さらばIS学園   作:さと~きはち

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 単に戦争でないというだけの消極的で空疎な平和は、
 いずれ実体としての戦争によって埋め合わされる。そう思ったことはないか?

 ―― 荒川茂樹 ――

   『機動警察パトレイバー2 the Movie』



白昼の狂騒

「なあ、結局鈴の言いたいことってなんだったんだ?」

「……もうその事は人に聞くな。分かるまでじっくり考えた方がいい」

 翌日の放課後。とうとう何もしないまま1組対2組の対戦を迎えてしまった。箒もセシリアもカタパルトまで見送りには来てくれたが、相変わらず厳しめの表情でいる。今頃は簪さんも、3組対4組の試合に臨んでいるはずだ。応援に行けないのが心残りだが、彼女と一夏が勝つと俺にとって正直複雑な展開になる。

「訓練通りにやれば勝てる。落ち着いて行け」

「私と違い接近戦型ですわ。同じ調子で行くと痛い目に()いますわよ」

 口も利かなかった昨日よりは二人の態度は和らいでいるが、まだいくぶん声が硬い。

「おりむーガンバレー!」

 無邪気な声援に俺の方が支えられる気分だ。あぁ本当に本音だけが俺にとって心のオアシスだな。一夏は都合3人もの美少女に(した)われながらギスギスしているなんて、ある意味凄いぞ。

「まぁ、勝ってもあんまり無茶な要求はするなよ? 約束の意味を教えろとか」

「わ、わかってるって! 試合前からプレッシャーかけるなよ」

 昨日の一夏との打合わせで、取り敢えず鈴の油断を誘って一気に必殺技をかける戦法で行くことにしている。鈴はセシリアとの決闘を見た訳ではないので、一夏の正確な実力は分かっていない。そこでわざと何度か単純な動きで攻撃してこちらの実力を低く見誤らせ、一気にカタをつけようと鈴が大技なりデカい武器なりを繰り出した隙を突いて、零落白夜とかいう強烈な単一仕様能力で決着をつけようというわけだ。

 鈴の短気な性格からして、長期戦より短期決戦の方がお好みだろうし、そう悪い戦術ではないはずだ。しかしアテが外れた場合、文字通り短期決戦型の武器しかない白式ではかなり分が悪くなりそうだ。その時どうするかはちゃんと決めてはいない。

「ま、そんときゃそんときで何とかするさ! 心配すんなよ」

 笑顔で安心させる言葉を返す一夏に、俺はしかし妙な不安を憶えた。

 クラス対抗戦と言っても、しょせんアリーナで行うIS同士の模擬戦だ。いくら頭にきている鈴が一夏をボコッた所で心配する要素なんてないのに、なぜか胸騒ぎがする。

 俺がその原因を掴めずにいるうちに、スピーカーで呼び出された一夏は白式と共にカタパルトをすべるように加速していった。

 そういえばここは、先週末シールド点検中に俺が独占使用させてもらったアリーナでもある。IS訓練で鈴にぶつかって怒られたっけ……ん? シールドの点検……まさかね。

「どうしたの~?」

「ん、いや……」

 本音に生返事をした時、大きなモニターに写る幼馴染同士の対決が始まった。

 

 短い問答の後、二人は闘いの火蓋を切った。まずは一夏が打合せ通り直線的な動きで突撃を繰り返し、それを軽くいなした鈴は大きな二つの青龍刀をつなげて振り回し始めた。直後に一夏が瞬時加速で一気に距離を詰め、驚く鈴に雪片弐型を振るおうとした、その時だった。

 

 いきなり腹に響く轟音と共に天井のシールドをぶち抜いた光柱が、アリーナの地面で爆発した。刃を交える寸前だった二機は突然の出来事に気をそがれて動きを止める。

 コンソールをいじっていた山田先生が真っ赤に光るディスプレイを見て異常事態を告げ、織斑先生が試合中止と退避を命じる中、アリーナを覆う爆煙が晴れ、地上に黒く大きなISらしきものが姿を現した。黒い体から白い骨をむき出したようなグロテスクなデザインで、胴体並みに太く大きな両腕が地面につくほど長い。

 誰もが初めて見るであろうその威圧感と異様なたたずまいに、モニター室の全員が言葉を失った。

「……なんじゃありゃあ?」

 こいつがさっきの光と爆発の原因か?

 どこか不気味な印象を持つそいつは、対戦を一時中断していた二人を襲い始めた。

「一夏!」

「一夏さん! 退避を!」

 箒とセシリアが絶叫する中、一夏は敵らしきISからのビーム攻撃を素早くかわした。なぜか鈴をお姫様抱っこして。

 ……あいつ案外余裕あるのか?

 一夏と鈴は指示通り退避するどころか、モニター室での喧騒をよそに黒い侵入者と戦い始めた。もっとも襲撃者の様子を見るに逃がしてはくれなさそうだ。

「みんなが逃げる時間を稼がなきゃ! ここは俺たちで何とかします!!」

 画面越しに一夏がそう叫び、見る間に一夏の白式と鈴の甲龍はそれぞれ光跡を曳いて侵入者に飛びかかっていった。

 そうだよ、一夏はこういう時は格好良いんだよなぁ。勝手な言い草だが、専用機を持っている事がうらやましくなる……しかし、あの黒いやつの実力が不明である以上、二人がかりでも勝てるかどうかは全く分からない。

 不安からか、本音は俺の右腕にしがみついていた。

「織斑くん!? 凰さん!?」

 山田先生が呼びかけるも、答える余裕もないのか返事はなかった。

 俺が不安を拭えないまま織斑先生を見やると、箒とセシリアの二人が必死の表情になって訴えていた。

「織斑先生! 是非私にIS使用と救援の許可を!」

「何か、私たちに出来る事は無いんですか!?」

 それに対する織斑先生の答えは素っ気ないものだった。

「ゲートの遮断シールドが最大のレベル4、その上ドアは全部ロックされている……誰もここから逃げることも、救援に向かうこともできん」

「まさか……あのISがハッキングしていますの!?」

「い、一夏……」

 気落ちする二人に追い討ちをかけるように、織斑先生は続けた。

「政府に救援要請も出したし、3年の精鋭がアリーナ開放のためのクラッキングも行っている。入り口さえこじ開けられれば、即応態勢の突入部隊が救援に駆けつける。今出来るのは待つ事だけだ」

 もう打つ手は無いと言わんばかりの織斑先生に、ISで突入したいセシリアと心配する箒も動けなくなってしまった。

 一方で俺は最初から蚊帳(かや)の外だし、全くの役立たずである事も痛いほど自覚していたので、皮肉にも箒達よりかえって冷静になることが出来た。

 警報が鳴り響く中、ただでさえ照明が控えめにされているモニター室は試合前よりずっと暗いように思えた。幾つかのディスプレイには、ドアロックされたアリーナから出られずにパニックを起こしている生徒たちの姿が映っている。

 今必要なのは生徒教員の避難と正体不明ISの撃破だが、乗っ取られたアリーナのセキュリティによって避難も救援も阻止されているという皮肉な状況だ。今の所それに対して講じられている手段はクラッキングのみ。他に道を開く手段は無いのか……?

 俺が他人事のように冷めた感覚で状況を整理していると、しかめっ面で下を向いていた織斑先生が急に顔を上げてつぶやいた。

「本人たちがやると言っているのだ。やらせてみようじゃないか」

 無茶な話だが、現状一夏と鈴以外にこの状況を打破できる者はいない。黒いISが出入口を(ふさ)ぎ暴れている今は、二人が勝たなければアリーナにいる全員の身が危ないという訳だ。

「し、しかし!」

 ブリュンヒルデは副担任の反論も気にしない風でコーヒーに砂糖を入れる。カップに口をつけ、直後に噴き出した。

「織斑先生、それ、塩です」

 動揺(どうよう)している証拠か。しかし山田先生の指摘に顔を赤くする織斑先生に俺は首をかしげた。この人は無茶を平気で言う事もあるが、流石に命がけの無謀を生徒に押し付けたりはしないように思う。やらせてみるというのは、何か理由があるのでは?

 解決のヒントになるかどうか分からないが、どうにも気になる。俺は用があるからと一旦本音から離れた。

「織斑先生、少しいいですか?」

 担任の顔は薄暗い部屋の濃い陰影のせいでやつれたように見えた。

「なんだ?」

 俺は声を(ひそ)めて(ささや)いた。

〝一夏と鈴が戦っているISに心当たりがあるんですか?〟

 一瞬大きく目を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻した織斑先生の声は硬かった。

〝何故そう思う?〟

 何かあるとは思ったが、あっさり反応したものだ。俺はこの人が何をどの程度知っているのかを考えつつ話を進めた。

〝しばらく考えた後で、一夏たちにやらせようと言ったでしょう。あれは2人でどうにかなると思える判断材料があったからでは? 普段の先生なら成否のはっきりしない事を簡単に決めはせんでしょう〟

 織斑先生は俺をジロリと見て、うんざりした顔でため息をついた。俺を引っ張って部屋の隅に寄る。

〝いいか、誰にも言うな。あれはおそらく……私の『知人』の差し金だ〟

 俺を正面から見据え、俺にだけ聞こえる声で言った。

〝知人、ですか〟

〝そうだ。それ以上でも以下でもない。私が言えるのはそれだけだ。それがどうかしたか?〟

〝いえ、何かヒントになればと……しかし知人なら、交渉の余地があるのでは?〟

 さっきよりも更に苦い顔になった織斑先生は、噛み締めた歯の隙間から〝それが出来ればとっくにやっている〟とかすかな声をしぼり出し、もう行けと俺を箒達の方へ追いやった。

「……」

 ヒントは見つからず、聞きたい事がさらに増えるだけに終わった。『知人』とは誰なのか、なぜコアの限られたISを送り込めるのか、いかなる理由でこの事態を引き起こしたのか、ブリュンヒルデの異名を轟かす織斑先生が苦虫を噛み潰して、交渉も出来ず打つ手なしと判断するのは――

「っ!!」

 まさか!? ISの生みの親である篠ノ之 束その人か!! たしか入学前の情報では、織斑先生の幼馴染だとか。なんてこった、よりにもよって行方不明で国際指名手配の天才ならぬ天災が相手とは……。

「どうしたの~?」

 本音の声に我に返る。とてとて歩み寄ると俺の腕にまたくっついた。

「ああ、ちょっと織斑先生と話をな」

 密着以外はいつも通りの本音の態度にホッとする。ディスプレイに映る死闘が目に入り、自分たちの置かれた状況を思い返した。とにかく、今はあの黒いヤツをどうにかすることだ。どこにいるかも分からない天災を気にしてもしょうがない。

 今考えうるアリーナ建物内部からの手段……外部からの手段……。

 そうだ、いま生徒会は?

「なあ本音、こういう時会長はどうすんだ? 救援に来たりとかは?」

 生徒会はIS学園の安全にも責任があると言っていたはずだ。会長はロシア代表だし専用機持ちだろう。

 しかし本音は首を振った。

「そうしたいのは山々だと思うけど、アリーナに入れないよ~」

「あのISが侵入する時天井にあけた穴は? いくら高性能なISでもそうそうアリーナの遮断シールドは破れないだろうが、奴はやった。このアリーナは先週末までシールド点検中だったよな? 奴がビーム兵器で貫通した場所は点検の際何か細工されたんじゃないか? そこからならまだ外から侵入可能では?」

 俺の話を聞いていた山田先生が織斑先生を振り返って尋ねた。

「どう思いますか? 織斑先生」

 同僚の問いかけにもブリュンヒルデは渋い顔だ。

「希望的観測の側面がありますし、今からでは間に合うか微妙でしょうが……一応、生徒会長には連絡して下さい」

 山田先生が会長のISに回線を繋いでいる間、俺は深くため息をつくと、織斑先生の方を向いた。

「なんだ。まだ何かあるのか?」

 非常識な相手には非常識な手が必要かも知れないが、これは言うべきかどうか……。

悪手(あくしゅ)ですがもう一つ手が……セシリアをアリーナへ送る方法です」

「……言ってみろ」

 睨むように俺を見る織斑先生に一旦深呼吸して気を落ち着かせ、再び話し始めた。

「遮断シールドを破壊したヤツのビーム兵器です。攻撃をうまく誘導して、一夏が発進したカタパルトのシールドに強烈なのを撃ち込ませれば……危険ですが、アリーナへの突入口は開けるはずです。ただ……カタパルト周辺に人がいなければの話ですが」

 俺が言い終わるが早いか、箒とセシリアが慌てて割り込んできた。

「三治!? いくら何でも無茶が過ぎやせんか!?」

「三治さん! 私とて一刻も早くという気持ちは同じですが、流石にそれは……」

 俺は二人を両手で制しつつ答えた。

「無茶は承知だが、代案も思いつかん」

 首だけで織斑先生を見やると、二人もそれにならった。当の本人はしかめっ面のまま目をつむっている。責任者に決断は委ねられたのだ。

「……山田先生、カタパルト周辺の人員はどうなっていますか?」

 織斑先生が(まぶた)を開くと同時に尋ねると、山田先生から即座に返事があった。

「織斑先生、生徒会長との連絡はつきました! あっ、それからカタパルト周辺の施設ですが、現在人のいる場所は……そのぅ」

 そこまで言って、山田先生は急に口ごもった。

「どうしました?」

「あの……カタパルト付近で人がいるのは、ここだけです」

 困り顔の山田先生の言葉に、織斑先生を除くモニター室の全員が目をむいた。

「あっ!」

 コンソールを操作していた女子生徒の一人が悲鳴を上げた。全員の視線が一番大きなディスプレイへと向く。

 黒いISの攻撃を避け損なった一夏が、アリーナの観客席を覆う防護シャッターに叩きつけられていた。

「畜生……」

 誰もが絶句する中、思わず悪態が口を突いて出た。何がやらせてみようだ、一夏の零落白夜は白式のシールドエネルギーも消耗する諸刃の剣なんだぞ。絶対防御にも限度がある。ヤツが一夏の攻撃を避けきったら手詰まりどころか一夏の命が危ういじゃねえか!

 背後では歯ぎしりややりきれなさを手近なものにぶつける気配があった。

「時間がない、試してみる価値はあるか……全員退避! 織斑と凰への連絡は私が行う!」

「ちょっと、織斑先生!」

 織斑先生の思わぬ言葉にまたも全員が顔色を変えたが、もはや逡巡(しゅんじゅん)の余地は無かった。

「みっ皆さん! 私について退避してください! 全員で中継室へ移動しますよ!!」

 覚悟を決めた表情の山田先生に続いて、俺たちは織斑先生に後を任せてモニター室を飛び出した。

 

「待って! 皆さん待ってくださぁい!」

 モニター室を出るが早いか、行き先が分かる生徒たちが我勝ちに駆け出して行ってしまい、その後を追う俺たちが続き、誘導するはずの山田先生が走るのが一番遅く最後に置いて行かれるという残念な構図での避難になった。

「やまぴーが置いてけぼりになっちゃうよ~」

 一緒に走る本音の声に俺はがっくりと来た。非常事態だし引率する立場だってのに……。

「ったくこんな時に、ほら山田先生!」

 俺は慌てている副担任の手を強引に掴むと、反対の手で本音の手を取って再び走り出した。

 自分の世話で手一杯の時に限ってこれだ、よくよくツキの無い場所だなここは!

「あ、ありがとうございます! あ、あのもうちょっとゆっくり走って下さいぃ!」

 もう大分箒たちからも離されてしまった。山田先生の悲鳴に応じる余裕もない。

 一夏たちは織斑先生の指示で上手くやっただろうか――そう思った瞬間、背後からドスの効いた大声が響いた。

「間に合わん! その場に全員伏せろっ!!」

 もう考えるひまも無かった。立ち止まり山田先生に伏せるよう身振りで示し、その場に這いつくばる本音の上に被さった。

 音と衝撃は同時だった。耳を(ろう)する爆発音と固い何かが壊れる音と建物全体の(きし)みがまとまって、アリーナ全体が砕けそうなショックと共に廊下の向こうから叩きつけられた。

 気付いた時には三人ともバラバラに廊下に転がっており、割れた蛍光灯の破片や建材の欠片がそこいらに散乱していた。舞っている(ほこり)に咳き込みつつ立とうとして、近くのドアに付いていたはずのネームプレートにつまづき転びそうになった。

「大丈夫か本音? 山田先生も」

 本音に近づくと、山田先生共々自力で立ち上がる所だった。特に怪我などは無い様で安心する。俺は二人の頭や服の埃を払ってやった。

「あ~びっくりしたー!! おとーさんも大丈夫?」

「こっ怖かったですぅ~!! そうだ、お二人とも大丈夫ですか!? ケガなどは?」

 俺は振動と破砕音がやってきた方を見た。破壊の中心に近いからか、まだ微細な破片や埃で霧のように(けぶ)っている。その中から織斑先生が飛び出してきた。

「皆無事か!? オルコットを呼べ、突破口は開けた!」

「本当ですか!」

 織斑先生も無事のようだった。我ながら無茶を言ったもんだが、大した怪我人も無く侵入口を開けたのは僥倖(ぎょうこう)だ。

「今確認してきた。すぐに呼んで織斑たちに加勢させろ!!」

 その声を聞きつけたのか、先行して脱出したセシリアがブルー・ティアーズを展開させ文字通り飛んできた。

「セシリア・オルコット、ただ今参ります!! 三治さん感謝しますわ!」

 壁際によけた俺たちをかすめ、廊下を飛び過ぎて行った。たまに鼻持ちならない所も見せるが、今は大変に頼もしい限りだ。

「頼んだぞ!」

「がんばってセッシー!」

「きっ気をつけてくださいね!」

 俺、本音、山田先生がその背中に声援を送った英代表候補生は、あっという間に視界から消えていった。

「ふん、これで少しは安心できるか」

 織斑先生が誰にともなく呟くと、セシリアが来た方から箒が駆けて来た。

「三治達も無事か!? 織斑先生! 入口は出来たのですか?」

 俺たちがうなずくと、そうかと言ったきりセシリアの消えた方向を複雑な顔で見つめていた。自分にも専用機があったなら、そう考えているのかも知れない。

 

 再び中継室へ走った俺たちは、モニターに映し出された戦闘に釘付けになった。3対1となり一夏たちは形勢を立て直していた。セシリアの射撃に牽制された所を鈴が正面から斬りかかり、地面に倒された所で一夏の零落白夜が直撃、右半身ごと片腕を切り落とした。

 一瞬の静寂の後、中継室は歓声に包まれた。うるさくて耳がおかしくなりそうなのはいつ以来か。 

「勝負あったな。こりゃ乗員は……ん?」

 てっきり一夏のシールド無効化攻撃でグロシーンを見せられると踏んでいた俺は、無機物しか見えない敵ISの断面に首をひねった。

 乗員がいない?

「音羽。おそらくあれは無人機だ」

 俺の態度を察した織斑先生が説明し、途端に中継室の全員がざわめきだした。

「織斑先生! あのISは無人で稼動出来るんですか?」

「えーっ! そんなの有り得るんですか!?」

 中継室は驚いた生徒たちの質問攻めで収拾がつかなくなった。無人機云々(うんぬん)はともかく、頭が痛いという様子の織斑先生とあたふたする山田先生を少々気の毒に思っていると、下から袖を引っ張られた。

「おとーさん、しののんが」

 本音の指差す方を見ると、喧騒を尻目に箒が部屋を抜け出すのが見えた。

「まさか、シールドの穴からアリーナに入る気か?」

 俺は気になって本音と後を追った。

「箒! アリーナに行くのか? まだ危険じゃ――」

 室内の騒ぎで聞こえなかったのか、廊下に出た時には足音を残して姿を消していた。

「大丈夫だろうけど、一応ついていくか。今から無茶して織斑先生に怒られてもつまらんだろ」

「しののんまって~」

 本音と廊下の破片やがれきをよけつつ後を追うのは意外に時間がかかった。どうにかモニター室辺りまで戻ると、本音共々思わず足を止めた。

 そこの様子は一変していた。モニター室のあった場所の半分以上がえぐれて、カタパルトごと巨大な洞窟のようなトンネルになってアリーナに続き、そこから陽光が差し込んで明るくなっている。

 今さらだが、俺はとんでもない提案をしてしまったらしい。後で問題になるだろうなとは思ったが、責任追及なんて事になったら本気で逃げたい。

「……うわ~、大変だあ」

「あ~あ……どうしようもねえなこりゃ」

 箒の姿は無い。どうやらカタパルト跡を通ってアリーナを見下ろす位置にまで行ったらしい。

「お~いしののーん!」

 間延びした本音の声が響くが反応は無い。仕方なく俺たちはあちこちえぐれてデコボコになったカタパルトを歩いてアリーナ入口まで進んだ。閉じていた隔壁の破片がそこらじゅうに散らばっている。

 箒はカタパルトの終点で、眼下に広がるアリーナを見おろしていた。その横に並んで100mほども下の地上を眺めると、巨大なクレーターの真ん中にあお向けで停止した黒いISと、向かい合った一夏が白式のまま座り込んでいるのが見えた。たぶん一夏は零落白夜でシールドエネルギーを使い果たしたのだろう。鈴と、セシリアは空中で静止していたが、ことが済んだと判断したのかゆっくり降下して一夏に近づいていった。

 箒は一夏を見つめているらしい。なんだか己の無力さに打ちひしがれているように見えて、声を掛けづらかった。俺とて大した事は出来なかったが、箒は今回出来ることがほとんど無かったのが歯がゆく、また辛いのかも知れない。

 俺たちに気付いたらしく、一夏はこちらを向くと笑顔で手を振った。手を振り返しざまちらりと箒の顔を見たが、表情はすぐれない。

 箒もあの天災の妹なんだし、専用機ぐらいあればいいのに……俺は自分のことも棚に上げてまた無責任なことを考え、その後すぐに苦労の末専用機を完成させた簪さんの事を思い出して己の浅はかさに恥ずかしくなった。

 しかし天災である箒の姉が現実に送り込んだのは、彼女の想い人である一夏たちを殺しかねない危険な無人機だったというのは皮肉極まりない。

 この事は箒も知らない方がいい……。

 と、いきなり本音が俺の腕を強く引いた。

 俺が驚くのと、停止したはずのヤツが再びパイロットランプと思しき光を発するのは同時だった。

「馬鹿な!? 一夏っ! そいつはまだ生きているぞ!!」

「セシリア! 鈴! ヤツを撃て!!」

 箒と俺が絶叫する中、一夏が両腕で頭部をガードしセシリアと鈴が慌てて飛び道具を照準しようとした、その時だった。

 起き上がった無人機が残った左腕のビーム砲を一夏に向けたのとほぼ同時に、その無人機が侵入した穴から水色のISが轟音と共に飛び込み、液体をまとい付かせたランスを(またた)く間にヤツへと突き立てた。

「伏せて!」

 アリーナに響く声に俺たち三人が腹這いになると、本日二度目の大爆発がアリーナと全身を揺るがした……。

 

 

 

「全く、揃いも揃って余計な世話をかけおって」

 織斑先生の言葉に俺、本音、箒の3人は黙って頭を垂れるしかなかった。

 あの後俺たちはアリーナの爆発の振動をやり過ごしたあと駆けつけた織斑先生達に助けられ、無人機の破壊……というか爆発後ハッキングの解けたアリーナから出た。その後先生方にこってり絞られたというわけだ。

 織斑先生の説明によると、一夏と鈴は連携して無人機をカタパルト付近で挑発し、2機まとめて破壊しようと強烈な一撃を撃たせるのに成功した。そしてセシリアも加わり3機共同で倒したものの、一夏がエネルギー切れで動けなくなった所をヤツが再起動したらしい。再起動した無人機に天井から突入しとどめを見舞ったのは会長のミステリアス・レイディというISで、お陰で一夏への攻撃は止まったものの無人機は撃破直後に自爆、一夏は衝撃をもろに受け意識を失ったという。

「危うく生徒会長が間に合ったから良いものの、自分達に攻撃が向いたらどうするつもりだったんだ? 織斑達に助けてもらう算段でもあったか? うん?」

 まるで返す言葉も無い俺たちだが、何だか担任教師は俺に対してばかりお叱りの言葉を向けているように思える。普段の指導態度にあれこれ文句をつけている俺を堂々と叱責(しっせき)する機会は滅多に無いからだろうか。織斑先生は少し楽しそうに思えた。

「あ、あの、一夏は無事ですか?」

 普段はこういう時口を出さない箒が、珍しく言葉を挟んだ。一夏たちの救出現場の雰囲気から緊急医療が必要なほどのダメージは無いのが想像できたが、それでもやはり心配なのが乙女心だろう。

 織斑先生はぴくりと眉を動かしたが、素直に教えてくれた。

「織斑をはじめあの侵入ISを撃破した面子に重傷者は居ないから安心しろ。爆発に巻き込まれた織斑も、絶対防御及び生体維持機能により負傷は最小限に留められた。一時的に意識を失ってはいるが軽い脳震盪だ。すぐに意識は戻る」

「そ、そうですか! 良かった……」

 箒は心底ほっとしたという表情を見せた。それを見て俺が少し心を和ませた所へ、事後処理に駆け回っているらしい山田先生が小走りにやってきた。

「織斑先生! 大まかな損害報告とアリーナの収録映像のまとめが終わりました。確認お願いしますね。それと……」

 もじもじしている山田先生に織斑先生は戸惑いを見せた。

「なんでしょうか?」

「あの、音羽くんたちも反省したでしょうし、もうその辺で……ほ、ほら織斑くんももう意識が戻る頃ですから!」

 まくし立てる山田先生に珍しく織斑先生は気圧され、もう行っていいと俺たちから報告書を手に離れて行った。

「助かりました山田先生」

「有難う御座います」

「ありがとやまぴー!」

 俺たちの感謝に山田先生はニコニコした。

「良いんですよ! さっきはその、音羽くんに助けて頂きましたし! ……あの、やまぴーって?」

 本音は悪びれもせずに答えた。

「もちろんやまやのあだ名だよ~」

「や、やまや……うぅ、やっぱり私、教師としての威厳が足りないんでしょうか?」

 俺は教師にまでニックネームを付けている本音にメッをした。

「うう~いいと思うのにー」

「あだ名が付けられるのは山田先生が皆に慕われている証拠ですよ。それに正直、勢いと自分のペースが全ての織斑先生よりも、山田先生の授業のほうがずっと丁寧で分かり易いです」

 俺のフォローにまた副担任はニコニコした。

「そうですか? いやーそんなに褒めても何にも出ないですよぉ~えへへへ」

 前から思ってたがこの人チョロ過ぎるんじゃないか? プライベートが心配だ。本音と箒は若干呆れが顔に出ている。

 もうこの現場で俺たちに出来ることは無いようだ。一夏の様子を見に行こうかと言いかけたのを本音の大声にかき消された。

「あっかんちゃん!」

 本音が向いた方から、調査のため出入りする教職員や避難する生徒たちの隙間を()って簪さんが駆けて来た。よく見るとISスーツ姿だ。スタイルの出る格好の簪さんは初めて見る……よく似た姉妹でも大きな違いが出るなあ。現実は非情である。

「二人とも大丈夫だった?」

 非常事態を聞きつけて、息せき切って駆けつけくれたらしい。

「大丈夫だよ~」

「心配かけたみたいだな。俺達もほとんどの人も無事だよ」

 約一名安静にしてるのが居るくらいで。一夏に良い印象の無い簪さんに伝える必要も無いだろう。

「良かった……姉さんにISから連絡をもらった時はどうしようかと思って……ぁ」

「どうしたんだ?」

 簪さんがなぜか急に沈んだ表情になった。何となく簪さんの揺れる視線の先を見ると、箒・本音・山田先生の……あっ。

 唐突に手の甲をつねられた。

「おとーさん、今変なとこ見てたでしょ! も~」

 最近女子の胸を見るのがクセになってるな。俺は自分が思うよりオッパイ星人だったのか。

「わ、悪かったってば」

 本音の言葉にハッとした簪さんは、小さな声でじゃあと言ったきり校舎の方へ小走りに行ってしまった。

 やはりたわわの格差が原因か。胸を気にする男ばかりじゃあるまいに……俺が言っても説得力ないな。事情が飲み込めない山田先生はきょとんとしている。

 そうこうしている内に箒が苛立たしげに声を荒げた。

「おい! いい加減一夏の見舞いに行くぞ!?」

 俺たちは山田先生と別れ、今度は保健室に向けて忙しく歩を進めた。

 

 保健室の前で、会長たちとバッタリ鉢合わせした。背後には書類が入っているであろうブリーフケースを手にした虚先輩と、セシリアを従えている。セシリアは疲れた顔だ。会長らに例の無人機についてあれこれ質問責めにされたのだろうか?

「あら、みんなも無事で何よりね。篠ノ之さんは急いでるようだけど、怪我は大した事ないといっても、やっぱり心配なのかしら?」

 また始まったな、と俺は一人ごちた。まだ助けてもらった礼も言わない内にため息が出る。どうやら会長が色恋沙汰でからかうのは俺に限った話じゃないらしい。おそらくセシリアもその手の攻勢で疲労困憊(ひろうこんぱい)という所か。

「いっ、一夏のことは別に……私はただ、幼馴染として見舞いに来ただけです!」

 急に態度が固くなった箒と対照的に会長は実に楽しそうだ。相変わらずこの人は恋バナが絡むと無駄に元気になる。

「あら~? 私は別に織斑くんの事とは言ってないわよ?」

 歯ぎしりの音がして背筋が冷たくなる。箒が喧嘩腰になりかけているので、俺は割って入った。

「もうよせ。この人はスイーツと恋バナを与えるとキリが無いんだ」

「ちょっと、命の恩人に対してそんな言い方はないでしょ?」

 もちろん不満げな会長にもフォローを入れる。

「そうですね、会長の鼻に小豆詰めるのは延期します」

「撤回しなさいよ!?」

 会長の冷静さはきれいに吹き飛んだ。

「お嬢様、お見舞いに来たのではないのですか?」

 虚先輩も加勢してくれてようやく会長も口を閉じ、俺が保健室のドアを開けた。他にも寝ている生徒が居るかも知れないので、小声で呼んでみる。

「一夏、もう気がついたか?」

 と、めくれたカーテンの隙間から眠っている一夏と、その頬に唇を寄せている鈴が見えた。

 俺が固まった横を気付かなかったらしい箒らが通り過ぎ、件のベッドに近づいた。

「あら、事情聴取したいもう一人はここにいたのねえ」

 会長のわざとらしい言い草に俺は肩をすくめた。どうせ一夏を含めて無人機と戦った三人とも、後々じっくり話を聞くつもりだろう。

「一夏、もう目が覚めたか? ま、まだ寝ているか?」

「一夏さん、お見舞いに参りましたわ」

「おりむー大丈夫~?」

 途端に一夏のベッドから鈴が飛び退く様子と、目覚めた一夏の声が伝わってきた。

「そこで何をしてる!?」

「べ、別に? 何もないわよ!」

 箒と焦りにかられた鈴のやりとりを聞くだけでお腹いっぱいだが、一応一夏の無事を確かめにベッドを覗いた。しかし鈴もなかなかどうしてやるもんだな。

「よう三治! みんなも無事だったか?」

「そりゃこっちの台詞だよ」

 病衣姿の一夏は怪我らしい怪我もなく元気そうだった。話を聞くと、零落白夜を使いエネルギー切れで座り込んでいた所をいきなり無人機が動き出した意外、織斑先生と会長から聞いた内容とほぼ同じだった。

「空から来た水色のISってのは生徒会長の専用機だよ。一応礼を言っとけ」

 俺が振り返ると、さっきから揉めている鈴や箒を見てニヤニヤしていた会長がこちらを見た。

「久し振りね織斑くん。本当なら明日の放課後クラス代表会議で会う予定だったけれど、意外な形で早まったわね」

 さっきまでのニヤつきはどこへやら、余裕たっぷりな態度の会長に一瞬呑まれた一夏だが、普段の会長を知る俺は若干()めた気分だった。

「あのとき生徒会長が助けてくれたんですね! ありがとうございます!」

 一夏が多くの女子を落としていそうな笑顔で礼を口にしても、鷹揚な態度で微笑んで見せる。これだけを見ると実態を(だま)されそうだよな。ISの腕が凄いのは確かだけど。

「まあね。これもIS学園生徒会長としての仕事の範疇(はんちゅう)よ。もっとも倒しはしても、その後の自爆までは防げなかったんだけど。無事で本当によかったわ」

 優雅ささえ感じる仕草で『片手間仕事』と書かれた扇子を開いて見せたが、すぐにその表情が真剣さを帯びたものに変わった。

「実は今日訪問したのはそのお詫びとお礼のためなの。織斑くん、生徒会として貴重な男子生徒である貴方を完全には守りきれなかった事、謝罪するわ。それに有難う、オルコットさんと凰さんも。貴方達が今回の()()()()()()()()に危険を顧みず協力してくれたお陰で、多くの生徒と教員が救われたわ。貴方達の協力に対して学園側からも何らかの感謝の印が贈られるはずよ」

 虚先輩共々深々と頭を下げる会長に、みな慌ててかしこまった態度になった。俺も一応表面上はそうした。知る事実と噛み合わない言動は別として。

 無論目端の利く誰かさんがそれに気付かないはずもない。皆と向き直った会長は表面上穏やかな笑みを浮かべつつ、一瞬俺に『余計な事言わないでね』という視線を放ってよこした。

 無論きっちり余計な事を言った。

「普段のデスクワークもそんくらいの手際なら虚先輩もニッコリですね」

「私はフットワーク派なのよ! デスクワークの類は得意じゃないのっ!」

 一気に地が出てしまった。あっという間に周囲の表情が微妙になる。

「んもう! せっかく格好良い先輩の姿を印象付けたかったのに台無しじゃない!! あ~あ、この後織斑くんを生徒会に勧誘する筈だったのに」

「はがれやすいメッキでしたね」

 がっかりした会長と塩対応の俺に周囲は呆れ顔を見せ、神妙な空気が台無しになった。また女子たちの一夏を巡る泥仕合が始まると会長は俺に素早く耳打ちした。

〝後で生徒会室に来て〟

 俺は微かに頷いた。一夏に向き直り、そろそろ帰る(むね)を伝えようとした途端、当人が思い出したように大声を上げた。

「そうだ鈴! あの昔の約束のことだけどさ……悪かった。鈴にとっては凄く大事な約束だったんだよな? なのに、おれはちゃんと分かってなかった。すまない、この通りだ!」

 一夏は自分がさっきまで失神していたことも忘れてベッドの上で土下座した。もうほぼ元気だなこれ。

 しかし一夏も変わったな。今までならムキになって喧嘩したままか、他のゴタゴタで忘れそうだもんな。このまま行けばその内……は無理でも、在学中はどうにかなるんでないかな?

 もっとも一夏にとっては精一杯の誠意でも、人前でこんな真似をされた鈴は展開について行けずに大慌てだ。前回一夏が土下座した時は俺が焦ったけど。

「別に土下座なんかしなくていいわよ! あ~もう、あれはその……し、宿題! 宿題にしとくからね! 近いうちに必ず正しく理解して、あたしに言いに来なさいよ? 分かった!?」

 一夏は起き上がるといつもの笑顔を見せた。

「ああ、必ずそうするよ。約束する!」

「よーし、絶対だからね! それじゃあたしはもう行くから。一夏、また明日!」

 鈴はさっきまでの箒たちとの口論も忘れて、若干満足げな様子で保健室を足早に出て行った。

 やっぱりさっきの鈴……言うだけ無粋か。

「私たちも失礼するわ。織斑くん、ゆっくり体を休めてね。また明日クラス代表会議で」

「俺ももう行くわ。一夏も元気そうだし」

「私も~またねおりむー」

 会長や俺が場を辞すのを告げると、一夏は急に慌てだした。

「ええー三治までもう行っちゃうのか!? おれもう平気だし一緒に行っていいだろ?」

 制服に着替えようとバタバタする一夏を、乙女の前で肌をさらすなと怒る箒と頬を染めるセシリアに任せて俺たちは保健室を出た。

 

 

 

 会長、虚先輩、俺、本音の4人は紅茶のカップを前に生徒会室のテーブルを囲んでいた。

「虚ちゃん、お茶()けもう一つくれない?」

「お嬢様、太りますよ?」

 もう陽が傾く頃合だ。本音は空腹を抑えるべくさっさと自分のお茶菓子を完食し、俺の分を虎視眈々と狙っている。

 数名の食い気のせいで緊迫感とは程遠い空気だが、予想される議題は胃もたれするレベルの重さだった。

「はあ、ただでさえ書類仕事が溜まってるのに、こんな騒ぎまで起きるんだからホントついてないわ」

 本題は会長のため息と共に始まった。

「お嬢様?」

「ハイハイ、分かってるわよ。まず音羽くん、私に言いたい事があるでしょう? 保健室での話についてよね?」

 微笑んではいるものの目は笑っていない。

「はぁ、まぁ……しかし俺がどうこうよりも、『実物』を調べる方が重要なんじゃないですか?」

 会長の質問に俺は当たり障りのない答えを返してみた。

「ざっとは見たけれど、詳しくは整備科の調査結果を見なければ何とも言えないわね。それはそれとして、キミだけが知ってる事があるでしょう? 私が聞きたいのはそれよ」

 だから保健室で反応したんでしょう? 会長の表情と隙の無さは変わらなかった。

 俺は黙って肩をすくめた。曲がりなりにも織斑先生には誰にも言うなと釘を刺されたのだ。

 会長はあの事件が試験機の暴走事故だと言った。本当にそうなら織斑先生は俺にあんな事を言わないだろうし、皆にも会長と同じ事を言ったはずだ。天災がらみかはともかく、やはりあれは外部から送り込まれたものだろう。

 多分会長は織斑先生から話を聞いてはいない。だから何故俺が保健室での嘘に反応したか気になるんだろう。無人機を調査した結果事実を知ったか、それとも無人機を作れるのは天災のみだと判断したのかは知らないが、俺がどういう理由でアレは試験機ではないと判断したかを聞き出したいのだ。

「本音ちゃんにも言ってないのよね。私にも話せない事かしら?」

「いや別に。というか想像は……いや調べはついてるんでしょ? 学園アリーナの遮断シールドブチ破って複数の専用機持ちと互角に戦う無人IS。んなもん作れる国や組織があるなら、とっくに世界の軍事バランスというかISバランスは崩れてる。世界中が情報収集や対策に大わらわになるでしょうから何かしらの異常が伝わるし、このIS学園生徒会や教職員でだって問題になるはず――いや、現れた際の対応にしてもマニュアルくらい出来たはずでは? 少なくともあの無人機が学園の試験機なら、一時的な混乱はあっても教職員の誰もアレが何物か分からないのはおかしいでしょう」

 うんうんと聞いていた会長は、じっと俺の瞳を覗き込んだ。

「概ねはそうね。では、アレは何だと思うのかしら?」

 俺は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻を鳴らした。

「あんなもんどこも作れないし、作れる奴に心当たりもない……ISに一番詳しい人間を除けば、ですが」

 顔だけは微笑を絶やさなかった会長が初めて眉間にしわを寄せた。

「『天災』篠ノ之 束博士の差し金……確かに、白騎士事件という前科もあるしね」

 俺はうなずいた。例え織斑先生に何も聞かされなくとも、アレがISでありコアが世界でも数少ない貴重品と知っていれば、最初に疑惑が向けられるのはISコアを製造できる唯一の人物なのは当然だろう。あのアリーナのシールドが整備中に無人機が侵入できるよう細工がなされたのも、おそらく天災の仕業だろうという事だった。

 真面目な表情になった会長は質問を続けた。

「それは、純粋に音羽くんだけの考えかしら?」

 内心ちょっとギクっとした。あの時のモニター室でのやりとりを知っているのだろうか?

 ……そう言えばあの時、織斑先生に耳打ちされた際本音は聞いていたのだろうか? 例えそうだとしても、あのブリュンヒルデがそれを見逃すとは思えない。

 ちらりと本音を見ると、心配そうな目つきで俺を見上げている。

「そうだと何かまずいんですか?」

 会長は首を振った。

「私の勝手な推測だけど、あの事件のさなかで織斑先生あるいは篠ノ之さんは何かを知っていて、音羽くんはそれを聞いたんじゃないかしら? 彼女らは今回の件の渦中でたった二人の篠ノ之博士と縁の深い人間だし、あの混乱のさなかでキミは二人が何か洩らしたのを聞いたとしても不思議じゃないわ。なにしろ事態打開のきっかけを作ったんだし、音羽くんは何かと彼女らの面倒を見てきたでしょ? 事件解決のためヒントになりそうな事を聞き及んでいても不思議じゃないと思うのよ」

 いったん言葉を切って、会長は紅茶に口をつけた。

「それこそがキミが『試験機』の実態を知る理由だと思ったし、もしそうなら私の知る以上の何かを知っていると思ったんだけれど、違うのかしら?」

 そこまで考えたのか。流石に学園の治安まで預かる立場の人間だけある。もっとも俺に対しては多少買いかぶりというか、考え過ぎではあるが。

「残念ながら俺もこれ以上は分かりませんよ。役には立ちそうもないですね」

 俺が答えると会長は、そうでもないわと言って微妙な笑顔を見せた。

 虚先輩が俺と会長のカップにお代わりを注いでくれるのを待って、会長は続けた。

「どんな意図があるにせよ、今回のことは明らかに学園や生徒に対する武力攻撃だったわ。今後もこんな襲撃や破壊活動に対処するのは当然としても、事前に防げるものなら防ぎたいのよ。でも篠ノ之博士の情報は極端に不足している上に3年前から行方不明。見つけることも、行動を予測することも出来ない。今回の襲撃の目的も、敵意を抱く理由も判然としない……そんな中で、篠ノ之博士本人と交渉できるチャンネルがあるとしたら、キミならどうするかしら?」

 俺は思わず立ち上がった。

「まさか! 織斑先生と箒に篠ノ之博士と交渉するよう説得しろとでも言うんですか?」

 会長の立場も言うことも分かるが、それは酷く残酷な話じゃないだろうか。例えテロリストだとしても二人にとって篠ノ之博士は身内だろう。

「実は今まで織斑先生は個人的に天災とコミュニケーションを取ることを拒絶してきたわ。様々な勢力や有力者に利用されるのは目に見えているものね。でも……おそらく今後は変わると思う。いえ、変わらざるを得ないわ。IS学園とその生徒が襲われたのだから。私がお願いしたいのは、同級生の篠ノ之さんの方なの」

 今度は俺が顔をしかめて眉間を押さえた。言葉も出ない。現実的な話、今回の無人機が撃破された事で次はさらに強力なISが送り込まれる可能性が高い。そうなったら今度こそ一夏たちでは……その上犠牲者が出る危険も大きい。しかし……。

「無理にとは言わないわ、本来なら私がやるべき事だし、こんな事を頼まれたくはないわよね」

 穏やかに話す会長。俺は黙っていた。

「出来ればで良いの。もちろん篠ノ之さんだって拒否する権利はあるわ。でも正直、今は(わら)にもすがりたいのよ。あの天災が相手では分が悪すぎる。気が向いた相手としか話さないという情報もあるわ。残念ながらまともに交渉は出来そうにないし、ISで対抗するにも限界がある。でも……せめて学園生徒の安全だけは守りたいのよ」

 忸怩(じくじ)たる思いがあるのだろう。話の最後で会長は見ていて痛いほど右手を握り締めていた。

「ま、そういう訳だから、一応は頭の隅に留めておいてね?」

 回答に悩む俺に会長はわざとのように軽い調子で話を締めた。

「あまり悩まないでくださいね。これはあくまで生徒会の仕事ですし、音羽くんは本来生徒会役員ではないのですから」

 虚先輩もフォローを入れてくれた。ん? 今気がついたけど、この人も生徒会で俺と同じようなポジションなんじゃないの?

 急に本音が俺の右腕にぎゅっと抱きついた。

「おとーさんお腹すいた~」

 いつものゆるい様子に気が抜けた。ぐじぐじ悩むより、とりあえずは腹ごしらえでもするか。

「……やれやれ、それじゃそろそろ晩御飯にするか。会長たちも食堂にご一緒しません?」

 自分の中で張り詰めていたものがふっと緩んだ。会長たちも今の調子じゃリラックスするひとときがきっと必要だろう。

 しかし会長の返事はいろいろナナメ上だった。

「そうね、でも……この後死ぬほど忙しいのよ! 私はっ!!」

 いきなり怒鳴りつつイスを蹴飛ばし会長は立ち上がった。気の重い用事が終わってタガが外れたのか?

「は、はあ?」

 俺が要領を得ない反応なのも気にせず会長は一人でがなりたてた。

「簪ちゃんの専用機が完成して! やっと! 事務仕事前に休息が取れると思ってたのに!! なんなのよ無人機って!? もう今週ずっと完徹決定よ!? どうしてくれるのよもおおぉっ!!」

「ええぇ……」

 会長にとって本日はブチ切れデスマーチの幕開けだったらしい。

「申し訳ありません音羽くん。お嬢様は溜まっていたデスクワークに加え無人機襲撃事件の後処理と調査、さらには無人機のアリーナ侵入経路調査、それに加えて政府とIS委員会への報告に中止となったクラス対抗戦の対応などで予定が完全に埋まってしまいまして、今月はもう休みも取れそうにないのです」

「え、今月いっぱいですか!? まだ半月もあるのに……」

 き、キッツいなあ。IS学園生徒会長はブラック社員か?

 虚先輩の話にいささか気の毒に感じていると、さっきまで泣きそうだった会長がこっちをチラッチラッと見ている。手伝って欲しいなら素直に言え。

「箒についてはまぁアレですが、事務作業くらいなら手伝えなくもないです」

 俺が言うと会長はまた不平を垂れた。

「そこはぁ素直にぃ手伝いますって言って欲ーしーいー」

「うるせぇもう来ねえぞ」

 会長のワガママに対し俺が冷たく吐き捨てると、虚先輩が横目で駄々っ子をギロリと睨んだ。

「お嬢様?」

 すぐに皆がヒッとかすれ声を出して押し黙った。

 

 本当に生徒会を仕切ってるのはやっぱりこの人かも知れない……。

 

 

 

 会長と虚先輩は後で簪さんと一緒に夕食を摂るらしく、俺と本音はまた食後に手伝いに来るということで、泣く泣く報告書に目を通す会長と、それを腕組みして見おろす虚先輩を後に本音と食堂へやってきた。

 

 しかし今日という日はつくづく波乱と驚愕に満ちている。いい加減何にもない退屈な日が来ないもんかな……まさかこの年でこんな事を願う日が来ようとは。

 

「あ! いたいた、やっと見つけたぞ!」

 そらきた。券売機の列に並んでいると、さっきまで保健室にいたはずの一夏が駆け寄ってきた。大した外傷もないようだし、もう大丈夫なんだろう。女性関係を除けば。

「一夏! 今日はその、何だ、あの化け物を倒した祝いに私が奢ってやろう! だから二人で――」

「一夏さん! 今宵は共に強敵を撃破した記念として二人きりで――」

「一夏! あたしはあっちの席がいいから、早く来なさいよね!?」

 すぐにその後ろから(くだん)の3人がついてきた。本音の言った通り、今度からは一夏を狩る者たちが一人増えた。

 まあ、大して変わりゃしないさ……大してな。

「三治! 一緒に晩飯食うだろ?」

「おりむーすっかり元気だね~」

「もちろんさ! それより三治聞いてくれよ。千冬姉がさ――」

 一夏の女子に対する無関心も無駄にサワヤカな笑顔にも今は何も感じない。今日一日のアレコレに比べりゃこの程度なんでもないな。それに一夏は会長と並んで本日のMVPでもある。今日ぐらいいちいち目くじらを立てることもないだろ。こんな事でこいつらが大騒ぎしていられるのも、今ここが平和な証拠だし。

 

 でもさ……。

 

 退屈で平凡な日常こそが、学生本来の姿じゃね? この学園はやっぱりおかしいよな?




当初の予定よりどんどん話がややこしくなっていく……というか、原作がいろいろサラッと流しすぎでしょ(八つ当たり)

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