さらばIS学園   作:さと~きはち

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 どうも友情とは痛いものらしい…

 ―― キャッチコピー ――

   『48時間PART2/帰って来たふたり』





スタンド・バイ・ミー

「そのまま動くな!」

 俺の言葉に、一夏はのどを詰まらせたような顔で身を硬くする。

 次の瞬間、鋭い発射音と共に銃口を飛び出したBB弾が一夏の頭上にある空缶を快音と共に跳ね飛ばした。

「おお~!」

 さっきまでの怯えはどこへやら、透明のゴーグルをした一夏は声を上げてはしゃいだ。

「次おれ! 次おれの番な!!」

 コーラのアルミ缶を拾い上げ、ウキウキしながら今度は俺の頭にそれを乗せる。

「一夏、撃つまで引き金に触るなよ?」

「わかってるって! へっへっへ、一発で当ててやるぜっ!」

 ノリノリで俺からパイソンのエアガンを受け取ると、ちょっと危なっかしい芝居のかかった握り方をした。

「おれは、狙ったエモノは外さない!」

 カッコつけてる所悪いが、どうにも構え方が怪しい。狙いがゆれ気味で大幅に的を外しそうな……こいつスタイルにこだわって正しく狙えてないな。

「お、おい? ちゃんと狙えよな? 硬い家具とかに当たったら跳ね返るぞ?」

 俺もゴーグルを付けて怪我の心配はないとは言え、だんだん不安になってきた。

「大丈夫だって! い、いくぞ! おりゃ!!」

 一夏がグイと引き金を絞り、ついでに変な構えのせいで狙いがブレた瞬間だった。

「織斑、音羽、入るぞ」

 ドアがノックされ、振り替える間もなく不意の来客が入室した。

「あ」

 ほとんど同時に一夏の放ったBB弾がよりにもよってそちらへ飛び――パシッという音と共に片手でキャッチされた。

「織斑、貴様は最近訪問客にこういう歓迎をするのか?」

「げ、千冬姉!」

 あ~あやりやがった。だから言ったのに……しかしまさか発射されたBB弾を手でつかむとは。飛ぶ(はえ)(はし)でつまんだという宮本武蔵を越えてるんじゃないか?

 俺に向き直った織斑先生はジロリとひと睨みした。

「音羽、貴様の入れ知恵か。何をしていたのか私に説明できるんだろうな?」

「済みませんでした……同室の内に男同士で馬鹿をやっておきたかったもので」

 俺が平身低頭して謝ると、困ったもんだという顔で織斑先生はため息をついた。

「その様子だと、織斑が別室に移動することは聞いているな? その事を早めに伝えて引越しの準備を始めさせるはずだったが」

 直径6ミリの小さな玉を部屋の反対側にあるゴミ箱へポイと放り込み、担任は散らかった部屋を見回した。いくつものゲーム機、ダンボールで作った剣と盾、本とDVDで作ったコースにミニサイズのラジコンカーなんかが転がったままだった。

「ずいぶんと散らかしたものだな?」

「千冬姉! 三治をあまり怒らないでくれよ! おれがワガママ言ってつき合わせたんだからさ、すぐ片付けるよ!」

 

 そもそもは昨日引越しの話をしたものの、今日になって俺が一夏の引越し荷物のあまりの多さに気が遠くなりそうになったので、もう料理に使うやつは全部おいとけと言ったのが原因だった。

「どうせ織斑先生も隣のここに食べに来る方がいいだろ? なら一夏が普段から必要な物だけ持ってけばいいさ」

「それなら楽でいいな! じゃあ荷造りと引越しは土日で十分だし、それまでは男子同士で遊ぼうぜ!!」

 途端にぱっと顔を明るくした一夏は、今まで彼女候補生らが姦しくて出来なかった男子同士のアフター5を熱望し、いろいろ悩む所あって気分転換が欲しかった俺も、久し振りの男子らしい馬鹿騒ぎに賛成したのだった。

 

 程々に切り上げろと言い残して担任は去っていった。ドアが閉まりその姿が完全に消えると、俺と一夏は大きなため息をついて床に座り込んだ。

「はぁ~なんか一気に力が抜けたなあ」

「まさか夜の8時に急に入って来るとは思わなかったよな。流石にドタバタはもうこの辺にするか」

 床に転がった諸々を片付けようとすると、あっそうだと言って一夏が本棚から一つのDVDを取ってきた。

「じゃあコレ観ようぜ! 前からどうしても気になってさあ!!」

 一夏は忘れたとばかり思っていた大都会PARTⅡのDVDを持っていた。どうせなら西部警察とかにしといてくれよ、コレはハードで(うつ)な展開が多いからわざわざ遠慮して奥に仕舞っといたのにさ。

 それに一話目から飛ばしている。しょっぱなからラブホ前でヤクザに絡まれるカップルをシカトし現場に急行、しかも事件は連続レイプ殺人! 買った俺が言うのも何だが、IS学園でこの第一話を見るのは女子に見つからないようにするのが死活問題だ。

「やっぱりこの角刈りサングラスの刑事は三治に似てるぞ。見た目だけじゃなくて、無茶もするけど色々思案したり知恵を巡らせたり、ちゃんと周りの面倒も見てるし」

 徹夜勤務の刑事部屋。容疑者が分からず年配刑事が上司に嫌味を言われ、それを自分の事のように激昂(げっこう)する若手刑事と角が立たぬようなだめる主人公。そこへ主人公の妹がブラック勤務を心配し、下着毎日変えてるかと電話してくる。

「まるでおれと三治だな! おれもついカッとなった時や困った時は、だいたい三治が間に入ってくれるもんな」

 だんだん一夏はこの刑事ドラマに妙な事を見い出していた。

 ついに犯人逮捕へ向かうという所で、主人公の妹が心配してわざわざ新品のパンツを届けに来る。よりにもよってパトカーに乗るタイミングでハチ合わせしメチャクチャ怒る主人公。

「う~ん、なあ三治? なんかこの主人公と妹ってさ、誰かに似てるって言うか……なんだろう? すごく身近な――あっ!!」

「何だ? 今度は何が分かったんだ?」

「わかったぞ! ほら、この三治みたいな刑事とその妹、性別を入れ替えたらほとんど千冬姉とおれじゃないか!? いや、ほんとそっくりだよ! 千冬姉が仕事の鬼で全然家事しなくて、おれがいちいちパンツとか食事とか心配しなきゃならないとことか! まさかこんなの買ってるとは、三治には相変わらずビックリさせられるなあ」

「ええぇ? 今度は織斑先生かよ……」

 そう言えばこの主人公兄妹は子供の頃家が全焼し両親も焼死、高校生で二人して東京に出てきて苦労したという凄まじい設定がある。まあ貧しい人も苦労も多かった昭和のドラマだからだが、その事を言うと一夏はなお一層感情移入してしまった。

「昔はおれも千冬姉とほんとに苦労したからさ、この兄妹のつらさがよく分かるよ。千冬姉はいつもバイトで、おれが家事全部やってたんだ。千冬姉がISに乗るようになってからは大分楽になったけど――あっ! 千冬姉、ちゃんと隣りの部屋掃除してるのかな? ……いや絶対してないな。引越しが終わったら一度見に行かないと、洗濯物もたまってそうだし洗い物も――」

 急に姉のだらしなさについて心配し始めた一夏は話を中断して、珍しく難しい顔になった。何だか違う意味で心に響く内容だったらしい。

 しかし織斑先生、家事せずに寮で一人暮らしか。普段はビシッとしてるけど、実態は2年以上そんな調子で過ごしてるのか? 男所帯にウジがわくという古い言葉があるけれど、果たして隣は……やめよう、考えたくない。

 

 

 

 しかし今日はよく騒いだもんだ。以前に女子抜きで過ごしたのはずいぶん前の気がする。明かりが消えた部屋でベッドに横になると、ぼんやりと天井を見つめる内にうとうとし始めた。

 

 と、急に一夏がとなりのベッドから声を掛けてきた。

 

「なあ、三治。起きてるか?」

「ん?」

「今日は楽しかったよな。久しぶりだよ、男同士でくだらない事して騒いだの」

「そうだな」

「一緒にいる最後の夜だから言うけどさ……おれ、感謝してるんだ、三治にさ。ほんとだぜ?」

「急にまた……どうかしたのか?」

「三治が初めてだったんだ。会って間もないのに俺の話を一から十までちゃんと聞いてくれて、一緒に真面目に悩んでくれて、時には答えをくれてさ。おれの言う事を最初から否定したり茶化したりなんて絶対にしなかった」

「……そうか」

 今夜の一夏は、いつになく饒舌(じょうぜつ)だった。

「IS学園に来るまで、まともに付き合いが続いた男友達は弾と数馬くらいだよ。他の奴はおれが女子にもてるとかいい気になるなとか、わけわかんねえ事言ってからんだりシカトしたりしてさ。その弾たちも、おれの悩みやトラブルを真剣に考えてくれる事はあんまり無かったんだぜ?」

 

 うん、それは半分仕方ないわな。

 

「よせよ今さら水臭い、背中がかゆくなるだろ?」

「なに言ってんだ、すごく大事なことだぞ」

 思った以上に真面目な話らしい。一夏の声には熱がこもっていた。

「怒った千冬姉にも正面から立ち向かってさ、それも腕力にも誰にも頼らず堂々と言葉で諭して。他の奴は大人も同級生もみんな怖がって逃げ腰になるか、ほんとに逃げ出してたもんな。おれすごく驚いたよ、千冬姉と一対一でにらみ合って、一歩も引かないんだから。それも何度も。そんなやつ今まで見たことないよ」

「ああ……」

 俺からすれば、織斑姉弟みたいなのを見たことないけどな。暴力と威圧とISに頼りきりの初代ブリュンヒルデ姉と、モテ過ぎる鈍感ハーレムイケメンで家事と健康に異常にこだわる弟。実際その弟のこだわりのせいで、引越し準備で死ぬ所だった。

 ……ナベが3つに土ナベが2つ、フライパン4つにボールとざるが3つずつ、包丁お玉にまな板さいばし……皿や椀やコップに至っては数えたくもない。そこへ炊飯器と米びつだ。プラス掃除機とアイロンか……もうこれほぼ一夏の家じゃね?

 

 

 ひょっとすると一夏は、普通の家族を持たない寂しさから無意識にこの部屋を自分の家庭にしようとしたのかも知れない。時々週末に夕食を共にする顔ぶれ。姉である織斑先生、幼馴染の箒と鈴、それに姉と対等? の男子である俺、それにクラスの親しい面々……。時々一夏は両親のいる俺を羨ましがっていた。俺自身も家族と離れ離れになりいつ会えるか分からない境遇に置かれて、親に捨てられたという一夏の寂しさが少しは理解できるようになったと思う。

 

 

「だからさ、三治はおれにとっても千冬姉にとっても、運命の人だと思うんだよ」

「うん……うん?」

 なんか雲行きが怪しくなってきてないか?

「なあ三治、千冬姉のこと、もらってやってくれないか? きっとさ、千冬姉も三治のことは認めてると思うんだよ。千冬姉も仕事とか立場抜きで対等になれる異性って、おれ以外だと三治しかいないと思うんだよな。初日におれが千冬姉に殴られた時に三治がかばってくれてから、ずっと考えてたんだ。世界でたった二人、男でISが操縦できて、千冬姉とも対等に話せて、俺の親友で……千冬姉と一緒になれる男なんて、他に考えられないじゃないか? なあ?」

 急に何言ってんのお前は? 話が飛躍し過ぎだろ!

「えぇ……ちょっと落ち着けよ、それはさすがに解釈が行き過ぎだろ」

 いきなり向こうのベッドから跳ね起きる気配がした。

「なんでだよ! おれはものすごく真剣なんだぞ!!?」

 寝るまでの暇つぶしにちょうどいいくらいの声が、静かな夜にとどろく大声に変わった。

「千冬姉はつい最近まで男っ気なんてまるで無かったんだぞ!? それが最近は、三治の事をちょくちょく話すようになったんだ!! 初めてなんだぞ!? 千冬姉がおれ以外の男の話を何度もするようになったの!!」

 ヒートアップした一夏はベッドから降りて姉の部屋とを隔てた壁をバンバン叩いた。

「わかったから、ちょっと落ち着けって! もう夜中だぞ?」

 こんな大声で騒いだら、それこそ隣りの――

「やかましい! いつまで騒ぐつもりだ貴様らは!!」

 言うが早いかご本人の再登場である。俺は慌ててベッドから飛び出し止めようとした。

「済みません! ちょっと一夏が興奮しまして、もう静かに――」

「ちょうど良かった! 千冬姉も言ってやってくれよ! いま三治が千冬姉のことをもらってくれるかどうか大事なとこ――ギャー!!」

 止めようもない鉄拳が夜中に騒ぐ馬鹿の脳天にクリティカルを極めた。頭を押さえてのたうち回る一夏。

「おい音羽」

「は、はい!」

「これは体罰ではない。(しつけ)だ。家庭内の問題に口を出すな、いいな?」

「あっはい」

 唖然とする俺にフンと鼻を鳴らすと、いい加減静かに寝ろと言って担任はさっさと出て行った。

 

 

 

「なあ三治、千冬姉のことだけどさ……」

「そいつは一旦忘れろ。特に人前であんな事言ったの聞かれたらまたゲンコツだぞ?」

「ちぇっ……いいと思うのにな」

 未練タラタラの一夏を促して、ようやく一夏の新部屋はととのった。

 朝早くから始めたお陰で、昼前にはほぼ引越しを終えることが出来た。移動先の部屋には既に同居人の荷物が届いており、黒いガムテープで梱包されたダンボールの山にはフランス語らしきアルファベットが並んでいたが、それだけでは持ち主や中身について分かるはずもなかった。

「どんなやつが来るんだろうな? 箒みたいに怒って木刀振り回したりしなきゃいいけど」

「あれは完全に一夏が悪いけどな」

 頭のたんこぶも忘れて笑う一夏に、俺は一つ爆弾を投下してやった。

「それがな、なんと男だそうだ。世界で3人目の男性IS操縦者だとよ」

「えーっ!? それホントか? 千冬姉そんなこと一言も言ってなかったぞ?」

「生徒会長から聞いたんだ。まあ確かだろ、多分。織斑先生はまた女子が騒ぐといけないから当日まで黙っておく心算なんじゃないか?」

 疑わしそうな一夏の態度がみるみる驚きと希望に満ちあふれたものに変わった。

「マジかよ……それじゃ男子がとうとう3人になるのか!? やったな三治!! うわあおれ興奮して待ちきれねえよ!」

 見るからにオラわくわくすっぞ状態の一夏に、伝えた情報の胡散くささについてわずかばかりの罪悪感を憶えつつ、同時にお前は美少女だらけの今の環境には興奮しないのかと突っ込みたいのを耐えた。ようやく俺と姉をくっつけるのを忘れてくれたしな。

 

「じゃ、俺はそろそろ用事があるからこれでな。また騒いで怒られるなよ」

「大丈夫だって! いやあ悪いな三治! 手伝ってもらった上におれだけまた男同士で! まあいつでも遊びに来いよ! あははは!!」

 また男子と同部屋と知って呆れるほど上機嫌の一夏の部屋を後にし、俺はスマホで電話した。

「本音か? 今片付いた。すぐに始められるぞ」

「わかった~すぐにお引越し……の前にお昼にしよーよ」

「やっぱりかい。まあいいや、昼がすんだら直ぐに始めるぞ。荷物まとめとけよ」

 一夏にゃ悪いが、次の同居人が本音だと考えるだけでワクワクだ。ちょっと顔が緩んできた。

 食堂の前に本音の荷物を運ぶスペースを確認しようと、一旦部屋に戻ってきた。

 閉めておいたカギを取り出そうとすると、いきなりドアが開いて見慣れた相手が裸エプロン姿で大声を出した。

「お帰りなさいアナタ! ご飯にする? お風呂にする? それともア・タ・シ?」

 俺は即座に会長の肩をぐいと押して中に入り素早くドアを閉めた。

「んもう、ノリ悪いわねえ! もうちょっと反応してくれないとつまんないわ」

「何やってんだ青いの!? 鼻にプリッツ詰めてもらいにでも来たのか!? 誰かに見られたらどうすんだよ!!」

 焦りと苛立ちで詰め寄る俺にも更識家当主は涼しい顔で肩をすくめるだけだ。

「やれやれ、もうちょっと冗談が通じる余裕があると思ったんだけど。ところでわたし今こんな格好なんだけど、なんにも感じない?」

 ほとんど白エプロン意外何も身につけていない姿の会長のプロポーションは、実際俺から見ても中々のものだった。全く女子に免疫のなかった以前の俺なら理性がかなりの危機だったに違いない。

 そこへわざわざ胸を強調するようなポーズを取る会長。

「なんだ揉んで欲しいのか、どれ」

 俺がいきなり手を伸ばして胸をわしづかみにしようとすると、驚くほどの素早さで飛び退いた。

「ななななにするのよっ!? ほっ本当にさわる気!?」

 さっきまでの余裕は消し飛んでしっかり二つのたわわをガードしている。

「やっぱりそんな気無いんじゃねえか。俺が本気で押し倒してたらどうするつもりだったんだよ?」 

 さっさと一夏が使っていたスペースを見回して、残っている荷物がないのを確認して部屋を出ようとした。

「くっ……生意気だわ、情報では女性経験ないくせに」

 くやしそうな会長が俺をにらんできた。

「あんたも男性経験無いでしょうが? 人の事言えんだろうに」

 出ていこうとする俺を会長は慌てて通せんぼした。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 大事な話があるの! と、それよりな、何で分かったの? 私が……その、」

「なんすか? 最後の方聞き取れな――」

 会長は顔を真っ赤にした。

「なんで! 私が! け、経験豊富じゃないって知ってるのかって聞いてるのっ!! はっ、まさか本音ちゃんが――」

「そんなんさっきの態度見りゃ誰でも想像つくでしょうが? 大事な話ってのは何です?」

 完全に男に免疫ない反応だったよな。

「とりあえず座って! まったく、年上の魅力アピールが台無しよ!」

 しょうもない事は置いといて、俺たちはテーブルに向かい合った。

 会長は座るなりやれやれという態度を一変させ真面目な表情になった。

「例の転校生の件だけど、状況が変わったわ。唐突だけれど、フランスのシャルルに続いて数日遅れで1年1組にもう一人の転校生が来るのよ。今度は正真正銘女の子なんだけれど……ちょっとこれもいわく付きでね」

 どんだけ俺のクラスは、いや1年は転校生が来るんだ、それもこんな中途半端な時期に。最初から入学しとけ!

「またいわく付きの? 一体どんな奴なんです?」

「ドイツからの代表候補生で、名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ連邦軍からの出向という形で、表向きは連邦軍幼年学校の生徒でIS操縦者を名乗っているけど……実際は出自が不明瞭で、秘密IS特殊部隊【シュヴァルツェ・ハーゼ】の隊長なの」

 憂いの表情を見せる会長だが、神妙な顔しても裸エプロンじゃマヌケだな。

 

 それで……なに? 表向き軍学校出身のIS操縦者だけど、実体は正体不明で秘密IS部隊隊長? 何それ? そもそもISは軍事利用禁止で、少なくとも公式にはIS部隊なんてあったらダメだろ。しかもそれでここに転校? それに部隊長って、どんだけ年上の女が来るの? IS学園の制服着て? うちのクラスに通うの? 

 

 

 ……なんで!?

 

 

「痛すぎる! いろいろ異常で正気を疑う上に、何がしたくて来るのか訳分からん!!」

 会長も面倒くさそうな顔でうなずいた。

「本当に意図が分からないから不気味なの。隊長に任ぜられる割にはかなり若くて音羽君たちと同じ16才、少女IS操縦者ばかりの部隊らしいけど、IS学園との接点は無いし、今回の転入もかなり強引なやり口で認めさせているわ。手がかりといえば、以前織斑先生がこの部隊の教官を勤めていた時期があることぐらいかしら」

「……えっ」

 それって、まさか……。

「ほぼ織斑先生目当てなのでは?」

 織斑先生は現役選手時代から世界中に信者クラスのファンが多数いたことでも有名だ。現にそれから何年も経った入学当初でさえうちのクラスはあの騒ぎだった。以前担当した訓練生か何かが彼女に心酔し、必死で喰らい付いて来ようとしても不思議じゃないと思う。

 それに俺らとタメだ。そんな年でISを志す少女が憧れのブリュンヒルデと間近に接し、じかに訓練を受けていたら、崇拝対象にしてしまってもおかしくは無い。

 俺の言葉にしかし会長は難しい表情を変えなかった。

「そう単純に考えるには、彼女の出自の謎と軍機相当の立場が厄介すぎるわ。とにかく、シャルル・デュノアなんかよりこっちの方が要注意って事」

 今日わざわざ伝えたかったのはこれよ、そう言って会長はぐで~っとテーブルにのびた。

「あー疲れた、音羽くんったら全然想像してたのと反応違うんだもの。予想外の展開ににくたびれちゃったわ」

 くるっと顔だけをこちらに向け、さっきの事本音ちゃんに言っちゃおうかな~と悪戯っぽく笑う。

「本音にもバカにされますね」

「されないわよっ!」

 

 その後会長が着替えるまで待ち、ぜんぜん自分の魅力に参らない俺に対してぶつくさ言う青いのを連れて食堂へ向かった。先に待っていた本音と簪さんは、俺が会長と一緒なのが不思議そうだった。

 

 

 

 一日に二度も引越しを手伝うのはきつい。へばった俺は自分のベッドに寝転んだ。

「はぁ~……だいぶ雰囲気変わったな」

 昨日までの一夏のスペースには、可愛らしい小物や少女漫画や大量のお菓子が棚を占領し、その上にはぬいぐるみが所狭しと並んでいた。クローゼットにはバリエーション豊かな着ぐるみがいっぱいだ。

「おつかれさま~おとーさんありがとうね~」

 袖まくりし机を片付けていた本音もようやく一息ついたようだ。おでこの汗をふく仕草が可愛い。

「おつかれ……ん?」

 そのままとてとてと近づいてきたと思うと背後に回り、ころんと寝転がって背中にくっついた。

「つかれた~おやすみ~」

「え? おい本音――」

 問う暇もなく背中は寝息を立て始めた。今日は珍しく忙しく作業していたし、やはり相当疲れていたらしい。

「ま、いいか」

 俺もくたびれた。このまましばらく昼寝してしまおう。

 二人して引越し疲れでまどろんで、そのままうたた寝してしまった。

 

 

 

 気がつくと、もう窓から差し込む陽で部屋はオレンジ一色に染まっていた。

 俺が身を起こすと本音はネコのようにくるんと丸まって、つかんだ布団を放さない。

「あと五分~」

 寝ぼけてるのか起きてるのか、間の抜けた声でむにゃむにゃ言っている。

 小動物系女子を見ながらぼんやりしていると、ふと何か頭に引っかかるものがあった。

 

 ……なんか忘れてるような……明日あたり何か……。

 

「なあ、明日ってさ。なにか――」

「ん~? ……あーっ! 明日はいっしょにお出かけする日だ! たいへん、なに着て行こう!?」

 跳ねるように起きた本音は大慌てでベッドを飛び出すと、クローゼットに飛びつき中を物色し始めた。さっき片付けたばっかなのに。あれでもないこれでもないとベッドに放り出すが、みんな着ぐるみばっかりだ。

 部屋の明かりをつけ、よく考えたら俺もさしてよそ行きの服持ってないなと思った時、廊下から慌しい足音が近づいてきて、激しくドアをノックされた。

「一夏ーっ! いるんでしょ!? 夕飯食べに行くわよ!」

「一夏、今日はまるで姿を見せないが、た、たまには私と模擬戦をだな」

「一夏さん! ぜひ明日のディナーはこの彩り鮮やかなチラシズシというものを御一緒に作りませんこと?」

 例によってトリオのご登場だ。正直めんどくさいが放ってもおけない。俺はドアを開けて3人娘に無感情な声で言った。

「一夏なら今日付けで別の部屋に変わったぞ。来週転校生が来るから、そいつと同室になる」

 3人の期待に満ちた笑顔が急にドス黒くなった。

「はあ!? 何なのよそれ!」

「そんな話は聞いていないぞ!?」

「それは一体どこの馬の骨ですの!?」

 つかみ掛からんばかりの彼女らを両手で制し、あまり騒ぐと織斑先生が怒鳴り込んでくるぞと釘をさしてから部屋を教えてやった。

 すぐに方向転換して3人とも駆け出した――と、急に鈴だけが駆け戻ってきた。

「ちょっと三治! 箒とセシリアには一夏とデートのセッティングしたらしいけど、あたしには何も無いなんて事ないでしょうね? あたしに借りがあるの忘れた?」

「え? ……あっ」

 そういやアリーナで訓練に付き合ってもらった時、空中衝突しちまったんだったなあ。それを言われると弱いな。

「まいったな……。そうだ、じゃあコレやるからさ、一夏と行って来いよ」

 俺は会長にもらった花やしきフリーパスを鈴にくれてやった。まあ本音とはもうちょっとまったり出来る所に行きたいしな。

「ふーん、遊園地の一日フリーパスか。ま、有難くもらっておくわ!」

 上機嫌でその場を離れようとして、またも鈴は戻ってきた。

「ところで、一夏が出たあと誰が入ったのよ?」

 止める間もなく俺の脇をすり抜けて室内に入り、すっとんきょうな声を上げた。

「あーっ! あんたいつの間に!? ずるいじゃないあたしは一夏と同部屋になれなかったのに!!」

「あ~りんりん! どうしたの~? おりむーならお引越ししたよ~?」

 俺があわてて取って返すと、鈴はまた矛先をこっちに向けた。

「どういうことよ三治!? あんた千冬さんにワイロでも渡したわけ!? まさか、二人っきりなのをいいことに本音に変なことしてないでしょうね!!」

 もうここまで来るといい加減おせっかいだぞ。

「あの織斑先生に賄賂なんざ渡せるか? それに変なことも何も今しがた引っ越してきたばかりだっつうの! だいたい隣がその織斑先生なのに、変なことも何もできる訳ないだろがっ!!」

 イラッとして言い返すと、若干疑わしげな目で俺を見返した。

「ふーん、まあいいけど……本音! こいつが何かしようとしたら、すぐ誰かに言いなさいよ? いいわね!」

 まったく失礼な奴だ。俺がセクハラする前提かよ。一方で鈴のピリピリした態度にも本音はいつもののほほんモードだ。

「おとーさんは無理やりそんな事しないもーん……そういう時はちゃんと……えへへ」

「え? ちゃんとなによ?」

 え……今すごく気になることを言ったような……?

「なんでもないよ~それよりおりむーのとこ行かなくていいの~?」

「あ、あたしは慌てなくていいのよ! それより答えなさいよ! 今なんて言おうとしたの?!」

「おしえな~い」

 一転してぐぬぬ顔の鈴は、とにかく本音にやらしい事するんじゃないわよと言い捨ててドアに駆け出したかと思うと、またハッとして本音の元に駆け戻り、何事か小声で本音に囁いてまた飛び出していった。

「何度も行ったり来たりして、本当に騒がしくて落ち着きのない奴だよ……あいつ最後に何て言ったんだ?」

 本音は服を体に合わせては姿見を眺めつつ、何でもないように返事した。

「おとーさんと進展があったら教えて~って」

「ふ~ん……えっ?」

 おいおい、俺と本音の仲が進んだら報告すんのかよ?!

「ちょっ、そんなん律儀に答える必要ない――」

「えへへ~だっておとーさんとのこと自慢したいんだも~ん」

 楽しそうに笑う本音に俺の反論はかすれて消えてしまった。

 

 だって、とびっきりの笑顔でそんなこと言われたら、文句も言えないじゃないか……。

 

「まあ……いいや……それよりせっかく片付けたのに、またこんなに広げて。後が大変だぞ?」

「うゆぅ~あとで手伝ってよ~あ、どうこれ似合うかな~? あーこれもいいな~」

 上機嫌で洋服を見せびらかす本音についつい頬がゆるんでしまう。

 

 いろいろ悩む事はあるが、ここでこうしている時くらいは、今この時間だけを大事にしたい。

 そう、本音と二人きりの時間だけは。

 

 きゅるるると誰かの腹が鳴った。

「お腹すいたなあ~そろそろ晩ごはん行こうよ~」

「やれやれ、簪さんたちも誘うか」

 マイペースな小柄の着ぐるみを連れ、すっかり陽の傾いた部屋を後にした。

 

 

 

 

 日曜は朝から学園島中に春の陽気が広がっていた。窓から広がる青空にはのんびりとした雲がたゆたっている。

「は~い、もういいよ~」

 互いのスペースを隔てる間仕切りがスーッと消えると、初めて見る私服姿の本音が現れた。

 

 本音はゆったりとしたニットに短めのスカートを身に着けていた。体のラインが出にくい服装なのに豊かな胸は隠しきれず、普段の着ぐるみからは想像のつかない意外と長い素足がまぶしい。

 

「えへへ~……ど、どうかなぁ?」

「う、うん。すごく可愛い」

 他に言うことなんてない。というか全然思い浮かばない。自分と出かけるために、わざわざ本音がおしゃれしてくれて、可愛いと言われて嬉しそうにはにかんでるのを見て他に何と言えるのか。たとえそれが出かけるまでに2時間近く待った後だとしてもだ。ほんとに女の準備は時間がかかるんだなぁ……。

 くらべて俺はパッとしないパンツにジャケットを羽織っている。シャツがチェック柄でないだけマシな方だ。

 

 本音は優しいのでそんなこと気にしないのだ……気にしないのだ。

 

 本音はぐっと片腕を上げた

「それじゃ、しゅっぱぁーつ!」

「しゅっぱーつ!」

 俺もそれに合わせ、互いに笑いあった。

 引越し疲れかいつものことか、本音は8時前までくーくー寝て、急ぎ身支度整えてのお出かけだからもう10時半近い。今日は騒がしいメンツとすれ違わないように寮の裏口からそっと出て、学校とは反対方向ヘとテクテク歩いてゆく。

「いいお天気でよかったね~」

「ほんとだな。見事に行楽日和で、寮にいたら損してたな」

 会話は自然にしてるつもりでも、どうにも浮ついた足取りになってしまう。最近よく一緒に下校してはいるが、プライベートで気になる女子と二人で出かけた経験なんて今まで一度も無い。それが本音みたいな可愛い娘となんて、ドキドキしないほうが変だ。

 何となく本音の方へ手を少しだけ伸ばすと、互いの手が触れ合った。

 思わず顔を見合わせる。

「あ、えと、手……いいかな?」

「うん!」

 自然に恋人つなぎになった。そのまま腕をからませる。まさか、悪夢のように感じたはずのIS学園入学で、こんな相手ができるなんて。人生分からないものだ。

 

 それはそれとして、もう今なら俺死んでもいい。いやマジでそういうレベルですわ。一夏ならどうだろうか? 知らん。

 

 西のはずれにある小高い丘までには賑やかな通りがあり、どこかでお弁当を買おうと話している所へ俺が散髪した理髪店を通りかかった。今どき珍しい昔ながらの散髪屋だ。

「あ~ここで散髪したんでしょ~?」

「え、なんでわかんの?」

「TVでやってたの見たことあるもん。大阪名物の店だったのに再開発で無くなるから、IS学園島の出店募集に応募したら当たったんだって~。古今東西の有名人の髪形を再現してくれるんで人気なんだよ~」

 そ、それでか! どうりで適当に短くしてくれと言ったら、〝よっしゃ任しとき! おばちゃんが昭和の男前にしたるさかい!〟とか言ってこの頭になったのは!!

「あはは~でも似合ってると思うよ~」

「はぁ~まあいいか」

 途中本音が見入って動かない焼き立てパン屋で菓子パンやサンドイッチを買い、ついでに飲み物も仕入れて、丘へと続くなだらかな坂をゆるゆると登っていく。

「あ! 見て見て~海が見える!」

 標高が高くなるにつれて、遠方の景色に海が広がってきた。フェリーや海自の護衛艦が行き交い、魚を求めて白い海鳥たちが数羽ずつ、きらめく海面近くをすべるように滑空している。

 いつか本音と一緒に下校した時にもかいだ潮の香りが、かすかに漂ってくるようだった。

 

 あの時本音が追いかけてきてくれて、初めて一緒に下校したんだよな……。

 

 色々有り過ぎるもんだから、あれからずいぶん時が経ったように感じてしまう。

「気持ちいいね~」

 その声に振り向くと、涼しげな風が本音の髪をふわりとなびかせた。普段は見えないうなじがあらわになる。それだけのことでドキッとした。いつも意識している女子の、今まで目にした事のない何気ない様子や仕草が妙に気になって他のすべてを忘れてしまう……俺もやっぱ異性に免疫ねえな。

 

 

 丘の頂上は芝生の広場がある公園だった。高台の開けた視界からは、どこぞの芸術家がデザインしたとか言う尖ったねじくれタワーを中心とする学園全体が一望できた。

 人もまばらな芝生にレジャーシートを広げて腰を下ろすと、ちょうどお昼の時間になった。

「お腹すいたぁ~お昼ごはんにしよ~」

「だいぶ歩いたしな、ちょうどいいか」

 菓子パンをパクつく姿はいつもの本音だった。俺もサンドイッチを口にしつつ、ふと思った。

 これってデートだよな……今さらだけど、デートだ、うん。

 ニヤけそうになるのを必死でこらえる。何も言わずにいると考えてることがバレるような気がして、俺は焦って適当な話題を振った。

「えっと、今さらだけどさ……会長はよくあっさり本音を俺と同室にしたよな?」

 紅茶のペットボトルを手にした本音は笑った。

「にひひー、お嬢様もわたしの後かんちゃんの部屋に移ったしね~うぃん―うぃんなのだ~!」

 呆れた。今まで気付かなかった俺もマヌケだが、最初からそのつもりだったのか。

「なんだ、とっつあんの奴ちゃっかりしてやがんなぁ」

 なぁ~にが報酬だか。むしろこっちが本命なんじゃないか? むしろ俺を喜ばせて目をくらませたのかな? まったく青いのはこういう時はほんとに策士だわ。

 その後は雑談に花を咲かせたり、利用者センターで借りたフリスビーで遊んだりした。ホットケーキに似てるよね~と言い、口でパクッとキャッチした時はさすがに焦った。

 

「あ、大きい船が出港するよ~。やっほ~!」

 遊び疲れた本音はシートに座って島の反対側にある港を眺めていた。

「そりゃ山の時だよ」

 俺が苦笑すると、港を出て行くコンテナ船が本音に答えるかのように去り際に汽笛を鳴らした。

「ばいば~い!」

 海に向かって大きく手を振る本音を見ていると、疲れからか頭に眠気が強くのしかかった。

 うつらうつらしている内に、俺はいつの間にか眠ってしまった。

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 渡り鳥らしき鳥が、たった一羽で飛んでいる。

 

 まっすぐに飛んでいるように見えて時々ふらつき、どうも方向を定めあぐねているようだ。

 

 よく見ると翼はあちこち傷つき、ところどころ羽根を失って地肌が見えたり、わずかに血を流したりしている。

 

 飛ぶのもつらくなったのか、速度を落とし始めた時、横合いからスズメくらいの小さな鳥が現れた。

 

 渡り鳥の隣につくと、ゆっくり飛びながら渡り鳥の毛をつくろい、傷口をなめ始めた。

 

 やがて元気を取り戻したのか、渡り鳥は小鳥と共に速度を上げ、並んで夕陽の彼方へ消えていった。

 

 

 

 ふいに目が覚めた。陽もかげり、見回すとすっかり夕暮れ時だ。

 それより、なんだか頭の下が柔らかく温かい。これは……。

 

 膝枕されてる……本音に……なんかもう、幸せ過ぎて言葉が出ない。

 

 本音がそっと顔をのぞき込んでくる。

「すごくぐっすり寝てたよ~? 疲れちゃった? ごめんね~私嬉しくてはしゃぎすぎちゃった」

 申し訳なさそうな本音に俺はあわててフォローを入れた。

「謝る事ないよ、俺も今日はすごく楽しかった……今日はありがとう」

「えへへ~良かったあ~」

 その笑顔に胸が温かくなる。本音がそばに居てくれて本当に良かった。

「そろそろ帰ろうか」

「うん!」

 シートを片付け、ふたり手を繋いで広場を後にした。

 

 

 

 あちこち寄り道しながら帰る道中のこと。のんびり歩きながら、ひょっとしてさっきのはキスとかそういうチャンスだったのでは、などと不毛なことを考え始めてしまった。

 というか、どこかで聞いたセリフだが、やっぱ俺ってヘタレなんだろうか? よくよく思い返してみれば、もっと本音と親密になる機会がたびたびあったのでは……。いや! あまり強引なことをするべきじゃない。本音とはもっとじっくり、こう、あれだ、絆を深めていくとか、互いの気持ちを確認し合うとかだな!! そういう――

「あ、お~いおりむーりんり~ん!」

「ひゃ!?」

 いきなりの本音の大声にギョッとなってしまった。なんかこうなるの久しぶりかな。

「おーい三治! あれ? のほほんさんも一緒か」

 横断歩道の向こうに私服姿の一夏と鈴がいた。昨日あげたフリーパスを使ったのか早速ふたりで出かけたらしい。一夏はともかく鈴はオシャレな格好だが、よく見るとミニスカートなのは本音と同じでもずっと活動的に見える服装で、インヒール……じゃなくて厚底の靴をはいている。やっぱり背が低いのは気になるらしい。一夏と肩を並べて歩きたかったのかな?

「だから! あたしと一夏で――あ! あんたたち丁度いい所に来たわね! ちょっとあたしたち撮ってくれない?」

「あ~、りんりんはまだおりむーとここで写真撮ってなかったんだね~」

 気付かぬうちに、以前一夏たちと写真を撮った場所に来ていたらしい。いまや話題の撮影スポット『ISロード』だ。

「早くして! 珍しく他に人がいないんだから!」

 鈴にスマホを押し付けられ、二人を写そうとすると、

「待てよ、せっかくだし三治も一緒に写ろうぜ! のほほんさん頼むよ、ほら!」

 一夏に腕を引っ張られた。お前はまた連れの意向を無視しやがって。背後でセカンド幼馴染がどエラい顔になってるぞ。

「ア ン タ は ど う し て、そうなのよっ!?」

「うわっ!? り、鈴! ISはまずいって!! うわあ!?」

 ムードをぶん投げブチ切れモードで甲龍を起動させた鈴が暴れだすのを3人で必死になだめ、偶然通りがかった谷本さんたちに頼んで俺たち4人で撮ってもらうことで、どうにかその場はおさまった。

 

 

「はぁ~、一夏と記念写真撮るだけで一苦労よ! ま、取り敢えずはこれで箒たちとの差は無くなった訳だし……ところで何で三治と本音は一緒にいるの? まさかデート!? ちょっとマジで? どこ行って何してきたのよ?! 教えなさいよちょっと!!」

「えへへ~♪ 知りたい~?」

 鈴のやつ切り替えが早いと言うか現金と言うか、こういう時の女子の食いつきといったらダボハゼ顔負けだ。それが鈴ともなればうるさい所の騒ぎじゃないので本音に任せてほっときたいが、何を喋っているのか気になってついつい聞き耳を立ててしまう。

「あいつ自分も一夏とデートしてきたくせに、人の事のほうが気になるのかよ」

「でーとって何の話だ? それより聞いてくれよ! 今朝早くおれの部屋に鈴が来てさ、〝今日は一緒に出かけるから早く支度しなさいよっ!〟てうるさいのなんの! 普段なだめてくれる三治はいないしさ――」

 俺の意識は鈴の「えっ! うそ!?」だの「くぅ~うらやましい!」だの「ぬぐぐ、それに比べて一夏は!」だのに引っ張られ、一夏の話も1/3くらいしか頭に入ってこない。

「――でさ、フリーパスあっても混んでるのは変わらないだろ? なのに鈴ときたら……三治! 聞いてるのか?」

「ん? ああ悪い、ちょっと考え事しててさ」

 悪いけど今それ所じゃないんだよなあ! ちょっと静かにしてくんねえか本当に!!

「それでね~……の時、そーっと……ざまくらしてあげてね~」

「えーっ! それで? それからどうしたのよ!?」

「えへへ~。全然目を……ないから~、こっそりちゅ……」

「しょうがないなあ三治は……そうだ! 今度はおれたちで遊びに行こうぜ、男同士むだな気遣いなしでさ! そうだ転校生も入れて3人で!! 今からすっごく楽しみだよ!! あはははっ!!」

 耳をすませる俺に、一夏が顔を近づけるようにして大声で話しかけた。

「えっ!! それホント!? ちょっと本当に!!?」

 ん? 今なんて言ったんだ……鈴がえらく興奮してるぞ? あ~もう、一夏のせいで聞こえなかったじゃないか!

 俺は思わずむっと顔をしかめた。

「そうそう、それからおれの地元も案内したいんだよな! 弾と数馬もはやく紹介したいし」

 ……なんだか一夏はずいぶん楽しそうだな。まあ……いいか。今日は俺も本音とのデートを満喫したし、いちいち小さな事で怒らなくてもいいや。

 とりとめのない話をしながら夕陽に染まる並木道を一緒に歩く。そのうちに一夏の誘いにも付き合ってやって、その次は本音と水族館にでも行こうか。本音の喜びそうな所はどこかと考えつつ、そっと手を伸ばす……俺の手をつかんだのは一夏だった。

「なんだ手をつなぎたかったのか? それくらい言ってくれればいいのにさ」

 

 違う……ちがうぞ! ちがうんだよ!!

 

 この上なくさわやかな笑顔で俺の腕をぶんぶん振る一夏の姿を、恋バナに夢中の二人に気づかれなかった事が、俺の本日最大の幸運だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、鈴がISで一夏をぶん殴ろうとする所はキッチリ他の生徒に撮られており、後にSNSに流出して織斑先生に大目玉を喰らうことになるのだった。

 

 

 

 ……俺が一夏と手をつないでる所も撮られてた……ちくしょう。




はあはあ、よ、ようやくオリ主が(いや)された、癒されたのだ。たぶんな!

どうにか11月中に更新できました。どうにも詰め込みすぎになってしまいますねぇ。


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