さらばIS学園   作:さと~きはち

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 自分が永遠に対応できない、耐えられないこと……ようやく、鮮明、確実に理解できた……それは自己蔑視である
 
 ―― シッド・ハレー ――

   『利腕』


過去を逃れて

「頼む三治! おれと付き合ってくれ!!」

 IS学園の一日は朝からエキサイティングだ。

 朝食後に教室へ駆け込むなり、一夏は本音たちと喋っていた俺に飛びついた。痛えよ!

 たちまちクラス中が沸き返り、そこかしこで薄い本が厚くなるだの責めと受けがどうのと大騒ぎになった。止める者も居ないから耳が痛くなるほどの金切り声で教室のガラスが割れそうだ。

 それより問題なのはきっと、こんな展開に慣れきってしまった自分自身だろう。今後どうなるかも、一夏がこの後何を言い出すかもおおよそ想像はつく。

 こんなドタバタを今後防止する手段はさっぱりわからんが。

 予想通り後から追いついた箒とセシリアが一夏の声を聞きつけ駆け寄った。

「一夏……いつも私より誰より三治を優先するのを不自然だと思ってはいたが、まさか衆道(しゅどう)に走るとは……そうか、分かった。黄泉の国で結ばれよう。なに、苦しむ事はない。一瞬でことは済む」

「い、一夏さん!? いいいちかさささん!? Oh my goodness(なんてことでしょう)!!」

 箒は全てを諦めたような表情で暗い声を絞り出し、セシリアはあまりのショックに母国語が出ている。

 本当にどうしようもない方向へ話が進むので、クラス全員を代弁して俺が尋ねた。

「それで、付き合うってどこへだ?」

「買い物に決まってるだろ? 今日やっとアレが届くんだよ、放課後すぐ材料を買いに行かないと」

 一夏はケロッとした表情で返事した。すぐ後ろでいつもの二人がある種の感情を突き抜けさせているのに気付きもしない。

 一夏と俺のやりとりに最悪の展開とはかけ離れたものを感じて、二人は少し落ち着きを取り戻した。

「……一夏、あれとはなんだ?」

「い、いちかさん? 材料とおっしゃるのは?」

 ようやく一夏が振り返り、箒とセシリアを見た。

「今日届く炊飯器だよ。ネット注文した奴がやっと来るんだ。だから今日食材買っておかないと週末料理できないだろ?」

 むしろ一夏に必要なのは同じ『しょくざい』でも贖罪の方かな?

 勘違いに気付いた二人は途端に大声を張り上げた。どちらも顔は真っ赤だ。

「紛らわしい言い方をするなっ! て、てっきり私はその……とっとにかく一夏っ! 一言謝れ!」

「全くですわ! 私もその、一夏さんがゲ……な、何でもありません! とにかく謝って頂きますわ!」

 自分たちの無理からぬ勘違いに赤面した乙女たちは、感情のままに思考したツケを一夏に払えと要求し、一夏は泡を食って俺に泣きついた。

「なっ? いつも箒とセシリアはこうなんだよ! 三治くらいしかまともに話を聞いてくれる奴がいないんだ! 頼むよ、放課後買い物に付き合ってくれ! 明日と明後日はこの二人と出かけるから買出しに行けないんだよ!」

 せっかく昼休みにセットできるのに。米の種類ごとの()き分けと、30時間もふっくら保温できる奴なんだぜと、頼み事がしたいのか自慢がしたいのか分からん事を言い出す始末だ。

 流石に今回ばかりは自業自得だろ。

「とにかく放課後一緒に買い物行ってやるから、今は箒とセシリアを混乱させたこと謝っとけ」

 頭に来ている二人を振り返った一夏は、不思議そうな顔で俺を見返した。

「なんで混乱したんだ?」

 その一言に彼女候補生二人は急激にいらだった。その反応は俺も予想してたが止めてやる気にもならない。

「そっそれを私に言わせる気か!? ふざけるな一夏! そこへなおれ!!」

「そ、そんなことでレディに恥をかかせる気ですの!? 見損ないましたわ!!」

「ええっそんな!? どういうことだよ三治!? なんでおれが怒られるんだ!?」

 こうしてまたも一夏は自覚の無いまま嵐を起こして、その結果本人にとって理不尽な糾弾と怒りを一身に受けるのだった。めでたしめでたし。

「後で聞いてやるからもう席に戻れよ」

 俺は俺でさっさと席についた。そろそろSHRが始まる時間だ。

「ちょっ、置いていくなよ? なんでおれが――」

「いつまでも騒いどらんでさっさと席に着かんか! もうSHRの時間だぞ!」

 一夏が言い終わる前にドスの効いた声がクラスに(とどろ)き、すぐに喧騒も収まり静寂が訪れた。

「お、お早う御座います。SHRを始めます……ね?」

 織斑先生と山田先生が入室してシメだ。自制が習慣づいたのか俺の小言が(しゃく)なのか、いずれにせよ体罰でなく言葉で諭すようになったのは進歩だろう。

 しかし、もはやこういう騒ぎは恒例行事のようだ。でも三人の内誰かがキレない程度には気にかけないと暴力沙汰になりかねんなあ。

 

 SHRでの連絡事項が終わり、職員室へと向かう織斑先生の後を追おうとした山田先生が、思い出したように俺と一夏の元に駆け寄ってきた。

「言い忘れる所でした! お二人に本日荷物が届きます。近親者からではなく通販業者等からなんですが、お二人の頼んだ物で間違いありませんね? 午前中に到着しますので、放課後には片付けて下さいね」

 俺が注文した諸々と一夏の炊飯器だ。主夫はいつの間にか俺の隣に来てウキウキしている。そんなに飯を炊きたかったのかお前は?

「中身は先生も存じ上げてますよね?」

 ちょっと意地悪な事を聞いてみた。俺と一夏のプライバシーは先生方にもダダ漏れらしいので、確かめてみたい気持ちもあった。

 当の本人は思いのほかあっさり答えてくれた。

「はい、音羽くんはDVDとか書籍類が中心で、織斑くんは米びつと炊飯器とコシヒカリでしたね! お二人とも好きなことも結構ですが、ちゃんと本分の学業も――あっ!!」

 だいぶ喋ってから気付いたらしい。前から思ってたけど、この人ってかなり隙だらけだよな。

「えっ何で俺たちが頼んだもの知ってるんですか?」

 一夏のもっともな質問に山田先生は可哀想なぐらい狼狽(ろうばい)した。顔は真っ青で冷や汗がダラダラ出て止まらない。

「ああっあうあうあのそのそれは、それはですねあわわわ」

 知りたい事は確認は出来たし、さすがに山田先生一人を責めるのも気の毒なのでこの場は忘れる事にした。

「最近テロ警戒で、IS学園に運ばれる荷物は発送元から職員室に連絡があるんだよ」

 俺は適当な嘘をついて一夏を黙らせた。横目で山田先生にドアの方を示す。

「なんだそうなのか。それなら千冬姉も言ってくれればいいのに」

 あっさり納得した一夏に山田先生は少し安心した様子だ。人間素直が一番だと言うけど、どうにも俺には疑問でしかない。

「そそ、そうなんですよ! 音羽くんは詳しいですね、あ、先生はもう行きますね? じゃ、じゃあもう質問が無ければこれで!」

 パタパタと急ぎ駆け出した山田先生はドアの手前で何もないのに転び、また慌てて飛び起き廊下へ走り出していった。

 ちょっとからかい過ぎたかなと思ったが、どうにも俺は面白くない。今後通販とかどうしよう?

 そんな俺の思考を一夏の声が遮った。

「それじゃ今日の昼休みには一旦寮に戻って夕方に炊けるようセットしようぜ! そうだ、三治はごはんを炊いたこともないって言ってたよな? ちょうどいいからやってみろよ。簡単だぜ? 米を三回研いで、あとは説明書どおりにタイマーセットすりゃ決めた時間に炊けるからな!」

 このさい今日の夕飯は一緒に作ろうぜと一人盛り上がる一夏に、さっきの一夏の言葉にいまだ疑惑の目を向ける二人の姿があった。

「一夏……今思ったのだが、少々三治と仲が良すぎやせんか? そもそも一緒に夕餉(ゆうげ)仕度(したく)など、わ、私とすればよかろう!」

「そうですわ! だいたい何をおいても三治さんを優先するというのは、なんと言いましょうか、その、お、おかしいですわ!」

 やいのやいのと一夏に抗議を浴びせる二人の後ろから、本音たちが俺の方に回りこんできた。

「ねえねえ、今日の夕ごはんおとーさんとおりむーは自炊なの? 私も食べたいなぁ」

「何つくるの? 私も行っていい?」

「もう二人とも! 本人の都合も聞かないで……あ、音羽くん、私たちもお邪魔したら迷惑かなあ? もしいいなら是非ご相伴にあずかりたいんだけれど」

 本音・谷本さん・鷹月さんの順で夕食をご馳走になりたいとこちらもわいわいやりだし、箒とセシリアの追及を逃れて俺の後ろへ逃げた一夏が快く承諾してしまったため、そこへ一夏を追ってきた二人もさっきまでの抗議はどこへやら、強引に部屋へ押しかける羽目になってしまった。

 

 

 

「急いで食べろよ! 昼休みの内に7合は炊かないといけないからな!」

 一夏はおにぎりセットをほお張りながら早口でそう言った。

 本当に7人分作るのかよ? しかも料理経験値1ケタの俺も一緒に? サンドイッチをぱくつきながら疑問に感じたが、どういうわけか食を急ぐのは本日夕食を共にする全員だった。

「わ、私も手伝ってやろう。なにせ幼馴染のことだしな!」

「一夏さん、私もその、後学の為に是非そのスイハンキとやらを拝見したいですわ!」

 特にする事もないのに、一夏の部屋に入りたくて無理に口実を作っているんだろう。邪魔になりそうだが水を差すと怒り出すし放っておくか。

「ずるーい! 私もおとーさんの部屋見に行きたい~」

「何かたくさん届くんでしょ? 運ぶの手伝ってあげるから部屋見せてよ! ね?」

「あの、迷惑じゃなきゃ私もいいかな? 勿論できることは手伝うから! ネット注文したDVDとか本が来るんだよね?」

 本音や鷹月さんたちも来る気らしい。午前の授業が終わると同時に食堂まで急いで来たから10分くらいで食べれば多少は時間もあるが、そんなにアレコレしてたら午後の授業に間に合わない。

「とりあえず、あと5分で食べ終えた奴だけにしてくれ。無理して喉に詰まらせるなよ!」

 合間に紅茶を飲みつつ残りのカツサンドを平らげると、紙ナプキンで口元をぬぐいながら周囲を見回した。

「まっまってよ! むぐぐ!」

 さっそく本音がフレンチトーストに食道を塞がれ、谷本さんが慌ててコップのジュースで飲み込ませた。

 

「おっ! 来てる来てる! でもすごい量だな、ほとんど三治のだろ?」

 入学初日と同じく、いやそれ以上のダンボールが俺たちの部屋と寮監室の間に積み上がっていた。そのほとんどが入学して初めての日曜に、IS適性検査以後に起きた面白くない諸々の腹いせに俺が密林に注文した奴だ。

「俺のは放課後でいいよ。それよりさっさと炊飯器セットしないと昼休みが終わるぞ」

 俺が部屋の鍵を開け側面に炊飯器のイラストが印刷されたダンボールを一夏が担いで入ると、後からぞろぞろと女子5人が続いた。

「ふん、ま、まあ小奇麗に片付いてはいるな。お、おかしなものは置いていないだろうな?」

「これが一夏さんの部屋なんですのね、想像以上に質素でいらっしゃるわね……そうですわ! 私がシリックかカッシーナ辺りでなにか見繕って差し上げましょう! お気になさらないで、ほんのお近づきの印でしてよ?」

「おとーさんの部屋に入るの始めて~あっサングラスがある! あっちがおとーさんの机でしょ!」

「へえーここが二人の部屋かあ、なんか普通だね。私たちの部屋と変わんないなー」

「もう! 二人とも遠慮なさすぎよ! 音羽くんと織斑くん、何か手伝うものある?」

 箒、セシリア、本音、谷本さん、鷹月さんの順で入室するなり好き勝手なことを言っている。俺と一夏は片付けておいたシンクの端にさっさと炊飯器を設置し、また廊下にとって返すと米びつとコシヒカリ2袋を担いで戻り、一夏が冷蔵庫の横に置いた米びつにせっせと米を注ぎ込んだ。

「おいセシリア、勝手なことを言っているようだが、一夏の部屋に妙なものを置かせるつもりではあるまいな?」

「あら、世界的に認められた一流ブランドの家具でしてよ? 寮の家具も悪くはありませんが、一夏さんがお使いになるにはいささかセンスと高級感に欠けますわ。私の将来の伴侶として、もう少し立場に見合った品をお使い頂きませんと――」

 一夏に言われるまま米びつのボタンを押して9合の米をトレイに出すと、さっと洗った炊飯器の釜に入れて水で研ぐ。三度もやると白い濁りがかなり減った。炊飯器にセットし保温加湿用も会わせて水を張ると説明書を見ながらタイマーをセットした。

「よしできた! な? 三治かんたんだろ? これからは一人で出来るよな!」

「ああ。一夏が丸一日織斑先生に絞られててもお茶漬けくらいは食えそうだ」

「そ、その時は助けてくれ」

 一夏と笑い合うと、ベランダ近くの二人がえらく殺伐(さつばつ)としているのが嫌でも目に入った。他の三人は遠巻きに見ているだけだ。止めろよ!

「セシリア、今なんと言った? 伴侶? いつから一夏がお前のものになった?」

「あら箒さん、今ではなく将来の話ですわよ? そもそも貴女が文句をつける必要でも御座いまして? 今現在一夏さんは誰のものでもないはずでしょう?」

「そっそれなら、なにもセシリアとどうこうが決まっている訳でもなかろう! そもそもわ、私が一夏の幼馴染なのだからな!」

 肝心の一夏をほったらかしてまあ盛り上がっていること。俺が何か言ってやれと言っても本人は当事者意識の欠けた返事しか返さない。

「二人とも何の事でもめてんだ?」

「お前の事だよ! いいから止めてこい、いつまでもほっとくと教室まで走る事になるぞ」

 一夏が箒とセシリアに割って入り、そろそろ戻ろうと言い出すのを確認してドアに向かうと、谷本さんと鷹月さんがヤマトに三行半(みくだりはん)を突きつけられた通販大手のダンボールを室内へ運んでいた。

「気を遣わなくていいのに。重くないか?」

「何もしないのも何だからね! ここでいい?」

 俺が頷くと二人はダンボールを俺の机の脇によっこらしょと置いた。ふぅーと息をついている。

 ふと見ると、本音がいくつか積まれたダンボールをじーっと凝視していた。

「なか見てもいい~?」

 俺を見て聞いてくる。何を買ったか気になるのか。

「あ、あたしも!」

「止めなさい迷惑でしょ!」

 谷本さんと鷹月さんは運んでくれたし、少しぐらいいいか。アダルト系は織斑先生に見つかるのが恐くて買ってないし。

 本音はほんとに見てただけだけどな。小さいし仕方ないか。

「まあいいか。ちょっと見たらすぐ教室に戻るぞ」

 もうあんまり休み時間無いからなと言いつつ一つの梱包を解いた。

「えっとこれは……」

 俺が大きい箱を一つ取り出すと、脇からひょいと覗き込んだ本音があっと声を上げた。

「おとーさんが出てるっ!!」

「えっ! どれどれ!?」

「ちょっと! 私も見せてよ!」

 俺が持った箱に三人が飛びついた。二人が拳銃を構え一人が背後で見守るパッケージ写真の中の一人に釘付けになっている。

「ほんとだそっくり! これ知ってて買ったの?」

「本当に似てる! ひょっとして親戚の人?」

 俺は大都会PARTⅡのDVD-BOXを自分の机に置くと、皆の見ている前でダンボールを開封した事を後悔した。

 騒ぎを聞きつけて一夏と恋の鞘当(さやあ)て中だった二人もやってきた。

「なんだ開けたのか、何買ったんだ三治? ……あれっこれ三治が出てるぞ!?」

「なんだそれは、映画か何かか? 印刷されているのはお前の近親の誰かか?」

「あら三治さん、その作品はご親族の方が出演なさっていますの?」

 俺以外の全員がそれまでの事も忘れてそっくりだのある角度なら瓜二つだのと騒ぎたて、今後はこのネタでいじられるのかと思うとはなから中身を知っていた会長の笑顔が脳裏に浮かび、若干うざく感じた。

 

 

 

 結局放課後の買い物には昼休みに部屋に来た全員で行くことになった。めいめいカバンを部屋に置いて、また俺たちの部屋に集まることになった。

「小学2年になるかならないかの頃には、世間というかメディアは女尊男卑が露骨になってきてさ。漫画もドラマもアニメも映画も、終いにゃゲームまで女が中心のもんばっかで欲しいものが何にもなかったんだ」

 俺は皆と一緒に並木道を寮へ向かって歩きながら、本音や一夏にせがまれて自分の趣味について話していた。

「TVも見るもんなくて、ある時親父の本棚で昔の小説を見つけて読んだんだ。『野獣死すべし』だったかな、すぐ夢中になったよ。幼い頃戦争で裕福な生活を失った主人公が銃と車を頼りに犯罪でのし上がる話なんだ。凄い迫力だったな。でも書かれたのが半世紀以上も前で、ネットで検索しながらでないと内容を理解するのに苦労したよ。それからは作品当時の文化や世相を調べながら昔の小説とか映画やドラマを見て、自分が生まれる前の時代の文化やエンタメに夢中になったな」

 一夏が合点がいったという調子で言った。

「ああ、だから三治は昔のアクション映画とか本に詳しいんだな! おれはあんまりTV見ないからそういうの分からなかったぜ」

 お前はTVとか以前に本を全然読まないだろ。それどころか下手すると漫画もろくに読んでなさそう……それは流石にないか。

「ふぅん、昔の刑事ドラマのDVDとか買うのもそれでなんだ~」

「そっか。顔も似てるしね!」

「そうね、てっきり家族の人が出てるから買ったのかと思ったわ」

 本音たちも俺の買い物にちょっと納得したようだ。決して主人公の顔が俺に似てるからではない。むしろ言われるまで気づかなかったぞ。

「それもあるけど、今のドラマや映画は出演者が特徴がなくて印象薄いし、のめり込めるような内容が少ないんだよ。それに1970年代の日本は映画が斜陽で、いい俳優や監督が大勢TVに流れてるからドラマに名作が多いんだ。ドラマの枠で映画作ったようなもんらしい」

「でもいいよな三治は! いろんなDVDとかに映っててさ。俺はここに来てまだ一枚も写真を撮ってないんだぜ?」

 一夏は妙なところで俺を(ねた)んだ。それとお前はいい加減似てる人と俺との区別を付けろ。

「出演してるのは渡哲也って俳優で俺じゃねえよ! ていうかなんで一夏はそんなに写真撮りたいんだ?」

 一夏は急に何かを思い出すような顔をした。

「おれは小さい頃の事あまりおぼえてなくてさ。前に千冬姉が昔は側に誰がいたかをちゃんと覚とけって言ったんで、よく記念写真を撮ってるんだ」

「そうだったのか……」

 俺は言いながら前方に目を凝らした。何か事情があるのかも知れないが、記念写真を撮るなら確かこの辺に……あった!

「だから! この後の夕食では私が一夏と話しをするといっている!」

「箒さんはたかだか半日のお出かけでしょう? 私は丸一日一夏さんと出かける以上、一緒にプランを練る必要がありますの!」

 すぐに後ろで相変わらずの口論を続ける二人に声をかける。

「二人とも、ちょっと聞いてくれ。一夏、あそこ前に言ったやつに似てるだろ?」

 俺の指差す方向に、並木のある歩道に挟まれた片側一車線道路をまたぐ横断歩道があった。

「ああ! 三治が言ってたやつか! ビートルズの、えーとなんだっけ?」

「アビィ・ロードのジャケットだよ、セシリアはイギリス人だし分かるだろ?」

 ようやく箒とセシリアがこちらを向いた。

「あら、言われてみれば確かに似ていますわ。こんな所を見つけていたなんて、洒落(しゃれ)てますわね」

「なんだ? そのアビィ・ロードというのは」

 セシリアも同調したが、箒は洋楽に興味無さそうだし知らなくても無理はない。

 

 一夏が記念写真が好きだと言うのを聞いて、学園から寮までの並木道にビートルズのアビィ・ロードというアルバムのジャケット写真に似た風景があるのを思い出したのだ。ビートルズのメンバーが横断歩道を歩いているだけの写真だが世界的に有名で、レッド・ホット・チリ・ペッパーズやサザンもアルバムジャケットでパロディにしていた。

 

「一夏が記念写真を撮りたいらしいんだ。今なら車も来ないしここでどうだ?」

 俺は箒にスマホで有名なビートルズの写真を見せて由来を説明した。

「なるほど、これの真似か。ま、まあ何でもかんでも模倣(もほう)するというのは感心せんが、一夏がどうしても撮りたいというのであれば一緒に写ってやらない事もない――ってちょっと待て!」

「はい、チーズ!」

 箒が照れ隠しか尊大な態度でくどくど言っている間に、一夏・セシリア・俺・本音の順で並んだところを谷本さんと鷹月さんがスマホで撮ってくれた。

「こういうのも楽しいな! 三治はおもしろいこと思いつくなあ」

「いい記念になりましたわ! 三治さんには感謝しないといけませんわね」

「おとーさんと写真撮ったの初めてだね!」

 三者三様の感想を聞く中、あぶれた箒だけが烈火のごとく怒った。

「一夏っ!! なんで私を無視して撮るんだ!?」

 次は谷本さんたちと撮ろうとしている所へ箒が一夏に掴みかかった。

「お、落ち着けって! 箒が一人でぶつぶつ言ってるから先に俺たちで撮っただけだろ?」

「まあ次は一夏と箒で撮るから、そう慌てなさんな」

 可哀想なぐらいあたふたしている一夏に俺も加勢してやった。

「ふ、ふん! 最初からそうすればいいのだ」

 どうにか機嫌を直した箒は、次はどの順番で自分や一夏を並べるかを指図し始めた。

「あ、車だ! みんな歩道に戻って!」

「あちゃー、しばらく待たないといけないねぇ」

 鷹月さんが注意し谷本さんががっかりする中、配送業者や宅配業者のトラックが次々と通り過ぎた。個人の荷物やISのパーツなどを運んでいるようだ。

「なんで私の時だけこうなるのだ!」

 箒のいらだちが満タンにならないかハラハラしていると、ようやく車の流れが途切れた。

「今だ! 急いで並べ!」

 俺の合図で歩道に飛び出した一夏・箒・谷本さん・鷹月さんの4人が並んだ所で、急いで俺や本音がシャッターを押しまくった。

「撮れたぞ!」

 また車が来る前に急ぎ歩道に戻り、みんなで撮れた写真データを交換し合った。

「いやあやっとここでの写真が撮れたよ! おれだけ二回も写っちゃってなんか悪いな!」

「さすがに私は優雅に写っていますわね! 次は一夏さんとのツーショットを……」

「い、一夏との写真。本当に久し振りだ……今度は明日二人きりで……」

 三人とも満足のようでやれやれだ。一夏はもちろん、後の二人も言わずもがなだ。

 一方で本音たち三人も好き勝手なことを言っていた。

「おとーさん表情かたいよ~? 次はもっとリラックスしようねー」

「アハハ! 音羽くん顔硬すぎ! でも本音はゆるすぎでしょこれ!」

「癒子は笑い過ぎよ。あ、こっちは急いで撮ったからみんな変な顔ね」

 こっちもこっちで言いたい放題だ。まぁまた機会があったら、他の写真を撮るのもいいかもしれない。

「ねえこれツイッターとか載せていい?」

 谷本さんが聞いてきた。女子はSNSとかのアピールがほんと好きだな。

「俺はいいけど、やるなら写ってる人全員に了解取らないと駄目だよ」

 結局一夏たちからも許可を得て、谷本さんだけでなく鷹月さんまで載せたいと言い出したのにはちょっと呆れた。

 まあ見られて困るような写真じゃないしなと思っていると、いつの間にか周りに他の女子たちが集まっていた。

「ねえねえ、何やってたの?」

「あっ男子とインスタ撮ってるんだ! ずるーい私もシェアしてもらっていい?」

 わらわらと寄ってきた女子の群れにあっと言う間に記念写真は共有されてしまい、週末には世界中に拡散してしまうのだった。

 

 

 

「よーし! 下味もしっかり付いたしどんどん揚げていくぞ!」

 今は珍しく威勢のいい一夏。そりゃそうだろう得意分野なのだから。

 ショッピングセンターで高い国産鶏肉を馬鹿馬鹿しいほど買って寮に戻ると、それらをせっせと包丁で切ってタレに漬け込み衣をつくり、下味が付いたのを見計らってオリーブ油を入れたフライ鍋をクッキングヒーターにかけた。

 一夏は指図だけでやったのは全部俺だ。初めてなもんだからえらく時間がかかった。少しだけ母や食堂のおばちゃんの苦労が分かった気がする。

 一夏は一夏で野菜を大量に刻んで皿に盛ったり味噌汁作ったりと忙しかったから仕方ないが、こうもたくさん作るのはもう少し慣れてからにして欲しかった。

 鍋の油が温まったので鶏肉を放り込んだ。

「い~い音するわ」

 はじける様な音が広がると、テーブルの方から声が上がった。

「早く食べた~い!」

「いい匂いする! 早くはやく!」

「二人とも落ち着いて待ちなさいよ! もう」

 落ち着きないな、そんなに腹減ってるのか。

「まだか! 一夏のから揚げは!」

「一夏さんの料理、待ち遠しくてたまりませんわ!」

 さらに落ち着きない奴らもいた。しかも完全に勘違いしてる。揚げてんの俺だぞ。

「よし! とりあえず3人分出来たぞ!」

 俺が揚げている鍋から頃合のいいものを皿に取り分けた一夏がお茶碗に盛ったご飯や味噌汁と一緒にお盆に載せて持っていった。

「わーい! 美味しそー!」

「ほんとね! いただきます!」

「いただきまあす!」

 本音ら三人が先に食べ始めた。舌鼓を打つのがここまで聞こえる。

「ちょっと待て! なぜ私が後なのだ!?」

「一夏さん!? 私の分は? いえ決して催促するわけではありませんが」

 一夏はキッチンから声を張り上げた。

「だって早くに3人分出来たからな! そのほうが効率がいいだろ?」

 いささかこめかみを引きつらせる箒とセシリアの分が揚げ上がり、ようやく自分たちの食べる分まで出来る頃には俺はくたくたで食べるより横になりたかった。

 

 なんのかんの言っても自分で作った料理は美味いものだ。山ほどあったから揚げはあっと言う間になくなって、めいめい食器をシンクに片付けると本音たちが買ってきたというシュークリームをデザートに雑談タイムになった。

「ご飯はまだあるし、から揚げと野菜の残りで明日の朝飯にしようぜ」

 満腹の腹を抱える本音と並んだ俺のテーブルの向かいに一夏が座ると、すぐに両側に箒とセシリアがイスごとくっついた。

「一夏、明日の外出のことだが」

「一夏さん、日曜の遠出のお話を」

 こういうときに限って一夏は女子の話を聞いていない。

「どうだ三治、自分で料理するっていいもんだろ?」

「そうだな、色々考えさせられたよ」

 左右からサンドイッチにされていながら立場が理解できない一夏の言葉に、いつもなら左右の美少女への気遣いを真っ先に突っ込むところだが、今は別の所に考えが飛んで、そこまで思慮は及ばなかった。

「? 何か辛気(しんき)くさいな? どうしたんだ三治?」

「おとーさんどうしたの?」

 いつもと様子が違うことに気付いたのか、一夏の鈍感にキレそうだった二人もこちらを向いた。

「どうした? どこか具合でも悪いのか?」

「三治さん? どうかされたのですか?」

 谷本さんと鷹月さんも俺の顔を見た。

「何でもない。ただ恥ずかしいなって思ってさ」

「何が恥ずかしいの?」

 本音の言葉に俺は軽く息を吐くと、誰にともなく話し始めた。

「正直言って、今朝急に夕食自炊しようと一夏に言われて面倒だなと思ってたんだ。食堂で食えばいいだろうってさ」

 皆は黙って俺に視線を向けていた。

「でもよく考えたら俺って寮暮らしになるまで全然身の回りの事をしてこなかったんだ。それこそ食事を用意したり洗い物をしたり、洗濯やアイロンがけや、バスタブに湯を張ることすらちゃんとしたことがない。そんな生きてく上で当たり前の事が、俺はまるで駄目なんだと今頃になって気付いてさ。ここに来ていかに自分が親に頼って生きてきたかを思い知らされたよ」

 一息ついてマグカップのコーヒーを飲んだ。皆の沈黙が少し苦しくて、ちょっと辛い。

「そうしてやっと一夏は立派なんだと気付いたんだ。自分や周りの人間のために家事をするのがどれだけ大事で大変なことか、やってみて初めて分かったよ。自分の面倒も見られないくせに、その苦労がどんなもんか今まで真剣に考えたこともなかったんだ。それが恥ずかしくてさ」

 しばらく皆は黙り込んだままだった。俺は自分でこの空気を作っておきながら最初に耐えられなくなって、シュークリームに手をつけようとした。

「偉い! 当たり前の事と真剣に向き合い己の至らない点を反省するのは人間なかなか出来るものではないぞ三治!」

 なかなか一夏を良く見ているなと箒は俺に言うと、一人うんうんと満足そうに頷いていた。俺を褒めるというより一夏を持ち上げた言葉が嬉しかったらしい。

「いやあ、そんな普通のことでほめられるなんて、なんか照れくさいな! あはは」

 一夏が頭をかいた。どうやら和やかな雰囲気になりそうでほっとして周囲を見ると、酷くよどんだ空気にびっくりした。

「どっ、どうしたんだみんな?」

 思わずどもってしまうほど暗い面持ちの本音やセシリアたちに尋ねた。

「わたし……全然料理できないよー……どうしよう」

 こんな暗い顔の本音を見たのは初めてだ。なんと声を掛けていいのか分からなかった。

「いっ一夏さん? その、そういった事はオルコット家ではあの、主にメイドや執事を初めとする使用人たちの仕事であのその」

「……やばい、やっぱり料理くらいは出来るようになっとかないと、男子からの評価が壊滅的に……」

「あの、音羽くんや織斑くんは、やっぱり家事出来ない女子ってあんまり……ごめん何でもないの!」

 俺としては自分なりに感じたことを言っただけなのに、女子の多くにとっては地雷どころか核地雷だったらしい。

「あの、今のはあくまで俺の話であって、他の人まで気に――」

 唐突に本音が立ち上がった。

「決めた! 明日からお姉ちゃんにお料理習う!」

 谷本さんたちまでそれに続いた。

「あ、私も! いいでしょ本音?」

「私も一緒にいい? なんだか不安になっちゃって」

 プライドが邪魔するのか普段の付き合いがないからか、セシリアはその輪に入れず一人オロオロしている。こういう時に人付き合いの大切さを痛感するんだよな。俺も身に覚えがあるから良く分かる。

「気になるならセシリアは一夏に教えてもらったらどうだ?」

 俺の言葉に天啓(てんけい)を得たかのような表情になったセシリアは、状況が分からずポカンとしていた一夏に飛びついた。

「一夏さん! 私にも日本の料理を教えて頂けません? 今宵(こよい)のディナーは大変素晴らしいものでした。是非私も作り方を学んでみたいですわ!」

「ははは、セシリアもやっぱりから揚げが気に入ったか。いいぜ、今度はセシリアも一緒に作ろうか」

「一夏っ! 今度は幼馴染である私とするべきだとは思わんのか!?」

 快諾(かいだく)した一夏に箒はムッとして割り込み、次の週末は誰が一夏と料理するかで揉め出した。

 どうやらいつもの調子に戻ったなと思った所で台所の山のような洗い物が視界に入った。あれ全部片付けないといけないんだよなぁ……。

「洗い物なら手伝うよ~ただでご馳走になったら悪いもん」

「え? いや気にしなくていいよ、どうせ明日は午前しか授業ないし」

 本当に面倒くさいので、半分以上は明日の夕方一夏がデートから帰ってきてからやればいいと思っていた。

「そうよ、片付けは私たちでやりましょ! ね、癒子?」

「うぇ~めんどくさいなぁ……分かったわよ」

 本音と鷹月さんの声に谷本さんは不満げだったがしぶしぶ同意した。

「助かるよ。茶碗だけで7つもあるから」

 実際嬉々として7人分の食器を用意した一夏には驚いた。長いこと織斑先生と二人きりだったから、大人数で集まるのが嬉しかったのかも知れない。

 箒とセシリアはまだ揉めている。一夏は未だに何ら解決手段を持たないままだ。頼むからその辺も家事レベルに上手くなってくれ。

「女子力か……」

 俺が本音たちとキッチンに向かおうとした時につぶやくと、二人は一夏を挟んだままピタリと静止しうつむいてしまった。

 

 

 

 俺たちはせっせと食器を洗い乾燥機に入れていった。

「本音ぇ~? ほんとは音羽くんから織斑くんを遠ざけたかったんでしょ~?」

 谷本さんがねちっこく聞いた。どういう意味だ?

「ち、違うもん!」

 鷹月さんも話に加わった。

「あ、それ私も思ったな。何だかこのままだと音羽くんと織斑くんが夫婦みたいになっちゃいそうだし」

「はあ!?」

 危うく茶碗を取り落とす所だった。

「でしょ? 織斑くんって音羽くんにだけ距離近すぎだし。ひょっとして迫られた事とかあったりして!?」

「ねえよ!」

 谷本さんに向いた俺は思わず大声を上げた。

「俺と三治がどうしたって?」

 一夏が入ってきたのに気付かなかった俺は背後の声にギャッと飛び上がった。

「ははは! みんな三治といると退屈しないだろ? 後はおれがやるからみんな休んでていいぞ」

 振り返って一夏の顔をまじまじと見る。ふとその後ろに目をやると、箒とセシリアが俺を白い目で睨んでいた。

 




先週日間ランキング4位を頂いてました。みなさんありがとうございます!

勢いで書いてるので予定外の内容がアレコレ入って話の進みが遅くなります。
今回こそもう少しシリアスになるはずだったのに……。
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