さらばIS学園   作:さと~きはち

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 歳の割に生意気な胸ーっ!

 ―― リナ=インバース ――

   『スレイヤーズNEXT』



長く熱い週末 後編

 ホモじゃない牛乳を飲んだ後、一夏がまた皆で何か見たいと言い出した。

 どうせ明日は休みだし、ゆっくり映画でも観たいところだ。しかし皆で楽しめて織斑先生が怒らず、俺もイジられなくて済むものとなると、俺のアーカイブスではちょいと厳しいのが現実だ。一夏は確実にアクションものを期待してるだろうし、と言ってあまり死人が出る作品も不味い。あとは売春婦とかふしだらな女が出てこず、主人公は子供でも一夏でも分かる正義の味方……。

 

 やれ時代劇をやれだの恋愛ものがいいだの言う問題児二人は脇において、結局『ポリス・ストーリー/香港国際警察』にした。体を張ったアクションなら世界一のスーパースター、ジャッキーチェンのベスト映画の1つだ。

 

 映画が始まってから、立て続けに目が放せないアクションの連続している間は誰も話さず、危険なシーンの連続に全員が見入っている。合間に挟まれるラブコメ調のギャグも展開に緩急をつけ笑いを誘った。ただ、主人公の刑事が女性証人を家に(かくま)ったため恋人に浮気と勘違いされトラブるシーンでは、約二名が渋い顔をしていたが。

 そこまでは良かった。しかし主人公の刑事が犯人たちに濡れ衣(ぬれぎぬ)を着せられてから、観客たちに不穏な空気が漂い始めた。特に織斑先生と問題児二人が顕著(けんちょ)だ。箒は歯ぎしりしセシリアは若干毛を逆立てているように見える。織斑先生に至っては殺気が……ホラー映画以上の恐怖を演出しないで欲しい。

 

 クライマックスでは、その鬱憤(うっぷん)を晴らすがごとく伝説と化した壮絶アクションが繰り広げられる。麻薬組織相手にデパート内を縦横無尽に暴れ回る、文字通り〝体当たり〟アクションの連続に、さっきまでの不穏組も大熱狂だ。

「外道どもを蹴散らせ!」

「やっておしまいなさい!」

「やれ。私が許す」

 最後には明確な嫌疑のない弁護士をも怒りを抑えられずボコってしまうラストだが、感情移入しすぎたのか元々倫理道徳が薄いのか、織斑先生は特にこれといった苦言を呈することも無かった。

 

 しかし何度観ても凄まじい命がけのアクションだらけの映画だ。俺もこれを観るのは確か3回目くらいだが、飽きるどころか毎回ジャッキーを初め俳優が死ぬんじゃないかとハラハラしっ放しだ。今はこんな大怪我覚悟のアクションを自前でやる役者は余りいないだろう。

 ついでにその事で一夏に一言っておかなきゃならない。

「すげーなジャッキー! 超カッコ良かったよな三治! メチャクチャ面白かったぜ!! 俺も――」

 やってみたいとか言うんだろ? 俺は一夏が言い終える前に冷たい声でさえぎった。

「絶対真似すんなよ一夏。このNG集をよく見ろ」

 

 ジャッキーチェンの映画にはラストにNG集がつきものだ。しかもかなりヤバげなアクションスタントの失敗が大量にあり、見ているだけで痛くなる。まあ映画本編でもかなり痛そうだけど。

 

「うわあ! すごく痛そうだよ~! あっあぶない!」

 本音が思わず声を上げる。止まるはずのバスにひかれそうになったり、大ジャンプ後の着地に失敗したり、主演のジャッキーだけでなく脇役の女優まで激痛が伝わりそうなNGシーンの連続だ。お茶目な失敗も混じっているが、一度見れば素人が安易に真似るのは躊躇(ちゅうちょ)するだろう。

「ひええ! あれは失敗するとヤバそうだなぁ」

「だろ? 間違っても真似るなよ。死ぬほど痛い思いをしたけりゃ別だが」

 絶対しないと青い顔をする一夏を見てやれやれと思った。ジャッキースタントは必ず子供が真似したがるものだから、一夏も確実にそうだろう。この際はっきり言うが、一夏の精神年齢は12歳児だ。

「少々煮え切らん男だが、なかなか骨のある主人公だったな!」

「自身を(かえり)みず正義を貫く精神に打たれましたわ! 女性関係は煮え切らない所が玉に瑕ですが」

「……一度じっくり酒でも酌み交わしたい男だな」

 不穏組にもおおむね好評だ。煮え切らないというのは、女性証人を連れ帰った主人公が恋人との三角関係に見えたからだろう。

「ハンチモー! ハーンホンジィー!」

「てんちょんけっさんじぃー!!」

 一夏と本音は広東語の主題歌を意味も分からず歌っている。実際一度聞いたらクセになる、結構熱くてノリのいい曲だ。

「それは英雄故事って曲だよ。気に入ったならCD持ってるからスマホにダビングさせてやるぞ」

「マジかよ!? サンキュー!」

「わーいありがとー!」

 それを聞いた箒たちも頼んできた。織斑先生もスマホを出したのには流石に驚いたが。

「なんだ、私が頼むのは可笑(おか)しいか」

「いえ、別に」

 じろりと睨むブリュンヒルデに、俺はそ知らぬ振りで目を反らした。

 

 

 

「そういえば三治、なんでこの曲〝踊るパンティー戦士♪〟って言ってるんだ?」

「そう聞こえるだけだっつーの」

 

 

 

「んじゃ、行ってくるわ。7時までには帰るよ。アチャー!」

「おう、門限ギリギリまで帰ってくるなよ。あとうるせえ」

 ジャッキーの真似をしている私服姿の一夏をドアまで見送ると、俺はベッドの上に転がって大きく伸びをした。

 一夏は昨日の箒に続いて今日はセシリアとデートだ。絵に描いたような非モテ人生を送ってきた俺なんかとはつくづく正反対だが、そのわりにはさっぱり(うらや)ましくないのが皮肉というか、何とも一夏らしい。

 というか今度こそ上手くいってくれよ。

 俺は俺で本日のIS訓練は午後からの予定なので、午前中は入学以来久々にのんびりするつもり……だが。

「あいつ、また急に戻ってこんだろうな?」

 俺は立ち上がると一夏の出て行った玄関を開けて廊下をよく見回したが、だらしない格好の女子が腹をかきながらトイレに歩いてゆく背中が見えただけだった。ここは元々女所帯だったせいもあり、無防備にだらしない女子の姿をたまに見かける。

 どうやら一夏は寮を出た後らしい。俺はラフな格好のまま大あくびすると、少しそのまま二度寝しようと――

「やっべ忘れてた! 三治! 今日米買っといてくれ!!」

「どぅわぁあ!?」

 たった今玄関から出たはずの一夏がベランダから入ってきた。またかお前は!

「どっから来てんだお前は!? セシリアはどうしたんだよ?」

「ほら、昨日一昨日(おととい)と大勢で食事しただろ? 今日のうちに米買っとかないと無くなるからさ、ちょっと白式でベランダから――」

 馬鹿野郎! あんだけみだりに起動させてはいかんと座学で習ってんのにもう忘れやがって!

「そんなんで専用機使うな! また織斑先生に怒られるぞ!」

「でも米――」

「買っといてやるからとっとと行けっ! 早く!!」

 今日ササニシキが安いんだよとうるさい一夏を急き立てる俺は内心、一夏の到着が遅いとセシリアがブルー・ティアーズを展開して向かってくるのではないかという不安に駆られていた。そんな馬鹿な事はあり得ないと信じたいが、どうにも俺にとって一夏たち三人は心臓に悪い。

「あいつはオカンか!? 今は家事よりデートを優先しろや!」

 セシリアとの待ち合わせ場所であるモノレールの駅に向かう一夏を『今度こそ』見送ると腹のうちを吐き捨て、直後に全く無駄な言葉だと思い直して、今しがたのやり取りを頭から振り払った。

 正気と常識を失わずに一夏と付き合うには、済んだ事はさっさと忘れるのが大切だ。

 

 

 

 でも一夏はフェイント技をやめろ。

 

 

 

 今度こそゆっくりしようとベッドにごろりとした。最近少し疲れていることもあってすぐにうとうとした。しかし浅い眠りは1時間もしないうちに遠慮がちなノックで覚めてしまった。

「はい?」

 日曜の朝10時に訪問される用事が思い当たらない。教師の誰かか、一夏目当ての女子かな?

 ドアを開けると、立っていたのは箒だった。なにやら神妙な面持ちでこちらを見ている。手に何かの袋を提げていた。

「入ってもいいか?」

「ああ、どうぞ……一夏は出かけた後だぞ?」

 分かっていると答えつつ入室した箒にテーブルのイスを勧めると、つまらない物だがと羊羹(ようかん)の包みを渡された。早朝にわざわざ買って来たらしい。

 礼を言って緑茶を二人分淹れると、互いに皿に載せた羊羹を前に向かい合った。

「……それで、どうしたんだ?」

 何か言い出しにくそうな箒を刺激しないよう、出来るだけ柔らかい口調で聞いてみた。

「その、だな……すっ済まなかった三治! この通りだ!」

 箒は急に頭を下げて謝罪を口にした。俺は何の事やら理解が追いつかない。

「えっと、どういうことだ?」

「……昨晩皆と別れてから、頭を冷やして考えたのだ。折角(せっかく)三治が私と一夏のために『せってぃんぐ』とやらをしてくれたというのに、己の未熟さで他人に迷惑をかけたばかりか一夏とも仲違いする結果になってしまい、あまつさえ恩があるはずの三治にまで八つ当たりする始末……わ、私は自分が恥ずかしい!」

 本当に申し訳なかった、この通りだ。そう言ってなかなか頭を上げようとしない箒に慌てながらも、俺は内心驚いていた。なにせ会った当初は感情的で自己中心的な印象だった箒が、素直に自分の非を認めて謝罪してきたのだ。彼女は確実に成長していると思う。

 同時に箒を幼稚な奴だと決め付けていた事を反省した。友達だと言いながら俺も彼女の未熟さは変わらないと見くびっていたのが恥ずかしい。むしろ俺の方こそ成長しなければ置いて行かれるだろう。

「それで手土産片手にわざわざ謝りに来たのか。箒は律儀だな。俺もそういう所を見習うべきだなぁ」

「う、うむ。……それでだな――」

 褒められて照れたのか箒は少し赤くなっている。俺はにやにやしてしまいそうになるのをこらえ――

「ま、またその、せってぃんぐとやらをしては貰えんか?」

「――えっ」

 ……まあ、予想は出来たけど。そろそろ箒も自分から一夏を誘ったら……喧嘩にならないためにはセシリアとも交渉する必要があるから、やっぱ難しいかな。

「わ、私の事を言うなら、三治はどうなのだ? 少なくとも私は、お前が自分から布仏を誘っているのを見た事が無いぞ!?」

 思わずギクリとした。また痛い所を突かれてしまったようだ。よくよく考えてみると、食堂へ行くのも一緒に帰るのも、全部本音から声を掛けてもらっているんだよな……。

「成長か……そうだよな、俺も自分から行動しないと……」

 俺も箒のように自分から変わろうとしなければ、本音との仲も今より先に進まない……す、進むって! 今より関係が進むと具体的にはアレか!? 俺みたいな奴からしたら都市伝説級の――!!

「? ま、まあとにかく頼めるか? ……出来ればあれだ、セシリアよりも先にだな!」

 箒の切実かつ強引な説得に、俺は妄想から急速に現実へと引き戻された。

「おっ、おう……」

 

 今度は一夏とデートさせる口実どうしよう……?

 

 箒が帰ってすぐ、俺は本音の携帯に電話を入れた。とにかく行動だ。それはいいけれど……。

「何に誘えばいいんだよ?」

 とっ取り敢えずあれだ、あいつスイーツ好きだし、またケーキでも買いに行ってみんなで食おうとか……あっ! よく考えたら箒がくれた羊羹あるじゃん!

 何コールもして出たのは何故か簪さんだった。

「もしもし……音羽くん? 御免ね、本音はまだ寝てるの」

 張っていた肩の力が一気に抜けた。あいつまだ寝てんのかよ。もう10時半だぞ?

「昨日音羽くん達の部屋から帰ってきた後、ずっとIS製作を手伝ってくれてたからくたびれてると思うの。……申し訳ないけど、しばらく寝させてあげてくれない? お昼には食堂に顔を出すから」

 そうだったのか、本音のやつ無理しやがって……でも親友が目の前で苦労してるのに、自分だけ遊んでられないよな。よく考えたら、俺のせいで負担が増えているのでは……? なんとなくきまりが悪くなった。

 何か手伝えないかと聞いたが、まだまだISの素人である俺に出来ることは無いようだった。

「音羽くんは気にしないでね、本音には私から言っておくから……それじゃ、また」

 簪さんが通話を切ると、一人の部屋がずいぶん静かに感じた。平穏で自由な休日を欲していたはずなのに、

なんか空しい。

「……俺も何か努力しよう」

 とは言うものの、具体的に何をしたらいいか分からない。とりあえず昨日のIS訓練でイメージによってISをそこそこ動かせたのを思い出し、何か参考になるものはないか、ネットで動画を検索する事にした。

 

 

 

 

 その日のお昼時、食堂には昨日と同じメンツが集まっていた。昨日と同じようにテーブルを挟んで向かい合う。会長は少し目にクマができ、簪さんも疲れが顔に出てきたようで少し心配だ。本音は……。

「起きろ! 食器に顔突っ込むぞ!」

 キツネの着ぐるみ姿で、昼食を終えた途端にうつらうつらしている。今にも突っ伏して寝てしまいそうだ。

「済みません。本音も昨晩は余り寝ておりませんので」

 虚先輩が本人に代わって答えた。仕方が無いので本音の食器も一緒に片付け、本音を少し休ませる事にした。本人はそのままテーブルにへばりつくようにしてうたた寝している。

「……休むなら、ちゃんとベッドに行かないと……でも……」

 簪さんの言う通りだがとても起きそうにないし、部屋に連れて帰るにも……。

「あーあー、誰か本音ちゃんを部屋まで連れて帰ってくれたらいいのにな~。誰か居ないかな~?」

 会長(いつもの)がわざとらしい声を上げてニヤニヤした。照れる以上にうぜえ。

 しかし、流石にほっとけないし、ここは――

〝お姫様抱っこしなさいよお姫様抱っこ!〟

 ――ささやく雑音は無視しておぶっていこう。

 俺が簪さんに手伝ってもらって本音を背負うと、小声でそそのかしていた会長が不平を垂れた。

「もぅ、ヘタレねぇ! 音羽くんはもっと乙女心を理解しなさいよ!」

「……姉さん」

「お嬢様? 無粋ですよ」

 簪さんと虚先輩にたしなめられて不満げな会長がやっと黙った。

 

 本音を背負って簪さんと部屋まで歩く。会長と虚先輩は自室に戻った。徹夜のIS製作でスタミナ切れになる前に数時間仮眠を取るそうだ。

 体力に自信の無い俺でも、本音はそう重くなかった。しかし3歩も歩かぬうちに、背中を圧するたわわの双子にすっかり気もそぞろだ。

 おかげでふいに簪さんから話しかけられてキョドりかけた。

「私も一旦休憩するつもり。ここで潰れちゃう訳には行かないから……」

「う、うんその方がいいよ、簪さんも疲れが出てるみたいだし」

 あーびっくりした、話しかけられるまでたわわの事しか頭になかった。まあでも仕方ないよな。こんなにこう、密着するの初めてなんだから、意識しない方がおかしいよな? 女の胸なんて……触ったことないし……。俺は簪さんの後について歩きながら胸の内で誰にともなく言い訳した。

 そのとき、急に本音が胸を押し付けるようにしてくっついてきた。

 ドキリとする俺の首筋に軽く吐息がかかる。

〝おとーさん。……私といると……退屈?〟

 かすかな囁きが、背中のほうから伝わった。

「え?」

〝おとーさんって、自分から私を誘ってくれることが無いし、いっつもおりむーが割り込んでくるし、何かとしののんとセッシーの面倒見てるし、何かあるとすぐおりむーが連れてっちゃうし……。だから、このままだと私のこと忘れちゃうんじゃないかって時々心配になるんだ~……もうちょっと、こうしてて……いい?〟

 俺にようやく聞き取れるだけの小さな声で、本音は俺の耳に口を寄せてしゃべった。

〝ああ……そうだったのか〟

 俺は囁き声で返事しながら、今朝箒に言われた事を思い出した。本音から構ってくれるのに甘えて自分から本音を誘わなかったり、一夏たちにかまけてちゃんと本音を見ていなかった事が、彼女をそんなに不安にさせていたのか。本音の事は毎日見てたつもりだったのに、全然気がついてなかった。

 

 っていうか俺、ちゃんと本音に……好きとか、付き合ってくれとか……言ったことないよな。

 

 でも、今の状況でそれは……有力者や組織団体やらが、俺の『お相手』を巡って血脈やら利権やらで綱引きし合っているという現在はともかく、俺の今後をいつ勝手に決められるか分かったもんじゃないし……。

 それを差し引いても、今ここでは場違いって言うか……そもそも今まで恋愛とか、そんなん俺には縁のないクサい話としか思ってこなかったし、こういう時はどうしたら――ああもう今はそんなのはいいや! 後の事は後でいいんだよ!

〝ほ、本音! あのさ。今日は無理だけど、来週の日曜とか空いてるか? 学園島の真ん中あたりの丘にある公園なんだけど、風が気持ちよくて学園全体が見渡せる景色のいい場所らしいんだ。俺、学園島の外はまだ難しいから、もし暇だったらさ、そこに……〟

 俺は小声で慌て気味にそこまで言うと、慣れない一言になけなしの勇気を振り絞った。

〝二人で行かないか〟

 その後の沈黙は、きっと時計の秒針が1、2回動く間しかなかったはずなのに、気が気じゃなくなるほどに長く感じた。

「行く!」

 本音の大声に、俺も前を歩く簪さんもぎょっとなって振り向いた。

「本音……起きたの?」

 驚き顔の簪さんに慌てた本音はしまったという顔をし、イタズラがばれた子供のように舌を出した。

 

 部屋に着くと、簪さんにドアを開けてもらい本音をベッドに下ろした……おろしたが本音の腕が離れない。

「もう行っちゃうの~?」

「え? う~ん……」

 本音が腕を俺の首に絡ませたまま離さないのを見て簪さんはくすくす笑った。

「ね~もうちょっとだけ~」

「こ、こら。簪さんが困るだろ? あっそうだ! 今朝箒が羊羹くれたんだ。疲れた時は甘いものって言うし、簪さんも一緒にどう?」

「ふふふ。……それじゃ私もご馳走になろうかな」

 簪さんの視線に恥ずかしくなって俺は目を反らした。

「じゃ、じゃあちょっと取って来るから」

 本音が腕を放すが早いか、俺が来たばかりの部屋を出て自分の部屋に向かおうとすると、本音が今度は俺のTシャツの背中をつかんで着いて来た。

 廊下に出ると、ふいに本音の手が腰に回った。後ろからぎゅっと抱きしめられ、思わず立ち止まったまま硬直してしまう。

「ほ、本音?」

「ごめんね……私ってめんどくさいかな……?」

 なんだかいつもより元気のない声だ。俺は出来るだけ明るく返事した。

「そんな事ないぞ。それに俺も反省したよ。あまり自分から誘うとか無かったし、本音の気持ちとか……あんまり分かってなかった」

 俺は今朝の箒とのやり取りを話して聞かせた。

「箒が本音にもよろしくとさ。あいつも成長してるんだなぁって。俺はあんまり自発的に進歩できてないけど。人に言われてから気づいたり行動したりばっかだし」

 こういうのも指示待ち人間っていうのかなぁ。さっき本音を誘うだけでもかなり勇気が要った。

「そんなの気にしなくていいと思うよ。進歩とか成長って、いろんな人とふれ合って、お互いに違いとか相手の良い所とか意識したり、互いに影響や刺激を与え合ったりして起こる事も多いんじゃないかなあ」

 本音は俺の背中から離れて横に並んだ。

「それにおとーさんは学園に良い影響を与えているって、お姉ちゃんもお嬢様も言ってたもん。言い過ぎて騒ぎになった事もあったけど……。『音羽くんがIS学園に来たことで、良くも悪くもIS学園に変化の季節が到来したわ』ってお嬢様が」

 あの会長がそんなことを言ってたのか。しかし良くも悪くもって……全くその通りだな。どちらの比率が多いかは考えたくないけど。

 

 まぁ今この場の俺は小さい変化でいいや。

 

「ほら、簪さんが待ってるぞ」

 そう言った俺は何も考えないようにして本音の手を取った。だぶだぶの袖の上からだけど。

 ……アカン、軽い気持ちだったがめっちゃ緊張する。

「あ……」

 女子と手を繋ぐなんて初めてだ。し、しかも自分から。まあ、人目がないから出来たようなもんだが……本音は嫌がってない、よな? 

「行こう」

 自然な笑みを浮かべて言ったつもりだが、ちょっと引きつっていたかも知れない。

「ま、待って」

 ふいに本音が手を離した。もう死にたいと思った瞬間、本音が急ぎ着ぐるみの袖をまくってあらわになった、小さな手が差し出された。

「はい、行こう!」

 笑顔の返事に、混乱していた頭の中身は吹き飛んだ。温かく柔らかな手を握って、俺は本音と共に歩き出した。

 

 手を繋いで戻ってきたときは簪さんに見られてかなり気恥ずかしかった。簪さんは目を丸くして、今日は本音に驚かされてばかりねと微笑んでいた。その後俺に聞こえない声で本音とぼそぼそ話しては、ダボダボの着ぐるみにばんばん叩かれて笑っていた。

 羊羹は例によって本音が自分の分を一番大きく切ろうとし、結局俺が包丁を握って三人の小皿に二切れずつを載せた。しょうがないので本音の分は心もち分厚くしてやったが。

 羊羹をつつきながら先ほどの話を簪さんにも話した。無論、変化と成長の話だ。

「音羽くんは悩んだかもしれないけれど……少なくともその変化のお陰で、私はお姉ちゃんと仲直りできたと思う。……良くない影響もあったとしても、音羽君なら失敗からも学んで成長できると思うし」

「そうだよ~悩んでも失敗しても、そこから成長すればいいのだ~!」

 簪さんの答えを本音が後押しした。

 考えてみれば、IS学園に入学する前は一銭にもならない学校行事や課外活動なんか嫌いだった自分が、成り行きとはいえ生徒会活動を手伝う事になるとは驚きだ。今までは他人の事など無関心だったのに、積極的にではないにせよ一夏と女子たちとの仲を取り持ったり、生徒会のトラブルを仲裁したり……。自分もここに来て短い間に変わったのかもな。やっぱり環境の変化、ここに来て悪意や偏見のない大勢の女性と関わったことが大きいが、特に一部の人たちからの強い影響が作用しているのを意識せざるを得ない。

 その良し悪しはともかく、自分に影響を与えたと思う人たちを思い浮かべた。真っ先に本音が浮かんで顔が赤くなる。

「どうしたの? ……顔、赤いけど」

 俺は慌てて何でもないと首を振った。何か別のことを考えて忘れようとする。

 皮肉なことに(?)即一夏の顔が浮かんだ。……ついでに織斑先生も。

「今度は変な顔してるけど……大丈夫? どこか具合が悪いの?」

 俺の表情の急変に、簪さんは不思議そうな顔をした。

「いや……良くも悪くも人付き合いは影響を与え合うものだよな、って思っただけ」

 いい影響ばかりとは限らない。どんな相手でも人付き合いにはプラスマイナスの両面がある。そのことを俺はひしひしと感じた。

 

 

 

 羊羹を食べて駄弁った直後、本音は今度こそ本当におねむになった。キツネっ娘をベッドに寝かしつけると、俺はIS訓練のため一人アリーナへと向かおうとした。が、ISスーツを持っていない事を思い出し、慌てて寮へ取って返した。

 その途中だった。寮への並木道ですれ違った、大きなボストンバッグを背負った女子に呼び止められたのは。

「あ! ちょっと待ちなさいよアンタ!」

 俺が振り返ると、その背の低い見慣れない女子は俺を指差して大声で問いただした。

「その黒い制服、一夏と一緒に写真に写ってたでしょ? 二人目の男子っていう」

「写真? ああ、ネットに流れたやつか」

 以前この並木道の横断歩道で一夏たちと写真を撮った時、大勢の女子たちが一夏の写真を欲しがりSNSで拡散させたのを思い出した。

「なんで今さらそんな事を? ここの生徒なら――」

 もうみんな知ってるだろ、そう言いかけて気づいた。目の前の女子には全く見覚えがなく、背中に荷物を背負っている事、さらに一夏を名前で呼び捨て……まさか。

 その女子は美人というよりは可愛い部類の整った顔に不敵な笑みを浮かべ、両手を腰に当てて誇らしげに慎ましい胸を反らせた。

「フッ。いい? 私はね――」

「一夏の知り合いの転校生か?」

 思わず口を挟んでしまった。

「先に言わないでよっ!! てゆーか何で私のこと知ってるわけ!? 国から聞いてたの?」

「悪い、何か言動からしてそうじゃないかと思って」

 俺が答えると、彼女は面白くなさそうにこちらをじろじろと見つめた。

「ふーん。アンタ、一夏の友達? あいつと付き合いのある男子は軒並みバカだったけど、アンタはそう見えないわね」

「そいつはどうも」

 類は友を呼ぶとは言うが、一夏のIS学園以前の友人もあいつとどっこいの脳筋だったのか。俺も頭のいい方じゃないが、そいつらと比べられるのも複雑な気分だな。

 俺が皮肉げに苦笑すると、まだ名前も知らない彼女はギョッとした顔をした。

「恐い笑い方しないでよ! 何かあたしに恨みでもあんの!?」

「初対面でそこまで言うか……」

 あまり鏡を見ない性分だが、そんな凶悪なツラなんだろうか? これ以上外見について言われたくないので、ごちゃごちゃ聞かれる割にまだ互いに名乗ってもいないと話題を変えると、彼女はアニメキャラじみた栗色の長いツインテールをゆらして再び胸を張った。やはり本音に比べるとずいぶん寂しい。

 背丈は本音とそう変わらないけど、いろいろと対照的な女子だ。

「あたしは(ファン) 鈴音(リンイン)! 専用機持ちの中国代表候補生よ。今日から一夏のライバルってわけ!」

 自信たっぷりに宣言する凰に、俺は驚きよりも気まずさを感じていた。そりゃ、新たに専用機持ちの代表候補生が来たことや、それが一夏の知人というのは確かに驚きだ。だが俺にはそれ以上の懸念が生まれていた。

「驚くのも無理はないわね! まさか一夏のライバルが突然海の向こうから現れるなんて思わなかったでしょ?」

「……凰さんと言ったな。やっぱり一夏が好きなのか?」

「だけどまだ一夏には内緒にしときなさ――えっ?」

 得意満面で話し続ける凰さんの顔が凍りついた。恐ろしいものを見るような目で俺を見上げ、直後に激昂した。一瞬で顔が真っ赤だ。

「なんで知ってんのよっ!! まだ誰にも言って――まさか一夏から聞いたの!?」

「……いや」

 やっぱりな、俺はかぶりを振った。しかしこの学園は一夏に想いを寄せる女性を呼び込む引力でもあるのか? わざわざ入学の後になってまだ増えるなんて。そのうち手が付けられなくなるんじゃなかろうな?

「一夏は何も言ってない。そもそもあいつにとっちゃ女心なんて存在すら理解できないブラックボックスだぞ」

 一夏と多少なりとも付き合いがあるなら知ってるだろ、俺の言葉に彼女はぶすっとして目を逸らした。

「だって、アイツ本当にどうしようもない唐変木だし……って、そんな事はいいのっ! それより、その、なんで分かったのよっ! あ、あたしが……一夏のこと……その……」

 激昂したかと思えばもじもじしてみたり、一夏がらみの女子は揃って感情表現豊かな娘が多い。

「IS学園に入ってからまだ短い付き合いだが、一夏に惚れた女子の態度は散々見ているからな。それに一夏を気安く呼び捨てする女子が、入学式の後にわざわざ海外から転校してくるなんて、あいつを追いかけてきたようなものじゃないか」

 だいたい箒とセシリアの二人共がプライドが高く好きな相手に素直になれない人種だ。そこへ目の前の凰さんまでが、一夏相手に親しくも挑戦的とくればな。まったく一夏ラヴ勢はあつらえたように不器用者ばかりだ。

「余計なお世話よっ!! あっ、今一夏に惚れた女子って言ったわよね? あの写真に写ってた女子ってやっぱり――」

「悪いが今日はこれから訓練なんで、続きは今度にしてくれ」

 じゃ、と俺はその場を離れようとした。ダラダラ立ち話をしていてうっかり墓穴を掘ってしまった。俺の自己紹介はまだだが、どうせ興味は無かろうし、とっとと退散――

「待ちなさいよっ! アンタにはまだまだ聞きたい事が山ほどあるんだから! 逃がさないわよ!!」

 ――出来なかった。驚くほどの力でがっしりと腕を掴まれて離れない。なんのかんのとわめき散らす駄々っ子を引きずって行く訳にもいかず、結局一緒にISスーツを取りに寮に戻り、アリーナで訓練がてら話の続きをする事になった。

 

 

 

「なんでずっと地上なのよ? ISは3次元機動するもんでしょうが!?」

「そう言われてもな、俺はまだ初心者なんだよ」

「んなもん私がやった風にやればいいのよ! ホラ行くわよ!?」

 俺の抗議も空しく、強引極まりない臨時講師のちびっ娘は赤紫と黒を基調とした専用機を展開すると、ツインテールをなびかせて大きな螺旋をアリーナの空中に描いて見せた。

「ほらやってみなさい! このあたしが直々に教えてあげてるんだから、これくらいすぐマスターしなさいっての!」

「はあ……」

 

 未だ名目上整備中でがらんとしたアリーナに二人で入り、俺が訓練機の打鉄を引っ張り出して装着したまではよかった。だが俺がジロジロ見られて訓練するのに慣れず動きがぎこちないのを見て凰さんは酷く苛立ち、臨時コーチを買って出てくれはしたものの、『ノリで動かせ』や『感覚で分かれ』など、どうにも俺には理解が辛い指導内容だった。

 アリーナに着くまでにも一夏の女性関係について根掘り葉掘り詰問し、俺が返事するたび『箒だかモップだか知らないけど、一夏の幼馴染といえば私でしょうが!』だの『一夏に模擬戦で負けるって、そのセシリアとかいうのも大した事ないわね!』だのと好き勝手言っていたが、おんなじ調子で俺の訓練についても自分の感覚というか感情をあれこれ言われ、中身の無い言葉を実践するよう迫られるのには参った。

 

「う~ん……浮かぶのが精一杯か……」

「しっかりしなさいよ! 友達のあんたがそんなじゃ一夏まで笑われるでしょ!?」

 プライベート・チャネルも使わず頭上から怒鳴る声に、俺はだんだん凰さんをアリーナに連れて来たことを後悔し始めていた。

 理由はさっぱり分からんが、俺がISを装着した場合『飛ぼう』と考えても地上で静止したまんま。前方に三角錐(さんかくすい)を展開するイメージとかいう、IS飛行の基本を実践しても50cmくらい浮かぶだけ。一夏や他の女子たちのようにはいかないのだ。

 

 ……では、自分が飛ぶ姿をイメージした場合は?

 

 昨日は動画サイトで観たPVやらコントやらの動きをイメージした事でスムーズに動いていた。しかしその動きは俺の意思と言うよりも、ISの動きに俺が合わせている様なものだった。

 ……いや、俺の体がISを動かすのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それも驚くほど正確に俺が見た映像の記憶をトレースし、俺自身も覚えていないような細かい動きまで再現して、PV動画と比較した会長たちも驚いていた程だ。

 ……思い返してみると、まるでISが俺の脳や体をハッキングしているように思える。昨日は訓練後も買い物やら箒やら夕食の支度やらでせわしなく、深く考える余裕がなかったが、今になって考えると何だか気味が悪い。

 

 ISは俺に何をしているのか?

 

 誰かに相談すべきだろうか? でも誰に? 悪い癖でグダグダ悩んでいると、臨時教官様が怒り出した。

「いつまでそうしてんのよ! チンタラしてると一撃ぶち込むわよ!?」

 いつの間にか大きな青竜刀を展開して振り回す姿に、俺は慌ててイメージを頭の中に浮かべようとした。悩むのは後でいい。取り敢えず一度それっぽい動きをして凰さんを満足させたら、今日は調子が悪いとでも言って訓練を切り上げよう。

 

 さっきの凰さんの動きを思い浮かべる。取り敢えず飛行の真似事でも出来りゃ上等――どわあ!?

「そうよ! やればできるじゃな――きゃあ!?」

「避けてくれーっ!!」

 気づいた時には凰さんの手本よりも高速でアリーナの中空をループしたかと思うと、よりによって凰さんのISに突っ込んでしまった。

 

「あだだだ……絶対防御があっても滅茶苦茶痛い」

「いたた……あんた何してくれてんのよ!? 変な気起こしてんなら叩っ切るわよ!!」

「ごめん、まだ飛ぶのは初めてで……本当に申し訳ない……」

 俺は凰さんと絡み合ったままアリーナの地面に転がってしまい、痛みでなかなか体を起こせなかった。

 どうにか彼女から離れようと上半身を起こすと、10mほど向こうにあるアリーナの入り口が開いた。

「おと~さ~ん、差し入れに……あれ?」

 入ってきたのはISスーツ姿の本音だった。手に何か提げている。

「あっ、本音――」

「なに……してるの?」

 こちらを見る本音の表情は今まで見たこともない無機質なものだった。まるで感情の無い人形だ。……目から光が消えている。

「その人、だれ?」

 本音のものとは思えない背筋の凍りそうな冷たい声。それを聞いて、俺はIS装着状態で凰さんの上にかぶさる様な体勢でいることを思い出した。

「ち、違うんだ! たまたま一夏の知り合いが来たんで訓練を――」

「ちょっと! そんなの後にして早くどいてよ!」

 あっちからもこっちからも女子の厳しい言葉が飛んでくる。一夏はいつもこんな感じなのか。慌てて凰さんから離れつつ、ルームメイトの苦労を少しだけ分かち合った。

 

 

 

「ふ~ん、じゃありんりんもおりむーが好きなんだ~」

「す、好きって! もう……ま、まあ一夏がどうしても、っていうんならね? ……昔の約束もあるし」

 本音の言葉にギクリとして焦り気味の凰さんの答えは、最後の所だけ小声だった。

 あの後俺はISを片付けて事情を説明し、どうにか本音が事情を納得した所で、俺たちは本音が持ってきた差し入れ品を手に互いに自己紹介した。早速あだ名を付けられて凰さんは呆れ顔だったが、話題が速攻恋バナに変わってそれ所ではなくなった。

「わ、私はいいのよ! そういうあんた達こそどうなのよ!?」

「えっ」

 話がこちらに飛び火して、俺はスポーツドリンクを取り落としそうになった。

「え、え~と……」

 さりげなく目を逸らしたものの、視界の右隅に本音とその向こうの凰さんがじーっと俺を見つめる姿があった。

「ま、まぁ来週一緒に出かける約束してるし……」

 俺が答えに(きゅう)してその場しのぎの返事をすると、凰さんがすぐにムキーッと髪を逆立てた。

「何よ自慢!? あたしだってねー! すぐに一夏と――そっその……」

「やっぱり~。おりむーも追いかけてくる女子が3人に増えて大変だねー。おとーさんの係は私一人だけど~」

 またも頬を紅潮(こうちょう)させた凰さんとほんわかした本音のやりとりが再開して、かなりホッとした。

 

 実際、内閣府からもハニトラがらみの注意についてはうるさく言われているものの、恋愛云々(うんぬん)についてはあまり触れられていないのが実情だ。俺が国やIS委員会について良い印象を持っていない事から、あまり細かい注文をつけ過ぎてヤケを起こしたり、最悪自殺するのを恐れているのもあるが、各省庁と与野党派閥に経団連、さらには国内外の大物資産家らが様々な思惑から互いに牽制し合い、それぞれが俺を誰とくっつけようかと論争や駆け引きの真っ最中らしい。何しろ一夏のような後ろ盾のない唯一の男性IS操縦者だ。最大限有効活用したいと言うのが連中の思惑だろう。

 だから、今はいい。だがこれから先は……。正直自分がどうなるか分からない立場で、本音に好きだの何だの言えるもんじゃない。それだけにそこに触れられるのは辛かった。それに今、わざわざそんな暗い話をしなくてもいいだろう。

 

 しかし……格差社会だよなぁ。

 

「音羽! 今あたしと本音の胸見たでしょ!? なに比べてんのよ!!」

 目ざとい凰さんの怒声にヒェッとなる。ようやく本音の機嫌も直ったのに、気が抜けた途端余計なことをしてしまった。しかしチラッと見ただけなのに、女子は男子のそういうとこよく見てるなあ。

「わ、悪かったよ」

「も~だめだよ~おとーさん。女の子はチラ見でもちゃんと分かってるんだから~」

 本音がミルクコーヒーを飲むのを止めて釘を刺してきた。ラッキースケベな一夏の事を言えんわ。

 凰さんはすぐ俺に興味をなくすと、本音のたわわに鋭い視線を向けた。

「だいたい本音、あんたはあたしと背格好変わらないくせに、なんでそんなデカイの持ってんのよ!?」

「あはは~かんちゃんにもよく言われるよー」

 今俺たち三人はISスーツ姿なので、体のスタイルが嫌というほどよく現れている。お陰で本音と凰さんのボディラインの差が残酷なまでに浮き彫りになっていた。二人の背丈が近いだけになおさら違いが明確で、スレンダーな凰さんの怒るのもむべなるかな、である。しかし胸さえ気にしなければ、凰さんのスタイルだって決して悪くないと思うのだが、彼女の場合はそんな言葉こそ火に油だろう。

「くぅーっ! このナマイキな胸っ! このっ! このっ! こんなのただの脂肪の塊じゃないの! 男は何がいいのよこんなもん! ふんっ!!」

「りんりんちょっと痛いよ~」

 凰さんがぐにぐにと本音の胸を、胸を! うわーすごい柔らかそう、ダイナミックに変形しとる……。

「あーもう! どうせこいつにも揉ませてるんでしょ!? 少しくらいなによ! ……はぁ、あたしも一夏に揉んでもらえば大きくなるのかしら……ちょっちょっと今のオフレコだから! 誰にも言うんじゃないわよ!?」

 自ら墓穴を掘るスタイル。この辺りも先行する二人と共通してる気がする。いっそライバル同士仲良く一夏を三等分してくれねえかな。無理か。

「ね、ねえ? 実際その……も、揉んだの? 揉んで大きく……なったりとか、す、する?」

「え、いや、揉んだことなんか無いし!」

「もっ揉まれてないから分かんないもん!!」

 おずおずと尋ねる凰さんに、俺と本音は顔を赤くして首を振った。

 

 

 

 まだ早いが、4時過ぎくらいに俺たちはシャワーと着替えを済ませてアリーナを出た。今日は一夏も遅くなりそうだから夕食は食堂だし、米買って帰るだけだからゆっくり――あ、一夏のやつササニシキが安売りとか言ってたな。特売とかならもう残ってないかも……まっいいか。

「でも音羽のあだ名が、音羽三治だからおとーさんって傑作ね! 流石に笑っちゃうわよ」

「うるせえほっとけ」

「え~いい呼び名なのに~りんりんだっていいでしょ~?」

 3人で陽の傾いた並木道を歩く。俺と本音は買い物だが、凰さんは職員室に到着を知らせたり転入手続きなどもあるらしい。IS訓練に付き合ってもらっといてなんだが、それ最初にしとくべきじゃないか?

「大声でりんりんって言わないでよ! もうホントあんた達といるとペースが乱れるわ」

 ため息をつくと凰さんは思い出したように俺たちを見た。

「そうそう! さっきも言ったけど、一夏にはあたしが転校して来た事はまだ内緒だからね! なんてったって、あたしと一夏は明日運命的な再会を果たすんだから!!」

 どうもそういう事らしい。アリーナにいる間も散々言われて耳タコだが、本人は一夏がクラスにいる所をドラマチックに登場し、来週のクラス対抗戦での2組の代表として挑戦状を叩きつけるつもりらしい。

「どうせあたしが入る2組には他に専用機持ちもいないし、少なくともクラス対抗戦に出馬する代表はあたしで決まりでしょ――あっ!」

 俺と本音の前を歩く凰さんは振り向いたまま得意気に話していたが、前方を向くと何かを見つけて急に走り出した。

「ここでしょ!? あんた達が一夏と一緒に写真撮った『ISロード』ってやつ!!」

 パタパタ走って行った凰さんが、見覚えのある風景の横断歩道でぴょんぴょん跳ねながら騒いだ。

「ISロード?」

「あんた自分で撮影しといて何も知らないの? しょうがないわねえ」

 俺が首をかしげると、凰さんが俺の無知をたしなめるように説明した。しかし彼女は小さな体に大きな態度がなんともアンバランスというか、微笑ましいというか、どうにも苦笑を隠せない。

 凰さんによると、SNSに皆で撮った写真が拡散してからというもの、どうもこの場所はアビィ・ロードならぬ『ISロード』として国内外でずいぶん話題になっており、いまや最も記念撮影したいスポットとして世界中に知れ渡っているという。

 そういやこの横断歩道は、最近女子がたまに集まっているのを見かけたが、まさか世界規模で話題になっているとは。IS学園島は普段一般人の立ち入りは制限されているから、ここで写真を撮りたいほとんどの人は来る事すら適わない訳だ……つーかただの横断歩道だぞ? ビートルズのアビィ・ロードの方がよくないか?

 しょうもない事で有名になったもんだと思っていると、凰さんが文字通り地団駄を踏んでいた。

「まったく一夏ったら! あたしもぜーったい一緒にここでいっぱい写真撮ってやるんだから!!」

「りんりんもライバル意識すごいよね~……またおとーさん大変そう」

 まったく、ただの写真なのになと呟くと、俺が放ったそっけない言葉にツインテールが速攻で反応した。

「簡単に言うわね! ここは世界で唯一男性IS操縦者が二人揃って写真に写った場所としても世界的に話題なのよ? あんたの実家や生まれた産婦人科だって、一夏みたいにブリュンヒルデの血筋じゃないのに男性IS操縦者が生まれ育った場所だって、世界中からご利益期待の連中が押しかけてるじゃない!?」

 あんたの実家を取り壊してIS神社を建てようって話もあるんでしょ。そこまで言われて俺は余りに行き過ぎた状況に理解が追いつかなくなった。

「でえーっ!? マジで!?」

 バッカじゃねえの!? どいつもこいつも大馬鹿だ!!

「あ、あはは……あんまり気にしちゃだめだよー?」

 本音は知っていたらしい。俺に気を遣って黙っていたのだろうが、今はその気遣いすら胸にグサリと来るものがあった。

「もういいや……さっさと米買って帰ろう」

 まだバタバタしている凰さんを生温かい目で見ながら、ササニシキ残ってるかなと頭の隅で考えた。

 

 

 

 途中で凰さんと別れ、まだ残っていた特売ササニシキ3袋とお菓子を買って配達を頼んだ。どうせ今日は自炊しないからと、嫌な事を忘れて屈託のない会話をしながら本音とゆるゆる帰ってくると、見るからにご機嫌斜めのセシリアと寮の手前で鉢合わせした。

「あっ……」

 この状況は昨日の箒と余りに酷似している。まさか……。

「セッシーおかえり~……どうしたのー?」

 今になって、こういう時は嫌味のない本音に尋ねさせるのが一番良いのではないかと思った。

「あなた方はどうしてそう自然に二人で――はっ! て、手を繋いでますわね!? いつの間にそんな進歩を!!」

 やっぱりまたか。本音と手を繋いでるのを指摘されても照れ臭さも感じやしない。恨めしい表情だったセシリアが驚愕に満ちた反応を示した所で、俺は急ぎ口を挟んだ。

「まぁ立ち話もなんだし、話があるなら一旦寮に戻ってからカフェで落ち合わないか? どうせ夕食までは時間があるだろうし」

 今日は自炊じゃないしな。そう言うと、セシリアは渋々といった風に承諾した。

 

 寮に入ってゆくセシリアを見送りながら俺は特大のため息をついた。今日一日でこんだけ色々と、その上……。スマホで一夏に電話しつつ、問題児が更にもう一人増えたのを思い出した。

 いつまでたっても前途多難だ。しかもほぼ九割がた一夏のせいとは。そろそろ縁を切った方がいいのかも知れない。

 

 

 

「あ、配達の受け取り……一夏にやらせりゃいいか」

 一夏の番号を押そうとすると、本音がきょろきょろしつつ心配そうな顔で空いている俺の手を引っ張った。

「大丈夫だよ、いよいよとなったら織斑先生に丸投げするから」

 いい加減持て余すようなら、鬼にでも来てもらえばいいさ。

「誰に何を丸投げするんだ?」

 背後からの低い声は、明らかに諸々の元凶の姉のものに間違いない。思わず取り落としたスマホから、一夏のもしもしと言う声がした。

 

「本音とどっかに転校したい……」

 




 体調不良などが重なり、だいぶ投稿に間が空いてしまいました。エタらなくて良かった……続きを待ってて下さった方は、遅くなって済みません。
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