手伝おうかなってなる流れでしょ!? 空気読みましょうよお姉さんそういう子キライよ!?」
俺はすぐ振り向いた。
「冗談ですよ。ちょっと約一名の態度が感心できなかっただけです」
約一名って誰よと怒る会長を無視して虚先輩に向き直ると真面目な顔をつくった。
「俺も出来ることがあればお手伝いしますよ、あと1時間ぐらいは余裕があるので。まぁ大した事は出来ないんですが」
「助かります。正直手の足りない状況ですので」
虚先輩の返事を聞くと、本音と簪さんを交互に見ながら、もうしばらくよろしくなと言った。
本音は喜び簪さんもはにかんだような笑みを見せた。会長はほらやっぱり時間あるじゃないと文句を言い、遊びじゃないんだからビシビシいくわよとすごむと虚先輩に睨まれてしぼんだ。
生徒会室に行く前に本音たちが最後のデザートを食べ終えるのを待つ間、虚先輩が持ってきた幾つもの分厚いファイルが視界に入った。虚先輩あれ今週中って言ってたな。今日木曜日だぞ?
早まったかも……。
その後みんなで生徒会室に到着すると、虚先輩は手早くファイルを広げてゆき、大量の伝票らしきものや書類を分類ごとに説明すると、俺たちにテキパキと作業内容を教えて役割を分担させた。
俺は指示された伝票にひたすら生徒会の承認印を押してゆくだけの係だったので困ることはなかったが、本音は未決済と決済ずみの書類の仕分けや、どの場合会長に裁可をもらう必要があるかなどの
押印する伝票だけでもかなりあり、それが終わったら会長が未署名の書類について様式ごとに分ける本音の作業の一部を手伝うことになっていた。俺は機械になったつもりでひたすら決められた箇所にゴム印を押していったが、少しの休みを入れつつ全ての押印が終わる頃には7時半になっていた。
もう少し手伝ってあげたいが、そろそろ射撃訓練場へ行って山田先生と訓練の準備をしないとならない。
「済みません、そろそろ山田先生の訓練があるのでおいとましますね」
これ終わりましたので、と伝票を渡すと虚先輩が軽く頭を下げた。
「お疲れ様でした。今日は色々と有難う御座います」
簪さんや不平たらたらの会長にも挨拶し、部屋を出ようとすると本音の声が引きとめた。
「えーもう行っちゃうの~? お姉ちゃーん続きは明日するから今日はもういいでしょ~」
本音がまた駄々をこねだした。
「本音、音羽くんを困らせるような事言わないの。後1時間したら休憩だから」
虚先輩先輩が叱ったが、本音はまだ不満そうだ。簪さんも書類を整理しつつも本音と虚先輩のやりとりを見ては、少し難儀な顔をした。
どうせ訓練の後すぐ寮に戻っても一夏の家事を手伝わされるだけだ。ため息をついて俺は口を挟んだ。
「今日は銃の基礎講義と射撃体験みたいなもんですから9時に終わりますし、その後でよければまた来ます」
全員が振り向いた。虚先輩と簪さんは申し訳無さそうな顔で、本音と会長は同時にやったーと声を上げたが、二人で明らかに意味合いが違うようだった。
「気を使って頂いて……でも恐縮ですがお時間をお借りして良いなら是非に」
「ごめんね、関係ないのに……ありがとう」
「わーいありがとー! 仕事終わったらケーキの残り一緒に食べようね~」
「二人ともケーキって何よ? それは後で追求するとして、この際生徒会役員になっちゃいなさい! ね? ハイって言いなさい!? ねっ!!」
虚先輩、簪さん、本音……あとついでに会長から返事をもらうと俺は一旦生徒会室を離れ、一人射撃訓練場へと向かった。
教習用のディスプレイに代表的な2種類の拳銃、オートマチックとリボルバーの拡大イメージが写った。さらに手前のテーブルには赤や青に塗られたプラスチック製の教練用模擬銃がいくつか置かれている。
「はい、それではまず基本的な拳銃の構造と取扱い方法から始めましょう。あ、その前に憶えて欲しい一番大事な事があります」
山田先生は今思い出したとばかりに慌てて話を変えた。
「それは、銃口を絶対人に向けない、撃つとき以外決して引き金に触れない、銃は常に弾が入っているものとして扱うの三つです! この三つだけは今日しっかり覚えて帰ってくださいね?」
「はい!」
俺じゃない男子生徒がバカみたいな大声で返事した。
「はい、いいお返事ですね! 出来れば授業中もそのくらい元気よく答えて頂けると助かるんですが……」
山田先生の笑顔がちょっと複雑なものになった。気持ちは分かる。こいつがISの授業中いい返事が出来た試しがない。いくら難しいったってたまには自分から予習したらいいのに、織斑先生の特訓が終わった途端にサボり倒しだ。
でも俺の胸中の方がずっと複雑だぞこのやろう。
俺はそのわだかまりの原因を張本人にぶちまけた。
「おい一夏、なんでお前がここにいるんだ?」
さっきからベレッタの模擬銃をもてあそんでいる一夏に俺は苛立ちを隠さず尋ねた。
「だって三治ずっとスマホに掛けてるのにぜんぜん出なかったじゃないか!? おれ一人で大変だったのに。千冬姉に聞いたら、三治は今ピストルの訓練で山田先生と一緒だって言うからさ」
それを聞いた箒とセシリアがさらにたたみかけた。
「一夏! 急に千冬さんの所へ行くかと思えば……お前は篠ノ之流があるのだから、こんなもの必要ないだろう!?」
「一夏さん? 射撃を教えて欲しいのならそう
訓練の準備を終えて、山田先生の前に座る俺の右に一夏、さらにその右に箒、俺と一夏の間に後ろから首を割り込ませて話しかけるセシリアという構図が、基礎講義の最初から続いていた。
俺はほとほとうんざりして苦言を垂れた。
「あのなあ、俺は必要だからわざわざ山田先生に時間割いてもらってんだ。遊びで来てんなら寮戻れよ」
箒とセシリアは黙り込んだが一夏はうるさかった。
「冷たいこと言うなよ! 放課後ずっと箒とセシリアがうるさくて落ち着かないんだって」
化学反応のように二人が声を上げた。
「一夏!
「一夏さん、それでしたらご一緒に私の部屋でゆっくり紅茶でも」
「あ、あの今は音羽くんの講義の途中ですので、あの」
山田先生はどうしていいかわからずにオロオロしている。俺はもう自重する気はなかった。
「お前ら邪魔するならとっとと寮に戻れ! 迷惑なんだよ!!」
腹から出す声で怒鳴ると全員が驚いて静まりかえり、睨みながら顎で出口を示すとうなだれてとぼとぼと出て行った。
「で、ではその、続きをします……か?」
「お願いします」
俺の急な大声でおどおどしている山田先生に、強く促した。
ようやく再開した講義の続きを聞きながら、さすがにあいつらも
俺自身がある程度の知識はあったので、一夏たちの脱線を差し引いても基礎講義自体はスムーズに終わった。最後に初心者向けの22口径のオートピストルとリボルバーを撃って、今夜の訓練の締めくくりとした。
山田先生に手伝ってもらってシャーペンの半分くらいの太さしかない小さな弾薬をマガジンに詰めてゆく。ちっぽけな22口径とはいえ、俺にとって実銃を撃つ初めての体験だ。正直言って心が躍る。何が何だか分からぬままISに乗っかってフラフラ動くのとはわけが違う、生身で経験する興奮と没入のひとときでもある。しかしこんな事を言ったらここの教師も生徒も呆れるか怒るだろうな。
射撃ブースに入り、オートマチックにマガジンを下から押し込み、後退したままのボルトを前進させる。
生来のガンマニアである俺としては待ちに待った瞬間だが、これは遊びではない。ひたすら無心に安全確実な操作を続け、深呼吸の後に軽く吸った息を半ばまで吐くと、山田先生の指示でトリガーを絞った。
パンという爆竹より少し上等くらいの音がしてわずかに銃が押される感触がすると、10m先の人体標的の同心円に小さな穴が開いた。
「あっ、だいぶ中心に近いですね! 筋がいいと思いますよ!」
山田先生の声も、その時は耳に入っていなかった。俺は水を得た魚のようにオートとリボルバーを順番に撃ち、用意した100発の弾薬を消費する頃には経験と知識からくる射撃の勘を体に染み込ませていた。
射撃後に
「音羽くんは射撃の才能があるかもしれませんね。……でも、その、なんと言いますか」
なんだか言いにくそうな事がある様子で、山田先生は俺の顔をチラチラ見ては目を逸らしていた。
「えっと、なんでしょうか?」
何かまずい事をしてしまっただろうか。俺は不安になって聞いてみた。
「いえ、別に大したことじゃないんですが、音羽くんは銃を扱う時、どう言えばいいのか、ひどく目つきが尋常じゃないというか、あの、集中していることは大変よろしいのですが」
なんだか殺し屋みたいで恐いような、と言って慌てて山田先生は気にしないで下さいと連呼した。
「はあ……」
間抜けな返事をした俺は、IS学園に入ってからこっち自分は教師にちゃんと評価されたことが無いんじゃないかと、ここ十日間ほどを思い返した。
山田先生にお礼を言って、一緒に射撃訓練場の施錠を確認してからスマホを見た。時計は9時を過ぎている。取りあえず本音に電話してみた。
≪もしもしおとーさん? すぐ来て!≫
それだけ言うと切れてしまった。
何かあったのか、よく分からないが生徒会室へ急ぐ事にした。また会長がぐだぐだしているのか、それとも本音がとうとう根を上げたのか……。
生徒会室のドアを開けると、紅茶とケーキの香りが鼻をくすぐった。
「だから! これは私と簪ちゃんが分けるって言ってるでしょ!?」
「姉さん……虚さんも一つも食べてないんだし……」
何が起こったのかと来て見れば何のことはない、俺や簪さんが食べた後に残った3つのケーキを誰が食べるかで揉めていただけだ。
しかも一番わがまま言ってるのが会長なのだから困ったもんだ。明日買えばいいだろ。
でも12個も買ったのに、もう3つしか残っていないとは。俺と簪さんが2つずつ、本音が5つで計9つ食べたから、それだけしか残ってないのか……だから本音は食べ過ぎだと言ったのに、あいつの胃袋はどうなってるんだ?
「あっ、おとーさん! お嬢さまとお姉ちゃんがどれを食べるかで揉めてるの~」
本音の困り顔にも呆れてしまう。もともとお前の食べ過ぎも原因の一つだぞ。
「お嬢さま、お言葉ですが私にも食べる権利があると思います。そもそも嬢さまが仕事を遅らせて私や本音に負担をかけてきたのは今回ばかりではありません」
平然と言い返す虚先輩に会長も挑戦的な視線を送る。
「虚ちゃん? 更識家当主に逆らうつもりかしら?」
「あの、二人とも」
「私とて疲れた身、甘味を所望するのは当然です」
虚先輩も受けて立つ所存だ。……暗部の家系ってのはケーキ1つにも命を賭けるのか?
「あんたらいい加減にしなさい! ケーキぐらい明日買って食べればいいでしょ!?」
俺が声を荒げると二人がようやくこちらを向いた。
「丁度良かったわ音羽くん。このケーキはキミが買ってきたんでしょ。生徒会長である私がまずケーキを食べる権利があるわよね?」
「音羽くん丁度良かったです。
色々ガッカリした。特に虚先輩に。そこまでショートケーキに執着するか? しかし会長の不在と怠慢で今日大変だったし、甘いものぐらいは食べたいだろう。
「ホラ音羽くん、私と簪ちゃんがこのケーキを分けるべきだと言いなさい! 本音ちゃんも音羽くんも充分食べたでしょ!?」
「お嬢さま、立場を利用しての強要は信頼を無くしますよ? 気遣いの出来る音羽くんは私に譲ってくれるはずです」
……IS学園女子のスイーツ好きは異常だ。一種の精神疾患ではなかろうか? ちょっと恐い。
だがこのまま放っておくわけにもいかないし。
「その、いちごショートですか? それは虚先輩がどうぞ。残り2つは後の4人で分けましょう」
虚先輩は満足気に胸を張り、会長はムキーッとお猿さんのように歯ぐきを剥いて
「では頂きましょう。その前に皆さんに紅茶をお入れしますね」
虚先輩が丁寧な手つきでティーカップを用意し、全員にポットから注いで回った。
「なんで私じゃないのよ!? 私がこの場で立場が一番上のはずでしょ?」
「本日最大の苦労人は虚先輩でしょ? サボり魔の会長をなだめすかして仕事させ、本音に仕事を覚えさせ全員に作業を割り振って、今日大変な思いしかしてないじゃないですか。会長も今日はまだケーキは食べてないけど仲直りパーティで美味いもの食べたし、何より俺が言わなきゃ虚先輩ほったらかしだったじゃないですか」
「そ、それはそうだけど、女子としてここは譲れないわよ!」
あんたほんとに暗部の当主か? もうケーキ屋に転職しろよ!
「他のを簪さんと半分こしたらいいでしょ? 買った店教えますから、また時間のある時に買って簪さんとたくさん食べればいいじゃないですか」
シバいたろかという想いを封印し、意識して静かにゆっくりと噛んで含めるように言い聞かせると、しょうがないわねえ今回はキミの顔を立ててあげるわよと恩着せがましい答えを吐いてよこした。
虚先輩が紅茶を入れ終えると、ティーバッグでは味わえない豊かな香りが広がった。お蔭で俺のイラつきも幾分和らいだ。ケーキもいいが、紅茶も期待できそうだ。
「では頂きましょうか」
いつもより余裕のある態度の虚先輩が言うと、ティラミスを乗せた皿を持った本音が隣に座った。
「一緒に半分こしよ~」
寮から持ってきたのか、フォークを俺に渡すと三角形のケーキをすっと2つに切った。
「いただきま~す」
ケーキを口に運んだ本音を見て、俺も自分の分をフォークで口元に持っていった。
……よく考えたらこういうのって、何日か前の自販機のジュース以来だよな。
本音の顔を横目で見つつ口に入れた。
……甘いなぁ。うん。
「おいしかったね」
「うん」
本音の声に俺はしっとりとした味わいを舌で包んでから答えた。
「この抹茶のケーキ結構美味しいわね! 今度一緒に買いに行きましょ」
「そうね、姉さんの時間のあるときに」
「だーいじょうぶ! 簪ちゃんの為だったら時間なんていくらでも作るわよ!」
虚先輩の向こうでは簪さんとケーキを分けて食べる会長が
今は虚先輩も会長の無責任発言を気にしていないのを確認しつつ紅茶を飲む。とても美味しくて驚かされた。
「おいしいでしょー? お姉ちゃんは紅茶を淹れるのが上手いんだ~」
「そうなんだ。どうりで美味しいわけだな」
本音と俺の会話に、虚先輩は少し照れ臭そうだった。
みんなリラックス出来てよかった。後はやっかいな仕事があまり残ってなければいいが。
「それで虚先輩、あとどれぐらいで終わりそうですか?」
先輩はビクッとして静止してしまった。
「あの……」
軽く咳払いすると、若干うつむきつつ言った。
「後はまぁ、単純作業だけなのですが……」
急に会長が割り込んできた。
「ちょっとそれは本音ちゃん達だけでしょ!? 私はまだ署名と承認の為の確認の書類が山ほどあるのに!!」
虚先輩は会長から顔をそらした。
「お手伝い頂きたいのは単純作業のみです。量はありますが本音と簪さまも一緒にやりますので、後1時間ほどお付き合い願えればと」
「聞いてる? 私だけ日付が変わるまで仕事があるじゃない! なんでみんな10時半位で終わっちゃうのよ!? 私の方も手伝うべきでしょ!」
虚先輩がジト目で会長に向き直った。
「音羽くんがいなくなった途端、簪さまと雑談を始めたのは誰ですか? それで作業が停滞したのが遅くなった原因でしょう。そもそも普段から放課後一定量の作業をこなしていれば――」
「あーもうお説教は聞き飽きたわ! どう考えたって私の作業量だけ多すぎよ!? 出来る範囲でいいから私の方も手伝ってよー!!」
今度は会長がバタバタしだした。俺はその様子がどっかのアニメの女神だかにそっくりなのを思い出した。残念な形でファンタジー世界に降臨しちゃったやつだ。
……って、俺がいなくなった途端にくっちゃべってたのか。これじゃ簪さんを生徒会に入れると逆効果だなぁ。おまけに本来生徒会に関係ない俺が目を放すとサボるって……ダメだこりゃ!
「出来ません。みだりに関係者以外には見せられない内容が多いですし、お嬢さまが可否を決めなければならないものばかりですから」
虚先輩の声はいつもの冷静さを取り戻していた。
会長は仕事ばっかりヤダヤダーと騒いでいる。俺は会長の作業量をそれとなく虚先輩に尋ねてみた。
「あのファイル全部です。でも今日は一番上のだけでも終わらせてくれれば、それでも構わないのですが」
俺が虚先輩が指差す方を見ると、会長席の前にA4サイズの10cmぐらいあるファイルが5つほど重なっていた。
あっ……あれは俺でも逃げたくなるわ。
「もう嫌! 簪ちゃんと一度寮に戻って仮眠するわ! 残りは明日の早朝やれば良いじゃない!」
会長は簪さんにしがみついている。もうどっちが姉かわかんねえよ。
「姉さん……虚さんも困ってるし……出来るだけやらないと」
困惑の表情で会長をなだめる簪さんは俺の顔を見た。……弱った。どうしたものかな。
「お嬢さま、これ以上皆様を困らせないで下さ――」
「あー虚先輩、会長って仕事の休みはあるんですか?」
虚先輩の言葉を遮って尋ねた。
急に話し掛けられて虚先輩は少し怪訝な顔をした。
「いえ、ここの所仕事が立て込んでまして、最近は一ヶ月近く休みが有りません」
つまり、学校が休みの日も出てるのか?
「それは、日曜祝日も?」
「はい」
虚先輩の声は平常通りだ。
「そりゃ……逃げ出しますよ……」
思っていた以上にぞっとしない話だった。生徒会だけのために一ヶ月全然休めないって、女子高生ならかなり辛いだろう。それも普通の高校生よりずっと忙しいIS学園の生徒でロシア国家代表だろ? その上暗部の当主って……滅茶苦茶な話だな。俺なら最低でもどれか1つは辞める。
取りあえず、ある程度の休みを挟んでやらなきゃ心身ともに保たんよ。
「虚先輩、少し会長に休日を作りませんか? こんな調子じゃどれだけ叱られても本人のやる気が続きませんよ。まず最低限急ぐ仕事のみを済ませて、次の日は羽を伸ばさせたらどうでしょう」
とりあえず、今週中のやつだけ終わらせるとか。そう提案すると、虚先輩は悩む顔になって答えた。
「私もそう考えなくもないのですが、お嬢さまがさっぱり仕事を進めて下さらないので……」
にっちもさっちも行かなくなってしまったのです、虚先輩はそう言って会長をまたジト目で見た。
おいとっつあん、せっかくあれこれ考えてもあんた全部パーにしてくれてるな?
「……姉さん」
「ち、違うの! ただ少し息抜きを、とか考えたらいつの間にか何時間も過ぎていて――」
呆れ顔の簪さんに必死の弁解で会長の顔は汗だくだ。
いい加減
「分かりました。じゃこうしましょう! 今度から会長は虚先輩が良しという所まで仕事を終えれば、次の日は休みをもらう。その代わりもしサボったり逃げたりすれば……」
俺の強引な主張に全員がこちらを向いて息を飲んだ。
「に、逃げたら……どうなるの?」
冷や汗をにじませる会長の引きつり顔に俺は笑顔を見せた。
「織斑先生に言ってシバいてもらいますね! まぁ会長なら死にゃせんでしょう。専用機があるなら絶対防御が働くでしょうし」
織斑先生には俺から話を通しておきます。そう言った直後に全員の血の気が引いた。無論一番青い顔は会長だ。
「そんな! 音羽くんは私がどうなってもいいの!?」
「そうですか、音羽くんのお
愕然とする会長の横で虚先輩は涼しい顔でいる。痛い目に遭う立場かどうかで天国と地獄の差だ。
すっかり意気消沈していじけている会長に、簪さんがとりなした。
「姉さん、頑張ったら次の日はお休みなんでしょう? それにこれ以上虚さんに迷惑をかけられないんだから」
会長ははぁ~あと大きく深いため息をつき、ようやく顔を上げた。
「分かったわよ。簪ちゃんに心配はかけられないし、この辺が折り合い時よね」
どうにか会長も受け入れてくれたようで、虚先輩もほっとした様子だ。
しかし直後に会長は俺に人差し指をビシッと向けた。
「ただし! 音羽くんの勝手な判断で織斑先生をけしかけるのはよしてよね!? 先入観や思い込みで初代ブリュンヒルデの体罰受けてたら洒落にならないわよ」
虚ちゃんが怒った時だけにしてよねと釘を刺した。まあ当然か。
俺が了解すると、あーもーこれから大変よと会長はぐったりし、虚先輩はさあラストスパートですよと緩んだ空気に発破をかけた。
再び退屈で地味な作業が始まった。俺、本音、簪さんの3人は追い込みをかけてさっさと終えてしまおうとしている。会長は虚先輩に最低限終えるべき作業を厳命されて、明日は簪ちゃんと遊ぶんだからとぶつぶつ言いつつ仕事を手に付け出した。
もう後10分足らずで終えられそうだという時、またスマホが振動しだした。
「電話だったら出ていいよー、もう終わっちゃうもん」
本音の言葉に出ない訳にも行かず、しぶしぶ一夏からの着信を確かめて出た。
≪三治! 今どこだ!? たのむ、さっきのは謝るから早く戻ってきてくれ! 二人が三治の代わりに一緒に寝るといって聞かないんだよ!≫
あいつら全然懲りてねえな! 隣が誰の部屋か知らんのか?
≪織斑先生呼んでこい!≫
それだけ言って切ろうとしたら、怒声が響いたかと思うと二つの痛そうなゲンコツの音が伝わった。
≪あっ千冬ね――いてっ!!≫
その後の助けを求める悲鳴に、生徒会の手伝いが終わり次第戻ると言って切った。
「誰だったの~?」
じーっと本音が俺の顔を見つめてきた。何を気にしてるんだ。
「一夏だよ、箒とセシリアが一緒に寝ようとして織斑先生にぶん殴られたらしい」
言いながら会長を見ると、嫌々仕事をしていますという顔が引きつり、作業速度が急上昇した。
俺が笑いながら作業に戻ろうとすると、虚先輩がいつになく真剣な顔つきで俺を見た。
「音羽くん、真面目な話本当に生徒会に入ってもらえませんか? お嬢さまがこんなに真面目に書類仕事に取り組む姿は初めて見ます」
音羽くんさえ生徒会室に居てくれれば、ずいぶん助かるのですが。熱心にそう口説かれて、俺はこの生徒会の運営がいかに危うく過酷か再確認させられた。
俺がここに来なけりゃ、いったいIS学園の生徒会はどうなっていたのか?
聞くのも野暮だろうが、疑問に思わざるを得なかった。
執筆にモタついてるうちにUAとお気に入りがすごく増えてる!
評価もオレンジ! みなさんありがとう!
しかし14話にして酢豚の子もまだ登場していないという事実。どうしてこんなことに……。