―― 教師RIKI ――
『バトル・ロワイアルⅡ』
「ちがう、そうじゃない」
IS学園入学前の生活のため政府に用意された都内の高級ホテルのスイートで、俺は仕立て直されたIS学園の制服を見るなり呆然とした。
確かにあまりの目立つデザインに苦言を呈したのは俺だ。地味にしろとも言った。しかし……。
「白地と黒地が逆転しただけだろこれ!?」
他にやりようがねえのかと思うぐらいデザインはそのまんまだった。色入れ替えただけだ。むしろどこのSFアニメの軍服だと言いたくなる。
ひょっとして馬鹿にされてるのかとも思ったが、仕立て業者の話によると、IS学園の校則では制服は形状を変更しても最低限オリジナルのデザインを残さなくてはならないという。でないとてんでばらばらの服装になり、制服の意味が無くなるかららしい。それで仕方なく色のみ変更したらしいのだが。
「余計目立つわこんなもん!」
とはいえ今さら元に戻す時間もなく、泣く泣くこの制服で入学を迎える事となった。
その上難解すぎてIS参考書は三分の一も分からず、IS適性テストでは最低ランクのCぎりぎり。お蔭で教官との模擬戦試験はなく助かったが、君には専用機は用意できないと苦い顔でお役人に告げられた。せっかくのスイートルームもまったく落ち着かず、今の俺にとってIS学園は鬼門としか思えなかった。
あまりに不安だらけで追い詰められた気分になった俺は、投げやりと開き直りが混じった気持ちで入学当日を迎えた。
俺が到着したとき、1年1組の教室にはもう大分生徒が集まっているらしく騒がしい話し声が廊下に漏れていた。
入りたくねえよ。
ただでさえ女子は苦手なのに、女尊男卑の原点にして頂点みたいなイメージがあるISの学校とか、俺にはハードルが高すぎる。このドアの向こうは、ISを動かした男である俺を敵視する女尊男卑の巣窟ではなかろうか? 入ったらどうなるのか? しかしいつまでも入口に突っ立ってるわけにも……くそ、思い出すんだ! 情熱的だったあの日の夕焼けを!
よく考えたらそんなもんはなかった。俺は腹をくくってドアを開けた。
中では数十人の女子たちが三々五々グループを作ってお喋りに興じていたが、俺が入室した途端静まり返った。さあ、どうなる!?
「あっ、ゲンドウだ!」
俺は思わず気が抜けて足が絡まりそうになった。なんだそりゃ? 完全に拍子抜けだ。
しかもその一言で周囲から一斉に視線を浴びる事になった。
そりゃあ今はオタク以外もアニメを見るのは普通だし、俺はメガネかけてるし、入学まで外出禁止のままホテルに缶詰で散髪にもいけなかったから髪はボサボサ、おまけにこの制服だ。確かにイメージしやすいかもしれないが。
「だからって俺を見て一言目がそれかよ」
思わずボソッと呟いた。想定外にもほどがあるわ。まぁもともと陰キャで髪型なんかさして気に留めてこなかったけど。
でもその一方でかなりホッとしている自分もいた。正直、物を投げつけられたり、最悪ISを起動させて脅されるといった状況を危惧していたので、アホみたいな反応で胸をなでおろしたい気分だった。
とはいえ。
「ほんとにゲンドウだ! あれが噂の二人目?」
「ほんとだ! ニュースの二人目! でも何で一人だけ黒い制服?」
制服のことはグサッとくるからやめて。
「リアル碇ゲンドウじゃん! なんで制服黒なの? 写真SNSに載せていい!?」
頼むから制服はほっといてくれ。おまけに誰も名前を呼ばずにゲンドウか、嫌でもTVとかで目にするだろ……ってSNS?
「やっヤメローッ! んなもん載せるな! 頼むから!」
あんなのに写真載せられたら何年間に渡ってネタにされるか分かったもんじゃない。俺を敵視する女権団体だって見てるんだぞ、やめてくれ。
「冗談じゃねえ、これ以上目立ってどうすんだ」
ギクシャクと自分の席へ歩く。よりによって中央列の先頭、教卓は目と鼻の先だ。
どうにでもなれって気持ちで来たはずなのに、女子だらけの空気がなんか恐い。どう接していいのかも分からん。もうどっか遠くの誰も俺を知らない国へ旅立ちたい。
ようやく席につき、大きくため息をついて机にぐったりすると、そばに立った誰かの影で眼前が薄暗くなった。
「お前が音羽三治か? おれは織斑一夏だ。いやあここ女子だらけだろ? 一人じゃ心細いから同じ男子が来てくれて助かったよ!」
不意に声を掛けられギョッとして見上げると、モデルかアイドルが似合いそうな爽やかな笑顔の美男子がいた。
織斑一夏。第1回モンドグロッソ総合優勝の織斑千冬代表の弟にして、世界で始めてISを動かした男子その人だった。
「おっおう、はじめまして?」
慌てて返事したが、思わずキョドってどもってしまった。
「あはは、そんなカタくなるなよ、同じ男同士なんだしさ。おれのことは一夏でいいよ」
「俺も三治でいいよ……しかしリア充は違うな、こんな女子ばかりの教室で堂々としてるなんて。俺には到底無理だよ」
男同士と言われて一旦落ち着いたものの、かの有名な初代ブリュンヒルデの弟だと思うとまた少し緊張してきた。
どうにも俺は、自分で思っていたよりずっと小心者らしい。
「りあじゅう? なんかよくわかんねえけど、おれだってすごく不安だったんだぜ? 三治が来るまでずっと女子ばっかりの教室で一人でいたんだ、来てくれてすげーホッとしたよ! これから三年間よろしくな!」
話してみると一夏は想像以上に人懐っこくて良い奴だった。俺のどうしようもなく低いIS適正レベルからして自分なんぞライバルになりようも無いのは分かっていたが、それどころか気さくで優しくひょうきんな所もあり、気楽に楽しい会話ができる相手でもあった。俺は久しぶりに誰かに対してリラックスし、気兼ねない雑談相手が出来たことに感謝した。
気遣いも出来るし、何か只のイケメンには無いオーラみたいなものがあるように思えた。こりゃ女子が放っとかないなと思ってちらっと周囲に視線を巡らすと、視界に入ったほとんどの女子が会話に入りたそうにこちらを見ていてまたもギョッとした。
「どうしたんだ変な顔して? あ、そういえばお前制服真っ黒で襟元白いよな、おれと真逆の色合いだけど、なんでなんだ?」
俺が自分の制服が出来上がったあらましを聞かせると、一夏は腹を抱えて大笑いした。
「そいつは大変だったな。確かにこの制服ちょっとハデで恥ずかしいかもな。でもそれもかなり目立つぜ?」
「どっちにせよ地味メンには酷な服さ。美形のお前が羨ましいよ」
「ははは、おだてても何にもでないぞ?」
その一夏の屈託の無い笑顔を見ていると、入学前の資料にあった担任教師のことを思い出しハッとなった。
「そうだ! このクラスの担任、一夏の姉だろ? モンドグロッソ総合優勝の織斑千冬代表だ」
「ええっ! 千冬姉が!?」
「知らんのか!? 入学資料どうした?」
「読むの忘れてた!」
不意に教室のドアが開き、俺の背中に冷たいものが走った。慌てて教卓の方に向き直る。なんてこった、とんでもない大物が担任なのをすっかり忘れてた。世界最強の――
「みなさん、揃ってますね~?」
ところが入ってきたのは、子供のように小柄で柔和な顔の女性だった。男なら嫌でも目が行く巨乳に鮮やかな緑の髪が人目を引く。美人だがモンド・グロッソの中継やネットニュースで見た織斑代表とは似ても似つかない。
誰?
「あっ千冬ね……誰だっ!?」
いきなり真後ろの席から一夏が大声を出した。
「ひゃっ!? わ、私はこのクラスの副担任の山田真耶と言います。あ、あの、お邪魔でした……か?」
副担任がいたのか。かの織斑代表が担任と知って驚いて、それ以外の教員については頭に入ってなかった。
「えっ副担任?」
「すまん一夏、俺もよく確認してなかった。あの、先生もすみませんでした、ちょっと俺たち身構えてしまいまして」
「と、とりあえず教室に入ってもいいですか?」
ちょっと泣きそうな表情になっていた山田先生は教卓まで来ると、気を取り直してクラス全員揃っているのを確認し仕切りなおした。
「皆さん入学おめでとうございます。それでは朝のSHRを始めますね。先ほども言いましたが、私は副担任の山田真耶です。1年間よろしくお願いしますね」
「よろしくお願い……します?」
返事したのは俺だけだ。山田先生の表情はまたも引きつっている。
思わず一夏の方を振り返ると、ばつの悪そうな顔で〝わりい〟と口を動かした。
「と、とにかくこの学園は全寮制です。皆さん助け合って楽しい学園生活にしましょうね」
今回は俺に続いて一夏も返事すると、それにつられて女子たちも声を出した。
ようやく山田先生の顔が笑顔になった。しかし変な所で一夏との格差を感じるなぁ。俺一人の時は誰も女子は応えなかったもんな。
「じゃあ次、音羽くん」
小学一年以来何度やってもドキリとする瞬間だ。一夏に代わって欲しい。
「あ、音羽三治です。ニュースでご存知の方も多いと思いますが、適正検査でISが反応した為入学が決まりました。ISについてはほとんど素人ですが、どうかよろしくお願いします」
終わるとため息が出た。変に早口にも小声にもならずに終えられただけで御の字だ。
次は織斑の番だな。
「織斑一夏です。よろしくお願いします」
それだけで後が続かない。ちらと見ただけで女子たちの視線が一夏に集中しているのが分かる。若干引くレベルの注目度だ。俺はスルーされてよかった。
〝三治、たすけてくれ!〟
背後からかすかな声が聞き取れた。
〝趣味とか得意な事とか今後の抱負とか〟
俺も振り向き辛うじて聞こえる声で囁いた。
「え、えっと、趣味って言うか、家事全般は得意です! あっあとマッサージも! えっと今後の抱負は……だっ誰かを守
少し噛んだけど、どうにかなったか。
一夏の顔を見上げると、いつの間にか一夏の横には黒いスーツに身を包んだ女性が立っており、次の瞬間その右手に握られた何かが一夏の頭頂部に叩き込まれた。
何故殴る!?
「お前は一人で満足に自己紹介も出来んのか」
「いてて、げえっ関羽!?」
「誰が三国志の英雄だ、ばか者」
またも一夏が頭を殴られて、手に握られているのが出席簿だと分かった。
「千冬姉がなんでここに!?」
「ここでは織斑先生だ」
三たび痛撃を喰らう一夏と女性のやりとりに、出席簿の持ち主が誰か嫌でも分かった。いま世界でただ一人ブリュンヒルデの称号に輝く元日本代表、織斑千冬その人だ。よく見れば確かにニュースで見た顔だし、一夏にもよく似ている。
しかし幾らなんでもやりすぎだ。一夏がそんなに殴られるほどの事をしでかしたとは思えない。
「なんだ音羽、何か言いたいことでも有るような目つきだな」
織斑先生に言われて初めて、自分が咎めるような目で彼女を見ているのが分かった。
「どう考えてもやり過ぎじゃないですか。さっきから見ていても一夏は殴られる程の事は何もしていません。あなたが逆の立場なら、つまらない事で生徒を殴りつける教師を貴びはしないでしょう」
自分でも驚いた。自己紹介であんなに緊張して一通り話すだけで精一杯だったのに、ひと睨みされただけで体が動かなくなるような相手にこんな台詞がすらすら出るとは。
「ほう、入学早々私に意見できるとはな。今年の新入生はたいした自信家だ」
「皮肉は結構です。織斑先生、そんな言い方では体罰とも言えない無意味なあなたの暴力が正当であるかのように聞こえます。失敗のたび殴るのが正しい指導なら一夏は一度殴った時点で間違いは起こさないはずです。何度も殴る羽目になったのは間違ったやり方だからでしょう?」
織斑先生の余裕ある表情がだんだん険しくなり、俺は思わず身を硬くした。と、相手は身を翻して教卓へ向かって歩き出した。
「ふん、口だけは達者だな。実力もそれに見合うことを期待するぞ」
それはやめてくれ。
俺が力の抜けたように席に座り込むと、教壇に立った織斑先生は山田先生と二、三やりとりをした後、クラス全体に響く大きな声で話し始めた。
「諸君、私がこのクラスの担任、織斑千冬だ。向こう1年間で君達新人を使い物にするのが仕事だ」
直後に周りから一斉に黄色い歓声が上がった。余りのやかましさに慌てて耳を覆うと、女子たちが口々になんのかんのと織斑先生に叫びまくっている。みんな織斑先生のファンなのだろうが、いくら国内外で人気の高い織斑千冬に会えたとはいえ、これではまるで人気アイドルのイベント会場だ。
織斑先生は呆れ顔で何か言っている。本人にとっては頭痛の種といったところだろうか。
「静かに! 諸君にはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習となるが、できれば基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ! よくなくても返事はしろ!!」
「はい!!」
えっ半月? あの参考書三分の一どうにか読むだけで限界なのに。とりあえず返事はしたものの、今後の担任の授業を想像すると逃げたくなった。
その後、つつがなく自己紹介も終わりSHRは終了した。ぐったりしている俺に一夏がさっそく声を掛けてきた。
「すごいな三治! 千冬姉とまともに口論できる奴なんて初めて見たよ!」
「よせよ、今頃になって震えがきた。小心者なんだ、俺は」
「でもカッコよかったぜ! おれのためにあんなに千冬姉に食い下がってくれる奴なんて今までいなかったよ。できればまたヤバイ時助けてくれないか」
「あんなもん今度やったら死んじまうよ」
教室に入るとき腹をくくったつもりだったが、想像と違いすぎる現状と今後に早くも現実を窓から投げ捨てたくなっていた。
俺はもう何度目か分からないため息をついた。
「あれ? そういやゲンドウってなんだ?」
「もういいんだよそれは!」
これだけ書いて推敲するだけで大変。短期間で次々投稿する人はすごいですね。