拳銃にだって心はあるんだぞ、ジーパン。
お前が拳銃を嫌えば、拳銃だってお前を嫌うよ。
―― 藤堂俊介/ボス ――
『太陽にほえろ!』
「俺たちは寮で着替えて出かけるけど、言った通りできるよな?」
「ああ。カレーぐらいなら小学校の家庭科でやったよ」
今日は土曜日。半日授業も先ほど終わり、この後一夏は箒と出かけるので、俺が一人で夕食を作れるよう材料と簡単な調理手順を書いたメモをわざわざ用意してくれた。といってもカレーライスだ。むしろ俺の家事能力をかなり悲観してるんじゃないか? 確かに未だに料理スキルLv1だけどな。
「一夏は私と出かけるのだからな! 三治はついて来るんじゃないぞ」
箒は未だに俺と一夏がおかしな関係ではないかと疑っているらしく警戒を緩めない。しかもそれが俺と一夏の両方に対してなのだから、むしろその気苦労に同情する。
「分かった分かった。いっそ朝帰りしてくれ」
「お、おい三治! 朝帰りなどと……と、とにかく行って来る!」
途端に箒の顔は真っ赤っかだ。いまどき珍しく純情だよな。
急かす箒に引っ張られるようにして行く一夏を見送ると、俺は久々の開放感で席についたまま大きく伸びをした。セシリアは明日のデートプランを練るため既に寮に戻っている。
「ふぁーあっ……今日は好きな映画でも観てゴロゴロするかな」
大あくびすると、ゆっくり立ち上がろうと――
「やっべ忘れてた! 三治! 冷蔵庫の牛乳いつまでだっけ!?」
「どぅわあ!?」
たった今教室から出たはずの一夏が駆け込んできた。心臓に悪いわアホ!
「何やってんだお前は!? 箒はどうしたんだよ?」
「だって前の日曜に買ってからだいぶ経ってるだろ? 昨日は牛乳買わなかったし消費期限が心配だからちょっと箒を待たせて――」
こいつやっぱりバカだ! あんだけ箒とセシリアを袖にするたびエライ目に遭ってんのに全然学習しとらん!
「そんなん電話かメールしろ! いくら俺がSNS禁止ったってわざわざ戻って言うことじゃないだろ!」
「だって牛乳――」
そんなに牛乳が大事なのか!? 一体何がこいつをそうまでさせる?
「俺が買っといてやるからとっとと行け!」
ちゃんと低温殺菌低脂肪のやつだぞとしつこく言う一夏をようやく送り出すと、俺はそれだけでくたびれてしまった。
「昨日だってあれだけ揉めたってのに、頼むから当分帰ってくんなよ」
昨晩は洗い物のあともずいぶんな騒ぎになった。
「コレ観ようよコレ! 音羽くんきっと大活躍でしょ!」
「いいな! カッコ良さそうだし観ようぜ三治!」
谷本さんが棚に並べたブルーレイやDVDの中から、大都会PARTⅡとPARTⅢを指差して言った。どっちも俺……ではもちろんなく、渡哲也という俳優が主演している俺のお気に入りの刑事ドラマだ。しかし……。
あれから俺は部屋の外にあるダンボールを全部開封して寮備え付けの棚にほとんど収めたのだが、そのなかにはプロジェクターとスクリーンもあり、一夏と女子たちがこれで何か観ようと盛り上がってしまったのだ。
俺は顔がひきつった。あれだけ同一人物のように言われた後に人前でこのドラマを観るのはちょっと嫌だ。でも断る理由がないし……。
「一夏! 私と出かける相談はどうなったのだ!?」
「一夏さん! 今の内に私とデートプランについてお話を!」
俺を押しのけるようにして箒とセシリアが大声で一夏に食らいついた。うるさいけど助かった。でもこれ一夏も俺に助けを求める流れだな。
「三治! ど、どうしたらいいんだ?」
それを考えるのはお前の仕事だよ! と言いたい所だが、どうせ今の一夏ではどうにもならんし俺も説得するには疲れた。ここは本当にみんなで何か観るとしようか。
「そう慌てるな二人とも。とりあえず今はDVDでも観て落ち着けよ」
不満そうな二人に声をかけると、いきなりドアが乱暴に開いて怒鳴り声が轟いた。
「うるさいぞ小娘ども! 夜中に寮監室の隣で騒ぐ馬鹿は誰だ!?」
声の主は織斑先生だった。珍しく私服? だ。といってもシワのよったジャージをだらしなく着てるだけだが。
突然の訪問に部屋は静まり返った。一夏に詰め寄っていた二人は青くなって手を引っ込めている。
「音羽、何があったか言ってみろ」
織斑先生は俺にずいと顔を近づけた。……何だか少し赤いしアルコールの臭いがするぞ?
酔っているなら多少はごまかしが効くかな?
「何でもありませんよ、ホームシアターセットが届いたんでみんなでDVDでも観る所です。お暇でしたらご一緒にどうですか?」
俺の落ち着いた返事に織斑先生はしばらく黙って俺をにらんでいたが、ふんと鼻を鳴らすと何を見るんだと尋ねた。
「そうですね、気楽にみんなで観られるものならこの辺で。多分気に入りますよ」
俺はあぶない
「……まあいい、そこまで言うなら見せてみろ」
箒とセシリアだけでなく、その場で息が詰まりそうになっていた全員がホッと胸をなでおろした。俺は皆に手伝ってもらってスクリーンやプロジェクターを用意し、スピーカーとBDプレイヤーをつないで再生させた。
ベッドに座る一夏の両側には箒とセシリア……とは行かず、俺と織斑先生が座った。俺のさらに隣には本音、残りの4人は持ってきたイスに座っての観賞となった。
あぶない刑事は近年まで劇場版が製作されていた刑事ドラマだ。ただこの9話『迎撃』は少々
「なんかカッコイイな、刑事ものか?」
「あーこれ知ってる~」
「本音は観た事あるのか。意外だな」
「……まぁ、たまには良かろう」
軽い感じのドラマだから、気質は一応真面目な織斑先生は今の所あまり良い印象を持っていないようだ。
話が進むにつれて、後ろからもちらほら感想がもれてきた。
「ふん、どうにも出てくる連中の多くが頭の軽そうな輩ばかりだ」
「少々品が無い描写が目立ちますわね」
「TVで映画版やってたよね」
「そうそう、でもこれ出てる人今よりだいぶ若くない?」
わいわいやっている内にドラマは進んでいく。
捜査課に比べ自分たち少年課は正当に評価されないと嘆く女刑事は、たまたま少年が脱走したギャングたちに追われている所を保護する。だが助ける余裕のない部下をやむなく見捨て、拳銃は弾切れしパトカーの無線も破壊されて、味方も呼べない状況にも関わらず子供嫌いの女刑事と生意気盛りの少年は喧嘩ばかり。しかしやがて互いに心を開き、逃げ込んだ遊園地で追い詰められた女刑事は少年だけでも逃がす為、いちかバチかの賭けに出る。
弾切れの拳銃に命を託すシーンで、女刑事がひとり歌を口ずさむシーンが印象に残った。
「面白かったなあ! あの女刑事カッコよかったぜ! なんか昔の千冬姉を思い出したな」
「面白かったねー!」
「楽しめたようで何よりだよ」
「……」
背後にいる観客も口々に感想を言っていた。
「本来なら同性のああいう手合いはあまり好かんが、今度ばかりは気に入ったぞ!」
「あまり品の良い作風では御座いませんが、まあ、興味深く拝見させて頂きましたわ」
「古いドラマみたいだけど、街とかファッションもオシャレだし、なんかカッコイイよね!」
「主役がいかにも仕事も恋もデキる女って感じだったわね。何かバブルっぽいけどそういう時代かな?」
箒たちも楽しんでくれたみたいで何よりだ。なんやかや言ってセシリアも手に汗握って展開を見守っていたのをちらっと確認している。あと何気に鷹月さん鋭いな。このドラマ放映当時はバブル真っ盛りだった。
ともあれ、30年も前の刑事ドラマでこれだけ楽しんでもらえたのだから上出来だろう。
それに一夏には長いこと姉弟二人で苦労したと聞いている。年の離れた二人の男女がギリギリの状況で心を通わせるこのエピソードなら、織斑先生も多少は面白く観てくれるのではないかと俺は考えていた。
俺はふと織斑先生を見た。腕組みをしてエンディングを映すスクリーンを睨んでいたが、不意に俺を向いて言った。
「音羽。あの女刑事が口ずさんでいたのは何と言う曲か分かるか?」
俺は意外な質問に驚いた。
「中島みゆきの、アザミ嬢のララバイという曲です」
「……そうか」
織斑先生はそれだけ言うと、また機会があれば呼んでくれと言って立ち上がった。
そう言えばあのシーンで女刑事は、一人で眠れぬ夜は泣いてちゃみじめだと歌っていたな。
「今日の所は大目に見るが、明日が半日授業だからといってあまり羽目を外し過ぎるな。特にそこの二人! 時と場所を
一瞬で硬直した箒とセシリアに背を向けると、〝音羽に感謝するんだな〟と
ドアが閉まる音がすると少しの間をおいて、全員が気の抜けたようなため息をついた。
「いや~助かったよ三治! やっぱり千冬姉が怒った時は三治だよな!」
一夏は自分が何にも出来なかったのも忘れて、俺を食べあわせか酒に合うツマミみたいに言った。
「助かった……三治、礼を言うぞ」
「お陰で助かりましたわ三治さん。あのままではどうなっていた事か……」
口々に礼を言われたが、そもそもの原因についての反省が無いのが少々気に食わなかった。
「次は無いぜ」
言ってすぐ事の発端である三人は飛び上がりそうな顔で俺を見た。
思わず噴き出しそうになるのをぐっとこらえ、俺はあえて真面目な顔を作った。
「冗談だよ。ただもう少し自分たちが周りに迷惑かどうか考えて行動した方がいいんじゃないか? 今の騒ぎが俺のいない時だったらどうなってたか、身に覚えがあるだろ?」
俺の言葉に三人はばつが悪そうに顔を見合わせていた。俺が生徒会の手伝いで居ない夜、派手にゲンコツを喰らったのをよもや忘れてはいまい。
説教臭いのが続くのも俺が疲れるので話題を変えた。
「そうそう一夏、明日は箒と遊園地だろ? さっきのドラマみたいにお化け屋敷で箒にダサいとこ見せんなよ? うちのクラス代表はオバケが恐いじゃ格好つかねえからな」
今日は一夏を褒めたりけなしたりと忙しい。
「うるさいなあ! 三治こそほんとは苦手じゃないのかよ?」
一夏は少しむくれた。
「それにエンディングで出てきたレンガの建物、セシリアが言ってた横浜の赤レンガ倉庫だぞ」
「マジか!? あのエンディングで走ってジャンプするのマネしたいんだよな! 日曜は三治も一緒に――」
まだセシリアを女性として意識していない一夏には『お出かけ』であって、デートという意識は無いから仕方ない。だがセシリアの顔が目に見えて引きつった。
「こら! 日曜はちゃんと約束したセシリアと行け! 二人とも横浜行くの初めてなんだろ? 一緒に写真撮って来いよ。また今度みんなで行けばいいじゃないか」
一応セシリアが物申す前に釘を刺した。
「わ、わかったよ」
一夏は結果的に俺からいろいろ言われて面白く無さそうだが、二人に怒鳴られないよう間に入ってやったんだから、むしろこっちは感謝が欲しいところだ。
しかし説教ばかりじゃ俺も含めて皆つまらない。
「まぁ小言はこれくらいにして、まだみんな時間があるならもう一話一緒に観るか」
軽く歓声が上がり、慌ててみんな声を潜めた。ついさっきうるさいと叱られたばかりだ。しかし俺の好きなものを皆が気に入ってくれたのは正直嬉しい。
それに俺が大都会シリーズに出てるとか騒がなくなった事でほくそ笑んだ。
俺はDVDを入れ替えて2話を再生した。例の赤レンガ倉庫がアクションシーンでも登場する。
今度は主役の二人が派手に活躍する話だ。ブランド物のスーツに身を包み、ジョークを飛ばし犯人と撃ち合う。無茶でスタイリッシュに犯人を追い詰める姿は、時代を超えて観る者を魅了することを再確認したのだった。
追い払うように一夏を見送った俺は、学食で本音や会長たちと昼食を摂っていた。
本音と俺が座るテーブルの向かいに会長と簪さん、それに虚先輩が座っている。生徒の数はまばらだ。せっかくの土曜日なので、みんな午前のみの授業が終わり次第着替えて出かけたり、寮でダベってたりしてるんだろう。
「昨日は楽しかったね~」
「人気があるなら、また上映会でもやるか。正直女子が楽しめるやつはあまりストックがないけど」
本音と昨日の事を話していると、どこかやつれた顔の会長が口を挟んできた。
「ちょっと、私たちのいない所で二人で何してたの? 白状しなさい!」
「会長は簪さんと姉妹水入らずだったんじゃないんですか?」
俺は鴨そばをすすった。最近では簪さんも学食で会長と一緒に食事を取っている。ただ一夏には近づきたくないので、俺と本音が一夏を食堂端のテーブルに誘導し、反対側の端にあるテーブルに会長と簪さんが座るという形をとっている。
「ふふん、聞いて驚きなさい! 私たちは簪ちゃんの
それで疲れた様子なのか。見ると簪さんと虚先輩は会長の様子を気にしているらしい。妹の為とはいえ忙しいのによく頑張るもんだ。
「あれ、それじゃ俺が本音と遊んでたらまずいのでは? 本音も手伝わないと」
簪さんは首を振った。
「いいの……音羽くんには私もお姉ちゃんもお世話になったし、本音は音羽くんのそばにいてあげて欲しいから」
音羽くんも色々大変なんでしょ? そう言われてほっとしたような嫌な事を思い出すような、複雑な気持ちになった。
「そっか……悪いな気を遣わせて。ところで――」
生徒会の仕事は大丈夫なんですか? そう言おうとした所で会長に遮られた。
「あ、今私が生徒会の仕事をサボッてると思ったでしょ!? 違うわよ、ちゃあんと虚ちゃんからは打鉄弐式の完成までは猶予をもらってるんだから!」
「他ならぬ簪さまの専用機の為ですし、今回ばかりは特別です。無論私もお手伝い差し上げておりますし、これが終われば休日を挟んでキリキリ働いて頂きますので、どうぞご心配なく」
俺の心を読んだのか、二人はしっかり疑問に答えてくれた。その後で会長はもう少し休憩したいわよと文句を言い、早く完成させれば時間の余裕が出来ますねと虚先輩が受け流していた。
「ま、虚ちゃんの他にも整備科の助っ人を呼ぶ予定だし、上手くすればギリッギリだけど来週のクラス対抗戦に間に合うわ! ……もっとも機体だけで装備までは厳しいけどね」
「大丈夫……お姉ちゃんや虚さんに手伝ってもらった機体。……絶対に負けないわ」
簪さんは小さいが力強い声で答えた。俺はそれを聞いて、あまり無理しないで下さいねという言葉を引っ込めた。今は無理をしなければならない時なのだ。彼女たちの誰にとっても。
「その意気よ! そうだ、クラス対抗戦直前まで粘れば装備も――」
「お嬢さま? 簪さまはまだまだ挽回のチャンスは御座いますが、お嬢さまには後に執務も控えております。次回の休日は無くなりますがよろしいですか?」
虚先輩の容赦ない言葉に相変わらず会長はブーブー言っていたが、急に真剣な顔で俺を見た。
「まぁその辺の諸々はいずれ片付くとして、音羽くん、ちょっと聞きたい事があるのだけれど、いいかしら?」
「急になんです?」
いきなり真面目な顔をされて俺は戸惑った。ちょっと考えたが身に覚えがない……けど一夏がらみなら何かあっても不思議じゃないな。
「最近、ISの訓練ちゃんとやってる? キミが入学してからずっとアリーナ使用許可を申請した形跡が見当たらないんだけど」
「それは……」
俺は一番忘れたい事を突きつけられて言葉を失った。正直やりたくなかったのだ。一夏の特訓のついででヨタつきながら歩いたりしてみたものの、出来たのはそれだけだ。あれからISの操縦には強い苦手意識がついてしまった。ISそのものは嫌いではないけれど、どうしても転倒や怪我の不安が頭から離れず、積極的にはなれずじまいだ。それにISを装着した姿を人に見られるのが恐い。恥ずかしくて辛いのだ。
その事を打ち明けると、会長は厳しい顔つきになった。
「冷たいことを言うようだけれど、それは音羽くん自身が克服しなければならない問題だわ。周囲の助けを借りてもいいけど、最終的にはキミが自分でISと向き合って折り合いをつけなければ解決はしないわよ? 強制されたとは言え、入学した以上音羽くんには何らかの形でISのオーソリティとなるべき義務があるの」
それに、と会長は続けた。
「こんなこと言いたくは無いけれど、内閣府や政府関係者で口の悪い人たちはキミの事を『適性D』と呼んでいるわ。IS操縦者の最低基準のCよりさらに下だと言って馬鹿にしているのよ。ISから逃げ続ければ音羽くんの評価はずっとこのままだわ。むしろもっと酷くなるかも知れない。それで本当にいいの?」
よく見ると会長の目は哀しそうだった。俺は返す言葉もなく会長から目を逸らした。
ツケが回ってきた、と思った。散々人を批判しながら、自分のことは棚に上げてきたのだからお笑いだ。今まで他人の欠点ばかりが目立っていたため指摘されなかったが、俺自身IS学園にいるにも関わらず一番根本的な問題を抱えながら解決の努力もしていないという、存在意義自体を疑われる
しかし一方で、自分はしょせんバグのようなものだとも思っていた。たまたまプログラムのミスに似た何かによってちょっとばかりISが動いたに過ぎないと。ブリュンヒルデの弟でありサラブレッドのような一夏とは違い、本格的な動作を行えるほどの能力は初めから無いと諦めていた。
「……『適性D』か。確かに言われてみればその通りかも知れません。一夏の特訓中にさんざん動かしてみても、さっぱり思うようにはなりませんでしたし」
小さな声でそれだけしか言えなかった。だがそれに対し会長は驚くべき返事を俺に放ってよこした。
「本当に操縦能力が低いかどうかはとことんまでやってみなければ分からないわ。私にはISコアが動かす資格もない者に反応したとは思えない。少なくとも私はISコアもある程度は人を選ぶものだと考えてるの。キミもコアに選ばれた一人として自覚を持つべきだと思うわ」
コアに選ばれた? 俺は適性検査でISが起動して以来、一度としてそんな事は考えもしなかった。いくら未解明の部分が多いといっても、動かす人間を選別する能力がISコアにあるとは思えなかった。
会長はそんな俺の疑問などお構い無しに続けた。
「ISコアは未解明のブラックボックスである事は知っているわね? それが意識を持つ存在である事までは分かっているけれど、近年の研究では一部の操縦者に対して何らかのコンタクトを取ろうとするらしい事が分かってきたの」
驚いた。まさかコアがそんな事までするとは。ではコアは能動的に操縦者へ働きかけるものなのか?
「ISが意識を持ち何らかの形で操縦者に影響を与え、さらにコミュニケーションを取ろうとする。それはつい最近分かってきた事だけれど、キミは身に覚えがあるはずよね?」
言われてハッとした。花粉症の治癒……体調の変化……確かに思い当たる節はあった。
「それは確かに……しかし……」
「それだけでは疑問に思うのは無理もないわね。まだ科学的な検証は始まったばかりだもの。でもISがキミに働きかけたのは事実よ。なのにキミが逃げていてどうするの? まずはやってみることよ。今日は織斑くんも出かけてこれから暇よね? 実は第5アリーナを貸切にしてあるの」
思わず目を剥く俺に、生徒会長権限よといたずらっぽくウィンクした。
「本当なら来週月曜まで整備中ってことになってるけど、どうせ後はシールドの点検ぐらいで主な作業は終わってるしね」
唐突な話にどうしたものかと思っていると、一気に会長が
「自分に自信を持ちなさい! あなたがISを動かしてここIS学園に入学したことには、必ず何か意味があるわ。それを自分の力で証明するのよ。私たちを変えた音羽くんならきっと出来るわ。とにかく今日から、出来るだけISに触れてみること、いいわね!!」
「は、はい!」
会長の勢いに圧倒されて思わず返事してしまった。周囲の反応が気になって周りを見ると、本音や簪さんはほっとした顔をしている。まるで俺の反応を最初から
「よかった~! おとーさんがイヤって言ったらどうしようかと思ったもん」
「本音?」
安心しきった表情の本音を虚先輩が少し睨んだ。
あーやっぱりかと思ったとき、簪さんが口を開いた。
「やっぱり、気がついた? ……ごめんね、
「黙っててごめんね。だけどスパルタで上手くなれるおりむーと違っておとーさんは繊細だし、ISの影響で辛い目にも遭ってるから、まずはおとーさん自身がISに親しみを持って、それからやる気になってくれるようお嬢さまにお願いしたの~」
「そうだったのか……二人とも心配かけて申し訳ない」
簪さんと本音の言葉に俺は納得した。最初から俺がIS実技を頑張れるように皆で協力した上での事だったのだ。
会長が再び話し始めた。
「簪ちゃんが相談してきたのよ。このままだと音羽くんはISが苦手なままずるずる過ごしちゃうんじゃないかって本音ちゃんが言ってたって」
「私たちは音羽くんにお世話になったにも関わらず、あまりご恩返し出来ていないのを心苦しく思っておりました。皆で相談しました所、一番良いのは音羽くんがISで一人前になるのを手助けさせて頂く事ではないかということで意見が一致しまして。要らぬ節介ではないかという懸念も御座いましたが、やはり私たちが出来る最善はこれではないかと」
会長の言葉を虚先輩が引き継いで結びとした。
やばい、嬉しくてちょっと泣きそうだ。今まで俺にここまで向き合って支えてくれた人ってほとんどいなかったよ。
……でも本音の言い方だと一夏はちょっと気の毒か。
「いらぬ節介だなんてとんでもないです。俺の方こそ生徒会には決闘騒ぎやらでお世話になっているのに、こんなに気にかけて頂いて。感謝の言葉もありません」
俺は深く頭を下げた。一夏や織斑先生に厳しく当たりながら、自分は未熟なところを最初から諦めてほったらかしていたのだ。それをわざわざ気にして助けてくれるなんて、ここIS学園でなければそんな人たちには出会えなかっただろう。散々一夏たちに大きな態度を取ってきた事も少し反省した。
そんな俺の頭を本音がよしよしとなでた。ひどく照れ臭い。
「そうと決まれば善は急げよ! 食べ終わったらすぐISスーツに着替えて第5アリーナに向かいなさい。私たちは行けないから本音ちゃん、しっかりサポートするのよ?」
「はい、お嬢さま!」
話がまとまって、場は暖かい空気に包まれた。
「頑張ってね……私も専用機が完成したら、アドバイスや模擬戦で協力できるから……」
簪さんの言葉に俺が礼を言うと、会長がいつの間にか食べ終わったオムライスの皿にスプーンを置いて、イスにだらしなくもたれかかった。
「あ~一仕事ついてホッとしたわ! なにしろ内閣府の連中が二人目の操縦データがまだ提出されないが何かあったのかってうるさいんだもん」
「お嬢さま?」
虚先輩が今度はギロッという擬音がピッタリの恐さで会長を睨んだ。なんだ、そういう事情もあったのか。
そういや入学して10日以上経ってるのに、ISの操縦データを未だに内閣府に渡していない。ロクに動かせていないのもあるが、他に色々ありすぎて忘れていた。実際俺がISを操縦する時には、必ず政府関係者から渡されたUSBメモリに似た記録デバイスをISに取り付けデータを収集することが義務付けられている。もっとも歩くのがやっとの今までのデータを渡してもろくな反応は返ってこないだろうが。
しかし、会長の言葉のお陰でほんの少しだが自信がついたように思う。とにかくISを動かしてみなけりゃ始まらないのだ。周りが何を言おうがどう思おうが、自分の成長とは関係ない。できる事から始めよう。
……それはいいのだが、何だか気になる点もある。ISコアからのコミュニケーション、ISが人を選ぶ……そんな事がありうるのか? 一体何のために? その一例を体験したとはいえ、俺にはどうにも判断しかねた。
ちょっとした疑問にとらわれていると、俺たち5人がほぼ食べ終えたのを確認した会長が言った。
「最初は誰でも初心者なのよ。まだ音羽くんがISを操縦するようになって半月も経ってないじゃない? キミの技量を測るには早すぎるわ。人に見られるのが恥ずかしいなら、また時々ギャラリーのいないアリーナを用意してあげるから」
俺が頷くと会長は満足そうな笑みを見せた後、さあそろそろ行動開始よと言って立ち上がった。
「よし、とりあえず歩行訓練だな!」
と、勢い込んで打鉄を装着したものの……どうにも動きが硬いなぁ……。
アリーナでISスーツ姿になった本音の胸が意外にデカくて、思わずガン見してしまったのもすっかり忘れるほど、俺には早くも絶望感がただよい始めていた。
「おとーさんがんばってー」
本音の声援に引きつった笑顔で答え、えっちらおっちら足を動かすのだが、どうにもIS自体が動くのを渋っているような、ギクシャクした歩き方になってしまう。転倒しないよう気をつけて慎重に進んでいるつもりなのだが、頭から不安が離れないためか、何だか他人の体を借りて動いているようだ。
俺と本音しかいないアリーナで、俺の打鉄が立てる重たげな足音だけが響く。
「う~ん……一人で歩けるようにはなっただけ進歩はしてるのかな」
俺が歯切れ悪く言うと本音は、じゃあ手本を見せてみるねと言いつつトテトテと格納庫へ走ってゆき、やがて俺と同じ打鉄をまとって戻ってきた。
地面スレスレをなめらかに滑空して。
「ただいまー。あれ、どうしたの~?」
なんでもない、そう答えたが内心凄く気が重くなったように感じた。
歩くのにもこんなに苦労して……俺、大丈夫なんだろうか?
「だいじょうぶ? 少し顔色がよくないよ~?」
「だ、大丈夫だって。しかし本音はもうそれだけ動けるんだよな。そこそこ操縦経験あるのか?」
本音の言葉に慌てて返事する。
「この移動は初歩で……あっ! ごめんね、こんなの見せられたら自信なくすよね」
「そんなことないって! ええっと、なにかコツは……そうか、イメージが大切って言ってたよな。うーん……」
本音の沈んだ声にまた焦って、変に高い声が出てしまった。
「そうだよ~。じゃあ例えばー、ISでしてみたいことは?」
「してみたい事かあ、ええっと」
ISでしてみたい事……? よく考えたら俺、ISを装着しているときは単に動かすのが精一杯で、それ以外の事なんて考える余裕なかったな。転ばないようにとか怪我しないようにとか、頭の中はそればっかりだった。それ以前はISなんて俺に縁もゆかりもないシロモノだと思ってた。入学後もどこか他人事のようだったし。
……う~ん、ダメだこりゃ!
俺がアカンという顔をしたのを読み取ったのか、本音はまた別のアプローチを提案してくれた。
「ん~それじゃあ何か楽しそうなことを考えてみてー。ISでやったら面白そうなこと~」
「面白そうな事か」
「そうそう、気楽に考えればいいんだよ~」
本音の言葉に、何となく最近見た楽しそうなことを思い出してみた。
そうだなあ、確かあれは……ISだと少し浮かんでないと足で地面を削りそうだから……こんな風に。
「あっ! ムーンウォークだ! すごーい!!」
「えっ?」
ふと気付くと、視界がゆっくり後退しているのが分かった。なんか俺バックしてる?
「わっ! もう動いてる!?」
自分でも気付かない内に滑らかな動きですべるように後ろへ進んでいた。ちょっと思い浮かべただけなのに、早すぎる!
「面白そう! どうやったの~?」
本音の無邪気な質問に、状況についていけない俺は返答に困った。
それからは取り敢えず思いつき次第あれこれと出来そうな事をイメージしてみた。バク転、側転、空中でのブレイクダンス、パルクールもどき、はっぱ隊、ウンジャラゲ体操、ゲッダン……。
気がつくと、時刻は夕方5時を回っていた。
「調子はどう? 一段落ついたから様子を見に来たけど――何やってるの!?」
「えっ?」
俺と本音はコマネチしている所を急に声をかけられて振り向いた。
「あ、会長。簪さんの専用機の方は目処がついたんですか?」
「あ~お嬢さま~かんちゃんの打鉄弐式はどうですかー?」
俺たちは間抜けなポーズを止めて呆れ顔の会長と虚先輩に近づいた。
「整備科2年のエースに協力の約束を取り付けた所よ。でも一体何やってるの?」
俺が会長に呆れた覚えはあっても、会長が俺に呆れるのは珍しかった。まぁ、普通はもうちょっとISらしい事してると思うわな。
「何って、訓練ですよ。とにかく出来る動作を片っ端から試してるんです」
「おとーさんが最初に出来るようになったのムーンウォークなんですよ~」
俺と本音の答えに、会長と虚先輩はなんともいえない表情になった。本来なら模擬戦の役に立つ武道関連の動作から始めるだろうから、俺みたいなのは異端もいい所だろう。会長はてっきり二人きりでイチャイチャしてるに違いないと思ったのにとか言って虚先輩をさらに呆れさせている。
「はぁ、じゃあちょっと何かやってみなさい」
「そんじゃまあ」
会長の言葉に、俺は少し動きやすいよう距離をとった。
頭の中で、以前動画サイトで見たマイケル・ジャクソンのPVを思い浮かべる。すると知らない内に体がISに釣られるようにして動いていた。
「なにそれ!? ISでそんな細かい動作をする人始めて見たわよ?」
「その動作はどのようにして会得したのですか?」
会長はもとより虚先輩も顔にこそ出さないものの驚いている様子だった。そもそも宇宙空間での活動を想定して生み出され、現在では競技用を隠れ
まぁ模擬戦の役に立つもんでもないし、あまり意味ないけどな。
「えっへん! 私が指導したんだよ~」
本音が割と豊かな胸を反らして誇らしげだ。確かに本音のアドバイスのお陰でなめらかにISを動かせるようになったし、実際気負いせず一緒に訓練できる相手でもあるからな。
いずれにせよ、ヨチヨチ歩きが半日でこうまでなったのだから、それだけで俺にとっては快挙だ。
動きをイメージしたらほとんど無意識のうちにISの方から動き出した事を虚先輩に説明していると、さっきからスマホで何か調べ物をしていた会長が俺を向いて言った。
「あ~今踊ってたのはこれね。ちょっと動画で見比べただけでもかなり似てるわよ? 再現度が高いわね……そうだわ! ちょっと真似ただけでアレなら曲を流せば全編PVを再現――」
「おいとっつあん方向性完全に間違ってるだろ」
訓練の成果確認もそこそこに場はグダグダになった。
結局その日は自炊の買い物もあるので訓練はそこまでとなった。ISスーツ姿だとスタイルが分かりやすいだの、本音のボディはどうだったのとうるさい会長が虚先輩に首根っこを掴まれて消えていくのを見送り、シャワーを浴びて着替えると本音と二人でショッピングセンターに向かった。
驚いたことに、途中で既に普段着に着替えた箒と出くわした。
「あっ……」
俺たちと目が合うと一瞬羨ましそうな顔をして、すぐ気まずそうに視線を反らした。
「もう戻ってたのか? 一夏は――あっ」
よく考えたら、箒が一夏と行きたがってた遊園地はIS学園からそこそこ遠い。今の時間に戻ってよそ行きの服から着替えたとしたら、4時過ぎには向こうを出ている訳で。せっかく一夏と出かけたのにそんなに早く帰って一人でいるというのは……。
「しののん元気ないよー。どうしたの~?」
そこで正面から斬り込むか本音? しかしよく考えると、竹を割ったような性格の箒にはそれが正解かもしれない。
「貴様らはなぜ……なぜそう自然に一緒にいられるのだ?」
箒の憮然とした、それでいて
「あ~……何かあったのか?」
俺たちはショッピングセンター前の自販機横にあるベンチに場を移すと、それぞれ飲み物を買って座った。箒はうつむいたまま、成り行きについてぽつり、ぽつりと語り始めた。
聞けば、二人で遊園地についた当初は順番待ちの短いアトラクションを選んでそこそこ楽しんでいたらしい。が、昨晩話題にしたお化け屋敷に入った際、箒が背後から脅かしてきたギミックを反射的に壊してしまい、怒られた上に出禁を喰らい追い出されたという。
おまけにその事で一夏と喧嘩別れとなり、だいぶ前に寮へ戻っていたらしい。
「あちゃ~、それは……大変だったねー」
さすがの本音もどう言うべきか困っている。
「そもそも三治があんなDVDを見せるから――」
しまいに箒は俺に責任
「……そこはお前、驚いた振りでもして一夏に抱きつく所だろ? せっかくのチャンスだったのに」
俺を睨みつけ恨み言を続けようとした箒はその一言できょとんとした顔になり、直後に悔やんでも悔やみきれないという表情で頭を抱えた。
「あああ……!
夕闇迫る大きな建物の片隅で、箒は勝手に怒ったり泣きそうになったりと目まぐるしい感情の変化に振り回されていた。矛先が俺から逸れたのは助かったものの、別の意味で困った。
「おとーさん、早く買い物しないと帰りが7時になっちゃうよ~?」
本音の言葉を聞くまでもない。しかしこのまま放って置くわけにも行かず、俺が箒をなだめすかして立たせる間に、本音はジュースのペットボトルをもう一本空にした。
「あっ、そういえば牛乳も買うんだった!」
結局箒には夕食の支度を手伝ってもらい、そこで俺と本音も口ぞえして一夏と仲直りするという事で箒を落ち着かせ、買い物に付き合ってもらった。しかし帰り際になって一夏に頼まれていた牛乳を買うのを思い出したのだ。
「え~と低温殺菌低脂肪は……」
「なんだ、牛乳もいるのか?」
俺が牛乳コーナーで物色していると、箒が口を挟んできた。
「一夏が買っといてくれってさ。あいつ妙なこだわりが――」
俺が言い終わらぬ内に箒は一つの製品に目をつけ、素早く俺の買い物カゴに放り込んだ。
「これでいいだろう、さっさと寮に戻るぞ」
「えっこれ? いや一夏は低音殺菌低脂肪のを欲しがってたんだよ」
俺の言葉にムスッとした箒はいつになく強硬だった。
「ならそれも買えばよかろう。金は私が出してやるから、一夏には私が選んだほうを飲ませておけ」
まあそれぐらいいいか。俺は特に不利益もないので言われた通りにし、三人で寮に戻った。
結局カレーは一夏を加えた4人で作ることになった。引きずらない性格の一夏は箒と喧嘩したのかどうかも分からないぐらいさっぱりした態度で、プライドに阻害された箒のもどかしい謝罪も笑顔で受け入れた。
そのまま和やかな食卓を囲むかと思いきや、ちゃっかりセシリアが訪れたのみならず一夏が織斑先生を呼びに行ったのには驚いた。何でも織斑先生の普段の食生活が心配だからだそうだが、よりにもよって昨日怒鳴られたばかりの織斑先生の合流で夕食の空気が少々重くなってしまった。一夏だけは嬉しそうにしていたが、一夏の隣を織斑先生と俺に奪われた箒とセシリアは微妙な顔でスプーンを口に運んでいた。
おかわりをしたのは一夏と本音だけだった。
「あれ? ノンホモ牛乳もあるぞ? あまり好みじゃないんだよな、品質にムラがあってさ――」
のどが渇いたと冷蔵庫を開けた一夏が首をかしげた。それは今日箒が買っていたやつだ。
間髪を入れず箒とセシリアが声を上げた。
「毎日飲め一夏。三治もな、忘れずにだぞ」
「そうですわ一夏さん! 三治さんもなるべく毎日お飲みくださいまし」
何かを察した本音は困ったような笑顔をし、何がなんだか分からない一夏と、無意味な事をと呆れる俺を見比べた織斑先生は一人ため息をついた。
いや~やっと投稿できました。もう少しという所で4年2ヶ月の付き合いになるパソコンが逝ってしまい、その後パソコン買い替えや家のゴタゴタでだいぶ遅れてしまいました。前々からビデオカードが変な音を立てているので兆候はあったのですが……。
次回はようやく酢豚っ娘の登場です。