さらばIS学園   作:さと~きはち

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 男には逃げられない事があるんだ

 ―― リンゴ・キッド ――

   『駅馬車』


我が良き友よ

 とうとうこの日がやってきた。

 

 まさか、こんなにも早く本音と結ばれる時がやって来ようとは。さすがに俺もまったく予想できなかった。

 

 式場の新郎控え室にて一人。着慣れない白のタキシードはずいぶんと窮屈で、普段しない手首のロレックスがやたらと浮いている。

 本音はまだウェディングドレスやらメイクやらで時間を食い、いつもの外出など比較にならないくらいに長いこと待ちぼうけだ。

 することも無いのでスマホでもとポケットに手をやった時だった。誰かの呼び声と共に背後のドアが開き、長いレースを引きずる気配が迫ってきた。

 

 きっ、来た! もう何度も試着や式のリハーサルで見ていると言うのに、やはり本番でウェディング姿を見るのは緊張する……。

 

 俺は居住まいを正すと、出来る限り落ち着いた風で振り返った。

「本音、遅かっ……どわーっ!!?」

 そこに居たのは、紛れも無くウェディングドレスに身を包んだ――

「待たせたな三治!!」

 花嫁姿の一夏! しかも驚きのぱっちりメイク仕上げ!! これ以上ないくらい衝撃のご対面だよ!!

「テメぇ一夏!!? 何やっとんじゃオノレはっ!! 本音はどうしたっ!?」

 だが俺の怒声にもサワヤカ脳足りんは変態衣装で俺の腕を引っ掴むと走り出した。

「ホラ急げよ! 花婿待たしてんだぞ!?」

「ハァ!? 俺は本音と結婚すんだぞ! 花婿は俺だろうが!!」

 花嫁野郎に引っ張られて走り出すと、突然式場の壁がバタバタと崩れ、開けた視界に小高い丘へと続く道が現れた。

 混乱する俺をお構い無しに引っ張る一夏はその丘にある小さなチャペルを指差す。

「ほら! もうお待ちかねだぜ!!」

「誰が……ゲッ!!?」

 なんとチャペルの玄関には場違いに馬鹿でかいソファがでんと置かれ、どっかと腰を下ろしたタキシード姿の織斑先生が日本酒をラッパ飲みしていた。周りには空き瓶が大量に転がっている。

 と、こちらを見るなりその眼をギラリと光らせ俺を睥睨した。

「うわあああ!?」

 俺は訳も分からず逃げ出そうともがく。だが俺の腕をしっかりとつかんだ一夏の手はビクともしない。

「早くしろよ! 着替えるんだよ!!」

 いったいどこから出したのか、一夏の片手はもう一着のウェディングドレスを掲げていた。

「なんなんだ!? 一体こりゃなんだ!!」

 俺はもう理解が追いつかない!

「早く起きろ! 着替えろよ!!」

 一夏が一際大声で叫ぶと同時に足元が崩れ、俺は奈落の底へ落ちていった……。

 

 

 

「早く起きろよ三治! もう着替えて行くぞ?」

「ぶるあぁっ!?」

 飛び起きた俺の目の前にランニング姿の一夏がいた。キス寸前まで急接近! 慌てて飛び退く。

 俺はパジャマ姿で乱れた呼吸が落ち着くまで呆然としていた。

「……夢か」

 いつもの寮のベッドの上、今は土曜の早朝。大筋で処遇の決まったシャルは来週ドイツ人転校生が来る部屋に移り、同時に一夏も俺との部屋割りに戻っていたのだった。

 無論本音も簪さんの部屋に戻ってしまった。大量のお菓子と共に……あ~あ。

「まだ寝ぼけてるのか? しっかりしろよ、今日から筋トレとランニング再開だろ?」

 一夏はとっくに身支度を整え、あろう事か俺の分のジャージまで用意している。

「そうだったな……はぁ」

 分かっちゃいるが、今さらおりむーブートキャンプを再開されても、やる気がしない。

「それから今日は午前中から弾のとこに出かけるから、一緒に行こうぜ! 手ぶらもなんだし何か買っていかないとなぁ」

 どういう訳だか、一夏は俺を連れて地元に里帰りするのを楽しみにしていた。

 

「今さらだけど、シャルは大丈夫かな? まだ国の偉い人たちと今後の話とか、いろいろあるんだろ?」

 一夏は走りながら、おれと三治も付いて行ければよかったのになと呟いた。

「会長も一緒だし……まあ悪いようにはならないだろ……面倒は多いだろうがな」

 俺は息をつく合間に答えた。もう少しペースを落として欲しい。つーか休日まで走らすな。

 ちなみに彼女のあだ名であるシャルは一夏の命名による。 

『シャルロットもシャルルも〝シャル〟までは一緒だろ? じゃあそこで止めれば、もううっかりシャルロットって呼んだりしないじゃないか?』

 過日のドタバタの後で一夏がそんなことを言い出し、彼女のニックネームはシャルと決まった。

 当の本人もまんざらではない様子で、

「う、うん! い、良いんじゃないかな……えへへ」

 などと返事していたものの、〝一夏が付けてくれたあだ名……ふふ。えへへ〟などと小声で洩らしているのが丸聞こえだった。

 

 ちなみに俺はその後、勝手に亡命をそそのかしたとして会長と一緒に虚先輩にお叱りを頂いた。シャルの安全を確保できるかもはっきりさせずに話を進めるのは無責任もいい所だと怒られて、返す言葉もないとはこの事だ。

「三治や会長も頑張ってくれたとは思うけど、やっぱりちょっと心配なんだよな」

「気持ちは分かるけど、もう本人の意向と待遇はほぼ決定だし、今日は公式発表をどうするかとか書類の記載とか細かい話だから大丈夫だろ。今さらフランスや他の国が介入しても、一度役所が決めた事はなかなか変えられないだろうし」

  他に誰もいない早朝の公園のベンチ。バテて休憩がてらの雑談で、空を流れる雲をぼんやり眺めつつ、俺はシャルの亡命が決まってからの多忙を極めた今週の生徒会を思い出しため息をついた。

 あの後も各方面への説得と調整で生徒会は徹夜でバタバタし、一夏以外は翌朝の授業をほとんど欠席して対応に追われることになった。もっとも俺は雑用以外にやった事なんて、内閣府へ亡命の件をねじ込むために、シャルを抱き込む際どんなメリット・デメリットがあるかを関係者に吹き込む役目を仰せつかった程度だ。

「背筋が寒くなる話をエリートに吹き込むのに音羽くんは最適任ねえ!」

 会長が笑っていたのがほんの少しむかつく。ほんの少しだけ。

 ぶっちゃけ俺が話した内容は、シャルが帰国したり他国に亡命された場合のデメリットばかりだ。いわく、〝このままシャルを帰国させれば、スパイを招き入れたIS学園はもとより日本政府もセキュリティはもとより対応が問われる〟〝俺と一夏の身の安全の保障はどうなっているのか? 諸外国やIS委員会に説明できるのか?〟〝万が一白式と一夏のデータが洩れれば責任問題どころでなくなる〟〝シャルを引き込めば仏ISの内情はもとより、デュノア社と仏政府のIS最先端技術と機密情報が得られる。今さら仏政府の抗議が恐いのか?〟〝それより何より、国外IS事情に詳しく専用機持ちになる程適正の高い操縦者を捨てるのはかなり惜しいだろう〟等々……。

 その甲斐あってか、シャルは政府嘱託のIS操縦者としての処遇が決まり、今日も今後についての詰めの会合に会長と共に赴いている。

 実際のところ、会長が一緒なのはシャルの気が変わって専用機で無茶をさせないための抑止力の意味もある。一夏は反発するだろうが、最後まで気が抜けないのはシャルに対しても同じなのだ。

 

「そんならいいけどさ。ま、三治がそう言うなら大丈夫だろ!」

「まぁ日本にはベレンコ中尉という前例があるからな。ずっと昔の事件だけど、当時も大変な緊張状態になったらしいし。最後まで慎重にもなるし時間もかかるだろうさ」

 一夏が首をかしげた。

「ベレンコ中尉って誰だ?」

「知らないのも無理はないか、俺も会長に教えてもらったんだ。半世紀ほども前だけど、ソ連、つまり当時のロシアから戦闘機に乗ったパイロットが函館空港に強行着陸した事件があったんだ。函館ミグ25亡命事件っていったかな」

「え!? そんな事件があったのか! どうなったんだベレンコは!?」

 驚愕する一夏がいきなり顔を寄せた。だから近いって、息がかかるだろ。

「元々空軍の腐敗や浪費家の妻に嫌気が差していたベレンコは、飛行訓練中に編隊を抜けて函館空港までたどり着き、アメリカに亡命を申請したらしい。自衛隊などの事情聴取後アメリカに亡命したが、なにせ乗ってきたのが当時最新鋭のミグ25戦闘機だ。当然日米防衛関係者に徹底調査されたんだが、ソ連が空爆か空挺作戦でミグを破壊すると言われて北海道の自衛隊が一時臨戦態勢だったらしい。それも本来内閣や政府が命令しなければ出動できないのに、政治家が危機を理解せず出動命令出さないから自己責任で勝手にだぜ? 文民統制無視してっから一部の幹部は腹切る覚悟だったとか。実際ロシアも特殊部隊をヘリ搭載型潜水艦で送り込む計画だったらしく戦闘一歩手前だったんだとよ」

「マジかよっ!? 戦争になったのか?!」

 飛び上がった一夏が俺に掴みかかった。一夏の息で、むせる……。

「落ち着けよ。幸い何もなかったが、多くの教訓を残したそうだ。シャルにしても、もしフランス政府やデュノア社がその気ならISで殴り込むぐらいやりかねんが、流石にそこまでは出来ないだろ。それでもし失敗しようものなら恥の上塗りだし、完全に国際的信用を失いかねない。シャルの亡命だけなら、ISはコア共々返還されるし、調査されるったって第三世代機としては微妙なシャルの機体だしな。日本政府も事を荒立てないだろう」

「ひえぇ……昔も今度もヤバいんだなあ。三治がいて良かったよ」

「俺の力じゃないけどな。実際シャルは亡命できただけ運が良かったんだろう」

 事実生徒会には仏大使館からの電話が何度もあった。全て会長が応対したが、交渉はほぼ英語で行われ俺は大部分の内容を推測する他はなかった。……ただ、ひりつくような緊迫感のやりとりは、始終決して友好的とは言えない雰囲気に包まれていたのをはっきりと憶えている。

「さっ、そろそろランニング再開だ! 筋トレと朝飯喰ったら出かける準備しないとな。急ごうぜ!」

「あ、うん」

 めんどくさい気持ちで、一夏の後について気乗りしないマラソンを再開した。

 

 

 

「なにぃ! あの千冬さんと正面から怒鳴りあったってぇ!?」

 手土産の甘味片手に俺たちが尋ねた一夏の旧友は、素っ頓狂な大声と共にひっくり返りそうになった。

「な? すごいだろ三治は! おれの友達の中でも特に自慢の親友だよ」

 ドヤ顔の一夏の向かいで倒れそうな同い年の男子、五反田弾は舌を噛みそうなフルネームを持つ赤ロンゲのチャラそうな奴だった。その上一夏同様の陽キャイケメンで、俺とはまるで正反対だ。

 そして見た目通り遠慮のない奴でもあった。

「で、どうなんだよ実際? 女子だらけでモテまくってんだろ!? 隠すなって!」

 ISのアーマードコアみたいなゲームで対戦中、肘でぐいぐいする弾に一夏は困惑気味だ。俺は素知らぬ顔で土産のシュークリームを口に押し込む。

「べつにそんな感じじゃねーって! だろ三治? 何とか言ってやってくれよ! 弾の奴おれがIS学園に入るのが決まってからこんな話ばっかなんだよな」

 即座に弾の視線が俺に突き刺さる。

「俺に振るのかよ。正直に言っちまうぞ?」

 どういう意味だよと一夏が眼をむき、弾がおおっと歓声を上げた。

「まぁある意味では弾の言う通りだな」

「だよな! ISロードの写真見たぜ、一緒に美少女と写ってたし!!」

「おいおい三治!?」

 まあ落ち着けよと一夏を制し、俺は出された麦茶を一口飲んだ。あの画像そんなに出回ってんのかよ……。

「何せ周りは皆女子で、しかもIS学園に入るために男子と付き合う余裕もなく頑張ってきた娘ばかりだからな。それも男子と縁のない事を覚悟の上で入学したらその男子がいるんだから、飛びつくのも無理はないだろ」

「そら見ろ! オレの言った通りじゃねえか」

 弾のどうだと言わんばかりの態度に苦笑する俺と焦る一夏。

「……そ、そりゃそうかも知れないけどさ。弾の言うようなハーレムとかじゃないだろ?」

 得意気の弾に一夏が苦言を呈した。

「そうだな、実際は女子達も自分の理想や要望を一夏に押し付けるばっかで、大していい思いはしてないぜ」

「でも、付き合いたいとか言ってくる女子とかいるだろ? なあ? どうなんだって!」

 俺の肩を掴んで揺らす。弾の食いつきは凄まじい。もうコイツも入学させてやれよ。

「居ても一夏に近づくのは容易じゃないぞ。いつもてんぷくトリオがうるさいしな」

 途端に一夏がクックッと笑いを噛み殺し、弾はポカンとした。

「なんだよ、そのトリオって?」

「箒、鈴、それにイギリス人留学生のセシリアの三人だよ。何かと一夏に喰らい付いて必死だが一夏の反応はイマイチでな、いつも一夏が三人を怒らせて終わる。コントみたいなもんだ」

 俺は一夏のファースト幼馴染と英留学生について説明した。

「鈴もいるのか! それにファーストの箒? へえ~そりゃ一夏もタイヘンだろうなぁ。それから何だ、セシリアっていったか? 留学生も一夏にゾッコンか! 美人か? 美人なんだろ!?」

 俺の肩を両手で滅茶苦茶に揺さぶってくる。本当に弾の食いつきが半端ねぇな。

「喜べ、金髪碧眼の巨乳美少女だ。それとツイン幼馴染の3人で毎日一夏に飛びついてるよ。でも一夏は相変わらずなのさ」

 分かるだろ? と呟くと、ようやく弾は大人しくなった。俺から手を離し、あ~、うんと意味深な反応をする。

「……鈴たちも大変だな。一夏は女子だらけの空間でもやっぱり変わらねぇのかあ……」

 しみじみと言った。一夏は弾の言葉の意味が分からず目をぱちくりさせている。

「ああ。毎日〝一夏、この野郎!〟とか〝一夏、バカ野郎!〟とか言うようなことばっかだ」

「ビートたけしかよ!?」

「一夏がらみでアウトレイジ一歩手前はよくあること」

「マジで!? どんなとこだよIS学園って!?」

 弾の顔から血の気が引いた。

「冗談だよ。それに一夏にバカって言うのは基本的に鈴と箒と織斑先生だしな」

 セシリアはそういう罵倒はせず、英国人らしい持って回ったキツい言い方や皮肉を放つ。シャルはどうだろうな? まだ一夏の鈍感ぶりに面と向かって怒る所は見ていないが、いずれ反応が見られるだろう。見たくもないが。

ちなみに弾は織斑先生が担任なのにも引いていた。第三者から見てもあの人が教師なのはやっぱり嫌か。

「いい加減あいつらも一夏ももう少し大人になって欲しいとは思うけどな。幸い淑女協定が機能しているようなもんで、女同士でドロドロした争いになってないのが救いだ」

 もっともシャルが加わればどうなるか分からんが。あいつは祖国と家族を捨て、この日本とIS学園で個人的にすがれる相手は一夏くらいのものだ。多少強引に男女の仲になろうとしても不思議じゃない。どこかあざとさを感じる所もあったし。

「でもどうせ一夏相手じゃ無駄だろうがな」

「? 何がムダなんだ?」

「独り言だよ」

 俺がようやく回ってきたコントローラーを手にすると、機体選択が終わらない内に一夏がくっついてきた。何故お前はそう俺に密着したがる?

「そうだ、三治、弾にこれかけて見せてくれよ」

 一夏はいつの間にか俺がほったらかしていたレイバンのグラサンを持っていた。

「なんだよ一夏、サングラスなんかどーすんだ?」

「いいから見てろって、ホラ三治動くなよ……な! ソックリだろ?」

 一夏が勝手に俺のメガネとサングラスを取り替えてはしゃいだ。

「あ、あれだ! 西部警察か!?」

 そのときだった。

「お兄、お昼できたよーっ! って一夏さん!? それと……やっヤクザが家にいるーっ!!?」

 ドアを蹴り開け入ってきた、だらしない格好の弾によく似た赤毛の少女が絶叫した。

 

「ほんっとうに済みませんでした!」

 弾の家の一階でやっている食堂で、俺は昼食をゴチになりつつ弾の妹――蘭ちゃん――に深々と頭を下げられた。

「謝らなくていいよ、気にしてないからさ」

 若干引きつった表情を戻せないまま、俺は無理して笑顔を見せた。とっくにグラサンはメガネに戻している。

「あれはおれが悪いんだって! 三治だって怒ってないからさ」

 一夏もフォローを入れるが、その瞬間だけ彼女が固まるのは、つまりそういうことなんだろうか。

「ウチの兄がお客がいるって言わないもんですから! ほんとに失礼しました」

 昼飯に出されたこの店イチオシの肉野菜炒め定食は呆れるほどのボリュームで、おまけにデザートのフルーツあんみつまで付いた絶対普段は出ないであろう豪華版だった。

「お二人とも好きなだけお代わりして下さいね! お兄は半分だから。ほんっとうに何で先に一夏さんいるって言わないのよ!」

「そんなぁ殺生だろぉ~……トホホ」

 ショボい盛り付けに肩を落とす弾に、ぷりぷりしながら妹が離れたのを見計らって囁いた。

「心配すんな、俺の分いくらかやるよ。どうせ喰いきれないし」

 直後に暗かった弾の顔がパッと明るくなる。一夏同様分かりやすいキャラだ。

「おおサンキュ! やっぱ一夏の言うとおり三治は話せるぜ」

 遠慮なく俺の山盛りを崩して自分の器に移す弾に、俺は一夏に聞こえぬように小声で尋ねた。

〝で、やっぱり蘭ちゃんも一夏が好きなのか?〟

 弾の箸を握る手が止まる。無言で俺のほうを向いた。

「はぁ……やっぱ分かるか。あいつの様子を見りゃバレバレだよな。鈍感は一夏だけってワケだ」

 

 『悲報:学園外にも一夏ヒロイン候補者あり』俺は眉をしかめた。一夏といると常に片思い少女に注意とは。

 

 弾がヤレヤレと首を振った所へ、蘭ちゃんが戻ってきた。身奇麗というか、ちょっとオシャレしてみた感じになっている。想い人の前でおめかししたいのは分かるけど、ちょっと露骨……いや、一夏はそんな事気付かんな。

「あの! 一夏さん」

「あれ、蘭ちゃん? 着替えてどうしたの。出かけるのか?」

 一夏の感覚なんてこんなもん。女心への理解を期待してはいけない。

「ううぅ……!」

 せっかく勇気を出しての事だろうに、お気の毒。

 隠した気持ちがバレないのは良かったかも知れんが、想いが伝わらないのは不幸か。めんどくさいなぁ。

「……そうだ! 音羽さんってアレですよね? 一夏さんと一緒に写ってた、二人目の男性IS操縦者の」

 急に話を振られて驚く。切り替え早いな。

「そうだよ。クラスも寮も一夏と一緒なんだ」

「そっそうですか! ……いよっしゃあ!」

 小さくガッツポーズする蘭ちゃんに一夏が口を挟む。

「蘭ちゃん? なんの話?」

「な、何でもないんです! はい!」

 慌てて一夏に取り繕うと、すぐに俺に向き直った。

「そ、それでですね! その、一夏さんの交友関係とか……ご存知だったり、しません?」

 ははぁん、一夏の異性関係が聞きたいと。

〝一夏と親しい女子が知りたいの?〟 

 囁きかけるとテーブルにドンと両手をついて俺を凝視した。顔が真っ赤だ。

「あっ、あ、あの!?」

「弾から聞いてる」

 ギロリとした蘭ちゃんの瞳から眼光がレーザーのように弾へと飛ぶ。

「お兄っ!!」

「ヒイッ!? おっ俺は悪くねえぞ! オイ三治っ!」

「弾には確認しただけさ。俺から見ても丸分かりだしね」

「さっきから何の話だ?」

 いきなり割り込んだ一夏に蘭ちゃんが飛び上がる。

「なっなんでもないです!」

 慌ててごまかした。蘭ちゃんさっきからあっちを向いたりこっち向いたりと忙しい。

「一夏はいつも周りに箒、鈴、セシリアと三人も美少女がいるくせに、なんで彼女作らないのかって話だよ」

 もう面倒くさいからぶっちゃけてやった。いっそこの方が話が早い。

「そうなんですかっ!?」

「え? いや今んとこおれは、そういうのあんまり興味ないし」

 飛びつくように顔を寄せる蘭ちゃんに一夏は引き気味だ。焦りっぱなしの蘭ちゃんの食い入るような表情が酷い。

「鈴さんが一緒……あと箒とセシリアって誰ですか!?」

「え? クラスの友達だけど」

「一夏の小学生の頃の幼馴染と、イギリスの代表候補生で専用機持ちの留学生だよ。ISロードの写真の、黒髪ポニテの娘と金髪ロールでロングスカートの娘」

 補足してやると、蘭ちゃんはスマホを取り出しシュバババと画面を手繰り、〝この人ですかっ〟と確認してきた。うなずくなりうぐぐっと悔しさとも羨ましさともつかぬ呻きをあげてうなだれる。可哀想に、ライバルが多すぎるよな。

「やれやれ、〝千冬姉が結婚しない〟って愚痴垂れてた割りに自分はなぁ」

 俺がぼやきつつ箸を進めると、弾が同調した。

「三治も大変だな。一夏がIS学園行っても変わりないんじゃ、苦労がしのばれるってもんだぜ」

 弾が妹の目を盗んで俺の皿から肉ばかりぶんどっていると、一夏がムッとして言い返した。

「なんだよ、三治はのほほんさんがいるからって!」

「のほほんさん? オイ三治、ひょっとして彼女かぁ!? 紹介しろよ! なあ!?」

「え、いやまぁ」

 思わずたじろぐと、俺のポケットから演者のコメカミがキレそうなトランペットの演奏が流れた。

「三治、スマホ鳴ってんぞ」

 一夏が振動している俺のポケットを指差した。

「三治の着メロ、アカン警察かよ!?」

「ああ。なんだメールか。……ぶっ!?」

 表示すると、『件名:タピオカちゃれんじ~』で始まるメールは本文に〝上手にできました~〟とだけ書かれ、添付された画像には強調された胸に何かを乗せてピースした本音の上半身が映っていた。

「どした? ……うおっ!? 三治てめえ! こんな巨乳美少女と付き合ってんのか!? 隠すな会わせろ紹介しろよお!!」

 そのまま揉み合う俺と弾に、一夏が止めに入り蘭ちゃんが弾をドツいて黙らせグダグダになった。

 

「ほんっとに何度もすみません! うちのバカ兄が――」

 半泣きで俺と一夏に謝る蘭ちゃん。弾はかろうじて息がある状態だ。

「でもさ、ちょっとタピオカって飲んでみたいよな! なんか最近はやってるし」

 まったく空気を読まない一夏の超然とした態度はやはり大物なのか? いやバカだな。

「タピオカミルクティー飲みたいんですか!? じゃあ私お詫びに買ってきます!」

 うなだれた蘭ちゃんが速攻でシャキーンと姿勢を正した。

「じゃあ一夏も一緒に行ってこい。もうお前と弾が揃ってると面倒しかない」

「えっじゃあ三治も一緒に」

「いいから! ちょっとはゆっくりメシ食わせろ!!」

 強引に一夏をウキウキの蘭ちゃん共々追い払うと、俺と弾は荒く息を吐いてそれぞれのイスにもたれかかった。

「弾。中学ん時の一夏もこんな調子だったのか?」

「いや、短時間でも女子とどっか行かせられるだけ三治のが数倍マシだわ」

 まだ4割がた残った定食を見る。全部喰いきるだけの食欲がなかった。

「このあとアイツらタピオカドリンク買ってくるんだよなぁ~飲む気しねぇよー」

 それもあったな。

「おい」

 急に声を掛けられて俺と弾が振り向くと、訪問時に挨拶した弾と蘭ちゃんの祖父――巌さんが、厨房からこちらを睨んでいた。たくましい肉体でなんと二つの中華なべを同時に持って調理している。

「メシは静かに喰え、他の客の迷惑だ」

 静かな口調だが凄みのある声と表情に弾は縮み上がった。俺も思わずのけぞる。

「ゲッ、じいちゃん……ごめんなさい」

「すみません」

「それとな、蘭を、あの子を泣かしたら承知せんぞ。わかったな……あと、出されたもんは残さず喰え」

 一方的にそれだけ言うと、さっさとあっちを向いて調理に専念した。

「……三治、全部食ったほうがいいぞ。でないと後が恐ぇからな」

 俺は力なく頷くと、残りの食事をやっつけにかかった。

 

 

 

「おと~さん! おかえり~!!」

 寮の入口に入るなり、勢いよく本音が抱きついてきた。

「おうっ」

 本当は嬉しい所なのに、今は胃に優しくない。

「あれれ、大丈夫~?」

 胸の下から俺の顔を見上げてくる。

「悪い、今ちょっと……腹苦しくて横になりたいんだ」

 本音は俺からお土産の菓子を受け取りつつ、片手で俺の背中をさする。

「よっ、のほほんさん。昼ずいぶんと胃袋に詰め込んだから、三治はまだ苦しいみたいだぜ?」

 そういう一夏はもうケロッとしていた。こいつは色々とタフ過ぎるだろ。織斑の血がなせる業か?

「一夏ーっ! いったいどこで油を売っていたのだ!?」

「本日はランチをご一緒したいと思っていましたのに!」

「あたしをほったらかして勝手に出かけてんじゃないわよ!」

 本音の後からいつものスリーピースが飛び出し一夏の前に揃う。

「や、今日は三治と地元の友達に会いにさ。そうだみんなにもシュークリームとか買って――」

 一夏は片手に下げた袋を見せる暇もなく両腕と肩をふん捕まえられた。

「いいから来い! 今日という今日はハッキリさせてやる!!」

「一夏さん! 週末のひとときを共に過ごすべき親しい異性は誰だとお考えなのですか!?」

「明日の日曜、いったい誰と一緒に居たいのかキッチリ答えをもらうわよ!!」

 あまりの剣幕に気圧されて後ずさる一夏はしかしそのままカフェの方角へと鉄壁の布陣で連行されていった。

「さっ、三治! 頼む! 後生だから助けてくれ!!」

「もう遅いぜ。それに俺も今日はちょっと無理だ……」

 そろそろ自分で話をつけるようにしろよと言う俺と、言葉を失い呆然とこちらを見る一夏。

 市場へ運ばれる子牛のような目で引っ立てられる一夏を無表情に見つめていると、本音が〝わ~シュークリームだ~〟と袋の中身をかき回した。

「しののんたち、朝から一夏はどこいった~って大騒ぎしてたんだ~。一緒にお出かけしたかったのにおりむー居なかったもんね~」

 織斑先生に怒られて大変だったよ~。本音が肩をすくめると小さくたわわが揺れた。……初めて会った時より、少し大きくなってない?

 

 チーム織斑は鬼気迫る空気を発散しつつ視界から消えてゆき、俺たちも一緒に部屋まで戻った。

 

「今日はね~久しぶりにかんちゃんとお出かけしたんだよ~。それでねそれでね、見つけたお店にすっごくかわいい小物が沢山あって――」

 脱いだジャケットを俺がベッドに横になると、本音も向かい合わせに寝そべってお喋りに興じた。

「そういえばあのメール焦ったよ。弾に見られちゃってさ」

 あいつが蘭ちゃんに〝お前はムリだろ〟と煽るもんだからあの後もエラい騒ぎになり、結局怒った厳さんにおたまを投げつけられてしまった。

「えへへ~見てくれた~? かんちゃんがいない間にこっそり自撮りしたんだ~」

 ないしょだよ~。本音は胸を寄せるしぐさをして、舌を出した。

 こっちはそういう態度がもうやばい。くたくたになって帰ってきた所にふんわりした調子でさりげなくフォローしてくれて、その上セックスアピールもかなりだからたまらない。

「こっちは大変だったよ。弾の妹がまたあいつに夢中でさ、その上なんと来年IS学園を受験するんだと。下手すりゃ来年からは下級生からもアプローチがあるぜ」

 いい加減一夏にゃ自己解決力を身に付けさせなきゃいかんな。そう考えた時、ふと思い出した。

 

 妹か……俺にもいるんだが、ずいぶん遠い存在になってしまった気がする。そういえば、未だに家族とは連絡が取れていない。みんなどうしているだろう?

 

「えいっ。むにゅ~」

「え? ちょっちょっとおい!?」

 気がついたら本音が俺の手を自分の胸に押し付けてた! わわわたわわがやわらかい……。

「おと~さん、わたしの話聞いてなかったでしょ~? も~」

「ご、ごめん」

 いつの間にか上の空になっていたらしい。

 本音が俺の顔をじっと見る。

「おとーさん、困ってることがあるんだったら相談してね~。いつでも聞くよ~?」

 気持ちが顔に出ていたのか。本音にはかなわんな。

「本音、ありがとう」

「えへへ~」

 その笑顔が俺には何よりの薬だ。

 なんとなしにお互い微笑んでいると、時間が経つのを忘れ――

「三治ーっ! 助けてくれーっ!!」

 ドアをブチ破るようにして一夏が転がり込んできた。

「ええいだらしない! 貴様それでも日本男児か!?」

「明日はあたしと過ごすって言いなさいよ!!」

「往生際が悪いですわよ一夏さん!!」

 二人の空気は見事にぶち壊され、後から現れたトリオの様子がおおよその事情を体現していた。

「……あはは~」

「はは……はぁ」

 俺と本音の笑顔は苦笑に変わり、助力を請う一夏とてんぷくトリオのドタバタ喜劇が、いやがおうにもここがIS学園という現実を突きつけるのだった。

 

「お前らいい加減にしないと次から織斑先生に文書で苦情出すぞ」




あんまりにもお待たせしまくってるので、取り敢えず今出せる短編を上げてみました。
急いでの事なので、まだ多少手直しが必要かも知れません。誤字とか……脱字とか……。

次回もこの続きになりそうです。銀髪の娘まで遠い……。



7/28追記

感想での指摘から、一部を修正してみました。
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