さらばIS学園   作:さと~きはち

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 そんなきな臭い平和でも、それを守るのが俺達の仕事さ。

 ―― 後藤喜一 ――

   『機動警察パトレイバー2 the Movie』



ポニーテールは振り向かない

「昨日の試験機暴走鎮圧の功績を讃え、織斑、オルコット、それに2組の凰及び生徒会長の4名は、明日臨時の全校朝礼で学園長より表彰される」

 SHRでの織斑先生の発表にクラスは沸きかえった。一夏がクラス代表になって以来の騒々しさだ。

「静かに! それと今回の事件を受け、事態の調査やアリーナの安全等を(かんが)みてクラス対抗戦は中止となった。なお放課後にはクラス代表会議があるので織斑は忘れないように。それから織斑とオルコットはクラス代表会議の後に教員と生徒会合同の聞き取り調査がある。本日は以上だ」

 クラス対抗戦中止と聞いた途端、沸いたクラスの空気が一気にしぼんでしまった。可哀想だが、優勝クラスに与えられるデザートフリーパスもこれでチャラだからな。むしろ見事無人機を倒した一夏たち3名にこそ景品でも出してやるべきだ。会長は調子に乗りそうだからいいや。

 それより気になるのは、担任の明らかに不機嫌な顔つきだった。俺のあずかり知らぬ所でいかなる話があり、また本人の葛藤や決断があったかは不明だが、おそらく彼女は天災と連絡を取る可能性が高い。あるいは既に? いずれにせよそれが良い結果をもたらす事を期待するのみだ。

 一方で箒の顔を横目で見やると、何やら難しい顔で正面を睨んでいる様子だった。彼女も馬鹿じゃない、今度の事件が実の姉による犯行の可能性が高いことに気付いていても不思議はないが……。

 必要事項だけ言ってさっさと教室を出て行く担任を見送り、さてどうなるかと思った所に、山田先生が俺の席へ危なっかしく駆け寄った。

「忘れてました! 音羽くん、今日の放課後空いてますか? 射撃訓練の方を今の内にと思いまして」

「今日ですか? 大丈夫ですよ」

 生徒会室へ手伝いに行くのが遅くなるけど、今日は会長もクラス代表会議があるから手伝いは7時以降くらいからでいいし。ていうか今さらながら一夏のやつにクラス代表として出席させて大丈夫かな?

「あー良かったです! 今週は明日からIS襲撃対策……じゃなくてはわわ、か、会議! 会議やアリーナ損傷の修理計画なんかで忙しくなっちゃいますので!!」

 おいおい、『IS襲撃』って言っちゃってるよ! 俺知ーらないっと……。

「そっそれではまた放課後に!」

 急ぎ用件を済ますとやまぴーは廊下へ駆け出していった。

「せわしない人だな」

 山田先生は口に出す言葉をもうちょっと吟味して喋った方がいいぞ。

 それよりも、箒はどうするだろうか? 立場があり守るべき生徒もいる織斑先生にしてもそうだが、今回のことが実姉の仕業と知ったとしたら……?

 さりげなく一夏のファースト幼馴染を見ると、目が合って驚いた。お互い慌てて目を逸らす。

 箒のやつ、なぜ俺を見たんだ? 生徒会とつながりがあるからか?

「三治ーっ! 助けてくれーっ!!」

 いつもの大声に振り向くと、一夏がまた熱狂した女子たちに揉みくちゃにされていた。デザートフリーパスがパーになった分無人機撃破のネタで騒ぎたいのか。こういうのもう恒例行事だし驚きもしないな。

 すぐそばでは一夏に近づけないセッシー様がプンスコだ。

「わたくしも功績ある者の一人ですのに!」

「それに鈴と会長もな。まったくうちのクラスは平常運転で何よりだよ」

 約一名を除いてな。俺は再び箒の方をうかがった。

 彼女の顔は落ち着きが無いというか、俺の方をチラチラ見つつ何かを言いたくて言えないもどかしさを訴えていた。

 

 

 

 結局あのまま何があるでもなく放課後を迎えた。俺は箒に何も言えず、当の本人もまた俺に何か言いたそうだったが、お互いきっかけが掴めず周囲に多少怪訝な目で見られつつ双方無言で通した。

 

「なあ頼むよ三治! ついて来てくれるだけでいいから!」

「お前は親離れできない子供か? クラス代表は一夏なんだからお前が自分で行かなきゃ駄目だろ」

 クラス代表会議に一人で行くのが不安だからと、一夏は俺も一緒に引っ張って行こうとうるさい。一夏にしてみりゃ体力勝負は得意でも委員会だの会議だのと辛気臭いのは苦手だろうし、女子の中に一人だけ男子というのも精神的にキツイ。でもこの先何度もある事だし、今の内から及び腰でどうするのか。どうせ逃げられないんだし、さっさと慣れた方がいい。

 そう言うと我らがクラス代表は、冷や汗を垂らしそうな表情で言葉に詰まった。

「うっ、それはそうだけどさ……」

「おりむー緊張し過ぎ~。もっとリラックスしようよ~」

「そうですわ! 一夏さんはこのクラスで私が認めた人物なのですから、自信を持って下さいな!」

 一夏は本音とセシリアの言葉にも渋い顔だ。

「二人は他人ごとだからそう言うんだよ」

 俺は厳しめの顔をつくって叱咤(しった)した。

「しっかりしろ! お前は1年1組の代表なんだ。シャンとしなきゃクラス全員が恥をかくんだぞ? それに今日は初日だし難しい事がある訳じゃない。大丈夫、1度行けば慣れるさ。分からない事は後で誰かに聞けばいい」

 ぽんと背中を叩いてやると、やっと安心した様子を見せた。

「そっか、だよな! ありがとう三治、おれなんだか自信がわいてきたぜ!」

 勢いだけで言うだけ言うと、一夏は呆れるほどあっさり元気になった。こんな単純ならさっさとやる気スイッチ押せりゃいいのに。

「一夏ーっ! 一緒に代表会議行くわよ! さっさとしなさいよねっ」

 ちょうど教室前まで来た鈴に呼ばれ、一夏は俺にすがり付いていたのも忘れてさっさと教室を出て行った。

 あれくらい単純だと、むしろ(うらや)ましいわな……俺が悩み過ぎなだけか? まあそれは置いといて。

「さて……」

 一夏に同行できず不機嫌なセシリアはさっさと教室を出て行った。本来なら同様に悔しがるはずの箒は……。

 何気ない素振りを装って背後を振り返ろうとするが、気になる事が事だけに動きが固くなってしまう。

「どうしたの~?」

 隣の本音が言うが早いか、本人がいつの間にやらすぐそばに現れた。

「三治……折り入って話があるのだ。どこか、二人だけで話せないか?」

 

 来た。

 

 

 

「悪いな、急な話で」

「別にいいよ、山田先生の訓練までまだ時間あるし。しかし本音にも聞かれたくない話って言うと……かなり難しい事か?」

「う、うむ。ちょっと他には話せないと言うか、相談……し辛くてな」

 俺たちは陽の傾きつつある屋上で、飲み物片手に下校する生徒たちを見下ろしていた。本音は先に帰ってもらった。今ここには俺と箒以外誰もいないのは確認済みだ。

 しかし……箒もやはり無人機の出所に気付いてしまったのか……そりゃ実の姉が天災なんだし、気付かない方がおかしいよな。

 

 俺はなんと言ってやったら良いのだろう?

 

「実は、その、昨日の事件のことだ。私はあの時……己の無力さが悔しかった。普段あれほど道場で一夏に厳しくしてきたというのに、肝心要の時に私は何も出来なかった」

 明らかにその声は沈んでいた。俺は早くも居心地が悪くなって何でもいいからフォローを入れようとした。

「あ、いや、でもそれは仕方のない事だろ? あの状況では専用機の無い人間はどうしようもなかっただろうし」

 俺の当たり障りのない答えに、箒は歯を噛み締め拳を握った。

「確かにそうかもしれない。でもあの時私は何もまともに考えられなくなって、その一方で鈴やセシリアが妬ましくて仕方がなかった。専用機さえあれば! それさえあれば私が、私こそが一夏を助けられる……いや、専用機があれば一夏のそばにいられる、並び立てる、私が一夏を独占できると! そう思ってしまったのだ!!」

「それは……」

 視界の遠く右側に、大型重機や訓練機まで駆り出し、早くも急ピッチで修理の進むあのアリーナが見えた。

「そんな、そんな恥知らずな考えを……あれだけ大勢の人間が恐怖に苛まれ、一夏たちは命の危険すらあったというのに、私は」

「箒……」

 己への怒りを吐き出したかと思うと、箒は急にしおれたようになった。

「聞いてくれ三治。私は事件のすぐ後、どうしても専用機が欲しくて、ねだってしまったのだ、姉に……専用機が欲しいと。本当に恥知らずなんだ、私という奴は! お前や他の大勢の生徒たちは、それがために必死の努力と研鑽を続けているというのに! 私は……一夏の隣を独占したいという独りよがりだけで、専用機が欲しいなどと……あれほどISを発明した姉を嫌っていたというのに。こんな事、努力と才気で専用機を手にしたセシリアや鈴には話せない。一夏にだって……とんだ独り善がりだが、私と同じく専用機が欲しくとも与えられない立場のお前くらいしか、話せる相手を見つけられなかったのだ……」

 夕陽に染まる力ない姿とかすれた声が痛々しかった。

「そうだったのか……んっ?」

 

 あれ? 箒は無人機を送り込んだのが姉だと気付いてない? ……ん~、まあ本人の心理状態からして、そこまで考える余裕なんてなかっただろうけども。

 

 って、専用機を姉に、天災に頼んだぁ!? おいこれ大丈夫なのかよ、IS委員会や学園は何て言うか分からんぞ。それに生徒会もか。しかしそれが可能なら、箒の姉は好きなようにISコアを生み出せるって事だよな。こいつは大変だぞ……。

 

「三治、私はどうすればいいのだろう? 言ってしまった言葉を今さら無かった事には出来ないが……今からでも、姉に連絡して、その、専用機の件を……取り消すべきだろうか?」

 箒はすがるような、それでいて答えを聞くのを怖がるような表情でそう言うと、目を伏して黙った。

 

 正直参った。会長に頼まれた天災との交渉役依頼だけでも相当言い辛いのに、よりによってそんな話が箒から出てくるなんて。箒も相当思い詰めてるし、もう会長の依頼どころじゃない。というか……。

 

 

 

 マジで何て言ってやりゃいいんだよっ!?

 

 

 

「ううむ……そうだな……」

 何度か深呼吸してから口を開くと、当人はびくっとしてこちらの瞳を正面から覗き込んだ。

 俺は努めて平静を保ちつつ、噛んで含める様に喋った。

「確かに、理由はどうあれ自己都合で専用機が欲しいとIS開発者の姉に頼むのは、傍から見れば褒められたものじゃないかも知れない。だが……」

 俺がそこまで言うと、箒は唇を噛み締めてうつむいてしまった。

「専用機を欲しがる理由なんて、結局は人それぞれだろう? 一夏の相棒になりたいからというのも立派な理由の一つだろうし、入手法はともかく大事なのはそれを手に入れてどうするかじゃないか? それに、もし箒が専用機を持って後ろめたい気持ちがあるとしたら、多分それは自分に分不相応だと感じるか、自分だけ特別なコネを利用するからだろう。持つべきじゃないのに持つ、そう感じるから今度のことで専用機を持つのが恥ずかしい。違うか?」

 箒は顔を上げ、考え込むような表情をした。

「……」

「でもそれなら、箒自身が専用機を持つにふさわしい実力者になれば済む話じゃないか? 姉から専用機を貰うなんてずるいと言われても、自他共に認める十分な実力と責任感があるなら、専用機を受け取ってもなんら恥ずかしい話じゃないと俺は思う。本当に恥ずかしいのは、あるべき腕前も、それを持つ者としての振る舞いや自制心も、誇りも無く専用機を持つ事じゃないかな?」

 ようやく天災の妹は、何かを悟ったように顔つきから険が取れた。

「専用機持ちとして認められる、あるべき姿……」

「そうだよ。織斑先生は不満かもしれないが、専用機持ちにとって本当に大切なのはそういう所だと思う。もし箒が姉から専用機を与えられても、専用機持ちに必須であろうそれらが備わっていれば、たとえやっかみを言う輩がいても堂々としていられるはずだ。だろ?」

「何か言われても、実力や態度が備われば、堂々としていい……」

「きっとそうだと思う。それで悪ければ、専用機持ちとそうでない奴の違いは何だって話じゃないか?」

「専用機持ちとしての実力と品格……そうか、感謝する。昨晩あんなに悩んでも答えが出ずに苦しんだというのに、お前のお陰で昨日からの胸のつかえが取れた……息苦しさから抜け出して今は爽快な気分だ。恩に着るぞ三治!」

 ようやく箒が(かげ)りのない笑顔を見せた。しんどい空気の中じっくり語って聞かせた甲斐があったというものだ。

「そうか、良かった!」

「もう迷いはない! 己の実力を限界まで高め、一夏やセシリア達にも私が専用機を持つに足ると証明し、姉に頼んだ専用機を受け取る!! 相談して本当に良かった……有難う、本当に有難う!!」

 箒は俺の両手をつかみ、ぶんぶん振って興奮気味に謝意を示した。

「おう……おう?」

 

 ……あれ? 何かおかしいような……?

 

「そうと決まれば早速鍛錬、いやIS訓練だ! じゃあな三治!!」

「ああ、頑張れよ……あっ!」

 元気よく駆け出してゆく箒を見送った後で、自分がとんでもないことを言ったのにようやく気がついた。

 

「俺なに言っちゃってんだよ!? 箒を焚き付けてど~すんだ!!」

 

 あ、アホか!! 箒を完全にその気にしちまったじゃねーか!? いくら箒がIS実力者になった所で、明らかに問題ある手段で専用機を手に入れるのは変わりねえだろうが!!

 といって今さら口に出したことを戻す訳にも……ああもう俺は何やってんだ、取り返しのつかねえ事しちまって。

「なんであんな事言っちまったんだよ俺は……」

 屋上で校舎と共にオレンジに染まりながら、俺はひとり頭を抱えてうずくまった。

 

 

 

 9ミリ口径の鋭い銃声が矢継ぎ早に響く。グロック17は俺の手の中で神経質にガクガク跳ね、苛立ちばかりがつのった。

「うーん、どうにも弾着が右に偏っていると言いますか……どこか体に不必要な力が入っていますね。やっぱり大口径は緊張しますか?」

 前回とはうって変わって標的の中心に弾痕が集まらない俺に、何も知らない山田先生は首をかしげて見当違いの反応を示した。確かに無駄な力が入ってしまっているが、それは緊張なんかのせいじゃない。

 俺は空のマガジンを抜いてグロックを射撃ブースに置き、今度は45(11.4ミリ)口径のキンバーSISを手に取った。

 

 IS専用機。この学園のほとんどの生徒はその為だけに必死だといっても過言ではない。それぞれが国家や企業といった組織に代表者として認められ、それを与えられることを至上命題としている。

 

 IS……それを手にするため学園の皆があらゆる努力を惜しまないIS。しかし、この世界にとってISとはいったい何だ?

 

 

 

 かつての天災による革命的なIS発表と有識者らの酷評……その意趣返しか数年後に天災が起こした白騎士事件……結果ISは恐るべき戦略兵器としての地位を確立、同時に既存の全兵器に勝る戦術兵器としても認識され、既存の兵器を一挙に旧式化させ世界中にIS軍拡を巻き起こす……その後のアラスカ条約という軍事利用を上辺だけ禁ずる茶番劇と、巨大利権団体IS委員会の誕生……男がISを動かせないが故の女尊男卑による社会の歪みと混乱、天才の逃亡、IS学園の成立……そして現在も続く兵器としてのIS開発競争と、いまや代理戦争と揶揄(やゆ)されるモンド・グロッソを初めとする、実質的な軍事競争でしかない専用機同士の模擬戦……。

 

 

 

 馬鹿馬鹿しい……何もかもが茶番だ。

 

 

 

 そもそも宇宙を駆ける翼として発表されたはずのIS、その名である無限の成層圏(インフィニット ストラトス)の意味自体が失われ、最強兵器で女尊男卑の神輿(みこし)としか見られない現状が、産みの親である篠ノ之 束の望んだ結果なのか?

 

 

 

 もう『無限の成層圏』などではない。いっそ『汎用人型決戦兵器』とでもしたらどうだ? 皮肉だがISよりはよほどしっくり来るし、むしろ実態を正しく表している方だろう。

 

 

 

 誰のための、何のためのISだ……?

 

 

 

 そのせいで家族をバラバラにされ妹の箒には恨まれ、挙句の果てがその箒の目前での無人機襲撃とパニックだ。これがもし箒に専用機を欲しがらせるための思考誘導だとしたらそれこそ最悪だろう。

 今までは専用機がなくても、少なくとも傍目には箒は一夏や他の専用機持ち達と上手くやってきたはずなのに、あんなもんがアリーナに現れたせいで、あいつはすっかり専用機持ちに焦慮(しょうりょ)を憶えるようになってしまった。その上、伝えそびれたとは言え織斑先生と共に天災の交渉人まがいの要望まで……。

 

 何もかもあの天災のせいだ。そう考えると25m先の人体標的と、天災が送り込んだあの醜悪な刺客が重なって見えた。

 スライドを引く。銃口を上げるなり撃った。45口径の鈍く重い銃声が射撃場に響く。強いが大らかな反動が8回繰り返され、金色の撃ち(がら)が宙を舞った。

「あーっ! 凄いですよ! 全弾的の中心に……ワンホールです! だいぶ要領がつかめたようですね!!」

 硝煙ゆらめく銃口を降ろして、ターゲットの中央に空いた大穴を見つめた。

 

 ISの学び舎でISに苦しめられてりゃ世話はないぜ。

 

 

 

 つかえた胸の内を本音に悟られぬよう祈りながら共に夕食を終え、差し入れ片手に生徒会室に向かうと、タブレットやファイルを抱えた教師たちがぞろぞろと出てくる所だった。彼女らは美味い話にありついたようなどこか卑しい笑顔で談笑していたが、俺たちに気付くと急に黙り込んでジロジロと見てきた。

 すぐに本音が俺の前に出て、生徒会事務の手伝いをしに来た旨を伝えると納得した様子で帰っていった。

「なんだあの連中?」

 俺の言葉に本音は首を振った。

「分かんないけど、なんだか雰囲気がおかしかったよ~」

 それは俺も感じた。だから柔和な印象を持つ本音に任せたのだ。俺が口を開くと喧嘩腰になってしまったかも知れない、特に今は。

「とりあえず今日の会長の機嫌をうかがってみるか」

 ドアをくぐると、意外な顔と目が合った。一夏とセシリア、それに鈴もだ。食堂に現れないと思ったら、どうやら今しがたようやく昨日の無人機についての事情聴取が終わったらしい。

「三治ぃ! もうメチャクチャ疲れたよ!! 代表会議が終わったと思ったらすぐに先生たちが入ってきてさあ、そのまま1時間以上もあれこれうるさく質問されまくったんだぜ!? 晩飯もまだだし、腹へったよー!」

 俺の顔を見るなり不満を吐き出すと、一夏はへばった様子でイスにだらしなくもたれた。

 一方で英中二国の代表候補生はすこぶる不機嫌だった。

「まったくですわ! いかに無人機襲撃の件が喫緊(きっきん)の課題だとしても、質問の内容といい教師たちの態度といい、ほとんど被疑者に対する尋問といってよい酷さでした!!」

「あいつら何なのよ!? あたしたちから根掘り葉掘り聞き出して、自分たちで無人機でも作るつもり!? いくらIS学園の教師だからって、もう少し質問する側の態度ってもんがあるでしょうが!」

 事件の聞き取り調査というより、ほとんど取り調べのようだったらしい。

 部屋の中央に空けられたスペースに三つだけ並んだイスに座ったまま、それぞれ不満をもらす専用機持ち三人に、会長がねぎらいの言葉をかけた。

「三人とも、どうもご苦労様。昨日の今日なのに大変な目に遭わせて御免なさいね。今晩の夕食は生徒会が会計を持つから、食堂で好きなものを食べて頂戴」

 会長は優雅な態度で努めて笑顔を見せていたが、その顔にも疲労の色が見え隠れしていた。

「マジですか? ラッキー! 二人とも早く食堂行こうぜ、それじゃ三治、また後でな!」

「ああ、たくさん食え。おかわりもいいぞ」

「ひゃっほう!」

 俺がいい加減なことを言うのと入れ替わりに急に元気になった一夏は、疲れの抜けないセシリアと鈴を連れ生徒会室を出て行った。

 ドアが閉まると同時に深々とため息をついた会長は席にもたれかかった。昨日はアリーナに緊急出動だったし徹夜も続く。いい加減くたびれもするだろう。

 直後にその右手が拳を握り締め、ドンと音を立てて机に叩きつけられた。

「……ほんっとうに……教師ども(あいつら)は何を考えてるのっ!!」

 いきなりの会長の大声に、声を掛けるタイミングを逃した俺と本音は思わず少しのけぞった。

「無人機と闘った生徒に心配も(ねぎら)いもなく、一方的に無人機との交戦データや無人機の性能についてばかり! ふざけんじゃないってのよっ!!」

 なるほど、さっきの教師たちは一夏たちを聞き取り調査していたグループか。しかし皆の話を聞く限り教師連中も相当自分たち本位だったらしく、今度ばかりは会長も相当頭に来ているようだ。

「まあまあ、差し入れも持ってきましたし、一服入れませんか」

「おとーさんがお菓子いっぱい買ってくれましたよ~」

 本音のゆる~い声にふいとこちらを向き、会長は俺が提げたビニール袋を穴が開くほど見て、ついで虚ちゃんお茶とつぶやいた。

 

 でかい特大シュークリームを欲張って三つも胃に収めた会長は、満足げに緑茶を飲みながらくつろいだ。

「全くあいつらときたら……あれでも教師のつもりなのかしら? 自分たちの損得勘定ばかりで」

 どうやら落ち着いたらしい、主に胃袋が。それでも不満が出るあたり相当ご立腹だったようだが、そろそろいいだろう。

「で、先生達は一夏達から具体的に何を聞いたんです?」

 会長は眉をぴくりとさせたが、湯飲みを置くなり感情を抑えられない声音で話し始めた。

「そもそも今回の聞き取り調査は、無人機襲来時の詳しい状況確認と情報整理を行い、今後の学園における安全確保と危機管理に生かすのが目的だったはずなのよ。それがあの連中ときたら、今回の事件で蓄積された専用機持ちたちの戦闘データ収集やら、無人機の戦闘力調査ばかり! 自分達の利益にどうつなげるか、そんな事ばっかり聞き出そうとするのよ!? もう頭に来るわ!!」

「利益優先って、またあんな事態が起きたら今度こそどうなるか知れないっていうのにですか?」

 驚く俺に虚先輩が注釈を付け加えた。

「もちろん現状を憂う教師達もいますが、IS学園の教職員も一枚岩ではありません。どこから洩れたのか教師それぞれの母国や出身団体から今回の件について問い合わせが殺到していますし、一部の教員に至っては、むしろ回収した無人機のコアや残骸の分析結果はもちろん、この件で得た様々なデータを学園の貴重な財産としてどう活用するか、本来の職務そっちのけで議論しているようです」

 それがさっきの奴らという訳か。冷静に考えたらこの状況で損得勘定優先って、IS学園って世界有数の利権争いが酷い教育機関なんじゃないか?

 流石の本音も話の内容に呆れかえっている。

「そういった『棚ボタ』を加味すれば、今回のアリーナの被害を差し引いてもおつりが来るって、ホクホク顔で喜んでるのよ? 一歩間違えれば多数の死傷者が出たかも知れないのに、あの馬鹿教師ども! 『再度無人機の襲撃があったとて、今回のように専用機持ちの迎撃で十分』って、自分でやってみなさいよ! 戦闘教員は何にも出来なかったくせに!!」

 怒り心頭の会長に、今回ばかりは虚先輩も深くうなずいた。

 なるほどな、廊下で見かけた教師達がずいぶんとご満悦だったのはそれが理由か。会長の台詞じゃないが、あいつらそれでも教師か? この様子を先日のアリーナで恐怖を味わった連中が見たら何と言うだろうな。

 

 それにしてもISってやつは、関わる人間を片っ端から不幸にする上に、人の命もずいぶんと軽くしてくれるらしい。

 

「それが今度の件を取り巻く現状ってわけですか……つくづくあの無人機も罪作りですね。自爆した後も禍根を残していきやがる」

 箒の件を思い出した俺の皮肉げな言葉に会長は背もたれにどすんと勢いよくもたれた。 

「まったくだわ……昨日は緊急職員会議があったんだけど、その実態なんてほとんど事件当時の現場責任者だった織斑先生の吊るし上げだったのよ。自分達の無能無策は棚に上げて、あの状況をもう少しどうにか出来なかったのかと言いたい放題。ふざけた話だわ。無人機がらみの利権について口出しさせたくない一心から大勢で一方的に責めたてて、本人が折れたら、今後は職員全体でよく話し合って対応しましょうってね。いつぞやの英大使館がらみの意趣返しもあるでしょうけど、実際はそれに加えて他国政府や企業が以前通り学園に介入できるよう、それらとコネのある教師達が学園運営の主導権を奪い返すのにも利用したのよ。アリーナのシールドに工作されたらしい事もまだ解明出来ていないっていうのに」

 会長はしかめっ面で天井を睨んだ。内心は忸怩(じくじ)たるものがあるのだろう。あれほど嫌っていながら止めようがなかった外部からの学園介入が、理由はともあれ一端収束に向かったというのに、またぶり返してしまったのだから。とはいえIS学園生徒会長一人では教員間で横行する腐敗や不正はどうにもならないらしい。

 しかし、そんな腐った連中を切れないのが今のIS学園か。こりゃ本当にひどい。いつか外部にリークしてやりたいな。

 どことなく居心地の悪い沈黙がしばらく続くと、おもむろに会長がまた口を開いた。

「本日付で、織斑先生は専用機である暮桜使用を解禁したわ。とある事情で封印されていたけれど、本人が強引に押し切ったそうよ。表向きは学園の警備強化が名目だけど、もうさっきみたいな利権ゴリ押しの教師達に生徒の安全は任せておけないもの」

 俺は一瞬何のことか分からなかった。

「くれざくら……あの織斑選手が現役時代の!? モンド・グロッソで織斑先生が使っていたISですか! ……いよいよ本腰ですね」

 旧式化したとは言え使い慣れた専用機を現役復帰させるあたり、織斑先生も本気ということだろうな。いよいよ警戒レベルがMAXに近づいてきた。

 会長は厳しい顔のまま続けた。

生徒会(うち)としても生徒間での即応体制を固めなくちゃならないわ。具体的にはファーストレスポンダー制の導入を今週中にも発表する予定よ」

 ファーストレスポンダーとは「最初の対応者」という意味で、非常時に救急隊や警察等が到着する前に応急処置を行う者などを指す。ただ今回会長が提唱したのは、緊急時に学園全生徒がそれぞれの立場や技能、状況に応じてどう行動するかをまとめたものだった。

 会長が言うには、学園内の人間を大雑把に3種に分類し、今回のような非常事態に際しそれぞれがどう行動するかを定めた非常マニュアルを策定、非常時の行動について教員等の指示が得られない場合、自己判断でどう行動するか大まかな指針とするということだった。

「簡単に言うと、専用機持ちや即座に訓練機を起動できる状態の者、状況に対処できそうな技術や装備を所持する者、それ以外の者の3種類の生徒が、発生した危機に応じてそれぞれどう行動するかということです」

 虚先輩の補足を聞いて、俺は特に出来ることがなんにもない人種に分類されるのが分かった。なんだか安心したような、がっかりしたような妙な気分だった。

「そういえば、貴方に頼んだ篠ノ之さんへの交渉役依頼はどうだったの?」

「え!?」

 やべえすっかり忘れてた! 交渉役頼むどころか、その篠ノ之博士に専用機頼んだ箒を後押ししちまったんだった!!

 俺がすっかり青い顔になったのを見て、会長は察し顔で苦笑した。

「ダメだったのかしら?」

「はぁ、まあ……」

 俺はあいまいな答えでごまかした。

「そう。篠ノ之博士につながる窓口が生徒会にも欲しかったけれど……仕方ないわね。強要できる事でもないし」

「おと~さん気にしなくていいよ~」

 嘆息した会長に俺は内心ホッとした。箒を勢いのままたきつけてしまった事はバレていないだろう。だが本音の気遣いがかえってつらい……親しい者に嘘や隠し事はしたくないものだ。

「まあそれはいいわ。実は続けざまで悪いけれど、もう一つお願いがあるのよ」

 一端そらした顔を慌てて会長に向け直した。箒に言えなかった協力要請以外にまだあるのかよ?

「織斑くんを正式に生徒会に勧誘したいの。彼の白式の単一仕様能力……零落白夜なら、ほぼどんなISでも一撃で(ほふ)れる可能性が高いわ。ただし白式はピーキーな性能だから、全力で敵に当たるためには支援する専用機持ちが必要だけど」

 確かに、零落白夜を上手く使えばほとんどのISの襲撃を防げる。しかし一夏の性格と白式の特性からして、それこそ体当たりしかねない勢いで接近戦に持ち込むだろうし、相手の火力が強い場合などは確実に支援が必要になるだろう。

「だ・か・ら、まずは友人であるキミから織斑くんに相談してもらいたいのよね。何も今すぐ生徒会役員にならなくてもいいの。ただ緊急時に生徒会と協力して対処するサポートメンバーになって欲しいのよ」

「常時拘束するわけではありませんし、織斑くんの交友関係からしても、事に当たる際は協力してくれそうな専用機持ちも何人かいるようですから、まずは彼の意志の問題かと。音羽くんにはその後押しをお願いしたいのです」

 虚先輩の言葉もあり、箒が専用機をよりによって天災に頼んだのを後押ししてしまった後ろめたさからも、俺は断り辛かった。

「まあ……よく考えてから話してみます。言葉を選ぶでしょうし……」

 お前は専用機持ちでうってつけのワンオフ・アビリティーもあるんだから、緊急時には命がけで戦えとはさすがの俺も言えなかった。そもそもどうにかなったとは言え、一夏はつい先日危険な目に遭ったばかりなのだ。その上援護のために他の専用機持ち、つまりセシリアと鈴にも話をせねばならない。学園には次の危機が迫っているかもしれないが、昨日の今日で危険な義務を背負うよう依頼するのは気が引けた。

「生徒会役員でもないキミに頼むのは本来筋違いなのは分かっているけれど、あの時アリーナで織斑くん達を完全に守りきれなかった私が言うのもはばかられるのよ。無論タダとは言わないわ、ハイこれ」

 会長は何かのチケットを二枚俺に差し出した。

「何すかこれ? 浅草花やしきフリーパス?」

「本音ちゃんと行って来ればいーじゃない、平日休んでもいいわよ?」

 会長のウィンクが最高にダサかった。下町遊園地フリーパスが報酬かい!

「もうちっとマシな買収しろや!」

 本音などもはや毎度の事とばかりに何個目かのエクレアをくわえている。案外こいつ大物だったりして……マイペースなだけか。

「お嬢様、そろそろ本題を」

 会長の心底どうでも良い茶番に軽く鼻を鳴らして虚先輩がうながした。

「ちょっとくらい肩の力を緩めるユーモアも必要でしょ? ま、それはそれとして」

 会長はいきなり手首をスナップさせて何かを放った。

 それを本音は驚くほど機敏な動作でキャッチした。右手でつまんで俺に見せると、それは寮のカギらしかった。二人のやりとりは一瞬のことだが、普段のゆるい空気が嘘のような本音の反応に理解が追いつかなかった。

「お嬢さま~?」

 本音の反応をよそに会長はニコニコ顔で俺に告げた。

「おめでとう音羽くん! 来週から本音ちゃんと同室よ。良かったわねえ!」

 俺は疑念そのままの顔を隠しもせず虚先輩を見たが、彼女はやれやれとため息をついただけだった。

「おいコラ青いの、ネタはもういいって虚先輩が言っただろ? そろそろ真面目にやれ」

 俺の言葉に会長はあからさまにムッとした顔を向けてきた。

「私は至って真面目よ! 本当に来週月曜日から音羽くんと本音ちゃんは同室になるの! 織斑くんは新しい部屋に移動して転校生と一緒に暮らすわ」

 驚きよりも疑いばかりが先に来た。

「転校生? こんな時期にまたですか?」

 本当かよ。本音と虚先輩を交互に見ると、虚先輩は無表情で首肯(しゅこう)して見せたのに対し本音はポカンとした顔で、目が合うと顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 どうにも胡散(うさん)臭さやトラブルの臭いが漂う話だった。鈴の時はわざわざ中国から一夏を追いかけてはるばるやって来たが、本題はISよりも一夏との恋愛というのが驚き呆れつつも年相応の微笑ましさがあった。果たして今回はどうなのやら。

 

「それがねえ、なんと音羽くんと同じ男子なのよ。織斑くんと音羽くんに次ぐ、第3の男性IS操縦者ってわけ」

 

 会長はえらく重大なことをサラッと述べた。

「はあ!? そんな情報全然知りませんよ!? そもそもそれが事実なら、大いにマスコミを賑わすじゃないですか? それがそんな騒ぎはどこにも無い。誰も話題にさえしていないでしょうに」

 まるで腑に落ちないという俺の態度も、会長はどこ吹く風だ。

「でも実際そう連絡があったし、事実来週転校してくるのよ。その彼、シャルル・デュノアくんがフランスからね」

 フランス政府はまだ彼の事を表沙汰にはしたくないらしいわ。何でもないような調子でそう言って、会長は俺の反応を見るかのようにこちらを見つめた。

 なんともすわりの悪い話だ。俺はえもいわれぬ不安を解消しようとして無意識に答えを探した。

「シャルル・デュノアねえ……待てよ、フランスのIS製造会社にデュノア社ってあったんじゃないですか? そこの回し者――いや、御曹司か何かですか?」

 答えはそうよの一言だけだった。どっちだよコラ。

 

 

 

 どうにも会長の反応が薄すぎる。というか、とんでもない情報のわりにずいぶん落ち着いているな?

 

 それより、俺の反応を観察しているかのような態度が気に入らない。

 

 

 

「もっと俺に言っておく事があるんじゃないですか?」

「どんな?」

「どんなって、注意事項とか、どういう奴だとか……」

「どうして? そんなこと必要かしら?」

「そもそも何でわざわざ寮の部屋変えさせてまで一夏と転校生を一緒にするんですか?」

「学園の決定よ。生徒会が決めたことじゃないわ」

 どういう訳か会長は取り付く島も無い。しかしいい加減こうも態度が極端に淡白だと、逆に何かあるとしか思えない。

「一夏には何も言っておかないんですか?」

「織斑くんには先生方が連絡するでしょう?」

 まあそういう事だからと言って会長は話を終えようとした。

「……そいつ、確実にいわく付きでしょう?」

「さあ、どうかしら? 会って確かめてみたら?」

 やっぱり、知っていながら教えてはくれないようだ。何かしらあるが、教えずに匂わすだけなのは珍しかった。大した危険が無いからか、それとも直接言えない事情があるのか、はたまた既に生徒会で対処済みなのか。

 まあ正体はおおかた再び学園介入しやすくなった事から送り込まれた潜入者の類だろう。スパイか工作員か。暗殺者という事はあるまい。そもそも危険人物ならまず織斑先生が一夏と同室なんて確実に許さないしな。

 結局その辺はうやむやのまま、いつものように事務作業を開始した。せいぜい今週中に一夏の尻を叩いて引越し作業を完了させないとならない。しかし、あの大量の食器やら調理器具やら全部移動するのか……。

 

 

 

「それじゃ織斑くんに依頼の件よろしくね」

「ほんとに部屋移動が報酬あつかいかよ!? つーか男女が同室でいいのか!?」

 

 

 

 

 とりあえず事務作業が一段落し、虚先輩の入れた紅茶を飲んで一服してる時だった。生徒会室のドアがせわしなくノックされ、会長の許しを得るのも待たずにドアが開けられた。

「あーやっと見つけた! お願い! もう一回取材させて!! いーでしょたっちゃん!? かなり協力したじゃない?」

 げ、新聞部の……なんでここまで来るんだよ。

 そこには一夏とセシリアが対戦した後のパーティに取材で現れた新聞部員の先輩がいた。名前なんてったっけ……?

 会長をたっちゃんと呼ぶあたり、結構親しいのかな。しかし協力って、この人も生徒会の仕事手伝ってんのか?

 当人はお構いなしに駆け寄ってくると、俺と会長に一方的にまくし立てた。

「お久し振り! 私のこと覚えてるわよね? ごめんね~もう一回取材させてくれないかな? 前の取材で出した号が先生たちに発禁扱いされちゃってさー困ってるのよ!」

「発禁?」

 どうせこの人の事だ、ろくでもないゴシップか嘘だらけのインチキ記事でも書いたんだろうさ。

「そうなのよぉ織斑先生に凄い剣幕で怒られちゃって、全部回収になっちゃって部長にも大目玉! もうこうなったら話題の男子二人に世界最新独占インタビューでもしなきゃ挽回できないのよ~。ね、いいでしょ!?」

 ちらりと会長を見ると、アチャーという様子で俺に舌を出した。

「ゴメーン忘れてたわ。そこの薫子は新聞部の副部長なのは知ってるかもしれないけど、整備科2年のエースでもあるのよ。簪ちゃんのIS組立にかなり貢献してくれたんで、ちょっと断れないのよねえ」

「えっ!! この人が!?」

 俺は初めてじっくりとこのやかましい先輩を見た。えぇ~会長が言ってた簪さんに協力した整備科エースってこいつかよ……。

「ふっふっふ! 驚いた? わたし新聞部の敏腕記者にして整備科のエースなの! 褒めてくれてもいいわ」

 一方的で多少イラッとくる所といい、自分のペースでぐいぐい来る所といい、良くない意味で会長に似てるな。類は友を呼ぶ、か。

「なんか意外っつうかガッカリですわ」

 途端にピノキオばりに高くなっていたエースの鼻がポキッと折れた。

「ちょ、ちょっと酷くない!? 悪評記事書いちゃうわよ!?」

「ダメなもん書いたから怒られて回収になったんでしょ? そもそも何を書いて怒られたんですか? そいつを確かめてから決めます」

 んあ~もう! と頭を抱えると、エースで記者は俺に向き直った。しょうがないなあと持っていたタブレットに電子版を表示する。

「今は公開停止中なんだけど……ほら、これよ!」

「どれどれ」

 そこには好ましくないセンセーショナルな見出しがいくつも躍っていた。

 

 

≪織斑先生 実弟に恐怖の暴虐スパルタ訓練!≫

 

≪特報! ブリュンヒルデの弟、天災の妹と英代表候補生との三角関係発覚!!≫

 

≪会ってガッカリ! 二人目の男性IS操縦者は口ばかり達者なチンピラ!?≫

 

 

 俺は思わず噴き出してしまった。こりゃ織斑先生もキレるわ!

 

 しかし、あの先輩捏造とか言ったり大げさな売り文句掲げたりしてるけど、わりとだいたい合ってるのが皮肉だな。俺が口ばっかでISがてんで駄目なのも、少なくともあの時は事実だったし。

 

 

「もういいでしょ? とにかく今は簡単でいいから何か聞かせて!」

 不機嫌そうに早口で言う新聞部副部長にやれやれと向き直ると、不意に会長が耳打ちしてきた。

〝そうそう、彼女は音羽くんのISデータ解析もほとんど一人でこなしてくれている功労者でもあるから、あんまり機嫌を損ねないでね?〟

「んなっ!? だからそういう事は先に言えっての!!」

 あんたはいい加減に大事なことを後出しすんなっ! しかし俺のISデータ解析を頼める最優秀な整備科生徒までがこんなんとは、ついてない。

「薫子、まだ生徒会業務の途中だから手短にお願いね。それと、もう人を馬鹿にするような記事書いちゃ駄目よ?」

「分かったってば! さあ、生徒会長の許可も出たことだし。まず音羽くんはいつから生徒会役員になったの?」

 食い入るように俺に尋ねる先輩に俺は肩をすくめた。会長も一応あんな記事を書いて差し止められた事は把握して釘を刺してくれるわけだ。俺としては一夏一人を取材対象にして欲しいけどな!

「なってません。たまに手伝ってるだけです」

「はあ!? なにそれ?」

 結局会長より数倍疲れる相手とのやりとりは30分近く続き、あれこれ質問をまくし立てる新聞部員に俺だけでなく本音たちまでくたびれてしまった。

 

 無遠慮な質問を幾つもぶつけられてむっとしないでもなかったが、今おそらく一番頼っているであろう人間がこの人なのだと自分に言い聞かせ、出来るだけ温和な態度でしのいだ。

「今度正式取材する時はちゃんと織斑君も一緒に呼んどいてね? 頼んだわよ! やっぱ二人目よりイケメンの一人目がいないと写真も絵にならないのよねー。それより何より、毎晩寮に男同士で二人きり、何も起きないはずがなく……ってね! 楽しみだわ!」

 本音との仲は辛うじて嗅ぎつけられずに済んだが、やっぱりIS学園の校内新聞はトラブルの種になりかねんな。

「不健全だしやはり今号は生徒会で発禁にしましょう」

「そんな怒らないでよ! エロくなるのはまだまだこれからなのに!!」

 不穏なことを言い出したのでいっそ新聞部を廃部に追い込んでやろうかとさえ思ったが、なんやかんや言って会長が毎号楽しみにしているのでそれは駄目らしい。どうせ鼻の穴膨らませて読んでんだろ。小豆を詰め込むには丁度良いや。つーかもう面倒だしポッキーとかでいいかな。ひょっとして会長が(かしま)しいのはこれが原因か?

「そうだわ、音羽君も何でもいいから記事を寄稿してくれない? コラムでも川柳でもダジャレでもいいから!」

 質問してる最中もそうだったが、どんどん要求が厚かましくなって来た。

「駄洒落だけは一夏が喜びそうですがね。そうだな……『生徒会長の鼻にプリッツを刺したら、イチゴポッキーになって出てきました。これってトリビアになりませんか?』っていうのは?」

「アハハハ面白い! それイタダキね!」

「ちょっと本当にそれはシャレにならないわよ!?」

 血相変えてとっつぁんが飛び上がった。

 

 

 

「あ~あ。いっそ生徒会長を虚先輩に変えられれば、いろいろ一気に解決するのにな」

 新聞部の黛先輩が帰った後、作業を進めつつ俺はぼやいた。つーかこの人生徒会長に向いてないんじゃないの?

「あら知らないの? 生徒会長になれるのは学園最強の生徒だけよ? 校則で決まってるわ」

 会長はここぞとばかりに例の扇子を広げて見せた。『学園最強!』と達筆で書かれている。

「ふ~ん、面倒臭ぇ校則ですね。そんなんタチ悪い奴や模擬戦強いだけのバカが最強だったらまずいんじゃないですか? そいつより強くないとリコールできないし」

 そう言って、もし将来一夏が学園最強になったらどうなるのかと気がついた。あいつが生徒会長? どう考えても務まらないだろ? もし冴えた悪党の一人でも生徒会役員にいればあっさり利用されかねんぞ。それ以前にどえらい仕事量に即日パンクするわ!

 一夏が学園最強にならないよう調整するなんて無理だし、そんなの無粋もいいとこだ。しかし困るなこんな制度は。

「今すぐにでもそんな校則は変えるべきですよ……将来本当に模擬戦と家事だけが取り柄の一夏が生徒会長になったら、それこそ洒落になりません」

「あら、織斑くんの事支えてあげないの? 友達でしょ?」

「あいつの為を考えても生徒会長をやらせるのは良くないですよ。それ以前に今の会長でこの体たらくなのに、さらに一夏が会長になるなんて……これ以上生徒会がらみで苦労したくないです」

「何だか私にも彼にも酷い言い様ねえ! 私だって最近はちゃんとしてるのよ!?」

 ちょっと怒ったので、その口に俺のフルーツパイを突っ込んで黙らせた。もぐもぐやって取り敢えずとっつあんは黙った。

 

 

 

 色々あり過ぎて忘れていたが、次に箒に会うのが気まずい。俺はどうしたらいいのだろう?

 俺の部屋に引っ越す準備のため、本音は作業後すぐ部屋に戻った。少し憂鬱(ゆううつ)になりつつ俺は一夏と離れる事になる寮の部屋へと戻った。

 

 

 

「まいったよホントにさ、会議室に入るなり一斉に囲まれて昨日の対抗戦の質問責めにあうし、鈴はなんでか不機嫌になるし……〝ぜひ新1年を代表して抱負を!〟とか言われて、あの場には居ないのに思わず三治どうしようって言っちゃったよ! あはは!」

 含むものなど何もない一夏の笑顔を、俺は何とはなしに見た。

 

 

 あのな一夏。箒はお前の傍に居たいというだけで、やばい橋を渡っちまったんだよ……俺も止めるどころか背中を押してしまったんだ……。

 

 

 一夏には何の非もないのは分かっているが、どうにもやるせない気持ちが胸にからまっていた。

「その後は生徒会と先生たちから例の無人ISについて根掘り葉掘り問い詰められてさ、たまんねーよ全く――三治? 黙りこくってどうかしたのか?」

「いや、何でもない……あれから箒はどうしてた?」

 一夏はきょとんとした顔になり、えーと確かこれからまたIS訓練だとか言って張り切ってたぞと答えた。

「箒のやつ急にやる気出してどうしたんだろうな? それがどうかしたのか?」

「そうか……いや何でもないんだ」

 それより真面目な話があってな、大事なことだからきちんと聞いて欲しいんだと告げ、俺はテーブルにイスを引き寄せた。

 一夏が首を傾げつつコーヒー二人分を入れるのを待ちながら、俺はほおづえをついて壁時計の針を見つめた。

 

 

 

 わずか5分足らずの話で、一夏はどんと胸を叩いて任せとけよと笑った。

 

 あまりにあっさり承知した一夏に、俺は不安と不審を感じて何度も繰り返してファーストリスポンダー制について説明した。案の定ISで悪い奴と戦うぐらいしか理解してなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああそう言えば、一夏は来週から転校生と一緒の部屋になるんだってさ。今の内から引越しの準備しとけよ?」

「えーっ!?!? どういう事だよ三治!?」

 もう決まった事だから仕方ないんだと言いつつ俺はシャワーの準備を始めた。いい加減疲れた。本音も今頃は引越し準備で忙しいのかな。手伝ってやらないとあいつ一人じゃ大変だろう。……よく考えたら、ほんとに本音と二人部屋になるのか、な、なんかびっくりだな。ど、どうしよう、いや、別にどうこうするわけじゃないけど!

「おい三治! それシャワー用のタオルじゃないぞ!?」

「え!? お、おっと。ま、まあ大量にDVDとかある俺が言うのも何だけど、一夏の皿やら鍋やらフライパンやらはどうすんだ?」

「急にそんなこと言われても……どうしよう三治!?」

 言った途端に一夏は半泣きでオロオロしだした。まああんだけ片付けるの滅茶苦茶大変だったしなあ。

「明日にはアイロンとか掃除機も送ってくるのに!」

「まあ俺も少しは手伝……なんだって?」

「手伝ってくれよお~おれ一人じゃムリだよ!!」

 お前さあ……クリーニング店も清掃業者も学園と契約してる所が利用できるだろ……。

「いいけど……俺も他を手伝ったり週末は予定もあるから、平日だけだぞ。それとな、これ以上家電を増やすな。頼むから」

 一夏は心底不思議そうに聞いてきた。

「ええー? 何でだよ?」

「〝何でだよ?〟じゃない!!」

 

 もうお前はこれ以上面倒を増やすな!!

 

 




「1年1ヶ月ぶりだね」
「ああ間違いない。更新だ」

 ずっと待っていて下さった方には、遅れて申し訳ありません。どうにかこうにか、1年以上間が開いてようやく投稿できました。
 日常に忙殺され長いこと更新意欲が薄れていたのですが、熱心な読者である班長利根川様が背中を押して下さり、ようやく更新が出来ました。この場を借りてお礼申し上げます。

 しかしホント、オリ主を苦労させすぎたな~倒れないうちに休ませねば。
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